アオイは自分の座席の窓から景色を眺めながらため息をついた。
「……何でこうなるんだ?」
戸惑い気味に呟いた彼の視界。
窓の外から見えるのは美しく綺麗な地球だった。
彼が今乗っているのはモビルスーツを運搬する輸送艦。
そう、アオイは地球ではなく宇宙に居るのである。
「ハァ」
正直、気が晴れないとでも言えばいいのか。
重い気分のまま思わずため息が出てしまった。
はっきり言うと流れる様に進む状況に付いて行く事が出来なくなっていたのだ。
事の始まりであるフォルタレザ市で起こったモビルスーツテロ事件。
これをモビルスーツに搭乗して鎮圧したアオイはそのまま正規軍の中に組み込まれる事になった。
訓練の途中で不味いのではとも思った。
しかしこの手の事には前例があるらしく、イレイズもそのままアオイの乗機となり、階級も少尉が与えられた。
その時は、お咎めなしなら問題はないと呑気に構えていたのが不味かったのだろう。
いきなり機体ごと宇宙に飛ばされるとは思ってもいなかった。
急に宇宙に上がった所為で、家族と話もできずじまい。
義父さんがついていてくれたから大丈夫だとは思うのだが。
「……しかも行き先が宇宙要塞とはね」
アオイの気が晴れない大元の理由。
宇宙に上がる事になった要因こそ、アオイの気分を沈み込ませる直接的な要因となっていた。
「……いきなり開戦だなんて」
今回の事件『ブレイク・ザ・ワールド』が起きた事を切っ掛けに地球側はとうとうプラントに対して宣戦布告したのである。
噛み砕いて言うと『地球側の要求に答えることなく、さらに前大戦における重要事項を隠匿したプラントを地球に対する重大なる脅威とみなしたから』という事であった。
政治に疎いアオイが聞いても単なる言いがかりにしか聞こえない。
今回プラントはどこよりも早く支援の手を差し伸べてきた国家であり、彼らのおかげで救われた者達もいた筈である。
にも関わらず相手の言い分も聞かないままに決めつけるなんて、恩知らずとしか言いようが無い。
なによりも今地球は悲惨な状況であり、戦争なんてしている余裕はどこにもないのだ。
「ハァ、全く。ん、もしかしてあれが『ウラノス』かな?」
アオイが覗き込んでいた窓に重々しい雰囲気に包まれた菱形の小惑星のような物体が見えてくる。
どうやらアレが今回の目的地である宇宙要塞『ウラノス』であろう。
『ウラノス』は戦後に地球軍が宇宙の拠点として建設した宇宙要塞の一つである。
元々は月を宇宙の拠点としていた地球軍ではあったがテタルトスが建国された為に拠点を失ってしまった。
これでは宇宙にいるザフトやテタルトスに対抗する事が出来ない。
そこで彼らは月基地に代わる宇宙の拠点建設を戦力充実と共に急務とした。
そうして建設されたのが『ウラノス』である。
要塞にはかなりの戦力が集められ、宇宙の拠点に相応しい装いとなっている。
そして今もプラント侵攻の準備が進められているようでストライクダガーなどの機体とすれ違っていく。
輸送艦がウラノスのドックに停泊すると座席から立ち上がる。
「さっさと降りよう」
荷物を持って降りようとしたアオイに艦長から即座に別の命令が下る。
「ミナト少尉、悪いがすぐに隣の艦に移動してくれ」
「え?」
「機体の方もすぐに移動させるからよ。急いでな!」
「は、はい」
まったく息つく暇もないとはこの事か。
荷物を片手に輸送艦を降り、入った要塞内部を見渡すと兵士達が慌ただしく走り回っている。
どこも戦闘の準備で忙しいのだろう。
アオイは動き回る人の邪魔をしないように指示された艦に乗り込んだ。
「確か配属される部隊の人がいる筈だけど―――」
運び込まれるイレイズの姿を見ながら格納庫に入るとこちらを見ていた男と目が合った。
表情も見えず寡黙でクールそうな印象を受ける。
「アオイ・ミナト少尉か?」
「は、はい」
「スウェン・カル・バヤン中尉だ。よろしく頼む」
「ハッ!」
「戦場では俺と共に来てもらう事になる」
「よろしくお願いします!」
戦場。
その言葉が戦争が始まるという現実をアオイに否が応にも突きつけてくる。
フォルタレザ市でも実戦を経験はしたが正直思い出したくはない。
あれの顛末は後味が悪すぎたからだ。
だがそんなアオイの気持ちを汲み取ってくれるほど現実は甘くない。
スウェンから告げられた言葉に再び戦場に出る前の緊張感が高まってくる。
そんなアオイの様子に気がついたのかスウェンは軽く肩を叩いた。
「戦場では俺の後ろについてくるだけでいい。生き延びる事だけ考えろ」
「は、はい!」
気遣ってくれたのは意外だったが少しは緊張感も薄いだ。
「……そうだ、落ち着いていかないと」
こんなところで死ねない。自分には守らなければならない人達がいるのだから。
アオイにとって最初の激戦が近づいていた。
◇
地球軍とザフトの開戦が秒読みになった頃、その影響は月のテタルトス月面連邦にも及んでいた。
本来ならばテタルトスには関係ない話だ。
もちろん無関心でいて良いという事ではない。
