インフィニット・ストラトス a Inside Story 作:鴉夜
また、オリジナル解釈が多めです。矛盾や、つじつまが合わない等はあるかと思いますが、本当にご勘弁ください(泣)
その社長室の扉の隙間から中の様子を覗き見る。僕、シャルロット・デュノアの本当の望みの為に。
さっきまで僕も座っていたソファに、さっきと変わらずに腰を下ろしている京夜のお父さん、トライラックス社の社長『黒神総一郎』さんと、僕の父、デュノア社の社長『クロード・デュノア』がたわいもない世間話に花を咲かせていた。一定の距離を保ち続けているビジネスマン同士の会話といった印象を僕は受けた。
「それにしても……とても可愛らしい娘さんだ。是非ウチの息子のお嫁さんにしたいくらいですよ」
「……別にかまいませんよ。もうそちらの会社の人間になるわけですから」
「……」
胸が張り裂けそうになる。もう自分の娘ではないと、暗に言っているようなその発言に。
「さて……。実はちょっとお聞きしたいことがありまして。差支えなければで構いませんので、お教え頂けませんかね?」
「ほう……それはどのようなことですか?」
「貴方の本心ですよ」
京夜のお父さんは、何を言っているんだろう。父の本心なんて、聞いてどうしようというのだろうか。
「クロードさん直接の命令で、デュノア社のテストパイロットであったシャルロット君は男装をし、世界で3番目の男性操縦者としてIS学園へと編入したそうですね。情報収集しながら、次世代機発表の際の広告塔となる為に」
「ええ。お恥ずかしながら、我が社は第3世代型の開発に遅れを取っていましてね。威信をかけて送り出した訳です。結果的には、こうして想定以上の結果をもたらしてくれた訳ですが」
そっか。こうなってよかったって思っているんだ。僕はあんな苦しい思いをし続けてきたのに……。
京夜が伝えたかった真実って「僕の望みなんて叶う訳ない。現実を知れ」ってことだったのかな……。
突きつけられた現実に、僕はその扉を閉めようとした。だが話の流れは、思いもよらない方向へと進む。
「では、なぜ『シャルル・デュノア』という偽名を使ったのですか?」
「なぜって……『シャルロット』という女性の名前では差支えるからで――」
「違います。
「!」
父は驚いていた。何をそんなに驚く必要があるんだろう。僕は貴方の子供なんだから、そう名乗ることは別に――
「貴方と今の奥様との間に子供はいない。それは世間が知る事実。この女尊男卑の世の中で、男の社長に、愛人との隠し子がいるなんてスキャンダルは、会社に多大なる損失を与えかねない。そんなリスクを背負ってまで『デュノア』の性を名乗らせて公の場に出す理由がない」
京夜のお父さんの言葉に、覗き見ている僕も驚きの感情が発露する。
確かに、女性しか扱えないISを扱う企業のトップが、男性であることに対する風当たりは強い。もしそんなことが明るみになれば、甚大なる損害を出る可能性は否定出来ないかも。そして、そんなこと父が知らない訳がない。
だけど僕は、
「それと……息子から聞きましたが、シャルロット君の男装は、あまりにも稚拙だったそうです。男言葉や振る舞いはそれなりに訓練されたようであったが、中身が女性過ぎると。そんな彼女をIS学園に送らずとも、デュノア社には他にもテストパイロットはいるでしょうから、シャルロット君でなければいけない理由もない」
京夜のお父さんの言う通り、僕よりもっと男っぽい容姿で性格のテストパイロットは、デュノア社に何人かいる。そう言われたら、僕でなきゃいけない理由は、確かにない。
「しかも彼女には、『デュノア社』は経営難に陥っていると説明したそうですね。ですが『デュノア家』はフランス名家のひとつ。今でこそIS関連企業であるこの『デュノア社』が有名であり、基幹となりつつあるが、『デュノア家』の古くからの基盤は金融業。
そのことを知らなかった僕は驚いたが、それ以上の疑問が、頭の中を駆け巡っていた。じゃあ、なんで……
「何から何まで辻褄が合わない。お教え頂けませんか、クロードさん」
「……」
僕も知りたかった。そんな状況なら、僕が男装してまでIS学園へ行く必要がなかったから。あんな辛い思いをしなくても良かったってことだから。
だが京夜のお父さんの言葉に、伏し目がちな父は、先程から何も答えない。
そんな父の様子に、情のある印象の目を向けながら、京夜のお父さんは口を開く。
「本当は『非道な父親の命令で、無理やり男装させられてIS学園へと送られ、スパイ紛いなことをさせられている哀れな愛人の子』という肩書きを作り、それを使って『シャルロット・デュノア』という少女の
え? どういうこと?
