すべてを燃やし尽くす灼熱の大気圏。
周りには砕かれ細かい破片となったユニウスセブンが地球に向けて落ちていく。
しかしその中には未だに巨大な大地を維持したまま落ちていく物体も存在していた。
メテオブレーカーによって砕ききれなかったユニウスセブンの残骸である。
そして今、地球に向けて落ちていく巨大な大地に二隻の戦艦が艦首砲を用いた最後の破砕作業を行おうとしていた。
タリアは各部に指示を飛ばしつつもメイリンに問いただす。
「インパルス、セイバー、彼女のザクの位置は!?」
「破片が多くて特定できません!」
《こちらの方でもだ。確認できない》
タリアは強く拳を握り込んだ。
いくらミネルバが最新鋭の戦艦であろうとも、この状況で何時までも持ち堪える事は出来ない。
砲を撃つにも限界がある以上、もはや猶予はない。
三人の位置を確認できないとしても、タリアは艦長としてここで決断しなければならなかった。
「……タンホイザー起動! 目標ユニウスセブン!」
誰もが息を飲む。
インパルス、セイバー、ザクの位置が分からないという事は下手をすればタンホイザーの砲撃に巻き込んでしまうかもしれないからだ。
「……ユニウスセブン落下阻止は何としてもやり遂げなければならない任務だわ」
それこそが自分達が任された任務。
ここで躊躇ってしまえばさらに多くの命が失われる。
タリアは後ろに座っているアイラに視線を向けると、彼女は何も言わずにただ頷いた。
「アルミラ艦長!」
《了解している。ミネルバの砲撃に続いてオーディンも砲撃を開始する》
「お願いします。照準右舷前方構造体!」
「了解!」
ミネルバが目標に船首を向けると内部に格納されていた砲口が姿を現す。
「撃てぇ―――!!」
タリアの掛け声と同時に閃光が発射されると地球に降下していた構造物に直撃して破壊していく。
だがそれでもまだすべてを破壊しきれない。
タンホイザーの一撃を受けた構造物は二つに割れた。
一方はさらに細かい物体となって砕け、もう一方は依然大きさを保ったまま落ちていく。
そこにミネルバに並ぶように降下していたオーディンが艦中央に位置する特装砲を起動させて残った目標を狙い照準をつけた。
「ローエングリン、撃てぇ―――!!
オーディンから目標に向けて閃光が迸ると周囲の破片を薙ぎ払い、残った大地を粉々に打ち砕いた。
構造物は陽電子砲によって砕かれると同時に大きな爆発が起き、散らばった破片が炎を纏って地球に落下していった。
◇
地上からは無数の流れ星が空を一面に流れている。
このまま何も起こらず流れ星が燃え尽きるならば、さぞ綺麗な景色だっただろう。
しかしそうではない。
流れ星は燃え尽きる事無く地上にそのまま落下するのである。
落ちた場所には何も残らず、消える事の無い大きな被害と地面が抉られたクレーターが残るのみ。
さらに海に破片が落ちればその衝撃によって津波が起きる。
その高さは尋常なものではあるまい。
そんな災害が各地で起きるのだ。
地球はまさに阿鼻叫喚の地獄と化していた。
◇
砕かれた破片落下に紛れ地球に落下していくインパルスのコックピットの中でシンはキーボードを叩いていた。
「突入角度調整、排熱システムオールグリーン」
機体を調整し終わったシンはシールドを掲げて降下姿勢を取ると急いで周囲に視線を走らせた。
「マユとセリスは!?」
セリスの搭乗しているセイバーはVPS装甲である為に余程の事がない限りは無事であろう。
しかしマユのザクは違う。
一応シールドは健在だった為、大気圏を突破する事はできるかもしれない。
それでも確実にという保証がある訳ではない。
「くそ! マユ、どこにいるんだよ!」
シンの眼前には引き込まれるように広がる蒼い海と散らばって落ちていく破片しか見えない。
それでも諦めてたまるかと目を凝らした瞬間、探し求めていた機体が見えた。
「アレか!!」
モニターを拡大した映像の中ではシールドを掲げて降下していくザクの姿がある。
どうやら何とか無事だったらしい。
「ハァ、良かった。セリスは……」
ホッと息を吐くと同時に今度はセイバーを探すが姿が見えない。
破片に紛れて見えないのか、それとも離されてしまったのか。
「くっ、セリスなら大丈夫だと思うけど……」
信じるしかない。
無理やり自分に言い聞かせマユのザクに視線を戻した。
このままならどうにか無事に大気圏を突破出来るかもしれない。
思った通りザクは何とか大気圏を突破する。
だが同時に機体を守っていたシールドは限界を迎えたのか、バラバラに分解してしまった。
「マユ!!!」
さらに背中のブレイズウィザードまで機体から分離し、大きく爆散する。
その衝撃に晒されたのか機体はバランスを大きく崩して海面に向かって落下していく。
シンは失う恐怖に突き動かされる様に叫んだ。
「待ってろ、今行くから!!」
絶対に死なせるものか!!
