失楽
仕掛けたのはデュノアであった。
「ハァッ!!」
「ッ! シッ!」
風を切る音と共に、織斑千冬の首元に刃が一直線に進む。
完全に殺す気である、容赦などさらさらない。
それを止めるために織斑千冬は神速で相手の刃と自分の武器を合わせ、金属同士がぶつかり合う独特な音が響く。
「わた…せぇ…!」
「この…何処にこんな力を…!?」
すぐさまデュノアはさらなる攻撃を繰り出し、何度も剣劇を叩き込む。
織斑千冬は攻撃を防ぎながら疑問に思っていた。
ブリュンヒルドの異名を持つほどの実力を持つ彼女に、なぜ一般生徒であるデュノアの力が釣り合うのか。
「わたせっ! わたせっ! わたせっ! わたせっ! わたせっ! わたせぇぇぇええっ!」
(こいつ…体のリミッターが外れてでもいるのか…!? そんなもの意識をしてできる筈がない…そうまでして太一を…!)
目を見開いて何度も攻撃してくるデュノアを見て、彼女は岡山を必死に迷う。
再び彼女たちは武器を振るい、鍔迫り合いとなった。
ガリガリと鉄の削れる音が鳴り、尋常でないほどの力が込められていることがわかる。
「その人は…太一さんは私のなんだ! お前のモノでも…母さんのモノでもない…! これからはずっと…私だけのモノなんだ!」
「…何を言っているか分からんが、少なくとも岡山はお前の下になど行きはしない…もう誰の所にもな」
「うるさい! そうやって結局は太一さんを縛りたいだけ…ッ!?」
力の押し合いが続く中、自分の感情を爆発させていたデュノアは突然あることに気が付いた。
そう、目の前にいる女性は岡山太一をIS学園に連れてきた張本人だ。
調べてみると、採用の時には反対する他の教員たちを力で黙らせた上で、だ。
なぜそこまでして彼をこの場に押し込んだのか。
それがもし、彼女が償いたい気持からではなく、自分と「同じ目的」であったら。
そう考え、戦略を変えた。
(…なるほど、同じなのかな…織斑先生)
ゆっくりと、彼女は笑みを浮かべて「毒」を植え付けた。
「…ふふ、そっか。 貴方も必死なんだね、織斑先生」
いきなりデュノアは織斑千冬に話しかける。
先ほどまでの猛獣のような様子はなりを潜め、静かに彼女を見つめる。
「何を…言っている…?」
「そのまんまだよぉ、織斑先生。 貴方が太一さんに何をしてきたのか…父様に全部聞いたよ。 全く、酷い人だね…それで、今度は太一さんをどうしたいのかな」
その言葉を聞いて、わずかに織斑千冬の力が弱まった。
デュノアはそれを見逃さず、刃を叩き込もうとするがかろうじて弾いて後ずさる。
「どうしたい…だと? 私は彼にもう何もするつもりはない…ただ必要なときに彼の助けになりたい。 それだけだ」
「見え透いた嘘を吐かないでください。 分かっていますよ、貴方は私によく似ているから…未だ貴方が太一さんをどうしたいのか…手に取るようにね。 …ふふ」
「世迷言を…」
「世迷言かどうかは貴方が一番よく知っている…そうでしょ? まったく、いつまで堪えてるつもりなの? 求めてるのがバレバレなんだよ…」
そう言って、デュノアは切っ先を彼女に向けて笑みを浮かべる。
そして冷徹に、残酷に、織斑千冬に言い放った。
「…伝わらなきゃ、いつまで経ってもゼロなんだよ。 いや、マイナスかな。 ざまぁ無いね、この負け犬」
その瞬間、織斑千冬の中で何かが爆ぜた。
「ッッ!? 貴様ァッ!!!」
「アハは、怒ったってことは図星だね」
今まで防ぐだけだった彼女はいきなりISを全身にまで起動させ、轟音と共にデュノアを叩き潰しにかかった。
しかしその攻撃にいつもの冷静さは無く、まっすぐ進んでくるだけの攻撃は、デュノアにとって避けるのに難は無かった。
