毀れた剣   作:逝けティ

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大変遅れた投稿になってしまいました。言い訳になりますがなかなか、時間が取れなかったのです。申し訳ありません。
これからも投稿は疎らになり、遅筆になると思いますがよろしくお願いします。


#2 二色の騎士

――人間ってのはホント、不安定な生き物だよな。

 

 戦場で出会った30歳手前の男が口を開いた。こめかみにやけどの跡を追ったこの強面の男は医者だという。

 体格や言動など、どこからどう見ても軍人風なその男から、医者の雰囲気を読み取れるものはよれよれの白衣と古びた聴診器ぐらいだろう。初めて出会ったときは下手な変装をした軍人だとばかり思っていた。

 彼は医者だが、軍医ではない。国にも認可されていない、いわゆる闇医者と呼ばれる類である。故に今自分たちのいる場所は野戦病院ではない。国家運営されている場所に免許も持たないやぶ医者がいても爪はじきにされるだけである。野戦病院は本来戦場の後方に設置されているものだ。最前線であるこんな地獄にいるのは、兵か非難の遅れた住民か、自分の様な変わり者だけである。

 

 今いる場所は赤道付近の発展途上国。長い間政府の高圧的な独裁政治が敷かれ、不満の募った国民が反政府運動を始めたことが悪化の一途をたどり、政府の武力的制圧と反政府ゲリラの抵抗により内戦状態に突入した。既に事態は最悪の状態へと突入しており、市街地は焦土の大地と化し、飛び交うのは戦火と悲鳴だけである。

 この紛争に決着がつくとしたのなら、政府かゲリラ組織どちらかが潰れる時のみであろう。

 なぜこんな場所にいるのかと尋ねると、お前と同じような理由だよと鼻笑いと共に返された。

 自分、衛宮士郎の目的は逃げ遅れた何の罪もない人たちを助けることだ。医者の男は戦場にいるすべての負傷者を救うことだといった。

 どちらも、『誰かを救う』という目的のためだけにこの場に足を運んだ変わり者のシンパシーか、いつの間にか行動を共にしていた。

 

 今、自分たちは廃墟の中で、銃に打たれた負傷者の治療を行っていた。負傷者は反政府組織のメンバー、みすぼらしい服装に不釣り合いな銃火器を携えている。

 胸元から見えるドックタグにはこの地域ではまず見ないシャガの花が刻まれている。

 花弁と外花被が六方向に開く美しい花で別名『胡蝶花』。何故そんなものがドックタグに刻まれているのかというとそれは花言葉にある。シャガの花言葉は【反抗】、つまり圧政を敷く政府への反抗心と散るときは美しくという意味がこれには込められているのだ。

 

「いきなりどうしたんだ?」

 

 男の独り言なのか判断がつかなかったが、この沈黙を紛らわすのもいいだろうと外に洩れない程度の声で語りかけた。

 治療行為を一切やめることなく、手を動かしながら男が鼻で笑う。

 

「いやな。他の動物は食って寝て糞して、子孫を残して死ぬっていう生きる上での必要最低限の生活を営んでいるわけだ。他の生物を殺すのだって生きていくために必要だから行っているわけだし、同種の殺し合いなんてめったに起こるもんじゃねぇ」

 

「けどよ? 人間は肌の色の違いだとか、気に食わないなんて感情論でさくっと同じ人間を殺しちまうだろ。今回の紛争だって政府の統治制度に不満を持った奴らが爆発した結果だしな」

 

 弾丸の摘出が終わったのか、縫合のための糸を針に通すのに苦戦しながら男が呟く。

 人が争いを始めるのはいつだって単純だ。気に入らないの一言に尽きる。誰だって自分の思い道理に人生が運ぶならそっちの方がいいに決まっている。けれど、人間である以上歩いていく人生の道筋はバラバラだ。時には他人と衝突することもあるだろう。しかし、譲り合いなんて高尚な精神を人間の本能は所有していないのである。人が判断基準を設けたときに最も優先するのは自分だ。どれだけ理性の天秤が精神の均衡を保とうともあっという間に傾くこともある。その先にあるのは歯止めのなくなった暴走のみだ。

 故に彼らは奪い合う。邪魔をするものを容赦なく蹴落とす。有史以前の太古から、全く変わることのない人間同士の殺し合い。戦争はそういった人間の醜悪な面の縮図だと、戦いに身を置いて理解した。

 

