インフィニット・ストラトス a Inside Story 作:鴉夜
また、オリジナル解釈が多めです。矛盾や、つじつまが合わない等はあるかと思いますが、本当にご勘弁ください(泣)
今更自分自身で確認するようなことでは当然ないし、周囲も皆様方も周知の事実だと思うが、それでも敢えて言わせて頂きたい。自己紹介だ。
俺の名前が黒神京夜。高校生だ。IS学園に通う、高校1年生である。大事なことなので2回言った。
なぜそんなことを『大事なこと』などと言っているか。それはその定義が今、崩されようとしているからだ。
何の定義かって? それは『学生』っていう肩書だ。
記憶力クイズをしている訳ではないが、思い出して頂きたい。確か俺はIS学園の臨海学校で海に来ていたはずだった。2日目の今日はISの実技訓練が予定されていたはずだった。
だが今はその真逆な場所に居る。
真逆―――海の反対、つまりは山の中だった。俺は制服やISスーツ姿ではなく、Tシャツにジーンズの格好で、肩と頭にタオルを巻きながら汗水垂らして強制労働させられていた。
「お~い、あんちゃんよぉ。それをこっちへ持ってきてくれぃ」
「あいよ~。ちょっと待っててくれ」
黄色の安全ヘルメットをかぶった如何にも土木作業員の親方といった印象の男に指示され、俺は打鉄の茜を身に纏って指定された木材をトラックへと運んでいく。
なぜ2回言ったのか、分かって頂けたことだろう。事情を知らない人からすれば、高校中退の勤労若人にしか見えないんじゃないかという心配があったからだ。大事だろ、それ。
実はこれが織斑先生から頼まれた仕事だったのだ。
正確なその内容、それは「臨海学校最終日の夜に浜で行うキャンプファイヤー用の木材を調達してくること」だ。
木材は毎年地元の方のご厚意で無料提供してくれるらしいのだが、それでは申し訳ないと、お返しに学園側は一日土木作業員の方々の仕事の手伝う……というのが通例らしい。
去年までは学園の先生がISを用いて手伝いをしていたらしいのだが、今年は俺がそれをやる羽目になった。
その理由。織斑先生が俺に話した理由なのだが、俺は臨海学校中にやることが基本的にないから、ということだそうだ。
まず、一般生徒の臨海学校中のメインカリキュラムが『飛行訓練』らしく、1年生は墜落の恐怖を緩和する効果が得られるだろう海上で初の飛行訓練となる訳だが、既に飛行が出来る俺には必要のない訓練となる。
では一夏達、専用機持ちのカリキュラムはどうかというと、『各種装備試験運用、及びデータ採取』である。
だがこれについても俺には必要ない。俺の専用機は学園の訓練機である茜である。装備は近接ブレードの『葵』とアサルトライフルの『焔備』のみ。データ採取の必要も当然ない。
故に俺には臨海学校中にすることがないということになる。だったら教師の手伝いをしろというのが織斑先生の言い分だった。
もちろん筋は通っている。いや、違うな。わざわざ筋と通った理由を用意した、というのが適切だろう。
「(でも……いいんですか? 確実に接触出来るチャンスですよ?)」
「(いいのよ、茜。今回は箒ちゃんや織斑姉弟へ直接会いに来させることが出来れば、それでいいんだから)
「(ああ、そうだな。それにこんな汗だらけ泥だらけの格好で、さらに手土産一つも用意しないで会いに行くなんて失礼―――だろ?)」
焦ることはない。猶予は無尽蔵にあるとはとても言えないが、それでも可能な限り時間を労し、緻密で綿密な計略を立て、そしてパズルを一つ一つ埋めるかのように着実にそれらをこなしていく必要があるのだから。
「(!! ……京夜。現れたわ)」
「(きょ、京夜さん……)」
「(ああ、わかった。ティーナ、Operation-CODE 『N・V』―――始動)」
その合図と同時に、ティーナはネットの海へと潜り去る。俺は照りつける太陽の下、滴り落ちる額の汗を拭いながら茜と共の作戦の成功を祈るのだった。
◇
合宿2日目。今日から本格的に授業が行われる。
旅館の専用ビーチから少し離れた場所にある、四方を切り立った崖に囲まれたIS試験用のビーチに、1年生の私達は全員集められていた。
ここからは一般生徒と専用機持ちは分かれてのカリキュラムらしい。本来なら専用機を持たない私は一般生徒と同じグループのはずなのだが、一夏やセシリア達と同じ専用機持ちのグループへ入れられていた。
恐らく姉さんが千冬さんに連絡したのだろう。この臨海学校で私の専用機を造って持って来るという話を。あの2人は仲が良いというか、腐れ縁みたいな関係性だから。