後先など考えずスラスターを全開にしかけたその時、飛行形態に変形したセイバーが落ちていくザクの先に回りこみ、どうにか背中で受け止めた。
「ぐっぅぅ、マユ、ちゃん。大丈夫!?」
「セリスさん!? なんて無茶を!!」
大気圏から落下してくるモビルスーツを受け止めるなんて、無茶もいいところだ。
スラスターを噴射させるタイミングが僅かでもずれていたら、二機とも損傷して爆散していたかもしれない。
セリスの高度な技術があってこその芸当だった。
何とかザクを受け止めたセイバーであったが相当の衝撃だったのだろう。
そのまま勢いは止まらず二機もろとも降下していく。
「ぐっ、止まらない!!」
「セリス、マユ!!」
シンは今度こそ二機に追い付こうと機体を加速させる。
「絶対に追いつく!!」
フォースシルエットの出力を限界まで上げ、落下していく二機に追いつくと機体を抱え込むように掴みスラスターを逆噴射させた。
「シン!」
「無茶です! いくらインパルスでも!」
「だから何だ! 見捨てるなんて出来るかよ!! 」
シンは力一杯操縦桿を引く。
ここで守れなきゃ俺は何の為に力を欲したんだ!
「止まれェェェェェ!!!」
「くっ!!」
シンは力いっぱい操縦桿を引き、セリスもインパルスに合わせてスラスターを全開にして落下を阻止しようと歯を食いしばる。
そして二機が必死にスラスターを噴射し続けたおかげか徐々に速度が落ち、どうにか落下を食い止めた。
「ハァ、大丈夫か二人とも!?」
「……うん、私は無事。マユちゃんは?」
「……私も大丈夫です。でも、なんて無茶な事をするんですか」
マユはいつも通り冷静な声で呟いた。
一見何の感情も籠められていないようにも思えるが、そこには全員が無事であった事の安堵があった。
「それ、マユちゃんにだけは言われたくないんだけどね」
「ホントだよ」
呆れた二人の声にマユも言い返せない。
今回は流石に無茶をした自覚があったからだ。
「……その、二人とも、助けてくれてありがとうございました」
マユは気まずそうに礼を言う。
自分の無茶にシンとセリスを巻き込んでしまった事は事実。
ここで何も言わないのは流石に礼儀知らずであろう。
そんなマユの様子を見た二人は思わず苦笑した。
「俺がマユを助けるのは当たり前だろ」
「うん、無事で良かった。……それにシンの妹さんなら私の妹でもあるもんね」
「は?」
今、なんか聞き流してはいけない事を言われた気がする。
「お、おい、セリス」
シンは狼狽しながらセリスの言葉を遮ろうとするも遅い。
マユはその意味を把握する前に思わず聞き返していた。
「あの、それってどういう……」
「え、私シンの彼女だし」
聞き返したのはマユであるにも関わらず固まってしまった。
兄の彼女?
