機動戦士ガンダムSEED effect   作:kia

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第11話  悪意の影

 

 

 

 

 『フォックスノット・ノベンバー』

 

 そう呼ばれた地球軍によるプラント侵攻は客観的な視点から見ても明らかな敗北だった。

 

 満を持して臨んだ戦いは返り討ちに遭い、虎の子のクルセイダースも自身が持ち込んだ核の爆発に巻き込まれ全滅。

 

 まったく冗談ではない。

 

 こんな結末は決して許容できない。

 

 だが結果は結果である。

 

 どう言い繕ったとしても現実は変わらない。

 

 《ずいぶんな醜態をさらしたものだな、ジブリール?》

 

 モニターに映った老人が嫌みを吐き捨てるとそれに続くように他の者達も次々と文句を口にし始めた。

 

 《ものの見事に返り討ちか》

 

 《あんな兵器をザフトが開発していたとはね》

 

 誰もが何も知らずに好き勝手な事を言っている。

 

 本当に気に入らない。

 

 こんな無能共に見下されるなど。

 

 だが彼らがその気になれば自分を消すことくらい簡単な事であり、それだけの力を彼らが有しているのも事実なのだ。

 

 だからこそジブリールは内に秘めた怒りと屈辱を抑え込み何も言わずに堪えていた。

 

 《さてどうしたものかな?》

 

 《我らは誰に、どう手を打つべきかな? ジブリール、君にかね?》

 

 「ふざけた事をおっしゃいますな!! この戦争ますます勝たねばならなくなったというのに!!」

 

 そう、奴らこそ消さねばならない害悪。

 

 あんな兵器を持ちだしてくる奴らこそが元凶なのだから。

 

 「我らの核を一瞬にして消し去ったあんな兵器を持ったバケモノが宇宙にはいるのですよ!! 一体何故安心できるというのですか!!」

 

 力強く叫ぶジブリールを冷めた目で見つめる老人達に再び怒りが込みえげてくる。

 

 「戦いは続けます!! 以前のプランをより強化して!! 今度こそ奴らを叩きのめし、力を完全に奪い去るまでね!!」

 

 《……今度こそ失望させないでくれよ、ジブリール》

 

 老人共は冷やかな視線のまま通信を切った。

 

 ジブリールは思いっきり机を殴りつけた。

 

 あんな無能者達に下に見られた事もそうだが、自身の計画をここまで狂わしたあのバケモノ共は決して許せる事ではない。

 

 「おのれぇ! バケモノ共が!」

 

 きつく拳を握りしめ虚空を睨む。

 

 ジブリールは怒りを無理やり抑え込むと、自分を納得させるように呟いた。

 

 「これで終わった訳ではない。むしろこれからだ!」

 

 一度振り上げた拳はそう易々とは下せない。

 

 まあ元々ジブリールに下すつもりはない訳だが、何にしても今度こそ奴らを叩きつぶす。

 

 より明確な憎悪を滾らせながら、ジブリールは決意を新たにした。

 

 

 

 

 『フォックスノット・ノベンバー』の影響は世界各地に大きな動揺と影響を与えた。

 

 しかし最も大きな影響を受けたのは紛れも無くプラントである。

 

 再び彼らの頭上に撃ち込まれた核の閃光。

 

 プラントに到達する前に防がれたとはいえ、血のバレンタインや前大戦で受けた恐怖と怒りはそう簡単に消えはしない。

 

 当然のようにプラント内部は混乱と怒りに包まれていた。

 

 「また核を使われたらどうするんだよ!」

 

 「やっぱりナチュラルなんて!!」

 

 「そんな事より撃たれないために防備を固めて!」

 

 「何言ってんだ! こっちから攻めるんだよ!」

 

 喧騒がプラント全体に広がっていく。

 

 このままではパニックになり、下手をすれば暴動にまで発展する可能性もある。

 

 だがその時プラントに住む者達には馴染みのある、いや懐かしい歌声が聞こえてきた。

 

 透通る声に、心を和ませる歌。

 

 「これって……」

 

 「まさか」

 

 彼らの正面にあるモニターの前に見覚えのあるピンク色の髪をした少女が顔を見せた。

 