それはそうと……頭が痛い。これが二日酔いというやつか。周りを見るとセシリア達の顔色も幾分か優れない。どうやら皆同じのようだな。
「では専用機持ちはこれから専用パーツのテストを行う」
私の覚えている範囲の記憶では、確か私達の3倍は飲んでいたはずの千冬さんはいつもと変わらない顔色と表情。逆らえなかった私達が悪いとは分かっていても、やはり納得出来ないものがある。……言えないが。
私は辺りを見渡す。やはり京夜の姿が見えない。朝からだ。織斑先生に聞いたのだが、どうやら違う場所で雑用をさせられているらしい。
本当のことを言えば、今日は近くに……傍に居てもらいたかった。京夜の存在は、私に勇気をくれる。そして何より、安心感を与えてくれるから。
私は胸元に下げている京夜のくれたペンダントを握りしめる。
……大丈夫。京夜は私を信じていると言ってくれた。だから私はその京夜の言葉を信じようと思う。
「篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」
「はい」
私は呼ばれて千冬さんの前に立つ。
「お前には今日から専用―――」
「ちーちゃ~~~~~~~~~~ん!!!」
ずどどどど……! と砂煙をあげながらほぼ垂直の崖から駆け下りてくる人影が。相変わらず常識がないというか、常識が通じないというか……。ああ、何か頭痛が酷くなった気がする。
「……束」
そう。今目の前のあれこそが篠ノ之束、私の姉さんなのだ。
不思議の国のアリスが着ているような青と白のワンピースを身に纏い、その頭にはウサギ耳を装着している風貌。その姿は『一人不思議の国のアリス』といった所なのだろうか。
そんな独特の感性の持ち主で、頭脳も肉体も規格外の国際指名手配人物。それが私の姉……である。なぜだろう。言ってて悲しくなってくる説明だ……。
「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、ハグハグしよう! 愛を確かめ―――ぶへっ」
飛びかかってきた来た姉さんの顔面を千冬さんは片手で掴む。流石千冬さん。姉さんを相手取れるのは千冬さんくらいだ。いつも感心させられる。
「うるさいぞ、束」
「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦ないアイアンクローだねっ」
千冬さんの拘束を抜け、姉さんは私の前に来た。
「やあ! 箒ちゃん! 久しぶりだねっ!」
「ええ。そうですね。元気そうで何よりです。ですが、あまりちふ……織斑先生にご迷惑かけ過ぎないようにしてください」
「あははっ、怒られちゃったっ。テヘッ」
全くこの人は……全然変わってないな。いい意味でも、悪い意味でも。
その相変わらずの暴虐武人ぶりに、場の雰囲気は姉さんの独壇場と化していた。どうにかしないと。
「え、えっと、この合宿では関係者以外―――」
「ん? 珍妙奇天烈なこと言うね。ISの関係者というなら、一番はこの私をおいてほかに居ないよ」
「えっ、あっ、はいっ。そ、そうですね……」
私の思いに応えるかのように発言してくれた山田先生。見事に轟沈。申し訳ない気持ちしか生まれない。スミマセン、山田先生。
「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒達が困っている」
「えー、面倒くさいなぁ」
「姉さん、ちゃんとしてください」
「ぶー。分かったよ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」
誰が今すぐ頭痛薬を持って来てくれないだろうか。痛みとため息しか出てこないのだが。
そう言ってくるりと回って見せた姉さんが、あの天才科学者・篠ノ之束だと気付いた一同は、にわかに騒がしくなる。
「はぁ……。もう少しまともに出来んのか、お前は。そら一年、手が止まっているぞ。コイツのことは無視してテストを始めろ」
「こいつはひどいなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでいいよ?」
「うるさい、黙れ」
旧知の間柄、幼き頃からの幼馴染である2人の、他者には入りがたいやりとり。織斑先生はともかく、姉さんは本当に嬉しそうで楽しそうだ。
「それより束、先日の―――」
「うっふっふっ。それは既に準備済みだよ。さあ、大空をご覧あれ!」
びしっと青天広がる直上を指差す姉さん。その言葉に従って場に居た皆全員が空を見上げる。
ズズーンッ!
