インフィニット・ストラトス a Inside Story 作:鴉夜
また、オリジナル解釈が多めです。矛盾や、つじつまが合わない等はあるかと思いますが、本当にご勘弁ください(泣)
前回モテ期について、ちょっとばかし触れたかと思うが、普通どれくらいの間、その状態は続くものなのだろう。モテ期の「期」は期間の「期」だろうから、最低でも一週間くらい続くものなのではないだろうか。
なのであれば、先日の、あの廊下まで多くの女生徒が詰め寄せた騒動は、どうやら本当に珍獣見たさで集まっただけだったようだ。
翌日、いつも通りへと戻った教室の様子に、俺はそれを実感していた。
さらにそれを確信へと後押ししたのが、一夏の体験談だった。
あの学年別トーナメント以降、今日に至るまで1週間程の時が経過しているのだが、その人気は今まで以上に拍車が掛かり、俺は一夏と食事を共にする機会が少なくなった。授業の合間の休み時間や、放課後の特訓などはいつも通りであるが、食事に関しては女生徒達の一夏に対するアプローチが過激になり、ほぼ毎日違う女子と一夏はテーブルを囲んでいるそうだ。噂では既に1ヶ月待ちのスケジュールが組まれているとかいないとか。
そんな一夏に俺は聞いてみた。「最近、何人くらいの女子に付き合って欲しいって言われたんだ?」と。
それに対する一夏の回答。「今週に入って20人くらいに言われたな。そんなに『買い物』に付き合ってくれって誘われてもさ、俺には時間も金がないって。だから断ってばっかだけどな」だとさ。
その返事自体は「キング・オブ・朴念仁」の一夏らしいけど……この勝ち組野郎が!!! 一夏の人気の一役買っているというか、そう仕向けている俺が言うのはお門違いかもしれないが、だが! だが言わせてくれ! 羨ましい! 不公平だ! 生まれ変われるなら、俺は一夏になりたい!!
「辞世の句は、それでいいのか? 京夜」
箒の言葉に、俺はハッと我に帰る。現実逃避強制終了の宣告だった。
さてさて。若干長めの前置きにはなったが、今の状況について説明しようか。
時間は夜。ココは「自室」と書いて「地獄の裁判所」と読むに相応しい空気で埋め尽くされた場所。俺はここでこれから裁判を受ける身だった。傍から見れば、正座で石抱現在進行形の俺の姿は、既に実刑中に見えるだろうが、これが被告人席の俺の姿だ。誰か憐れんでほしい。
そんな俺の前に立つのは3人の裁判官。いや実刑執行者? と呼ぶに相応しい箒、セシリア、鈴。
「では証人、前へ」
ハイライトのないセシリアが呼ぶ声に、証言台へと立つのは、最近姉と兄が出来て、3人で食事をしたことを嬉しそうに話してくれた銀髪眼帯美少女であるラウラ・ボーデヴィッヒ。若干状況を理解出来ていないようだ。
「ではラウラさん。質問に答えてください」
「へぇ!? う、うむ。わ、分かった」
有無を言わさない程の冷淡なセシリアの声に、同意することしか出来ないラウラ。
「貴方は、京夜さんのことを何と呼んでいらっしゃるのですか?」
「嫁だ」
はい、その即答! アウト!! モテ期到来の話ではなく、それが原因の有罪判決確定裁判なんですよ!? アンタ、分かってる!? 俺は被害者なんだよ!?
「日本では気に入った相手を「嫁にする」と言うのが一般的な習わしだと聞いたからな!」
フフンッと自信満々な表情でラウラは語る。誰だよ! この世間知らずにサブカル的な偏った知識を植え付けたヤツは! 友達にはなれそうだが、お陰で死神ともお友達になりつつあるじゃねーか!! べ、弁護人! 弁護人はいないのか!?
俺は弁護人席へと目を向ける。そこには一夏の姿が! お前が助けてくれるのか、マイ親友! 「事件の影に、やっぱり京夜」とよく言われる俺とっての「なるほどくん」がお前ということなんだな!!
俺は一夏の弁明に期待を寄せる。だが……
「スマン、京夜。俺にはもう、何も……。だが一つ、言わせてくれ! ……ラウラを……頼んだぞ」
「兄さん、ありがとう!!」
異議あり!! 見捨てられただけでなく、追い打ちを掛けられただと!? ここでまさかの裏切り!! 弁護人が実刑を酷くしてどうすんだ!!
それだけじゃなく何でお前らは、俺を見捨てて、美しき兄妹愛劇を上映してんだ!! そういうのを俺の犠牲の上に成り立たせんのはヤメテ!?
