ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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第二章 夢が運ぶ道標
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1.

 月が綺麗だ。写真に大きく映された丸い月もいいけれど、多少小さくて欠けていても、やっぱり実際に肉眼で見る月が一番いい。

 

 あいにくの曇り空。それでも奇跡的に雲間から漏れ出てくれた光のおかげで、直接その姿は捉えられなくてもシルエットだけで、そこに月があることは手に取るようにわかる。本当に、手を伸ばせば届いてしまいそうだ。少し冷たい夜風が心地いい。もうすっかり秋だ。

 

 万博が終わって一か月。僕は一度ユキナリと別れたのだが、その後、縁あってまた行動を共にしていた。

 

 万博は、一言で言えば最高だった。開催前の二日間、そして開催後の三日間、存分に楽しみ尽くしたと言ってもいい。

 

 受付はユキナリの招待状がないと入れなかったから、最初はユキナリと一緒に入ったけど、後はおたがいに自由行動ということで、各自好きにパヴィリオンを回った。ユキナリは案の定、ポケモン関係の展示ばかり見ていたようだけど、その一方で、俳句の展覧会にも顔を出していたらしい。最近趣味として目覚めたのだとか。意外な一面を垣間見た瞬間だった。

 

 僕の方はというと、最初は自分ひとりで見て回ろうと思ったけど、結局ほとんどの時間をユキナリと一緒に過ごした。まあ目当てのほとんどは同じポケモン関係の展示だったので、当然と言えば当然なのだけど。そうそう、もちろんキクコも一緒だった。

 

 しかしその途中、ユキナリとキクコは、用事があると言って僕と別行動を取ることになった。そう、彼らは研究の一環としてこの万博に招待されていたのだ。あるパヴィリオンの内容が彼らの研究テーマに近いから、専門家としての意見を聞きたいとのこと。さすがにこればかりは一緒に行くわけにはいかない。別れるときにちらりとユキナリたちの横顔を見たけど、他の研究者と相対する彼らの顔は、なんというか、プロの顔だな、と思った。

 

 僕はその後、宇宙開発を扱っているパヴィリオンを観に行った。開催前にも一度ユキナリとふたりで準備の様子を見たのだが、やはり本番は本番で、これもちゃんと見ておきたい。

 

 そのパヴィリオンでは、人類が初めて月面着陸したときに使われたロケットがそのままの形で展示されていた。全長は百メートルほどもあり、会場をそれひとつで埋め尽くさんばかりの存在感だった。そのロケットを見ていると、昔、母と観に行った映画が思い出された。あれはノンフィクションのドキュメンタリーだったはずだから、多分映画に出てきたロケットは、今見ているものと同じものだろう。なんとなく不思議な気分だ。

 

 三分間ほどぼーっと眺めていたら、首が痛くなった。ちょっと首を休め、場所を変えてからまた眺める。どの角度から見てもその全体の姿を一度に捉えることはできない。そんな大きさだ。

 

 しかし、こんな巨体であっても、宇宙空間から見れば、米粒ほどの存在でしかないのだろう。そう思うと、ちょっと虚しくなる。

 

 これは、死について考えるときの感覚に少し似ている。人は死んだらどうなるんだろう。自分という意識はどこへ向かうんだろう。記憶はすべて消えてしまうのか。いや、消えるって、そもそもどういうことだろう……。

 

 答えなんて、それこそ死んでみるまで絶対にわからないはずなのに、それでも時々考えてしまう。特にこの十歳の頃、小さい子供の頃はそんなことばかりを考えていた。

 

 宇宙を考えるときも、これに似ている。どこまでも続く、暗い暗い闇の空間。地球から見る星々はあんなにも仲良さそうに瞬いているけれど、実際はひとつひとつの星は気が遠くなるくらいの距離を隔てている。どれだけ手を伸ばしても、かすりすらしない。どこを見渡しても、見えるのは暗闇ばかり。

 

 死後の世界って、こんな感じなのかもしれない……。

 

 そういう予感が、死と宇宙のイメージを被らせているのだと思う。こういうふうに言語化してきちんと意識するようになったのは、もっと後の、大人になってからのことだったけど。

 

 僕はロケットになりたかった。

 

 ロケットはどこまでも進むことができる。遠く離れた星であっても、そこに向かって進み続ければ、辿り着くことができる。手を伸ばせば、いつかきっと届くのだ。

 

 例えいつか自分が死んで、星になって宇宙に投げ出されたとしても、ロケットさえ持っていれば、他の星を見つけに行ける。他の星に、他の誰かに会いに行くことができる。

 

 あまりにも子供っぽくて、言葉にすれば消え失せてしまいそうな、恥ずかしく、儚い幻想。だから、他の誰にも話したことはないけれど、それでも僕にとって、ロケットはそんな特別な存在だった。僕は心のどこかで、いつもロケットを求めていた。

 

「どうだサカキ、こういう空もなかなかオツなもんだろ」

 

