インフィニット・ストラトス a Inside Story 作:鴉夜
また、オリジナル解釈が多めです。矛盾や、つじつまが合わない等はあるかと思いますが、本当にご勘弁ください(泣)
お父さんと和解した僕は今、リムジンの中にいた。場所は日本。向かう先はIS学園。実はあの後、僕と京夜のお父さん、一之瀬さんはそのままトンボ返りで飛行機に乗り、日本へと戻ってきていた。
僕はあのままお父さんの近くにいて、これまでの時間を取り戻しながら一緒に病と闘っていこうと決意していたのだが、学園に戻るようにと止められた。
「今のお前には、今のお前の生活があるだろう。学園生活を十分に謳歌してきて欲しい」と。僕の幸せを第一に考えてくれているお父さんの言葉を、僕は受け入れることしか出来なかった。それがお父さんの望みなら。
だけど別れ際の言葉。「大丈夫だ。私は死んだりしない。お前を絶対に1人にしたりはしない」と言ってくれたお父さんの言葉が、何より嬉しかった。だからこそ、IS学園に戻ることを受け入れることが出来たのかもしれない。
そんな僕は、京夜のお父さんの御好意で空港からIS学園まで直接送ってもらえることになり、今こうしてリムジンに乗っていたのだった。
トライラックス社の社長だし、高級車かなとは思ってたけど、まさかリムジンとはね。車体がすごく長いし、内装が豪華。シャンパンとかも積んでありそう。
僕は窓の外の流れる景色を眺める。既に空港から40分くらい。高速に通り過ぎる道路標識から、IS学園まで距離がさほど遠くないことが分かる。
「随分と浮かない顔ですね、シャルロットさん。何か心配事でも?」
僕と向かい合わせで座る一之瀬さんの声に、自分の表情が心配される程暗いものだったことを知った。
僕は父と和解し、心の中にあった蟠りはなくなった。だけど……
「えっとですね……その……本当の僕を、皆が受け入れてくれるかが……ちょっと……」
僕は偽ることを止める。嘘をつくことを止める。もうその必要はないし、したくない。
だけど、皆に嘘をついていたこと、騙していたという事実がなくなる訳じゃない。2ヶ月もの間、欺き続けてきた僕を、皆がすんなり受け入れてくれるとは正直思えなかった。信用も、信頼も、取り戻すことが出来ないかもしれない。それ以上に、嫌悪を抱くかもしれない。顔も見たくないと思うかもしれない。
京夜の手紙にも書いてあった言葉。ここから先は僕次第。父との関係もそうだったが、これもまた僕が頑張るしかない。僕が努力しなければいけないこと。
それは分かっている。分かっているんだけど……僕の勇気は不安に揺さぶられていた。
「ふむ。なら勇気が出るおまじないでもしてあげようかね」
「へ!?」
広い車内で、ゆったりとくつろげる程の距離を取って隣に座っていた京夜のお父さんが、肩が触れ合う程に近くへ座り直してきた。
「え、えっと!? あの、え!?」
「大丈夫。そんなに焦ることはない。ほら目を閉じて」
え!? な、何? なんで顔をこちらに近づけてくるの!? おまじない!? どうしよう!? 恩人相手に無碍には出来ないし、でもこのままじゃ僕の口唇が!? どどどどどうしたら……
だが次の瞬間――
「痛ッ!?」
「冗談だ」
僕はデコピンされた。人差し指で手加減なく。多分赤くなってるだろうおでこを無意識にさする。
けどその痛み以上に、僕の頭は真っ白になっていた。あまりに再現度の高いこのやりとりに。いくら親子とはいえ、これはまるで見ていたかのよう。
「そのM体質は最高だが、少しは抵抗した方がいいぞ、シャルロット」
「え!?」
さらにその声に、僕は耳を疑がった。目の前のダンディな社長から発せられた声は、先程までの少しハスキー気味の渋い声ではなく、ここ2ヶ月間毎日朝起きた時から夜寝るまでの間に聞き続けてるルームメイトの声だった。
そして……真正面の繰り広げられた光景に目さえも疑わざるを得なかった。もう自分の脳すら疑いたくなる程の衝撃だった。
隣に座るトライラックス社の社長は、指をパチンの鳴らす。するとISが収納される時のように、光輝き、粒子が瞬いて消えた。その社長の面影と共に。
そしてそこに座っていたのは、ここにいるはずない、僕とは違う、本当の2番目の男性操縦者だった。