弁護人も投げたこの裁判の終幕を知らせるかの如く、俺の耳にはジャッジ・ガベルの音が聞こえてくる。だがそんな木槌はここにはない。箒が自分の手で奏でる竹刀の音だった。
「京夜。アタシ、最近中国拳法を習い始めたのよ。通信教育で。ちょっと練習台になってくれない?」
通信教育って!? そんな見様見真似と大差ない格闘術を、俺の肉体へと見舞おうっていうのか、鈴!!
「京夜さん。実は先週、新たな能力を身につけましたの。雷系魔法・サンダーボルトですわ」
その手に持ってる、バチバチッっとした音を響かせてる機械は、スタンガンだよね!? セシリアさん!! 魔法ではなく、科学の結晶だよね!?
「……」
箒さん!? 無言で構えるのは怖いよ!? その顔も怖いよ!? まるで初めて人を斬る覚悟でもしているようなその表情はヤメテ!?
「(次回予告!! 嵐の告別式。遺体は五体不満足!)」
「(ふえぇぇぇん、京夜さん、死なないでぇ~、帰ってきてぇ~)」
確定演出なの!? この後はデッドエンドならぬデッドスタートなの!? しかも五体不満足って! 俺はどの部分が生まれつきなかったことにされてしまったんだよ!?
いや、言わないで! 聞きたくな―――
ギャアアアアァァァァ………
寮には、断末魔が響き渡る。なんてことはない。ただの俺の悲鳴だ。それはこの寮で生活する女生徒達からしてみれば、最近多い地震レベルの災害となりつつあった。それはつまり、自分たちに危害の無い災害は、度重なれば緊張感もない日常へと変わるということ身を持って証明した命日だった。
◇
明けて翌日。え? 死なないよ? 傷一つないよ? ギャグだし。箒達の過剰としか取れない愛情表現をギャグとかいうのはどうかと思うけど。
だけどメタとか言わないで。ガラスハートだからさ、こう見えても。あれでも死なないからって、何でも平気な訳ではないから。
7月に入り、暦の上だけでなく、肌を焼くような日差しに夏の到来を感じさせる週明けのこと。
どうでもいいけど、今年は梅雨っぽさがないなぁ。ほとんど雨の記憶がない。俺は雨が結構好きなんだけどなぁ。雨音を聞きながらの読書とか、最高じゃね?
その意見に「いいね!」ボタン連打の方、俺と「雨乞い同好会」を設立しようぜ。活動内容はテルテル坊主を逆さに吊るすという簡単な作業だけ! 大丈夫、みんなやってるから!
「(皆がやってるからって、気軽に手を出しちゃ駄目だって、公共広告機構も言ってたと思ったけど?)」
「(テレビで言ってることになんて踊らされるな! 俺を信じるんだ! ……そういえば茜。お前の今日の星占い最下位だったぞ。朝のニュース番組でやってるヤツ。このままだと大変なことになるらしい!)」
「(ふえぇ!? ど、ど、どうしたらいいんですかぁ!? 京夜さん!!)」
「(ラッキーワードは『東京特許許可局』だ! 早口で10回言うと運気UPらしい。言ってみろ!)」
「(東京特許きょきゃ……か、噛みまひたぁ~ひたがひあひでふぅ~)」
「(何言ってるか分からない。まぁ全部ウソだけどな)」
泣くな、茜。顔が可愛すぎるぞ。だが俺は満足だ。その体質は流石だな。素晴らしき才能だ。
って何の話だったっけ? ああ、雨の話だ。俺は雨が好きって話。まぁ戻す必要はあんまないけど。
けど世の中の認知というか、常識というか、どこぞの汎用人型決戦兵器のアニメの最終回でも言っていたけど、「雨は憂鬱になる」っていう解釈が強いことは、どうなんだろうなって思う。「受け取り方次第で別物になるものだ」ともそのアニメでは言っていたが、まさにその通りだ。雨の日だって楽しいことはあるだろうし、晴れの日に憂鬱な気持ちになる時もあるだろう。
今まさにそれを体現しているヤツがいる。ソイツは放課後の教室で、自分の席に座ったまま、窓の外をボーっと眺めていた。部活や自主訓練に向かう者、寮へと帰る者が、この教室からいなくなり、人口密度が徐々に下がりつつあるそんなことにすら、気付いていない。
「おい、シャルル! そろそろ行こうぜ!」
「え?」
俺の隣に立つ一夏の呼びかけに、その体現者であるデュノアは、その憂鬱顔をこちらに向ける。座右の銘は「
「どうした? なんか元気ないな? 体調悪いのか?」
「う、ううん。そういう訳じゃないんだけど……ゴメン、今日は特訓休ませてもらうね」
「あ、ああ」
デュノアはそのまま、俯き加減のまま、いつもの笑顔を見せることなく教室を後にした。長めの金髪をなびかせながらも、後ろ髪を引かれているような印象を残さないその後ろ姿は、とても軽やかとは言えない足取りを寮へと向かっていた。
