機動戦士ガンダムSEED effect   作:kia

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第6話   死を呼ぶ流星

 

 

 

 ミネルバがユニウスセブンに辿り着く少し前まで時間を遡る。

 

 誰にも阻まれる事無く悠然と地球に向けて移動するユニウスセブンに対し、破砕作業を進める為に先行していたザフトの部隊があった。

 

 エルスマン隊とアルマフィ隊である。

 

 この二つの部隊はザフトの中でも非常に有名な部隊だった。

 

 名の通り前大戦を戦い抜いた歴戦の英雄であるディアッカ・エルスマンとニコル・アルマフィが率いる部隊であるという事が理由の一つ。

 

 もう一つの理由、それは彼らが前大戦における若き英雄と呼ばれているからだ。

 

 前大戦後エドガー・ブランデルを筆頭にプラントから英雄と呼ばれた者達の多くが出奔してしまった。

 

 その事に焦った当時の臨時最高評議会は少しでもプラント市民の不安を和らげる為、プロパガンダとして彼らを新たな若き英雄であると大々的に報じたのである。

 

 正直なところディアッカ、ニコル共に勘弁して欲しかった訳だが、当時の状況を考えると嫌とは言えなかったのだ。

 

 ナスカ級のブリッジからユニウスセブンの眺めていたディアッカはその大きさに思わず呟く。

 

 「改めて見ると、デカイな」

 

 モニターで話をしていたニコルは思わず苦笑した。

 

 《……ディアッカ、僕達同じ様な場所に住んでるんですから当たり前ですよ》

 

 「それは分かってるよ。ただ今回あれを砕けって命令がどれだけ大変か改めて認識したってだけだ」

 

 《気持ちは分かりますけどね。とにかく任務を開始しましょう。僕の部隊が先行します》

 

 「了解」

 

 ナスカ級から数機のゲイツRと近接格闘戦用のスラッシュウィザードと呼ばれる装備を装着したニコルのザクファントムが『メテオブレーカー』と共にユニウスセブンに向かう。

 

 『メテオブレーカー』とは元々資源衛星として運ばれてきた小惑星などを砕くために使用されていたものだ。

 

 無重力下においてドリルで隕石中に潜り込み,爆薬で内部から破砕する事が出来る。

 

 これを数基使用してユニウスセブンを細かく砕くというのが今回の大まかな作戦であった。

 

 確かにディアッカの言う通りかなりの大きさを誇るユニウスセブンを砕く作業は大変だろう。

 

 しかし誰もが無理だとは思っていなかった。

 

 このままメテオブレーカーを使用すればユニウスセブンを破砕する事は問題無い。

 

 少なくともこの段階までは皆が疑ってもいなかったのは間違いない事であった。

 

 

 予想しえないイレギュラーが起こるまでは―――

 

 

 ニコルの部隊が地面に降り立ちメテオブレーカーを設置し、起動させようと操作を進める。

 

 しかしゲイツRのパイロットがスイッチを入た瞬間、いきなり放たれた閃光に貫かれ、メテオブレーカーも破壊されてしまう。

 

 「なッ!?」

 

 さらに部隊に向けビームが連続で撃ち込まれ、次々と味方のモビルスーツが撃墜されていく。

 

 「くっ、いったい何が!?」

 

 ニコルは想定外の自体に驚きながらも攻撃を仕掛けてきた者達を見てさらに驚愕した。

 

 ライフルを構えて攻撃を加えて来たモビルスーツは自分達にとって馴染み深い機体―――黒く塗装されたジンだったのだ。

 

 「一体どこの機体!?」

 

 ニコルは襲いかかってくるジンに向け肩のガトリング砲で牽制しながら、ビームアックスを構えた。

 

 スラッシュウィザードの主武装であるビームアックスは柄が折り畳み式になっており、柄が伸びるとハルバードのような形態になる武器である。

 

 ニコルは柄の伸びたビームアックスを構え、ゲイツRに襲いかかるジンを斬り払いながら部隊に指示を飛ばす。

 

 「全機、一旦下がって!」

 

 現在ゲイツはRは破砕作業の為に武器を所持しておらず、今襲われたら一巻の終わりである。

 