 ガラスが割られ、吹き曝しになった窓からほんの少し顔をだし、周囲を警戒しながら男の言葉に耳を傾ける。

 

「そんなどうしようもないくらい愚かで惨めな人間なんだけどよ、俺は嫌いになれねえんだよなぁ。俺は医者って言っても正規の医者じゃねえ。技術も経験も浅い野良医者だ。そんな俺のつたない治療に満面の笑顔でありがとうって言ってくれるんだぜ。自分たちだって腹減ってるはずなのに、なけなしの食料を俺に恵んでくれるんだぜ」

 

 遠い日を思い返すように男は壁を見つめ鼻で笑った。

 人間の醜悪な面をたくさん見てきたように、同じだけ人間の心の美しさに触れてきた。

 だから、これまで戦ってこれたし、これからも戦っていける。彼の気持ちは痛いほど共感できるものだった。

 

「嫌いになんて、なれねぇよな」

「……――ああ、なれないな」

 

 顔を見合わせて笑いあう。神様がいるのならぜひ願いたい。この戦争を早く終わりにしてくれと。

 

*******************

 

「シロウ! こっちよ」

 

 人通りの多い商店街を先に進むリンが士郎を手招きする。

 今二人はサカ地方の交易都市であるブルガルに立ち寄っていた。目的は旅の支度。これからどれだけの期間エレブ大陸を旅することになるのか、そのめどは立っていないが、次の都市までの食料と護身のための武器を探すため、リンと士郎は街中を散策していた。

 士郎は街を見渡し、人の活気に多少ならずとも驚いていた。交易都市というだけあって商品の物量は盛んな方なのだろう。主に売られているのは家畜や綿製品、穀物といったあたりの消耗品である。街は商人の威勢のいい声と通行人の喧騒で溢れかえり、声を張り上げて呼んでいたはずのリンの声さえ霞んでしまうほどだ。

 リンと共に旅をすると決めてから一週間が経ち、体の傷は驚異的な速さで回復に向かっている。全力での戦闘は今はまだ無理であるが日常生活にはほとんど支障がない。この状態にリンは信じられないと目を丸くしていたものだ。

 

 しかし、体の好調とは裏腹に予期せぬ事態も訪れていた。魔術が、士郎の最大の武器である投影魔術が思う様に行使できないという状態になっていた。他の強化や解析等の魔術は難なく使えるのに対し、投影魔術だけ発動しようとすると頭に黒い(もや)のようなものがかかり武器のイメージが定まらないのである。

 この事態を士郎はリンに告げないでいた。否、投影魔術だけではなく魔術全般をリンに秘密にしていた。彼女を決して信頼していないわけではないが、この世界の魔術に対する認識が定かになっていない以上、簡単に自身の秘密を曝け出すのは得策ではないと理性的な部分で押さえつけていた。

 心苦しいのには違いがなかったが、以前の様に秘匿性を無視するのは破滅を招くという経験が士郎の行動を遮っていた。

 

「ちょっと、シロウ? 聞こえてる?」

「ん? 悪い悪い、人の賑わいにちょっと圧倒されてたんだ」

 

 先を歩いていたはずのリンがいつの間にか傍まで駆けより顔を覗き込んでいた。心ここに非ずといった表情の士郎にどうしたものかと尋ねてみたが、大した理由ではないと知るとリンはそう、と返し歩幅を士郎に合わせ隣に並んだ。

 

「ここはサカでも一番大きな街だからね。でもここより大きな都市はたくさんあるのよ? 隣国のベルンなんかは凄いらしいわ」

 

 どんなところなのかしら、と頬に人差し指を当て考え込むリンに士郎は微笑んだ。元居た世界でもここの街より人がたくさん住んでいて、賑わっている国の都市をたくさん見てきたが、驚いたのは人数ではないのだ。人々の活き活きとした表情、声から伝わる人の営みの充実さは元の世界よりも活気にあふれていると感じていた。

 電車の線路が街中に走り、天高く聳え立つビル群。ありとあらゆるところに設置された広告からはいつでも最新の情報が手に入る。人も文化も此処よりよっぽど進んでいるはずなのに、すれ違う人々は何処か鬱とした雰囲気を感じさせ、心を何処かに置き忘れたように変えることのない能面のような表情をしていた。人の幸福を文明の進歩が決めることではないのならば一体何が決定づけるのか。

 

「そういえば、武器屋による際に確認しておきたいんだけどシロウが得意な武器はやっぱり弓でいいの?」

 

