機動戦士ガンダムSEED effect   作:kia

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第12話  蒼き翼は夜空を舞う

 

 

 カガリは執務室で先程まで行われていた会議の事を考えていた。

 

 別に問題が起こった訳ではない。

 

 会議自体は順調に終わった。

 

 いや、順調すぎたと言えば良いのか。

 

 正直、今回もウナトやユウナが地球軍への同盟を再び口にしてくると思っていたのだ。

 

 しかし意外なほどスムーズに会議は進み、彼らは結局何も発言しないまま終了したのだ。

 

 何の問題も無い筈なのだが、何故か不気味な気がしてならない。

 

 セイランは仮にも宰相を任されているほどの有能な政治家。

 

 無論、カガリも信頼している。

 

 故に意見は対立していても彼らの存在を疎んだ事はない。

 

 だからこんな風に考えるのは嫌なのだが。

 

 「……ミヤマ、今日のウナト達の事をお前はどう思った?」

 

 後ろに控えていたショウは顎に手を当てると考え込むように俯いた。

 

 「……そうですね。先日の件で諦めたとも取れますが、それにしては静かすぎました。何か別の方策でもあるのか、もしくは―――何かしらの強硬策に出ようとしているのか」

 

 「強硬策?」

 

 「ええ。彼らがそこまで短絡的な手段に出ると考えたくはありませんが、可能性としてはありえます。たとえば暗殺など」

 

 「まさか」

 

 ショウの発言に思わずカガリも身を固くする。

 

 それは個人的にも流石にないと思いたい。

 

 だが、それとこれとは別の話。

 

 最悪の状況は想定しておいた方が良いかもしれない。

 

 「ともかくしばらくは警戒しておいた方が良いかと」

 

 「そうだな」

 

 へばりつく不安は消えなかったが、確信のある話ではない。

 

 あくまでも仮定の話だ。

 

 カガリは余計な事を考えるのをやめると残った仕事に集中する事にした。

 

 

 

 

 暖かい午後。

 

 食事を終えたマユはレティシア、ラクスと紅茶を飲んでいた。

 

 今日は珍しく三人共軍に呼び出される事無く、静かに過ごしている。

 

 世界は再び連合とプラントとの間で戦争状態に陥っている。

 

 だがオーブは今のところ平和であった。

 

 しかしこの前のカガリの話を聞けばそれも仮初であると実感する。

 

 地球軍からの同盟案とそれに伴うオーブ内の混乱。

 

 近いうちに何かが起こるのは確実。

 

 「いつまでもこうしてはいられませんね」

 

 「ええ」

 

 ラクスやレティシアの声に明るさは無く、どこか沈んでいた。

 

 今のままでは再び戦場に出る日も近い。

 

 軍人である以上それは覚悟しているが、脳裏に蘇る前大戦の光景が三人の表情を曇らせていた。

 

 「……今でも準備はしています。私達も工廠に顔を出しましょう」

 

 「そうですね」

 

 マユは窓から楽しそうに遊ぶ子供たちを見つめながら内心ため息をつく。

 

 確かに覚悟はしている。

 

 だが、この穏やかな日々が少しでも長く続く事を願わずにはいられない。

 

 戦場に出れば無慈悲な現実だけがそこにある事を知っているから。

 

 しかしそんな願いとは裏腹に戦いの足音はすぐそこまで迫っていた事に彼女達はまだ気が付いていなかった。

 

 

 

 

 その日はいつも通りの穏やかな夜だった。

 

 いつも通り子供達が楽しそうに騒ぎ、それに混じってマユ達も笑顔で笑う。

 

 本当に何も変わらない、普通の日常であるとそう思っていた。

 

 

 しかしこの日は違った。

 

 

 近場の海から彼女達の家に近づいてくる人影がある。

 

 岩陰に隠れながら潜水具を脱ぎ捨て、暗視スコープを装着すると持ちこんだ火器を確認する。

 

 その動きには無駄がない。

 

 見る者から見れば普通の者ではない事が分かるだろう。

 

 その淀みない動きは彼らが軍事訓練を受けている証拠だった。

 