しかし進んで関わる必要がないのは事実である。
だがそれでもテタルトス軍は慌ただしく出撃の準備に追われていた。
何故ならテタルトスの防衛圏内を目指して地球軍が接近してきているのを確認した為である。
数自体は多くは無く、罠である可能性も否定できない。
しかしだからと言って放置するという選択もあり得なかった。
アレックスは母艦であるクレオストラトスに乗船する前にセレネに声をかけようと探していた。
彼女はモビルスーツの搬入を手伝っていたらしくパイロットスーツを着こんでいた。
「セレネ!」
「アレックス、どうしたの?」
彼が見た先にはジンⅡが佇んでいた。
セレネは操縦に追いつかなくなったフローレスダガーからジンⅡに乗り換える事になっている。
元々才能はあると思っていた。
それがまさかフローレスダガーでは実力を発揮できないほどの技量を身につけるとは思っていなかった。
セレネは益々強くなるだろう。
しかしアレックスからすれば複雑な心境である。
彼はセレネを戦場に出すつもりなど全くなかった。
知り合った時から戦争を嫌っていた事を知っていたからだ。
だから正直な話、軍の仕事に関わる事すらやめさせたかったのだ。
だが彼女はアレックスの反対を押し切ってパイロット訓練を受け、任官してしまった。
どうしてそんな事をしたのかと聞けば、「貴方を守りたいから」と。
自分の為にと真剣な顔で言われたら強く反対もできない。
それでもどうにか戦場から引き離そうと試みたのだが、すべてが徒労に終わってしまった。
「まだ気にしてるの、私がパイロットになった事」
「当たり前だ。君は俺の義妹であり、婚約者だぞ。そんな君を危険な目に合わせたくはないさ」
これはもう何度もした議論であるが、最後はいつもアレックスが折れる事になる。
まったく本当に女性に対してどうしてこうなのだろう。
「ありがとう、でも大丈夫だから」
こう見えて彼女は意外と頑固だ。
仕方ない。
いざという時は自分が守ればいいだけだ。
誰であろうと彼女を撃たせるつもりはないのだから。
アレックスは改めて決意すると苦笑しながらセレネと抱き寄せ口づけを交わした。
◇
外では地球軍の部隊を迎え撃つ為、テタルトスの部隊が建設された軍事ステーションから次々と発進していく。
出撃した艦が配置につくとエターナルの艦長席に座るアンドリュー・バルトフェルド中佐は艦橋から表情を固くして地球軍を見つめていた。
「隊長、どうなさいました?」
未だにザフト時代の名残で隊長と呼ぶ副官のダコスタにバルトフェルドは鋭いままの視線を向ける。
「……いや、地球軍もこんな時に攻めてくるとはってね」
とはいえ理由はだいたい予想できる。
おそらくプラントに攻撃を仕掛ける際に背後を突かれる事を嫌ったのだろう。
でなければあんな数で攻めてくる理由がない。
しかし今回ばかりは彼らの不運を憐れまずにはいられない。
バルトフェルドはモニターに視線を向けるとそこには一隻の戦艦が映っていた。
テタルトス軍ヒアデス級戦艦『エウクレイデス』
テタルトスの新型戦艦でありエターナルを参考にされた高速艦である。
エターナルに比べモビルスーツ搭載数を増やしてあるものの、モビルスーツ運用を優先した設計になっている為に火力はプレイアデス級には及ばない。
しかしその速度はプレイアデス級に比べ圧倒的に上である。
この戦艦『エウクレイデス』の指揮官こそかつてザフト最強と言われた男ユリウス・ヴァリス大佐だった。
「大佐、もうすぐ敵艦が射程距離に入ります」
「警告は?」
「すでに発していますが応答ありません」
「ならば遠慮はいらない。防衛圏に入り次第攻撃開始せよ。アデス艦長、後を頼みます。私も出る」
「了解」
艦橋から出たユリウスは格納庫に鎮座している自分の機体に乗り込んだ。
LFSA-X002『シリウス』
アレックスのガーネットと同時期に開発された機体で前大戦において特務隊専用機シグルドをさらに進化させたものである。
武装は機関砲とビームライフル、ビームサーベル、腹部にヒュドラを装備している。
エウクレイデスのハッチが開くと同時に青紫に染まったシリウスがスラスターを吹かせる。
「ユリウス・ヴァリス、『シリウス』出るぞ」
カタパルトから飛び出すと一気に敵戦艦に向かって加速する。
地球軍もシリウスに対して当然迎撃を開始するが今回は相手が悪すぎた。
「甘いな」
ユリウスは操縦桿を軽々と操作、発射されたビーム砲を紙一重で回避する。
そしてビームライフルから放った一射が、砲台を正確に捉え吹き飛ばした。
「な、何だと!? くそ、怯むなァァァ! 落とせェェェ!!」
艦長の怒声と共にドレイク級の戦艦から発射されたビームやミサイルがシリウスに容赦なく降り注ぐ。
だがそれも当てる事は出来ず悉く迎撃されるか、回避されてしまう。
動きが速過ぎて捉える事が出来ないのだ。
「な、なんだ、あれは……」
「速過ぎる!?」
「当たらない!?」
すると心当たりがあるパイロットが叫んだ。
「あれは、ま、まさか、ユ、ユリウス・ヴァリスだ!」
