ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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 ロケット団の規模が大きくなるにつれて、事業は拡大し、活動資金も順調に増えていった。しかし一方で、俺自身がトップの座に就いたことで、逆に自分が自由に使える金は減っていった。不思議なものだ。もちろん給料は若頭の頃に比べれば桁がひとつ違うくらいの額になっていたのだが、それでも妻や子供を食わせなければならないし、また、組織のトップとして部下に示すがつくような暮らしぶりを見せる必要があった。これも世間体というやつだ。したがって、俺が自分のために使える金の余裕は、むしろ若頭の頃より減っていたと言ってもいい。

 

 まあ、仕事と副業で忙しい俺に、自由な金は大して必要ない。それを必要としているのは、俺ではなく、俺の恩師だ。フジ先生の研究は順調に進み、ミュウツーは、試験管から外に出て研究所の中を動き回れるくらいにまで成長していた。もっとも、そこに行き着くまでに、優に百を超える屍を積み重ねてきたわけだが……。今はその話はいい。とにかく、研究が佳境に入ると、俄然更なる金が入用になる。俺はフジ先生の研究のためなら、いくら積んだって惜しくない。だが、今はその金を捻出することが困難になっていた。さすがに組織のトップが個人的な理由で資金を横領するわけにもいかない。

 

 そこで考えたのが、フジ先生をロケット団に引き入れることだった。これなら組織の事業という正式な形で研究資金を提供できる。別に直接ロケット団員にならなくても、関連の研究機関に研究員として招聘すればいい。

 

 別にフジ先生は、研究ができるならロケット団員だろうがどんな肩書きでも構わないだろうが、あえてそれをしなかったのは単に俺の良心の問題だった。フジ先生をこんな世界に巻き込みたくはない。フジ先生には研究だけしていてほしかった。

 

 研究機関としては、やはりシルフカンパニーがベストだろう。設備も人員も一流だし、金も潤沢に使える。それに前に一度、ポリゴン開発の件で顔を出していることもあって、シルフの研究員たちもフジ先生を歓迎してくれるはずだ。

 

 だが、ミュウツーの研究はできるだけ極秘に進めたい。いくら信頼のおけるシルフの研究員といえど、あの研究の内容を知ってしまったら、世間にリークする輩が現れないとも限らない。秘密裏に行うには、シルフは少々目立ちすぎるようにも思えた。

 

 そこで、シルフよりややランクは落ちるが、俺はグレンタウンのポケモン研究所に目を付けた。グレンタウンはカントー本土から少し離れたところにある離島である。人口の少ない小さな島ではあるが、温泉地として有名で、また年間を通して気候が安定しているため、各種研究の実験施設としても重宝されている。

 

 海に囲まれているだけあって、主に海洋学関係の研究が盛んな地域だが、一応ポケモン関係の研究所もあった。それがグレンポケモン研究所だ。離島だからか知らないが、ここのポケモン研究者たちは、本土から追われてきたような、いわゆる流れ者が多いという噂だ。普通では到底受け入れられないような変わった研究を行っているためだろう。表向きにはポケモンの化石に関する研究がメインだということになっているが、実際にその研究に取り組んでいる者はほとんどいない。実態は、ポケモンが指を振る仕草のメカニズムの解明だとか、ポケモンが技を使えなくなったときの挙動の研究だとか、あまり意味があるとは思えないような研究ばかりらしい。

 

 しかし、そういう環境はむしろフジ先生にとっては好都合だ。研究者たちもおたがいの研究には基本的に不干渉だそうなので、秘密を保持するにももってこいだ。

 

 この話をフジ先生に持ち掛けたところ、先生は二つ返事でOKしてくれた。せっかく現在タマムシ大学という名門に籍を置いているのに、本当にそんなことをしてくれるだろうかという不安もあったが、それはまったくの杞憂だった。研究ができるならどこだって構わない。先生は俺が予想した通りの答えを口にした。やはりフジ先生こそが、俺の一番信頼できる人間なのだ。

 

 グレンタウンに移ってから一か月ほど経った頃、俺の元にフジ先生から連絡があった。ミュウツーの研究を行うには、グレンの研究所だけでは手狭だという。確かに、あそこは元々かなり規模の小さい研究所だ。個人の研究セクションもあまり充分とは言えない。

 

 そこで俺はグレンタウンの郊外にある、今は誰も人が住まなくなった空き家を探し、そこを買い取って先生に与えた。それは多少古びてはいるが、個人の研究室にするには大きすぎるくらいの屋敷だった。まあ、秘密の研究を行うにはなかなか風情のある場所ではないか、と俺は柄にもなくロマンに浸る。手入れをするのが大変だろうが、あの奥さんがきっと何とかしてくれるだろう。

 

 また一か月後にメールが来た。研究所で話の合う仲間ができたという。

 

「研究領域は全然違うのに、不思議とウマが合うんです。私の研究内容については、ポケモンのクローンを作るという程度にぼかしておきましたが、随分興味を持ってくれたようです。聞けば彼もジムリーダー試験に合格し、現在グレンタウンのジムリーダーも兼任しているとのこと。あなたも何かの縁で会うことになるかもしれません。そのときは私のことをよろしく伝えておいてください」

 

 それからまた三年の歳月が流れた。

 

 俺はロケット団の運営にかかりきりになり、もうほとんど研究にはご無沙汰になっていた。前は一年に一、二回くらいはフジ先生の元に顔を出していたものだが、ここ最近はたまにメールをやり取りするくらいで、直接会うことすらなかった。それまでは、ロケット団の仕事をしていても、毎日頭のどこか片隅で常に研究について思いを巡らせていたものだが、今では研究のことを考えない日の方が多いくらいだ。忙しさは人を麻痺させ、停滞させていく。

 

 そんなある日、久しぶりに先生からのメールが届いた。ちょうどそのとき厄介な案件を抱えていた俺は、そのメールを読むのが二日ばかり遅れた。読んでみると、なんとついにミュウツーが理論通りの完全な形で完成したのだという。是非グレンまで見に来てほしいとのことだった。

 

 二日遅れだったが、俺はすぐさまフジ先生の屋敷に電話を掛けた。しかし誰も出なかった。電話自体は繋がっており、話し中でも番号の間違いでもない。先生はポケモン研究所の方にいるのか。だとしても、奥さんが出るはずだが。

 

 俺はポケモン研究所の方にも電話した。だがそこで聞いたのは、フジ先生が意識不明で病院に運ばれたという知らせだった。


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