 それは紛れも無くかつてプラントに存在した歌姫ラクス・クラインだった。

 

 《プラントの皆さん、落ち着いてください》

 

 誰もがありえない人物の登場に呆然と画面に見入る。

 

 そう、彼女が存在する筈はないのだ。

 

 何故なら彼女はすでに死んでいる筈なのだから。

 

 「ラ、ラクス様?」

 

 「いや、だって、事故で亡くなった筈じゃ……」

 

 三年前、ラクス・クラインは港に停泊していた貨物船の事故に巻き込まれ、父親であるシーゲル・クライン、護衛役であったレティシア・ルティエンスと共に死亡した。

 

 それが少なくともプラントに住む者達の共通の認識である。

 

 ただ戦争終結直後には戦場でラクス・クラインの声が聞こえたなど、オカルトのような話も噂にはなったが誰も本気にはしていなかった。

 

 でもまさか生きていたのだろうか?

 

 そんな彼らの疑問に答えるように画面に映る少女が口を開いた。

 

 《私の名はティア・クライン。ラクス・クラインの妹です。皆さんどうか私の声に耳を傾けてください》

 

 突然告げられた告白に誰もが動揺する。

 

 彼女に妹がいたなんて聞いた事も無いと。

 

 しかし彼女の容姿とその言葉に徐々に皆が引きこまれ耳を傾けていく。

 

 気がつけばパニック寸前だった騒動は収まり、誰もが彼女の言葉に聞き入っていた。

 

 

 

 

 ティア・クラインの声に耳を傾け、プラント内の動揺が収まってゆく様子をアレンはデュランダルの執務室のモニターで眺めていた。

 

 サングラスをかけている為に表情は見えないが、拳は強く握られており、それが彼の心情を表していた。

 

 そんなアレンの姿をデュランダルソファーに座りいつも通り柔和な笑顔で眺めている。

 

 「どうしたのかな、アレン?」

 

 「……プラントの混乱を抑える為にミーア・キャンベルに協力を依頼したと聞いていましたが?」

 

 ミ―ア・キャンベルとはプラントの歌姫と呼ばれたラクス・クラインの歌声を持つと言われたアイドルだ。

 

 容姿はまったく異なるがその歌声は良く似ていた。

 

 ラクス・クライン死後デビューした彼女はその歌声からプラントでもかなりの人気を博している。

 

 「もちろん彼女の力も借りるさ。だがティアの事は早めに伝えた方が良いと思ってね」

 

 アレンはモニターからデュランダルの方に向き直る。

 

 「そしてラクス・クラインの代わりとして利用すると?」

 

 「……もちろん私とて不本意ではある。だがアレンも知っているだろう。彼女の影響力は私などより遥かに大きい事を。この事態を収拾するには必要な事だったのだよ」

 

 確かにプラント内で未だに死亡したとされた筈のラクス・クラインの影響は強い。

 

 いや、死亡したからこそより影響力が強まったともいえる。

 

 彼女の平和を望む歌姫というイメージが強く定着したのだ。

 

 デュランダルはそれを利用しようというのだろう。

 

 アレンは踵を返しそのまま出口に向かう。

 

 「どこに?」

 

 「ここで私がする事は無いでしょうから」

 

 「そうか。気が向いたらティアに会ってやって欲しい。君に会いたがっていたからね」

 

 「……了解しました」

 

 そのまま執務室を退室したアレンは足早に歩いて行くと、前から同僚が歩いてくる。

 

 正面から歩いてきたのはデュルク、ヴィート、リースの三人だった。

 

 普段からデュランダルの傍にいる事の多いアレンは彼らと会話した回数はそう多くはない。

 

 だが一応は同僚である以上は無視する訳にもいかないだろう。

 

 近寄ってくるデュルクに敬礼すると向こうも敬礼を返してくる。

 

 「久しぶりだな、アレン」

 

 「お久しぶりです、デュルク隊長」

 

 デュルクは何時も通り軽く笑みを浮かべて話しかけてくる。

 

 彼はアレンの事を評価しているらしく会う度に声を掛けてくる少々苦手な人物であった。

 

 だがもっと苦手というか面倒なのが、デュルクの後ろに控え刺すような視線で睨んでくるヴィートだった。

 

