今日も左手で飯を食う   作:ツム太郎

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全てを捨て、たった一人の愛を求めた。


幸福

幸福

 

午前四時、もうすぐ日が明けるであろう時、デュノアは目的地に着いた。

そこには大きな建物があったが、人の気はまるで感じない。

それもそのはず、この建物には誰も住んでいない。

 

 

 

その建物は、かつて近辺では有名なホテルであった。

そのオーナーは日本の東京から来た、所謂余所者であったのだが、その者が持つ底なしの明るさに皆が惹かれ、すぐさま人気者になったとか。

そのホテルの従業員には地元民も複数いたが、彼と同じように県外から来た者が多かった。

理由はさまざまであるが、その者は誰が来ようと拒みはせず、喜んで迎え入れていたようだ。

 

だからこそ、エレン・デュノアや岡山太一が来た時も、ホテルの支配人は受け入れた。

 

そんなホテルが、今は誰も住んでいない空っぽの建物になってしまっていた。

彼は悩み続けていた、救うことが出来なかったエレンや岡山と言う人間を。

今までホテルに来た者を一人残さず救ってきた彼が、唯一助けられなかったのだ。

 

食事ものどを通らず、経営もしっかりと出来なくなり、彼はいつかこのホテルが潰れると考えた。

誰かに渡すことも考えたが、従業員も含め経営が出来る人などいなかった。

 

都会の方の大きな企業に委ねても良かったのでは?

確かに、従業員の一人が彼にそう進言したが彼は首を縦に振りはしなかった。

 

そこには彼がこの地に来た理由があった。

彼は元々都会の有名企業の重役であった。

部下からの信頼も厚く、将来はトップになることも約束されていたほどだ。

しかも社長から気に入られており、彼もまた社長が語る企業の未来に心を奪われたそうな。

 

しかし、企業は潰れた。

その社長が行っていた不正が明るみになったおかげで信用を無くして倒産したそうだ。

彼は信じていた企業に、そして社長に裏切られた悲しみと憎しみで一杯になり、全財産を持ってこの地方まで来たという。

 

そんな彼は、巡り巡って「都会の企業」を深く憎む形となった。

故に、彼はその選択を最後まで選べなかった。

 

そして悩み、悩み、悩み抜いた結果、支配人はこのホテルを捨てることにした。

従業員全員に新しい就職口を見つけ終えると、彼は誰にも伝えずに姿を消した。

都会に戻ったのか、外国へ行ったのか、誰でもその後の彼を知らない。

残ったのは、今も客人を待ち続ける大きなホテルのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな思い出の詰まった廃屋に、デュノアは入っていく。

約束を果たし、自らの夢を果たすために。

 

 

 

「ISをそこに置け、身に着けている武装を解いてこちらまでくるんだ」

 

 

 

入り口付近で男の声がした。

デュノアはそれに従い、ISを取って近くの台の上に置き、続けて拳銃を二丁置いた。

そして岡山を背負って再び歩き出す。

 

「…来たか、シャルロット。 …少し太ったか? 腹が出ているように見えるが…」

 

「………」

 

真っ暗な、月光のみが明かりとなっているロビー。

そこにある椅子に彼は座っていた。

ホコリの一つもない清潔感のあるスーツを身にまとった金髪の男は、デュノアの実父である男であった。

 

「では、まずはデータをもらおうか、私に渡せ」

 

「…その前に、お願いしたいことがあります」

 

「なんだ? 少なくとも、ソレを渡さない限りは叶わないことだ」

 

「約束の保証を…今一度この場でしてください」

 

「…ふん、いいだろう。 お前がソレを渡した後、私は一切お前たちに干渉はしない…約束しよう」

 

男がそう言うと、デュノアはその場に岡山を優しく下ろすと、ゆっくりとポケットから情報が入ったメモリースティックを取り出して彼に手渡しした。

 

「…よくやった、さすが私の娘だ」

 

「………」

 

「それにしても、お前達は本当に酔狂な母娘だ。 そんな男に何をそこまで執着する?」

 

「…太一さんを、侮辱するな」

 

「ふん、当然のことを言ったまでだろう。 その男は何も守れない、奪われるだけのクズだ」

 

デュノアが睨み付けるが男は全く気にせず、立ち上がってベランダの方に出ようとする。

そこからは沖縄の綺麗な海を一杯に見ることができ、夜の海はまた幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

「思えば、この場は全ての始まりだった。 エレンが名を偽り、岡山と言う人間と出会い、そして私の下に戻った場所だ」

 

「………」

 

