Celestial Being   作:灰恵

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シュテル店長から、休暇を貰った。






番外編3 お茶会

そうか。人間である以上、休暇は必要なのか。

 

イノベイドであるためか、肉体の一部がサイボーグだからか、休暇をいう概念を失念していたグラーベはそう思った。

日本に滞在する前は、ユーノの監視を含めた身の回りの手伝いをするだけだ。仕事の様で、休暇のような毎日が続いていた。

そのため、アルバイトには休暇が必要と言われて、暇をもらったのはいいが、何せ、することがない。

ユーノは用事があるとかで、数日まえから出かけているためだ。

ヴェーダの命令通りなら、俺も行くべきなのだろう。しかし、ヴェーダに報告を入れても、翠屋のアルバイトを継続すべし、とお達しが来た。

 

「なら、(わたくし)の家でお茶会を開きませんか?」

 

月村家のご令嬢、月村霞嬢から招待された。

 

 

 

 

 

彼女の家は中心からだいぶ離れたところにある。

資産家でもあるため、広大な敷地内だった。

 

家すら見えない大きな門でベルを鳴らす。

インターフォンから女性の声が聞こえた。

 

『いらっしゃいませ。ユイ様、グラーベ様。そちらに車を回しますので少々お待ちください』

「は~い! 待ってまーす!」

 

一緒に招かれたユイは、元気に答えた。

数分もしないうちに、黒いリムジンが門の向こう側から現れ、門が自動的に開いた。

 

 

 

車が止まり、運転席から出てきたのは執事だった。

立派なカイゼル髭を蓄えた老紳士で、一見、執事のテンプレを地でいくような外見とネーミングをしている。

その執事が二人を中に入れた。

 

「お待たせいたしました。どうぞ、お乗りください」

「おじゃましまーす」

「失礼します」

 

 

 

 

綺麗に整備された並木の中心を車が走る。

グラーベは車の窓から見える景色を眺めていた。その並木の所々に監視カメラが通っていることに気が付いた。それだけではない。周辺を飛んでいる鳥もよく出来た機械だった。彼がイノベイドだからこそ、なせる(わざ)だ。

地元では有名な資産家だから、地元の人間は無断で入ろうとはしないだろう。だが、無知な人間がいれば、イタイ目に合うのは目に見えていた。

 

これは、知らずに入ったら、後が大変だな。

 

「お茶会は月に一度、身内やお友達を誘って開くんですよ~」

 

対面式の座席の向こう側に座るユイに話しかけられ、視線を移す。

 

「そうなのか・・・いいのか? 会って間もない俺を大切なお茶会の席に誘って」

 

明らかに要人が開くお茶会のようにも見える。

彼女は俺の言いたいことがわり、笑って答えた。

 

「大丈夫です。VIPが使うようなお茶会じゃ、ありませんから」

「そうか。それを聞いて安心した」

 

俺は少しだけ肩の力を抜いた。

 

 

 

 

 

月村家は「家」というより「屋敷」に近かった。

レトロな作りの屋敷で、時代を感じる。それでも、日ごろから手入れの行き届いた室内は豪華だった。

玄関ホールに通され、数人のメイドに出迎えられた。

 

「ようこそお越しくださいました」

「お招きに預かりました」

 

「メイド長のノエルです」と名乗った彼女はお辞儀した。

それに(なら)い、明るく元気に振る舞っていたユイもおしとやかに、かしこまって返す。

しかし、堅苦しい形式はそこまで。

今度は、打って変わって、友達に会うような柔らかい表情であいさつを交わす。

 

「おじゃまします! ノエルさん」

「はい。いらっしゃいませ。ユイ様。グラーベ様」

「おじゃまします」

 

他のメイドは礼をして、そそくさと持ち場に戻る。

彼女の案内で、温室に通された。

日の光が十分に入る温室の中央に噴水が置かれ、まわりを囲むように植物が植えてある。

見事にきれいな温室だった。

噴水の傍に立ち、二人を待つ霞嬢は、まさしく温室育ちのお嬢様と呼べるだろう。

霞嬢の傍らに藍髪のノエルによく似たメイドが付き添っている。

白い丸テーブルにはティーカップやポット、ケーキやスコーンが乗ったアフタヌーンセットが用意されていた。

 

 

 

 

 