 先頭に立つ男が共にここまでたどり着いた部下達を見渡すと口を開いた。

 

 「良いな、ターゲットAの死の痕跡は残すな。そしてターゲットBとCは極力怪我を負わせず無力化し捕獲する事」

 

 誰も声には出さないがそのまま頷く。

 

 「第二部隊も動いている。遅れる訳にはいかない。行くぞ」

 

 黒い影はマユ達がいる家に向かって素早く動き出す。

 

 

 

 

 影が迫っていたのはマユ達のいる場所だけではない。

 

 マユ達が住む家からさほど離れていない場所に存在するアスハ邸。

 

 すなわちカガリがウズミと共に住まう邸宅にも黒い影は迫っていた。

 

 一番最初に不吉な影が近づいているのに気がついたのはショウであった。

 

 事前の情報とセイラン親子のいかなる策にも対応する為に警戒していたのが幸いし、邸宅に仕掛けていたセンサーに反応があったのである。

 

 操作していた端末が異常を検知していた。

 

 端末を素早く叩きながら、状況を確認する。

 

 「何者だ? センサーの一部が解除されている所から見ても、まともな連中とも思えんか」

 

 手元に置いていた銃を掴み、端末から部下達に指示を飛ばすとショウは部屋を飛び出す。

 

 部下の配置を確認しながらカガリの部屋までたどり着くと軽くドアをノックした。

 

 「カガリ様、起きて頂けますか?」

 

 「……どうした?」

 

 「侵入者です」

 

 「何!?」

 

 ショウの報告にカガリはすぐさま銃を構えて飛び出してきた。

 

 服も動きやすいものを着込んでいる事から、事前に準備をしていたのだろう。

 

 「お父様は?」

 

 「すでに部下達が保護しています。私達も早く―――ッ!?」

 

 ショウは咄嗟にカガリに覆いかぶさると、次の瞬間、無数の銃弾により防弾の窓に大きな罅が入る。

 

 「結構な人数に入り込まれているようですね。ここも長くは持ちません、シェルターに急ぎましょう」

 

 「ああ!」

 

 万が一に備えカガリを庇う様に立ち上がると走り出した。

 

 だが途中で侵入者と思われる者が銃を構えてくる。

 

 「カガリ様、下がって!」

 

 動くのが早かったのはショウの方であった。

 

 懐に持っていたボールペンを投げつけ相手の狙いを逸らすと素早く懐に飛び込み、引き金を引く。

 

 数発の銃弾が侵入者を撃ち抜き、血を撒き散らしながら倒れこんだ。

 

 「ミヤマ、新手だ!」

 

 「ッ!?」

 

 ショウは侵入者の死体から銃を奪うと襲いかかってくる者に向ける。

 

 しかし相手も相当の訓練を積んでいるのか簡単に射線を取らせない。

 

 横から斬りつけてきたナイフを銃で受け止めるともう片方の手に握った銃で躊躇う事無く射殺した。

 

 「大丈夫か!?」

 

 「ええ、問題ありません」

 

 ショウは駆け寄ってくるカガリに無事を知らせつつ、倒れた侵入者がつけていたイヤホンのついた通信機らしきものを奪って立ちあがる。

 

 「カガリ様、こちらに」

 

 「ああ」

 

 しかしどうやら結構な数の侵入者がいるらしく、逃げる途中で銃撃に阻まれてしまう。

 

 「全く何人いるんだ?」

 

 「ええ、しかも全員何かしら訓練を受けているようです」

 

 通路に隠れ銃撃をやり過ごしながら隙を窺うが激しい銃撃の為に前に進めない。

 

 どうするか?

