機動戦士ガンダムSEED effect   作:kia

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第18話  正しき行い

 

 

 

 

  地球軍の襲撃を辛くも撃退したミネルバはペルシャ湾沿岸に存在するマハムール基地に辿り着いていた。

 

  随伴のニーラゴンゴこそ損傷を受けカーペンタリアに引き返す事になったが、ミネルバ自体は無事である。

 

 あの部隊相手にこの程度の被害で済んだのはまさに僥倖と言えるだろう。

 

 モビルスーツ隊の奮戦が無ければニーラゴンゴは沈められていたとしてもおかしくはなかった。

 

 だが、それで安心とはいかない。

 

 ミネルバが辿りついたマハムール基地においてザフト軍は地球軍中東最大の拠点スエズ基地と睨みあっている。

 

 だが現在ザフトの状況は良くない。

 

 地球軍にとってスエズ基地は中東で最も大きな拠点。

 

 物資流通ルートになっている為、守りは非常に固い。

 

 それは地球軍にとってスエズが重要な拠点である証明だった。

 

 だからこそザフトはここを落とそうと躍起になっているのだ。

 

 しかし作戦はいずれも上手くいく事無く阻まれている状態であった。

 

 そんなマハムール基地の港に到着したミネルバの格納庫でシンは面白くなさそうなジッととある人物を見つめていた。

 

 外に向かって歩いていくアレンとハイネである。

 

 タリア、アーサーと一緒に基地司令に会いに行くのだろう。

 

 二人を見て思い出すのはやはり前回での戦闘の事。

 

 ジェイルはどうか知らないが少なくともシンはあそこで殺されそうになっていた人達を助けたかっただけだ。

 

 殴られるいわれはなかった。

 

 だが――

 

 ≪お前達のやった事はただの暴力。虐殺だ≫

 

 ≪もっと自分達が大きな力を持っているって事をちゃんと自覚しとけ≫

 

 その二人に言われた事がシンの中で未だに引っ掛かっている。

 

 外に向かって歩いていく二人に声を掛けることなく背中を見ているシンの姿にセリスとルナマリアは大きくため息をついた。

 

 「ホント、シンってばガキくさいんだから。言いたい事あるなら話しかければいいのに」

 

 「ルナ、言いすぎ。でも、このままじゃ良くないよね」

 

 シンとジェイルはあれ以降二人とは口を聞こうともしない。

 

 そこまで深刻に考える必要はないかもしれない。

 

 でもいつ戦闘になるか分からないのだから早めに今の状態を解決するに越したことは無い。

 

 「でもさ、やっぱりアレンは凄いよね! もちろんハイネも凄いけどアレンは別格っていうか!!」

 

 またかと思わずセリスは眉を顰めた。

 

 戦場から帰還した後、メイリンと一緒に興奮気味なルナマリアからしつこいくらいこの話を聞かされた。

 

 ルナマリアは前回アレンの戦闘を目の前で見ていたらしく、圧倒されてしまったらしい。

 

 セリスも映像を確認したが、確かに凄かった。

 

 しかしこう何度も聞かされれば、流石にうんざりしてくる。

 

 「その話はもう何度も聞いた。それより私、シンの所に行ってくる」

 

 「あ、ちょっと」

 

 セリスがルナマリアから逃げるようにシンの傍に駆け寄って行った。

 

 

 シンはアレン達の背中が見えなくなっても未だに考え込んでいた。

 

 なんのつもりであんな事を言ったのだろうか?

 

 あの二人は自分の立場や権力を振りかざすようなタイプではない。

 

 それくらいはシンにも分かるつもりだ。

 

 もしそんな奴らならばもっと強く反発している。

 

 「シンってば」

 

 だからと言って殴られた事に関して納得できる訳ではない。

 

 「シン!!!」

 

 「うわぁ!?」

 

 耳元で叫ばれたシンは驚いてその場から飛び退くと、傍に来ていたセリスが不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。

 

 「えっと、セリス?」

 

 「何度も呼んだのに無視するなんて酷くない?」

 

 「ご、ごめん! 色々と考えごとをしていたから気がつかなかった」

 