「…ふぅん、それが貴方の専用機…初めて見るなぁ。 確か暮桜だっけ…いつもは身に着けていないはずなのに…やっぱり彼のことは特別なのかな?」
「それ以上何も言うなッ! 貴様はここで殺してやる、何も分からない小娘がァ!」
攻守は反転し、デュノアに世界頂点の一撃が降り注ぐ。
そこに一切の慈悲は無く、もう先ほどのような救う気持ちなど無くなっていた。
「あーあ、その上に身勝手なんだから…太一さん、振り回されて辛そうだよ? 分かってる? 全く太一さんのこと考えてないんだ…」
「五月蠅いッ! こいつは…太一のことは一番私がよく分かっている!」
「本音だだ漏れだね、見苦しいなぁ…。 話も変わっちゃってるし。 そういう話を聞かないところも、太一さん大嫌いなんだと思うよ?」
「黙れぇぇぇぇッッ!!」
そんなやりとりが延々と続き、決着が全くつかない。
しかもデュノアの言う通り、織斑千冬が急な動きをする度に岡山の体は振り回され、ただでさえなくなっていた体力も底へと向かう。
恐らく、あと数分同じ状況が続けば岡山の体は本当に危険な域に達するだろう。
「アハは、ホントに愚かだなぁ…だから、こんな所で命を落とすんだよ」
しかし、それは意外な形で終わりを向かおうとした。
再度織斑千冬は突き進む、しかしその先にはデュノアの刃が待ち構えていたのである。
デュノアは冷静に織斑千冬の攻撃を避け続け、完全にその動きを見切っていたのだ。
対する織斑千冬は闇雲に攻撃するだけで、ただのイノシシにまで成り下がっている。
そんな彼女は、デュノアでも倒せるほどの弱い存在になっていた。
「ッ、しまっ…」
刃が眼前に迫る瞬間、彼女は自分の過ちに気付いたがもう遅かった。
凶器はすでに目と鼻の先、自分の勢いはすさまじく避けることなど到底無理であろう。
「ぐっ、このっ…」
間一髪、ISの絶対防御が作用して、彼女が傷を負うことは無かった。
しかし、彼女は一度崩れたペースを戻すことができない。
その後も数回打ち合ってはダメージを負っていき、ISに残ったエネルギーもわずかなものになっていく。
「とどめぇ…はァァア゛ッ!!」
デュノアが今までとは明らかに違う一撃を放った。
重さも、威力も、スピードも全て桁外れの、トドメの一撃であった。
「ぐっ…あぁっ!」
ソレをまともに受け、彼女は岡山を庇いながらゴロゴロと転がってしまった。
その後立ち上がろうとしたが、彼女はそれができない。
遂に体力がつき、織斑千冬は膝を折ってしまったのだ。
それと同時にエネルギーも尽き、装甲していたISが消えてしまった。
「アはっ、織斑先生ぇ。 いい加減太一さんを放して下さいよ…もう本当に死にそうじゃないですか」
「この…貴様ぁ…」
ブレードを楽しげに振り回しながらゆっくりと織斑千冬に寄っていき、その切っ先を再び彼女に向けた。
「この、この…貴様だけは…」
「フフ、別にいいでしょ? 今の今まで、好き勝手してきたんだからさ…たった一つくらい、渡してくれてもいいじゃない」
狂笑を浮かべ、織斑千冬へと刃を近づける。
それを見て、織斑千冬は岡山の体をゆすりながら、必死に呼びかける。
岡山だけでも逃がそうとするが、肝心の岡山は動く様子もない。
「太一…起きてくれ…この場から逃げろ…太一…」
「…何ワケの分からないこと言ってるの? まぁいいか、あひゃ…バイバーイッ!」
振り上げ、全力で振り下ろす。
ISのエネルギーが尽きてしまった今、織斑千冬を守る盾は存在しない。
受ければ確実に絶命に至る。
だが、彼女が死ぬことは無かった。
刃が届く寸前、別の方向から銃弾が飛んできてデュノアの武器を弾いたのだ。
デュノアは驚いて後ろへ飛び退いた。
「くっ、一体誰だよ…あとちょっとだったのにさ」
「…デュノア君…いえ、デュノアさん。 武器を置いて大人しくしてください」