とてつもないスピードで、激しい衝撃を伴って、砂浜に何やら落下してきた。
1辺3メートル程の立方体の金属の塊である。銀色をしたそれは姉さんのパチンッと指を鳴らすと、次の瞬間壁が四方へとばたりと倒れてその中身が露わになる。
そこにあったのは―――
「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃんの専用機こと『
真紅の装甲に身を包んだその機体は、姉さんの言葉に応えるかのように動作アームによって外へと出てくる。
これが……私のIS……。
その姿を目の当たりにし、私は全身が少し身震いする。武者震いのような喜びの感情によるものではない。恐怖だ。やはり私には過ぎた代物ではないだろうか……。
「さあ! 箒ちゃん、今からフィッテングとパーソライズをはじめようか! 私が補佐するからすぐに終わるよん♪」
そんな心配を知る由もない姉さんは、嬉しそうに紅椿を操作し始める。私は躊躇しながらも、ゆっくりとその機体に近づくと、ふと群衆の中から声が聞こえた。
「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……? 身内ってだけで」
「だよねぇ。何かずるいよねぇ」
その声に、私は進めていた足を止める。止めてしまった。
周りに疎まれてまで、嫌悪を抱かれてまで、私は専用機を欲していなかったから。
欲していない……それはつまり自分自身を納得させる理由を有していないということだから。
するとその周囲の言葉に、意外にも姉さんが反応した。
「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ。この世界はそんな不平等で、不条理で、その上、他人がどう思おうが、どうなろうが、自分のことだけを考え行動する者だけが得をする、そんな不完全な世界なんだから」
ピンポイントで指摘を受けた女子は気まずそうに顔を背ける。無理もない。先程とは打って変わった姉さんの態度と表情。とても冷淡であり、そして無機質。息が詰まりそうな空気が場を支配する。
するとそれを察知したのか、山田先生が声を掛ける。
「で、では専用機持ち以外の生徒の皆さんは、あちらの方で訓練を開始しますよ~、皆私についてきてくださ~い」
山田先生はゾロゾロと生徒達を引き攣れ行き、この場には私達と織斑先生、そして姉さんだけが残った。
「ほらほら! 箒ちゃん、早く! あんな奴らの言うことなんて気にすることないよ!」
「姉さん……」
「箒ちゃんにはそれだけの資質も才能もあるんだからっ! 何たってこの束さんの妹なんだし! それに―――」
未だ躊躇の残る私に姉さんが告げた言葉は、私を納得させるだけに十分過ぎる程の理由だった。
「この『紅椿』があれば、大切な人が本当に困った時の力になることが出来るんだよ? 大切な人を支える存在になれるんだよ?」
この『紅椿』があれば、大切な人を救うことが出来るかもしれない。
この力は、守る力。倒す力ではなく、戦う力ではなく、支える力。姉さんは、私にそう告げる。まるで私の心を見透かすかのように。
姉さんがピッ、とリモコンのボタンを押すと刹那、紅椿の装甲へが割れ、操縦者を受け入れる状態へと移行した。
私は決意する。大切な人を守る為に、専用機を受け入れることを。
私は胸元のペンダントをもう一度握りしめ、そして紅椿へと乗り込んだ。
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