◇
「京夜!?」
「まぁ俺だな。俺以外じゃないな」
隣に座るシャルロットのリアクションに、俺は昇天しそうな程に心が喜びで震えていた。時間を掛けて、慎重に慎重を重ねて組み上げたトランプのピラミッドを崩す時のように、ゾクゾクっとしたものが……って今はそんなこと語る場面じゃないか。
「え!? ど、どうなっているの!? どういうことなの!?」
顔面混戦模様の中でも、最も抜き出ている感情が混乱なのは仕方ないかもしれないが、いくらなんでもパニクリ過ぎだ。
「最初から俺だった、ってだけさ」
真横に座っていた俺は、再び距離を取り座り直す。それでは、俺の顔をガン見のパニクリ症候群であるシャルロットに、ちょっとだけ説明しますかね。
「1年前くらいに親父が死んで、俺が後を継いだんだ。だが、まだまだ新興企業であるウチのトップが、こんな若造だとナメられるからな。それでこれの出番さ」
俺は右手に握っていた物をシャルロットの前に出す。横に座る金髪美少女にマジマジと見つめられているソレは、片手にスッポリと収まるサイズの小型端末だ。全面液晶モニターの操作パネルには、『黒神総一郎』のパーソナルデータが表示されている。
「コイツは、内蔵されたモニタータイプのナノマシンを自身の周りに展開し、保存されたパーソナルデータを元に、その姿を表示する機械だ。ボイスチェンジャー付きで、変装用としてウチが開発した。未発表だがな。コイツを使って親父が生きてると偽装しているというわけだ」
説明を聞き終え、手のひらのソレから俺へと移してきたシャルロットの視線に合わせることなく、俺は窓の外へと目を向ける。
高速道路を降りて走り抜ける速度の落ちた車内からの、その見覚えのある風景から目的地まで間もないことを感じながら、俺は少しの躊躇いを持ちつつ言葉にする。
「この世界で他人と共に生きていく以上、誰もが嘘をつくんだ。俺だって、こうして嘘をつく。だから――」
一息飲む。言い憚られる気持ち。躊躇と呼ばれる感情。
今から口にしようとしている言葉は、まるで自分に言い訳をしているかのよう。まるで同類の傷の舐め合いにすら感じてしまう程。そんな言葉を吐こうとしている自分が、嫌で嫌でたまらない。
だが俺は、シャルロットの為とかクロードさんの為とか、そんな言い訳をしてその吐きそうな思いを飲み込み、続けた。
「お前だけじゃない。他人の嘘を、お前が許せるのなら、周りもお前の嘘を受け入れてくれるさ」
その言葉に、シャルロットは先程俺が空けた距離を詰めて隣に座る。そして俺の左手を両手で掴み、良い顔を見せた。
「ありがとう」と呟きながら見せたその顔は、多量の水分でその桔梗色の瞳を輝かせながらも喜びと感謝の伝わるその表情は、10人見たら10人全員の心を奪ってしまいそうな程に魅力的な笑顔だった。
◇
IS学園に着いた俺は、シャルロットを先に部屋へと戻らせてリムジンの中に残り、今日のことを振り返っていた。
今回の件は、概ね想定通りだったと言えるだろう。我が脳内彼女達の収集してきた情報と、シャルロット転校初日の事情聴取から、俺は最初の段階でクロードさんの思惑を読み取っていた。その思いを。だからこそ俺は可能な限りその筋書きから逸れぬ様努めた。
世論の構築には、彼女に味方する多くの人間が必要となる。俺はすぐに行動はせず、性別偽装が露呈しないよう注意を払いながらも、主に代表候補生を中心にクラスメイト達と親密な交友関係が築けるように補助した。
そんな中、生活を共にする上であることに気付いた。シャルロットの性格というか、人間性というか、そういった内面的なものだ。
それは父親に対する思い。最初から腑に落ちなかったことではあった。この2ヶ月の間でも何気ない会話の中でクロードさんのことが話題として挙がることもあったのが、シャルロットは一度たりとして父親に対し、嫌悪や憎悪といった感情を見せることはなかった。それは態度や表情、口調や声のトーンだけでなく、選択され発せられた言葉に至るまでだ。
嘘吐きスペシャリストである俺は、その態度から一つの結論を導き出した。シャルロットは愛情を求めている。飢えているとまでは言わないが、父親との和解を、ありふれた親子の関係を望んでいるのだと。