「え、ええ、ええええええ!!!」
空中でマユの声が大きく響いた。
「そんなに驚く事かな。ねえ、シン?」
「あ~いや」
シンは何も言えず、苦笑いするのみだ。
仮に―――万に一つの可能性の話ではあるが、もしマユに恋人など出来ていようものならば冷静でいられる自信はない。
もしいたら―――
いや、マユに彼氏などいる筈もない。
きっぱりと結論付けるとシンは自分の中に湧いてきた変な考えを振り払うとその間にマユも冷静さを取り戻したようだ。
「す、すいません。少し、いえ、かなり驚いてしまいました」
「あ、あのさ、マユ、その」
なんか言い訳みたいで嫌だがセリスとの事を説明しようとした時、二隻の艦が近づいてきているのが見えた。
ミネルバとオーディンである。
どうやら向こうも無事降下していたらしい。
《三人とも無事!?》
メイリンの慌てた声が通信機から聞こえてくる。
先程の話は後回しだなとシンはミネルバに通信を入れた。
◇
ユニウスセブンはメテオブレーカーによって大きく削られ、ミネルバ、オーディンの砲撃によって破壊された。
しかし砕かれた破片が消えた訳ではない。
燃え尽きる事の無かった破片は各地に落下していき、大きな被害をもたらしていた。
ある場所では大地が抉られ、ある場所では巨大な津波が起こる。
もちろん避難勧告が出ていた事でシェルターに逃げ延びた人々もいるが、大半の人々は逃げ場も無く、死の恐怖と助かる見込みも無い絶望に晒されていた。
後に『ブレイク・ザ・ワールド』と呼ばれる様になるこの事件をきっかけに世界は再び大きく変容していく。
そしてもう一つの運命が動き出す。
南アメリカ旧ブラジル地区フォルタレザ市。
現在この都市ではユニウスセブン落下の影響で異常豪雨に見舞われており、それに伴って地球連合軍及び国軍による災害出動が実施されていた。
降り止む気配のない大雨によって水没したビルの間をヘリが行きかい、避難民に対する救助活動が実施されている。
そんな中で一人の少年が家族の手を引いて歩いていた。
アオイ・ミナト。
彼は自分の家族である子供達を引き連れながら避難場所を探していた。
「ハァ、ハァ、みんな居るか?」
「うん、大丈夫だよ。アオイ兄ちゃん」
「私も!」
無邪気な笑顔に癒されながらアオイも笑みを浮かべた。
しかし悠長な事はしていられない。
今もアオイ達のいるショッピングモールのような場所は比較的高地に建設された建物である為、水害の影響は少なかった。
だが未だに水位は上がり続け、ここにも水害は迫っている。
しかも周りは他の場所から逃げてきた人で溢れ、身動きが取りづらいという不味い状況に陥っていた。
自分達は家族に会いにきただけであるというのに、どうしてこんな事になったのだろう。
だがそれは世界中の人達が思っている事だ。
誰もこんな事になるだなんて知らなかったのだから。
「アオイ、こっちだ!」
思案に暮れていたアオイが顔を上げると、地球軍の制服を着た中年の男が数人の同僚を連れ、ショッピングモールの入り口に立っていた。
「義父さん!」
その男を見た瞬間、子供達が笑みを浮かべて駆け出し飛びついていく。
子供達を撫でながら笑っている男はアオイの義父であるマサキ・ミナト中尉であった。
「みんな、良く無事だったな。ここも危ない、こっちだ」
ショッピングモールの人々は他の軍人に任せ、アオイたちがマサキに連れて行かれた場所はさらに高地にある球場のような所だった。
中央に広がるグラウンドや観客席に所狭しと避難してきた人達であふれている。
そこで地球軍と思われる士官が動き回り、医者と思われる白衣を着た人間が怪我をした人達に手当を行っていた。
「ミナト中尉」
「大佐!」
マサキが敬礼した先では見るだけでも威厳が溢れた壮年の男が立っていた。
どうやら上官というかこの場の指揮官らしい。
顔が怖かったのか子供達もやや怯えながらアオイの後ろにしがみついている。
思わず笑いが込み上げてくるがマサキはそれどころではないらしい。
「彼らは?」
「私の家族であります!」
鋭い視線でマサキを見るとハァとため息をついた。
「そういえば貴様、たしか孤児を引き取っているんだったな。何故ここに?」
マサキは戦争によって親を失った孤児を見つけては自分が引き取ったり、保護したりしている。
もっと正確に言うなら孤児院に寄付などの援助を行っているのだ。