 

 ショウが突破口を見つけようと視線を通路の先に向けた瞬間、侵入者のいる方向から銃声と共に誰かが倒れる音が聞こえ、同時に激しい銃撃も止んだ。

 

 誰かが侵入者を倒したらしいが―――

 

 近づいてくる影は二つ。

 

 「無事か!」

 

 「大丈夫!?」

 

 「フラガ一佐、ラミアス艦長!!」

 

 先程侵入者を倒したのはムウ・ラ・フラガとマリュー・ラミアスであった。

 

 マリューは現在マリア・ベルネスという偽名を名乗り、モルゲンレーテのエンジニアとして勤めている。

 

 そしてムウは前大戦で重傷を負い、ずっとリハビリ中であったが一年前にようやく軍に復帰していた。

 

 どうやら今回はカガリの護衛を務めてくれていたらしい。

 

 「無事で良かったわ、カガリさん」

 

 「助かった、ラミアス艦長」

 

 「話は後だ、マリュー、お嬢ちゃん!」

 

 この男は相変わらず、カガリに対する敬意のかけらもない。

 

 本来なら叱責しなければいけないのだろう。

 

 だが彼はこういう男だと知っているカガリは苦笑するだけだ。

 

 ショウも思わず眉を潜めているが、今は話をしている暇はない。

 

 「カガリ様、今のうちに抜けましょう」

 

 「私達が先導します。行くわよ、ムウ!」

 

 「こっちは苦手なんだが、まあそうも言っていられないか!」

 

 襲撃者を撃退しながら全力で走る。

 

 数回の銃撃戦の後、何とか怪我もなく安全なシェルターがある通路まで辿りついた。

 

 「ここです。少しお待ちを」

 

 ショウは素早く暗証番号を入力して、扉を開くと三人はそのまま中へと飛び込んだ。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 「全員無事?」

 

 「何とかな」

 

 切れる息を整えながら、シェルター内部を見渡す。

 

 そこにはショウの部下達と共にウズミが待っていた。

 

 「カガリ、無事か!」

 

 「お父様も!」

 

 ウズミが無事だった事でカガリはホッと安堵する。

 

 皆の無事が確認され、空気が緩む。

 

 その中でショウだけは依然として厳しい表情を浮かべていた。

 

 「どうした、ミヤマ?」

 

 ショウは侵入者から奪った通信機から聞こえてくる会話を聞いていた。

 

 「どうやら襲撃されたのはここだけではなかったようです」

 

 「何!?」

 

 ショウが聞いているイヤホンの一つを耳に当てると通信機から漏れてくる襲撃者達の声が聞こえてくる。

 

 《ターゲットAは……子供と共に逃走中……》

 

 「子供だと!?」

 

 現在オーブ内で子供と共にいて尚且つ命を狙われそうな人物は一人だけ。

 

 敵の狙いはラクスに間違いない。

 

 「救援は?」

 

 「こちらの侵入者に対する鎮圧と合わせると、時間が……」

 

 「くっ、急がせろ! 向こうには我々のような装備も人員もないんだ」

 

 「了解」

 

 カガリは何も出来ない現状に焦れながら拳を握り締める。

 

 向こうには実戦経験の豊富なレティシアや訓練を受けたラクスとマユもいる。

 

 だがいかに彼女達であろとも多勢に無勢。

 

 万が一の備えはしてあるが、非常に危険である事に変わりはない。

 

 カガリは皆の無事を祈りながらショウの報告を待つ事しかできなかった。

 

 

 

 

 カガリ達が無事にシェルターに辿り着いた頃、マユ達も銃撃の雨に晒されていた。

 

 鳴り響く銃声に壁や窓を打ち砕く銃弾。

 

 その音が響くたびに子供達の悲鳴が上がる。

 

 子供達の怯えた声を聞くたびにマユは怒りで強く拳を握りしめた。

 

 何が狙いなのかは知らないが、子供達まで巻き込むなど絶対に許せない。

 

 マユは手に持った銃のセーフティーを外すと子供達と一緒にいたラクスに叫ぶ。

 

 「ラクスさん、レティシアさん、急いでシェルターに!!」

 

 「ええ、行きましょう。皆大丈夫ですからね!」

 

 「う、うん」

 

 怯える子供達を宥めながら、レティシアが先頭に立つ。

 

 この中で白兵戦の経験が豊富なのはレティシアのみ。

 

 マユやラクスは訓練は受けていても経験不足。

 

 皆を守りながらシェルターに向かうにはレティシアが先頭に立つしかない。

 