 振り返ったリンは士郎に尋ねた。弓という発言は先日にあったゲル襲撃の際のやり取りからだろう。

 

「確かに弓は人よりほんの少しばかり扱いなれてるけど、本来は剣を使った戦闘が主なんだ」

「そうなの?」

「人並みにといったところだけどな」

 

 士郎自身に剣の才能が人並みにしかなくとも、築き上げた剣術は命を預けるに足るものだと自信を持っている。

 戦場においての役割分担とするのならば、白兵戦にリンを置きサポートするように遠戦に士郎を置くのがベストな戦法だろう。

 それは、士郎のプライドが許さなかった。戦場において男女の違いなどあるはずもないが、それでも女の子一人に最も危険が伴う白兵戦を任せるわけにはいかなかったのである。

 それを口にすればリンがお冠になるのは間違いないので、絶対に口にはしないが。

 

 人ごみの中、リンに逸れないようについて行くと看板に剣と楯を引っさげた建物が目に映った。おそらく、しなくともあれが武器屋なのだろう。文字はさすがに読めなかったがこれで武器屋ではなかったら詐欺である。

 

「リン。ここが武器屋でいいのか?」

「ええ。わかり易いでしょ?」

 

 クスリと笑いリンが先導するように店の中に入っていく。士郎もそのあとを追いかけるように扉を押して入った。

 丁番が錆びているのか、やや重くキリキリと音を立てる扉の先には昔のゲームに出てきそうな雰囲気の内装だった。店主と思われる男の後ろには様々な武器が飾られている。あれらが看板商品なのだろう。そのほかにも店の中には鞘に収まった剣や斧、槍といった武具が所狭しと置かれていた。

 

「今日は何用で?」

 

 店主はカウンターに寄りかかり頬杖をつきながらぶっきらぼうに言った。身なりから上客ではないと判断したのだろう。明らかにやる気をなくした様子の接客態度であった。

 その態度にむっとしたリンが抗議の声を挙げようとしたが、士郎が手で制すと渋々ながら一歩後ろに下がった。

 

「ああ、剣が欲しいんだ。出来れば双剣がいいんだが」

「……双剣ね。長さは均一かい? それとも非対称?」

 

「双剣には形があるの?」

 

 興味があるのか隣で口をつぐんでいたリンが会話に入ってきた。それに対して店主はふんと鼻を鳴らすとどちらにするのか士郎に催促した。

 均一で、と士郎が答えると店主が空いた手を窓際に向け指を指した。あちらに無造作に置かれた中から選べということだろう。

 

「非対称の双剣にはそれぞれに役割があるんだ。短い方は守りの役目、長い方には攻めの役目。攻守を分担することでメリハリをつけて戦うのに適している。均一の長さの双剣はその状況において適材適所に役割を変える感じだな」

 

「なるほどね。双剣にもいろいろあるわけか。でも、さっきから気に食わないのは店主の態度よ。商売する気あるのかしら!?」

 

 リンの質問に答えながら、自分に合った双剣を探そうと乱立する剣が置かれた箱の中を探っているとリンが小声で店主の文句を口にした。

 

「しかたないさ。商売である以上、利益がないと判断した相手に接客をよくしようとは思わないんだろう」

「だからって……」

 

 この話は終わりと士郎が苦笑しながら(たしな)めると、リンは顔には出してもそれ以上は口にしなかった。

 見つけ出した双剣は実にシンプルなものだった。余計な装飾は一切なく簡素極まるそれは刀身およそ一尺半(約60センチ弱)、双剣としては若干長いタイプのものだった。

 値段も最安値の鉄の剣より若干高い程度。粗悪品ではないが、性能がいいともいえない。

 

「それでいいの? 他にもいい剣はあると思うんだけど」

「いいんだ、これぐらいがちょうどいい。というか本当にいいのか、御代を払ってくれるなんて」

「気にしないで、私からシロウへの旅路の祝いの贈り物なんだから」

 

 そういって士郎の手から双剣を受け取ったリンは、会計を済ませようと足早にやる気のない店主のもとまで行く。

 士郎はエレブ大陸(こっち)の通貨を所持していない。いわゆる無一文である。リンの背中を見つめた士郎は苦虫を噛み潰したような表情で、絶対にヒモにはならないと心の内で決意した。

 

 武器屋を出た二人は道中早々と旅に必要な旅装をそろえると、都市を出るため外門へと向かっていた。

 