故に俺はあんな策を打った。普通なら、生まれて10年余り会ったことのなかった父親との関係を結ぶ為の方策としては、強引であり早急過ぎると感じるだろうが、そこは彼女の思いを信じたという所だ。状況を追い込んだり、手紙を送ったりと焚き付けたことは確かだが。
とはいえ、これで親子共に良い方向へ進むだろう。やれやれだな。
俺はズボンのポケットから煙草とジッポを取り出し、1本銜えて火を付け、一息吸って口元から離し、安堵の共に下向きで吐く。
すると次の瞬間、俺の指に挟まれていたそれは、目の前に座るクールビューティーな秘書に取り上げられた。
「京夜様、駄目です」
「相変わらずだな詩音は。考え方も呼び方も話し方も固いって。呼び捨てとか、もっとフランクでいいって言ってるだろ?」
俺の言葉に、首を横に振った詩音は、取り上げた煙草をリムジン備え付けの灰皿で火を消し、再び向き合うように座る。
一之瀬詩音。トライラックス社の社長秘書の立ち位置だが、実質社長業は彼女がこなしている。学園にいる俺の代理として、先程の変装用端末を使って。実際それらを軽くこなせる程の能力を有している優秀な社員だ。
「それはそうと……よろしかったのですか?」
「ん? 何が?」
「シャルロットさんのことですよ」
ハッキリとその内容を言わない詩音だったが、それなりに長い付き合いである俺には何が言いたいか何となくわかった。
「俺はちゃんと言っただろう? 俺だって嘘をつくって」
そう言う俺に「仕方のない人ですね」と、詩音は笑みを見せる。
先程のあの状況は、俺がシャルロットに嘘の裏側を、秘密を打ち明けたように普通は感じることだろう。当の本人もそう感じたに違いない。
だが本当は今も尚、嘘をつき続けている。悪びれることもなく。当たり前のように。俺はシャルロットに、世界に嘘をつく。
「実はトライラックス社の社長の息子」という、ちょっと調べれば分かる嘘と、「
「私は、京夜様のお傍におります。たとえ世界が認めなくても、私は、いえ私達はいつまでも……」
俺の顔を見つめながら、忠誠を誓うかのような詩音の発言に、俺は笑顔を返す。どうやら心配させるような顔を、俺はしていたようだ。
詩音の、そして詩音が言った私達……社員達の思いは理解しているつもりだ。でなければ、彼女達がいつまでもウチの社員で居続けてくれるなんてことはない。
そんな彼女達の、
俺は向かいに座る詩音の隣へと移動し、右手で詩音の頭をポンポンする。詩音は抵抗することなく目を瞑り、されるがままだ。
本来なら年上の彼女にこのようなことは失礼極まりないのかもしれないが、これは彼女が望んでいることなので、一緒にいる時は可能な限りしてあげることにしている。彼女には本当に多くの負担を掛けているということもあり、労いの意味もあるのだがそれ以上に、俺のこんな何気ない行為が本当に嬉しいのだそうだ。
とはいえ時間も時間だ。名残惜しいが……
「詩音、もう行くわ。何かあればメールで連絡をくれ」
「はい。お任せ下さい」
幸せを噛み締め、満喫したかのような顔の詩音に別れを告げ、俺はIS学園の門を通り、寮へと向かって歩み始めた。
既に日は沈み、辺りは暗闇に包まれている。所々の外灯の明かりを頼りに、俺は寮へと続く道のりを進む。徐に空を見上げれば、目を奪われてしまう程に瞬く星々と、白く輝く下弦の月。
俺は立ち止まり、その光景を見据える。醜悪で、賎陋な面持ちで。居た堪れないような思いを胸に秘めながら。
光は影を強くするように、どこまでも広がる美しい星空は、その下に存在する俺の卑陋さを際立たせる。あの風光明媚な空間こそが最も輝く存在であるISを、己が欲望とも言える感情で利用する俺がそう感じることは必然と言えるのかもしれない。
だが俺は目を背けない。今も昔もこれからも、嘘偽りだらけの人生を送る俺の後戻りは、世界が許しはしないのだから。
俺はその凄惨を極める道を進む覚悟を胸に、書類上性転換となるであろうルームメイトの待つ寮への道を、再び歩み始めるのだった。
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