僕には言葉の意味が全く理解出来なかった。
「男として編入すれば、当然織斑一夏か黒神京夜のどちらかと同室になる可能性が高い。たとえ同室でなくても、男同士ということで、一緒にいる可能性が高くなる。そして未熟な男装である彼女が、本当の男である彼らと一緒に居れば、確実に女であることがバレると踏んだ」
何も声を発しない父を見ながらも、京夜のお父さんは続ける。
「男装がバレれば、シャルロット君はその相手に事情を説明する。愛人の子の自分は、社長の父親に命令されて、会社の為にここに来た、と。そんな哀れな事情を知ったら、その相手はシャルロット君の味方をするだろう、と貴方は読んだ。そして織斑一夏の場合は織斑千冬先生と篠ノ之束博士が、うちの息子ならトライラックス社が、その手助けをしてくれるに違いないと考えた。さらにはIS学園には多くの代表候補生がいる。代表候補生同士、仲良くなり秘密を打ち明けるようなことになれば、協力してくれるかもしれない」
それってつまり、一夏や京夜達に僕を助けさせる為に、……僕の為に……男装させてIS学園へ編入させたってこと……?
「とはいっても、それらも保険だ。滑り止めのような、あくまで保険的な後ろ盾に過ぎない。本命は別の所にある。『デュノア』を名乗らせた本当の理由が」
京夜のお父さんは、ここからが本題だと言わんばかりの表情をする。その気迫に、僕もまた息を呑む。
「それは彼女が『シャルロット・デュノア』であることを、世間に認知させたかった。愛人との子ではあっても、間違いなく自分の娘であることを。哀れな肩書は、そんな彼女の身分を後押ししてくれる世論の構築に必要なファクターだった。その後ろ盾があれば、
先程まで、全く動かなかった父は僅かに体を震わせた。
そんな父に京夜のお父さんは、胸ポケットから何かの資料を取り出す。あれは……カルテ?
「このままでは、持って半年……だそうですね」
その言葉に、僕の思考は停止した。
◇
全てを見抜かれた私は、全てを語ることにした。全てを分かった上で、わざわざフランスまで足を運んでくれたことに敬意を表して。
それは20年程前の話。当時大学生だった私、クロード・デュノアは、恋をした。
彼女の名前は『アリア』。優しい心を持った美しい女性だった。私達は互いに惹かれあい、愛し合った。
そして新たな命を授かった。そんな私はアリアにプロポーズした。アリアもそれを受け入れてくれた。私達は幸せだった。
だが、私達の結婚は認められなかった。私の家である『デュノア家』は、所謂名家であり、嫡子であった私に、身寄りのない彼女では相応しくないというのが理由だった。
子供の顔を拝むことも出来ないまま無理やり引き離された私は、アリアに約束した。「必ず迎えに行くから待っていて欲しい」と。アリアは笑顔でそれを受け入れてくれた。
当時デュノアは、主に金融業に基盤を置いていた。そこで私は軍事産業への新規参入を果たすことにした。成果を上げ、自分の地位を確固たるものにすれば、アリアを迎え入れることが出来ると信じて。
私は心血を注いだ。アリアとの僅かばかりの手紙のやりとりと、送られてくる幼い娘の写真だけが、私のやる気を鼓舞し、仕事へと向かわせた。
新規参入から7年経った頃。全てが順調に進んでいた。もうすぐ迎えに行くことが出来る。この手でアリアを、そして娘を抱きしめることが出来ることを心待ちにしていた。