 《ニコル、ゲイツのライフルを射出するぞ! メテオブレーカーをやらせるなよ。すぐ俺も出る!》

 

 「出来るだけ急いでください。僕一機だけでは……」

 

 敵に対して対応可能なのはニコルのみであり、しかもジンに搭乗しているパイロット達は全員がかなりの手錬れ。

 

 これではいつまでも持ち堪える事は難しい。

 

 二コルは募る焦りを抑えながら、味方の増援が駆けつけてくるまでの時間を稼ぐ為、敵に向けてビームアックスを振るい続けた。

 

 

 

 

 奮闘を続けるザフトの部隊。

 

 しかし現状は襲撃者であるジンによって押されている。

 

 そんな彼らの現状は襲撃してきたパイロット達も理解できていた。

 

 機体を思い通りに操りゲイツを蹂躙していくサトーはあまりの手応えの無さに侮蔑したように吐き捨てる。

 

 「ヒヨッコ共が消えろ!!」

 

 ナスカ級から射出されたライフルを受けとったゲイツRがこちらに狙いを定めてビームライフルを連射してくる。

 

 しかしそんなものは当たらないとビームをいともたやすく回避、日本刀のような形状の斬機刀を引き抜きゲイツRの胴体を真っ二つに斬り裂いた。

 

 サトー達が搭乗しているジンハイマニューバ2型はスラスターを強化。

 

 バーニアを増設して機動性を高め、さらにその機動性を活かす為に近接戦闘に有利なビームカービンや刀状の斬機刀を装備している。

 

 これによりパイロットの技量次第ではゲイツやザクといった次世代機とも互角に戦う事が出来る機体として仕上がっていた。

 

 サトーを含めこの機体に搭乗している者達は全員が前大戦時、最前線で、そして昨今起こった『月面紛争』を戦い抜いた猛者ばかりだ。

 

 未熟な新兵になど後れ取る事などあり得ない。

 

 ジンハイマニューバ2型の性能を完全に引き出し、迎撃してくるゲイツ達を宇宙の残骸に変えながらサトーは叫ぶ。

 

 「我らの悲願を邪魔などさせんわ!!」

 

 彼の言葉に答える様にジンの振るう横なぎの一撃がゲイツを斬り裂いていく。

 

 当然敵もまた黙っている訳ではなかったが、サトー達にとっては甘すぎる。

 

 このような連中に、今の偽善の世界に浸る腑抜け共に自分達は止められない。

 

 「このままでは破砕作業に移れない!」

 

 ニコルは袈裟懸けに振るわれたジンの斬機刀をアックスの柄で止め上に弾き、下から刃を振り上げ、敵を撃破する。

 

 しかし数の違いは歴然。

 

 一機で奮戦しているニコルだけではあまりに不利である。

 

 しかもメテオブレーカーを守りながらでは―――

 

 そこにようやく増援のモビルスーツが駆けつけてきた。

 

 ディアッカの乗るガナーウィザード装備のザクファントムがオルトロスを構えてジン達を牽制しながら接近してくる。

 

 「ニコル、待たせたな」

 

 「助かりました」

 

 「エリアスが来てれば多少は楽なんだけどな」

 

 「仕方ないですよ。こんな事になるとは思ってませんでしたから。それにもうすぐミネルバも来ます」

 

 それまでは自分達だけでこの局面を乗り切らねばならない。

 

 「まあ、やるしかないか!」

 

 オルトロスの一撃でジンを薙ぎ払ったディアッカは気合いを入れる。

 

 ここで好きにさせる訳にはいかないのだから。

 

 しかしそんなディアッカの決意をあざ笑うかのように事態はさらに悪い方向に進んでいく。

 

 所属不明のジン達を迎撃するゲイツが別方向から現れた敵に薙ぎ払われた。

 

 「なんだ!?」

 

 「敵の増援!?」

 

 ニコルの答えは半分正解で半分外れであった。

 

 確かに攻撃を仕掛けてきた以上、敵である事は変わらないだろう。

 

 間違いがあるとすれば敵の所属だった。

 

 何故ならゲイツだけでなくジンもまた撃破されていたからである。

 

 攻撃を仕掛けてきた敵機を照合するとその結果に思わず頭を抱えそうになった。

 

 「カオスにアビスか!?」

 

 別方向から戦域に近づいてくるのはミネルバが追っていたカオスとアビス、そして襲撃してきたストライクEだった。

 

 「アーモリーワンで強奪された機体が何故こんな場所に? それにストライクまで……」

 

 何故あの機体がここにいるのか?

