Celestial Being   作:灰恵

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※Pixivに投稿していたものに修正を加えています。



数年後、イオリアとの二度目の別れ。




Celestial Being 2101 or later

 

 

 

 

 

頭髪(とうはつ)のつるりと禿()げ上がった(ひげ)の長い初老の男性が映されていた。書斎(しょさい)の一角で、一人椅子(いす)に座って画面を見つめている。

『この場所に、悪意を持って現れたという事は、残念ながら、私の求めていた世界にならなかったようだ』

映像の中の人物が淡々(たんたん)と語っていく。

『人間は、(いま)(おろ)かで、戦いを好み、世界を破滅(はめつ)に導こうとしている……だが私は、まだ人類を信じ、力を(たく)してみようと思う』

そして理想高き創立者は言った。

『――世界は……人類は……変わらなければならないのだから……』

映像の中の人物は更に、ガンダムマイスターへメッセージを送る。

『GNドライヴを有する者達よ。君たちが、私の意志を()ぐ者なのかはわからない。だが、私は最後の希望を……

GNドライヴの全能力を君達に託したいと思う』

イオリアが続ける。

『君達が真の平和を勝ちとるため、戦争根絶の為に戦い続ける事を(いの)る。ソレスタルビーイングの為ではなく……君達の意志で……ガンダムと共に……!』

メッセージを伝え終わると、イオリアの映像は消えた。

 

 

 

「――はい、カット……」

この部屋には、カメラマンと初老の男性しかいなかった。

いま、この瞬間。世界を変えるために立ち上がったソレスタルビーイングへのビデオメッセージを取り終えた。

「……お疲れ、イオリア」

カメラマンを務めた少年は、水が入ったコップを彼に渡す。

「これで全部のシーンを撮り終えたよ。あとは、これを“トラップ”に仕込むだけ」

「ありがとう。シルト」

後世代に残すビデオを撮り終わるだけで、喉が渇く。水を受け取り、その礼も言った。

シルトは空になったコップを受け取り、不満を漏らした。

「でも、本当にいいの? こんな大役(たいやく)、僕一人に任せて……」

月と地球を行き来するうちに、足が悪くなったイオリアは、モニターの所まで重たい足を引きづる。

「いいんだ。キミだから頼めることだ」

「…………」

モニター画面でメッセージの確認をする。

声明発表のメッセージを他の協力者と一緒に撮った後、場所を移動してわざわざ人気のないところで“トラップ”用のメッセージまで撮ったのだ。

声明発表用のメッセージと違い、今撮り終えた方のメッセージは他の者に知られてはならない。裏切り者あるいはヴェーダを悪用に用いようとする者が居ることを前提に撮ったものだからだ。そして、これから行う作業はもっとも重要な部分といえよう。本当にイオリアの意思を継ぐ人間が正しく生き残れるように、注意を払わなくてはならない。

イオリアはシルトに視線を移す。彼は納得していない顔だ。

「組織に裏切りはつきものだ。我々の中からそれを出すということは、もはや、人類の未来は絶望的だろう。だが、私は信じたいのだよ。“人”というモノを最後まで……」

「……わかってるよ」

納得がいかないのは、別にトラップ用のメッセージを撮って、システムに仕込むのが嫌だとは言っていない。トラップが発動する“条件”が気に入らないだけだ。

イオリアもシルトが納得しない顔をしている理由を十分に解っているので、それ以上は言わなかった。

自ら殺されることを前提に仕込んだトラップだ。数十年間、イオリアを守ってきた彼にとって、複雑な心情を抱いていることはわかっていた。

 

 

 

 

 

――数日後。イオリアの書斎。

イオリアはひとり、書斎のソファーに座り考えていた。

声明発表用のメッセージは撮り終えた。このビデオメッセージの発表から世界は大きく変わるだろう。そして、来るべき対話のための足掛かりとしての希望と犠牲が付きまとうことになる。

ドアのノックの音で顔を上げる。

「――……イオリアさん……僕だけど入ってもいい?……」

シルトの幼い声が聞こえて、入室を許可した。

月に行っていたシルトは帰宅し、イオリアの所に訪れていた。

「ああ……いいよ。入っておいで」

まるで、孫を手招(てまね)きするように優しく答える。

足の不自由なイオリアはソファーから手招きして、隣に座るように(うなが)したが、シルトは首を横に振り、向かい側のソファーに向かい合うように座った。

「……ねぇ、イオリア……本当にあのトラップに()()むつもりなの?……他にも色々と方法があったんじゃない?」

シルトは友人としての立場で単刀直入に不安を抱いている部分を伝えた。

考え直して欲しいと、彼の翡翠色の瞳が力強く、イオリアを説得しようと心がけている。

「君の気持ちもわかる……だが、これが最善(さいぜん)(さく)だということもわかっている……そうだろう?」

確信を込めてイオリアは聞いた。シルトは指摘を受け、むくれて(うつむ)いた。

「確かに、解っているよ……実際、僕は……僕たちは……それで、助かったんだから……」

膝の上に組む手に力がこもる。

「でも……!」

勢いよく顔を上げ、真っ直ぐイオリアを見る。

「それでも……あなたは大切な人だから……僕の友人だから……ちゃんと、生きて欲しい!」

興奮した彼の虹彩が金色に変わる。

「殺されて終わるなんて絶対にイヤだ!」

トラップが発動する条件のひとつに私が大きく関わるものがある。それは“イオリア・シュヘンベルグの死”によってGNドライブにあらかじめ搭載されているブラックボックスの全解放されることだ。

「…………」

心にまっすぐ届く言葉は、とても心地が良い。私はそういう、まっすぐな君が大好きだ。

「!……イオリア……!」

イオリアは言葉にせずに笑った。シルトはイオリアの心が、覚悟がもう決まっているのだと、もう説得してもダメなのだと感じ取った。

 

