Celestial Being   作:灰恵

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Celestial Being innovade

自宅でくつろぎながらいつものように、テレビの番組をBGMにして、酒に舌包みしていた。

ラーズはCMから切り替わった気になるニュースを注意深く聞いていた。

 

『この木星探査では ――』

 

木星を映し出していた映像からエウロパが映る映像へと切り替わる。

 

『惑星開発への大きな期待がかかっています』

彼の顔から心配の表情がうかがえる。

 

「この船にあなたの友達も乗ってるんでしょ?」

 

ソファに座る自分の隣に座った妻―― 浅桃色ウェーブの髪をした女性 ――に気が付き、「ああ」と返事をする。

 

『実に20年以上の期間、彼らは地球を離れることになるのです』

 

妻のピティはテレビ―― 正確には、流れているエウロパのニュース ――を真剣に見ている夫の顔を覗き込む。

その表情から、自分の友人の事を考えているのだろう。そんな夫を元気づけたくて、ピティは彼の腕を抱きしめた。

 

「!?」

 

ニュースに真剣になっていたラーズは、急なピティの行動に驚いた。

 

「なんだよ。急に」

 

その行動に困った様子で、ラーズの意識がニュースからピティに変わる。

 

「大丈夫。寂しくなんてないよ」

 

ピティはラーズの顔を見る。ラーズはドキッとした。

 

「だってあなたには私がいるんだから」

 

ラーズは思わず見とれてしまう。

 

「なんだそれ」

 

空いている方の手で持っていたグラスに口を付ける。顔を赤くした彼の顔で照れ隠しなのが分かる。

 

「照れちゃって♡ 私たちにはあの子だっているのよ」

 

そう言ってピティは隣の部屋で寝ている子供に、視線を向ける。

 

「約束するわ」

 

ピティはラーズの肩に頭を預ける。

 

「あの子も私も、ずっとあなたのそばにいる」

 

ラーズはピティの励ましに心が温まる。

 

「あなたはひとりぼっちじゃないのよ」

 

ラーズは自分に笑いかける妻とすやすやと気持ちよさそうに眠る子供の顔を見て微笑んだ。

友人ですら褒めたこの幸せがずっと続くと信じながら。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

―― 数日後

 

 

 

(頭が痛い。なんだ、この刺すような痛みは……)

 

ラーズは仕事先で原因不明の頭痛が続いていた。頭痛のせいで、同僚からも心配されたため、仕事を切り上げてきたのだ。

身体をふら付かせながら、自宅に帰宅するラーズ。

壁に手を付きながらリビングにたどり着く。

 

「ピティ……頭痛薬を持ってきてくれないか?――」

 

ソファに座り、帰る時間よりも早く帰ってきた自分の異変に気づくだろうと妻に頼む。

 

「ピティ……?」

 

しかし、静まり返った家を見て、ラーズは疑問を感じた。

 

「…………」

 

部屋を見渡し、誰もいないことに気づく。

 

「……ブリュン?」

 

痛む頭を押さえながら、子供部屋に向かう。

 

「いないのか?」

 

子供の姿も、妻の姿も見当たらない。

初めは、早く帰ってきたのだから、買い物にも出かけているのだと思った。しかし、夕方になっても、夜になっても、妻も子供も帰ってこない。

ラーズは薬を飲んでも収まらない頭痛に悩まされながらも、ふら付く体で妻を、子供を探した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

同じ頃、人間社会に紛れ込んでいるイノベイドの中である変化が起こっていた。

人間として人間社会に紛れていたイノベイドはヴェーダの覚醒により、自ら人間ではなくイノベイドであること。そして、新たにミッションを与えられたイノベイドは人知れず行動に移していた。

特殊ミッションをしていたグラーベも例外ではなく、ヴェーダのダウンロードを受け付けていた。

 

キィン!

 

突然のことだ。

頭の中に電流のようなものが走り抜ける。

痛みはない。

不快感もない。

違和感もなかった。

ただ、頭の中を電流が通ったことで出来た細くまっすぐな穴に、静かな声が流れ始める。

 

「登録番号07362-AW641、人間名グラーベ・ヴィオレント。新たなミッションへ移行。必要データのダウンロード……九十%完了。接続中……」

 

数秒後。

グラーベは前ミッションの記憶を全て消去され、ヴェーダから一時帰還命令が出された。

端末としての機能を実行するグラーベは自らの意思とは異なり、命令を機械的に受け入れた。

 

 

グラーベは自らいた痕跡すら残さず、人知れずどこかへ去っていった。

 

 

 

***

 

 

ラーズは妻を、息子を、町中探していた。

ピティ。どこだ? ピティ……ブリュン……どこに行ってしまったんだ。

 

「……ピティ……」

 

ラーズは公園に差し掛かると、見覚えのある後ろ姿に声を上げた。

 

「ピティ!!」

 

名前を呼ばれた女性は振り向いた。

 

「ラーズ?……なぜあなたがここに?」

 

ピティは信じられないといった顔で、ラーズを見る。

 

「やっと、見つけた!……探したぞ、ピティ!!」

 

ラーズはよろよろとふら付く体で彼女に近づく。

ピティの傍にいた二人の男性の内、片方が彼女をかばった。

 

「なぜ突然、僕の前から消えたんだ……そいつらは誰なんだ……ブリュンは――ブリュンはどこにいる?」

 

やつれた顔で彼女に聞くラーズ。彼女の事をどれだけ心配し、探したのか。その必死さがわかる。

 

「彼は?」

 

ピティをかばった男性が後ろに居る彼女に疑問を投げつける。

 