 

 いや、たとえどのような理由で現れたにせよ、状況としては最悪である。

 

 このまま戦闘が続けばユニウスセブンの破砕作業が間に合わない可能性が出てくる。

 

 「くそ!!」

 

 ディアッカはアックスを振るいジンを斬り裂くニコルをオルトロスで援護しながら苛立ちを抑える様に吐き捨てた。

 

 そんなザフトの機体同士が戦うある意味で奇妙な戦場に辿り着いたスウェンは後ろから付いてくるカオスとアビスに視線を向けた。

 

 「ステラはお留守番かよ。僕らの仕事が増えるじゃんか」

 

 「ぼやくなよ」

 

 「……スティング、アウル、気を抜くな」

 

 「分かってるって」

 

 前回のデブリ戦で大きく傷ついたガイアは戦闘を行うにはリスクが高いと判断され出撃を見送られた。

 

 さらにカオスも万全な状態とは言いがたく、機動兵装ポッドの一つは撃破され損失している。

 

 つまり現在万全な状態で戦える機体はアビスのみという事になる。

 

 こんな状態で戦闘とは無茶ともいえるかもしれないが、今回はあくまでも情報収集がメインである。

 

 無理さえしなければ問題ないだろう。

 

 「行くぞ」

 

 「「了解」」

 

 スウェンはビームライフルショーティ―を構えると戦闘を行っているジンとゲイツRに対して攻撃を開始した。

 

 放ったビームはゲイツRに直撃して撃破するものの、ジンは回避して反撃してくる。

 

 その動きをみるだけでもゲイツRとジンのパイロットの錬度の差は明らかだった。

 

 「……厄介なのはジンの方だな。二人ともジンの方が技量も高い。注意しろ」

 

 スティングとアウルに注意を促しながら再びビームライフルショーティーを撃ち込みジンの進路を誘導する。

 

 そして反対方向から回り込んだカオスのビームサーベルが敵機を横薙ぎに斬り裂いた。

 

 「分かってるって」

 

 「こんな奴らに負けるかよ」

 

 アウルはジンからの反撃をいともたやすく回避するとお返しとばかりに三連装ビーム砲を撃ち込み、それに続くようにスティングもまたモビルアーマー形態に変形するとカリドゥス改複相ビーム砲でゲイツを薙ぎ払う。

 

 まさに捕食者の蹂躙。

 

 三機の圧倒的な力の晒された機体は成す術も無く撃破され、ただ無残な残骸を晒してゆく。

 

 「弱い、弱い!!」

 

 「あまり調子に乗るなよ、アウル」

 

 スティングもアウルも笑みを浮かべると小気味良く機体を加速させ、次の標的を狙おうと銃口を向けた。

 

 だがターゲットであるゲイツRをロックしトリガーを引こうとした時、思いもかけない方向からの攻撃に晒される。

 

 「なんだよ!?」

 

 「新手か!?」

 

 カオス、アビスは連続で撃ち込まれるビームをスラスターで振り切ろうとする。

 

 だがこちらの思考を読んでいるのではと錯覚するほどの正確な射撃に翻弄されてしまう。

 

 これほどの技量、並のパイロットではない。

 

 スウェンの知る限りにおいてこれだけの力を持った相手は一機のみ。

 

 「……奴か」

 

 スウェンが確信した通り、視線の先にいたのはデブリで刃を交えた相手エクリプス。

 

 「デブリにいたストライクか」

 

 アレンは状況をすばやく確認する為、ミネルバのメンバー達よりも急ぎ先行してユニウスセブンに到達していた。

 

 こいつらの暴れぶりからするとどうやらその判断は間違っていなかったらしい。

 

