ザフト軍と思われる部隊からの襲撃。
アスハ邸にはこの件に巻き込まれた全員が集まっていた。
一様に皆、表情が暗い。
命を失いかけたのだから元気というのも当然なのだが、理由はそれだけではない。
今回の一件はあまりに根が深いのだ。
確定したという訳ではないにしろザフト軍と思われる部隊からの襲撃に加え、公には死亡しているはずのラクスの命を狙った事。
それだけではなく中立同盟オーブ代表首長であるカガリにまでその襲撃は及んでいた。
もしもザフトだとしたら何故カガリの命を狙う?
そしてそれはラクスについても同様だ。
すでに死亡した事になっている者を狙う理由は一体何なのか?
疑問は尽きない。
だがこうして黙り込んでいても仕方がないとカガリは先の戦闘映像が記録された携帯端末を見る。
「見た事のない機体だが……」
端末に映っていた敵モビルスーツはカガリの記憶には無かった。
「それはアッシュと呼ばれるザフト最新鋭の機体です。私も実物を見たのは初めてですが」
レティシアの捕捉に納得すると同時により事態の深刻さが浮き彫りになる。
使用されていたモビルスーツが最新鋭機となればテロリストの可能性は低い。
もちろんブレイク・ザ・ワールドを発生させた連中がザクを使用していたという前例もある為に断言はできない。
しかしアーモリーワンの強奪騒ぎもあった事で最新機に関するザフトの兵器管理は厳重になっている筈であり、そこから新型を奪えるとは考えにくい。
「ここで考えていても埒が明かないか」
「はい。今回の件にセイラン家が関わっている可能性もあります。早急に調査の必要があるかと」
だがそう言ったショウは釈然としないものを感じていた。
カガリが狙われた事に関しては確かにセイランが疑わしいだろう。
だがあくまでも今回の襲撃犯はコーディネイターであり、ザフトである。
彼らが組みたがっているのはあくまで地球軍の筈だ。
では何故ザフトが襲撃して来たのか?
疑問は募るばかりだが、ショウはすぐさまセイラン家の調査を部下に命じるとカガリに向き直る。
「カガリ様、あの艦ミネルバはどうなさいますか?」
現在オーブにはザフトの最新鋭の戦艦であるミネルバが入港している。
この件に関して彼らが何かを知っているとは思えない。
でも話はしなければならないだろう。
「彼らとは私が話をしよう。ミヤマ、フラガ一佐、一緒に来て欲しい」
「「了解」」
「ラミアス艦長はアークエンジェル出撃準備を。レティシア、ラクス、マユも一緒にな」
「アークエンジェルを?」
「……警備は厳重にするが、再び襲撃が無いとも限らない。アークエンジェルの中ならば外より安全だ。それに―――」
カガリの言葉を遮るようにショウの端末から呼び出し音が響く。
ショウは「失礼」と通話ボタンを押して耳元に当てる。
二、三度言葉を交わした後で通話を終えるとカガリに耳打ちした。
話を聞いたカガリの表情が変わる。
その顔で良くない知らせであった事は想像に難くない。
「ラミアス艦長、急いで準備を頼む……詳しい事は後で」
あえてカガリは言葉を濁したが、誰もがその先何を言おうとしたのかなんとなく理解していた。
もうじき戦いが起こる、そういう事だろう。
だから誰も聞き返す事無く即座に動きだした。
◇
ミネルバはようやく修復も終わり、いつでもオーブを出航できる状態にまで復旧していた。
本来ならば今すぐにでも地上の拠点であるカーペンタリアに向かいたい所なのだが。
未だにミネルバはオーブに滞在していた。
単純にこちらへの命令が来ない為である。
ミネルバは地上に降下した際、オーブへ向かう許可を取る為にカーペンタリアに連絡は入れてあった。
しかしその後は何の音沙汰も無い。
その為準備が整ったにも関わらず、タリア達はオーブに留まる事を余儀なくされているのである。
開戦した以上いつまでもここにいる訳にはいかないが、独断では動けない。
そんなタリアの焦燥や葛藤をよそに事態は予想外の方向に動き出す事になる。
「艦長、アスハ代表がこちらに話があるとの事ですが」
「アスハ代表が?」
「一体何の用でしょうか?」
「さあね」
不安そうに聞いてくるアーサーを尻目にタリアは内心警戒を強くする。
まさか出ていけなどとわざわざ代表首長が言いに来る訳ではないだろう。
面倒事の可能性にタリアはため息をつきながら、すぐにブリッジに通すように伝える。
するとブリッジに護衛役と思われる二人と共にカガリが入ってきた。
その表情は非常に硬く、後ろにいる補佐官や軍人と思われる男も同様に緊張感を纏っている。
ますます警戒しながらタリアは口を開いた。
「アスハ代表、一体何のお話でしょうか?」
「まずはこれを見て欲しい」
渡されたのは携帯端末。
そこに映し出されたのは両腕のビーム砲を構えたグリーンを基調とした機体だった。
「これは……」
「艦長、この機体はザフト軍最新鋭モビルスーツ『アッシュ』に間違い無いか?」
確かにこの端末に映っているのはアッシュに間違いない。
しかしこの機体が何なのか?