質の良い紅茶の香りと、季節にそぐわない春の花の香りが、心地よく鼻をくすぐる。

「今回は旧ヨーロッパ風のお茶会にしてみたの、どう?」

「うん。すっごく、おいしい。翠屋でも、こういうお菓子、作ってみようかな?」

友人同士の微笑ましい会話に舌つづみしながら、ユイが絶賛する洋菓子を食べてみる。

確かに、甘酸っぱさと丁度良い甘さが絡み合って、しつこくなくていい。

「グラーベさんはどう、思いますか?」

一口食べたところを見計らい、霞が感想を聞いてくる。

「ああ・・・甘酸っぱさが効いて、甘さがしつこくなくていい。店の雰囲気を考えれば、メインメニューとして店に出すのには抵抗があるだろうが、期間限定菓子にすれば、売れると考える」

「あくまで、個人の感想だ」と付け足した。

ふむふむと聞いていたユイや、期待のこもった目を向ける霞嬢は俺の答えに満足そうに頷いた。

「やっぱり! すごいです! グラーベさん」

何がだ? と傾げる。

「ええ、本当に。お菓子の感想だけでなく、お店の事も考えているなんて」

2人はすごい!とグラーベを褒める。

事実をそのまま述べただけ。そうグラーベは考えていた。それなのに、予想以上に褒める二人にグラーベはどうして、そこまで褒めるのかと、思考がお菓子から、人の観察へと移り変わっていた。

 

 

 

 

 

その人間観察も別の人の気配を感じ取り、思考が切り替わった。

「本当に、良く考えてるんだなぁ」

雫叔母様(しずくおばさま)!」

突然現れた初老の女性に霞嬢は声を上げた。

「叔母様と呼ぶなと何度言えばわかる」と叔母様と呼んだ霞嬢の頬をクニクニと引っ張る。「はひ、ごめんなさい。雫さん」涙目になりながら、霞嬢は謝った。

「雫さん、こんにちは! オジャマしてます!」

ユイは元気にあいさつした。

「いらっしゃい。そちらの方とは、初見だね。私は月村(しずく)だ。よろしく」

握手を求められたので、席を立って握手をした。

「こちらこそ。グラーベ・ヴィオレントです」

彼女の手は初老の手とは似つかない手をしていた。皺が目立つ手だが、感触に違和感を覚える。剣道などで出来た豆が、潰れており、武術に長けた者のような手だった。

農業をしている人なら、そういう手になることもあるが、彼女は月村性だ。だとすると、彼女もご令嬢ということになる。しかし、彼女は月村家というより、高町家の雰囲気に似ていた。

 

そういう考えに行きつくのは、先入観だろうか?

 

グラーベは、つい、霞嬢と雫さんの顔を見比べてしまった。

 

「似てないかい?」

「いいえ、似てる部分もあります」

顔とか見た目がということではなく、芯の通ったところ、つまり内側が良く似ていると。そう答えたら、雫に大笑いされた。

「あはははは!・・・・そうかい、そうかい! よかったねぇ。霞。似てない、似てないって言われていたから」

「嬉しいですけど、なんだか、複雑です」

いつもは似ていないと言われる彼女は、いざ、似ていると言われると、雫さんのあれこれを考えると、複雑な気分になった。

「あんた、良い目をしているよ!」

「ありがとうございます」

グラーベは素直に受け取ることにした。

 

 

 

 