「そうだ、シロウ。この街を出たらちょっと寄りたいと……――」

「おお! これは!! なんて美しい女性なんだっ!」

 

 リンの言葉を遮る大声に二人して小さく驚くと、士郎が見つけるよりも早く、自らリンのもとに姿を現した。

 

「ああ、なんて美しいお方! よろしければ、お名前を! そして、お茶でもいかがですか?」

 

 全身を緑の鎧で覆うその男は、さりげなくリンの手を取ると一息でまくし立てる。ちゃっかり士郎とリンを遮るように立ち位置まで変える巧妙さ。

 唖然とする士郎とは裏腹にリンは冷静そのものだった。いや、冷静というよりは冷酷の方がしっくりくる。

 

「……あなた、どこの騎士?」

 

 その言葉を聞き、騎士であろう男は待ってましたと言わんばかりに胸を張り、空いた手を胸元に置いた。

 どうにもこの男は、さっきから発しているリンの冷たい目線と声色に全く気が付いていないようである。その様子を眺めている士郎は居心地の悪さに若干顔が青いというのに。

 

「よくぞ聞いて下さいました! 俺は、リキアの者。もっとも情熱的な男が住むといわれるキアラン地方出身です!!」

 

 このよくわからない自信。おそらく騎士というのは町娘などからは良くモテる人気職なのだろう。本来騎士は位を持たない最下層の貴族である。しかし、戦では花形でもあるし一応は貴族、財政面もそこら辺の農民よりよっぽど高給取りである。

 その昔、士郎は遠坂凛から言われたことがあった。

 

――愛に生きる女は滅多にいないけど、金に生きる女は多いわよ―― 

 

 騎士の男がそれについて知っているかは定かではないが、騎士というネームプレートがナンパの大きな戦力であることをは知っているようだ。

 しかし、それを聞いたうえでなお冷たい態度のリン。彼女には騎士は魅力に感じないものでしかなく、それどころか余計にあきれ返っているようにも見えた。

 

「『最も馬鹿な男が』の間違いじゃないの?」

「うっ……冷たいあなたもステキだ」

 

 リンは振り払うように男に掴まれていた手を離すと、するりと男の脇を通り抜け士郎に向かって歩いてきた。

 その表情は呆れ顔で、士郎の前まで来るとふぅとため息をつくと作り笑顔を向けてきた。

 

「行きましょ、シロウ。相手にしてらんないわ」

「り、了解」

 

 下手な口は利かない方が聡明な判断だと考えた士郎は、それだけ言うと口をつぐんで、立ち去ろうとするリンの後ろについた。

 

「セイン! いい加減にしないか!!」

 

 いきなりの怒号に何事かと声の主を探すと、険しい顔をした赤い鎧の男が緑の鎧の男に詰め寄っていた。

 

「おお、ケント! わが相棒よ!! どうした、そんな怖い顔で」

「貴様が真面目にしていればもっと普通の顔をしている! セイン! 我々の任務はまだ終わっていないのだぞ!!」

 

 緑の鎧の騎士がセイン、赤い鎧の騎士がケントなのだろう。ケントの怒り声を真横から聞くセインは片耳を手で押さえやり過ごしている。

 しかし、反省などしていないようで一通りケントの叱咤を聞き終えると、まるで何事もなかったかのようにケントに話しかけた。

 

「わかっているさ。だが、こんな美しい女性を前に声をかけないのは、礼儀に反するだろう?」

「何の礼儀だ!」

 

 士郎たちをそっちのけで言い合いを始める二人。無視して立ち去ればいいものをリンは律儀に二人のやり取りを見つめていた。

 腕を組み、足を小刻みに動かす姿は明らかなイラつきと不機嫌を体現しているが。

 

「あの! もう行っていいかしら?」

 

 怒気を含んだリンの声に振り向いたケントは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「すまない、すぐに……」

「ありがとう。あなたは、まともみたいね」

 

 誠実なケントの行動に、若干リンの雰囲気が和らいだ。

 隣で見ていた士郎も彼の行動には非常に感心していた。騎士とは貴族である、その貴族が簡単に頭を下げることなど許されないしプライドも傷つくことだろう。それでも彼は自分に非があることを認め謝罪をした。それも身元もよくわからない年下の女にだ。他の貴族ならば謝るどころか罵ってきても可笑しくはない。

 謝罪したケントは頭を上げると、リンを見つめた。

 

「! ……失礼だが君とは、どこかで会った気が……」

「え?」

「おい! ずるいぞ、ケント! 俺が先に声をかけたんだぞ!!」

 