タリアの疑問に答えるようにショウが前に出ると驚くべき事を口にした。
「昨夜、我が軍の施設がこの機体と武装集団によって襲撃を受けました」
「えええええ!!」
「襲撃を受けた!?」
驚いているのはアーサーだけではない。
完全に予想外の話に驚きを隠せないのは一緒に話を聞いていたブリッジのメンバーも同様である。
「襲撃してきた者達はすべて撃退しましたが、一部の施設が破壊されてしまいました。襲撃者の死体や破壊されたモビルスーツを調査したところ、襲撃した者はコーディネイターであり、機体はザフト製である事が判明しました」
タリア達が全員息を飲む。
これはつまり自分達の仕業ではないのかと疑われているのだ。
事態の深刻さを理解したタリアが慎重に口を開きかけた所でカガリが手で制した。
「誤解しないでほしい、艦長。私達はミネルバを、ザフトを疑っている訳ではない。私達は今回の件はテロリストの仕業と考えている。ユニウスセブンの事もあるしな」
するとカガリは後ろに立っていたショウからディスクを受け取るとタリアに手渡した。
「これは?」
「先の襲撃者と思われる者達のデータだ。必要なら回収した死体もそちらに引き渡そう。今回の件は我々だけではなく、そちらでも調査をお願いしたい」
どういう事だろうか?
これだけの状況証拠とデータがあるのだ。
これを元に本国に抗議してもおかしくはない。
タリアの訝しむような視線を受けてカガリも苦笑しながら肩をすくめた。
「この件は貴方達にとっても無関係な話ではないだろう?」
確かにそうだ。
ユニウスセブンの件でテロリストがザクを使用していたという事実は軍に衝撃を与えた。
何故ならテロリストは新型機を手に入れる手段を持っているという事に他ならないからである。
その手段は今なお判明せず調査中。
今回の件がテロリストの仕業であるならば彼らは未だに新型を手に入れる手段を持っているという事であり、軍にとっては由々しき事態である。
「それに正直な話、今のオーブにこの件に関して詳しい調査をしている時間が無い……そしてもう一つ。ここからが本題だ。艦長達に知らせねばならない事がある」
「それは?」
「現在地球軍の艦隊が南下してるという情報が入ってきた」
「なっ!?」
これは先程ショウから聞いた情報であり、カガリはこの話をするためにミネルバに来たのだ。
タリアは俯きながら即座に思考を巡らせる。
地球軍が艦隊を率いて南下しているという事は目的は―――
「彼らの目的はオーブに攻め込む事だろう。連合とは戦争中なのだから不思議ではない。こちらも迎撃の為の準備を開始しているが、君達はどうする?」
カガリの問いの意味は分かっている。
同盟軍と共に戦うか、それともこのままオノゴロのドック内で待機するかという問いだ。
ドックに留まるなど論外である。
何故なら同盟が確実に勝てる保証など何処にもないからだ。
そして脱出も難しい。
今すぐオーブを出たとしても途中で鉢合わせになるのが関の山である。
そうなればミネルバ単艦で地球軍艦隊を相手にする事になる。
流石にオーブに攻め込もうとする戦力相手に単艦での突破は厳しい。
タリア達に残された選択は同盟軍と共に迎撃に出て、敵艦隊を突破する事だけ。
結局独断になってしまうが、ここまで状況が進んでいるのなら決断するしかないだろう。
「……私達も戦闘に参加します」
「分かった。軍部の方には伝えておこう。私達に君達への命令権はないが、出来れば連携を取りながら動いて欲しい。こちらの情報は君達にも送らせるように手配しよう」
「了解です」
カガリ達がブリッジから退出するとアーサーが駆け寄ってくる。
「艦長、良いんですか?」
「いいも何もそれしか選択肢はないわ」
「……オーブが地球軍に関する情報をわざと渡さなかったというのは考えられませんか?」