叫んだパイロットはシリウスのビームサーベルでコックピットを貫かれて蒸発した。
ユリウス・ヴァリスといえば元ザフトのエースで最強と言われたパイロットである。
出会えば確実に死が待つ戦場の死神。
ここにいる誰にも勝ち目はない。
だが彼らは怯えながらも退くこともせずにライフルを構える。
それは彼らの残った最後の意地。
パイロットとして矜持であった。
「そう簡単にはやらせない!」
地球軍の新型であるウィンダムが前に出る。
ウィンダムはダガーLに次ぐ汎用主力機であり、その性能はかつてザフトを恐怖に陥れた機体ストライクガンダムと同等と言われている。
「うおおおお!!」
ウィンダムはシリウスに対して接近戦を挑んだ。
彼はシリウスの動きを見てビームライフルでは捉える事が出来ないと判断したのだ。
それは普通の相手であればまだ違った結果になったかもしれない。
しかし今回に限っていえば完全な悪手。
振りかぶったビームサーベルをシリウスに振り下すが、一瞬で腕ごと斬り飛ばされていた。
「えっ?」
シリウスが何をしたのか、全く分からなかった。
「向かってきた勇気は買うがな、戦場で動きと止めるなど愚の骨頂だ」
動揺のあまり動きを止めたウィンダムにユリウスは容赦なくビームライフルを撃ち込んだ。
爆散するウィンダム。
その影からドレイク級にヒュドラとライフルを叩きこんだ。
ビームを撃ち込まれた戦艦は装甲を抉られ、砲台を破壊され、さらにブリッジも潰されて撃沈してしまった。
圧倒的な力量の差。
それを地球軍のパイロット達は痛感していた。
だがユリウスは手を緩めない。
「残念だが警告はした筈だ。それを無視したそちらが悪い」
もはや打つ手はない。
シリウスと正面から戦った事が、いや、出会った事自体が不幸だったのだろう。
しかし彼ら地球軍の不運はユリウスと対峙した事だけではなかった。
もう一機彼らには止める事の出来ない存在がいた。
それは紅い装甲を身に纏った機体、アレックスの搭乗するガーネットである。
「これ以上の侵攻は許さない」
ガーネットはイーゲルシュテルンでミサイルを撃ち落とし、ネルソン級の戦艦を襲撃する。
迎撃に出撃したウィンダムがネルソン級を守る為に前に出るが、アレックスの前には無謀な行動でしかない。
「迂闊な! 無駄死にしたいのか!!」
スラスターを使ってウィンダムの攻撃を回避、背後に回り込みシールドに内蔵された三連ビーム砲を放った。
ガーネットの反応についていけないウィンダムはあっけなく胴体に穴を空けられ爆散、アレックスはそのままネルソン級に突撃する。
「援護します!」
「頼む、セレネ!」
突っ込むガーネットの背後からセレネの搭乗するジンⅡがビームライフルを撃ち込んでネルソン級の砲台を次々と沈黙させる。
その隙にアレックスは容赦せずにビームライフルでブリッジを潰した。
「良し、このまま残りを叩くぞ」
「了解!」
ジンⅡと共にガーネットは次の敵に向かっていく。
テタルトスに攻撃を仕掛けた地球軍は終始圧倒されていった。
しかし一向に撤退する気配を見せない。
完全に劣勢に立たされてなお防戦に徹して戦闘を継続している。
だがこれで良いのだ。
彼らの目的はバルトフェルドの予想通りであった為である。
今回の戦闘はあくまでも背後を突かれない為の足止めであり、あくまで本命は別の場所なのだから。
◇
宇宙に浮かぶ砂時計。
コーディネイター達の暮らすプラント内は緊迫した空気が漂っていた。
再び自分達の住む場所が戦火に晒されようとしているからである。
そしてもう一つ、彼らには拭いきれない不安があった。
それは地球軍が再び核を撃ち込んでくるのではないかという懸念である。
これはプラントに住む誰もが感じている事であった。
ギリギリまで地球側と交渉を続けていた最高評議会もすでに地球軍の艦隊が近づいている事は承知している。
だからこそプラント防衛の為にザフトの部隊を次々と出撃させ、地球軍を迎え撃つ為に全軍が展開されていた。
もはや開戦は時間の問題である。
それに備えてデュランダルが次々と指示を飛ばす中、三人の若者が執務室に入ってきた。
長髪をした白服の男と赤服の男女。
いずれも胸元にザフトでは知らぬ者のいない徽章をつけた特務隊フェイスのメンバーである。
「議長お呼びでしょうか?」
白服の男デュルク・レアードが前に出る。
「ああ、よく来てくれた。デュルク、状況は理解していると思う。君達にはもしもの時に備えて貰いたい」
デュランダルの指示を訝しげに聞いていた赤服の少年ヴィート・テスティが今度は前に出た。
「私達は前線に出ないのですか?」
「……ヴィート、議長の命令が不服かしら?」
ヴィートの発言に後ろに控えていた赤服の少女リース・シベリウスが静かに呟いた。
彼女は普段はほとんど話さない癖にこんな時ばかり声を上げるところがヴィートは気に入らなかった。
「なっ、何言ってんだよリース! 俺はただ前線の事が気になっただけで……」
「二人とも議長の前だ」
「し、失礼しました」