アオイも戦争で親を亡くしマサキに保護された内の一人だった。
「はい、その、近々休暇を頂く予定だったので家族が会いに来てくれていたのです」
「なるほど、それは災難だった。いや、まだそばにいられるだけ運が良かったのか」
「はい。そういえば義息子を紹介しておきます。アオイ」
マサキはアオイを指揮官の前に呼ぶ。
「義息子は……地球軍に志願しまして現在訓練を受けております」
「アオイ・ミナトです!」
アオイが敬礼をすると指揮官も敬礼を返した。
指揮官はアオイに何かしら声をかけようとしたがマサキが複雑な表情で見ている事に気がついた。
気持ちが分からなくもない。
自分の子供を軍人にしたい親などそうはいないだろう。
その気持ちを汲み取ったのか指揮官は余計な事は言わず「頑張れよ」と軽く肩を叩くだけで済まし、士官に指示を出す為にその場を離れていった。
去っていく指揮官を見送るとちらりとマサキの方を見る。
アオイもマサキが地球軍に志願した事に関してあまり快く思っていない事は知っている。
というか志願の話をした時は大喧嘩になった。
他の子供達には泣かれたし、マサキには殴られたし、あまり思い出したくない。
アオイ自身戦場に出たいとか親を奪った連中に復讐したいなどという考えは持っていない。
家族を戦争で亡くしたがコーディネイターを恨んでいる訳ではないのだ。
それでも志願した理由は家族を養う為。
そして戦争ですべてを無くして傷ついた自分を救ってくれた彼らを守りたいと思ったのだ。
それを話して納得はしていなかったようだが、しぶしぶマサキも許してくれた。
「ふぅ。とにかくここに居れば少しは安全だから落ち着くまで休んで―――」
「キャアアア!!」
「うわあああ!!」
マサキのその言葉は大きな悲鳴と振動、そして爆発音によって遮られてしまった。
「な、なんだ!?」
アオイは咄嗟に子供達を庇う様に抱え込むと視線だけを回りに向ける。
球状内はパニックのような状態となり、外から軍人が駆け込んできた。
一体何が?
「何があった!?」
「モビルスーツです! 外で三機のモビルスーツが暴れています!!」
「なんだと!?」
水害に襲われているフォルタレザ市では高さを持たない建造物や高いビルも下の部分は完全に水没してしまっている。
そんな中を一つ目の巨人が武器を掲げて歩いていた。
ザフトのモビルスーツ『ジン』である。
どこから現れたのか分からないジンの目的は水没した都市から人を救う事ではない。
その逆である。
ジンは持っていた突撃銃を構えるとビルに向かって躊躇う事無くトリガーを引く。
突撃銃の攻撃がビルに避難している人達を巻き込み周囲を破壊。
さらにバスーカやミサイルなど次々と発射して建造物を薙ぎ払い、逃げる術のない人々が虐殺されていく。
当然ここに派遣されていた軍が何もしない訳ではない。
ヘリやリニアガンを装備した戦車などが応戦に出る。
発射されたリニアガンやミサイルがジンを襲う。
しかし別のジンによって迎撃されるとバズーカでヘリは撃ち落とされてしまう。
さらに動きを止めた戦車に突撃銃でハチの巣にしていく。
これが戦場での現実。
そしてモビルスーツが急速に普及していった大きな要因であった。
要するにかつて地球軍の主力であったモビルアーマーやヘリ、戦車ではモビルスーツに対抗しきれないのだ。
たとえそれが旧型のジンであっても脅威は何一つ変わらない。
その光景を端末の映像で見ていた指揮官が叫んだ。
「このままではここも持たないぞ! 軍本部は何と言っている!?」
「駄目です! 通信繋がりません!!」
このままでは被害は増える一方であり、さらに避難している者たちまでやられてしまう。
「モビルスーツはないのか!?」
「ありません。今はどこも手一杯で、モビルスーツも余っては―――あ」
部下の下士官が歯切れ悪く言葉を切ると、それを見た指揮官は苛立たしげに問い返した。
「どうした!?」
「その、一機だけ残っている機体がありますが……」
「ならばそれを出撃させろ!!」
「しかしあの機体はテストもまだです! それにパイロットがいません」
「くっ」
先程部下が言った通り、今はどこも人命救助の為に出撃しており人手が足りないのだ。
余っている正規のパイロットなどいない。
ここに居るのはモビルスーツの操縦訓練など受けた事のない者ばかりだ。
