インフィニット・ストラトス a Inside Story 作:鴉夜
また、オリジナル解釈が多めです。矛盾や、つじつまが合わない等はあるかと思いますが、本当にご勘弁ください(泣)
この話は挿絵を描きました! ブログの方で掲載していますので、良かったら見てください!
(URLは後書きに記載しています)
現在眼球休憩中、つまり目を閉じている今の俺の視界に広がるのは、誰もが等しく目にしたことのある暗闇だ。別に寝ている訳ではない。待っているだけだ。
すると、それを聞いていたかのように、誰かが俺の袖を引っ張る。合図だ。
俺は目を開ける。――そこに広がるのは、氷上の世界だった。
足元には、どれ程の分厚さなのかも分からないくらいの強固な氷が、大地としてそこに存在しており、空は今にも雪がチラつきそうな暗雲が埋め尽くしている。雲と氷の壁で天地を挟まれたような、そんな印象を受ける空間だった。
そして周囲の空気は、足元から底冷えしそうな程の冷気が漂い、それがまるで霧のように視界を所々遮っているも、見渡す限り「ほぼ」何もない世界だった。
「ほぼ」という言い方になっているのは、およそ200メートル前方に何やら巨大なオブジェクトが存在してるからだ。
「まぁ、言うまでもなく、ね」
「ああ。聞くまでもなく、アレか」
右腕に縋りつくティーナは頷く。
ご聡明な皆様には、説明せずともお分かりだろうが、ここはごく少数の「え? どうなってんの?」という方の為に、語らせて頂こう。
脳内彼女で、電子彼女のティーナが俺の腕を掴んでいるというこの状況。
そう、ココはISのコアの中だ。
茜の中ではない。ここはボーデヴィッヒさんのISである『シュヴァルツェア・レーゲン』のコアの中だった。
俺はティーナをおんぶし、走り出した。目の前に見える巨大な物体の元へと。
意識体である俺は、どれだけ走ろうとも息が切れることはないが、吐き出される吐息は、まるでここが現実世界なのではないかと錯覚させる程に白く染まる。
たどり着いたそこに存在していた物体、それは高さ10メートル程の巨大な氷塊だった。クリスタルの結晶のような形状。さながら氷の城だった。濃い霧の中でそびえ立っている。
俺は目を凝らす。ガラス細工のように透き通る氷塊の中に、異物が見える。
それは、まるでキリストの磔刑を模したかのように、その巨大な塊の中心で氷漬けになっていた。
銀髪眼帯少女が。
すると一陣の風が、まるで覆い隠すように纏っていた霧を吹き飛ばして、その氷塊の全貌を顕わにする。
と同時に、その袂に佇む、ある1人の人間の後姿が目に入った。
俺の存在に気付いたのか、ソイツは振り返る。
背中まで伸びた艶のある黒髪。凛々しくも整った顔。艶かしくも無駄のない肢体を、黒のタイトスカートのスーツに包んでいる。手には一振りの日本刀が握られていた。
そう、それは『織斑千冬』の姿だった。いや、より正確に言うならば『
アレは、アレこそが『VTS』の本体だ。専用プログラムと戦闘データの集合体、とでも言えば分かり易いだろうか。
VTSは無表情のまま、右手に握られた刀の剣尖をこちらへと向けて「正眼の構え」を取る。目的遂行の為の障害排除プログラムも含まれているのだろう。
「ティーナ。下がってくれ」
「……わかったわ。気を付けてね。……色々な意味で」
分かってる。前回のような事態が起きても、誰も止めることなど出来ないことを言っているのだろう? ここに箒はいないからな。
ティーナは俺の背中から降りると、後方へ5メートル程下がり、ブツブツと呪文のようなものを唱え始めた。人間には理解出来ないマシン語の類のものだ。