 しばらく半目でシンを睨んでいたセリスだったが、すぐに呆れたかのようにため息をついた。

 

 「そんなに言いたい事があるのなら二人に直接言ってきたらどう?」

 

 「別に……」

 

 不満は確かにあるのだが正直な話、自分でも何と言えば良いのか分からない。

 

 そんなシンの様子にセリスはいつもの様に穏やかな表情で話を切り出した。

 

 「シンはあそこに捕まってた人達を助けたかったんだよね」

 

 「……うん」

 

 「それは間違っていないと私も思う。たぶんそれについてはあの二人も同じだと思うよ」

 

 「だったらなんで……」

 

 「たぶんシン達を殴ったのは、それ以外の理由からじゃないかな」

 

 それがどういう事なのか、今のシンには良く分からならなかった。

 

 「それが知りたいならちゃんと話さなきゃね」

 

 セリスの笑顔を見てシンも肩の力を抜くようにして自然と笑みを浮かべる。

 

 今までモヤモヤしていた気分がいつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

 アレンは艦長であるタリア、副長のアーサー、そしてハイネと共にマハムール基地司令の下を訪れ、近況を聞かされていた。

 

 しかし聞けば聞くほど状況はよくない。

 

 いかにザフトが精鋭をそろえようと地球軍の重要拠点であるスエズには地球軍の大部隊が配置され簡単には落とせない。

 

 司令が口にしていたがそれこそ大規模な降下作戦でも行わない限り正面から攻略するのは難しい。

 

 とはいえそれも今のザフトの方針から許可は下りないだろう。

 

 プラントが領土拡大を狙っていると思われるのは不味いからだ。

 

 そして現状一番の問題はザフトの狙いが完全に外されている事だった。

 

 ザフトとしてはスエズと大陸間に繋がるルートを分断し、基地を孤立させ打撃を与えたい。

 

 だがこちらがそう出てくる事はむこうも承知済みだった。

 

 地球軍はスエズと大陸間の安定したルートの確保するため、基地を建設。

 

 かなり強引に占拠して築き上げたガルナハン基地にあるものを用意していた。

 

 ガルナハン基地に対して唯一ザフトがアプローチ可能な渓谷に陽電子砲と陽電子リフレクターを装備したモビルアーマーを設置したのだ。

 

 これによってザフトの進撃は尽く失敗に終わっていた。

 

 「なるほどね。つまりそこを突破しなくちゃ俺らはすんなりジブラルタルに行く事も出来ない訳だ」

 

 「そういう事です」

 

 納得したハイネの言葉に基地司令は神妙な顔で頷いた。

 

 話を聞いていたアレンも理解する。

 

 デュランダルがミネルバがここに行くよう命令された事に加え、自分やハイネも配属させた理由を。

 

 「これまでは突破できなかった要所だが、ミネルバの戦力を合わせればあるいは……」

 

 基地司令は状況説明をそうまとめた。

 

 「私達にこんな道造りをさせようなんて、どこの狸が考えたのかしらね」

 

 どうやらタリアも気がついたらしい。

 

 言いたい事は分かるのだが、彼女の言い回しにアレンとハイネは苦笑した。

 

 振り回される立場である彼女には言いたい事もあるのだろう。

 

 「まあ仕事といえば仕事ですからね。やりましょう」

 

 今回も激戦となるだろうが、自分達もまたそんな戦いを乗り越えてきた自負がある。

 

 だから今回も同じように結果を出すだけだ。

 

 タリア言葉にアレンもハイネも頷いた。

 

 

 

 地球連合軍の航空母艦J・P・ジョーンズ。

 

 ファントムペインの母艦であるこの艦は先日ミネルバに対する奇襲作戦を行った。

 

 結果は酷いもので惨敗。

 

 建設中の基地から半ば強引に引っ張ってきたウィンダムもすべて撃墜されてしまった。

 

 海中から奇襲を仕掛けたフォビドゥンヴォーテクスは二機とも撃破され、アビスは中破。

 

 おまけに建設途中の基地も壊滅させられ人的被害も多く出てしまった。

 

 これは完全に指揮官であるネオの責任である。

 