お茶会は雫さんも含めて続けられた。

「そうか、アンタはユーノさんとこの子だったんだね」

「はい。今は、翠屋にお世話になっています」

「寝床はどうしてる?」

「高町家にお世話になっています。シュテルさんからの勧めもあって」

「そうか、その方がいい。 今はなにかと、物騒だからね」

子供は子供同士、大人は大人同士の会話が続けられた。たまに、お互いに混ざりあったりしている。

「エネルギー問題で、ですか?」

霞嬢が雫さんに聞いた。

「そうだねぇ。最近は、えらく騒がれているからね。日本にはその影響が表だって出てきていないけど、貧相地域は、目に見えるほどでているからね」

「昨日の授業で習いました。深刻化してるって」

ユイも雫さんの言葉に頷いた。

「でも、新しいエネルギー開発もされているんですよね?」

ユイは深刻そうな表情で雫さんに聞いた。

「新しいエネルギーとして、太陽光発電の開発が進められてるね」

「太陽光発電?」

ユイは首を傾げた。太陽光を利用したエネルギーなら、すでに行われている。なのに、「新しい」とはどういうことなのだろう?と(かし)げた。

「イオリア・シュヘンベルグが提唱した太陽光発電を基盤に、いま、プロジェクトを進めているんですよ」

霞嬢がユイの疑問符に答えた。

「イオリア?」

聞きなれない言葉に、また、傾げる。

「イオリア・シュヘンベルグという物理化学者さ。今も地上で太陽光発電をしていても、それは、微々たるものだ。天候によってもエネルギー供給量が変わってくる」

「それで、宇宙空間に太陽光パネルを設置して、安定なエネルギー確保をしようっていう話です」

「なるほどー」とユイは雫さんと霞嬢の説明に頷いた。

「でも、一筋縄でいかないのも確かだがねぇ」

雫さんは紅茶に映る自分を眺めながら、ため息をついた。

 

イオリア・・・

 

グラーベは知った名前が出てきて、内心、ドキリとした。

まさか、こんな和やかなお茶会の席で、生みの親(イオリア)の名前が出てくるとは思ってもいなかった。

「じゃあ、ユーノおじ様は・・・」

「今頃、世界中を駆け巡っているところさ。靴底を減らしながらね」

ユーノの名前が出て、俺は(さら)にギョッとした。

「ユーノが?」

「ん? 知らせていないのかい?」

俺の驚いた声に、雫さんは「だと、まずかったかねぇ」とぼやいた。

 

ユーノの奴・・・

 

俺は膝の上で拳を握りしめる。

 

聞いてないぞ!

 

「グラーベさん」

雫さんに呼ばれ、ハッと顔を上げた。

「そんな、怖い顔をしなさんな。ユーノさんだって、秘密にしたいことのひとつやふたつあるもんだよ」

雫さんは諭すようにグラーベに語った。

「人間、誰だって、知られたくない過去がある。逆に知ってほしいものもある。でも、伝えたいけど伝えられないものだってある」

そうなのだろうか。と考えてしまう。

「それを踏まえて、相手をどれだけ、信頼し、信じていられるかだ」

彼女の瞳をまっすぐ見つめた。

「それが出来たら、一人前だよ」

雫さんは期待を込めるように、そっと俺の肩に手を置いた。

 

 

 

相手を信じる心・・・

 

 

 

その言葉は俺の心に深く刻まれた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

夜、月村家の寝室で、雫はとある人物と電話をしていた。

「まったく、あの子に話していなかったの?」

『ごめん、ごめん。 言ったら、絶対、「付いてく」って言いそうだったもんだから』

雫は電話の相手、ユーノに文句を言って、ぷりぷりと怒っていた。

「まあ、あの様子だと、そうだろうね」

雫は昼間のグラーベの様子を思い出した。

『・・・話しちゃった?』

ユーノは恐る恐るといった感じで雫に聞いた。

「言ってないよ。言えるわけがないだろう・・・でも、別の事は言ってやった」

『別の事?』

電話の向こうで首を傾げた様子が見て取れた。

「帰ってからのお楽しみ♪」

『え~~・・・帰るの嫌になっちゃうじゃないか』

楽しげにユーノをからかう雫に、ユーノはブーブーとブーイングを送る。

「ちゃんと、無事に帰っておいでよ」

優しく雫はユーノに語りかける。

「お留守番をしている子供はね、親の無事な顔が見れるだけで、本当に嬉しいことなんだから」

『・・・』

ユーノは黙って聞いた。そして、ふっと笑うと「了解」と明るく返す。

『肝に免じておくよ』

「絶対だよ」

『うん』

返事が聞こえ、電話が切れた。

ツーツーと電子音が聞こえる受話器をそっと置く。

 

「はぁぁ~~~」

 

雫は柔らかなスプリングが効いたベッドに沈んだ。

「あのバカは本当に、いつまで経っても・・・」

雫はグラーベにあんなことを言った手前で、彼の事を信じていなかった。いや、信頼おける相手であることは理解していても、自分を(かえり)みない行動を取る彼に、(あき)れているのだ。

「折角の、我が家での休みも、これじゃあ、気楽に行けないねぇ」

実は雫も、彼と似たような事情で家を空けていた。今回は、ユーノと入れ違いになったらしい。

心配事(しんぱいごと)()えない、(もっと)も古い家族に、雫はもう一度ため息をついた。

 

 

 

 




執事の名前はセバスチャン♪
月村雫は恭也と忍の娘さん。(公式)

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