その時は、ご了承ください。なるべく、その時は告知します。
さて、話は変わりまして・・・
ソレスタルビーイングの設立者、イオリア・シュヘンベルグとの出逢いです。
――― Celestial Being 始まります。
Celestial Being 2061 前編
幼さない少年が苦痛の顔で体を丸める。その小さな体で両腕に抱えた分厚い大きな本を泥から守っていた。
同じ学年の少し頭の悪そうなグループに生意気だからという理由で暴行されているときだった。
「何、弱いものイジメしてんだよ」
「なんだ?」
高いところから聞こえる声に、一同は顔を上げる。逆光で顔が見えない。塀から飛び降りた影はグループの一人を蹴り上げた。靴底に顔をけられた一人はそのまま後ろに倒れこみ気絶する。
さらりと揺れるハニーブロンドの髪をなびかせて、滑らかに着地した少年は立ち上がる。
ひょろりとした少年は自分たちよりも幼く見える。身体の大きいグループの男たちと比べて体格や身長で差が出来ていた。しかし、その小さな体に似つかない筋肉質な体系だということをボクは見抜いた。
少年は髪をすくい、相手を挑発する。
「来いよ、そういう悪い
頭に血が上った悪ガキどもは、お決まりのセリフと共に少年に襲い掛かる。
「テメッ、よくもやりやがったな!」
男は拳を固く握りしめて少年の顔を目がけて殴る。少年は体の軸を少しずらし攻撃を除け、膝を蹴り上げ腹に重い一撃を入れた。
少年は体格の違う男たちの攻撃をものともせずに、滑らかに、優雅に、踊るように、男たちの腹や首裏や顎を刺激して次々と気絶させた。
埃を払う様に手をたたき、少年はボクに振り返る。
「大丈夫かよ?」
そういって手を差し出す。座り込んだままだったボクは手を借りて立ち上がる。
「うん。ありがとう。キミは?」
「俺はへーき」
ニカッと笑う少年。ボクより少し身長が高かった。
「ボクはイオリア。イオリア・シュヘンベルグ」
「俺はユーノ。ユーノ・スクライア」
二人はもう一度握手を交わした。
これが二人の出会いである。
彼ら二人は性格も年も違う。しかし、共感する部分があった。二人はこの世界に疑問を抱いている。世界の歪みを正したいと。
イオリアにはズバ抜けた才能と、大きな夢があった。
彼はこの頃からすでに難問の難問と呼ばれる「フェルマーの最終定理」の別解を出すほどの才を有しており、地方のジュニアスクールでは彼の才能をもてあそんでいた。
そのため彼は学校には行かず、遠くの国立図書館に足を運び、独学で学んでいる状態だ。
イオリアは集中して読んでいた工学系の本から顔を上げ一息ついた。
「おはようさん。もう閉館時間だぜ?イオリア」
前を向くと、机の向かい側に座りボクがすでに読んだ本を手に取ってパラパラとめくっていた。
「ユーノ。学校は終わったの?」
イオリアは棚から持ち出した本を元に戻す。ユーノも手伝った。
「とっくに終わってます」
高いところにある棚にも、足台やはしごを使って元に戻す。
「ごめんね。待たせちゃったよね」
イオリアは朝早くから図書館に来て、閉館するまで読んでいる。
ユーノはそれに合わせるように一緒に来る。そして、閉館時間に合わせるようにボクを迎えに来るのだ。
彼はボクと違い、地元のジュニアスクールに通っている。ボクに合わせている以上、絶対に学校を遅刻しているはずなのにそのことをボクに言った事はない。
前に、ボクのことは気にしなくていいと言っても、好きでやってるんだから気にするな、と返されてしまった。
「別にいつもの事じゃん」
ユーノは悪い気分はしなかった。イオリアの探究心の高さをよく知っているので、集中すると周りが見えなくなることも知っていた。