その詠唱の終了と同時に、俺の右手には同じく日本刀が顕現した。俺はそれを両手で握りしめ、顔付近まで持ち上げて、「柳の構え」を取る。
互いの体から放たれる気配が、重々しい空気を生む。分厚い氷の上なのに、まるで薄氷を踏むような様相。
俺は警戒を最大限に放ちながら、氷漬けのボーデヴィッヒさんのことを思う。
これを因果と呼ぶのだろうか。宿命と呼ぶのだろうか。不条理と呼ぶのだろうか。
それともこれを、これこそを、世界と呼ぶのだろうか。
何一つ望むものが、世界から与えられない彼女から、俺はこの機会を与えてもらうという現実。
この、叶うことのなくなった可能性に巡り合えた機会を、俺は喜ぶべきなのだろうか。
……。
今は止そう。今は彼女達を救うこと、それだけを考えよう。
俺は先程より、強い気迫を眼光に込める。するとそれに反射したかのように、VTSはこちらへと突き進んできた。
その刀は、まるで地面を滑空するかのように低い軌道を通り、切り上げてくる。俺は剣尖を降ろして、それを向かい受ける。
金属音を奏でた直後、俺はその弾かれそうな程の衝撃を勢いへと変えて体を回転させ、そのまま肩口へ斬り下ろした。
VTSはそれを身を屈めて躱す。僅かに掠った髪が、空中に舞う。
懐へと入り込まれた俺は、直後に鋭い突きを放たれるが、刀の腹で受けながら後方へと飛んで距離を取った。
VTSは間髪入れず間合いを詰めてくる。俺はそれを迎え撃つ体勢を取る。
激しい乱撃。剣戟の応酬。互いの体に殺到する剣閃は、時に風切音を奏で、時に衝撃音を轟かす。
それはまるで豪華絢爛な演武の様。だがそれは当然、技の披露が行われている訳ではない。命のやり取りが、確実にそこで行われている。
正に真剣勝負。一瞬たりとも気が抜けない。
互いの渾身の一撃による衝撃で、互いに後方へと飛び、距離を取る。息の詰まる展開。呼吸を必要としない意識体ではあるが、一息つく。
強い。強いな。本物ではないにせよ、これ程とは。流石はブリュンヒルデと言う所か。
だが、もうそんなに時間をかけることは出来ない。このままだと、外の俺の肉体の方が持たないだろう。
決着を……つけよう。
俺は少し姿勢を低く取り、居合の構えを取る。するとまるで合わせ鏡の如く、向こうも同じ構えを取った。以心伝心で何よりだ。
互いに摺足でにじり寄りながら、互いの刃が届く間合いまで詰めていく。
そして――
キィィィィン―― ザシュッ――
刹那、互いの刀が激しく交差し、一振りの刀の命の絶った音が鳴り響く。
生き残りし刀は、流れるまま上段へと構えられ、振り下ろされて、敗れし者の命を絶った。
その瞬間、命を絶たれたプログラム群は、光の粒子となって爆散し、その姿を消したのだった。
勝った。俺は、
俺は天を仰ぐ。放心状態と言っても過言ではないだろう。握られていた刀が、その手から零れ落ちて、カシャンっと音を立てる。その音すら耳に入らない程に 色んな感情が、まるで走馬灯のように俺の脳内に駆け巡る。
そして、一つの答えが、俺の中で導き出された。
俺の選択は、間違っていない。――と。
目を閉じ、深呼吸をし、再び目を開く。
これは俺に存在した幾つもの可能性の、あり得た1つの結末だ。決して綴られることのない、綴らないと決めた結末。それを疑似的にではあるが、その終幕を拝むことが出来た。それだけだ。
これに……それ以上の意味などない。それ以上を、求めるべきではない。
首をブンブンッと激しく振り、俺は今ある現実へと向き直す。
すると、立会人のような立ち位置にいた金髪幼女が、ゆっくりとこちらへ歩んできた。
「京夜、大丈夫?」
「……ああ。……。ありがとな。いつも……隣に居てくれて……」