「―― 君が昔、話してくれた昔話……私はそれを聞いた時から、覚悟はすでに決まっている」

「!!」

それを聞いて、シルトは言うんじゃなかったと後悔した。

「私の死が無駄になど、ならないことを知り……そして、そうなってもなお、希望を捨てずにいられることを知った……」

シルトは息を呑んで次の言葉を待つ。

「私は君に感謝しているよ……ユーノ」

「…………」

本名を呼ばれて、シルトは観念したように(うつむ)き顔を(おお)った。

「……あなたはズルい」

シルトの声は震えていた。

「……知ってもなお、恐れもせずに前に進もうとする……僕がなんなのかを知っていて、そういう意地悪なことをいう」

今ならまだ間に合うと、頭の片隅(かたすみ)で誰かが叫んでる。もう、変えることは出来ないのだと片隅で誰かが(あきら)めている。

「……明日、月に向かう……」

イオリアの静かな声が響き、シルトの体を震えさせた。

 

「……明日でお別れだ……ユーノ」

 

身体の震えを止め、ゆっくりと顔を上げる。翡翠の瞳に雫をいっぱいに溜めている。

イオリアは動きにくい足に(むち)を打ち、杖をついてゆっくりとシルトに近づく。

シルトはイオリアを目で追いかける。

イオリアはシルトの前に行くと優しく頭を撫でた。ゆっくりと愛情を注ぐように。

翡翠の瞳に溜まった涙は流れ、頬を濡らす。

 

「……すまない――」

君の忠告を最後の最後で聞くことが出来なくて。

「……ありがとう――」

今まで私を、私たちを守ってくれて。

「……君は最高の友だった――」

出逢いは本当に些細な事。だが、今まで生きてこられたのは君のおかげだ。そして、人を驚かせることが好きな私の一番の理解者で……幼馴染で……良きパートナーだった。

「……おやすみ。……シルト――」

さようなら。

「……いや……」

彼のコードネームを口にして、否定する。

「……ユーノ……ユーノ・スクライア」

(こころ)(やさ)しき最高の親友。

 

ユーノは口を固く結び、大粒の涙を流し膝に落ちた。

「……イ゛オ゛リ゛ア゛……」

泣き叫びたいのをぐっとこらえ、声を押し殺し、やっとの思いで絞り出した声は震えていた。

ユーノはイオリアを抱きしめた。泣きながらおやすみと言い残して―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、イオリア・シュヘンベルグは予定通り月の裏側にある、ヴェーダの中枢予定地へ向かった。そこでヴェーダの最終調整を行う。イオリアはその後、コールドスリープに入り、いつ覚めるか分からない眠りへと入るのだ。

 

シルトは行かなかった。

いや、行けなかった。

前日にイオリアと別れた後、酒を飲んでいたからということもあるだろう。朝、寝坊して月に行くロケットに乗れなかったというのもあるだろう。しかし、一番は計画の全貌を知っているからこそ、友人としてお別れを言うのが嫌だったからでもある。

 

「…………」

 

光がカーテンの隙間から入り、薄暗い部屋に一筋の光の道をつくっている。シルトはぼーっとそれを眺め、カーテンを開ける。

 

「…………」

 

眩しさに目を細める。

晴天の青空が目の前に広がっている。そこに一筋の白い道が天に向かって真っすぐ伸びていた。

 

「……アンタもこんな気持ちだったのか……?」

 

半世紀以上前に空港で彼と別れたことを思い出していた。どこに行くのかも伝えずにただ「もう二度と会うことはない」と告げて、彼の下を去ったあの日。

 

―― 彼はあの時、何を思っていたんだろう?

 

もう会えないのだと絶望していただろうか。それとも、もう一度会えると希望を持っていただろうか。

おそらく、彼なら後者だろう。

 

『……なら、試してみよう……君とまた出会えるとボクは賭ける』

 

もう、会うつもりがなかった“僕”にとって拍子抜けするほどまっすぐな目を向けた。

結局、賭け自体はイオリアが勝った。

見た目がほぼ成長しない僕はシルト・スクライアとして、彼の目の前に現れた。その後、昨日まで彼の護衛を受け持っていた。

彼は一度も希望を捨てなかった。諦めなかった。いや、今も諦めていないだろう。

僕は彼のようにはなれない。

僕の場合、前者しかないから。

 

 

――― 僕はいまだに ―――

 

ユーノは膝を抱えた。

 

――― 過去を引きずっている ―――

 

 

 









*設定



イオリア・シュヘンベルグ

2091年当時40歳(映画に出てきた頃のイオリアです)。数年前、シルトにマフィアに追われていた時に助けてもらい、それ以来護衛は、彼に依頼した。
2101年以降。友人(ユーノ)に希望を(たく)し、月へ旅立っていった。




シルト・スクライア

本名はユーノ・スクライア。フリーの用心棒をしていた時に、イオリアに出会い、イオリアから腕を買われて護衛を受け持つように。
とある事情により、成長スピードが著しく遅く、見た目は10代前半にしか見えない。しかし、プロとしても腕は一流。
イオリアがシルトがユーノだということに気が付くまで、他人のふりをしていた。気づいてからは、友人(ユーノ)としてしばしばイオリアに助言をしていた。
並行世界でソレスタルビーイングのガンダムマイスターをしていた。
年齢は本来、30歳前後(30歳×100年が実年齢)だが、とある事情により体が幼い。ハイブリッドイノベイター(見た目年齢×100年が通常の年齢の数え方)。
昔、シルトは未来――自分の過去――をイオリアに話したことがある。



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