纏うオーラに、それ以上言葉を掛けることの出来なかった一夏は、デュノアへと向けていた視線をこちらに向ける。
「どうしたんだろ、シャルルのヤツ。京夜、何か知ってるか?」
「さあな。気分が乗らない時もあるんじゃないか? 行こうぜ」
「……ああ、そうだな」
デュノアにも色々と思う所もあるのだろう。一夏はあんま気付いていなかったみたいだが、最近のデュノアはあんな感じだぞ? 転校してきて、もう随分経つ。そろそろ限界が近いのかもしれないな。
俺たちは2人だけで、アリーナへと向かった。箒達? ああ、今日は何か女同士だけでの話し合いがあるとかで、特訓には参加しないそうだ。先週から特訓に参加しているラウラも一緒らしい。さほど心配はしていないが、あまりラウラには偏った知識を植え付けないでもらいたいものだ。あの無垢さが魅力の一つなんだからさ。
とはいえ、箒達の影響を受けることは止められないだろうという事実に、俺は深い溜息をついたのだった。
◇
「(京夜。ちょっと)」
「(なんだ? ティーナ)」
一夏との特訓を終えて、シャワーを浴びた俺は、今まさに自分の部屋へ戻って来て、扉をノックしようかという所で、相方に声を掛けられた。
どうでもいい話だが、俺は自室でゆっくりとシャワーを浴びたいタイプだ。だが一夏の「一緒に浴びていこうぜ!!」という熱湯並みの熱い勧誘があり、更衣室でのシャワーが多くなっている。それでも最初の頃は断っていたのだが、デュノアが転校して来て以来、ヤツをその魔の手から守る為に、俺が犠牲になってやっているという訳さ。
だが、勘違いしないでくれ! 犠牲とはいっても一線は越えてないから! 肌は一度たりとして見せてないから! でも一夏くんなら……ポッ
「(じゃあ、それはそのまま箒ちゃんに伝えておくわ)」
「(マジでヤメテください! ティーナが言うと、箒のヤツは本気にするから! 冗談じゃ済まなくなるから! お願いします~ティーナ様~!)」
「(京夜さん! ティーナ先輩も! 今はコントをやってる場合じゃないですよぉ!)」
そうでした。反省反省。しないけど。脱線ありきな人生なんで。
とはいえ、ティーナが呼びとめた理由は説明してもらわなくてもなんとなく想像出来ていた。今この扉を開けることは、次の段階への扉を開けなければならないということなのだろう。
俺は意を決して扉をノックする。どの道避けては通れないのだから。
すると、少しばかりの時間を要し、その扉が開かれる。
「お、おかえり、京夜」
無理やりの笑顔で俺を出迎えたのは、当然ルームメイトのデュノア。明かりをつけていない部屋は真っ暗で、カーテンが開かれたままの窓からの沈みかけた夕陽が、その姿を僅かばかり照らしている。
いつもなら俺が部屋へと戻ってくる時間には、既に着替えを終えているはずのその恰好は制服のままであり、そして……その目を、心なしか赤く染めていた。
「今日はゴメンね、特訓に出れなくてさ……」
「まぁ、別に無理して参加する必要はないが……」
そう言うデュノアは、こちらを見ることなく部屋の奥へと戻り、窓際の自分のベッドへと座る。
同じく部屋へと入った俺は扉を閉めて、いつも通りティーナ達へお願いをし、鞄を机脇に置いて椅子に腰かけた。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「う、ううん。別に、何もないんだけど……」
相変わらず、心の内を語りたがらない。偽ることに慣れ過ぎて、本心を出すことに恐怖を感じているのかもしれない。本当の自分を出すということに。
なら、俺が言うしかないだろう。
「……嘘をつき続けることが、心苦しくなってきたのか?」
「!!!」
俯き顔のデュノアは、顔を上げることなく体をビクッと震わせる。俺からしてみればそれは、一撃で急所を突いたかのような、核心を一発で言い当てたことを確認出来るリアクションだった。
「一夏達に嘘をついて……友達に嘘をついて一緒にいることが、辛くなってきたんじゃないか?」
「……京夜にはホント隠し事が出来ないみたいだね」
自虐的とも言える笑顔を浮かべたデュノアは、ベッドの奥へと腰を下げ、両膝を抱えるような座り方へ変えて顔を埋める。俗に言う体操座りのその姿は、思い悩む少女の姿そのものだった。
嘘をつくということ。それはその一瞬だけの出来事であり、罪悪感も、それを思い起こすようなことのない限り、同じく一瞬であることの方が多いだろう。
