ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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 修行の旅の途中で、俺は自分の息子に出会った。

 

 父親として失格と言われても当然のことと思うが、実は俺は今まで息子の顔を一度もまともに見たことがなかった。家庭のことは妻に任せきりだったし、俺もまったく関心がなかった。仕事が忙しかったというのは体のいい言い訳で、単に俺自身が家族や親の愛情を知らずに育ったから、自分もどうやって家族に接すればいいのかわからなかっただけだろう。

 

 息子の名前も年齢も忘れかけていた。そのとき息子に会って初めて、ああ、そういえばもう七歳になったのか、と思い出した。俺に似て嫌な目つきをしている。

 

 どうして俺の居場所がわかったのか不思議だったが、大方、妻が何か吹き込んだのだろう。まったく、余計なことをする女だ。

 

「一番だって、世界で一番強いって言ってたじゃないか!」息子が俺に向かって叫ぶ。

 

 一番強い? そんなことを誰が? 妻が言っていたのだろうか。

 

「やめちゃうのかよ、どうすんだよこれから……」

 

 どうやら俺がロケット団を解散したことを聞きつけて追いかけてきたらしい。健気というか、いじらしいというか。しかしやはり、鬱陶しいという気持ちが一番勝っていた。

 

「負けを認めなければ先には進めない。私はより強い組織を作るため、今はひとりになる」

 

 俺は正直な気持ちを伝えた。例え鬱陶しいと思っていても、息子にだけは嘘をつきたくない。

 

「強いってなんだよ! 大勢で集まったって、結局子供ひとりに負けたじゃないかよ」

 

 息子は泣きそうな声で気持ちを吐露する。俺はできるだけ表情を変えずに、静かに答えた。

 

「大勢の力を組み合わせることで、大きな力を生み出す。それが組織というもの。組織の強さなのだ。私は部下たちの力を活かしきれなかった。私はいつの日か、必ずロケット団を復活させる」

 

 息子に言い聞かせると同時に、その言葉は俺自身を奮い立たせるものでもあった。

 

「わかんねえ、オヤジの言ってること、全然わかんねえよ!」

 

「お前にもわかるときが来る」

 

 それは確かに、俺と息子が生まれて初めて交わした会話だった。だが、なぜか俺の胸にはどこか懐かしい気持ちが込み上げていた。ずっと昔に、同じようなやり取りをしたことがある。俺がもっと子供の頃、誰かにわけのわからない話をされて、そしてやはり、いつかわかるときが来る、と言われた。あれはいつのことだったか……。

 

 俺は振り返って歩き始めた。もうこれ以上、息子にかけてやる言葉はない。これで充分なんだ。

 

「わかりたくない! オレはオヤジみたいにはならない! ひとりだと弱いくせに集まって威張り散らすようには絶対にならないぞ。強い男になるんだ。ひとりで強くなってやる! ひとりで……!」

 

 背中越しに息子の泣き顔が伝わってくるようだった。だが俺は振り返らなかった。俺には家族を捨ててでも、過去を捨ててでも、やらなければならないことがあるんだ。俺は先へ進まなくてはいけないんだ。

 

 やらなければいけないこと?

 

 先へ進む?

 

 ……俺はいったい何を求めている? 何がしたい?

 

 その感情ははっきりと形を成さないまま、ただぼんやりと、どこかへ進まなくてはいけないという気持ちだけを加速させ、そして静かに消えていった。


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