以前、集中して本を読んでいるときに声をかけても返事がなく、無視をされてたのかと思いきや、その数分後、つまり読み終わった本を閉じたあと、まっすぐに顔を向けられ素直に謝られたときは面食らったものだ。
彼曰く、「集中力が切れると、元のコンディションに戻るまで数分かかるので待ってもらった」らしい。
それ以来、ユーノはイオリアの集中力が切れるか、読んでいる本を読み終えるまで待つことにしている。
「なぁ」
「何?」
「イオリアなら飛び級して大学に行っても大丈夫なんじゃないかな」
夜の帳が降りた帰り道でユーノはイオリアにある提案をした。
「え?」
「大学なら、小さいからっていって馬鹿にするヤツはそういないと思う。……独学で勉強するのも大切だろうけど、行き詰るだろ?……それに研究するなら、行ってからでも遅くないと思う」
ユーノは足元の石をける。
イオリアは驚いた。よく見ているとボクは感心した。ボクが本当は研究がしたいということを。
彼が本を戻す時も思っていた。彼はボクが読んでいる本――物理学――のジャンルを正確に把握していた。そのため、正確に本棚に戻すこともできたし、順番にそろっていない本を整理していたこともあった。
彼のススメで全く違うジャンルの本――生態系――を読んだこともあるが、どれも自分の読むジャンルに必要なものばかりだった。
そのためさまざまなジャンルの分厚い本を読んだのか解らない。
相手を認めているなら、不和を呼ばない。
性格も年齢も趣味も違う彼と、ここまで付き合うことが出来るのはそういう思考と彼が持つ柔軟さにあるのだろう。
彼が進めるからではない。ボク自身限界があると実感していたからでもある。
チャンスをここで逃してはならないと、ささやく声が聞こえた気がした。
「うん、そうだね。 試してみるよ。何事もチャレンジだ」
ボクは決意を固めた。
「ああ、その意気だ」
ユーノはボクの背中をたたき、背中を押した。
「痛いよ」といっても彼は笑い飛ばすだけだ。
「あ、ユーノ。また、怪我してるよ」
首筋に見つけた細い糸のような血の跡に、ボクは鞄から絆創膏と簡単な消毒キットを取り出す。
「え? 別に大した怪我じゃねーよ」
ユーノはバツが悪そうに顔をしかめて、傷口に貼ろうとするボクの額を押しとどめる。こういう時に限って身長差を利用する。
少しばかり君の方が大きいからってやめてほしい。ボクは君の事を心配しているのに。う、手が届かない。
「また、上級生にイジメを受けたんだろう?」
「別に、そんなんじゃねーよ」
ユーノはボクの目を見ずに顔をそらす。ほら、やっぱり、そうなんだ。
「見せて」
「いいって」
強気のボクにユーノは首を振る。
「ユーノ」
「…………」
もう一度、口調を強調した。間を空けて、ユーノは観念したように肩を下ろすと、大人しくボクの治療を受けた。
ユーノは喧嘩っ早く、頭の回転も速い。だから、そんなことをしても無駄だと解っていても、彼は恨まれ役を買って出る。
ボクにはそれが眩しくて、とてもじゃないが真似はできない。それを彼に言ったら、「お前はしなくていい。俺の役目だ」真剣な目でそう言われて、笑い飛ばされると思っていたボクは面食らった。
彼は強い。そして、とても優しい。
照れくささに顔を背けるところとか、意外に甘いものが好きなところとか、かわいい面もあるけれど。
「……なに、笑ってんだよ」
想いふけっていたボクの顔を見て、ユーノは眉をひそめた。
「別に、君は優しいなぁ……って思ってね」
「はぁ!? どこがだよ!?」
「そういうところが、だよ」
ボクはニコニコ笑って答える。ユーノは頭に?を浮かげて首を傾げていた。
口が悪い方が、ユーノです。
この時のユーノは、性格が弟のソリアで、名前がユーノ。
イオリアとユーノがお互いに理解を深めていきます。