そうか。人間である以上、休暇は必要なのか。
イノベイドであるためか、肉体の一部がサイボーグだからか、休暇をいう概念を失念していたグラーベはそう思った。
日本に滞在する前は、ユーノの監視を含めた身の回りの手伝いをするだけだ。仕事の様で、休暇のような毎日が続いていた。
そのため、アルバイトには休暇が必要と言われて、暇をもらったのはいいが、何せ、することがない。
ユーノは用事があるとかで、数日まえから出かけているためだ。
ヴェーダの命令通りなら、俺も行くべきなのだろう。しかし、ヴェーダに報告を入れても、翠屋のアルバイトを継続すべし、とお達しが来た。
「なら、
月村家のご令嬢、月村霞嬢から招待された。
彼女の家は中心からだいぶ離れたところにある。
資産家でもあるため、広大な敷地内だった。
家すら見えない大きな門でベルを鳴らす。
インターフォンから女性の声が聞こえた。
『いらっしゃいませ。ユイ様、グラーベ様。そちらに車を回しますので少々お待ちください』
「は~い! 待ってまーす!」
一緒に招かれたユイは、元気に答えた。
数分もしないうちに、黒いリムジンが門の向こう側から現れ、門が自動的に開いた。
車が止まり、運転席から出てきたのは執事だった。
立派なカイゼル髭を蓄えた老紳士で、一見、執事のテンプレを地でいくような外見とネーミングをしている。
その執事が二人を中に入れた。
「お待たせいたしました。どうぞ、お乗りください」
「おじゃましまーす」
「失礼します」
綺麗に整備された並木の中心を車が走る。
グラーベは車の窓から見える景色を眺めていた。その並木の所々に監視カメラが通っていることに気が付いた。それだけではない。周辺を飛んでいる鳥もよく出来た機械だった。彼がイノベイドだからこそ、なせる
地元では有名な資産家だから、地元の人間は無断で入ろうとはしないだろう。だが、無知な人間がいれば、イタイ目に合うのは目に見えていた。
これは、知らずに入ったら、後が大変だな。
「お茶会は月に一度、身内やお友達を誘って開くんですよ~」
対面式の座席の向こう側に座るユイに話しかけられ、視線を移す。
「そうなのか・・・いいのか? 会って間もない俺を大切なお茶会の席に誘って」
明らかに要人が開くお茶会のようにも見える。
彼女は俺の言いたいことがわり、笑って答えた。
「大丈夫です。VIPが使うようなお茶会じゃ、ありませんから」
「そうか。それを聞いて安心した」
俺は少しだけ肩の力を抜いた。
月村家は「家」というより「屋敷」に近かった。
レトロな作りの屋敷で、時代を感じる。それでも、日ごろから手入れの行き届いた室内は豪華だった。
玄関ホールに通され、数人のメイドに出迎えられた。
「ようこそお越しくださいました」
「お招きに預かりました」
「メイド長のノエルです」と名乗った彼女はお辞儀した。
それに
しかし、堅苦しい形式はそこまで。
今度は、打って変わって、友達に会うような柔らかい表情であいさつを交わす。
「おじゃまします! ノエルさん」
「はい。いらっしゃいませ。ユイ様。グラーベ様」
「おじゃまします」
他のメイドは礼をして、そそくさと持ち場に戻る。
彼女の案内で、温室に通された。
日の光が十分に入る温室の中央に噴水が置かれ、まわりを囲むように植物が植えてある。
見事にきれいな温室だった。
噴水の傍に立ち、二人を待つ霞嬢は、まさしく温室育ちのお嬢様と呼べるだろう。
霞嬢の傍らに藍髪のノエルによく似たメイドが付き添っている。
白い丸テーブルにはティーカップやポット、ケーキやスコーンが乗ったアフタヌーンセットが用意されていた。
質の良い紅茶の香りと、季節にそぐわない春の花の香りが、心地よく鼻をくすぐる。
「今回は旧ヨーロッパ風のお茶会にしてみたの、どう?」