 よほどこちらが気に入らないらしい。

 

 もう一人の少女リースと言えば面倒臭そうにため息をついている。

 

 ヴィートが面倒な事を言い出すとでも思っているのだろう。

 

 ため息はこちらがつきたいくらいだった。

 

 「先の戦闘は見事だった」

 

 「いえ、隊長達もプラントへの核攻撃を阻止されたとか」

 

 「まあイレギュラーはあったがな。あの黒い機体の事も気にかかるが……」

 

 アレンも正体不明の機体については報告を受けている。

 

 特務隊三人がかりで止める事ができなかったという事実は上層部に相当な危機感を抱かせているらしい。

 

 一応デュルクがどう考えているのか聞いてみようとするとヴィートが限界に達したのか、不機嫌そうな表情を隠さず前に出た。

 

 「隊長、お話も結構ですが議長にその黒い機体に関する報告書を提出しないといけないですから、そろそろ」

 

 「ああ、そうだな。アレン、今度ゆっくり話そう」

 

 「はい」

 

 デュルクはそのまま歩いて行くがヴィートは動かずこちらを睨んだままだ。

 

 ちなみにリースも同様にこちらを見ている。

 

 「……行かなくていいのか?」

 

 「行くさ。でもその前にお前に言っておくぞ。あんまり調子に乗るな。いつか隊長にも議長にもお前なんかより俺の方が上だって証明してやる!」

 

 「……私はそう嫌いじゃないですけどね。貴方と違ってうるさくないし。仕事するならアレンみたいな人がいいです」

 

 「お前もこんな時だけ喋るな!」

 

 「ハァ」

 

 そのままヴィートとリースはデュルクの後を追っていく。

 

 アレンは再びため息をついた。

 

 「……面倒事はごめんなんだがな」

 

 ヴィートは自分を嫌ってはいるが、敵視はしていないようで、かつての特務隊連中に比べれば遥かにマシではある。

 

 無理やりそう結論付けると目的の場所に急いで歩き出した。

 

 

 

 

 軍司令部に顔を出し、仕事を終えたアレンは車でとあるホテルに向かっていた。

 

 ホテルの駐車場に車を止め、様子を伺うとそこら中に黒服を着た屈強な男達が立っている。

 

 明らかに何かしらのVIPがこのホテルには泊っているという事が丸分かりである。

 

 「あんなあからさまな連中を配置するなんて。今度議長に進言した方がいいかもしれないな」

 

 デュランダルが彼女を重要視しているのだろうが、もっと目立たない方がいいと思う。

 

 普通の人であれば臆してしまう雰囲気をアレンはまったく気にする事無くホテルに入る。

 

 護衛役である彼らもアレンを承知しているらしく、止められる事もなく中を進んでいく。

 

 事前に聞いていた部屋をノックすると「……はい」と小さな声が聞こえてきた。

 

 「失礼します」

 

 部屋にはピンクの髪をした少女ティア・クラインが座って本を読んでいた。

 

 「アレン様!」

 

 やはり良く似てはいる。

 

 しかし彼女を良く知る者が見れば違いも解るだろう。

 

 たとえば背丈はラクスよりも僅かに低いが身体つきはティアの方が豊かだ。

 

 極めつけは表情。

 

 穏やかな印象は同じだがティアは自分に自信がないのか、大人しく自己主張する事は少ない。

 

 その為か自信がなさそうな表情が特徴的だった。

 

 「あの、アレン様、その、どうだったでしょうか? 私はお姉さまのようにやれたでしょうか?」

 

 「ええ、ティア様のおかげでプラントの混乱は収まりました」

 

 「そうですか。良かった。もっと皆さんの役に立てるように頑張ります」

 

 今までずっと不安だったのか安心したように笑みをこぼす。

 

 アレンはそんな彼女を複雑そうに見つめる。

 

 「……今日はお疲れでしょうから。お早くお休みください」

 

 「もう行かれるのですか、アレン様?」

 

 「はい。この後も行く場所がありますから。それからティア様、一つだけ言っておく事があります」

 

 「な、何でしょうか」

 

 不安げな彼女に苦笑すると出来るだけ優しい声色を心がけながら声を掛ける。

 