「この間まで『家族』だった人」

 

ピティは苦々しく答える。

 

「何の話をしているんだ……さぁ家に帰ろう――僕たちの家へ」

 

何の話をしているのか解らない。ラーズの中では幸せな家庭への帰還が心の中を占めていた。だからこそ、彼女たちの状況が解らずいる。

ピティは一歩前へ出る。

 

「記憶消去を受けていないなんて」

「ミッションの邪魔だな。処分するか」

 

彼女の後ろにいるもう一人の男が懐からナイフを取り出す。

 

「待って! 人間社会に残された理由があるのかも……ヴェーダに対処してもらう」

殺す気でいる仲間にピティは止めた。彼女には彼との「家族」だったころの記憶がある。そのため、ミッションの邪魔だからといって殺すには心を痛める行為だった。

ピティはラーズに近づく。

 

「ラーズ……私も会いたかった。でも聞いて。私はとても大切な任務を持って生まれてきた存在なの」

 

彼女の虹彩が金色に輝く。

 

「私は、私と彼らは、人間ではないの」

『ヴェーダ。ラーズの処理を――出来れば殺したくない――』

 

 

キィン!

 

 

突然、頭の中に電流のようなものが走り抜ける。

 

「!!」

 

痛みがあり。

不快感もある。

違和感もあった。

ただ、頭の中を電流が通ったことで出来た細くまっすぐな穴に、静かな声が流れ始める。

 

「なんだ!? 頭の中で声が――」

 

ラーズは頭を押さえると悲鳴を上げた。

 

「ぐあぁ」

 

それにはピティも焦り、彼の肩を掴んだ。

 

「落ち着いて、大丈夫よ。私の目を見て!」

 

ラーズはあまりの苦しさに暴れた。

 

「やめろ――っ!!」

「きゃ!!」

 

その勢いでピティは投げ出される。

 

「キサマ!!」

 

それを見たナイフを持った男がラーズに向けてそれを投げる。

 

「ラーズ!!」

 

ラーズの左目に深々と刺さり、ピティは悲鳴を上げた。

 

「うぐぐ……よくも――」

 

ラーズは自分の左目に刺さったナイフを力いっぱい引き抜く。

 

「僕をだまして、人間のふりをして……」

 

ラーズはピティを睨みつける。

 

「ブリュンもこうして殺したのか……」

 

恨みのこもった瞳に、ピティは背筋がぞっとした。

 

「聞いて、ラーズ」

 

ピティはなんとか彼を落ち着かせようと努力する。

 

「私たちイノベイドは未来のためにヴェーダによって――」

 

頭に血が上ったラーズは言葉を遮る。

 

「ほざくなっ!!――」

 

ラーズは力の限り、抜き取ったナイフを振り上げ、

 

「―― バケモノめ!!」

 

穂先はまっすぐ妻だった女性の胸へと吸い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

雨が降る。冷たい雨が。

 

 

―― あなたと暮らせて……幸せだった ――

 

 

腕に伝わる冷たくなった重み。

 

「……っ!」

 

頬に伝わる雫は雨か。

 

「うあああああぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!」

 

喉から張り上げる声。

 

無情な雨の中に消えていく温かさ。

 

 

温かかった体から流れる赤い液は雨に浄化され

 

 

もう、動かないそれを、ぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

 

***

 

 

 

キィン!

 

 

 

『ラーズ!』

 

土が盛り上がった粗末な木の十字架の立った墓の前で動かない煤(すす)汚れた男。その背中は絶望に染まった背中だった。

その様子を茂みの中からのぞく三人の男たち。

 

『脳量子波の呼びかけに応えないか・・・』

ひとりの男が残念そうに肩を落とす。

 

『やはり、機能障害があるな』

もうひとりの男が確信する。

 

「仲間を殺すのは気が進まないが―――」

スッと懐から銃を取り出す別の男。

 

そのかすかな音に後ろを振り向く墓の前に居た男 ――

 

「!!」

 

―― ラーズの左目には大きな傷が残っている。

 

自分を見つめる六つの目。

 

「ヴェーダの決定に従い」

確信した男がジャッジを下し、

 

「お前を破棄する」

銃を手にした男がラーズに向ける。

 

(お前たち……同じ姿……)

 

銃を向けられたラーズは三人の男たちを観察する。

髪の色も背丈も服装も同じ。

 

(そうか!)

 

そして、確信する。

 

似非人(えせびと)か!」

 

ラーズの瞳に怒りが灯る。

 

「俺の家族と同じ! 神に逆らった存在!!」

 

ラーズはナイフを構える。

男はラーズに発砲する。

 

「うおぉぉーー!!」

 

ラーズはそれすら恐れず、男たちに突進する。

 

怒りに染まった瞳。

 

 

 

 

 

「あ゛アあ゛アぁぁァァーー!!」

 

 

 

 

足元に転がる三つの死体。

ラーズは何かを吹っ切るように雄叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

―― 数年後

 

エウロパが木星へ着いた頃、街の大画面に映し出されるニュースを見て、ラーズは驚愕し立ちつくした。

 

『―― 木星探査船エウロパで重大事故が起きた模様です。乗員の生存は絶望的との発表が ――』

 

トップニュースとして出されている話題の船。エウロパにはラーズの友人が乗員していた。

映し出された「く」の字に折れ曲がった船体。そして、生存が絶望的だと知る。

 

「……バカな……あれには、スカイが……」

 

大画面に流れるニュースを見て、ますますラーズは社会に、いや、世界に取り残された感覚を味わい、絶望した。

 

 

 

 


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