そんな彼らを咎める事無くデュランダルは柔和な笑みを浮かべる。
「いや、ヴィートが気にするのも分かる。ただもしもの場合に備えて信頼できる君達にあれを守って貰いたいのだよ」
「は、はい!」
感激したようにヴィートは勢いよく返事をした。
そんな調子の良い彼にリースはやや呆れたようにため息をつく。
幸い彼の耳には届かなかったようだが。
「それに正面にはアレンに出てもらうからね。彼がいれば大丈夫だろう」
今度はヴィートの顔がやや不服そうに表情を変えた。
ヴィートはデュランダルが常にそばに置いているアレンにライバル心を持っている。
しかも尊敬しているデュルクも彼を認めているのがさらに鼻につくらしい。
何というか忙しい奴だと呆れながら再びため息をつくリース。
そんな二人に苦笑しながら、デュルクは再びモニターに目を向ける。
確かに気に掛かることはある。
地球軍の艦隊は正面から進撃してきているのだが、あまりに単純すぎた。
物量に任せた力押しでどうにかするつもりとは思えない。
となれば、議長の懸念が当たる可能性があるという事である。
「任務了解しました。議長、あれの配置はこちらに任せて貰っても構わないでしょうか?」
「頼むよ、デュルク」
「はっ」
三人は敬礼すると準備を進める為にデュランダルの執務室から退出した。
◇
プラント防衛の為に前面に展開されたザフト軍の後方にひと際目立つ存在が見える。
超大型空母『ゴンドワナ』
通常の艦とは比較にならないその巨体はナスカ級やローラシア級を丸ごと収容でき、修復も可能なドック艦でもある。
当然その巨体さゆえに動きは鈍重であり、艦艇というより移動基地とでも呼ぶべきものであった。
そんなゴンドワナの中でディアッカ、ニコル、そしてエリアスの三人が待機室で機体のチェックが完了するのを待っていた。
そんな彼らの顔は一様に暗い。
数多の犠牲の果てに終わったヤキン・ドゥーエ戦役。
仲間が命を懸けて守り、ようやく終結した戦い。
しかし再び目の前に新たな戦争が迫っている。
悪い夢ならば覚めて欲しいと切実に願う。
しかし現実は地球軍と開戦したという事実のみが目の前にある。
《隊長、機体チェック完了しました》
「……分かった、今行く」
ディアッカは二人の顔を見ると頷いた。
やる事は前と何も変わらない。
プラントを守る。
それこそが先に逝った仲間に託された願いだと信じているから。
ゴンドワナから三人のザクが飛び出すと続くように出撃してきたモビルスーツが編隊を組みと向かってくる地球軍を迎え撃った。
「全機、油断するなよ!!」
「「「了解!!」」」
先制攻撃とばかりにディアッカの黒いザクファントムが射程内に入った敵機を狙ってビームを放った。
ディアッカの正確な射撃によって放たれた砲撃は数機のダガーLを纏めて撃墜する。
続くようにニコルの青色のスラッシュザクファントムがガトリング砲を放ちながらビームアックスで上段からウィンダムを両断。
さらに背後から飛び出したエリアスの藍色のブレイズザクファントムが援護としてビーム突撃銃を撃ち込んでいった。
「はあああ!!」
「やらせませんよ!!」
「落ちろ!!」
連携を組んだ三機のザクに地球軍は近づく事も出来ない。
第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦を生き延びた彼らの技量は他のパイロット達の比ではない。
錬度を高め、戦場に身を置き続けてきた彼らを突破できる者はこの場に誰も存在しなかった。
「落ちろ!!」
振るわれる斬撃と発射される砲撃。
次々とモビルスーツを落とす三機だったが、群がるように襲いかかってくる敵は一向に減らない。
だがザフトの士気は一向に衰える気配はなく、むしろ炎のように燃え上がっていく。
「数は多いけど!」
「雑魚が何人居たって!!」
ゲイツRのビームライフルに撃ち抜かれたダガーLは爆散、その煙に紛れエースの証とも言える色付きザクのビームが別の敵機を撃ち抜く。
オレンジ色のブレイズザクファントムが前方に突撃、一か所に留まっているダガーLに斬り込んだ。
「どうした、地球軍! それじゃ俺は落とせないぜ!!」
パイロットであるハイネ・ヴェステンフルスがダガーLを斬り刻み、囲もうとする他の敵機をビーム突撃銃を放って撃破していく。
それを見ていたディアッカ達も感心したように声を上げた。
「やるねぇ!」
「ええ、噂に違わぬ腕ですね!」
「あっちは任せても大丈夫そうです!」
ハイネの戦いを感心したように賞賛しながらも三人も動きを止める事はない。
ディアッカの砲撃に合わせてニコル、エリアスが動く。
ニコルはガトリング砲で数機のウィンダムをハチの巣にし、バラけた敵機にエリアスが誘導ミサイルを放って一網打尽にしていった。
ザフトが一見有利に進めているように見えるが地球軍とて負けてはいない。
力で劣るなら数で当たれというのは前大戦でも用いられた戦法であった。
それは依然としてザフトに対して有効な戦法である。