 「貴方はティア・クラインです。ラクス・クラインではない。例え何をしようともそれは変わらない。周りが何を言おうとも自分を決して見失わないようにしてください」

 

 「アレン様、それは―――」

 

 「では失礼します」

 

 アレンはティアの返事を待たずに退室するとすぐさま別のホテルに向かう。

 

 これから会う連中は流石にティア達のホテルでは目立ちすぎる。

 

 向ったのはティアが泊まっていた所とは異なる宇宙港の近くに建てられた観光客などが多く泊まるホテルである。

 

 そのホテルの一室で待っていた仏頂面と困惑顔の三名の男。

 

 目の前で話を聞いているのはディアッカ、ニコル、エリアスの三名だった。

 

 戦場でアレンの声と動きなどで正体に気がついたらしく呼び出されていたのだ。

 

 アレンとしても彼らに話があった為に丁度良かった。

 

 「待たせてすまない」

 

 「いや、それより話を聞かせてもらいたいんだが。なんでお前がプラントに?」

 

 「ああ」

 

 椅子に座り、自身の要件と合わせて話を始めた。

 

 「―――という訳だ」

 

 アレンの話を聞いても三人の顔は晴れない。

 

 いきなりこんな話を聞かされれば困惑するのは当然であろう。

 

 沈黙する三人が口を開くのを辛抱強く待っているとディアッカがポツリと呟く。

 

 「……一応お前の話は分かったよ。けど全面的に信用する訳にはいかない」

 

 「当然だな」

 

 そう簡単に信用される筈も無い。

 

 昔からの因縁を考えれば当たり前だった。

 

 「ですから貴方の話ももう少し様子を見てからでいいでしょうか?」

 

 「もちろんだ。詳細が分かったらそちらにも知らせる」

 

 とりあえず話は終わった。

 

 すべて承服してもらった訳ではないが騒ぎにならないならとりあえず十分である。

 

 これ以上彼らといた事を見られて在らぬ疑いを掛けられても面倒だと立ち上がったアレンにエリアスは意を決したように前に出る。

 

 「はっきり言っておくと俺はあんたが嫌いだ。あんたはカールの仇なんだからな」

 

 「……だから俺を殺すか?」

 

 「そんな事しないさ。カールがあんたにした事も許される事じゃないだろうし、俺達だってあんたを責められる立場じゃない事は分かってる」

 

 「何がいいたんだ?」

 

 「あんたがザフトやプラントを嫌っているのは知ってる。それでも俺たちにとってはカールやシリルが守った場所なんだ。それだけは覚えていて欲しい」

 

 「……忘れる事なんてないさ」

 

 それは当然の事。

 

 自分の犯した罪も忘れがたい憎しみも、仲間との絆も、そこにはあるのだから。

 

 アレンは振り返らずにそのまま部屋を出ると様々な感情を込めて息を吐いた。

 

 正直エリアスの言葉には驚いた。

 

 もっと感情的に罵倒されても仕方ないと思っていたからだ。

 

 これ以上感傷に浸っている訳にはいかないとアレンは足早にホテルを出ると車に乗り込み急いでその場から離れた。

 

 

 

 

 地球連合とプラントの開戦。

 

 この事実は中立同盟にも大きな波紋を呼んだ。

 

 特にここオーブにおいてはそれがより顕著である。

 

 何故なら少数派とはいえ、地球軍に同調しようとする動きがあったからだ。

 

 その代表ともいえるウナト・エマ・セイラン、ユウナ・ロマ・セイランとカガリは会議室において、何度目になるか分からない議論を交わしていた。

 

 地球連合の提示してきた同盟案に乗るべきだとウナトやユウナはしつこいくらい進言してくる。

 

 しかしカガリにそんな気は全くなかった。

 

 そもそも中立同盟に連合と組むメリットなど欠片も無いのだ。

 

 「くどいぞ。 我らの立場は変わらない」

 

 「では代表は傷ついた地球に住む者達を見殺しにしようと言うのですか!」

 

 「支援は今まで通り行うさ。だが連合と手を組む必要はない。なにより中立同盟は地球軍とは三年前から戦争中だぞ」

 