 そんなネオの下にグラント・マクリーン中将が訪れていた。

 

 「ずいぶん派手にやられたな、ロアノーク」

 

 「返す言葉もありません」

 

 律儀に頭を下げるネオにグラントは苦笑しながら手で制した。

 

 「私も人の事は言えんさ。オーブでは見事にしてやられた。上のお気に入りだったザムザザーも落とされてしまったからな」

 

 あれでグラントも散々嫌味を言われたのだ。

 

 嫌みで済んだのはある程度成果を上げたからだろう。

 

 オーブの新型モビルスーツの奪取に成功し、ムラサメも手にできたのだから。

 

 「それでそのミネルバは現在どこに?」

 

 「進路ではペルシャ湾に向かったようです」

 

 「となると行先はマハムール基地。狙いはスエズか」

 

 あの辺りでザフトが目標としそうな重要拠点はスエズくらいだろう。

 

 だがネオの意見は違うらしく首を横に振った。

 

 「……いかにミネルバの戦力が精強といえど、彼らが加わっただけでスエズを落とせるとは思えません。狙うとすればガルナハンの方が現実的では」

 

 確かにザフトが大規模作戦を発動させる可能性もあるがそんな報告は入ってきていない。

 

 となればネオの指摘通り、ガルナハン基地が狙われる可能性の方が高い。

 

 「うむ……あそこを落とせばスエズを孤立させる事もできるか」

 

 「あの辺りは昔からこちらに対する風当たりが強い上に最近のいき過ぎた強硬姿勢で反発も強い。反抗勢力もザフトに協力的でしょうから、付け入る隙もある」

 

 「やれやれ。どの道こちらはまだ動けん。向こうの健闘を祈らせて貰おう」

 

 近況の話が終わった所で改めてネオが話を切り出した。

 

 「それで? そんな事を話にいらした訳ではないでしょう」

 

 「……あの話だ。まずこれを見てくれ」

 

 グラントの持っていた端末をネオに差し出した。

 

 映し出されたのは、開発中の機体データ。

 

 GFASーX1『デストロイ』

 

 通常のモビルスーツ約倍近い体躯と多彩な重火器を持つ大型可変機である。

 

 この機体こそ地球連合の切り札となる秘密兵器であった。

 

 しかしネオにとってもそしてグラントにとってもこの機体については懐疑的だった。

 

 要するにザムザザーと同じである。

 

 火力も防御力もある。

 

 だがこの巨体さでは懐に飛び込まれたならそれだけで何もできなくなってしまう。

 

 それだけではない。

 

 目立つ為に敵に発見されやすく、小回りが利きかない。

 

 この機体を使っての作戦は限られてくる。

 

 こんな物で本当に状況を覆せると思っているのだろうか?

 

 「この機体はエクステンデットにしか扱えない。この意味は分かるな」

 

 それはつまりあの三人の中からパイロットが選出される可能性があるという事だった。

 

 「上層部はエクステンデットをただの兵器としか認識していない。いずれは使い潰されて終わりだ」

 

 忌々しげに吐き捨てるグラント。

 

 ネオもそれは十分に理解している。 

 

 「時間はそう残されてはいないぞ」

 

 「分かっています」

 

 「……そうか。とりあえずデータは置いていくから目を通しておいてくれ」

 

 「了解です」

 

 グラントは部屋を退室しようと立ち上がると外に向けて歩き出した。

 

 「そういえば、アレは元気かな」

 

 ここに来て初めて見せる穏やかな表情にネオもまた口元に笑みを浮かべる。

 

 「ええ、宇宙でも上手くやったようですからね」

 

 「そうか。また時間ができたら来る。それまでに―――」

 

 「分かっています」

 

 去っていくグラントの背を見届けるとネオは考え込むように外に視線を移した。

 

 

 

 すでに日は暮れ周りが暗くなった甲板でアオイは海を眺めていた。

 

 その目からは涙が絶えず流れている。

 

 「……義父さん」

 

 今でも信じられなかった。

 

 ――義父が死んだなどと。

 

