今日も左手で飯を食う   作:ツム太郎

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夢を殺して、夢をもぎ取る。


牢獄

牢獄

 

「おとーさーん、もう起きてよー」

 

愛娘の声で目が覚める。

窓からは小鳥の鳴き声がかすかに聞こえ、まだ残る眠気と共に布団から出た。

 

まだ覚醒しきっていない、おぼつかない足取りで階段を下りて真っ先に洗面所へ向かった。

自分が顔を洗っている隣では今日も忙しく洗濯機が動き、辺りには美味しそうな朝食の匂いがする。

愛妻が、自分よりもずっと早く起きて準備してくれていたのだろう。

 

「あ、お父さんおはよー」

 

顔を洗っていると、後ろから声を掛けられた。

娘であるシャルロットだ。

 

「あぁ、おはようシャル」

 

「ほら、早く行こうよ。 お母さんご飯作って待ってるよ」

 

「そうだね、急いで行かなくちゃ」

 

そう言って、僕達は朝食が並べられたテーブルへと向かう。

そこには準備を整え先に座っている妻のエレンが座っていた。

 

「あら、おはようあなた」

 

「おはようエレン。 うん、今日もおいしそうだ」

 

軽く挨拶をして、僕とシャルはそれぞれの席に座る。

 

「いただきます」

 

そして三人仲良く礼をして、食事を始めた。

 

「そう言えばシャル、学校はどうだい? 高校になりたてだが…友達はできたかい?」

 

「うん、バッチリだよ父さん! 皆いい子だし、とっても楽しいよ!」

 

「はは、そうか。 だったらいいんだ、せっかくの学園生活なんだから楽しまなきゃね」

 

「うん!」

 

そんな他愛のない会話をしながら、僕達は食事を進めていく。

何の変哲もない、代わり映えしない普通の生活。

 

「エレンも、仕事の方は順調なのかな?」

 

「えぇ、順調も順調。 これからどんどん頑張ってもっと上にまで昇ってやるんだから!」

 

「はは、まぁほどほどにね。 体を壊したりしたら大変だから」

 

「ふふ、ありがとうあなた。 でも、二人のためにも頑張らなきゃね」

 

しかし僕やシャル、そしてエレンは幸せだ。

変わらないからこそ、恒久的だからこそ、僕達はその幸せを感じていた。

 

 

 

 

 

その中で、エレンはふと時計を見て慌てて立ち上がった。

 

「あら、いけないもうこんな時間! 早く洗濯物を干さなきゃ」

 

彼女の声にハッと気づき時計を見るともうかなり時間が経ってしまっていた。

 

「たいへんたいへん、シャルちょっと手伝ってくれるかしら?」

 

「うん、いいよそのくらい。 早く済まさないと!」

 

「あ、ちょっと待って二人とも。 洗濯物くらい僕が干しておくよ。 僕が出る時間は皆より遅いしね」

 

そう言って僕が席を立とうとした時、二人はきょとんとした顔でこちらを見た。

 

「何言ってるの父さん? 片足動かないのに」

 

「…え?」

 

瞬間、僕の足は力を失った。

バランスを取れなくなり、その場に倒れてしまったのだが、僕自身はまだ状況がつかめないでいた。

 

「あれ、なんで…足…」

 

「もう、貴方はそこにいてよ。 遅刻したらデュノア様に何をされるか分からないんだから…ふふ」

 

そう言って頬を赤く染めるエレンを見て、僕はますます意味が分からなくなっていく。

とにかく立ち上がろうと、今度は右腕を支えにして立ち上がろうとした。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも。 言ってる意味が全然分からないよ」

 

「んー? 分からないのは私たちだよ父さん。 なんで立とうとしてるの? 右腕だって動かないのに」

 

そして今度は腕に力が入らなくなり、もう一度地面に倒れ伏すことになってしまった。

 

「は、え? なにこれ、何で二人とも平然としてるの? ちょっと、起きるの手伝ってよ」

 

「手伝う必要なんてないでしょ。 パパはずっとそうしてなよ。 私たちがアイツに犯されてる間、ずっとさ」

 

「そうね、貴方にはソレがお似合いね。 碌に人も守れないゴミみたいな貴方には」

 

そう言って、二人はゆっくりと僕の目の前まで歩いてくる。

その姿が死神みたいに見えて恐ろしく、愛している筈の二人が化け物に思えた。

 

「ひっ!? こ、こっちにくるな…」

 

「えー、何言ってるの? 私たち家族なんだから、全部私たちに任せてよ」

 

「そうそう、貴方はもう何もしないでいいの。 ここでずっと、負け犬のままでいなさい」

 

「ふ、ふざけるな!! お前等、一体何を考えて…!?」

 

僕は二人から逃げようと必死に暴れるが、二人の力は異様に強く、ほぼ抵抗できないまま先程までいた洗面所に連れて行かれた。

 