だが、嘘をつき続けるということ。それはバレない限り、その一瞬が継続的に、永久的に続くということ。罪悪感もまた然りだ。
特に嘘をつき続ける対象と、親密であればある程に、その罪悪感は強く、時間が経つにつれ、それはより酷くなっていく。日常の中で、親しい友人となった一夏達に、これ以上嘘をつき続けることが辛くなったのだろう。
あるいは、一夏の真っ直ぐな姿を見て、我が身を省みたのかもしれない。自分はこうなりたい、こうでありたいという一夏の強い意志に触れ、自分の今のあり方に対する疑問を思い返されたのだろう。
だが俺は、今のままでは、ラウラの時のように自己満足な思いで行動することはないだろう。デュノアはラウラとは決定的に違う。生まれつき何一つ持たず、それに対して必死に足掻き続けていたラウラとは違うのだ。
だからこそ、俺は問うた。「この生活を一番に望むのかどうか」を。そして俺は言った。「自分の事は自分で決めろ」と。
それは結果的に、今の生活を望んだ訳ではなかった。目の前に見えた居心地の良い所に、辛くはない場所に逃げただけだったということだ。
彼女に対し、同情は出来るだろう。だが、それだけだ。デュノアは受け入れている。自分は哀れな少女なんだ、とそんな悲劇のヒロインでいることに甘んじているのだ。
見たくもない現実から目を逸らさず、痛みを伴っても尚、強く望むことが出来なければ、欲しいモノなど何一つ手に入れることなんて出来ないというのに。
「(そんなこと言って、無碍になんて出来ない癖に)」
「(京夜さんは、優しいですからねぇ~素直じゃないですけど)」
仕方ないだろ? 学年別トーナメントの時には世話になってるし、ルームメイトだし。それに――
それに……最初からこうなることが分かっていたということもあるが、それ以上に、何とかしたいと思っていたことは否定できない。それは……彼女の為にではないが。
「そういえば、一夏にはあげたが、デュノアにはまだだったな」
「……え? 何のこと?……」
「トーナメント優勝賞品のことさ」
屋上での一幕。俺はデュノアに約束した。「優勝したら何でも一つ願いを叶えてやる」と。別にデュノアが優勝すると踏んで、そう約束した訳ではない。何でも願いが叶うなら、自分は何を望む人間なのか、それを自覚して欲しかった。自覚出来たのなら、いつかそれを聞く機会もあるだろうと。それだけだったのだが、いい意味で流れがデュノアに味方した。ならこれが一番だ。
「何でも1つ願いを叶えてやるって話をしただろ? 何がいい?」
「べ、別に……願いなんて……」
「本当に叶うか叶わないかじゃねぇ。お前が心から望むことは何なのか、それをちゃんと口に出せって言っているんだ」
「!!!」
辛いことかもしれない。自分を隠し通す生活を余儀なくされてきたデュノアには。元々の遠慮がちな性格も、きっとそれを邪魔しているのかもしれない。
だが、お前が幸せを掴むには、一歩踏み出さなければならない。どんなに辛くても、それはお前にしか出来ない事なんだ、シャルロット・デュノア。
「ぼ、僕は……」
おどおどした表情を俺へと向ける。その顔は、俺にその願いを伝えてきているのかもしれないが、俺は何も答えない。どっかのアロハのおっさんも言っていたが、誰かが誰かを助けることなんて出来ないのだから。
デュノアは、聞き取り辛い程に小さな声を震わせながら、目には大粒の涙を溜めて、その思いを吐き出した。
「ぼ、僕は……シャルロット・デュノアとして……皆と友達になりたいんだ……。もう騙すのは……嘘をつき続けるのは……いやなんだよぉ……」
一気にあふれ出る涙。とめどなく溢れ出て、いつもの貴公子のような顔は見る影もない。それは作られた表情ではない、とても人間味ある泣き顔。
俺はデュノアを……膝を抱えたまま、こちらを向いたシャルロットを優しく抱きしめる。その頭を撫でながら、背中をさすってやる。シャルロットは抵抗することなく俺に体を預けてきた。
「わかった。その願い、なんとかしてみよう」
偽ることの出来なくなった少女は、そのまま泣き続けた。この学園に来て、初めてさらけ出した本当の姿なのかもしれない。
正直な所、今シャルロットが吐いた願いが、俺の思い描くゴールではない。だがこれが始まりだ。苦しく辛かったであろうその一歩を踏み出したことを、今は褒めてあげたいと思う。
俺はその涙が止まるまで、そう短くは無い時間、そのまま抱き止めるのだった。
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