 「私が先行します。マユとラクスは後から来て下さい」

 

 「レティシアさん、私も!」

 

 「マユは皆をお願いします」

 

 レティシアは銃を構えて先行する。

 

 撃ち込まれる銃弾に注意しながら壁を背に進むと曲がり角で待ち伏せしていた襲撃者が銃を構えて襲いかかってきた。

 

 だがレティシアの姿を確認した瞬間、狙いが極端に甘くなる。

 

 何故か知らないが好機だ。

 

 レティシアは蹴りを放ち襲撃者の銃を叩き落とす。

 

 そして体勢を崩した敵に自分の銃を顎に付きつけ躊躇う事無く引き金を引いた。

 

 飛び散った鮮血を浴びないように注意して射殺した相手から武器を奪い、さらに向ってくる敵に銃弾を撃ち込んでいく。

 

 だが敵は怯む事はない。

 

 数人を倒したレティシアにさらにナイフを持って襲いかかってくる。

 

 「しつこいですね」

 

 ナイフを横っ跳びで回避すると体を沈めて襲撃者の足を払い、倒れ込んだ敵に銃弾を放った。

 

 息の根を止めた敵には目もくれず、残った敵にも銃を構える。

 

 だがレティシアが引き金を引く前に、別方向から放たれた銃弾によって敵が撃ち倒された。

 

 「レティシアさん!」

 

 「マユ、ラクスも」

 

 銃を構えたマユがラクス達と飛び込んでくる。

 

 その姿に安堵しながら、全員の様子を見渡す。

 

 どうやら怪我をした者はいないようだ。

 

 レティシアは皆の無事な姿に確認すると即座に周囲を警戒する。

 

 いつまでも同じ場所に留まるのは危険。

 

 狙いが分からない以上、急いでシェルターに向かうべきだ。

 

 「急ぎましょう」

 

 「はい」

 

 外にいる敵からの銃撃を身を低くしてやり過ごし襲いかかってきた敵を撃ち倒しながら走っていく。

 

 何度か襲撃してきた敵を撃退し目的のシェルターに辿りつくとパスワードを入力し扉を開けた。

 

 「皆、早く入って!」

 

 子供達が中に入り、周りを確認しながらマユもシェルターに入ろうとした時、何かが光った事に気がついた。

 

 「ッ!?」

 

 通気ダクトの中に潜む敵が銃を構えている姿が見えた。

 

 狙いは―――

 

 「ラクスさん、危ない!」

 

 マユは咄嗟にラクスを抱え込み床に押し倒すと同時に銃弾が弾けた。

 

 ギリギリではあったがラクスに当たる事無く事無きを得た。

 

 そして即座にレティシアとマユが通気ダクトに向けて銃を発砲し、襲撃者を射殺した。

 

 「今の内です!」

 

 レティシアの掛け声にシェルターに飛び込むと扉を閉めてロックした。

 

 この場所は爆薬などで破壊する事は出来ないし、外からも開ける事は出来ない。

 

 とりあえずはこれで大丈夫だろう。

 

 しかし―――

 

 「コーディネイターですね」

 

 シェルターの扉を見つめながらレティシアが呟いた。

 

 「しかも彼らはきちんとした訓練を受けています」

 

 「つまりザフト軍……」

 

 「ええ」

 

 確かに襲撃者の動きは明らかに普通の者ではなく、相当の訓練を積んでいた。

 

 拳を固く握るマユの気遣うようにラクスが肩を叩くと呟いた。

 

 「狙われたのは……私なのですね」

 

 彼らは何かを探していたし、先程ダクトから攻撃してきた敵は明らかにラクスを狙っていた。

 

 一瞬でも気がつくのが遅れていたらラクスは射殺されていたに違いない。

 

 しかし浮かんでくるのは強い疑問であった。

 

 そもそもラクスを狙う意味が分からない。

 

 プラントでは彼女はすでに死んでいる人間である。

 

 かつての立場や生まれを考えて彼女が生きている事は限られた人間しか知らない筈なのだ。

 