「父さん、多分寝ぼけてるんだね。 まだ自分が普通の人だって思い込んでる」

 

「そうね、目を覚ましてあげなきゃ。 さっさと今の自分を確かめて貰わないとね」

 

目の前には洗面台、そしてそこには一杯まで貯められた水があった。

 

「ほら、ジャバジャバー」

 

「ブッ!? ゴバ…がばッ…」

 

そこに思いっきり叩きつけられ、碌に息も出来ないで為すがままにされる。

数秒後に顔を上げられ、また沈められ、上げられ、沈められた。

それを延々と繰り返され…。

 

「ほら、目が覚めた? 今のパパどうかな?」

 

シャルにそう言われ目の前の鏡を見ると、そこには目も鼻も耳も口もない、真っ黒な顔が映されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、そこは見覚えがあるようでないような場所であった。

岡山は最初、病院かと考えたが明らかに内装が病院のソレではない。

 

「…こ、こは…」

 

岡山は思い出そうとするが明確な場所は思いつかなかった。

感じるのは、懐かしさと温かさのみ。

ベッド、机と椅子、必要最低限の家具。

そしてすぐ近くには棚があり、そこには色鮮やかな果物が置いてあった。

 

簡素な部屋を彼は見渡していた。

 

「僕、は…あの女を撃って…」

 

「そう、パパはそのまま倒れて病院に運ばれて…私たちに此処まで運ばれたんだぁ」

 

全身が総毛立つような恐ろしい声に反応して横を見ると、そこにはデュノアが立っていた。

 

「…デュノア…なにをした…んだ…!?」

 

「…は? 私はシャルロットだよ、デュノアだなんて名前じゃないよ?」

 

獣のような殺気を放ちゆっくりと、ニヘラと笑いながら岡山の方へデュノアは歩み寄る。

岡山は遠ざかろうとするが、なぜか足が思う通りに動かず、みじろぎすることがやっとである始末だ。

動く方の足に何か異常があるのか、確かめようにも布切れのようなものがきつく巻かれており、片手でほどくのは難しい。

 

「シャルロットだよ、シャルロット…貴方と母さんがつけてくれた名前…そうでしょ?」

 

「…違う、それはエレンとあの男が着けた名前だ。 僕は…無関係だろうが…」

 

あくまでも反発する岡山を見て、デュノアは不機嫌そうに顔を歪ませ…笑みを浮かべた。

 

「もう、変な冗談はよしてよ…私の姓名は岡山、貴方の娘…そうでしょお? ねぇ」

 

ゆっくりと岡山に近づきながら、まるで子供に言い聞かせるように優しく、穏やかな口調で話かける。

しかし彼女の本性を知っているが故に、彼はそれを見て素直に安心することが出来ない。

 

「ひ…そ、それ以上来るな…」

 

「なんでそんなひどいこと言うの? 世界に一人しかいない家族なんだよ? 大事な娘でしょ?」

 

「今更…昔を書き換えるのはやめろ…お前は…おまえはデュノアの妾から生まれた…僕とは赤の他人だ…」

 

岡山がそう言うと、デュノアの顔から笑みが消えた。

何かを我慢するように全身を震わせ、泣くのを必死にこらえているようだった。

 

「…分かってるよ、もう。 私があの男の娘で、貴方は取られた人だって」

 

「っ…お前…。 …分かってるなら、僕がもうお前に構う理由がない事も分かってるだろ?」

 

「うん、そうだね。 でもさ、私が貴方を離したりなんてしないことも分かるでしょ? 父さんは…私にとって大切なんだもん…娘としても、女としても…」

 

そう言うと、彼女は拘束されている彼のもとにたどり着くと、その頬を撫でた。

 

「私は…こんなだけど…それでもあなたが好き…。 父親として…恋人として…貴方が必要なんだ。 だから…さ…今からでも家族に戻ってくれないかな? お願いだから…」

 

今までの狂った様子は一切なく、たった一人を求めるだけの少女になっていた。

そのようにしか見えなかった。

世界のすべてを敵に回してもなお、彼女が求めるのは岡山ただ一人だったのだ。

そして曲がりなりにもそれを理解しているからこそ、岡山は数秒返事をするのに躊躇した。

永遠と感じられる数秒の中、彼は真っ直ぐに彼女を見つめてハッキリと拒絶の言葉を発した。

 

「…やっぱり駄目だ」

 

「…え?」

 

「僕は、お前を許容できない。 許せないし、一緒にいたくない。 お前一緒にいるくらいなら、織斑千冬に飼い殺される方がマシだと思うくらいに」

 

この時、岡山は油断した。

油断し、つい本音を喋ってしまった。

いつものように媚びるように彼女を肯定するようなことのみを話していればよかったのに。

彼女の狂気が消えた顔を見て、安堵してしまったのだ。

 

「…くふ…」

 

「だから…もうお前とは…ッ!? ギッ!?」

 