「一つ聞こう、お前はこの後どうするつもりなのだ? こんな広いだけの建物を使って、岡山と二人っきりで…一生介護でもするつもりか?」

 

そう、デュノアと男の間に交わされた約束、それは男にデータを渡す代わりにこのホテルと岡山を貰い、その後一切の干渉をしない。

そういうものであった。

故に、男には理解が出来なかったのだ。

なぜ、そこまで岡山と言う人間に執着するのか、そしてこの後に何をしたいのか。

 

「…貴方には関係ない。 もう、消えてください」

 

「そう言うな。 最後の親子団欒の時だろう? 父である私に、最後くらい腹の内を教えてくれてもいいだろうっ!」

 

彼は腕を大きく振り上げて、大声でデュノアに言った。

しかし、デュノアは男に対してどこまでも冷徹で、全く反応しない。

 

「…冷たいなぁ、シャル。 私たちは親子だぞ。 あぁそうか、最後にまた私に愛して貰いたいのだな? よし、それならば今すぐ…」

 

「ッ、私に触れるな! このクズがッ!!」

 

男はそんなデュノアに歩み寄りその肩を厭らしく掴む。

それをデュノアは完全に拒否し、その手を払って岡山の元まで走っていく。

 

「お前に話すことなんてない! ここは今から私と太一さんだけの…二人っきりの家になるんだ、さっさとこの場からいなくなれ!!」

 

「おいおい、何をそこまで嫌がるんだ…ん? おい、まさかシャル…なるほどそういうことか…ハハハハハハッ!!!」

 

すると、彼は片手で顔を覆いながら突然大声で笑い出した。

その突然の反応に、デュノアも少したじろいでしまった。

 

「な、何が可笑しいんだ!」

 

 

 

「フフ…いや、なかなか悲しい物語だと思ってな…シャル。 お前は母であるエレンが愛した男に………恋をしたのだな?」

 

 

 

「ッッ!!?」

 

デュノアは完全に動きを止めてしまった。

自分がずっと隠し通してきた感情を、最後の最後で一番知られたくなかった男に言われたのだ。

指先が震え、うまく言葉を発せられない。

 

「その様子を見ると、当たりのようだな…フフッ! 可笑しいとは思っていたのだ、お前が岡山に向ける目は…明らかに父へと向けるモノとは違った! まるで長年会っていない恋人を見つめるような…情熱的で狂った生娘のモノだった!!」

 

「ち、ちが…私は…」

 

「違うはずなど無いだろう! なるほどな…やっと理解した。 お前がこの場を選んだ理由も…何もかも!!」

 

そう言いながら、男はデュノアの下に再び近寄る。

デュノアは岡山を庇いながら後ずさっていく。

 

「この場は、エレンと岡山が愛を語り合った場所…お前はここで全てをやり直そうということだな。 自らがエレンになりきることで」

 

「ッ!? 違うっ、私は母さんなんかにならない! 私は私で…」

 

「いや、お前はエレンになろうとしている。 お前は岡山に自分をエレンだと思い込ませることで、その愛を奪うのだろう…死んだ母親から!」

 

その一言に彼女は動けなくなり、その場にペタリと座り込んでしまった。

自分がやろうとしたこと、そのすべてを明かされてしまったのだ。

言い様のない恐怖が、彼女の全身を襲う。

 

「ひ…きひぃ…」

 

「確かそういう行為を刷り込みといったか…まぁ、名前などどうでもいい。 とにかく、お前はソレがしたかったのだろう」

 

「だ、だま…れ…!」

 

「本当は自分自身を愛して貰いたかったのだろう? 母親が死んだのだ、次は瓜二つである自分が愛して貰えると…だが岡山は違った」

 

「うる…さい…」

 

「IS学園に行く前から、もう分かっていたのだろう? お前は母親に勝てないと…だから保険としてこの場所を選んだ。 自分を愛して貰えなかった時の最後の手段として」

 

「う、ぐ…」

 

「岡山をかつての部屋に押し込めた後、ゆっくりと記憶の入れ替えをするつもりだったか…まったく、我が子ながら恐ろしいな。 ここまで愛に狂うものなのか」

 

「…違うって、言ってるだろう! 私は太一さんに愛してもらっている! 母さんじゃなくって、私を!」

 

彼女は大声で叫びながら、先ほど男に渡したメモリースティックを指さした。

 

「そのデータが証拠だ。 それは太一さんが私のためだけに持ってきてくれた…愛そのものだ」

 

「ははは、そんなワケない。 お前は「あのビデオ」を岡山に見せたのだろう、私が言った計画通りにな。 その時点でお前はエレンの遺産でしかなくなっていた…お前個人など見ている筈ない」