 だがそんな考えも突然起こった大きな轟音と振動によって中断された。

 

 子供達の悲鳴と共にシェルターが大きく揺れる。

 

 「こ、これって」

 

 「どうやらまだ諦めていないようですね」

 

 ここまで派手な事をやったのだ。

 

 彼らの目的がラクスの命ならば、それを達成するまで退いたりはしないだろう。

 

 「もっとシェルターの奥まで行きましょう!」

 

 子供達を連れさらにシェルターの奥まで走り込み、扉を閉める。

 

 間一髪だったのか、その数瞬後先ほど以上に大きな爆発の振動が伝わってきた。

 

 これほどの振動と爆発は明らかに対人兵器ではない。

 

 「まさかモビルスーツ!?」

 

 「おそらくは。何機いるかは分かりませんが、火力を集中されるとここも長くは持ちません」

 

 数機のモビルスーツの火力で攻められれば確かにここも持たない。

 

 だが、今のマユ達に対抗策など―――

 

 その時、自分達がどこにいるのか思い至り対抗策の存在に気がついた。

 

 今いるシェルターの奥にはある物が保管されている。

 

 それを使えばこの状況でも打開できる。

 

 問題は誰がやるかだ。

 

 狙われている可能性が高いラクスは論外。

 

 対人戦闘技術の優れたレティシアも万が一に備えていた方が良いだろう。

 

 ならば答えは決まっている。

 

 「ラクスさん、アレを使いましょう」

 

 「マユ!?」

 

 「このままでは皆やられます。誰かがやるしかありません。私が行きます」

 

 ラクスが若干躊躇うように俯く。

 

 しかし彼女も他に打開策が無い事も理解しているのだろう。

 

 手に持っていたハロの口に入っていた二本の鍵を取り出すと片方をレティシアに手渡し奥に存在する扉に歩み寄る。

 

 「ラクス、いきますよ」

 

 「はい。お願いします」

 

 二人は頷くと横に設置してあるパネルに鍵を差し込み同時に回した。

 

 

 扉がゆっくり左右に開くとその奥には翼を持った鋼鉄の巨人が静かに佇んでいた。

 

 

 ZGMF-X10A『フリーダムガンダム』

 

 

 前大戦では最強の機体とされた四機のモビルスーツが存在する。

 

 その四機は非常に高い性能とパイロット達の技量によって圧倒的な戦果を叩きだした同盟軍の象徴ともいえる機体だった。

 

 それが『アイテル』『ジャスティス』『イノセント』そして『フリーダム』である。

 

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦において大破に近い損傷を受けたフリーダムは修復され、ここに保管されていたのだ。

 

 万が一の事態に備えて。

 

 マユは一度だけフリーダムを見上げるとこの機体に乗るべきパイロットに思いを馳せる。

 

 本当ならば本来のパイロットであるキラが乗るべきなのだろう。

 

 だが今はここにはいない。

 

 だから―――

 

 「キラさん、今は皆を守る為に使わせて貰います」

 

 マユは静かに呟くと機体に乗り込む為に歩き出した。

 

 

 

 

 その頃、シェルターの外側では異様な形のグリーンを基調としたモビルスーツが岩盤目掛けてビームを撃ち込み続けていた。

 

 UMF/SSOー3『アッシュ』

 

 脚部が細長くショルダーアーマーを畳んだMA形態への可変機構を持つ水陸両用の機体である。

 

 水中でも高い機動性を誇りながらも同時に陸上での戦闘能力を有している。

 

 両腕部の格闘用ビームクローやビーム砲、機関砲と胴体部のフォノンメーザー砲などを装備した火力もある機体となっている。

 

 コックピットの中で襲撃者を指揮していたのはヨップ・フォン・アラファス。

 

 ザフト軍の特殊部隊に所属する男である。

 

 「火力を集中させろ! 隔壁を突破すればそれで終わりだ!」

 

 ヨップは焦っていた。

 

 今回の任務についてここまで手こずるとは思っておらず、さらに第二部隊の方も失敗。

 

 しかも使用予定のなかったアッシュを引っ張りだし、攻撃を繰り返しているが未だに目的を達成できない。

 