 結局ナンパか? と士郎は一瞬思ったが、ケントの真剣な表情から事情は違うようだと判断した。

 しかし、リンにはセインの一言が追い打ちをかけたようで冷静な判断ができなかったらしい。眉は上がり、感情の爆発まで既に秒読みといった感じだ。

 

「リキア騎士には、ロクなヤツが……!!」

「リン、先を急ごう。すまない騎士殿、我々は先を急ぐ身ゆえ時間を取られるわけにはいかないんだ。失礼する」

「あ、ああ」

 

 リンが怒鳴りつけようとすると、目の前に割り込むように士郎が入り、二人の騎士に頭を下げる。

 リンとしてはこの二人に言ってやりたいことがごまんとあるのだが、士郎が頭を下げてまで穏便に済ませようとしたこともあって、フンと鼻を鳴らすと門に向かって荒々しく歩いて行ってしまった。

 その後ろ姿に苦笑した士郎はもう一度ケントたちの方へと向きを直し、再度頭を下げてリンを追いかけて行った。

 ケントがなぜ真剣な表情でリンを見つめあんなセリフを言ったのか、気になることではあったが、士郎はそれ以上考えることを止めてリンにはぐれ無い様足を速めた。

 

*******************

 

 士郎たちが通る道はブルガルがベルン王国との国境に近いためか、木々すらなかった草原はもはやなく、門の外は草原と林の中間といったところか。所々に群生した木々が生い茂り、獣道がわずかに残る程度である。

 それもそのはずである。士郎とリンは行商人や旅人が通る正規の行路から離れて行動していた。

 

「シロウ! 気づいてる!?」

「ああ、誰かに追われているようだ。下手な足並み具合から山賊だろうが妙だな、周りには目も触れず一直線にこっちに向かって来ている」

 

 どかどか、と作法もなっていない足音が遠くから耳に入ってくる。数からして五人弱、商人を狙うには少なすぎるし、一人二人を狙うには過多な人数だ。

 どうであれ、このままでは振り払うのは無理だと判断した士郎は走るのを止めた。

 

「迎え撃とう。地形を把握していない以上、無闇に時間を稼ぐのは良くない。仲間を呼ばれる可能性がある」

「……」

 

 士郎の言葉にリンは無言で頷くことで肯定とした。

 腰に下げた双剣を鞘から抜く。使い慣れた陰陽剣には及ばないが、しっくりとした感触が柄から伝わり、無骨な刀身は木漏れ日を反射し鈍く光る。

 相手の姿を把握しやすい様に、近くのわずかに開けた場所へと移動する。リンも鞘に納められた鉄の剣に手を当てた。

 戦闘準備は万全。迎え撃つ二人に対し、追いかけてきた山賊は堂々と士郎たちの正面から現れた。

 

「ぐへっ、ぐへへへ。カワイイじょうちゃん! あんた、リンディスってんだろう?」

 

 数は五人。話しかけてきた山賊の後方で散り散りに残りの四人がこちらの様子をうかがっている。

 実に品のない笑いをしながら現れた男は、リンの姿を見ると更に笑みを深め、聞き覚えのない名前を口にした。

 おそらく、リンの本名なのだろう。隣からリンの息をのむ声が聞こえた。

 

「……もったいねー。まったくもったいねーが、これも金のためだ。消えてもらうぜっ!!」

 

 そういうとがっくりと肩を下ろしておどけた山賊は、それもつかの間に斧を握りしめ、不格好な指示を仲間に飛ばした。

 取り囲むように移動を開始し始める仲間の山賊。

 

「あーーっ! み、見つけたっ!!」

 

 一触即発の緊張状態の中、お構いなしの大声が響く。聞き覚えのある声の主はすぐに駆け付けた。

 馬に乗った緑の鎧の騎士、セインは山賊と士郎たちの間に割り込むと手に持った槍の切先を山賊に向けた。

 

「ハアッハアッ、お、追いついた……。こら! そこのヤツら!! この方に、なんの用だっ! 女の子相手に、この人数は卑怯だぞっ!!」

 

 荒い息を整えもせず、怒鳴りつけたセインに遅れケントも駆け付けた。

 

「貴方たち、さっきの!」

「お話は後で。……この者たちは、どうやらあなたに危害を加えるつもりらしい。だったら、我らがお相手しよう」

 

