インフィニット・ストラトス a Inside Story 作:鴉夜
また、オリジナル解釈が多めです。矛盾や、つじつまが合わない等はあるかと思いますが、本当にご勘弁ください(泣)
男子は「俺」、女子は「私」という一人称で呼ぶ人は多いけど、自分の事を「僕」という女子は、どう見えるのだろう。
『シャルル・デュノア』という男の偽名を持つ僕、『シャルロット・デュノア』は、他人にどう見えているのだろう。
そんな僕の嘘を、もし一夏達が知ったのなら、僕はどんな風に見えるのだろう。僕はどんな目を向けられるのだろう。
そんな不安に押し潰されそうになっていた僕は、先日ルームメイトの京夜に追い打ちを掛けられて、心の壁が決壊してしまった。一生懸命押さえていた気持ちに歯止めが利かなくなって、それが涙と一緒に、僕の中から流れ出してしまった。
正直、なんでそんな酷い言い方するの? って思ったけど、優しく抱きしめてくれた腕が、すごく温かくて、少しだけ気持ちが楽になった。
でも、問題が解決したわけじゃない。僕が嘘をつき続けなければならないことには変わりない。僕はそう思っていた。
そんな僕に、京夜は1枚のメモをくれた。週末に1人でココに行くように、と。そうすれば、問題は解決するかもしれない、と。
正直、言っている意味が分からないし、信じられなかった。一高校生にどうにかなるような問題じゃないから。
でもその時の、嘘をつき続けている僕に向けた京夜の顔には、嘘偽りなんてないと信じさせてくれる強さがあった。
僕はそんな京夜を信じ、土曜日の今日、バスやモノレールを乗り次いで、メモに書かれていた場所立つ建物の中に居る。いつもの制服姿で。
IS学園から1時間。オフィス街にあるこの建物は、その中でも一等地だと思われる場所にあり、近代的でハイセンスなビルディング。オフィス専用にしては比較的高めの40階建てで、1階フロアは受付にも関わらず、まるで高級ホテルのラウンジと比較しても遜色のない程に豪華な造りだった。
僕はその受付に備え付けられていたソファに座りながら、人を待っていた。誰かは分からない。「約束の時間になれば、向こうから声を掛けてくれる」と、京夜は言っていたんだけど……
「貴方が、シャルロット・デュノアさん、かしら?」
「は、はい! そうです!」
突然の声に、僕はその場に立ち上がる。
「フフフッ、そんなに驚かなくても大丈夫よ。私は
「は、はい、宜しくお願いします!」
僕は勢い良く頭を下げる。そんな僕の姿が面白かったみたいで、クスクスと笑い声が聞こえる。何やってんだろ、僕。
僕は頭を上げて、目の前に立つ女性を見る。
よく手入れされていそうな菫色の髪。アップに纏められていて、知的なイメージを醸し出している。切れ長だが、とても柔らかい印象を受ける千歳緑の瞳。陶器のような白い肌。モデル並みの高身長とスタイル。けど落ち着きのあるグレーのスーツに身を包んでいて、オフィス内のTPOはしっかり押さえている。ドキリとさせるようなアンバランスさを兼ね備えた印象を受ける魅力的な大人の女性だった。
その上、物腰も柔らかで丁寧。僕もあんな風になりたいなと一目で思っちゃったくらい。
「じゃあ、行きましょうか」
「は、はい」
少し見蕩れていた僕は、一之瀬さんに連れられて、エレベーターに乗り込む。
ガラス張りのエレベーターから外を眺めると、ビルが、街が、どんどん小さくなっていく。5メートル立方のこの四角い箱は、地上から離れて、ぐんぐん高度を上げていく。
チーンという音と共に、開かれた扉の先に進んだ僕は、驚愕する。高めの天井、広い廊下、それら全てが白で統一されていることもそうだけど、それより何より、この廊下は横道が無い。つまりは一本道で、その先には1枚の両開きの扉が見えるだけ。
ここって……
コンコンッ
「失礼します」
前に立つ一之瀬さんは扉を開け、中に入るよう僕に促す。恐る恐る入った僕は辺りを見渡す。
広い室内には、来客用のテーブルとソファはあるけれど、それ以外にはかなり大きいデスクとレザーチェアが一対だけだった
廊下の様子から少し察していたが、部屋の在り様は、それを確信させるものだった。
「社長。シャルロット・デュノア様をお連れしました」
答え合わせの回答を聞いた僕は、その高そうな革張りの椅子に腰かけた人物へと目を向ける。
一之瀬さんの声に、その人物は立ち上がりこちらへと歩み寄ってきた。
オールバックの髪に、とてもダンディな顔立ち。口髭がその渋さをさらに際立たせている。背は高めで、引き締まった印象の体。とてもセンスの良いスーツでその身を包んでいる。
「待っていたよ。私の名前は『
社長と呼ばれたその人は、穏やかな口調でそう言うと、僕の手を掴み、握手を交わす。
だが、その言葉から与えられた情報に、僕は完全に脳内がパニック状態だった。
ココってあのトライラックス社なの!? その社長!? っていうか、今『黒神』って言ったよね!? もしかして、もしかして――
「もももももしかして、京夜君の―――」
「ああ。父親だ。息子がいつも世話になっているみたいだね。ありがとう、シャルロット君」
「いいいいい、いいえ! こここここちらこそ!」
あわわわわ!!! この人は社長で、社長は京夜のお父さんで、社長はトライラックス社の社長で、ってことは――
京夜は、トライラックス社の社長の息子!!???