 

「ッ、それ…は…!」

 

何も反論できなくなってしまった。

顔がみるみる内に青くなり、顔を伏せて動かなくなる。

 

「確かに、そうすればお前は愛して貰えるだろう。 …だがな、シャル。 お前自身は一生見て貰えないさ。 永遠に、エレンの代用品として生き続ける」

 

「アアアァァァァア゛ア゛ア゛!!! 黙れ黙れ黙れ黙れぇぇェエ゛エ゛エ゛!!!」

 

その瞬間、彼女の精神は限界に達してしまった。

まるで現実を否認するかのように、両手で頭を抱えて何度も振り続ける。

今まで逃げ続けてきた、絶対に認めたくない事実をその場で言いきられてしまったのだ。

彼女を支えるものは無くなってしまった。

 

 

 

「…まぁ、それすらも許すつもりは無いがな」

 

 

 

チャキリと鉄の音がした。

デュノアはその音に反応してゆっくりと顔を上げると、そこには銃を向ける父がいた。

 

「…何のつもり?」

 

「バカな娘よ、良く考えてみろ。 自分の汚点を生かしておくバカが、この世にいると思うか?」

 

ニヤリと笑い、ごみを見るかのような目でデュノアを見る。

そこには先ほどとは違う、歪んだ冷徹さが見て取れた。

 

「最初から…そのつもりだったんだ」

 

「あぁ、そうだ。 なんで捨てるつもりの女のためにそこまで譲歩する必要がある? お前はここで終わりなんだ、せめてその男と一緒に殺してやろうか」

 

「ッ! ウあああアアアアアアあ゛あ゛ア゛ア゛ッッッ!!」

 

ソレを聞いてデュノアは奇声を上げてその場を走り去る。

近くの柱の陰に逃げ込み、息を殺そうとするがうまく出来ない。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

「どこへ行くつもりだシャル。 愛する岡山はここに居るんだぞ? ここで逃げたところでどうするつもりだ?」

 

「………」

 

「それに近くには私の部下もいる。 どうせ何をしようとも無駄だ、武器も外に置いてきただろう!?」

 

そう大声で叫びながら、デュノアが隠れる柱の下へと進む。

デュノアはゆっくりと近づいてくる彼の足音を聞きながら、カタカタと震える。

 

「さぁ、そろそろお前の顔が見えるぞ。 最後の一瞬、その愚かな顔を父に見せてくれ、シャル!!」

 

デュノアにその言葉は届かない。

彼女はただ震え、その場から動かない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし、恐怖ではない。

歓喜で震えていた。

 

「…きひゃっ」

 

男が顔を出したその瞬間、彼女は「普通ではありえない場所」から手の平サイズの銃を取り出し、男の肩を打ち抜いた。

肩の肉と骨が爆ぜる音が響き、その激痛に耐えきれず男はその場に倒れこんでしまう。

 

「ぎ、ぎゃぁぁあああアァァぁああ゛ア゛ッ!!!?」

 

「あれぇ? どうしたの父様? すっごくすっごぉく、痛そうだね?」

 

ゆっくりと立ち上がるデュノアの顔は狂気そのものであり、もはや人間のソレと思えない。

満月のように見開いた眼、裂けるように歪んだ口、そして頬に着いたわずかな血が、彼女が狂人であることを物語っている。

 

「キサマァ…一体どこから銃を持ってきた!? お前は武器を全ておいてきたはずだ…私もソレを確認したはずだ…!!」

 

「えー、確かに身に着けていた武器は全部置いてきたよ? …「身に着けた」ものは、ね」

 

そう言うと、彼女は左手で下腹部をゆっくりと撫でた。

その動作だけで、男は彼女が何処に銃を隠してきたかを察して血の気が引いた。

 

「き、気でも狂っているのか!? まさか「そんな所」に、銃を入れてきたのか!!?」

 

「そーだよ、大正ぇ解! お前が私たちを殺そうとしていた事くらい分かっていたよ! だから私も何処かに銃を隠そうとした…その時に真っ先に浮かんだのが「此処」だよ。 ちょうどよくガバガバに壊れちゃってたし」

 

亡霊のように男の下へと向かい、その銃口を彼の右目に近づける。

そして右手の力を少しずつ強めていき…。

 

「ひっ、や、やめ…」

 

「そりゃそうだよねぇ、私の思い出って言ったらこれくらいしかないもん…。 お前は散々私と母さんの「此処」で遊んでくれたよね。 大人数で襲わせたり、バットよりも太い棒を押し込んだり…。 ほら、ちょうどこんな風に…サァッ!!!」

