ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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7.

 そのあとのことについて、簡単に書いておこう。

 

 まず、ボスとツバキの遺体については、他の幹部連中を始めとする団員たちが上手く事後処理をしてくれた。警察沙汰になることはなかった。葬儀も、こういうケース専門の裏業者に頼み、極めて小規模な形式の密葬ということになった。ふたりの死は、新聞の訃報欄の片隅にすら載らない、非社会的なものとして扱われる。

 

 また、クチバの本部ビルであるが、あのような惨劇の起きた現場ということで、いったん閉鎖され、場所を移すことになった。ここ最近クチバ全体で密輸業への警戒が厳しくなっており、クチバを拠点にするのが危なくなってきたという理由もある。前々からタマムシのゲームコーナーの地下に新しい支部を建てる計画があったのだが、それに少し変更を加え、そこが新しい本部となることに決まった。

 

 次に僕の処遇について。結果的に、僕はボスの依頼を成功させた形になる(そんな実感はまったくなかったが……)。ボスの死、幹部の裏切りという事態は少なからず組織全体を動揺させた。しかし悲しむより先に、崩れかかった組織の体裁を立て直すことが最優先だと皆、悟ったようだ。まずは空いたポストを埋めるための話し合いの場が持たれた。

 

 意外なことに、僕が次のボスに任命されることに、異論を唱える者はいなかった。僕自身、こんな若造がトップだなんて本当にいいのかと思ったものだが、この社会は年功序列ではなく、あくまで実力主義ということなのだろう。同胞殺しという最大の禁忌を犯した上司を、部下が尻拭いした、ボスの弔い合戦をしてくれたということで、僕の功績は予想以上に評価されていたようだ。

 

 どうやら僕がボスから直々に命令を受けていたことを知っていた者はいなかったらしい。いや、正確に言えば他にふたりいたようなのだが、それについては後述する。何にせよ、もしボスの命令のことが周りに知られていれば、どうしてボスが殺される前に手を打たなかったのかと糾弾されているはずだ。しかし特にそのことについて問い詰められることはなかった。単に、突然の幹部の裏切りに際して臨機応変に対応してくれた優秀な部下、という認識でほぼ固まっていた。

 

 また、事件の数日後、ボスの部屋から遺言が発見された。もしそこに「サカキを次のボスに任命する」なんて直接的なことが書かれていたら、皆に怪しまれただろう。だが遺言の内容はこのようなものだった。

 

「(一部抜粋)私が不慮の死に見舞われた場合:もし私が誰かに殺されるようなことがあれば、全力を挙げて速やかに殺人者を始末してほしい。もしこれを成功させた者には以下の処遇を与える。その者が幹部であった場合、その者をロケット団の次期総帥とする。また、その者が幹部候補(若頭、若頭補佐)であった場合、その者をその組の新しい幹部とする。私の後釜はその時点での幹部連中の中からひとりを選出し、任命するものとする。方法は任せる。ただしこの場合も、できる限り私の敵を討ってくれたその者を次期総帥とすることが望ましい(以下略)」

 

 要するに、僕の名前が出ていないだけで、結局は僕を次のボスにしろと遠回しに書かれているのと同じことだった。しかしおかげで誰にも怪しまれずに済んだ。結局、僕はツバキの代わりに組の幹部になり、そしてその幹部たちの中から推薦で次期総帥に任命された。あまりに上手く行きすぎて気持ち悪いくらいだ。

 

 だが組織としては、これで一応の後始末は終わった。この一件で、僕たちは人材的にも経済的にも、そして精神的にも決して小さくないダメージを受けたわけだが、周りの尽力もあって組織は少しずつ立ち直り始めた。

 一方で晴れないのが、ツバキのことだ。ツバキはどうしてボスを殺したのか。そしてそのあと、どうしてあっさり僕に殺される気になったのか。結局ツバキは何も教えてくれなかった。唯一の手がかりは、ツバキが死に際に挙げた、カシワという名前の男だ。

 

 カシワはロケット団の幹部のひとり。設立当初から籍を置く、組織の中でも一番の年長者だ。どこに行っても目立つスキンヘッドとサングラスがトレードマーク。年はもう多分六十くらいだろう。痩せ細った寡黙な爺さんで、人前で口を開くのをほとんど見たことがない。僕も直接話をしたことはなかった。だが、ツバキと同じ幹部であった以上、ツバキのことを知る機会も多かっただろうし、それにボスとも付き合いが長いはずだ。僕は事件が落ち着いた頃、時間を見つけてカシワを呑みに誘ってみた。断られるかと思ったが、ツバキの名前を出すと、意外にもカシワは快く応じてくれた。