だが、世界は私達に優しくなかった。ISの登場。軍事産業は根底からひっくり返されるような出来事だった。
大打撃を受けた。デュノアに多大なる損害を与えてしまった。嫡子とはいえ、まだ家督を継いだ訳ではない。損害を与えてしまった私は、家長である父の言うことを聞かざるを得なくなってしまった。
私は責任を取らされることになった。政略結婚だった。同じく名家の女性との。私の中にあった思いは、無へと帰した。
私はアリアに最後の手紙を出した。「すまない、私の事は忘れて幸せになってくれ」と。彼女がこの手紙を読んでどう思うのだろうと考えると、胸が張り裂けそうなくらい痛んだ。
私は今まで以上に、仕事に情熱を注いだ。全てを忘れる為に、何も考えないで済むように、そんな風に自分を偽り続けた。
そして2年前。毎月振り込んでいた娘の養育費が引き落とされていない事実から、私はアリアの死を知った。
その訃報に、枯れ果てたと思っていた感情が芽吹き、私は1人泣いた。彼女を1人で逝かせてしまったことを悔いた。自分を偽り、目を背け続けてしまったことに苛まれた。
そんな後悔の嵐の中で、残された僅かな光を見出した私は、どう生きるかを決めた。私の全てを、その光である娘の為に捧げようと。憎まれようと、嫌われようと、娘の幸せだけを考えようと。
私は娘をデュノアへと迎え入れた。『シャルロット・デュノア』として。
そのまま娘として迎え入れると、あちらこちらから非難を浴びかねないと考え、テストパイロットとして最初の居場所を作った。徐々に知識や教養を身に付けさせ、時間を掛けてゆっくりと、私の娘として、デュノアの人間として、幸せに暮らせる程の地位を築かせるつもりだった。
「ですが、そんな悠長に構えていられなくなった」
「ええ。そうです」
私の体は、病に蝕まれていた。持って半年と宣告を受けた。
だが今の状態で私が死ねば、何の後ろ盾もない娘は路頭に放り出されるだけだった。現状、私の娘であることを証明し、味方する者は誰もいなかったから。たとえ娘であることが事実でも、権力の前に、闇へと葬られる可能性が高かった。
「そこで貴方は、世論を味方にすることにした訳ですね」
世論が味方すれば、世間がその存在を証明してくれる。その身を保障してくれる。私の娘だと。そうなれば私の死後、私の遺産を受け取ることが出来るだろう。
「必要以上に冷たく接しているのも、シャルロット君を思ってのことですね?」
「憎しみも、生きる糧になる。私を憎み、私を利用するだけ利用しようとするような強欲さが生まれてくれれば、この先も強く生きていけるだろう」
私がどう思われようと構わない。娘から嫌われようとも、世間から蔑まれようとも、娘が、シャルロットが幸せになれるのであれば。
「娘さんを、本当に愛していらっしゃるのですね」
「……もちろんだ。私とアリアの、世界でたった1人の、最愛の娘なのだから。だから――」
彼の言葉に、素直に自分の気持ちを答えた私は、彼の手を両手で掴む。
「どうか、娘を宜しく頼みます。私の代わりに、見守ってやってください。お願いです」
私に出来ること。それはもうこんな事しかなかった。先の長くない私は、どれ程策を巡らせようとも、最後には誰かに頼らざるを得ないのだから。
私は懇願し、頭を下げた。次の瞬間――
バタンッ!!