 「これ以上好きにはさせない」

 

 アレンは現在装備している武装のチェックを素早く済ませる。

 

 エクリプスは前回と背中の武装が違っており、現在装備しているのは高エネルギービーム砲『サーベラス』と対艦刀『エッケザックス』である。

 

 アレンは強奪された機体とストライクの姿を鋭い視線で睨みつけ、そして同時に展開しているジン達にも視線をむける。

 

 普段は冷静な彼とは違い、確かな怒りが込められていた。

 

 「悪いが今お前達に用はない。他にやるべき事があるんだよ」

 

 アレンはエッケザックスを構えるとスラスターを吹かして一気に斬り込む。

 

 そんなエクリプスの動きに一瞬虚を突かれたアウルは反応が遅れた。

 

 一瞬出来た隙に振り抜かれた斬撃がアビスの左足をたやすく斬り飛ばした。

 

 「ぐっ、こいつ!」

 

 堪らず距離を取りながら胸部のカリドゥス複相ビーム砲をエクリプスに叩き込む。

 

 だが射線を見切られ、掠める事もできない。

 

 「この野郎!!」

 

 見かねたスティングが機動兵装ポッドのミサイルを放ちアビスを援護する。

 

 しかし背中に装備『サーベラス』の砲口から凄まじい閃光が放たれミサイルごと消し飛ばした。

 

 「甘い!」

 

 アレンはミサイルの爆煙に紛れて肉薄、エッケザックスを横薙ぎに振り抜いてカオスの右腕をビームライフルごと叩き斬った。

 

 「何だと!?」

 

 「やはり、強い」

 

 スウェンはビームライフルショーティーを撃ち込みながらエクリプスとカオス達の間に立ちふさがる。

 

 「やっぱりこいつだけは別格か」

 

 アレンも前回の戦闘でスウェンが手強い相手である事は重々承知している。

 

 スウェンだけではない。

 

 損傷を与えたとはいえ残り二機も戦闘継続は可能であり、さらに強力な火力も持っている。

 

 だからこそ破砕作業を進める上で脅威となる彼らをここで討ち倒す事が重要になるのだ。

 

 そして何よりも―――

 

 「……テロって嫌いなんだよ」

 

 アレンは冷たい口調で呟くと目の前に立つストライクEとの戦闘に突入した。

 

 

 

 

 ミネルバから発進したマユ達はアレンより幾ばくか遅れてようやくユニウスセブン付近にまで辿り着いていた。

 

 出撃前から先行した部隊と正体不明の相手が交戦状態である事は聞いている。

 

 しかしそれでもシン達は思わず驚愕してしまった。

 

 交戦していた相手は自分達にも馴染みのある機体だったからだ。

 

 「ジン!? いったいどこの!?」

 

 「不明だ。だがやる事は変わらない」

 

 レイはいつもと変わらない冷静な口調で事実だけを言うと誘導ミサイルとビーム突撃銃で攻撃を仕掛けてきた敵機を撃墜する。

 

 「レイの言う通りだよ。シン、ルナ、私達も破砕作業を邪魔させないように援護を。……それからマユ、ちゃん、こんな事になっちゃったけどこっちでも援護するから」

 

 セリスの気遣う声にマユは自然と笑みが零れる。

 

 あの部屋での失言の際も彼女だけは怒っていた。

 

 ザフトにもこんな人がいるのだと、どこかで安堵しながらマユは返事を返した。

 

 「お気づかいありがとうございます。私は大丈夫です」

 

 「……うん。じゃあ行きましょう」

 

 レイの後を追うようにシン達もまた戦闘に参戦する。

 

 シンはセリスと連携を組みゲイツを狙うジンを引き離すように牽制、狙いをつけたルナマリアがオルトロスで撃ち落とした。

 

 「ナイス、ルナ!」

 

 「調子いいな!」

 

 「あんた達ねぇ! 私だっていつまでも射撃が苦手って訳じゃないんだからね!!」

 

 完璧な連携でジンを撃破していく。

 

 そんな彼らを尻目にマユはビームトマホークを抜き、すれ違い様にジンの胴体を真っ二つに斬り裂いた。

 