「うん。すっごく、おいしい。翠屋でも、こういうお菓子、作ってみようかな?」
友人同士の微笑ましい会話に舌つづみしながら、ユイが絶賛する洋菓子を食べてみる。
確かに、甘酸っぱさと丁度良い甘さが絡み合って、しつこくなくていい。
「グラーベさんはどう、思いますか?」
一口食べたところを見計らい、霞が感想を聞いてくる。
「ああ・・・甘酸っぱさが効いて、甘さがしつこくなくていい。店の雰囲気を考えれば、メインメニューとして店に出すのには抵抗があるだろうが、期間限定菓子にすれば、売れると考える」
「あくまで、個人の感想だ」と付け足した。
ふむふむと聞いていたユイや、期待のこもった目を向ける霞嬢は俺の答えに満足そうに頷いた。
「やっぱり! すごいです! グラーベさん」
何がだ? と傾げる。
「ええ、本当に。お菓子の感想だけでなく、お店の事も考えているなんて」
2人はすごい!とグラーベを褒める。
事実をそのまま述べただけ。そうグラーベは考えていた。それなのに、予想以上に褒める二人にグラーベはどうして、そこまで褒めるのかと、思考がお菓子から、人の観察へと移り変わっていた。
その人間観察も別の人の気配を感じ取り、思考が切り替わった。
「本当に、良く考えてるんだなぁ」
「
突然現れた初老の女性に霞嬢は声を上げた。
「叔母様と呼ぶなと何度言えばわかる」と叔母様と呼んだ霞嬢の頬をクニクニと引っ張る。「はひ、ごめんなさい。雫さん」涙目になりながら、霞嬢は謝った。
「雫さん、こんにちは! オジャマしてます!」
ユイは元気にあいさつした。
「いらっしゃい。そちらの方とは、初見だね。私は月村
握手を求められたので、席を立って握手をした。
「こちらこそ。グラーベ・ヴィオレントです」
彼女の手は初老の手とは似つかない手をしていた。皺が目立つ手だが、感触に違和感を覚える。剣道などで出来た豆が、潰れており、武術に長けた者のような手だった。
農業をしている人なら、そういう手になることもあるが、彼女は月村性だ。だとすると、彼女もご令嬢ということになる。しかし、彼女は月村家というより、高町家の雰囲気に似ていた。
そういう考えに行きつくのは、先入観だろうか?
グラーベは、つい、霞嬢と雫さんの顔を見比べてしまった。
「似てないかい?」
「いいえ、似てる部分もあります」
顔とか見た目がということではなく、芯の通ったところ、つまり内側が良く似ていると。そう答えたら、雫に大笑いされた。
「あはははは!・・・・そうかい、そうかい! よかったねぇ。霞。似てない、似てないって言われていたから」
「嬉しいですけど、なんだか、複雑です」
いつもは似ていないと言われる彼女は、いざ、似ていると言われると、雫さんのあれこれを考えると、複雑な気分になった。
「あんた、良い目をしているよ!」
「ありがとうございます」
グラーベは素直に受け取ることにした。
お茶会は雫さんも含めて続けられた。
「そうか、アンタはユーノさんとこの子だったんだね」
「はい。今は、翠屋にお世話になっています」
「寝床はどうしてる?」
「高町家にお世話になっています。シュテルさんからの勧めもあって」
「そうか、その方がいい。 今はなにかと、物騒だからね」
子供は子供同士、大人は大人同士の会話が続けられた。たまに、お互いに混ざりあったりしている。
「エネルギー問題で、ですか?」
霞嬢が雫さんに聞いた。
「そうだねぇ。最近は、えらく騒がれているからね。日本にはその影響が表だって出てきていないけど、貧相地域は、目に見えるほどでているからね」
「昨日の授業で習いました。深刻化してるって」
ユイも雫さんの言葉に頷いた。
「でも、新しいエネルギー開発もされているんですよね?」
ユイは深刻そうな表情で雫さんに聞いた。
「新しいエネルギーとして、太陽光発電の開発が進められてるね」