 先の戦闘に巻き込まれ義父のマサキが死亡したと建設中の基地を脱出してきた兵士達から聞かされたのだ。

 

 退避しようとしたところをザフトのモビルスーツによって襲撃を受け、それに巻き込まれたらしい。

 

 しかも義父さんが死んだ後も攻撃は止まず、すでに抵抗できる力も無かった無力な兵士達が虐殺されたと報告を受けた。

 

 「何で、何で義父さんが、死ななければならない! あんなに優しかった義父さんが! どうして!?」

 

 戦う力もない兵士達の虐殺を行ったのが敵の新型と―――

 

 「インパルスッ!!」

 

 アオイは思わず甲板を殴りつけた。

 

 奴が義父さんを殺した! 

 

 絶対に許せない!

 

 アオイの中にあったの激しい怒りと憎しみだった。

 

 「……次は、次こそは奴を倒す」 

 

 必ず仇を―――

 

 「アオイ?」

 

 そんな結論に達しかけた時、いつの間にかステラが傍に立っていた。

 

 いつもの無邪気な笑顔で隣に座ってくる。

 

 「泣いてる。嫌な事あった?」

 

 「えっ」

 

 アオイは一瞬躊躇するが、隠しても意味がない。

 

 それにステラは悪意を持って聞いている訳ではないのだから。

 

 「……その、実は義父さんが―――」

 

 アオイは涙を拭い、そこまで言いかけてある事に気がついた。

 

 彼女達エクステンデットにはブロックワードと呼ばれる物があると聞かされた。

 

 もしも制御を失った場合など、それを使って彼女達を止める事になるのだと。

 

 そして彼女のブロックワードは『死』だったはず。

 

 危なかった。

 

 アオイは迂闊にもその言葉を口にしないように呑み込むと何とか言い直した。

 

 「えっと……家族が物凄い遠くに行ってしまったんだ」

 

 「そうなの?」

 

 無邪気な笑みが消え表情が曇る。

 

 何とかステラに悲しい顔をさせないように話を変える事にした。

 

 「ステラはどうしてここに?」

 

 「約束したから。一緒に海を見ようって」

 

 そう言えば戦闘前に一人待機になったステラを励まそうとそんな約束をしていた。

 

 それを守ってくれたらしい。

 

 「どんな人なの? 遠くに行った人?」

 

 「えっ、ああ。俺の家族だよ。俺を助けてくれて、いつも笑っていて、俺達の為に頑張って、そして―――」

 

 そこでアオイは前にマサキに会った時の事を思い出した。

 

 ≪忘れるな。敵を憎み殺すためではなく、誰かを―――自分の守りたいものの為に戦うってことをな≫

 

 そう言っていた。

 

 再びアオイの目に涙が浮かぶが制服の袖でゴシゴシと拭った。

 

 「アオイ?」

 

 「い、いや、俺の大切な家族だよ。俺に大切な者を守れって教えてくれた」

 

 そうだ。

 

 大切な事を忘れるところだった。

 

 インパルスは許せない。

 

 奴を倒すという決意は変わってない。

 

 でもそれは憎しみからではなく、奴によってこれ以上犠牲を生まない為に、仲間を守る為に成すのだ。

 

 「ありがとう、ステラ」

 

 「ん?」  

 

 「おかげで大切な事を思い出せたよ。そうだ、俺は守る為に戦うんだ」

 

 アオイとステラはお互いに頬笑み合うと海を眺める。

 

 それまで渦巻いていた怒りと憎しみは何時の間にか静まっていた。

 

 アオイの胸中にあったのはただインパルスを倒すという決意。

 

 ただそれだけが強く焼き付いていた。

 

 

 

 シンは顔を顰めていた。

 

 セリスに言われたものの、そう簡単に話せるほど納得した訳じゃない。

 

 しかしこのままというのも気分が悪い。

 

 そこで気分を変えようとシミュレーターに来たのが間違いだった。

 

 出来れれば会いたくない嫌な奴が先客としていたのだ。

 

 「なんだよ」

 

 「別に何も言ってないだろ」

 

 先客であるジェイルの棘のある言葉にシンもまた突っ掛かるような言い方になる。

 