 さらに背後から狙っていた敵機をビーム突撃銃で撃ち抜く。

 

 その鮮やかとも言える腕前にシン達も驚愕を隠せない。

 

 アーモリーワンの戦闘からもマユの技量の高さは認識していたが目の前で見せ付けられると実力の違いは歴然としていた。

 

 「シンの妹ちゃん、凄いじゃない」

 

 「うん、デブリで戦った紅い機体のパイロットと比べても遜色ないよね」

 

 これだけの技量を身につけるまでにどれ程の修羅場を潜ってきたのだろうか。

 

 どこかやるせない気分でザクの動きを見ていたシンにレイからの檄が飛ぶ。

 

 「シン、呆けている場合じゃないぞ」

 

 「あ、ああ。分かってる!」

 

 そう、自分はもう失わない為に力を得た。

 

 インパルスは、自分が求めた力はその為のものの筈だ。

 

 マユが戦場で身を晒し命を掛けて戦っているのなら自分が守る。

 

 シンはレイの言葉に我に返るとマユを援護する為にインパルスを加速させザクの方に向かわせた。

 

 

 

 

 

 戦闘が開始されたユニウスセブンの様子はミネルバでも確認されていた。

 

 ボギーワン出現も頭の痛い話だがそれ以上に不味いのはあのジン達である。

 

 「状況から察するに彼らがこの騒ぎの元凶でしょうね」

 

 「えぇぇ!?」

 

 アイラの発言にアーサーが声を上げるが、彼女の言う事は正しい。

 

 現状においてはそう判断するしかない。

 

 ジンはザフトが作り上げた機体である事は誰もが知るところ。

 

 この事が露見すれば連合が追求してくる事は避けられず、再び戦争の火種ともなりかねない。

 

 だからこそユニウスセブンを落とさせる訳にはいかないのだ。

 

 今はカオスとアビスはアレンのエクリプスが抑えている。

 

 だが先行部隊は他のジン達に押されている状態であり、破砕作業も思うように進んでいない。

 

 その戦闘を確認しながらタリアは後ろに座るデュランダルに問いかけた。

 

 「議長は現時点でボギーワンをどう判断されていますか? ただの海賊と? それとも地球軍?」

 

 その問いに対する答えは誰もがある程度予測しながらもあえてこれまで出してこなかったものだ。

 

 「難しいな……私は地球軍とはしたくなかったのだが」

 

 「どんな火種になるか分かりませんものね」

 

 機体が奪取された時点で断定してしまえばそれこそ戦争になっていた可能性は高い。

 

 だからこそ議長も、そして他の皆が考えながらも口にしなかったのだ。

 

 「しかしこの状況ではそうも言ってられんな」

 

 「彼らが地球軍、もしくはそれに準ずる部隊であるならこの場での戦闘はなんの意味もありません」

 

 彼らが撤退してくれるならばこの混乱した状況を少しでも好転させられるだろう。

 

 最悪の想定として考えるならば―――

 

 「我々があのジン部隊を庇っていると受け止められかねないか」

 

 「そんな!?」

 

 「仕方がないわ、アーサー。もしもあの機体がダガーなら、あなたも地球軍の関与を疑うでしょう?」

 

 その通り。

 

 そしてあの機体がジンであるという事実こそが今最も懸念される事だった。

 

 「ボギーワンとコンタクトが取れるか?」

 

 「国際救難チャンネルを使えば」

 

 「頼む。我々はユニウスセブン落下阻止の為に破砕作業を行っているのだと」

 

 「はい」

 

 自分達の立場を明確にしておく。

 

 そして協力はできないまでも、戦闘を停止してくれるなら少しは状況も良くなるだろう。

 

 しかしそんな彼らの考えも虚しくさらに状況は混乱していくことになる。

 

 

 

 

 ユニウスセブンの動きに合わせて母艦と共に動いていたパトリックはその戦闘を忌々しそうに見ながら指示を飛ばした。

 

 「愚か者共が。これ以上邪魔などさせるか! 第二部隊を動かせ!」

 

 「了解!」

 

