ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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 天気はあいにくの曇り空だったが、雨は降らないようなので、発掘調査は予定通り始まった。

 

 今回の調査は、先ほども言ったように、ナナカマドさんの研究に関するものだった。そのため、ナナカマドさんの研究室の学生たちがメインとなって調査に参加した。だいたい十人くらい。それにユキナリと僕が加わったという形だ。

 

 お月見山は、ニビシティとハナダシティの境目に位置する山である。そのため、ふたつの街を行き来できるようにするため、山の内部には人の手で整備された、大きなトンネルが通っている。しかし、今回はそのトンネルは利用しない。月から飛来した石を探すのだから、山の外側を登り、そこで石を探すのだ。

 

 なので、午前中はまず山登りから始まった。斜面はそれほど急ではないので、割と登りやすかった。中腹七合目くらいまで来ると、いったん昼食の時間となった。

 

 昼食を終え、発掘調査は昼過ぎに始まった。重要なポイントであるが、月の石は見た目には普通の石とほとんど見分けがつかない。違いは、宇宙線だ。月から放出され、宇宙空間を漂っていた岩石は、陽子など何らかの放射線を浴びている。それを専用の機械で測定して見分けるのだ。そのため、まず辺り一帯の地面を機械で照らし、放射線の反応がある部分を重点的に探す。いくつかのグループに分かれ、手分けして調査にあたった。

 

 リーダーであるナナカマドさんがかなり寡黙な性格のためか、みんな作業中はほとんど喋らない。あの話好きのユキナリでさえも、黙々とスコップを動かしている。僕もどちらかというと静かな雰囲気の方が好きなので、悪い気はしなかった。

 

 途中何度か休憩を挟みつつ、五時間ほど作業に勤しんだ。そろそろ日が沈みかけてきたので、ナナカマドさんがみんなに作業を終えるよう指示を出した。それから、そのままそこで夕食を取ることになった。さっきまでは静かだった学生たちも、さすがに食事の時間はわいわいと賑やかに談笑している。集団の中心は、やはりユキナリだ。僕はそういう雰囲気はちょっと苦手なので、彼らから少し離れてひとりで食べることにした。すると、そんな僕を見かねたのか、ナナカマドさんがやってきて隣に座った。

 

「悪かったな、サカキ君。わざわざ付き合わせてしまって」

 

 持っていたパンとスープを脇に置いて、ナナカマドさんが僕に言った。かなりの長身の人なので、座っていても首を上げないと顔が見えない。

 

「オーキドのやつ、宇宙に興味がある少年がいるから発掘に参加させてやりたい、なんて言っていたが、こんな作業、宇宙と大して関係ないのにな。単に労働力の足しにしたかっただけなんじゃないのか……」

 

 ナナカマドさんは、学生たちの中心で騒ぐユキナリの姿を呆れた様子で見つめる。確かに、ユキナリのことだから、そういう打算的な目論見もあったのかもしれない。

 

「でも、楽しかったですよ。月の石もたくさん見つかりましたし」

 

 そう言って、僕は後ろに置いてあるリュックサックを指さす。この中に見つけた月の石が入っているのだ。

 

 発掘の成果は上々。数にして十二個。それぞれ大きさは大小様々だが、合計七キログラムほどの重さになった。みんなの反応を見るに、これは今までの調査の中でもかなり上出来な方だそうだ。

 

「それに、報酬に目がくらんだというのも、少しはあります……」僕はちょっと遠慮がちに言った。

 

「報酬? ああ、そういえばオーキドが言っていたな。いいぞ。これだけ見つかったんだから、ひとつふたつくらいなら君にもプレゼントできる」

 

「ありがとうございます」

 

 僕がこの調査に参加するにあたって、ユキナリは報酬を約束してくれた。月の石が充分に見つかったら、その中のひとつを僕にプレゼントしてくれるというのだ。僕もちょうど欲しいと思っていたので、願ったり叶ったりだ。それは、単に宇宙に興味があるからというロマンチックな動機以外にも、もっと実用的というか、プラクティカルな理由があった。

 

「これで、君のニドリーノはニドキングに進化できる」ナナカマドさんが言った。

 

 そう、月の石は特定のポケモンの進化を補助してくれる働きがある。ピクシーやプクリンなどは、これの力によって進化したポケモンらしい。そして僕のニドリーノも、その対象の一匹だった。

 

 ポケモンの進化。ポケモンは成長することで姿を変える種類がある。進化論に則った通常の生物の進化とは違って、世代を経ることなく、単一個体がその生命活動の中途で形を大きく変化する。たいていの場合、身長や体重も増加する。それに伴い戦闘能力も飛躍的にアップする。