 このままではまずい。

 

 もしこの機体をオーブ軍に見つかればプラント側の関与が露呈してしまう。

 

 なんとしても目的を達成しなければ―――

 

 ヨップは焦りを押し殺し、再び声を張り上げようとしたその時、空に向けて閃光が飛び出してきた。

 

 夜の闇を斬り裂くように撃ちこまれたビームに誰もが目を奪われる。

 

 「な、何だ!?」

 

 舞い上がる爆煙の中を突っ切るように一機のモビルスーツが上空に飛び出してきた。

 

 夜空に飛び上がるその機体はあまりに特徴的。

 

 

 白い四肢に黒い胸部、そして最大の特徴といえる蒼き翼。

 

 

 あれは―――

 

 

 「まさか、フリーダム!?」

 

 「え、えええええっ!?」

 

 当然ザフトに所属するヨップもフリーダムの事は知っている。

 

 圧倒的な戦果を叩きだした中立同盟軍最強の一機。

 

 それが何故こんな場所にいる!?

 

 しかしヨップ達にそんな事を考えている暇などなかった。

 

 フリーダムは翼を広げ、腰からビームサーベルを抜くと一気にアッシュに向けて斬り込んできた。

 

 あまりの速さにヨップ達はまったく反応できない。

 

 気がつけば左に展開していた二機が斬り裂かれ撃破されてしまった。

 

 「速い!?」

 

 それだけではない。

 

 一瞬で二機を撃破するパイロットの技量も尋常ではない。

 

 だからと言ってヨップ達に退くという選択肢は無かった。

 

 残ったアッシュが振り返り両腕を掲げビーム砲をフリーダムに向けて叩き込む。

 

 「撃ち落とせ!!」

 

 アッシュの両腕から放たれたビームが動き回るフリーダム目掛けて襲いかかる。

 

 だが当たらない。

 

 蒼い翼を広げて、舞うような動きに翻弄され、全く捉える事が出来ない。

 

 まるでビームの方がフリーダムを避けているのではと錯覚するほどだ。

 

 ならばとミサイルを撃ち込んでも同じ事。

 

 ミサイルを機関砲で撃ち落としながら近くにいたアッシュの両足を容易く切断していく。

 

 「くっそぉぉぉ!!!」

 

 撃ちこまれるビームを避けながら正面から突っ込んできたフリーダムはすれ違い様にさらに二機のアッシュを斬り捨てた。

 

 「ば、馬鹿なぁぁ!」

 

 強すぎる。

 

 あまりに信じがたい状況にヨップ達は叫ぶ事しかできない。

 

 フリーダムはビームライフルを構え、空中で逆さに宙返りしてバラエーナプラズマ収束ビーム砲、クスィフィアスレール砲を展開すると一斉に撃ち出した。

 

 フルバーストモードの圧倒的な火力を前に成す術無く次々とアッシュが破壊されていく。

 

 正確な射撃と鋭い斬撃。

 

 撃ちこまれた攻撃をすべてかわしきる操縦技術。

 

 まさに最強と言われるにふさわしい力だった。

 

 「あ、ああ」

 

 最後に残ったのはヨップのみ。

 

 フリーダムはそのまま速度を緩める事無く突っ込んでくる。

 

 「く、舐めるなァァァァ!!!」

 

 ビームクローを展開して正面から斬り込んでくるフリーダムに突き出すように叩きつけた。

 

 しかしそんなヨップの反撃すらあっさりと回避したフリーダムは機体を回転させビームサーベルでアッシュの両腕を斬り落とす。

 

 さらに動きを止める事無く両足も斬り飛ばされたアッシュは無様にも背中から倒れこんだ。

 

 ここに勝敗は決した。

 

 全機が倒された以上、もはやどうする事も出来ない。

 

 だが妙だった。

 

 これだけの力を持ちながらフリーダムによって撃破されていないアッシュが存在したのだ。

 

 あれだけの力を持っているなら撃破するなど容易い筈。

 

 なのに何故撃破しないのか?