 思わぬ援護に驚くリン。しかし、士郎はこの状況を冷静に判断していた。

 敵の狙いはリンであり、この二人の騎士の目的もリンではないのか。士郎はこの世界に来て日が浅い。人とのつながりなどエレブ大陸ではリンだけだ。故に彼らの目的から自動的に士郎は外れることになる。二人の騎士も、リンに何らかの重要性でもなければ、わざわざ街から離れたこんな場所まで追ってくるはずがない。

 現れてすぐに山賊に切先を向けたセインの行動、それに対し驚く山賊の反応は演技ではなく本物だった。つまりリンを取り巻く勢力は最低でも二つ。

 一つは敵、一つは味方の可能性が高い。士郎はこの二人の助力を信頼することにした。

 

「騎士殿、俺たち……いや、私たちに助力願いたい」

「シロウ!?」

「大丈夫だ、彼らは信頼できる。それに万が一の時は、俺がリンを護る」

 

 臆面もなく言い切った士郎にリンがたじろぐが、当の士郎は敵に気を取られて気づいていない。

 山賊をけん制するセインはあんぐりと口を開け、ケントは場の空気を正そうと咳き込む。

 

「ゴホンッ……わかりました。あなた方が指示をだして下さい。私は、リキア騎士のケント。連れの男は、セイン。我らは、あなたの指揮に従った戦いをします。それで構いませんか?」

「え? ええ、いいわ。指揮は私とシロウがとる」

 

 呆けていたリンだがケントの言葉を受け気を引き締める。

 話しかけてきた山賊は、情勢が変わったと見るや不利だと判断したのか仲間と共にセインの隙をつき後方へと散って行った。

 しかし、未だ視界から消えない事から撤退ではなく、距離を開けて士郎たちの隙をうかがう態勢に移行しただけの様である。

 

「あんた、シロウだったな。よろしく頼むよ。あの方にいいところをお見せしたい! 山賊は俺に任せてくれ」

 

 不貞腐れた様な態度のセインだが、律儀に挨拶を交わしてくるあたりは騎士としての振る舞いなのだろう。

 豪快に槍を振り回し、いざ行かんと手綱に力を込めたセインに士郎が待ったと声をかけた。

 

「ちょっと待ってくれ、相手は木々を楯にしながら移動している。間合いの広すぎる槍じゃ不利だ。敵をおびき出すからその隙に仕留めてほしい」

「なに、大丈夫だよ。俺の腕なら槍一本でも何とかなるって」

「セイン、指揮官はお二方だ。勝手な行動は慎め」

 

 ケントに注意されたセインは、気まずそうに返事をすると握りしめた手綱をゆっくりと解き、士郎の後方に下がった。

 それを確認した士郎は三人に目配せをすると、最も近くにいる山賊へと駆け出した。

 

 ほんの少し前まで重症の怪我人だったことを思わせない走りぶりにリンが驚く。

 しかし、一番驚いたのは山賊だろう。距離を開ければ、最も機動力のある騎兵が出ていくのが常道である。だが、それと同時に騎兵というのは小回りが利かない。

 木々が間合いを潰すこの林の傍ならば、仕留めることができると踏んだというのに、こちらに向かってくるのは白髪の大柄な男。

 両手に剣を持ってなお、人間離れした速さで山賊に肉薄する。やるしかないと、山賊は握った斧に力を込めた。

 

「オオオッ――!!」

 

 士郎が山賊の間合いに入った瞬間に、山賊が斧をふるう。士郎は危なげなく剣を斧に滑らすように受け流すと空いた左の剣で山賊に切りかかった。

 転がるように山賊が士郎の一線を回避する。実に不恰好だが、すぐさま立ち上がると士郎を睨みつけ、斧を構えた。

 今度は山賊の方から士郎へと攻撃を仕掛けた。上段で振るわれる斧は一見隙だらけだが、士郎は反撃に出るようなことはしなかった。

 士郎の視界の端に映った人影。仲間の山賊がこちらをうかがっている。一人を仕留めたその隙に後ろから切りかかられては元も子もないのである。

 

 冷静に山賊の一撃を避けた士郎は防戦に徹した。決して正面から斧は受けず、まるで風に揺れる柳の様に剣で斧を受け流す。

 斧の最大の特徴は肉厚な斧頭(ふとう)とその重さにある。頑丈な斧頭は刃毀れ程度で使い物にならなくなるということはないし、その重さで武器ごと相手を叩き潰すことも可能となる。遠心力を生かした形状は実に利にかなっており、人間が創り出した武器の中で太古から残っているもののひとつである。

