今日も左手で飯を食う   作:ツム太郎

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相対し、滅ぼしあい、遂には消える。


消滅

 

 燃え盛る炎の中、彼女は確かに笑っていた。

 

「……」

 

 彼女、篠ノ之束は皿のように目を見開き、地獄と化した地を歩いている。

 怒号、悲鳴、叫び声。そんなものすら聞こえない。

 

 彼女に追随するように降ってくる火の雨が、この地を守っていたIS搭乗者たちを容赦なく燃やし尽くす。

 そんな中で、篠ノ之はただ笑い続ける。

 

「……きひ」

 

 そして、彼女を見続けるデュノアも笑っていた。

 その笑みにどのような意味があるのか。最早彼女自身にすら分からない。

 この現状が面白いのか、それとも笑うしかない程に絶望しているのか。

 両方かもしれないし、両方違うかもしれない。

 

 ただ、彼女の口角は自然に吊り上っていた。

 

「ふぅん、ちゃんと来れたんだ」

 

 天災と呼ばれる化け物の接近を許しているのにもかかわらず、デュノアは愉快気に笑う。

 何気なく、日常で生じる独り言のように。

 

「……」

 

 対する篠ノ之は無言のままだ。

 決して友好的ではない笑みのまま、デュノアを見て歩き続ける。

 会話など不要。そんなことを考えているのだろうか。

 

 と、そんな時だ。

 

『……! ……ッ!』

 

 ふと、デュノアは自分が身に付けている通信機から声が発せられていることに気付いた。

 相手は言わずもがな、この地を提供してくれた亡国企業の者だろう。

 彼女は篠ノ之を見たまま通信機を耳元に寄せ、明るい口調で話しかけた。

 

「ハァイ、今更どうしたのかな?」

『テメッ、どうして何回も呼んだのに応えねぇ!?』

 

 デュノアはその声に聞き覚えがあった。

 彼女が小さな織斑に助け出され、移動した先で会った女性の声である。

 

「えっと……確かオータムさん、だっけ?」

『だっけ、じゃねェッ! テメェ、この状況で何してやがんだ!』

「何って、篠ノ之博士とお話中だよ」

『はぁっ!?』

 

 素っ頓狂なオータムの声が通信機から響く。

 その様子からは彼女の本気の焦りが感じられた。

 自陣が一瞬のうちに壊滅させられているのだから、当然といえば当然である。

 

 しかし、そんなオータムの声を聞いてもデュノアはその笑みを絶やすことはなかった。

 

『ヤツはソッチにいるのか……! なら話は早い、お前はそこで篠ノ之博士を食い止めろ。残存戦力掻き集めて応援に行ってやる』

「んー……別に良いけど、多分意味ないよ? 篠ノ之博士も私も、周りを気になんてしないし」

『テメッ、一応今は協力関係だろうが!』

「だからこそ忠告してるんだよ。中途半端な人たちを寄越されても、死ぬだけだから意味ないし」

 

 楽しそうに明るい口調で話し続けるデュノアだが、彼女は目を見開いたまま瞬き一つしていない。

 それどころか、篠ノ之を見つけたその時から身動き一つしていなかった。

 

浮かべている笑みも全く変化しない。

 まるで笑顔そのものをデザインされた、感情が一切ない人形のようである。

 そんな彼女から出てくるオータムへの優しい忠告は、虚無の塊にしか聞こえなかった。

 

 しかし声以外の情報が全くないオータムからしたら、デュノアの言葉はただの忠告である。

 故に彼女の声は、ほんの少しだけ優しいモノになった。

 

『チッ……ならアイツを使え。戦力になんだろ』

「アイツ……あぁ、あの子ね。無理だよ、もう耳が聞こえないみたいだし。盾にしようにも、篠ノ之博士の目には太一以外何も映ってないみたいだからなぁ」

『耳ィッ!? クソ、なんだってあの野郎に関わったヤツは全員頭がおかしくなってんだ!』

 

 だが優しい声になったのも数秒の事。

次の瞬間には通信機から破壊音が響いた。

 相当苛ついているのだろう。オータムが近くの物を殴ったようだった。

 

 しかしデュノアの表情に相変わらず変化はない。

 オータムがどれだけ叫ぼうが、苛立とうが、一切感情が動いていないように見える。

 それどころか、オータムの言葉すら聞いているようで聞いていないのか。

 

「じゃあ、そういうことだから。貴方達は居ても居なくても変わらないからね」

『おいちょっと待て! 人の話をき――』

 

 オータムの叫びは最後まで届かず、デュノアは通信機の電源を切った。

 

「ふんふーん」

 

 楽しそうに鼻歌を歌いながら、その目を少しだけ細める。

 クルクルと通信機を手の上で転がし、そのまま篠ノ之の方向へと投げ飛ばした。

 