確かにタリアも自分達を引き入れるために情報を隠匿していたという可能性を考えたが、それはない。
「そんな事してオーブに得なんてないわよ。ギリギリまで情報を隠匿していたとしたら私達に悟られないよう自軍の展開すらできないという事でしょう。同盟軍はオーブ防衛の為に出撃しなくてはならないのは変わらないわ。軍の展開が遅れるほど不利な状況に追い込まれていくのはあちら側なんだから」
「ああ、そうですね」
アーサーは納得したように頷いた。
修理も補給も終わり、地球軍艦隊との戦闘は問題ない。
それに開戦した以上、遅かれ早かれ地球軍とは戦う事になるのだ。
だがそれよりも問題はオーブを襲撃したという武装集団の方だろう。
カガリはテロリストの仕業と言っていたが、アッシュのような最新機を使っていたというならザフトを疑うのは当然。
オーブも内心では疑いを持っている筈だ。
タリアでさえそう考えたのだから。
これが両国の何かしらの影響を与える事は間違いない。
しかし一体なんの目的で誰が襲撃など行ったのか。
とにかくこれは放置できないとタリアはアーモリーワンから続く事態に頭痛を感じながら出撃準備を開始した。
◇
ミネルバから降りたカガリはため息をついた。
結果的にとはいえ彼らを利用するのは気が引ける。
カガリがタリアに調査を依頼した事はあくまでも建て前に過ぎないのだから。
「お嬢ちゃ―――あ、いや、アスハ代表。何でミネルバに依頼したんです?」
ショウの鋭い視線にムウは慌てて言い換えた。
そんな二人の様子に笑みを浮かべながらカガリが答える。
「別に依頼した訳じゃないさ」
「では?」
「単純にミネルバを敵に回したくなかっただけだ」
今回の件を公にしてしまえば間違いなくプラントとの関係は壊れる。
向こうが特殊部隊と最新機でオーブを、アスハ邸を襲撃したなんて事を認める筈はない。
プラントにデータをつきつけても反発され、下手をすれば開戦となるだろう。
この先連合とも戦火を交える事になり、そしてオーブ内部が纏まっていない以上プラントのと間には溝を作りたくないというのが本音だ。
少なくとも今はまだ。
さらに今回の事を公にすれば当然ミネルバも敵に回る。
今はオーブの腹の中にいるも同然。
タリアはそんな判断はしないだろうし、ザフトもそんな無謀な事はさせないとは思うが、仮に暴れられたなら軍や施設は相当なダメージを負う事になる。
そうなればこれからの地球軍との戦闘にも支障が出た筈だ。
だからあえて公表を避け、今回の防衛戦に引っ張り込んだのだ。
「では何も言わずに伏せておいても良かったのでは?」
余計な事を言わずともあの艦長ならこちらに合わせて動いてくれただろう。
ムウの判断は正しい。
当然カガリもそう考えていた。
「ああ、確かに。だがミネルバから情報が伝わる事でザフトがどう動くかというのも見たかったしな」
情報が少ない以上、リスクを負ってでも動かなければ取り返しのつかない事になりかねない。
とはいえ今回の件がザフトの仕業だとすればオーブの正式な公表でもない、ましてや個人的にグラディス艦長に渡したデータなど揉み消されるか、適当な報告を上げてくるだけだろう。
だがそうなればミネルバや一部の兵士達からの不信を買う。
万に一つの可能性だろうともつけ入る隙が得られるかもしれない。
「ミヤマ、セイランの方はどうだ?」
「現在部下に命じて監視させています」
「何かあれば報告しろ」
「はい」
セイラン親子が連合の使者と思われる者と秘密裏に会っていると報告が入ったのはこの後すぐだった。
◇
その部屋に突然何かが割れるような音が響き渡り、中身の液体が床を濡らす。
床にグラスを叩きつけ、歯を食いしばっているのはユウナ・ロマ・セイランであった。