「お父さん!!!」
突然開かれた扉。私は目を疑った。耳を疑った。そこに立っていたのは母親のアリア譲りの大きな瞳に大粒の涙を溜めた娘の姿だった。
「シャ、シャルロット……」
「勝手なこと言わないでよぉ!! 僕は……お、お父さんと、一緒に生きていきたいよぉ……。僕を1人にしないでよぉ……」
聞かれていた。私の思いを。欺き続けてきた、偽り続けてきた私の気持ちを。
泣きじゃくる娘に、私は無意識に近づいていた。手の届く所まで。伸ばすことの憚られるその手が、触れる程の位置まで。その涙が拭える距離まで。
「……私を、父と、呼んでくれるのかい……?」
「当たり前だよぉ! 僕のお父さんは、1人しかいないんだからぁ!」
娘は、私へと飛び込んできた。私を抱きしめるその両腕は震えていた。そこから伝わる思いに、私の心は初めて、親としての幸せを感じた。
私は、娘を抱きしめた。それはシャルロットが生まれてきてくれて15年、一度として出来なかったことだった。
◇
なんて愚かだったんだろう。僕は零れ落ちる涙を止めることが出来なかった。
僕は何もしなかった。僕は僕を憐れんでた。それだけだった。僕は可哀想な人で、世界が、周りが、デュノア社が、そして父が悪いんだと、そうやって誰かの何かのせいにしてた。僕は何も悪くないと。
本心を出せないのも、本当の望みが吐き出せないのも、僕のせいじゃない。偽らなきゃいけないのも、嘘をつき続けなきゃいけないのも、僕じゃない『何か』のせいなんだって。
でもそうじゃない、そうじゃなかった。僕の事は、僕にしか分からない。どんなに辛くても苦しくても、僕が足掻かなきゃいけなかった。僕がちゃんと気持ちを父にぶつけていれば、父にこんな苦しい思いをさせることもなかった。自分の苦しい気持ちばかりで、周りを全く見ていなかった。
父が、お父さんが、自分の命を削っても尚、僕の為に行動してくれていたというのに……愛してくれていたというのに……僕は……。
そんな僕を、お父さんは優しく抱き止め、「大丈夫」と背中をさすってくれる。
温かい。お母さんに抱きしめられた時みたいだよ。やっぱりお父さんは、僕のお父さんなんだね。
「クロードさん。今回の件は、白紙にしましょう。もう2人とも、互いに偽る必要なんてないのですから」
床に座り、抱きしめ合う父娘の僕達に歩み寄ってきた京夜のお父さんは、目線を合わせる様に片膝をつく。
「ですが……私には……」
「大丈夫です」
そう言うと京夜のお父さんは、先程のタブレット端末を持ち出して僕達の前に出す。そこにはある病院の資料が表示されていた。
京夜のお父さんの話によれば、そこは先進的な治療法を率先して実践することでは、世界でも有数の病院と言われているらしい。そこの医師の診断では、最近発見されたばかりの治療法を用いれば、まだ何とかなる可能性が残されているとのことだった。
それはつまり……今すぐ治療に専念すれば、父が死なないですむかもしれないということだった。
京夜のお父さんは再び端末にISのデータを映し出す。
「こちらの第3世代型ISは、クロードさんの見舞い品とさせて頂きますよ。これがあれば、デュノアはこの業界から撤退しないでも済むでしょう。そうなればシャルロット君は今まで通り、テストパイロットとしての今の居場所を維持出来る」
「そ、そんな! それでは……」
「その対価、その代わりと言っては何ですが、一つ約束して頂きたい」
タブレット端末を手渡した京夜のお父さんは、僕のお父さんの肩を掴む。そして真剣な眼差しを向ける。
「生きてください。娘さんを悲しませない為に。1人にさせない為に」
「「あ、ありがとうございます……!!」」
僕は僕でありたかった。男じゃなく、『シャルル・デュノア』じゃない。僕は、お父さんの娘の、『シャルロット・デュノア』でいたかった。そう見て欲しかった。みんなに、世界に、ありのままの僕を受け入れて欲しかった。
そんな、何もかもを得ようとしたことが、僕の本当の望み。強欲すぎると、叶わないと思っていた僕の思い。
だけどそれは、なんてことはなかった。僕に勇気が足りなかっただけだった。
僕は、お父さんの温かな腕の中で、ここから始まる僕とお父さんとの、偽りのない関係を喜び、それを噛み締めていた。
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