 やっぱりこいつの事は気に入らないと睨み合う二人。

 

 そこにタイミング悪くハイネが歩いてきた。

 

 「丁度良い所にいたな。話がある。少し付き合えよ」

 

 二人とも嫌な顔を隠す事も忘れてハイネを見る。

 

 先日の事を思えば当然だった。

 

 「まだ前言った事が分かってないみたいだな」

 

 明らかに不服そうにシンもジェイルも顔を逸らした。

 

 それを見たハイネもため息をつく。

 

 「本当に仕方ない奴らだな。俺やアレンはな、別にお前らがあそこにいた人達を助けた事を咎めてる訳じゃないんだよ」

 

 「えっ」

 

 ハイネの意外な言葉に二人とも驚いている。

 

 そんな彼らに再度ため息をつきながら言葉を続けた。

 

 「助けようとした事は良い。だが抵抗する力を持たない者を撃つ必要な無かった。軍人として言うなら、降伏勧告もしなかっただろう?」

 

 確かにシンもジェイルも降伏勧告などしていない。

 

 だがそんな事をしている余裕などなかった。

 

 あのままではあそこにいた人たちは撃ち殺されていただろう。

 

 「で、でもそれじゃ間に合わなかった―――」

 

 「だが基地のすべてを破壊する必要はなかったよな? 現地の人間を攻撃しようとした兵士を排除した後でもそれはできた筈だ。あの基地を調べれば敵の情報だって手に入ったかもしれないし、降伏して捕縛した兵士達からも情報は手に入ったかもな。結果、それが仲間の危機を救う事に繋がったかもしれないぜ」

 

 ハイネの言葉に言い返す事もできない。

 

 「お前らは自分のやった事の意味をもう少し考えてみな……それから、アレンとも話してみろよ。今甲板にいたから」

 

 去っていくハイネの背中に何も声を掛けられず、シンとジェイルは思わず顔を見合わせる。

 

 「……お前はどうするんだ?」

 

 「……行くよ」

 

 セリスにも言われていたし、ここで行かなかったら逃げるみたいで癪だったからだ。

 

 シンは未だ不服そうなジェイルを置いて甲板に向かって歩き出した。

 

 

 甲板にはハイネの言う通りアレンがいた。

 

 いつもと違う所があるとすれば珍しくサングラスを外している事だろうか。

 

 「シンか」

 

 言われた通りに来たはいいが何を話せばいいんだろうと迷っているとアレンの方から話しかけてきた。

 

 「その様子だとハイネから何か言われたようだな」

 

 「うっ」

 

 シンはアレンに言い当てられて思わずたじろいでしまう。

 

 「ならば俺から言うべき事は一つ、自覚を持てということくらいだ」

 

 「力を持つという事のですか……」

 

 「もちろんそれもあるが……そうだな、少し昔の話でもするか」

 

 そう言うとアレンは過去を思い出すように外に視線を向ける。

 

 シンとアレンが話をしている甲板の入口にはジェイルが立っていた。

 

 ジェイルもなんだかんだと一応気にはなっていたのだが、まさかこいつらまでついてくるとは思わなかった。

 

 その傍にはセリスやルナマリア、メイリンもいる。

 

 「お前らな、立ち聞きとか趣味が悪いぞ」

 

 呆れたようにいうジェイルにルナマリアは抗議するように睨む。

 

 「あんたも人の事言えないでしょうが」

 

 そう言われたらジェイルも黙らざる得ない。

 

 「お姉ちゃん、声が大きい」

 

 「静かにしてよ。聞こえない」

 

 皆が黙ると外から声が聞こえてくる。

 

 それはアレンという人物の過去の断片だった。

 

 

 スカンジナビアで起こったテロ。

 

 

 目の前で失った者。

 

 

 そして引き起こした元凶達。

 

 

 「それからも色々とあってな。俺は戦場で仇の一人と再会して……殺した」

 

 

 シンは思わず身震いした。

 

 その時のアレンの目は寒気が走るほど冷たいものだったからだ。

 

 だが別段不思議な話ではない。

 

 仮にシンがアレンの立場でも間違いなく復讐に走ったに違いない。

 