普段の軽い表情は憤怒に染まり、椅子に座っているウナト・エマ・セイランも同様に何かを堪えるように拳を握っている。
しかしこちらはまだ冷静さを保っているのかユウナに比べれば余裕があるように見える。
それでも怒りに震えている事は間違いない。
「どういう事だよ、これは! 結局失敗だったじゃないか!!」
彼が怒っている理由。
それは現代表首長カガリ暗殺に失敗したと報告を受けたからだ。
成功していれば今頃混乱したオーブ内を纏め、オノゴロにいるザフト艦ミネルバを餌に地球軍と同盟を結んでいる筈だったのだ。
そんなウナト達の視線に晒されている男、ヴァールト・ロズベルクはいつも通り涼しげな顔で立っている。
それが余計にウナト達の神経を逆撫でしていた。
「落ちついてください、御二人共。証拠はありませんし、襲撃を掛けたのはザフトの部隊です」
「ふざけるな! それでも僕らが疑われるのは避けられない! こうしてお前に会ってる事だって向うも知ってる筈だ!」
「でしょうね。ここも監視されていましたから」
一応この部屋は防音になっており外に声は漏れないし、盗聴器も仕掛けられてはいない。
それでも今連合の使者と会うなど向うからすればあやしい事この上ないだろう。
ユウナが逆の立場ならば確実に疑念を持つ。
それでもこの男から訪ねてくれば追い返す事もできないのがユウナ達の立場であった。
「すでに地球軍艦隊がオーブに迫っている事は分かっておる。貴様何を考えている?」
「まあ色々ですよ。ではこういうのはどうでしょうか? 御二人ともこちら側に来ませんか?」
「なっ、僕らにオーブを捨てろって言うのか!」
「ええ。こんな国にいても御二人の力を発揮する事は出来ません。私は御二人の力を惜しいと思っているのですよ。今回の失敗のお詫びも兼ねてそれなりの地位も用意しましょう。どうです?」
この男にそんな力があるのだろうか?
だがこの男には弱みを握られているも同然である。
ユウナが返事に窮していると座っていたウナトが問いかけた。
「条件は? 当然その話に乗るには条件があるのだろう」
「話が早くて助かります」
彼らに拒否権など初めから存在しない。
それが例え悪魔の条件であろうとも。
穏やかな顔でヴァールトが告げた条件はウナト達の未来を決定する事になる。
◇
太平洋を南下する地球軍の艦隊。
その艦隊を指揮する旗艦では指揮官が不機嫌そうに艦長席に座っていた。
グラント・マクリーン中将。
優れた判断力を持った軍人であり、現在の軍のあり方を危惧している数少ない人物である。
普段から厳しい人物ではあるがこのように不機嫌なのは珍しい。
そう、グラントの機嫌はすこぶる悪かった。
同じブリッジにいるクルー達はビクビクしながら委縮している。
そんな状況を変えようと副官が声を掛けた。
「何故そこまで不機嫌なのですか、中将?」
「……不機嫌にもなるだろうよ。こんな状況で開戦したあげく、今度はオーブを攻めろときた」
本来なら各地の復興が先だろうに。
開戦してしまった事は遺憾ではあるが、仕方がない。
中立同盟とも前大戦より戦争継続中である。
だから攻める事は不思議なことではない。
しかし少なくとも今はザフトを警戒すべき状況だろう。
中立同盟は向うから仕掛けてくる事はないのだ。
ならばこんな戦闘で戦力を無駄に消耗させる必要など何処にあろうか。
「仕方がありませんよ。上からの命令ですから」
「分かっている」
彼に出来る事は指揮官としての役目を果たし、いかに犠牲を少なく戦闘を終了させるかだ。
「全艦、戦闘態勢、各モビルスーツを出撃させろ」
「了解!」
遠目に見えてきた敵軍に目を細め、出撃命令を出した。
◇
オーブを守る為の戦いが開始される直前、どこも戦闘開始直前である為に誰もが忙しなく動いている。
オノゴロも司令部もモルゲンレーテも。
だが一か所ほど場違いな場所。