ティーナは、俺の袖を両手で掴みながら、頬を寄せる。俺はその頭を優しく撫でた。
俺はそのままティーナを連れ、目の前にそびえ立つ巨大な氷の塊の前に立つ。良く見ると、その氷の壁には無数の刀傷が視界に入った。
俺はその刻み込まれた溝を指でなぞり、そして手を広げ、その壁に触れる。
「……もう大丈夫だ。俺達は敵じゃない。君を、君達を助けに来たんだ」
俺のその言葉が、まるで天岩戸を開く呪文だったかのように、氷塊は光り輝き、そして――爆散した。
その衝撃は、天にまで影響を与え、覆い尽くしていた雲を全て吹き飛ばす。抜けるような蒼天へと、空はその色を変えた。
ガラス塊が砕け散ったような大音響と共に、四散した氷塊は、細氷のように氷晶となって降りそそぐ。
日光の反射によるダイヤモンドダストとは違い、それ自体が発光し、幻想的な空間を作っていく。
そしてその中に居た銀髪の美少女は、まるで天使の羽が舞い落ちる様に、嫋やかなその体をピクリとも動かさず、ゆっくりと舞い降りてくる。俺はそれを静かに受け止めた。
「……助けてくれて……ありがとう……」
声が聞こえる。それを発するのは、俺の傍らに立つティーナでも、この腕に抱かれている昏睡状態のボーデヴィッヒさんでもない。柔らかで優しい声が、俺の耳に届く。
これは……コア人格の声。この周囲に舞う氷晶の一つ一つが、今の彼女の姿で、そこから声が聞こえてきているのだろう。
「礼を言うのは俺の方さ。ありがとう。ボーデヴィッヒさんを助けてくれて……」
俺の声に答えるかように、暖かな光が眩き、周囲が煌めく。
VTSは、搭乗者の脳へと直接干渉する。それは搭乗者の人格に作用するということであり、ヴァルキリーを受け入れること、それは搭乗者と一つになるということだ。そうなれば当然精神に異常をきたし、崩壊への一途をたどることになるだろう。
コア人格はボーデヴィッヒさんを守ろうと、彼女の意識をコアの中へと呼び込み、自身の一部を共有化してその姿を具現化させ、さらには残された自身の構成要素を使い、あの氷を作りだして隔離したのだ。ボーデヴィッヒさんとの融合を果たそうと、コアの中にまで侵入してきたVTSから守る為に。
あの氷塊は、ボーデヴィッヒさんにとっての牢獄ではなく、盾だったのだ。
「……彼女は、いつも一人きりだったから……。助けてくれる誰かは……いなかったから……」
だから助けてくれたのか……彼女のことを。
ボーデヴィッヒさんが、自らの意思で一つになろうとした存在から守る為に、自分が彼女と一つになることで、彼女を守ったのか。
自分の存在が希薄になりかねないリスクを背負ってまで……全く。
「あまり無理はしないでくれ。君だって1つの存在、1人の命なんだから」
俺の言葉に、コアは何一つ返すことはなかったが、隣に立つティーナは俺に良い笑顔を向けた。それがコアの答えということなのだろう。
今後は、自分の出来うる限りで、無理はしないレベルで、彼女のことを気に掛けてあげてほしい。
これからは俺が、彼女を追い詰めた俺が、可能な限り、支えるから。
責任と、償いと、少しばかりの感謝を胸に、彼女の拠り所を作って見せる。
「京夜。もう行かないと、体の方が持たないわ」
ティーナの言葉に、俺は無言で頷く。そろそろ戻らないと、コアの世界からも、現実世界からも強制退去させられてしまうからな。
「そろそろ行くよ。また、会いに来るから」
すると、俺の周りに浮遊していた氷晶は、輝きを放ちながらゆっくりと空へと舞い上がっていく。
しばしのお別れだ。次の面会予定日をカレンダーに記載出来る程に明確な日時は確約出来ないが、そう遠くない日ではあるだろう。