大混乱状態の僕に、京夜のお父さんはまるで追い打ちを掛けるようなことを言う。
「では、行こうか。ちゃんとパスポートは持ってきたかな?」
「へぇ!? は、はい、京夜君に言われたので持ってきましたけど、ど、どこへ?」
「決まっているだろう? フランスの、君の実家さ」
え? ええ? えええ?? えええええええええ!!?!?!
あまりの想定外の出来事に、完全に思考が追いつかなくなってフリーズした僕は、そのまま一之瀬さんに手を引かれてビルの屋上からヘリに乗って空港へと向かい、そのままジェット機に乗ってフランスへと向かったそうだけど、僕は全く覚えていなかった。
◇
「そんなに緊張しなくていい。大丈夫」
「は、はぁ」
とは言われても。僕の体は強張ったままだった。逆にさっきまでパニック状態だった頭の中は、驚く程に落ち着きを取り戻し、そんな冷静を通り越して、どんどんと気分が重たくなっていた。
今いるココはフランスの、デュノア社の、社長室だった。数えるほどしか入ったことのないこの場所は、部屋の内装こそデザイン性の高い高級感溢れる感じではあるけど、比較的質素なイメージ。そう感じさせるのは必要最低限のものしか置かれていないからかもしれない。……父は、そういう性格ということなのかもしれない。
僕は京夜のお父さんと共に来客用のソファに座り、部屋の主を待っていた。一之瀬さんは、その傍らに立っている。
すると、向かいの重厚感ある扉が開かれる。入ってきたのは、デュノア社の社長である、僕の父だった。
「お待たせしてしまって、申し訳ない」
「いえいえ。突然の訪問に、わざわざ時間を作って頂けたことを嬉しく思っていますよ、クロードさん」
「いやいや。何かと話題のトライラックス社の社長自らが、こうして訪問してくれたのですから」
立ち上がった京夜のお父さんと、父は両手で握手を交わす。企業同士の当たり障りのない挨拶。それは互いに隙のないやりとりの始まりを告げるかのよう。
2人はそのまま対面でソファへと腰を掛ける。父は僕に一瞥さえもくれないまま。一緒に立ち上がっていた僕も、そのまま座る。
「それで……今日はどのようなご用件で?」
「ええ。実はですね……」
早々に、主題へと話を振る父に対し、京夜のお父さんは僕の肩に手を置いた。
「彼女を、ウチのテストパイロットとして迎え入れたいと思いまして」
「ほう……」
初めて父が、こちらを見る。まるで興味のないモノでも見るかのような目で。愛情なんて感じられない瞳で。
それはいつも思っていたこと。あの人は、本当に僕の父……なんだろうか。
「既にコレが女であることを、ご存じでの話かと思いますが、女であるコレに、それ程のメリットがあるとは思えませんが……」
『コレ』って。そんな僕の心にさらに追い打ちを掛けるようなことを眉一つ動かさず口に出来るなんて。僕のことなんて、ISのパーツくらいにしか思っていないんじゃないだろうか。
「実はですね……ウチの息子が、お宅のお嬢さんを大層気に入っていましてね。頼まれたのですよ」
「そうですか。世界で2番目の男性操縦者である貴方の息子さんの、京夜君に気に入られていると」
父はどうやら知っていたみたいだ。京夜がトライラックス社の社長の息子であることを。
「ですがね、総一郎さん。デュノア社の代表として、はいそうですか、とお渡し出来ないことは、お分かり頂けると思いますが」
「ええ、もちろんです。それ相応の対価はご用意させて頂きました」
それはまるで舞台でも見ているかのよう。台本に書かれていたセリフを読み上げるように、想定されていたかのような取引の言葉。
「まずは、ウチの息子の、男性操縦者のIS稼働データを無償提供致します。そちらの会社の社員がウチに常駐して、採取して頂いてもかまいません。存分にご利用ください。そしてもう1つは……」
京夜のお父さんの言葉に、傍らに立っていた一之瀬さんが、父に1台のタブレット端末を差し出した。そのディスプレイには機械的な何かが表示されている。遠目なので、正確には分からないけど……
「これは……」
「第3世代型ISの設計書と、その基礎テスト及び稼働テストデータです」
父と僕は、あまりの驚きに、京夜のお父さんの顔を凝視する。IS関連企業が、それこそ死に物狂いで必死に開発しているものを、一パイロットの移籍の対価として提示したことに、ISに携わる者なら驚いて当然だった。