 「だからこそ、ここでその戦争を終結させ、連合との関係を修復すれば―――」

 

 「その為にあんな馬鹿な降伏案にも等しい条件を飲めと?」

 

 連合の提示してきた同盟締結はあくまでも名目上の話。

 

 要約すれば今まで敵対していた事は許してやるから、対価としてプラントを潰す為の戦力と技術を無償で寄越せと言っているのである。

 

 カガリとて連合との和平の為の努力をしないと言っている訳ではないが、こんな条件では交渉しようがない。

 

 会議は完全に平行線をたどっている。

 

 正確に言うならばすでに結論は出ているにも関わらずセイラン親子がカガリに食い下がっているだけなのだが。

 

 「ともかく結論は出ている。連合の同盟案など飲む気事は無い」

 

 「くっ」

 

 結局そのまま議会は終了となり、足早に自室に戻ったウナトとユウナは苛立ちを抑えながらも吐き捨てた。

 

 「まったく小娘め」

 

 「仕方がないよ、父さん。今回の件は根回しが足りなかった。なによりミヤマが何度も邪魔してきたしね」

 

 確かに今回の件はカガリのお目付け役の妨害もあったが、本当の問題はそこではない。

 

 カガリは政治には疎いというのは周知の事実であり、彼女自身も認めていた事。

 

 だが最近はお目付け役であるミヤマの教育の所為か判断も的確で、逆にこちらがやり込められる事も多くなった。

 

 忌々しい話ではある。

 

 だがカガリが政治家として力をつけていない今こそが彼らがオーブを手にする最後の好機だった。

 

 「だがこれ以上の打開策も無い」

 

 元々今回の地球軍の同盟もウナトに賛同者達を集める事も難しかった。

 

 中立同盟のプラントに対する感情は確かに悪い。

 

 前大戦時のオーブ戦役の最中に起こったザフト奇襲攻撃。

 

 マスドライバー『カグヤ』の破壊と避難民達に対する攻撃で現在オーブに在住しているコーディネイターでさえプラントに対して良い感情を抱いていないのが実情である。

 

 だが同じぐらい地球軍に対する評判も悪いのだ。

 

 そもそもオーブ戦役の原因は地球軍が攻めてきた事で起こったのだから。

 

 「お困りですか?」

 

 「なっ」

 

 声が聞こえた方を振り返るとスーツを着た男が立っていた。

 

 ヴァールト・ロズベルク。

 

 今回の話をウナト達に持ちかけた張本人である。

 

 「貴様いつの間に……」

 

 「失礼いたしました。ノックをしてもお返事が無かったもので。さて、例のお返事をお聞きしたいのですが?」

 

 ウナトとユウナは声を詰まらせた。

 

 たった今会議で結論は出たのだが、口にすることが出来ない。

 

 その反応でおおよそ見当はついたのだろう。

 

 「なるほど」と呟くといつも通りの穏やかな笑顔で頷いた。

 

 「それでお二人はどうなさるおつもりで?」

 

 「……どうも何もないよ。うちの代表が絶対受け入れないからね。どうしようもない」

 

 「では―――消えていただけば良いのでは?」

 

 不穏な発言にウナトもユウナも思わず立ち上がった。

 

 だがヴァールトの顔は真剣そのもの。

 

 つまり本気であるという事だ。

 

 二人は思わず息を飲む。

 

 確かにカガリが消えればその隙にオーブを掌握する事が出来るかもしれない。

 

 しかし、今の状況でカガリに何かあれば疑われるのは間違いなくセイラン親子である。

 

 「最初に言っておきますが、お二人は何もなさらなくて結構です。すべてこちらで処理いたしますので。ただこの件に関しましてはお二人も同意を頂きませんと。どうなさいますか?」

 

 これは彼らにとって運命の選択であり、そして悪魔と契約するに等しい行為である。

 

 そう簡単に答えは出せない。

 

 しかしヴァールトは二人に悩む余地を与えない。

 

 「もう時間もありませんよ。これ以上返事をいただけないとなると、連合上層部も動かざる得ません。それに巻き込まれてもいいのですか?」

 

 「それは……」

 

 「先程も申し上げました通り、貴方達は何もしなくとも良いのです。ただ同意してくだされば良い。後は貴方達の決断しだいですよ」

 