 

 例えば、ニドラン♂はニドリーノに進化する。これは比較的、変化の度合いが小さい部類だ。単純に体が大きくなる以外は、前歯がなくなって牙になり、目つきがより鋭くなるというくらいしか違わない。もっと極端な進化になると、一メートルに満たない小さな赤い魚のポケモンが、六メートル以上の青いドラゴンになるという例もあるらしい。進化の仕組みはまだまだ謎が多い。

 

 進化の条件も様々である。一番メジャーなのは、ポケモンが成長し、強くなること。たくさん戦闘の経験を重ねることで進化するというポケモンは多数確認されている。僕の手持ちの、ディグダやニャースもそうだ。また、スピアーはコクーンというポケモンから進化した種族であり、これ以上の進化は今のところ確認されていない。

 

 そういえば、前にキクコとユキナリが言っていた、交換による進化というのもあるらしい。トレーナー同士がポケモンを交換し、所有権が変わることで進化するポケモンがいる。キクコのゴーストはこれでゲンガーというポケモンに進化するそうだ。そうそう、ナナカマドさんがこの分野の専門家なんだっけ。

 

「ゲンガーというポケモン自体は、初期の頃から野生のポケモンとして確認されている。個体の遺伝子を採取して見るに、どうもゴーストと非常によく似た構造をしている。恐らくゴーストが何らかの形でゲンガーに進化するのだろうという仮説は以前からあった。しかし、その進化の条件がわからない。何人ものトレーナーのゴーストの個体を観察していたが、ゲンガーに進化したという例を一向に聞かない。だから私は考えた。トレーナーと一緒にいるという事実そのものが、ゴーストの進化を妨げているのではないか。持ち主に所有され、自由を束縛された状況が、遺伝子の状態を固着させてしまっているのではないか、とね。ポケモンを交換するということは、その所有権を手放すということ。つまり、一時的にだが、ポケモンを野生にいたときと近い状態に還すことができる。その急激な変化が、ポケモンを抑圧されていた状態から解放し、進化が誘発されるのだと思われる」

 

 これは後日、ナナカマドさんから聞いた話だ。

 

 話がずれた。月の石の話だ。戦闘経験や交換以外にも、石の力で進化するポケモンがいる。それが僕のニドリーノだ。この石をニドリーノに持たせることで、ニドキングというポケモンに進化できる。

 

「お、とうとう進化させるのか。お前のニドリーノ」

 

 ユキナリが学生たちの輪から抜けて、こちらにやってきた。どうも少し酔っているように見える。

「俺も、実は石で進化するところって直接見たことないんだよ。見せてくれ、サカキ」といいつつ、目の焦点がちゃんと合っていない。

 

「そうだ、オーキド。月の石といえば、また最近、月の石で新しく進化するポケモンが見つかったぞ」ナナカマドさんが言う。「エネコというポケモンだ」

 

「エネコ? 聞いたことないですね」とユキナリ。さすがのユキナリも、先輩には敬語で話している。

 

「カントーではまだ見つかってないんだったかな。シンオウではいくつか発見例がある。あと特にメジャーなのが、ホウエン地方だな」

 

「へえ、で、それが進化するんですか?」

 

「そうだ、エネコロロというポケモンになる」

 

「興味深いですね。また今度論文見せてくださいよ」

 

 話を聞いているうちに、すっかり日が暮れてしまった。辺りは真っ暗で、空が曇っているため、星も見えない。

 

「そろそろ戻った方がいいんじゃないですか?」僕はナナカマドさんに言った。

 

「いや、この天気なら、そうだな……」ナナカマドさんは少し考えて言う。「多分ベストタイミングだろう。頂上へ行こう」

 

「え? 頂上?」

 

 食事を片付け、三十分ほどかけて頂上まで登った。辺りは完全に暗くなっていたのだが、学生のひとりが持っていたポケモンが、”フラッシュ”という技を覚えていて、それで行く先を照らしてくれた。

 

 その、お月見山の頂上で見た月は、今まで見た月の中で一番美しかった。影越しに見ているのに、むしろ輝きを増しているようにさえ感じられた。晴れの日の満月よりも、ずっとずっと。

 

 秋風に吹かれながら、僕と、ユキナリと、ナナカマドさんたちは、しばし自然が織り成す穏やかなひと時を楽しんだ。

 

 こうして、僕のニドリーノは、ニドキングへと進化した。これでますますバトルの強さに磨きがかかるだろう。しかしそれからしばらくして、僕がポケモンバトルをやめる時期が訪れる。

 

 僕もユキナリやキクコ、ナナカマドさんたちと同じ道を行こうと決意したからだ。

 


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