 士郎は自分の選んだ武器を信頼していないわけではないが、万が一がないとは保証ができないのである。投影魔術が使えない以上、彼が命を預ける武器は両手に握る一対の双剣だけなのだから。

 

 五度目の攻撃を受け流し、士郎が一歩後退する。相手の顔色を窺うと疲労を隠しきれない息遣いと汗が見えた。山賊は決して体格が悪いわけではない。しかし、攻撃をかわされ続け、いつ来るとも分からない反撃に対する緊張と恐怖は予想以上に彼から体力を奪っていった。

 一撃毎に士郎は一歩一歩と後ろに下がり、頃合いを図っていた。

 斧をふるう力が無くなってきたと判断した士郎は反撃に出た。

 技術もないがむしゃらな振り下ろしに、士郎は双剣を交互に重ね、鋏の様に斧の柄を絡めとる。そのまま引き寄せ足をかけると、体力の限界だった山賊は呆気なく地面に転がされた。

 

「騎士殿!!」

 

 士郎が叫ぶとセインは手にした槍をうつ伏せに倒れ込む山賊に突き刺した。心臓を突かれた山賊は抵抗する暇もなく一瞬で死ぬ。

 一方ケントは士郎の技術の高さに感嘆していた。無鉄砲な敵ではあったが、振り回される斧に冷静に対処し汗一つかくことなく倒すなど、並の傭兵でも出来ることではない。一歩一歩後退していたのも、仲間の敵から遠ざける為に相手を無意識に移動させるためであり、最小限の負担で倒すための布石だったのだ。

 いくら武芸に長けているケントといえども、あそこまで計算された戦術は出来はしないだろう。

 

「シロウ!!」

 

 リンが士郎の許へと駆け寄る。対する士郎は返事をしながらも警戒を解いてはいなかった。

 突き刺さるような殺気が他の山賊を牽制している。

 

「残り四人、部隊が散り散りになるのは得策じゃない。敵がまとまってくる前に仕留めるのが得策か?」

「シロウ? 大丈夫?」

「ん? ああ、大丈夫だ。さっさと終わらせよう」

 

 独り言をつぶやく士郎にリンが語りかけると、先ほどまでの剣呑な雰囲気が消えいつも通りの彼に戻る。

 その態度にリンは不安を覚えていた。先ほど敵を倒した時の剣技は実に見事なものだったが、そんな事よりもその際に見せた無慈悲で冷徹な目が忘れられなかった。

 リンと士郎は付き合いが長いわけではない。けれど、彼がとても心優しい人物であることを知っている。山賊を倒した際にも墓を建てるほどの慈悲を見せる位だ。

 その彼の先ほどの眼は、とてもリンの知っている温かみのある衛宮士郎の眼ではなかった。どちらが本当の士郎なのか。答えは出ないまま、彼の言葉を信用するしかなかった。

 

「騎士殿、私が前線で囮と楯の役割を兼ねます。お二方には追撃と援護を頼みたい」

「了解しました。シロウ殿、そんなに畏まることはありません。私たちの事はケント、セインと呼び捨てで構いません」

「そうで……そうか。よろしく頼むケント、セイン」

 

 力強く頷く二人に士郎も頷き返すと、隣にいたリンに服の裾を引っ張られた。

 

「それで? 私は何処に配置すればいいのかしら?」

「何怒ってんだ? リンには俺が敵の相手をしている時に奇襲をかけてほしい。背中を預けるんだ、期待してるぞ」

 

 不貞腐れ気味のリンの様子に、士郎は理由はわからないが藪を突くべきではないと判断した。

 会話もそこそこに隊列を固める。前列に士郎、中間にリンとケントを挟み、後列にセインを配置。

 隊の最も近くにいる敵から順に倒していくことを想定し、後列への挟撃にも対応する陣は予想以上の効果を上げた。

 元々チームプレイが得意な山賊ではなかったのだろう。タイミングも奇襲もバラバラな山賊の攻撃は士郎の守りを崩すことは出来ず、もたついているうちに畳み掛けるリンの斬撃になすすべなく切り捨てられる。呼吸のあったセインとケントの支援、そしてたどたどしいながらもお互いに協力し合うリンと士郎の活躍で敵の山賊は見る見るうちに崩壊していった。

 

*******************

 

「小娘一人って話じゃ、なかったのかよぉ……」

 