さらに戦車やヘリのパイロット達もすでにジン迎撃の為に出撃しているのだ。
どうしようもない状況に拳を机に叩きつけた。
その時、彼の頭にこの現状を打開できるかもしれない考えが浮かんだ。
だがそれは―――
一瞬躊躇ったその時、この近辺に砲弾が直撃したのか大きな振動が建物を揺らした。
「……これしかないか」
もはや選択の余地はない。
避難民からの悲鳴が響き渡る中、彼は残酷な決断を下した。
その選択は一人の少年の人生を無残に破壊してしまう。
それを分かっていながら。
◇
揺れる球場で振動に耐え悲鳴が響き渡る中、アオイも子供達を抱きしめ歯を食いしばっていた。
「お兄ちゃん!!」
「怖いよぉ!」
「大丈夫だ、絶対大丈夫だからな!」
こんな気休めしか言えない自分の無力が情けなかった。
でも何時までもこうしてはいられない。
近くで起きた爆発の影響で球場の天井が崩れる可能性もある。
ここに居るとまずいかもしれないと脱出する事を考え始めたアオイの前にあの指揮官が走ってきた。
「……義父さんに用でもあるのか?」
しかし予想とは違いアオイの前に立つと神妙な顔で話を切り出した。
「……アオイ君、君はモビルスーツの操縦訓練を受けているかね?」
「え、は、はい。シミュレーターと実機、両方で」
連れて来た部下と頷き合うと真剣な顔で告げた。
「突然で申し訳ないが緊急事態だ。君にモビルスーツで出撃してもらいたい」
「なっ」
どういう事か問う前に近くにいたマサキが声を上げた。
「待ってください、アオイはまだ訓練兵で―――」
マサキが口出しする事もちゃんと分かっていたのだろう。
手を前に出して制するとすぐに状況を説明し始めた。
所属不明のモビルスーツによる襲撃。
迎撃したいが味方のモビルスーツパイロットは救援活動の為に不足している事。
このままでは多くの避難民が巻き込まれる可能性があり、現状モビルスーツを動かせるのは自分しかいないという事をだ。
自分が出撃する?
あまりに急な話に呆然とするしかない。
何時かはそういう時も来るかもしれないとは思っていた。
しかしこれはあまりにも突然すぎる。
だがアオイの困惑をあざ笑うかのように今も絶えず震動は伝わってくる。
このままでは皆が死ぬ。
アオイのそばには不安げにこちらを見てくる子供達。
そして縋る様に見つめてくる避難してきた人々。
もう選択の余地はなかった。
「……分かりました」
アオイが返事をするとマサキが固く拳を握りしめて俯いた。
「……すまない。機体は少し離れた場所にある。すぐについて来てくれ」
「はい。皆、行ってくるから。いい子で待ってるんだぞ」
不安げにこちらを見てくる子供達を抱きしめると案内してくれる士官の後をついていった。
外ではいまだにジンが暴れ回り周囲を破壊している。
それでも皆がいる場所が無事なのはヘリや戦車が奮戦しジンを足止めしているからだ。
「急げ!」
「はい!」
案内されるまま水没したビルの合間に残っている陸地を走る。
降り注ぐ雨に濡れることも構わず走り続け、止めてあったボートに乗り換えて辿り着いたのは開けた広場のような場所であった。
そこにはテントやトレーラーなど軍の備品と思われる物がそこら中に置いてある。
簡易的な地球軍の駐屯地のような場所なのだろう。
その内の一つ。
巨大なトレーラーにそれは積んであった。
GAT-X141『イレイズガンダムMk-Ⅱ』
ゼニス開発の際に試作された実験機の一号機であり、前大戦が終結してしばらくは放置されていた物を改修、強化した機体である。
背中には専用の武装が用意される予定だったが中止され、後にストライカーパックを装備可能なように改良されている。
武装はイ―ゲルシュテルン、ビームライフルとビームサーベルといった基本装備に腕部ブルートガングに各ストライカーパックとなっている。
「なんでこの機体は使って無いんですか?」
イレイズといえば地球軍だけでなくザフトにとっても有名な機体である。
前大戦において驚異的な戦果を叩きだしたパイロットであり『消滅の魔神』と呼ばれたアスト・サガミが搭乗していた事で知られている。
しかも今ではテタルトスのSEED思想が広まったおかげで『白い戦神』キラ・ヤマトと共に余計に有名になっていた。
まあ地球軍ではそれを頑なに認めようとしない訳だが。
アスト・サガミがコーディネイターである以上、今の軍部が認めたくないのは仕方ない事だろう。