オーブの研究施設の一画に銃を持ち、武装した数人の兵士が集まっていた。
服装からして間違いなくオーブ軍の人間である。
人数こそ多くはないが戦闘開始直前にこんな場所に集まる意味はあまりない。
そして彼らの足元には施設の警備をしていた者達が胸や頭に致命傷を受け血を流して倒れている。
だが誰も気にしていないのか、そのまま施設の中に入って行った。
◇
地球軍の艦隊が見えて来た頃、オーブも防衛戦力の展開を終了させていた。
その中で目立つのは二隻の艦。
一隻は展開した部隊の中でも異色ともいえるザフト艦ミネルバ。
そしてもう一隻は不沈艦と呼ばれたアークエンジェルである。
アークエンジェルの艦長席に座るのは前大戦より変わらずマリューが務め、ブリッジのCICメンバーも殆ど変わらず、サイとミリアリア、そしてアネットが座っていた。
唯一変わっているとすればラクスが彼女らの近くに座っている事だろう。
狙われている彼女は非常時以外は戦場には出ないようにレティシアからきつく言われた為、ブリッジでCICに座る事になったのだ。
「各員戦闘配置につきました!」
「各モビルスーツ、出撃準備完了です!」
初めて艦に乗った頃に比べ皆戸惑いも無くスムーズに進んでいく。
そんな彼らを頼もしく思いながらマリューは指示を飛ばす。
「対艦、対モビルスーツ戦闘用意! イーゲルシュテルン、バリアント起動、ミサイル発射管、ウォンバット装填!」
アークエンジェルの武装が起動し、戦闘準備が整うとハッチが解放されモビルスーツが発進する。
最初に出てきたのは二機の戦闘機らしき機体。
だがそれはオーブ軍のムラサメでもナガミツでもなかった。
SOA-X04『センジン』
オーブ、スカンジナビア次期主力機開発計画の試作機である。
コックピットにいるのはエンデュミオンの鷹と呼ばれた男ムウ・ラ・フラガだった。
この機体は加速性、機動性を重視した機体となっており、武装も基本装備以外の火器は背中に装備された『アータル』改のみであり、一撃離脱を得意としている。
「良し、行ける」
今回の戦いはようやくリハビリを終えたムウにとっては久しぶりの実戦、即ち彼にとっては復帰戦である。
気合も入るというものだ。
ムウは緊張も無くいつも通り軽い口調でモニターに映るマリューに言った。
「さて、じゃあ行きますか! ムウ・ラ・フラガ、『センジン』出るぞ!」
加速をつけてセンジンが空へと飛び出すと続けてもう一機が出撃する。
コックピットに座っていたのはすっかり一人前の顔つきになったトール・ケーニッヒである。
彼もまた前大戦よりずっと大切な者達を守る為にパイロットを続ける選択をしていた。
《トール、気をつけてね》
もはや年中行事となったミリアリアの言葉にトールは思わず苦笑する。
でもそれはそれだけ自分を思ってくれている証拠だ。
だからトールはいつも通り笑顔でそれに応えた。
「ああ、行ってくる! トール・ケーニッヒ、『センジン』出る!」
二機のセンジンが出撃すると次に見た事も無い機体がカタパルトへ運ばれてきた。
SOA-X03『ブリュンヒルデ』
センジンと同様オーブ、スカンジナビア次期主力機開発計画の試作機である。
基になっているのは前大戦においてレティシアが搭乗していたアイテルガンダム。
背中にはセイレーンを改良したリフターが装備されている。
その為かアイテルの面影を持つこの機体は核動力こそ装備されていないが破格の性能を持っていた。
背中のリフターには稼働時間の延長を図るためバッテリーを内蔵、同時に強力な火器を使用しても長時間戦闘に耐えうるように配慮されていた。
ブリュンヒルデのコックピットに座り調整を行っていたレティシアはフリーダムに搭乗しているマユに声をかける。
「マユ、私が援護します。無茶はしないようしてください」