 ユキナリがマグカップを差し出しながら、僕に言った。カップには熱いココアが注がれている。

 

「そうだね。曇った空が綺麗だと思うなんて、初めてだ」

 

 僕は空を眺めながら、ゆっくりとカップに口と付けた。

 

 ここは山の頂上。万博から一か月後、僕たちはニビシティの東側にある、お月見山という山に来ていた。万博のとき、僕が宇宙に興味を持っていたことを知って、ユキナリがある話を持ち掛けてくれた。今度、お月見山に月の石の発掘調査の手伝いに行くから、お前もついてこないか、と。

 

 月の石とは、その名の通り、月から来た石のことだ。月にはクレーターという穴がある。あれは月の表面に他の星が隕石として落ちてきたときに生じるものだ。そして、そのときの衝撃で破壊された月の表面の岩石は、吹き飛ばされ、破片の一部が宇宙空間へと放出される。その破片が長い間宇宙を彷徨い、あるときたまたま地球の重力圏内に入って、地上へと落下する。これが月の石の仕組みである。

 

 この話は、ユキナリからではなく、ユキナリの先輩にあたる、ナナカマドという人から聞いた。以前ユキナリとキクコの会話でも少し話題になっていたが、ナナカマドさんはタマムシ大学の博士課程の学生で、ポケモンの進化について研究している。元々は北のシンオウ地方の出身らしいが、博士課程からタマムシ大学に編入してきたそうだ。

 

 そのナナカマドさんが言うには、この月の石はポケモンの進化に関係しているのだそうだ。既に見つかっているポケモンの何種類かは、この月の石の力によって進化したものだという説もある。

 

 そういえば、月の石は万博の宇宙開発のパヴィリオンにも展示されていた。今まで見つかった中でも特に状態のいい岩石だったらしい。これが」目当てで万博に来たという客も多かったそうで、万博後はニビ博物館に寄贈されることになったと聞いた。

 

 それはさておき、今回ユキナリがこのお月見山の発掘調査に加わることになったのも、そのナナカマドさんの研究の一環によるものだった。先輩の手伝いというところなのだろう。

 

 お月見山はその名の通り、お月見をするのに適した山だ。周囲が街から離れていることもあって、余計な光がほとんど見えないし、また、標高もそこそこ高い。山自体がそこまで高いわけではないのだが、土地自体が海から高いところにあるため、正確には海抜が高いというべきか。

 

 とにかく、月に近い場所ということもあってなのか、このお月見山は月からの隕石がよく降ってくるらしい。カントー地方で産出される月の石の八十パーセント以上は、このお月見山のものなんだとか。もちろんこの知識もすべてナナカマドさんからの受け売りだ。

 

 発掘調査は万博から一か月後とのこと。お月見山はニビシティの近くだから、あまりニビシティから離れるのも都合が悪い。ユキナリは研究があると言って、万博が終わったら早々に、キクコと一緒にタマムシ大学に帰ってしまった。

 

 一か月もの間をただ待つだけで過ごすのももったいないので、僕はポケモンバトルの特訓をすることにした。実は、万博が終わった後、ユキナリに一日だけ付き合ってもらって、バトルのレクチャーをしてもらったのだ。さらにニビシティの周辺で、何匹か新しいポケモンも捕まえた。ディグダとニャース、そしてトキワの森で出会ったあのスピアーだ。まさかこんな手強いポケモンを捕獲できるとは思わなかった。ユキナリが傍にいてくれなかったら、絶対に無理だっただろう。しかし、おかげで僕のポケモンの戦力が大幅にアップしたことは事実だ。スピアーは捕まえた後、最初は言うことを聞いてくれるか心配だったけど、意外とちゃんと僕に従ってくれた。モンスターボールで捕獲すると、たいていはトレーナーをきちんと親だと認識してくれるらしい。

 

 それからの一か月、僕はとにかくいろんなトレーナーにバトルを申し込んだ。本当に老若男女構わずと言った感じで、目につくトレーナーと片っ端から戦った。もちろん最初は負けてばかりだった。さすがにユキナリほど圧倒的な強さのトレーナーはいなかったけど、それでも僕にとっては充分な強敵ばかり。しかし、負け続けて十日目、ついに初の白星を上げることができた。ただ相手は僕と同い年の新米トレーナーだったので、素直に喜んでいいものか、正直微妙な気持ちだった。

 

 そしてその勝利を皮切りに、少しずつだけど勝てるようになっていった。やはり勝てる相手はトレーナー経験の浅い人ばかりで、ある程度以上の年齢の人にはまったく勝てなかったけど。ポケモンバトルに運はないんだなと痛感する。

 

 結局、この一か月での対戦成績は、二百五十八戦中、七十六勝、百八十二敗。勝率約三割。しかし、最後の一週間に限って言えば、勝率は七割だった。

 

 このとき、僕のニドランはニドリーノに進化していた。


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