 シンも味わった事があるからだ。

 

 大切なものを失った時の怒りと悲しみを。

 

 「だが仇を討っても俺の中に残ったのは虚無感みたいなものだけ。失ったものは戻らず、今度は俺が恨まれる立場になった」

 

 「な、なんで!? 悪いのはそいつらでアレンじゃないでしょう!」

 

 真っ直ぐに言い返してくるシンにアレンは薄く笑みを浮かべた。

 

 「それは俺の視点からだったらな。俺が殺した奴にだって仲間はいた。仲間からはずいぶん信頼されていたみたいだからな。その仲間の中でも特にあいつは俺を憎悪していた」

 

 オーブ沖で起きた決戦。

 

 あの時の奴が叫んだ怨嗟の声が思い出される。

 

 アスラン・ザラは今でもアレンを憎悪している。

 

 彼はカールを殺したアレンを決して許さないだろう。

 

 それはこれからも変わらない、アレン自身が背負わなくてはならない十字架だった。

 

 「前置きが長くなったな。つまり俺が言いたいのは俺達はすでに撃たれた者ではなく撃った者だって事だ。銃を持って引き金を引いた時点でな」

 

 シンは思わず息を飲んだ。

 

 「お前が何故軍に入ったか俺には分かる。『あの時、力があったなら』とそう思ったんだろう? それを否定する事は俺にはできない。だがお前はすでに銃を持って誰かを撃った。その時点で誰かの大事な人間を奪った事になる」

 

 アレンは今までで一番鋭い視線でシンを見つめる。

 

 大切な事を伝えようと真剣に。

 

 「今回お前は地球軍の基地で労働させられていた人達を助けようとした。それは良い。だが基地を破壊して撃つ必要のない人達までお前達は撃った。もしもこの先、お前の行動の結果によって大切な人を亡くした者が目の前に現れた時、どうするんだ?」

 

 「それは……」

 

 「仇を討つ為に銃を向けてきたらそいつを撃つか? 敵だからと……たとえ相手が子供でもお前は撃つのか?」

 

 シンは答えられなかった。

 

 考えた事もなかった事だったからだ。

 

 自分が撃った事で誰かが悲しんでいるなどと。

 

 「自覚を持てというのはそういう事だ。手にした力を振るった結果何が起こるのか、それを考えろ。……まあいきなり理解しろとは言わない。だが忘れるな」

 

 考え込むシンを置いてアレンは甲板から立ち去ろうと歩き出す。

 

 だがすぐに立ち止まると声を上げた。

 

 「ところで何時まで立ち聞きしているつもりだ?」

 

 「は? 立ち聞き?」

 

 不思議そうにシンが振り返ると少し開いている甲板の扉から何か騒がしい声が聞こえてくる。

 

 アレンが苦笑しながら扉を開くとそこにはジェイルやセリス、ルナマリア、メイリンがいた。

 

 どうやら今の話を聞いていたらしく全員が気まずそうに視線を逸らしている。

 

 「え~と、いつから気がついていたんですか?」

 

 「最初からだ」

 

 「あはは」

 

 苦笑いを浮かべながら誤魔化すセリス達。

 

 だがジェイルだけは難しい顔でアレンの顔を一瞥するとそのまま歩いて行く。

 

 彼なりに考える事もあるのだろうアレンはあえてジェイルを呼び止めなかった。

 

 「ほら、丁度良い時間だ。全員で食堂にでも行くぞ。話はそこでな」

 

 アレンはセリス達と歩きだす。

 

 その背を見ながらシンは先ほどの言葉が思い出されていた。

 

 《俺達はすでに撃たれた者ではなく、撃った者だって事だ》

 

 《もしもこの先、お前の行動の結果によって大切な人を亡くした者が目の前に現れた時、どうするんだ?》

 

 その言葉がまるで未来を暗示するかの様にシンの中で刺のように突き刺さっている。

 

 「シン!」

 

 セリスの声にハッと正面を見ると皆が待っている。

 

 シンは頭を振ると走り出した。

 

 胸の内に湧いた不安を振り払うように。

 


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