 ナスカ級のブリッジでパトリックが憎悪の笑みを浮かべる。

 

 同じ頃ユニウスセブンに先行していた部隊がメテオブレーカーを地表に設置し、起動作業に掛かろうとしていた。

 

 しかし再び放たれたビームが作業に入ろうとしたゲイツを吹き飛ばした。

 

 「なんだ!?」

 

 「さらに増援!?」

 

 部隊の指揮を執っていたディアッカ達の視界に映っていたのは数機のモビルスーツ達。

 

 この期に及んでさらなる増援と奇襲に全員が歯噛みする。

 

 しかしそんな憤りも機体を見た瞬間に驚愕に変わった。

 

 その機体を見たマユは自分でも気がつかないうちに操縦桿を強く握りしめていた。

 

 一つ目を持つ特徴的な造形。

 

 忘れられる筈も無い。

 

 「……シグルド」

 

 それはマユにとって最も忌まわしい機体。

 

 特務隊専用機ZGMF-F100『シグルド』であった。

 

 シグルドを見たザフトの兵士達は息を飲む。

 

 誰も今回はどこの部隊かなどとは言わない。

 

 何故ならシグルドは今現在どの部隊にも配備されていない機体だからだ。

 

 シグルドだけではない。

 

 前大戦において使用されていたFシリーズは例外なくすべてのデータが凍結されている。

 

 理由は簡単でFシリーズ自体がパトリック・ザラが推し進めた計画であり、象徴ともいえるからである。

 

 評議会はようやく落ち着きを取り戻したザフトにおいてパトリックの影響が残っているFシリーズを使用したくなかったのだ。

 

 それがこんな形で、しかも敵として現れるとは皮肉な話であった。

 

 同時に疑問も出る。

 

 どこからあんなものを用意したのか?

 

 そしてシグルドはその性能の高さゆえに、特務隊に選出されるような優秀なパイロットでなければ扱いきれる機体ではない。

 

 高性能故にあまり量産機としては適さない機体でもあるのだ。

 

 だが襲撃してきたパイロット達は苦も無く機体を操っている。

 

 それはつまり扱いやすいように機体に改修が施されている可能性が高い事を示していた。

 

 シグルドは迎撃に向かって来たゲイツをいとも簡単にビームクロウで斬り裂き、腹部の複列位相砲エネルギー砲『ヒュドラ』で薙ぎ払っていく。

 

 「これ以上はやらせません!!」

 

 シグルドの猛攻を見たマユはすかさず前に出るとビーム突撃銃で牽制しながらビームトマホークで斬り込む。

 

 上段から袈裟懸け振るった斬撃をシグルドはシールドで受け止め、ビームクロウで斬り返してきた。

 

 マユは光爪を肩に装備されたシールドで止め、相手と同時に弾け飛ぶ。

 

 流石にシグルドの性能は高く、ザクにも引けを取らないらしい。

 

 しかし今の攻防で分かった事もある。

 

 「このパワーはバッテリー機?」

 

 以前特務隊が搭乗していた機体は核動力が使用されていた。

 

 だが目の前で相対している機体はそこまでのパワーはない。

 

 もし核動力機ならばいかに最新型のザクといえども簡単に押し返されてしまった筈だ。

 

 「マユ!!」

 

 駆けつけてきたインパルスがビームライフルを放ちながらシグルドを引き離すとザクと背中合わせに周囲を警戒する。

 

 「大丈夫か!?」

 

 「ええ、ありがとうございます」

 

 まだお互いに話して無い事も多くあり、わだかまりは残っているが今は戦闘中だ。

 

 これ以上破砕作業を邪魔させる訳にもいかない。

 

 「行きます!」

 

 「ああ!」

 

 インパルスとザクは向ってくるシグルドを迎え撃つために武器を構えた。

 

 

 

 

 ディアッカは動き回る味方機には当てないよう気を配りながら、戦場の様子を見渡す。

 

 別方向からの思わぬ奇襲に混乱していた戦場も各機の奮戦により何とか立て直そうとしている。

 

 反面作業の方は遅々として進まず、タイムリミットが徐々に迫っていた。

 

