ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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エピローグ
1


1.

 研究からは身を引いたが、俺にはまだやらなければならない仕事があった。

 

 ミュウツーを生み出した者の責任として、万が一の場合に備えて対策を立てておかなければならない。いくらミュウツーと心を通わせたといっても、完全に信用するわけにはいかないからだ。どこかで常に疑い続ける必要がある。それが組織のトップというものの在り方だ。

 

 自壊機能誘発の薬はミュウツーには何の役にも立たなかった。飲ませれば済む話だが、そもそも飲ませるまでに過程に不可能な点が多すぎる。もっと別の方法が必要なのだ。

 

 そこで考えたのが、新しいモンスターボールだった。モンスターボールでポケモンを捕まえるには、まずそのポケモンを弱らせる必要がある。しかしポケモンの身動きを止め、どんなポケモンでも確実に捕獲できるボールを作ることが可能になれば。ミュウツーすらも捕獲は容易いはずだ。

 

 俺は計画書をまとめ、シルフの研究室にこれを作るよう依頼した。ミュウツー捕獲用のボールなので、仮称は頭文字を取って「Mボール」としておいた。だが何を勘違いしたのか、研究員たちはそれを上級ボールのことだと思ったらしく、いつの間にか「マスターボール」と呼ばれるようになった。まあ、どちらでもいいことだ。

 

 開発には四年ほど要した。さすがシルフの技術力と言うべきか、マスターボールは一応完成と相成った。だが、どんなポケモンでも確実に捕獲できるほどの性能となると、さすがに製造コストが莫大になり、とても利益が出せるような商品にはならないという。試作品としていくつか作ったもの以外は、一部の資産家からの完全受注生産という形になるそうだ。

 

 俺はとにかくミュウツーの捕獲用に一個持っていればそれで良かったので、あとのことは研究員たちに任せた。

 

 ところがこれがいけなかったのだろう。研究員のひとりが、このマスターボールの計画書から、ミュウツーの存在を嗅ぎつけたのだ。その研究員は以前フジ先生がシルフを訪れたときに合同で研究を進めた者のひとりだったらしい。いつの間にか、俺のデスクに厳重に保管してあったはずのミュウツー計画のファイルまで盗み読みされていた。ミュウツーのことを知ってしまったその者は、その生物兵器としての有用性に確信を持ち、フジ先生とコンタクトを取ろうと試みたようだった。

 

 しかしフジ先生は今となっては研究者の面影すらない。あれからリハビリを重ねてようやく二年ほど前に精神病院を退院できるまでになった。だが、もう研究のことは一言も話さなくなった。グレンの研究所も退職し、シオンタウンで療養生活を送ることになった。

 

 そしてつい最近、フジ先生から久しぶりにメールがあった。シオンタウンにポケモンタワーという、ポケモンのお墓を集めた建物を作ったというのだ。ヴォランティアを募ってお金を集めて建てたという。シオンは土地が狭く、墓地を作れる場所がほとんどない。だから建物の形にして、そこにまとめてポケモンのお墓を作れるようにしたいというのだ。

 

 ポケモンは人類の脅威だ、ポケモンを元の世界に送り返したい、などと言っていた先生のやることとはとても思えなかった。だが、あの日ミュウツーに見せられた映像の中のフジ先生のことを思うと、その心境の変化もむしろ当然のことと思えた。罪悪感のようなものなのだろうか。俺は涼しい顔をして「良かったですね。ポケモンたちも喜ぶと思いますよ」と返信した。

 

 だがそのシルフの研究員は、そんな事情を知る由もない。フジ先生からミュウツーのことを聞き出そうと、ポケモンタワーを占拠する行動に出たのだ。情報を提供しなければタワーを破壊する、とでも脅迫するつもりだったのだろう。そいつはロケット団の団員たちともコネクションが強かったようで、俺の許可もなく勝手に数人の団員たちを駆り出して、タワー占拠に協力させた。

 

 面倒なことになった。ロケット団員が関わったということは、この件はどう転んでもすべて俺の管理下の責任ということになる。フジ先生がもう研究者ではないと真実を伝えて団員たちを強引に引き上げさせる手もあるが、そんなことをすればボスの面目は丸つぶれ。ロケット団の内輪もめという形になり、他の同業者に恰好がつかない。かといってこのまま放置しておいても、フジ先生のことがバレるのは時間の問題だし、そして万が一フジ先生と俺の関係がすべて明るみになってしまえば、組織全体の信用問題にもなりかねない。

 

 どうしようかと思案していたが、しかし事態は意外な形へと展開した。

 

 団員たちがタワーにフジ先生を誘拐して籠城を始めた。そしてそれからちょうど丸一日が経過した頃。タマムシのゲームコーナー地下にある我らがロケット団本部に、侵入者が現れたのだ。

 

最初にその報告を聞いたときは耳を疑った。なんと侵入者はたったひとりの少年だという。それも、わずか十歳ほどのガキだ。本部の中には大の大人が何人もいるというのに、ガキひとりに謀られるなんてことがあるのだろうか。

 

 とても信じられなかった。だが監視カメラの映像を見るに、そのガキは確かに白昼堂々、この本部へと乗り込んできた。ガキの繰り出すポケモンたちによって、周りの団員たちは次々に倒されていく。そしてあっという間に、ガキはこの俺のいる地下四階の執務室に辿り着いてしまった。

 

「目的は何だ」と俺は聞いた。

 

 ガキはポケモンタワーのフジ老人を解放してほしいと言った。そして片手に何やら小さな機械を持ち、俺の傍にいるポケモンに向けて何かを調べている。俺はそのときちょうどガルーラというポケモンに餌をやっていた。

 

「おい小僧、その機械は何だ。私のポケモンに妙なものを向けるんじゃあない」

 

 俺がそう言うと、ガキはこれはポケモン図鑑だ、変なものじゃないと答えた。

 

 ポケモン図鑑……。どこかで聞き覚えがある。確かジムリーダー試験を受けたときに、キクコが話していた。ユキナリが作った、ガキに夢を与える機械だとかなんとか。ということはこいつ、まさか……。

 

「お前、オーキドの知り合いか?」

 

 そうだ、とガキは言った。やはりそうか。ユキナリの息がかかっているのか。言われてみると、確かにどことなく目つきがユキナリに似ている気がする。だが、その表情からはあまり生気を感じなかった。どことなく、誰かに操られているような、傀儡のような無機質さがある。結局こいつもユキナリの夢に騙された操り人形に過ぎないということか。

 

 いずれにせよ、あまり関わり合いになりたくない。下手に追い返してユキナリの協力を仰がれたりしたら、余計に面倒なことになる。だったらいっそのこと……。

 

 俺はデスクの引き出しからゴーグルのような機械を取り出し、ガキに向かって投げた。ガキはそれを受け取り、そして、これは何だ、と聞いてくる。

 

「我がロケット団が開発した、シルフスコープだ。お前、ポケモンタワーに登ろうとしたんだろう。あそこの最上階は、手前の階段に見えない幽霊ポケモンが立ち塞がっていて通ることができない。籠城にはうってつけの場所だ。だが、そのスコープを装着すれば、透明なポケモンも見ることができる。それで通れるはずだ」

 

 それを聞いてガキは納得し、まっすぐポケモンタワーへと向かったようだ。まったく単純なものだ。

 

 結局、ポケモンタワーの団員たちはそのガキによって退けられ、フジ先生も無事救出された。組織にとっては決して嬉しくはない結果だったが、それでも最悪の事態だけは免れた。

 

 大きな失敗さえしなければ、組織が大きく傾くことはない。俺はそう信じていた。この時までは。


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