数機のウィンダムがビームサーベルを構えてザクを囲み串刺しにして撃破。
連携を崩した残りの機体をビームライフルで狙い撃ちにしてゆく。
戦況は一進一退であり五分の状況に見えた。
しかしこの現状を支えているのはエース達の奮闘があればこそ。
やはり数というのはそれだけで驚異であった。
そんな状況下に二機のモビルスーツが戦場に到着する。
アオイの搭乗するエールストライカーを装着したイレイズガンダムMK-Ⅱ。
そして黒いストライク、スウェンの搭乗するストライクノワールだった。
ストライクノワールはストライクEにI.W.S.P.を改良した専用ストライカー『ノワールストライカー』を装備させた機体である。
ノワールストライカーは小振りの対艦刀フラガラッハ二振りと威力の高いレールガンが二門ずつ装備されている戦闘力の高い装備となっている。
「少尉、俺の後ろにつけ」
「り、了解」
先に進軍している味方部隊の合間を縫う形で前に出ると、すぐに敵モビルスーツと接敵する。
スウェンがイレイズより先行し、引き抜いたフラガラッハを突撃銃を向けてきたザクに叩きつけた。
ザクのパイロットはシールドを構えようとする。
そこにアオイが放ったビームライフルによる援護が入り、動きを阻害されたザクはフラガラッハにより、真っ二つに斬り裂かれた。
「その調子だ」
「はい!」
スウェンがビームライフルショーティーを敵部隊に連続で叩きこむと連携を崩したゲイツRにアオイがビームライフルで狙い撃つ。
「そこだ!」
放たれたビームがゲイツの腕を吹き飛ばし、さらに続けて撃ち込まれた攻撃により撃墜する。
小気味良く次の敵をスウェンの動きに合わせてトリガーを引く。
「良し俺もやれる」
思わぬ二機の参戦により地球軍の勢いは増し、ザフトを押し返していった。
そんな明らかに普通とは違う二機のモビルスーツの姿を迎撃していたディアッカ達も発見する。
「よりによってストライクとイレイズかよ」
本当に嫌になる。
完全に前大戦の再現だった。
あの二機はディアッカ達には因縁のある機体であり、前大戦では何度も辛酸を舐めさせられたのだ。
「ニコル、エリアス、俺達でいくぞ!」
「「了解!」」
三機のザクが二機のガンダムに向かっていく。
攻撃を仕掛けて来たディアッカ達にスウェン達も黙っている訳はなく迎撃の構えを取った。
「隊長機だ。気をつけろ」
「はい!」
ディアッカはガンダムに向かって砲撃を開始する。
ザクから放たれたビームがイレイズとストライクに襲いかかる。
アオイはシールドを構えながら咄嗟に後退。
側面から回り込んできたエリアスの放ったビームトマホークをギリギリで受け止めた。
「くっ!?」
敵の攻撃を何とかシールドによって防御する。
しかしそんな安堵も束の間、ザクの放った蹴りをまともに受けて吹き飛ばされてしまった。
「ぐあああ!」
「これで!」
エリアスは体勢を崩したイレイズにすかさずビーム突撃銃を撃ち込んだ。
「ッ!? まだだ!」
眼の端で捉えた閃光を咄嗟に操縦桿を押し込み、何とか上昇して回避に成功する。
「この!」
お返しとばかりにビームライフルを発射するが、狙いが甘くザクを捉えることはできない。
イレイズの動きを見たエリアスは即座に相手の事を看破した。
「こいつ新兵か」
「ハァ、ハァ、やられてたまるか」
ザクが放ったビーム突撃銃をシールドを掲げて避けつつ、アオイも隙を見て撃ち返していく。
しかしやはり経験の差は大きい。
アオイが放つビームはザクを掠める事も出来ず空間を薙ぐだけだ。
引き換えエリアスはあくまで余裕である。
ここまでアオイが持ちこたえられるのは防戦に徹している事に加え、スウェンの援護されているのが大きい。
スウェンはディアッカ、ニコルの二人と戦いながらきちんとアオイのフォローも行っていた。
「こいつ、強い!」
「ええ、油断していたらこちらがやられてしまいすよ」
自分達二人を同時に相手にしながら、イレイズの援護も行うとは並みの技量ではない。
ニコルが放った斬撃を回避したスウェンはビームライフルショーティーを構えるが、ディアッカの射撃に邪魔されて上手く射線が取れない。
しかし今度は背中のレールガンで張り付いてくるニコルを吹き飛ばし、同時にディアッカにビームを放った。
「チッ、ホントにやりやがるな!」
正確にこちらを狙ってくるビームライフルショーティーにディアッカは舌打ちしながら回避運動を取った。
◇
ディアッカ、ニコル、エリアスの三人が地球軍のガンダムを抑えた事で確かに味方の損害を減らす事はできた。
しかしそれで危機が回避された訳ではない。
戦線を維持し五分の状況に持っていけたのは紛れもなくディアッカ達の奮戦のお陰だったのだ。
だが今はイレイズ、ストライクを相手にしている。
彼らが抜けた穴は非常に大きく、出来た隙を突くように幾つかの敵部隊がザフトの防衛網を抜けていく。
「くそ! あっちには新人しかいないぞ!!」
「あれだけの数は新人だけじゃ迎撃できませんよ!!」
「でも、こっちもこいつらを放っておけないですよ!」