 「くそ!」

 

 「不味いですね。このままでは!」

 

 息のあった連携でディアッカのビームを避けたジンをニコルがビームアックスで袈裟懸けに斬り裂きながら、作業部隊の方に気を配る。

 

 だが敵の襲撃の為かメテオブレーカーの設置にすら手間取っているというのが実情だった。

 

 せめてもう少し戦力があれば違ってくるのだが―――

 

 そんな二人の願いが届いたのか、状況を好転させるべく援軍が駆けつけてきた。

 

 白亜の戦艦。

 

 中立同盟所属の戦艦『オーディン』がユニウスセブンにようやく到着したのである。

 

 横にはオーブ軍の戦艦『イザナギ』

 

 さらに後方にはテタルトスの戦艦クレオストラトスとエターナルが追随していた。

 

 「思ったよりも時間がかかったな」

 

 テタルトス軍と合流する為に迂回した所為で時間がかかってしまった。

 

 だが現地で合流という選択ではザフトとの関係を考えると余計に事態を混乱させかねない為にやむ負えない。

 

 艦長であるテレサ・アルミラ大佐はミネルバに通信を開く。

 

 「こちらは中立同盟軍所属の戦艦オーディン。艦長のテレサ・アルミラ大佐です。これよりわが軍はザフト軍のユニウスセブン破砕作業の支援に入ります」

 

 《ミネルバ艦長タリア・グラディスです。援護感謝いたします》

 

 同時にミネルバから自軍の識別情報が送られてくる。

 

 これは敵が使っているモビルスーツの中にはザフトが使用している機体も存在する為に誤射しないようにという配慮だった。

 

 「それから後方のテタルトス軍も破砕作業の支援に来ています。貴国との関係は分かっていますがこういう事態ですので―――」

 

 《それについても了解しています》

 

 「助かります」

 

 《それからもう一つ。現在我が艦にアイラ・アルムフェルト王女がご乗船されています》

 

 「は?」

 

 思わぬ事を聞かされたテレサは思わず変な声を出してしまった。

 

 彼女が何故ザフトの艦にいるのか?

 

 そんな疑問に答える様にアイラがモニター前に現れた。

 

 《アルミラ大佐、詳しい話をしている暇はありません。急ぎザフトの支援を開始しなさい。私の事は心配いりません》

 

 「……了解しました!」

 

 通信が切れると同時にホッとため息をついた。

 

 正直話の分かる艦長で助かった。

 

 もしもテタルトスとの関係で揉める事になったなら破砕作業どころではない。

 

 そもそもテタルトスとプラントの関係は知っているだろうに。

 

 事前の根回しくらいはして欲しいものである。

 

 テレサは合同作戦など面倒な命令を寄こした上の連中を軽く恨みながら指示を飛ばした。

 

 「ジュール隊出撃! 各機ザフトを支援せよ!」

 

 オーディンのハッチが開くと格納庫からカタパルトに運ばれたモビルスーツが次々と出撃してゆく。

 

 飛び出して行った機体はスカンジナビアの新型主力量産機だった。

 

 STA-S3『ヘルヴォル』

 

 前大戦において戦果を上げたスウェアのデータを基に開発された機体である。

 

 武装は基本的なビーム兵装とミサイルポッドやバズーカ砲、ビームランチャー。

 

 砲撃戦寄りの武器を装備しているが近接戦も十分対応できる機体であり、高い性能を有している。

 

 そしてもう一機、ヘルヴォルとは違う機体が出撃しようとしていた。

 

 《ジュール、頼むぞ》

 

 「了解。イザーク・ジュール、『アルヴィト』出るぞ!」

 

 イザークが搭乗している機体はスカンジナビアの新型量産機。

 

 STA-S4『アルヴィト』であった。

 

 この機体とヘルヴォルの違いは、近接戦闘を主眼においた装備をしている事だが、射撃戦も十分にこなせる。

 

 武装は腰にはグラムを改良した量産型の斬艦刀『リジル』、腕にはビームガトリング砲に背中にレール砲『タスラム』を装備、さらにはレーダー機能を強化されている。

 