「それはレティシアさんもですよ」
お互いに苦笑しながら二人は外へと飛び出した。
「マユ・アスカ、フリーダムガンダム、行きます!」
「レティシア・ルティエンス、ブリュンヒルデ出ます!」
二機のモビルスーツが戦場に飛び出した。
◇
オーブ防衛の戦列に加わったミネルバのブリッジでアークエンジェルを見たアーサーは興奮したように立ち上がる。
「あの不沈艦ですよ、艦長!」
「落ちつきなさい、アーサー」
まあ気持ちは分からなくも無い。
アークエンジェルといえば地球軍に所属し、ザフトと死闘を繰り広げ、さらに同盟軍に所属を変えた後も多大な戦果を上げた艦である。
しかもどれだけ追い詰められようとも沈む事がなかった故に『不沈艦』という名で呼ばれているのだ。
タリアも艦を預かる身としては見習いたいものである。
「今は正面の戦いに集中して」
「は、はい!」
これから正面に控える地球軍艦隊を突破しなければミネルバはカーペンタリアに到達できないのだ。
「ブリッジ遮蔽、全砲門発射準備!」
「了解! CIWS起動! パルジファル装填! トリスタン一番、二番、イゾルデ起動!」
ミネルバのブリッジが戦闘態勢に移行する。
全員が前方の敵を突破せんと決意を込めて前方を注視した。
気合いが入っているのはブリッジだけではない。
格納庫で待機していたパイロット達もやる気充分といった様子で各機のコックピットで待機している。
特にコアスプレンダーで待機していたシンは必要以上に気合いが籠っていた。
この戦いはミネルバからすればオーブから離脱する為の戦いだが、シンにとっては祖国を守る為の戦いでもある。
「……マユもきっと出撃するよな」
守りたい物があると、そう言った彼女の決意は固かった。
ならばこんな危機を見過ごす筈はなく、必ず戦場に出るだろう。
シンは顔を顰めながら複雑な気分を吹き飛ばすように首を振る。
「いや、今は目の前に集中しなきゃな」
そこにセリスから通信が入る。
《シン、大丈夫?》
心配そうな彼女に暖かな気持ちになりながら安心させる為に笑顔を浮かべた。
「俺は大丈夫だよ。気合いも入ってるしさ」
嘘ではない。
三年前は何もできなかった。
だが今は違う。
俺はもう失わない。
必ず守り抜いてみせる!
「セリスは絶対俺が守るから」
シンの真剣な表情に顔を赤くしたセリスは俯いて「う、うん」と呟いた。
《私もね、シンを守るよ》
「ありがと」
そんな二人の会話に辟易したようにルナマリアが通信してくる。
《アンタ達ねぇ、そういうのは機体に乗る前に済ませておいてよ。まったく、聞いてるこっちが恥ずかしい》
《別にいいじゃない。ルナには関係ないし、ね、シン》
「そ、そうだな」
ルナマリアの視線がやたらと怖くて直視できない。
どうやら彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。
《……その辺にしておけ。もう出撃だぞ》
《レイももっと早くこいつらを止めてよね》
《……別に戦闘に支障がなければ二人がどういう会話をしようが関係ない》
レイは相変わらずらしい。
こんな時であるが、変わらない仲間達の姿に肩に入っていた力も抜けた。
そんな雑談をしている間に来るべき時は来る。
《正面に地球軍艦隊を確認。各モビルスーツは発進してください!》
メイリンの官制し従いながら、事前に準備を整えていた機体から発進していく。
シンはゆっくり開くハッチの先を見ながら、息を吐き出す。
必ず守る。
その決意を胸にフットペダルを踏み込んだ。
「シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」
シンは激戦が待ちうける戦場に飛びだしていく。
この戦場で彼はもう一つの運命と対峙する事になる。
機体紹介更新しました。