ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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最終章 星が信じる暗闇
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1.

 俺がロケット団の次期総帥となって七年が過ぎた。

 

 ツバキは七年前のあの時を、組織の絶頂だと悟って事件を決行したのだろうが、その読みとは裏腹に、ロケット団はそれからも組織として成長し続けた。

 

 どうやら俺もツバキと同じくらいか、それ以上に組織運営の才能があったようだ。人を統べることにある種の快感を覚えるような気質の人間だと自覚はしていたが、実際にここまでのことが自分にできるとまでは思っていなかった。組織は安泰だった。

 

 この七年で変わったことと言えば、俺自身が結婚したことくらいか。結婚と言っても、別に特筆すべき恋愛もドラマも何もない。ボスになって二年くらい経ったところで、カシワから世間体のためにと勧められただけだ。紹介された相手はとある政治家の娘。つまり政界とのパイプを作っておいた方が、組織として何かと立ち回りやすくなるという打算的なものだった。カシワのコネクションには驚いたが、俺は特に不満もなかったので素直にそれを受け入れた。いわゆる政略結婚というやつになるのだろうか。

 

 その他にも、カシワには何度かアドヴァイスを受けた。主に組織の運営のノウハウについてだ。ボスが生前カシワにいろいろと話していたらしく、それを聞かせてもらった。

 

 その話によると、ボスは生前、組織のトップとしてだけでなく、別の表向きの顔も持っていたらしい。ロケット団は一応、有限会社ロケットグループとして正式に登記されてはいるが、その巨大な組織力とは裏腹に、世間的にはまったくの無名の小規模な企業ということになっている。あまり目立つと厄介だからだが、しかしそれでは他の一般企業などと取引をするときに、低く見られて何かと不利になる。そこでボスは、表向きは大手企業コンサルタントを経営しているという体を取った。ロケット団とは逆にその実体はほとんど架空同然の企業であるが、その肩書きで獲得した事業を、裏でロケット団に委託するという形を取っていたのだ。

 

 俺にはそこまで器用なことはできない。それにカジノの成功などで、ロケットグループの名前も昔に比べれば少しは知名度が上がった。だからロケットグループとして直接営業しても、あまり不利だと感じることはなくなった。しかしそれでも、何か別の肩書きがあった方が便利だとカシワは言う。それはその通りだと思う。

 

 そこで目についたのが、「ジムリーダー制度」実施のニュースだった。これはポケモンバトルに関する制度で、簡単に言えば、ポケモントレーナーたちの登竜門となる施設を作るというものだ。今やポケモントレーナーの人口は、二十年前に比べて三倍以上にも激増している。そのため、学校だけでなく、もっと実践的にポケモンバトルの実力を高められるシステムの需要が叫ばれ始めた。

 

 そこで提案されたのがジムリーダーという制度である。各地からポケモンバトルの熟練者を集め、彼らを「ジムリーダー」と称させる。ポケモントレーナーたちのお手本となるのだ。ジムリーダーはそれぞれ街に自分の「ポケモンジム」を構え、門弟を募ってバトルの訓練をさせる。時には一般トレーナーの挑戦を受け、バトルを行うこともある。そうやってトレーナーたちの力量を測り、優れた技能を持つ者には賞品としてジムバッジを進呈する。このジムバッジを一定数集めた者は、毎年開かれるポケモンバトル最大の大会、ポケモンリーグへの優先出場権を手にすることができる。そういう制度が実施されようとしていた。

 

 俺はこのジムリーダーになろうと考えた。ポケモンバトルなら(昔取った杵柄ではあるが)腕に覚えがあるし、ポケモントレーナーたちの憧れの対象になれる。つまり社会的な信用が充分に得られるということだ。表向きの顔としてはちょうどいい。

 

 近々、ジムリーダーの選抜試験が開催されるというので、俺はそれに参加することにした。場所はセキエイ高原。カントー地方とその西側のジョウト地方の中間辺りにある、辺鄙な街だった。交通の便が悪いのが不親切ではあるが、ここが毎年このカントー地方のポケモンリーグ開催の地となっている。ジムリーダーを選ぶのに相応しい場所ということだろうか。俺は長距離バスで五時間かけて、試験会場であるセキエイ高原大会競技場へと向かった。

 

 試験は筆記と実技、そして面接の三段階だった。最初の筆記試験は競技場の会議室で行われる。集まった受験者は、見た限りではおよそ百五十名ほど。ポケモントレーナーになったばかりの十歳そこそこの少年もいれば、俺の倍以上の歳であろう爺さん婆さんまで、まさに老若男女という具合だった。この中から八人が暫定的に第一次ジムリーダーとして選ばれる。倍率は約二十倍。さすがにこれは無理だろう。俺がポケモントレーナーとしてバトルに励んでいたのはもう二十年近く前のことだ。筆記にしても、いくらタマムシ大学に合格した過去があるとはいえ、それも十五年以上も昔になる。一応それなりの試験対策はしてきたが、それでもあまりにもブランクが長すぎる。俺は駄目で元々という気持ちで試験に臨んだ。

 

 しかし意外なことに、筆記試験は思いのほか簡単だった。この程度の知識でポケモントレーナーたちのお手本を名乗って、本当にいいのだろうかと疑いたくなるほどだった。だが、筆記試験が終わって周りの受験者たちの反応を聞いてみると、難しかった、さすがジムリーダー試験だねえ、まあいい記念になった、といった声が聞こえてくる。あまり悲壮感はなく、どちらかというとお遊びのような気楽な雰囲気だった。どういうことだ?

 

 考えてもしょうがないので、会議室を出て飲み物でも買いに行くことにした。すると、急に後ろから声をかけられた。

 

「サカキ、まさかあんたがいるとはね」

 

 聞き覚えのない声だが、妙に懐かしい感じがする。振り返って見てみると、それはキクコだった。最後に会ってから、もう十年以上も経つはずだが、それでも一目で彼女だとわかった。


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