何とか敵部隊を追おうとするがガンダムに阻まれては間に合わない。
ディアッカ達が味方の撃墜を覚悟した瞬間、上方から放たれたビーム砲によって敵部隊の先方が撃破される。
突撃してきた機体の斬撃によって全機がバラバラにされてしまった。
駆けつけて来たのはビームサーベルを構え、レール砲『バロール』とビーム砲『サーベラス』を装備したエクリプスである。
その動きは歴戦の勇士であるディアッカ達も驚く、凄まじいまでの技量だった。
「あれは特務隊の……」
「確かアレン・セイファートでしたよね?」
「ああ、しかし……」
あれだけの技量、特務隊に選ばれるだけある。
だがその動きにはどこか見覚えがあった。
「この先には行かせない」
アレンはエクリプスシルエットのスラスターを全開にして敵に向かって斬り込む。
「舐めるなよ!」
突っ込んできたエクリプスにビームライフルを構えるウィンダム隊。
「いくら強かろうと!」
「これだけの数ならば!!」
この数で囲めば落とせる筈だと確信する。
しかし彼らは知らない。
エクリプスに搭乗しているパイロットが誰かと言う事を。
「何!?」
攻撃を仕掛けた敵パイロット達は思わず絶句した。
エクリプスは最低限の動きだけで放たれたビームすべてを避け切って見せた。
そして袈裟懸けに振ったビームサーベルによって一番前に居た機体が斬り裂かれてしまった。
「遅い!」
爆散したウィンダムを尻目に動きを止めた他の敵機をビーム砲で敵機を次々に撃ち落していく。
さらにディアッカ達と戦っていたストライクノワールにレール砲を撃ち込んで引き離した。
「奴は!?」
ストライクノワールはビームライフルショーティーでディアッカ達の動きを阻害しながらエクリプスに対艦刀を叩きつける。
「くっ!」
「流石にやるな」
斬りつけてきた対艦刀をシールドで受け止めながらアレンはザクに通信を入れた。
「戦線を立て直せ、ディアッカ・エルスマン、ニコル・アルマフィ」
「……お前って」
思わぬ声にディアッカが問い詰めようとするとニコルが横から制止する。
「ディアッカ、ここは任せましょう」
「……わかった。エリアス行くぞ!」
「了解!」
エリアスはイレイズを引き離すとディアッカ達と合流して味方の援護に向かった。
「中尉、敵が!?」
「チッ」
アレが前線に向かえば、また友軍が押し返される。
スウェンは反転しようとするが、ライフルを放ちながら割り込んできたエクリプスに邪魔されてしまう。
「またこいつか」
左右から何度も対艦刀を叩き込み、相手と斬り結びながらスウェンはエクリプスを睨みつける。
こいつは今まで戦ってきた敵の中でも、別格の腕を持っている。
エクリプスと本気で戦えばアオイに構っている余裕はなくなるだろう。
「少尉、今すぐ後退しろ」
「えっ、でも中尉は!?」
「こいつと戦いながらお前を気にする余裕はない。死にたくないなら急いで後退しろ」
つまり足手まといという事だ。
確かに経験の浅いアオイにも目の前の敵が圧倒的な技量を持っている事は分かる。
それでも最後まで戦えない事は悔しかった。
「……了解しました」
ストライクノワールから離れていくイレイズ。
アレンはあえてそれを追おうとはせずに、目の前の敵に集中する。
彼自身ストライクノワールが強敵である事を理解していたからだ。
睨みあう両者は同時に動く。
ビームサーベルとフラガラッハ。
敵を狙って放たれた斬撃が相手を斬り裂こうと装甲を掠め、さらに振るった一撃がシールドに弾かれ火花を散らす。
二機は互いに一歩も退かず、光刃を振りかざし激突を繰り返した。
◇
地球軍とザフトの戦況はほぼ互角。
一進一退の攻防が繰り広げられていた。
一時ストライクノワールとイレイズMk-Ⅱの参戦により形勢が地球軍寄りになったものの、ザフト側もエクリプスが戦線に加わった事で五分の状態にまで押し返している。
だがこれは地球軍側の思惑通りであった。
彼らは元々正面からの攻撃でプラントを破壊できるなどとは思っていない。
確実にプラントを撃滅する本命の攻撃部隊を戦場から離れた場所に伏せ、奇襲の機会を狙っていた。
それが暗礁宙域に待機させていたアガメムノン級ネタニヤフを旗艦とした奇襲攻撃艦隊「クルセイダーズ」だった。
当然ただの攻撃部隊ではない。
クルセイダーズには確実にコーディネイターを葬り去れるように虎の子とも言える多数の核ミサイルが配備されていたのである。
これをウィンダムに装備させ、直上からプラントに向かって放つ事で一気に殲滅する事こそ地球軍の本当の作戦であった。
このまま作戦が続けば結果はともかくとして、彼らの思い描いた通りに事は進んだかもしれない。
しかしここで思いもよらないイレギュラーが発生する。
ネタニヤフの艦長は作戦の推移を確認する為、戦域図を見上げるといい具合に敵主力を引きつけているのが見て取れた。
「……ふん、そろそろ頃合いか」
これでこちらの勝ちは揺るがない。
連中の息の根を止めるために号令を出そうとした瞬間、オペレーターが驚愕に顔を歪め叫んだ。