「この機体はずっと放置されていてね。改修が完了したのはつい最近。だからテストもまだなんだ」
テストもしてないって―――
アオイの顔が思わず引きつった。
「この騒ぎが無ければ今頃テストも終わっていたんだけどね。ともかく君にはこれで出てもらう」
「は、はい」
渡されたパイロットスーツに着替えてコックピットに座ると機体を起動させていく。
スイッチを入れるとモニターが映りOSが立ち上がり、文字が浮かび上がってくる。
その頭文字を見た瞬間、アオイは思わず呟いていた。
「……ガンダム」
操縦桿を握り、フットペダルを力一杯、踏み込むと機体を立ち上がらせた。
現状は背中には何の装備もされていない。
武装も基本的な装備だけだ。
機体が立ち上がると正面のモニターに煙が上がったのが見える。
未だに戦闘は続いているのだ。
《アオイ君、聞こえているな。機体に異常はあるか?》
声を掛けられて咄嗟に計器を確認するが異常は確認出来ない。
「大丈夫です」
《そうか。今回は背中の装備は用意できない。武装も近接戦用の装備だけだ。きついとは思うがジンを撃破するには十分なはずだ。頼むぞ》
「はい!」
ビームライフルすら無しとは。
いや、街中で使って周囲の被害を広げるよりはいいだろう。
無理やり納得するとアオイは正面を見据え深呼吸する。
「……基本は訓練と変わらない筈だよな」
そう思っても恐怖で手が震えた。
これから赴くのは訓練ではない、本物の実戦である。
下手をすれば死ぬかもしれない。
それでも守らなければならないものがある。
脳裏に浮かぶのは家族の顔。
彼らの為に俺は―――
アオイの震えはいつの間にか止まっていた。
PS装甲のスイッチを入れると機体が色づく。
「アオイ・ミナト、イレイズガンダムMk-Ⅱ行きます!!」
ぺダルを踏みスラスターを噴射させると機体が飛び正面に向けて一気に加速した。
「ぐっ」
機体の加速で体がシートに押しつけられる。
訓練で使っていたダガーとはまるで違うらしい。
「思った以上の加速だ、この機体!……敵は?」
イレイズの速度に歯を食いしばって耐えつつ操敵機の居る方向に機体を向ける。
アオイの目に飛び込んで来たのは銃を乱射しながら周囲を破壊していくジンの姿だった。
あの辺りにだって人はいたはずだ。
しかし倒れていく建物がそこにいた人たちがどうなったかを雄弁に物語っていた。
さらに建物を破壊しようと突撃銃を構えるジン。
「やめろォォォ!!!」
スラスターを全開にして銃を構えるジンに突っ込んでいく。
ジンからすれば敵モビルスーツが現れた事は完全に予想外だったのだろう。
碌に反応する事も出来ずにイレイズの体当たりをまともに受け、吹き飛ばされてしまった。
しかし吹き飛ばされ倒れ込みながらもジンはバスーカを構えてこちらを狙ってくる。
アオイは咄嗟に回避しようとするが途中で気がついた。
「避けたら建物に当たる!?」
避けては駄目だ。
その躊躇いがアオイの反応を遅らせてしまった。
ジンの放った砲弾がイレイズに撃ち込まれていく。
「うああああ!」
凄まじい衝撃が機体を襲う。
しかし爆煙から現れたイレイズは破壊される事無く完全な無傷であった。
「……PS装甲のおかげか」
実体弾を無効化できるPS装甲のおかげで直撃を受けても大丈夫だったようだ。
その姿に立ちあがったジンもたじろいだのか動きが鈍い。
「今だ!」
アオイは腰に装備されたビームサーベルを引き抜くとジンに向かって突撃する。
「はあああ!!」
振り抜いたビームサーベルを袈裟懸けに振う。
ビームサーベルは容易く敵機の装甲を斬り裂いた。
ジンは倒れ込み爆発した余波で大きな水柱が立った。
「ハァ、ハァ、やった?」
初めての戦闘で敵機を撃破した。
その事でアオイは一瞬気を抜いてしまった。
致命的な隙である。
だがそれも初めての実戦であれば仕方無い事なのかもしれない。
しかしここは戦場。
その隙が命取りである事をアオイはすぐに知る事になる。
「これで―――うわぁぁ!!」
気を抜いた瞬間に背後からミサイルの直撃を受けたイレイズは正面に倒れ込んでしまった。
すぐにでも立ち上がろうとするが今度は反対方向からの攻撃にさらされてしまう。
咄嗟にシールドを構えるがすべての攻撃を防げる訳ではない。
「ぐぅぅぅ!!」
どうすれば?