 

 疑念と憤りを抱え倒れこむアッシュのコックピットからにらみ付けるヨップを、フリーダムのコックピットでマユが表情一つ変えずに見下ろしていた。

 

 彼らを撃墜しなかったのは情けを掛けた訳ではない。

 

 単純に襲撃者が誰の命令で動いていたのかなど手掛かりや証拠をすべてを消してしまう必要はないと思ったに過ぎない。

 

 ともかくこれで終わりだろうと一息つきかけた。

 

 だがそこで驚くべき事が起きる。

 

 動けないとはいえコックピットが無事であったアッシュが次々と爆発していくのだ。

 

 つまりは自爆である。

 

 「証拠隠滅ということですか」

 

 どうやら彼らは任務達成が出来ないと判断した際はそう選択するつもりだったらしい。

 

 しかし逆をいえば彼らの情報が漏れるとまずいという事の証明でもある。

 

 マユは大きく息を吐くと周囲を警戒しつつフリーダムを地上に下ろす。

 

 そしていつの間にか昇っていた朝日を眺めながら目を細めた。

 

 

 

 

 

 襲撃を受けたマユ達の家から若干離れている孤島。

 

 そこからフリーダムとアッシュの戦闘を眺めていた男がいた。

 

 彼が搭乗しているモビルスーツのコックピットのモニターにはフリーダムに圧倒されるアッシュの姿が見えていた。

 

 戦闘の結果は考えるまでもない。

 

 予想通りフリーダムによって全機が撃破及び戦闘不能にされてしまった。

 

 そして生き残った者達も機体を自爆させた事で襲撃部隊は全滅した。

 

 「……失敗か」

 

 失敗する事も想定はしていたのだが、まさかフリーダムが出てくるとは予想外だった。

 

 しかも動きを見る限りパイロットはキラ・ヤマトではないらしい。

 

 一応控えとしていた第三部隊もここにいる。

 

 作戦が上手くいった際にはこのまま第三部隊にオーブの研究施設を襲撃させる予定だった。

 

 だがパイロットが違うとはいえあのフリーダムを前にしては意味もなだろう。

 

 仮に第三部隊を送り込んで戦いを仕掛けても返り討ちにされてしまうだけだ。

 

 「まあ最低限の目的は達成できた」

 

 そう呟くとそこにいた男達も即座に撤退を開始した。

 

 

 

 

 地球軍宇宙要塞『ウラノス』

 

 地球軍は先の戦いで敗戦し、ここに退却してきていた。

 

 クルセイダースを失ったとはいえ、地球軍の本隊は健在である。

 

 現在は睨み合いが続いているが、またいつ戦いが始まってもおかしくは無い。

 

 それはウラノスに無事帰還を果たしたアオイも痛感している事だった。

 

 だから何時出撃になっても良いように、今はシミュレーターでの訓練に勤しんでいた。

 

 「この!」

 

 ビームライフルで狙いをつけて発射するが、敵を掠める事すらできずに空を切る。

 

 「当たらない!?」

 

 現在、シミュレーターの対戦相手は上官であるスウェンである。

 

 アオイは前回の戦い以降、スウェンに頼み込み訓練ばかりの日々を送っていた。

 

 理由は単純なもの。

 

 前の戦闘は碌に戦うことも出来ず結局スウェンの足を引っ張るだけだった。

 

 もし仮に自分だけであれらの敵に遭遇していたらどうなっていたかは明白。

 

 間違いなく撃墜されていた筈だ。

 

 「このままじゃ駄目だ」

 

 強くならないと自分の大切な人達を守る事はできない。

 

 アオイは再びビームライフルを構え斬り込んできたストライクノワールを狙う。

 

 しかし放たれたビームがストライクノワールを捉える事は無く、またもや宇宙の闇へと消えていく。

 

 「くっ、速い」

 

 「違う、反応が遅すぎるだけだ」

 

 いつの間にか懐に飛び込んできたスウェンに対してアオイは咄嗟に操縦桿引くがそれでも遅かった。

 

 振り抜かれたフラガラッハに構えていたビームライフルが斬り裂かれてしまう。

 