「後方から熱源、急速接近!」
「何だと!?」
レーダーにはクルセイダースが待機していた場所に向けて急速に接近してくる物の光が映し出されている。
「ザフトに発見されたか!?」
ここでやられれば、すべてが水の泡となる。
それだけは避けねばならないと艦長は出撃していたモビルスーツに迎撃の命令を下す。
「防衛部隊迎撃!! それから核攻撃隊を出撃させろ! 何としても敵を撃ち落とせェェ!!」
「了解!」
迎撃に出たウィンダムは隊列を組み、敵が射程距離に入ると同時にビームライフルを発射できるよう銃口を向けて待ち受ける。
そんなトリガーに指を置くパイロット達が敵を視界に捉えた瞬間、眼を見開いた。
「なんだあれは!?」
「モビルアーマーか?」
それは全身が黒い装甲に覆われた鳥のような機体だった。
その不気味さと不吉さはまるでカラスを彷彿させる。
《どうした迎撃開始しろ!》
「り、了解」
雰囲気に呑まれ一瞬呆けたしまったが、旗艦からの迎撃命令に我に返ったパイロット達は皆一様に攻撃を開始する。
同時に艦隊から放たれるビーム砲とミサイルが同時に黒いモビルアーマーに襲いかかった。
ここまでの火力に晒されればどんな機体であれ撃墜した筈。
ウィンダムのパイロットはそう判断した。
だがすぐにそう判断した自分の甘さに痛感する事になる。
「仕留めたか?」
「いや、まだだ!!」
一気に加速した黒い機体は放たれたビームを旋回しながら次々と回避、迫るミサイルをビームランチャーで薙ぎ払う。
その爆煙に紛れ、飛び出してきた黒い機体は背中のレール砲でウィンダムを撃ち抜いた。
「ぐああ!!」
「くそ!! 囲んで仕留めろ!」
味方が撃墜されていく姿に焦りを募らせたウィンダムは黒い機体を囲んでビームを撃ち込んでいく。
だが黒い機体はさらに加速。
ビームをバレルロールしながら回避すると今度は側面から何かが放出される。
次の瞬間、ウィンダムはまったく予期しなかった方向からの攻撃でコックピットを撃ち抜かれていた。
「なにが起き―――」
落とされたのはそのウィンダムだけではなく、周りにいた機体も次々に撃破されていく。
「な、何が……何が起きているんだ!?」
すると黒い機体に何かが戻っていくのが見える。
「ま、まさか」
そこで見ていた者達はようやく何が起きたのかようやく理解できた。
ドラグーンである。
黒い機体から放出されたドラグーンがウィンダムを攻撃したのだ。
ウィンダムの部隊を振り切った黒い機体は艦隊を攻撃するのかと思いきや、プラントに向かった核攻撃部隊を追っていく。
しかし他の機体に構っていた間にかなり距離を稼いでいた為、あの機体がいかに速くとも間に合うかどうかは微妙である。
だが再びイレギュラーは発生した。
プラントに迫った核部隊は別方向から連続で放たれたビームによって撃ち抜かれ、核爆発を起こした機体が宇宙を照らした。
「何があった!?」
ウィンダムを撃ち落としたのはあの黒い機体ではない。
ネタニヤフの艦橋から見えたのは三つの機影。
スラッシュ装備とブレイズ装備を装着したザクであった。
これらの機体に搭乗していたのはデュルク率いる特務隊である。
デュルクは奇襲があるだろう位置を予測して待機していたのだ。
「ヴィート、リース、行くぞ。あれの準備が整うまで時間を稼ぐ」
「了解です!」
「……あの黒い機体は?」
「あれは後だ。まず狙うは核を装備したウィンダムだ」
「了解」
三機のザクが迎撃の為に動き出す。
「行くぞ、リース!」
「……ハァ、あんまり熱くならないで」
ヴィートは核を装備して動きが鈍いウィンダムを狙い、ビーム突撃銃で核ミサイルごと破壊する。
その閃光に紛れ接近したリースが護衛の機体をビームトマホークで斬り裂いた。
二機のザクの動きにウィンダムはまったくついていけない。
二人は特務隊に選ばれた精鋭。
並みのパイロットでは相手にならないのも当然である。
「私も遅れをとる訳にはいかないな」
その様子をどこか誇らしげに見ていたデュルクも二人を上回る機動を見せながらビームアックスを振り下ろし敵機を撃破していく。
「こいつら!」
「そんなものが当たると思うか?」
ウィンダムのビームを軽々避け、ガトリング砲でライフルを吹き飛ばすとアックスを横薙ぎに振るい胴体を一刀両断した。
敵も果敢に迎撃していくのだが誰一人彼らの動きについていけない。
せめて核攻撃だけでも成功させようと生き残った者達が前に出る。
そこで後方から来た黒い機体がビームランチャーで残りの核攻撃隊もすべて撃墜した。
「くそ!」
ネタニヤフの艦長は座席の手すりを殴りつける。
「だがまだだ! クルセイダースにはまだ核ミサイルが残っている!」
まだ終わりではないと再び核攻撃隊を出撃させようとした時、正面にナスカ級が現れた。
「今頃になってナスカ級が一隻増えた程度で!!」
だがそのナスカ級は通常のものとは明らかに違っている。
アンテナとでも言えばいいのか、普通のナスカ級には装備されていない物が装着されているのだ。
アレは一体?