いくらPS装甲でも無限ではなく、バッテリーも何時までも持たない筈だ。
「止まったら駄目だ! 動け!!」
アオイは砲弾が絶えず襲いかかるのをあえて無視してシールドを掲げたまま正面の敵に突進した。
イレイズが止まらない事に焦ったのかジンは横っ跳びで回避するがそれこそアオイの狙い通りであった。
「ここだ!」
構えていたシールドを投げつけ、たたらを踏んだジンにイーゲルシュテルンを撃ち込んだ。
そして動きを止めた隙にビームサーベルで右腕を斬り落とした。
腕を落とされて倒れ込むジンを援護するつもりなのか、残った敵機が背後からミサイルを撃ち込んでくる。
「ぐあああ!」
イレイズが背後に倒れ込むとジンは突撃砲を構えてくる。
「くそ、満足に動けない!!」
アオイは非常に戦いにくいこの状況に歯噛みする。
迂闊な反撃や敵機の攻撃を避けると周囲を巻き込む恐れがある。
別の場所に誘導しようにも、敵の狙いは無差別に民間人を殺す事らしくこちらを追ってくる保証は無い。
つまりここで一気に決着をつけるしかない訳だ。
しかしたまたま見たモニターにボートで移動する人影が見えた。
「人!? こんな時に何で!?」
ジンはまだ気がついていない。
「気が付く前に、確実に仕留める!」
アオイはイレイズの足元のスラスターを全開にして周囲の水を噴き上げてジンの視界を塞ぐ。
同時に左腕のブルートガングを展開、思いっきりフットペダルを踏み込んだ。
「はああああ!!」
水飛沫の中を突っ切り右手のビームサーベルをジンに投げつけると肩部に直撃する。
「ここ!!」
左手のブルートガングを叩きつけてジンの右腕を落とし、コックピットを貫くと激しい火花が散りジンの動きが完全に止まった。
「ハァ、ハァ、ハァ、何とかなった」
モニターを見るとあのボートの姿はもうどこにも無い。
上手く逃げられたらしい。
しばらくして呼吸が落ち着いてくるともう一機、腕を落とされて倒れ込んだジンが突撃銃を構えているのが見えた。
「まだやる気なのか!」
《そこのモビルスーツ離れろ!》
再びブルートガングを構えるが、ヘリから聞こえた声に反応して飛び退くと投下された焼夷弾でジンは激しい炎に包まれた。
あれではパイロットは―――
そこまで考えた瞬間アオイに吐き気が襲ってきた。
「うっ、ううう」
『俺も今人を殺した』
その事実に気が付いたアオイは更なる吐き気に襲われ、それがしばらく止まる事はなかった。
しかしこの後にアオイは更なる衝撃に襲われる事になる。
この時、ジンに搭乗していたのは年端もいかない三人の子供だったのだから。
◇
ロード・ジブリールは非常に機嫌が良かった。
世界は混乱の極みにあり、どれほどの人達が犠牲となり、今なお苦しんでいるかなど彼には関係のない事。
テレビではプラントの最高評議会議長であるデュランダルが演説を行っていた。
《信じ難い各地の惨状に私もまた言葉もありません。受けた傷は深く、また悲しみは果てないものだとは思いますが、でもどうか、地球の友人達よ、この絶望の今日から立ち上がってください》
デュランダルの演説も普段であれば彼の神経を逆撫でするだけであっただろう。
しかし今の彼は余裕を態度を崩す事はない。
何故ならば彼の手元にはファントムペインから送られてきた映像記録が映し出されていた。
それはジンやシグルドによるテロの映像であり、さらにはパトリック・ザラの演説まで記録されている。
これは思った以上の収穫だった。
すでにあの老人達には映像を送ってある。
これで予定通り事を進める事が出来るだろう。
そしてもう一つ。
フォルタレザ市で起こったモビルスーツによるテロ事件。
これを鎮圧したのが最近まで放置されていたイレイズであり、パイロットも実戦経験のない素人であるという。
思わぬカードが手に入った。
ジブリールからすればあんな骨董品の旧型など役に立たないと思っていただけに予想外の幸運であった。
「なんとでも吠えるがいい、デュランダル。もうすぐ消してやる」
すべては青き清浄なる世界の為に。
ジブリールはワインを傾けながら上機嫌に笑みを浮かべた。
機体紹介更新しました。