「っと、その前に。一つだけお願いがあるんだが、いいかな?」
俺の言葉に答えるかのように、上昇中だった氷の結晶は、ピタリと止まる。
まるで聞き耳でも立てているかのような印象を受けた俺は、彼女にある一つのお願いを伝える。
ティーナの頷きから、コアから了承を得ることが出来たと判断した俺は、ティーナと共に肉体へと戻っていった。
◇
京夜があの黒いISに張り付いてから、5分程の時間が経過していた。
京夜は、まるであの中からラウラの肉体を探すかのように両手を突き立てたまま動かない。
凄まじい稲妻により、その身が裂かれている京夜の足元には、ちょっとした赤い水たまりが出来ていた。鼻に突くような、血液の焦げ臭いが漂ってはいるが、それを超える量が全身から染み出していた。
少し離れた位置に立つ箒は、まるで神に祈るシスターのように、手を組み、京夜の身を案じていた。目には今にも頬を伝いそうな程の水分を湿らせて。
俺はというと、【雪片弐型】を腰に添え、居合の構えを取り続けていた。口唇を噛み締めながら。
口の中は、赤い水分で潤い、鉄分の味でいっぱいになっていた。待つことしか出来ない自分の無力さに、どうにかなりそうだった。
だが俺に出来ること。それは京夜を信じることだ。そして京夜の信頼に応えることだ。
いつ京夜からの合図があってもいいように、俺は心を冷静に保ちながら、集中力を高めていく。
京夜の一挙手一投足すら見逃さない。俺はその姿を食い入るように見つめ続ける。
すると、京夜の腕が徐々に手前へと引き寄せられていく。まるで何かを引きはがそうとしているように。そして同時に、少しずつ後ろへと下がり、距離を取ろうとしていた。
その動きに、俺は呼応して動く。
「零落白夜――発動」
刀身が開き、雪片の実体刃が消えていく。そして零落白夜による高密度のエネルギー刃が、日本刀の形に生成されていく。
刃の形成完了とほぼ同時のタイミングで、京夜はラウラをその黒いISから引きずり出し、その体を抱きかかえたまま、大きくバックステップした。
声によるような、直接的な合図はなかった。だが、後ろに下がりながら俺へと向けられた京夜の目に、俺は反応した。
俺は距離を詰める。その黒いISと京夜達の間に割り込むように。間合いに入り込んだ俺を敵と見なしたのだろうか。刀を振り降ろしてきた。
それは千冬姉と同じ太刀筋。速く鋭い袈裟斬り。だが、お前は千冬姉ではない。なら――
俺が放つは、千冬姉の教え。篠ノ之流剣術『一閃二段の構え』。一足目に閃き、二段目に断つ。
俺は腰から抜き去って、相手の刀を薙ぎ払うかのように弾く。
そしてすぐさま頭上に構え、縦に真っ直ぐ相手を断ち斬った。
真っ二つに割れた黒いISだったものは、紫電を放ちながら、その構成物質を泥水のようなものへとを変化させ、バシャンッと音を立てて地面へと広がり、そして、蒸発するかように消えていった。
――勝った。だが――
俺はその感触を確かめる様に、【雪片弐型】を握り直しながら、思う。俺は織斑一夏として、千冬姉の弟として、少しでも千冬姉の誇りを守ることが出来ただろうか。
……。
駄目だ。まだまだだ、俺は。
確かに千冬姉の剣技を守ることは出来たかもしれない。だけど千冬姉なら、誰一人傷つけることなく、自分1人の力でやってのけるだろう。千冬姉の名を守る為にも、仲間を守る為にも、俺はもっと強くならなくちゃいけないんだ。
俺はそんな、険しくも遠い頂きを見据えながら、傷だらけの京夜の元に集まる皆の所へと駆けつけるのだった。
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