 二人に選択は残されていなかった。

 

 そしてこの日悪魔の契約書に二人はサインすることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 アレンは再びデュランダルに執務室に呼び出されると新たな任務を告げられた。

 

 これからミネルバに配属になるという事に加え、タリア・グラディス艦長をフェイスに任命するという辞令を預かったのだ。

 

 「これらをグラディス艦長に渡してくれ。ミネルバに合流後は君の判断に任せる」

 

 「……了解しました」

 

 「アレン、私はあの艦に期待していてね。かつてのアークエンジェルのような役割を果たして欲しいと思っているんだよ。君だからこそ彼らの力になれると思っている」

 

 「そこまで期待されるほどの力は私にはありませんよ」

 

 「不沈艦と呼ばれる要因の一つだった君がそれを言うかね」

 

 「……何の事でしょうか? では準備がありますので失礼します」

 

 デュランダルに敬礼するとこれ以上余計な事を言われる前に踵を返し、執務室を後にした。

 

 必要な手続きをすべて終えたアレンはエクリプスの調整の為に工廠に向う。

 

 車を止め、工廠の中に足を踏み入れると整備士達が忙しなく動きまわっている。

 

 そんな中でアレンの姿を見つけた馴染みの整備士が話しかけてきた。

 

 「おう、どうした? 任務か? 機体は万全だぞ」

 

 「ありがとうございます。今回任務で地上に降りる事になったのでコックピットの調整と挨拶に」

 

 「そうか。流石特務隊は大変だな。地上で特別な作戦でもあるのかね」

 

 「特別な作戦?」

 

 コックピットに乗り込もうとしたアレンは振り返る。

 

 「どういう事です?」

 

 「ん、いやな。少し前に予定にはない機体が地球に輸送されたみたいなんだよ」

 

 「予定にない?」

 

 「ああ、俺はたまたま工廠でデータを整理していた時に気がついたんだけどな。ただすぐにデータに規制がかかったみたいだから特殊な作戦でもあるのかなってさ」

 

 アレンは少し考え込む。

 

 確かに開戦した事で極秘作戦が展開されるというのは考えられるが―――

 

 「その機体はなんだか分かりますか?」

 

 「確かアッシュだったかな」

 

 アッシュとはザフトの最新鋭水陸両用MSである。

 

 この機体は特殊戦闘支援MSに属するもの。

 

 だが少なくともアレンは現状そんな特殊作戦の話を聞いた覚えはない。

 

 もちろんこの先の戦闘に備えてという事かもしれないが。

 

 予定になかった機体の輸送とデータの規制は気にかかる。

 

 「この話、他の誰かにしましたか?」

 

 「いや」

 

 「ではこれ以降誰にも話さないようにしてください。いいですね」

 

 「お、おう、わかった」

 

 アレンはエクリプスには乗り込まず再び工廠の外に歩いて行った。

 

 

 

 

 フォックスノット・ノベンバーの敗北によって出鼻を挫かれた地球軍。

 

 それを迎え撃つザフト。

 

 両軍は小競り合いこそ頻発していたが本格的な大規模戦闘には至っておらず、現状睨み合いの状態であった。

 

 それによって助かっていたのはテタルトスである。

 

 いかに戦争と直接関係ないとはいえ近くで戦闘が起これば警戒せざる得なくなる。

 

 しかしこうして睨み合っているだけならばこちらも準備をする為の余裕が出来るからだ。

 

 そんな中アレックスはアポカリプスの司令室まで呼び出された。

 

 「アレックス・ディノ少佐、入ります」

 

 司令室には司令官であるエドガー、ユリウス、バルトフェルドがいた。

 

 「済まないな、呼び出してしまって」

 

 「いえ、何かあったのですか?」

 

 エドガーに代わってユリウスが説明する。

 

 「例の件の調査について中間報告が入った」

 

 その言葉にアレックスも表情を変えた。

 

 デブリに潜伏していた武装集団とは別件の現在テタルトスにおける重要案件の一つ。

 

 アレックスは改めて気を引き締めると鋭い目で話の先を促す。

 