 

ソコに銃口を押し込んだ。

ブチュリと果実が潰れるような音がして、部屋中に男の叫び声が響き渡った。

 

「ぎゃあっぁァァアアアアアアア!!? アアああアァァぁッぁぁぁぁぁッぁああ゛あ゛あ゛ア゛ア゛!!! 痛い゛ッ、痛い゛ィぃィイ゛!!!」

 

「こぉーやって、こぉーやって…金髪シェイクーって遊んだっけ? あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

 

グジュリグジュリとその中を掻き回し、そのたびに男の体がぴくぴくと痙攣する。

その様子がツボに入ったのか、またデュノアは狂ったように笑い続ける。

 

「よし、次はどぉーしようかっ? もう一方の眼も潰しちゃう? それとも…あぁ?」

 

気付くと男の反応はなく、見ると泡を吹いて気絶してしまっているようだった。

今まで感じたことのない痛みに耐えきれず、意識を切り離したのだろう。

 

「あーあ、つまんない。 このままペットとして飼ってやろうかって思ってたのに…、これじゃ使えないよぉ。 …まぁいいか、死ね」

 

無慈悲にそうつぶやくと、彼女は無表情になって引き金を引いた。

乾いた銃声が響き、同時に男の命は完全に断たれた。

 

 

 

 

 

 

「…終わっちゃうと、あっけないものだね太一さん」

 

最後に死体に蹴りを一発入れると、すぐさまそこを離れた。

先ほどの狂笑をやめ、優しく微笑みながら岡山の下へと向かう。

 

「…まぁ、父様の言う通りだったよ。 私は母さんが好きだったけど…憎かった」

 

物言わない岡山を抱きかかえ、その温もりを感じながらつぶやく。

 

「太一さんは娘として好き…でも、私は女としても大好きだった」

 

「………」

 

「貴方たちが逢引きしているのを見ているだけで腹立たしかった。 憎しみが募って、でも母さんを悲しませたくないから、いつも自分を傷つけていた。」

 

「………」

 

「母さんが本当に最後に言った言葉を教えてあげる。 「太一さん、ありがとう」だよ。 貴方には心を壊して欲しくって、嘘吐いたんだ。 …ごめんね」

 

その愛しい顔を寄せ、優しく口づけする。

何の味もしない、達成感のない乾ききったキスであった。

 

「結局、貴方は母さんを選んでいた。 私を見ても、思い出すのはやっぱり母さんだった。 …もう、あの時諦めてたのかもね…。 本当の負け犬は、私だったんだ…」

 

そう言うと、彼女は銃口を自分の頭に向けた。

その姿は聖女のように美しく、悪魔のように妖艶であった。

 

「じゃあね、太一さん。 …最後に一回、「愛してる」って言って欲しかったなぁ」

 

眼から大粒の涙を流しながら、彼女は彼に最後の言葉を言った。

その涙にどれだけの思いがあったのか、世界の誰も理解することなどできないだろう。

いや理解しようとすることすら、とても許されることではない。

今の彼女にとって、どんな慰みも、癒しも、憎しみや怒りにしかならない。

それほどまでに、彼女は狂い、堕ちてしまった。

もう二度と戻れない。

 

だからこそ、その終止符を打つために、彼女は自分の命を絶つことを選んだ。

 

 

 

 

 

しかし、それも世界は許さない。

 

「…動くな、シャルロット・デュノア!」

 

建物の入口より、何者かが声を発した。

デュノアは姿勢を変えずに目線だけ向けると、そこには何者かに体を支えられながら歩く織斑千冬がいた。

先ほどの戦闘の疲れが取れていないのか、息を荒げながら大量の汗を流している。

 

「そのまま…動くな。 お前は絶対に死なせ…ない…」

 

「………」

 

「ッ、死なせないと…言っている!」

 

デュノアは織斑千冬を無視してそのまま引き金を引こうとしたが、その銃は弾かれて部屋の隅に飛ばされてしまった。

 

「…なんで、邪魔するんですか…?」

 

「AからBは岡山とデュノアの…保護。 Cはそのまま…デュノア社の者たちを…拘束していろ。 …この事件の…証拠人になる」

 

「答えてよ! 私はもう生きる意味なんてない! なんでまだ生きてなきゃいけないんだよッ!?」

 

「…お前を生かすこと。 それが岡山の意志だからだ」

 

静かに、ただ一言デュノアに向かってそう言った。

ソレを聞いて、デュノアは目を見開くとそのまま気を失って倒れてしまった。

 

 




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