 リンの一撃を受けた最後の山賊が沈む。

 周りの敵を一掃したことを確認した三人が武器を鞘にしまう。士郎だけが警戒をしていないそぶりを見せつつも、武器を収めないでいた。

 

「それで、リキア騎士のお二人さん。私に何か用があってきたんでしょう?」

 

 未だ疑いのまなざしを向けるリンにケントは頷き返し、真摯な瞳を二人に向けた。

 

「はい。我らはリキアのキアラン領より人を訪ねてまいりました」

 

 キアラン領と聞いた士郎は先日リンから聞いたエレブ大陸の領地を思い出していた。

 キアラン領はここ、交易都市ブルガルから山を越え西南に下った先にあり、リキア領とベルン領に囲まれる領地だったはずである。

 サカ地方の出身であるリンが関係するような場所には思えなかった。

 しかし、その疑問はケントの一言である程度解決した。

 

「16年前に遊牧民の青年と駆け落ちした、マデリン様への使者として」

 

 マデリンという名を聞き、リンは理解したのだろう。ふぅ、と一息深呼吸して睨みを解いた。

 

「マデリンは私の母の名よ」

 

 マデリンはキアラン領の領主であるキアラン侯爵の一人娘であることをケントは話した。

 16年前に遊牧民の青年と駆け落ちしたマデリンは全くの音信不通であり、侯爵も諦めていたそうである。

 しかし、今年の初めに諦めていた娘から手紙が送られてきたそうだ。

 

 リンはケントの話を興味深く聞いていた。ここまでの証拠がそろったのなら、信じるよりほかになかったのだろう。

 自分の知らない身寄りがいたことに驚いたリンだが、時折見せる笑顔が、キアラン侯爵に会いたいと告げていた。

 だが、一つ解決していない疑問があった。半ば解決している問題ではあるが、核心をつくためにも投げやりにするわけにはいかなかった。

 

「すると、敵対していた山賊たちもキアラン侯爵の件と無関係ではないんだろ?」

 

 今まで口を閉じていた士郎は、強い口調で会話に割って入った。

 その一言にケントは重くうなずくと、リンに視線を合わせた。

 

「おそらく、ラングレン殿の手の者かと」

「ラングレン? 誰?」

「キアラン侯爵の弟君です。直系であるマデリン様がいない場合、ラングレン殿が次の爵位を継ぐはずでした。あなたの大叔父上は貴方に生きていられると困るってことです」

 

 淡々とした口調でセインが答えた。

 

「そんな、私は爵位になんて興味がないわ」

 

 リンからしてみれば理不尽極まりないものだろう。知りもしない兄弟間のいざこざに巻き込まれ命を狙われるなど。

 しかし、そんなものが通用しないのが、貴族の世界のなのである。貴族に両親の愛、兄弟の愛などというものはない。使えるものはすべて使い、邪魔になるものは排除する。

 たとえ兄弟であろうともその子供であろうとも、権力への架け橋の邪魔になるのならば手段は選ばない。

 ラングレンという男は、盲目的なまでに権力に執着する人間なのだろう。現にケントたちもこれから執拗に命を狙ってくるとリンに話している。

 

「……どうすればいいの?」

 

 ポツリとリンが呟く。

 

「我らとともにキアランへ。このままでは危険です」

 

 リンにとって最大の敵がキアランならば、最大の庇護を受けられるのもまたキアランだった。

 だが、相手もそれは理解していることだろう。なれば、道中に襲われるのは想像に難くない事だった。

 逃げようが、立ち向かおうが茨の道だ。

 

「――――シロウ」

 

 不安げな瞳がこちらを見つめる。彼女の中では色々な感情が渦巻いていることだろう。

 けれど、そんなもの衛宮士郎には関係ない。

 

 だって最初から、彼の行動は一貫している。

 彼女には命を救われたのだ。あのまま、草原の真ん中で風化した岩の様にボロボロになったまま死んでいくはずだった自分。

 その借りも返せていない。なにより、困っている友人を見捨てるなんて自分の信条に反する。

 だから、力強い視線でリンを見つめ返した。彼女の不安を切り裂くように。

 

「リン。ダメって言われてもついて行くからな。最後まで」

 

 それを聞いたリンは一瞬目を見開くが、すぐに力強くうなずいた。

 

「ありがとう。シロウ!」

 

 そして、とても美しく笑った。




 この小説では、武器の三すくみは設定にありません。状況においては剣より斧が、槍より剣が有利になる場合があります。

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