「太陽光発電?」
ユイは首を傾げた。太陽光を利用したエネルギーなら、すでに行われている。なのに、「新しい」とはどういうことなのだろう?と
「イオリア・シュヘンベルグが提唱した太陽光発電を基盤に、いま、プロジェクトを進めているんですよ」
霞嬢がユイの疑問符に答えた。
「イオリア?」
聞きなれない言葉に、また、傾げる。
「イオリア・シュヘンベルグという物理化学者さ。今も地上で太陽光発電をしていても、それは、微々たるものだ。天候によってもエネルギー供給量が変わってくる」
「それで、宇宙空間に太陽光パネルを設置して、安定なエネルギー確保をしようっていう話です」
「なるほどー」とユイは雫さんと霞嬢の説明に頷いた。
「でも、一筋縄でいかないのも確かだがねぇ」
雫さんは紅茶に映る自分を眺めながら、ため息をついた。
イオリア・・・
グラーベは知った名前が出てきて、内心、ドキリとした。
まさか、こんな和やかなお茶会の席で、
「じゃあ、ユーノおじ様は・・・」
「今頃、世界中を駆け巡っているところさ。靴底を減らしながらね」
ユーノの名前が出て、俺は
「ユーノが?」
「ん? 知らせていないのかい?」
俺の驚いた声に、雫さんは「だと、まずかったかねぇ」とぼやいた。
ユーノの奴・・・
俺は膝の上で拳を握りしめる。
聞いてないぞ!
「グラーベさん」
雫さんに呼ばれ、ハッと顔を上げた。
「そんな、怖い顔をしなさんな。ユーノさんだって、秘密にしたいことのひとつやふたつあるもんだよ」
雫さんは諭すようにグラーベに語った。
「人間、誰だって、知られたくない過去がある。逆に知ってほしいものもある。でも、伝えたいけど伝えられないものだってある」
そうなのだろうか。と考えてしまう。
「それを踏まえて、相手をどれだけ、信頼し、信じていられるかだ」
彼女の瞳をまっすぐ見つめた。
「それが出来たら、一人前だよ」
雫さんは期待を込めるように、そっと俺の肩に手を置いた。
相手を信じる心・・・
その言葉は俺の心に深く刻まれた。
***
夜、月村家の寝室で、雫はとある人物と電話をしていた。
「まったく、あの子に話していなかったの?」
『ごめん、ごめん。 言ったら、絶対、「付いてく」って言いそうだったもんだから』
雫は電話の相手、ユーノに文句を言って、ぷりぷりと怒っていた。
「まあ、あの様子だと、そうだろうね」
雫は昼間のグラーベの様子を思い出した。
『・・・話しちゃった?』
ユーノは恐る恐るといった感じで雫に聞いた。
「言ってないよ。言えるわけがないだろう・・・でも、別の事は言ってやった」
『別の事?』
電話の向こうで首を傾げた様子が見て取れた。
「帰ってからのお楽しみ♪」
『え~~・・・帰るの嫌になっちゃうじゃないか』
楽しげにユーノをからかう雫に、ユーノはブーブーとブーイングを送る。
「ちゃんと、無事に帰っておいでよ」
優しく雫はユーノに語りかける。
「お留守番をしている子供はね、親の無事な顔が見れるだけで、本当に嬉しいことなんだから」
『・・・』
ユーノは黙って聞いた。そして、ふっと笑うと「了解」と明るく返す。
『肝に免じておくよ』
「絶対だよ」
『うん』
返事が聞こえ、電話が切れた。
ツーツーと電子音が聞こえる受話器をそっと置く。
「はぁぁ~~~」
雫は柔らかなスプリングが効いたベッドに沈んだ。
「あのバカは本当に、いつまで経っても・・・」
雫はグラーベにあんなことを言った手前で、彼の事を信じていなかった。いや、信頼おける相手であることは理解していても、自分を
「折角の、我が家での休みも、これじゃあ、気楽に行けないねぇ」
実は雫も、彼と似たような事情で家を空けていた。今回は、ユーノと入れ違いになったらしい。
執事の名前はセバスチャン♪
月村雫は恭也と忍の娘さん。(公式)