遥か上空より、その新たな存在はゆっくりと降りてきた。
銃を構え、デュノアの頭を標準に合わせる。
「…山田先生か…面倒な人だなぁ」
「…この場は既に操縦者たちが包囲しています。 織斑先生と岡山さんから離れなさい」
「…従わなかったら?」
その瞬間、デュノアの足元に数発の弾丸が撃ち込まれた。
何処から来たのかも分からない。
しかし、答えとしては十分すぎる対応だった。
「なるほどね…もう逃げ道もない、と」
「その通りです、今ならまだ後戻りできます。 そのデータを返して、ISを解除して此方に来てください」
「………きひひ」
真剣に訴えかける山田に対し、デュノアは変わらず気味の悪い笑みを浮かべるだけである。
「…そっか…じゃあ…仕方ないかな」
「っ! 従ってくれるんですね! ありがとうございます、デュノアさん!」
「えぇ…貴方に従います、山田先生」
山田は嬉しそうに顔を輝かせ、デュノアに近づいた。
山田真耶は、元来人を疑うことが出来ない人間である。
その一言を山田は信じ切り、今はもう彼女をどうやって助けようかを考えていた。
故に、デュノアの目が未だ濁りきっていることに彼女は気付かなかった。
次の瞬間、強烈な爆発音が響いた。
「なっ、デュノアさん!?」
あたりに煙幕が立ち込め、辺りを確認することが出来ない。
しかも、それだけではない。
「センサーも動かない…ジャミングされている!? 山田です、応答願います! こちら山田真耶…反応がない、まさか通信も!?」
煙幕と同時に特殊な電波が流れ、センサー機能が完全に停止してしまっていた。
周りに配置していた暗部たちとも連絡が出来ず、完全に詰みの状態である。
「デュノアさん、何処にいるんですか! くっ、織斑先生! 岡山さん!」
山田は必死に叫び、辺りを走り回るが誰の反応もない。
『ガガ…ガ…こちらAグループ、山田教諭応答願います…こちらAグループ!』
『こちらBグループ! 山田先生、指令を!』
「っ、通信が…それに煙幕も!」
数十分経過し、煙幕が晴れていくと同時に通信機能も回復していった。
視界が広がっていき、辺りを確認していく。
「織斑先生!」
そして少し離れたところで蹲る織斑千冬を発見した。
彼女はボロボロになった体に鞭打ち、必死に立ち上がろうとしている。
「織斑先生、無茶をしないでくださいっ! 今は傷を癒さないと…!」
「…そんな…暇はない…。 岡山が攫われた…すぐに向かわなくては…!!」
「岡山さんが…! し、しかし今はっ!」
「ぐ、うぅ…山田先生…この位置に暗部を行かせてくれ…頼む」
織斑千冬は震える手で何かを出し、ソレを山田に渡す。
どうやら発信機のようである。
それに映る標的は、恐ろしいスピードで何処かへと向かっているようである。
「これは…デュノアさん達ですか? ISを使っているとしても、こんなスピードが出せるなんて…。 でも、一体何時の間にこんなものを…」
「説明は後だ…。 早く向かわせてくれ…最悪なことになりかねない!」
「わ、分かりましたから! とにかく休んでください!」
山田がそう言うと、織斑千冬は安心して今度こそ気を失ってしまった。
そんな彼女を確認し、山田は伝令する。
「AからCグループへ、緊急です。 岡山さんがデュノアさんに奪われました。 発信機のデータを送るので、急いで後を追ってください!」
その掛け声とともに辺りから無数のISが飛び立ち、同じ方向へと進んで行った。
しばらく時間が経って、標的はあるところで止まった。
見ると、そこは沖縄地方のとある廃ホテルを指し示していた。
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