 「結果はこららの予想通りだった。この件で中立同盟も動いているらしい」

 

 「……そうですか」

 

 「中間報告とはいえこういう結果が出た以上私達も黙っている訳にはいかない。我々も調査に動くぞ」

 

 「了解です」

 

 再び始まった戦争と今回の調査。

 

 やはり自分達も無関係である事はできないか。

 

 アレックスは改めて覚悟を決めると詳しく話を詰める為に話し合いに耳を傾けた。

 

 

 

 

 オーブに停泊しているミネルバは急ピッチで修復作業が進んでいた。

 

 短いといえ休暇を取った皆の表情は明るく、艦内の空気も緊迫もしていなかった。

 

 もちろんすでに開戦した事実は皆が知っている。

 

 しかし未だオーブにいる彼らには詳しい情報も入ってこない為、実感が湧いていないというのが実情であった。

 

 そんな中でシンは一人だけ我武者羅に訓練を続けていた。

 

 「この!!」

 

 敵から放たれたビームを上昇して回避。

 

 ビームサーベルを叩きつけ、胴体を袈裟懸けに斬り裂く。

 

 さらにビームライフルで次の敵機を撃ち抜いていく。

 

 「俺はもっと!!」

 

 モニターに表示される敵を次々に屠っていくと何時の間にかシミュレーターは終了し、結果が表示される。

 

 それはまさにザフトの赤服に選ばれる事はある成績だ。

 

 しかし―――

 

 「これじゃ駄目だろ」

 

 シンは満足などしていなかった。

 

 アーモリーワンからの戦いでシンは自分よりも遥かに高い技量を持つパイロット達を見てきた。

 

 特務隊のアレン・セイファート。

 

 デブリで戦った月の紅い新型モビルスーツ。

 

 そして妹のマユでさえあれだけの強さを目の前で見せたのだ。

 

 自分ももっと強くならないと強敵が現れたらミネルバを―――セリスを守る事が出来ない。

 

 「俺は……」

 

 汗を拭いもう一度シミュレーターを開始しようと手を伸ばした時、横から怒った顔をしたセリスが覗き込んできた。

 

 「シン、いつまでやってるの! 少しは休んで!!」

 

 「うっ、いや、その、俺は大丈夫だし」

 

 「いいからこっち」

 

 腕を引かれたシンはセリスを振り払うことも出来ず、ついて行くしかない。

 

 セリスに引っ張って行かれたのは誰もいない甲板。

 

 というかドックの中である為に何も見えないから、外に出てくる物好きはいないというだけだ。

 

 「で、何があったの?」

 

 「え、何が?」

 

 「誤魔化さないの。シンが悩んでる事は分かってるし。なら悩みはマユちゃんの事しかないでしょう」

 

 なんというか驚いた。

 

 セリスにはお見通しらしい。

 

 それともそこまで自分は分かりやすいのだろうか。

 

 「……分かったよ、話す」

 

 シンは休暇中の事をセリスに話した。

 

 このまま抱え込んでいても仕方ないし、セリスはマユとの関係を常に気にしてくれていたのだ。

 

 話をしておいた方が良いと思ったのである。

 

 マユの戦う理由やそしてもしも敵対する事になったらどうするのかという問いかけとシンの答え。

 

 黙って聞いていたセリスは暗い表情で俯いた。

 

 「シンはそれでいいの? 下手したらマユちゃんと―――」

 

 「分かってるよ。でもだからってマユに皆を討たせる事は出来ない」

 

 もう決めた事だ。

 

 もちろんそうなると決まった訳ではないが、もしもの時は―――

 

 そう考えたシンの手はいつの間にか震えていた。

 

 手だけではなく、何時の間にか体も震え始めた。

 

 決意もしたし、覚悟も決めたつもりだった。

 

 だがいざそうなった時、まともに戦えるのか?

 

 消えない不安を払拭したくてシンはここ最近、訓練漬けの毎日を送っていた。

 

 そんな震える体を暖かいものが包む。

 

 セリスが抱きしめて来たのだ。

 

 「大丈夫だよ、シン。私が一緒にいるからね」

 

 「……セリス」

 

 シンはセリスを強く抱きしめ返す。

 

 この温もりを絶対に失わないように。




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