そんな疑問を解消するように異変が起きる。
アンテナ部分が光り出し、そのままネタニヤフの方へ眩いばかりの閃光が放たれたのだ。
放たれた光は一直線に進みクルセイダースを巻き込むと艦内で所持していた核ミサイルが一斉に起爆し、宇宙を照らす光と変わった。
その光景を真近で見ていたヴィートは思わず息を飲む。
「あれがニュートロンスタンピーダー」
ナスカ級に設置されているのがザフトの切り札『ニュートロンスタンピーダー』である。
これは中性子の運動を暴走させ強制的に核分裂を引き起こし、有効範囲に存在する核兵器をその場で起爆させる事が出来るという兵器である。
ただしニュートロンスタンピーダーは連発出来ず、さらにこの一発しか使えない。
だがそんな事は連合には分からない。
故にこれで十分だった。
何故ならこれで彼らは迂闊に核を使用する事が出来なくなったからだ。
敵に撃つ前に爆発する核など戦場に持ち込みたがる者はいないだろう。
即ち『ニュートロンスタンピーダー』の存在こそが連合の核に対する抑止力になるのだ。
これで今回地球軍は退き上げる以外にない。
油断は禁物だが戦闘はもうすぐ終了する。
だがまだ一つ問題が残っていた。
デュルクは周囲を警戒しながら、黒い機体へ通信を入れた。
「こちらはザフト軍特務隊デュルク・レアードだ。そこの機体、所属を明らかにせよ。返答がない場合は不本意ではあるが拘束させてもらう」
黒い機体からの返答は無く、反転して離脱しようとする。
だがそうはさせないとヴィートが立ちはだかった。
「行かせるかよ!」
ヴィートは相手の動きを止める為にビーム突撃銃で背中のスラスター部分を狙う。
しかし黒い機体には当たらない。
「なっ、こいつ速い!」
ヴィートが放ったビームを素早く回避すると黒い機体はザクを無視して離脱を計る。
だが今度はそこにリースが待ち構えていた。
「……行かせない」
進路を阻むように誘導ミサイルを撃ち込むが、黒い機体はスラスターを逆噴射させ距離を取るとレール砲で降り注ぐミサイルを迎撃する。
その隙に距離を詰めたデュルクがガトリング砲で牽制を行いながら、ビームアックスで斬り込んだ。
「逃がさん!」
上段から振り下ろされたビームアックスを機体を傾け回避する。
しかし進路を阻まれた黒い機体は今までのような速度を出す事は出来ない。
一度態勢を立て直し、再び三機は連携を取ると変わらずスラスター狙いの行動に出る。
ヴィートとリースが距離を取って援護を行い、技量に最も優れるデュルクが斬り込む。
ここでスラスターを損傷させれば逃げられない。
それは黒い機体のパイロットも理解しているらしく、動きを止めずに動き続けていた。
しかしエース三機を相手にしては部が悪かったのか、ついに完全に動きが止まった。
「チャンスです、隊長!」
声を上げるヴィートであるがデュルクは好機とは捉えなかった。
彼のパイロットとしての勘が告げていた。
ここからが本番であると。
その勘は正しかった。
動きを止めた次の瞬間―――
背中のスラスターユニットを分離させた黒い機体はモビルアーマーからモビルスーツに変化したのだ。
「背中のスラスターを排除した!?」
モビルスーツになった黒い機体は肩部分からドラグーンを発射すると三機のザクを囲むようにビームを撃ちこんでくる。
ヴィートとリースがドラグーンを回避する為に動いたその隙に黒い機体は右手にビームサーベルを構えてデュルクに斬り込んできた。
「速いな」
放たれた斬撃を後退して回避すると負けじとビームアックスを下から振り上げる。
しかし相手は横に機体を逸らし最低限の動きだけでビームアックスを避け、もう片方の手でビームサーベルを抜き上段から振り下ろしてきた。
「二刀か。厄介な」
二本のビームサーベルから放たれる斬撃は確実にこちらを捉えてくる。
デュルクはそんな相手の技量に舌を巻く。
「やるな。だが私も特務隊だ。舐めないで貰おう」
振り下ろされた斬撃に合わせるようにビームアックスの柄を相手の腕に当て攻撃を逸らす。
すかさず蹴りを入れ態勢を崩し、再びビームアックスを横薙ぎに叩きつけた。
捉えた!
デュルクがそう判断する完璧なタイミング。
しかしこの黒い機体はさらに予想を上回る動きを見せた。
横薙ぎに振るわれた斬撃を両腕にマウントしてある小型のシールドで流すと、ビームサーベルで柄ごとアックスを叩き折ったのだ。
「なっ、だがまだだ!」
しかし当然デュルクもただではやられない。
背中に装備されていたガトリング砲を分離させると黒い機体に叩きつけた。
敵がそれを避けた隙に態勢を立て直しビームアックスを構え直す。
柄が折られた為に扱いにくくなったが使えない訳ではない。
「そろそろ決着を着けさせてもらうぞ」
距離を取った二機であったが戦いは唐突に幕を閉じる。
黒い機体はドラグーンを戻し、レール砲で排除したスラスターユニットを狙い砲弾を発射する。
「な、隊長!?」
レール砲によって破壊されたスラスターユニットの爆発に紛れるように黒い機体は離脱していった。
「チッ」
黒い機体とデュルク達の位置は何時の間にか入れ替わり、黒い機体が離脱できるような配置になっていた。
今までの攻防もここまで見据えていたとすれば、完全にしてやられた事になる。
「大丈夫ですか、デュルク隊長」
黒い機体の離脱を確認したヴィートとリースはデュルクの傍に寄ってくる。
「ああ、問題ない」
デュルクは黒い機体が離脱した方向を見る。
強かった。
黒い機体のパイロットの技量は並みではない。
あのまま戦っていたらどうなっていたか。
「だが次は勝つ」
デュルク達は敵の襲撃を警戒しつつ退き上げた。
◇
目的を達成した黒い機体『レギンレイヴ』は母艦に向け後退していた。
そのパイロットであるキラ・ヤマトはため息をつく。
「ふぅ、何とか上手くいったな」
予想外の戦闘する羽目になったが、プラントに対する核攻撃は阻止できた。
プラントが撃たれなくて良かったと安堵するとそこに通信が入って来る。
《成功したようだな》
「ええ、何とか」
《では早く戻れ。ザフトに見つかる前に離脱して、本来の任務に戻るぞ》
「了解」
レギンレイヴの行く先には母艦であるドミニオンが待っていた。
機体を回収したドミニオンは移動を開始すると、その宙域には初めからいなかったように掻き消えた。
◇
今回の戦いは地球軍側の実質的な敗北で終わった。
この戦闘によりプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルは、プラントの安全保障のため積極的自衛権の行使を宣言。
再び世界を巻き込む戦争が始まる。
機体紹介更新、キャラクター紹介投稿しました。