 「くそぉ!」

 

 壊れたビームライフルを投げ捨てビームサーベルでストライクノワールに斬り込んだ。

 

 だがそれはあまりに軽率な判断だった。

 

 「甘いぞ」

 

 横薙ぎに斬り払われたビームサーベルをスウェンは機体を沈み込ませて軽々回避するとイレイズの胴に蹴りを入れ吹き飛ばした。

 

 「ぐあああああ!!」

 

 アオイはフットペダルを踏みスラスターを使用、立て直しを計るがすでにストライクノワールは目の前に迫っていた。

 

 「しまっ―――」

 

 シールドを掲げるが、その前にフラガラッハの斬撃は左腕を斬り飛ばしていた。

 

 アオイは咄嗟にスラスターを使って後退しようと試みる。

 

 しかしスウェンは態勢を立て直す暇を与えず、即座にもう一方のフラガラッハでイレイズを袈裟掛けに斬り裂いた。

 

 目の前が真っ赤に染まり、甲高い音と共にシミュレーターが終了する。

 

 「……全然駄目だ」

 

 アオイは未だにスウェンに一矢報いる事も出来ていない。

 

 だがそれは当然である。

 

 そもそもアオイとスウェンでは経験も戦歴も操縦技術の錬度も違いすぎる。

 

 今のままでは万に一つの可能性も無い。

 

 もちろんアオイ自身も勝てるなんて自惚れてはいなかった。

 

 だがそれでも強すぎる。

 

 あまりの技量の差に自分がまったく成長していないような錯覚すら覚えてしまった。

 

 「少尉、今日はここまでだ。これから呼び出されていてな」

 

 「了解です。ありがとうございました!」

 

 去っていくスウェンを見送ると再びシミュレーターに座る。

 

 これで満足などしていない。

 

 もっと強くならなくてはならない。

 

 アオイはシミュレーターを起動させ、訓練を開始する。

 

 モニターに映った敵機に目を向けると操縦桿をひたすら動かす。

 

 敵機をロックしてトリガーを引き、敵機の胴体を撃ち抜いた。

 

 スウェンに比べれば敵の動きは明らかに遅い。

 

 「これくらいなら!」

 

 さらにアオイはスラスターを吹かしビームサーベルで斬り込む。

 

 逆袈裟から斬り払って敵機の装甲を斬り裂くと撃破した。

 

 「次!」

 

 襲いかかってくる敵機を限界まで迎撃を続けていく。

 

 甲高いシミュレーターの終了音と共に息を吐いた。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 スコアは訓練の成果が出たのか前より格段に良くなっていた。

 

 それを見たアオイはシートに座り込み目を閉じる。

 

 するともう一つ気にかかる事が頭に浮かんできた。

 

 プラントに撃ち込まれた核ミサイルだ。

 

 結果的に阻止されたとはいえ、あれが撃ち込まれていたらどうなっていたか。

 

 あんな事を平気で命令できる者がいるなんて、アオイの感性からは信じられなかった。

 

 考えても仕方ないとは分かっているとはいえ、どうしても頭に浮かんでくるのだ。

 

 息を吐き出し、余計な考えを振り払おうとしたアオイの元のスウェンが足早に戻ってきた。

 

 「少尉」

 

 「どうしたんですか、中尉?」

 

 呼び出しはもういいのだろうか?

 

 「次の命令が来た」

 

 「えっ、次ですか?」

 

 どうやら呼び出された理由はそれだったらしい。

 

 「次の作戦が始まる。すぐという訳じゃないが準備をしておけ」

 

 「は、はい。えっと次はどこに?」

 

 「次はオーブだ」

 

 オーブは中立同盟の一国だ。

 

 確かに同盟とは戦争状態であるが、ザフトと戦うと思っていただけにやや困惑してしまう。

 

 よりによって地球での戦闘。

 

 ブレイク・ザ・ワールドの復興もまだまだ進んでいないのに、戦いをしている余裕があるのだろうか?

 

 そんなアオイの思いなど無視し、戦争の主戦場は地球に移行していく事になる。

 


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