Celestial Being Europa
人類は新たな希望を夢に確実に一歩ずつ歩んでいた。
軌道エレベーターの建造計画が進む中、一足先に行われた計画がある。
――木星有人探査計画――
それもひとつの一歩だった。そして、これは裏に属する者達にとって大きな一歩となることを知っていた。
木星有人探査船《エウロパ》は科学技術の結晶として、また、さらなる
20年の月日を費やして木星を調査し、地球に帰ってくる予定だ。
しかし、裏に属する一部の人間はそれが失敗することを知っていた。
***
「―― それは何だ? ユーノ」
珍しく書室に居ないと思ったら、量子演算処理システムのコンソールがある部屋に居た。
ユーノが見ている複数の画面には何かの設計図のような図が所狭しと並んでいる。
「木星有人探査計画に使われる設計図」
GNドライブ製造宇宙船に、木星有人探査船エウロパ、太陽炉の設計図などソレスタルビーイングにとって最重要機密の設計図が並んでいた。
「なんで、そんなものがお前の所に?」
グラーベは首を傾げた。
「これに乗れってことじゃないの?」
ユーノはため息を突きながら椅子の背もたれに体を預けた。
オレはコンソールを動かし、画面を持ってくる。
「木星有人探査船エウロパ……これって、今、話題になっている船だよな?」
「うん……完成間近の船だよ」
「未完成なのか」
「少しね」
ユーノは腕を組み、設計図を眺める。口を尖らせてむっすりとしている。
「そうは見えないが」
オレは宇宙船に詳しい方ではないが、設計図やその隣に映し出されているエウロパのライブ映像を見て、エウロパが未完成には見えなかった。
「これに爆弾を付けるんだって」
「何?」
グラーベは驚いた。エウロパには人類の叡智の象徴として、人類の期待が込められていた。それを爆破させるというのか。
「これね……この計画自体が太陽炉を生み出すための計画で、木星探査って言うのはカモフラージュなんだ。ヴェーダは太陽炉の機密保持のために役目を終えた乗員をエウロパごと消すみたい」
「バカな……いくら機密保持とはいえ、良いのか?……そんなことをして」
聞いた話に更に驚いた。
「製造された太陽炉を増やさないためじゃない?」
ユーノはどうでもいいとでも言う様に首を傾げた。
「ちょっと待て、それにお前が乗るだと?」
聞き捨てならない言葉をさっき聞いたような気がした。
「うん」彼は無表情で答えた。
「これに爆弾をくっつけて、役目を終えたら爆破……まあ、助からないよね。普通」
他人事の様に答えるユーノに、オレは焦りを感じた。
「他人事のように言っている場合か?……ヴェーダに言って下ろすように――」
「無駄だよ」
グラーベはヴェーダに取り下げてもらおうと脳量子波を繋げた。しかし、ユーノはそれを遮る。オレはリンクを切ってしまった。
「なぜだ」
オレは腹立たしく言い返す。
「僕が太陽炉の製造に携わることはイオリアが居る時から決まってたんだ……僕にしかできないって言ってね」
ユーノは腕を動かし、エウロパの設計図の上にマーカーを付けていく。それは爆弾の印だった。
「待て、ユーノ!」
オレはユーノの腕をつかんで止める。
「おかしくないか!? お前はイオリアのボディーガードをしていた、イオリアとも友人だった、お前が残した功績は計りきれないものなのに、どうして!!」
掴む手に力がこもる。
頭では分かっていても、心が納得していかなかった。木星有人探査計画の全貌を教えたヴェーダにも、ユーノが大切な友人だと言ったイオリアにも、そして、他人ごとのように受け入れているユーノにも。イオリア本人に頼まれたとすれば、機密保持のために隠ぺいすることは分かっていたはずだ。なのに、友人と呼んだ彼に、ヴェーダは、イオリアは死ねに行けというのか。
「……グラーベ……」
ユーノはそっと俺の手を取った。
「グラーベ……あのね……これは来るべき対話のためにも大切なことなんだ……」
ユーノは子供に言い聞かせるように優しく答える。
「……わかってる……わかってる」
声が震え、小さくなる。喪失感と絶望感が胸の内にせめぎ合い、オレはユーノの膝の上で泣いた。
イノベイドであるオレはヴェーダの決定に逆らうことが出来なかったからだ。無力な自分に悔しかった。
ユーノは膝の上で泣き崩れるグラーベにいたわりの声を掛けられるわけでもなく、彼と出会ってから半世紀のことを脳裏に描いていた。