 主に指揮官機として使用される事を前提に開発された機体である。

 

 オーディンから出撃したモビルスーツ達に後れを取らないようにイザナギからもモビルスーツが発進していった。

 

 出撃した機体は従来のアストレイとムラサメだけではない。

 

 明らかに違う二種類のモビルスーツも戦場に姿を見せていた。

 

 MBF-M1α『アドヴァンスアストレイ』

 

 MVF-M13A『ナガミツ』の二機である。

 

 アドヴァンスアストレイはAA(ダブルエー)の略称で呼ばれ、その名の通りM1アストレイに改良されたアドヴァンスアーマーを装備させた機体である。

 

 そしてもう一機の『ナガミツ』はムラサメに比べ、火力、機動力を強化した機体だった。

 

 「全機、ザフト軍を援護せよ!」

 

 「「了解!!」」

 

 イザークの指示に従い各機が連携を取りながら破砕作業を妨害するモビルスーツに攻撃を仕掛けていった。

 

 

 

 

 

 「指揮しているのはイザークか。流石だな」

 

 クレオストラトスのブリッジでかつての同僚の手並みを感心したように見つめるアレックス。

 

 そこで戦場の全体図を見て若干の違和感を覚えた。

 

 「少佐、我々は?」

 

 自分の迷いが味方を殺す事すらあり得るのだ。

 

 言いようの無い違和感を覚えながら、黙っていても仕方が無いとアレックスはすぐさま決断する。

 

 「……俺が出ます。他の機体も出してください。ただエターナルの部隊は念の為に待機を」

 

 アレックスの指示にバルトフェルドは怪訝そうに問いを投げた。

 

 《どうした?》

 

 「……バルトフェルド中佐には敵の母艦が近くにないか探って欲しいのです」

 

 彼らをこれまで追って来たアレックスには気になっている事があった。

 

 それは襲撃者達の移動速度である。

 

 デブリからここまで辿り着き、この騒ぎを起こすには明らかに速度が速すぎる。

 

 という事は彼らを運んだ母艦がある筈だ。

 

 《確かにそれは気になっていたが、てっきりセレネが心配だからかと思ったけどね》

 

 軽い口調で言うバルトフェルドにアレックスは思わず苦笑した。

 

 こんな時まで軽口が聞ける彼は大した大物である。

 

 だがおかげで肩の力は抜けた。

 

 もしかすると気遣ってくれたのかもしれないとバルトフェルドに感謝しながら返事を返した。

 

 「公私混同はしませんよ。後は頼みます」

 

 《了解だ》

 

 アレックスのガーネットに率いられテタルトスもまた混沌の戦場に突入していった。

 

 

 

 

 

 メテオブレーカーを使用したザフトのユニウスセブン破砕作業は佳境に入っていた。

 

 戦況も味方の増援と共に戦況を立て直したザフト、同盟、テタルトスの方が優勢になっている。

 

 そんな様子をモビルスーツのコックピットで眺めていたカースはつまらなそうに呟いた。

 

 「……予定調和か」

 

 ほとんど予定通りだった。

 

 もうじきメテオブレーカーによって破壊されたユニウスセブンは分断されていくだろう。

 

 いかにパトリック達が妨害しようともあれだけの戦力が集まってはどうしようもあるまい。

 

 そして彼らの母艦が発見されるのも時間の問題。

 

 そうなれば今度こそ逃げきれず、パトリック・ザラも終わりだ。

 

 この時点でカースの目的は達している。

 

 ここまでユニウスセブンが地球に近づいた以上どれだけ砕こうが大なり小なり確実に被害は出る。

 

 もはや避ける術は無いのだ。

 

 だが、それでも若干味気ない気もする。

 

 カースは戦場を眺めるとニヤリと不吉な笑みを浮かべた。

 

 「そうだな……もう少し楽しませてもらおうか」

 

 カースが指示を出すと同時に背後にいたモビルスーツ達が動き出した。

 

 それを見届けると自分もまた戦場に向かうためにスラスターを使って機体を加速させる。

 

 

 ユニウスセブンを巡る戦いは最終局面に突入しようとしていた。




機体紹介更新しました。

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