ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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 それからちょうど一年後、俺が所用でジョウト地方に出張に来ているときのことだった。妻から、俺の子供が生まれたとの連絡が来た。性別は男で、妻に似て、赤色の髪の毛が特徴的だそうだ。

 正直に言うと、俺はそのときまで妻が身籠っていたことすら忘れていた。結婚して以来、仕事と研究と副業のことで精一杯で、家庭に関しては完全に妻に任せっきりだったからだ。もっとも、妻もそんな俺の現状をわかっているから特に何も言わない。ただ、息子の名前だけは俺に決めてほしいとのことだった。

 

 名前か……。子供が生まれることさえ忘れていたのだから、当然名前の候補だってあるわけがない。帰るまでに何か考えておかなくては。そのとき俺は、ジョウト地方のチョウジタウンという田舎町にいた。ジョウトにもロケット団の支部を進出させるため、まずはここを足掛かりにしようと視察に来ていたのだ。

 

 チョウジタウンの近くには、いかりの湖という名所がある。だが名所の割には観光地としてはあまり整備されていない。もったいない話だ。町役場に話を持ち掛けて、湖に少し手を加えれば、観光資源としてロケットグループの管理下に置くことができるかもしれない。湖を眺めながらそんな展望を考える。

 

 そのときだった。湖の水面に大きな影が現れた。水の中に何かいるのか。早朝だったので、周りにはほとんど人影はない。部下たちはまだ旅館で寝ている。俺はひとり、湖に近づいて覗き込む。

 

 次の瞬間、水中から巨大な生物が大きな水音を立てて飛び出した。それは見たこともないポケモンだった。体長は五メートルほどもあるだろうか。色は一見すると白いが、朝日を照り返すその様は、銀色にも見えた。鳥のような長い羽根をはばたかせ、俺の存在に気付くこともなく、そのポケモンはあっという間に空高く飛び去ってしまった。

 

 美しいポケモンだった。水滴を纏った巨躯の重厚感。曙光を受けて輝く肢体のしなやかさ。気付いたら俺はそのポケモンの優美に魅了されていた。あんなポケモンがこの世界にいたのか。いや、フジ先生風に言うなら、とうとうあんなポケモンもこの世界にやってきたのか、となるか。なんにせよ、これが見られただけでも、今回ジョウトに来た甲斐があったかもしれない。それくらいの感動を覚えた。

 

 いや、これに関してはもうひとつ収穫があった。あのポケモンの羽根に散りばめられた無数の銀色の鱗。あれを見た瞬間、俺の頭の中には、なんとなく息子に与えるべき名前が浮かんでいた。


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