 恐ろしいほどの精密さと速度で通信機は放たれ、一切の誤差なく篠ノ之へと向かう。

 直撃すれば、常人ならタダでは済まない。

 

「……」

 

 だが直撃の瞬間。

 突如現れた小型のミサイルが通信機にぶつかり、爆音とともに粉々になった。

 パラパラと通信機やミサイルの破片が降る中、篠ノ之もその笑顔を一切歪ませない。

 しかし、周囲には変化が生じていた。

 

「……」

 

 空間が歪む。

 篠ノ之を中心にいくつもの光が生じ、そこからいくつもの武器が出現した。

 

 ミサイル、爆弾、そして何機ものIS。

 その全てが冷たく輝き、デュノアに矛先を向けていた。

 

「わぁ、かっこいいなぁ」

 

 デュノアは篠ノ之が出した数々の武器を見て、何気ない様子で呟く。

 そしてゆっくりと右腕を前に出すと、そのまま切り払うかのように勢いよく右へと振った。

 同時にデュノアのすぐ近くから爆発音が響き、彼女を黒煙が覆う。

 黒煙は意思を持つように瞬時に掻き消え、そこにはISの砲台を握るデュノアの姿があった。

 

 そして彼女の足元にはミサイルらしき鉄片が転がっている。

 篠ノ之の奇襲を瞬時に見破り、簡単に対処した様であった。

 

「くふ……いきなり先手だなんて、ちょっと下品じゃないかな? 篠ノ之博士」

「……別に、品とか気にしてないし。お前がこれで死んだら楽だなぁ……って思った」

 

 ようやく篠ノ之は口を開いた。

 彼女は手をヒラヒラと振りながら、鋭い視線をデュノアに向ける。

 いや、詳しくは彼女の奥にある扉。その奥にいる一人の男を。

 決して透視なんて事ができるワケではない。

 しかし篠ノ之は何かを見ることが出来たのか、その顔を満面の笑みに変えた。

 

「きひひ……見つけた」

 

 途端、篠ノ之は辺りの瓦礫を吹っ飛ばしながら、恐ろしい勢いで前方へ飛んだ。

 足に細工を施しているのだろう。その速度、飛距離は只の人間だ出せるモノではない。

 音速を超えているのかもしれない。彼女は目にも留まらぬスピードを瞬時に出し、扉の方向へと向かった。

 

 篠ノ之はそのスピードのままデュノアのすぐ横を通り過ぎようとした。

 だがそれも、デュノアによって遮られる。

 

「ダメに決まってるよ、そんなの」

 

 デュノアには見えていた、とでもいうのか。はたまた獣に近い感性ゆえか。

 彼女はゆるりとした動きで持っていた砲台を前方に向け、篠ノ之が迫る瞬間に弾を放った。

 

 発射された轟音と共に、何かが衝突する音も同時に響く。

 

「……チッ」

 

 篠ノ之は後方へ吹っ飛ばされ、瓦礫の上へと着地した。

 同時に周囲のISをデュノアへ飛ばし、その息の根を止めようとする。

 ISは各々の武器を持って、デュノアの眼前へと迫る。

 

「きひゃっ」

 

 対するデュノアはISを展開。光と共に全身に装着させた。

 彼女の狂気が沁み込んだとでもいうのか。機体は以前の鮮やかな色ではなく、黒く歪な色をしている。

 デュノアは辺りのISを撃ち落としながら、篠ノ之もとへと駆けだした。

 

 

 

 

 

 かくして、始まってしまった狂人二人の衝突。

 こうなることは最早必然だっただろう。

 二人は己の力を、狂気を相手に叩きつけた。

 同時に、相手のソレを一身に受けることとなった。

 そして、周りにさえ。

 

「……」

 

 決着は以外にも早くついた。

 結果、どちらが立っていたかは定かではない。

 その者の片腕は千切れ、骨は砕け、片目は抉れ。肌は燃えて黒く焦げていた。

 立っていた者は一つの方向に顔を向ける。自分が心から求めていた、ただ一人がいる方向を。

 

 だが、その方向には何も残っていなかった。

 その人はおろか、いた筈の建物も。

 辺り一面に広がるのは、炎に鉄クズ。瓦礫に死体のみであった。

 

「……」

 

 真っ黒な顔に浮かぶ目は何も映しておらず、故に何を思っているのかも分からない。

 次の瞬間、その者は勢いよく何処からか銃を取り出し、そのまま自分の額を打ち抜いた。

 乾いた銃声と共に、その場に倒れ伏す。

 少しだけ震え、そのままピクリとも動かなくなった。

 

 なんとも呆気なく、しかし確実に。

 こうしてこの世界は、終わりを迎えた。

 




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