直後、デュノアから放たれたのは強烈な蹴りであった。

鋭く、凶悪なソレは岡山の腹に突き刺さり、彼にそれ以上の言葉を許さなかった。

 

「が…ハァッ…!?」

 

「あーあ、やっぱりパパは私を裏切ってたんだ。 残念だなぁ、愛してるって言ってくれれば安心できたのに…きひひ」

 

掠れた視界で彼女を見ると、その顔は先ほどまでの優しげな顔ではなく、見覚えのある淀んだ目をした気味の悪い笑みを浮かべる彼女がいた。

 

「太一はさ…私にとって貴方がどういう存在なのかまだ理解できてなかったんだね…。 私にとって貴方の位置づけはもうどうでもいいんだよ、恋人でも父親でも…大切なのはさ、もう貴方をぜぇったいに離れさせないってことだよ」

 

引き攣った笑みを浮かべ、苦しそうにもがく岡山を見ながらその顔をめがけて蹴りを突き刺す。

何度も何度も放ち、彼の顔を壊していく。

 

「ハァ゛ッ、ハァ゛ッ、ハァ゛ッ、ハァ゛ッ、ハァ゛ッ!! どう!? 痛い!? 痛いよね!? 私も痛かった、よッ! 貴方にッ、酷いことッ、言われてッ、さッ!!」

 

「ブッ…ギ…グェ…やめ…アが…!?」

 

救いを求める声も許さない、ひたすら彼を蹴りつけ己の欲を満足させていく。

 

「アハァ、楽しいね太一! でも太一のせいなんだからね! あの女の方がいいだなんて言ってまた私を傷つけるんだからさぁッ!!」

 

「が…ぁ…は…ハァ…」

 

鼻が曲がり、目が真っ赤に染まり、唇が割れ、歯が砕け、耳が裂けても蹴りをやめない。

笑いながら彼を痛めつけていく。

 

「…あ?」

 

そんな時、デュノアは彼の異変に気が付いた。

顔をガードしていたはずの片手が、いつの間にか彼の首を掴んでいたのだ。

 

「は…が…」

 

「? 何やってるの父さん? 楽しいこと?」

 

自ら首を絞め、彼は苦しげな声を発する。

ソレを見てデュノアは最初理解できていなかったがすぐに何かに気付いたのかその顔をさらに歪ませた。

 

「き…きゃはハ!! ねぇもしかしてパパ死のうとしてるの!? 自殺ッ!? この期に及んでまだ私から逃げようとしてるのッ!?」

 

彼がしようとしたことを理解すると彼女はまた大きな声を上げて彼を嗤い、すぐさま彼の首に手を添える。

 

「それにさぁ、そんなんじゃ全然死ねないよ父さん? 死にたいんだったらさぁ、こうやって脈を指で押さえて本気で締めないと…ねぇ太一ぃ」

 

「かはっ…く…」

 

「ねぇ、本当にこのまま死んじゃってみる? どうせすぐにたたき起こすし、一回くらいなら別にいいよ? 少し離れるのは寂しけど、ちょっとした小旅行だよねぇ…キヒひゃひゃひゃッ!!」

 

狂笑をしながら自分の首を絞め続けるデュノアを見ながら次第に薄れていく意識に心地よさを感じていた。

このまま死んでしまっても良いか、でも蘇生させられると考えると少し気分が憂鬱になる。

 

そんなことを予想外に冷静な思考で考えていると、ふと目の前に何かが写った。

銀色の発色しているそれは、自分が縛られているベッドの棚…そこに置かれていた果物の近くにあったナイフであった。

 

「あ…」

 

彼女は死んでも生き帰させると言っていたが、即死ならばどうなのだろうか?

どのような方法を取るのかは知らないが、蘇生の準備すら許さない勢いで死ねば不可能なのではないか?

 

「…」

 

「ねぇどう太一さん? 気持ちいいかな? 一応マッサージするような感じで押さえてるんだけど…くふふ」

 

岡山が何を見ているのかにも気づかず、デュノアは一心不乱に彼の首を絞めていく。

 

(…やるなら…今…どうせ彼女たちには敵わないんだから…)

 

そう思って、おもむろにナイフを手に取り、自分の心臓の近くに寄せようとする。

これで永遠に彼女から離れられることを祈って。

 

 

 

そしてその手があと少しで辿り着くという所で、止められてしまった。

その手を何者かに掴まれたのだ。

 

 

「…ッ!?」

 

「…なに? 今は私の時間でしょ?」

 

岡山はその正体が分からず動揺し、対するデュノアは何者なのか分かっているのか不機嫌そうに介入者を睨み付ける。

 

「…すまないな。 今、してはいけないことを彼がしようとしていたのでな…協定違反だが介入させてもらった」

 

その声がする方向を見て、岡山は絶句した。

そこには彼の肩腕片足を潰した織斑千冬、その最も忌まわしい幼少期の姿があった。

 

 




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