「こちらはお宅の『ラファール・リヴァイブ』の基礎設計に準じてウチが開発したものです。未だ何処にも公表しておりませんので、デュノア社の新作として発表して頂いても差し支えないでしょう。もし世間に疑われるようでしたら、ウチが一部技術提供していると添えて頂いても構いませんよ」
この発言に、僕も父も、さらに驚愕せざるを得なかった。
それはつまり、共同開発とかそういう話ではなく、完全なる譲渡。利益を得る権利を放棄すること。僕1人の為に。
「随分と気前の良いことですね。これがどれ程の利益を生むか分かっておいでで、ここまでするとは……」
「単に親バカなだけですよ。これではまだ足りませんかな?」
その言葉に、僕は胸が痛くなる。京夜のお父さんは、自分の会社に多大なる損害を与えると分かっていて、息子のお願いを叶えようとしている。だけど、僕の父は……
「いえ、十分です。どうぞお持ち帰りください。ただフランス代表候補生ではありますので、フランス国籍から変えることは出来ませんが」
「ええ。そちらはご心配なく」
会社の利益の為に、娘を切り捨てることに躊躇がなかった。
僕は今にも溢れ出そうな感情をこらえる為に、下を向いた。もう、父の顔を見ていられなかった。
その後、社長同士2人で細かい打ち合わせがあるからと、一之瀬さんと2人、別室で待機することになった。部屋を出る時、勇気を振り絞って父の顔を見たが、父はこちらをチラリとすら見ることはなかった。彼の中ではもう、僕はライバル社の人間という扱いなのかもしれない。
バタンと閉められた社長室の扉の前で、僕は少しの間、茫然としていたと思う。そこに立っていながら、意識がなかったのかもしれない。自分の左目から頬を伝う涙に、僕は気付かなかったから。
「シャルロットさん、これを……」
隣に立つ一之瀬さんは、折られた1枚の紙を差し出す。
「これは……」
「ある人からよ。誰からかは、シャルロットさんなら分かるだろうって」
京夜だ。今渡された紙は、この前受け取ったメモと同じ紙質のものだし、それに……なんとなくそんな気がした。なぜそう思ったのかは分からないけど……どっかで見ていてくれているような、そんな気がしたから。
僕は涙を拭いて、その手紙を読む。
――「デュノア。お前の望みは恐らく叶っただろう。だがそれで、お前は幸せになったか? もしそうでないのなら、それはお前の『本当の望み』ではないということだ。望み過ぎてはいけないと、心の奥底で遠慮し偽装した『妥協』と呼ぶものだったということだ」――
ホントどっかで見ているみたいな事を言うよね。状況だけでなく、まるで僕の心の中も見ているみたいだ。
――「なら今一度、自分に問いかけろ。これが最後の可能性だ。お前は何を望むのかを。たとえ叶わなくても、たとえ強欲であろうとも、妥協しないお前の『真の望み』はなんなのかを」――
その言葉に、僕の胸は激しく鼓動する。
あの夜に、京夜に問いかけられたあの時から、僕の心にはある1つの願望があることに、気付かされた。いや思い出させられた。
僕が気付かないようにしてた気持ち。隠していた思い。京夜の言う『妥協』で偽装していた、偽っていた僕の本当の望み。
――「それには痛みを伴うかもしれない。苦悩が付きまとうかもしれない。それはあくまで可能性だが、それでもお前がそれを自覚し、偽ることなく強く望むことが出来るなら、その結末を見る覚悟がその胸にあるのなら、そこにある扉を少し開いて真実を知るといい。そこから先は、お前次第だ。……頑張れよ、シャルロット」――
僕は決意する。覚悟する。最後の可能性に縋ることにする。たとえどれ程辛い現実を突きつけられても、僕は僕自身の本当の望みの為に、その結末を見る為に。
性別も、名前も、自分の心すら偽り、嘘をつき続けてきた僕の『本当』を誰よりも見てくれていて、僕の為に行動してくれた京夜の思いに、僕は背くことなんてしたくない。
僕は、今出てきた扉を少し開いて、中の様子を覗き見るのだった。
『インフィニット・ストラトス a Inside Story』は自身のブログでも掲載中です。
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