 

 いつもは口数の少ないカシワだが、この時ばかりは詳細に話してくれた。カシワはツバキに相当慕われていたらしい。ボスにも証拠をまったく掴ませず、慎重に立ち回っていたツバキも、カシワには心を許し、本当のことをすべて話していたようだ。おかげでいろいろな事実を知ることができた。

 

 一番重要なことを先に言うと、ツバキとボスは親子だったらしい。

 

 ツバキがまだ学校にも行かない頃、四歳くらいのときに、ツバキの母親はツバキを捨てて逃げ出したという。身寄りのないツバキはある日、理由もわからず、突然ひとりぼっちになったのだ。その後、引き取ってくれる家族も見つからず、孤児院や学校にも行けずに、路頭に迷う生活が始まった。盗みや傷害など犯罪に手を染めるしかない場面もしょっちゅうあり、時に手痛い報復を受けることもあった。食べ物がなくて道端の草や砂を食べたことも一度や二度ではない。

 

 しかしツバキはそれでもなんとか生き延びた。ツバキは自分を見捨てた母親を恨んだ。母親に対する憎悪と復讐心だけが、ツバキの生きる糧だった。もし学校に行けていれば、十歳になってポケモントレーナーになる道もあっただろう。だが、最低限の義務教育を受けていなければ、それすらなれない。自分がその日の暮らしもままならない一方で、ポケモントレーナーになることを夢見ながら毎日学校に通う少年少女たちの姿を横目に見て、ツバキは羨ましく思った。

 

 だが結局、学校に行けない自分の生きる道は、裏社会にしかなかった。適当なギャングに入団すると、流されるがままに仕事を押し付けられた。麻薬の売人や借金の取り立てなど、子供にはあまりにも荷が重すぎる仕事だったが、生きるためにはやり抜くしかなかった。ノルマを達成できなければ食事を与えられず、代わりにムチでぶたれる日々。それでも家すらない路上の暮らしに比べれば、遥かにマシだった。

 

 そんな生活が何年か続いたある日、ツバキはロケット団という組織の存在を知る。設立されてまだ数年ほどだが、最近着々と勢力を伸ばしつつある有望な組織だという。こういう大きな組織に身を落ち着けることができれば、もう少しいい暮らしができるかもしれない。できれば暇を作って、時々でいいから学校に行ってみたい。そんなふうに考えて、ツバキはロケット団への入団を希望した。

 

 その頃のロケット団は今に比べると規模はずっと小さく、入団希望者にはボスが直々に面接をすることになっていた。つまり面接のとき、ツバキはいきなりボスと、いや自分の母親と対面したわけだ。

 

 ツバキは自分の母親の写真をずっと持っていた。母親が出ていくときに置いていった、親子で写ったたった一枚の写真だ。ツバキは辛いことがあると、いつもその写真を見て母親への復讐心を思い出し、自分を奮い立たせていた。写真の人物と実際のボスの間には十五年ほどの隔たりがあったが、それでもしっかりと頭に刻み込まれたその女の顔は、十五年の歳月を経ても見間違えることはなかった。復讐の相手が、今目の前にいる。

 

 しかしツバキは慎重な男だった。そして我慢強く、何より執念深かった。十五年も待ったのだ。どうせならこの場ですぐに復讐を終わらせるのではなく、もう少し待って、最高の形で花咲かせよう。組織が成長し、絶頂に達したところで、母親の命と共に、母親が築き上げたこの組織をも葬り去ってやる。そう考えたのだ。

 

「組織をここまでのし上げたのは、ボスの尽力ももちろんだが、ツバキの功績も計り知れない。動機が何であれ、あそこまでできるやつはなかなかいねえ。今思えば、あいつのあの才覚は母親譲りだったのかもしれないな」

 

 カシワがグラスに口を付けながら呟く。だいぶ酔いが回ったようで、最後には話が脱線してこんなことを言っていた。

 

「俺の倅とは大違いだ。あの野郎、いったい誰に似たんだか。ノリがやたらと暑っ苦しいし、最近は何やらとんちだかクイズだかに凝りやがって……、わけがわからん。まあ不幸にも頭の薄さだけは遺伝しちまったみたいだがな」

 

 カシワの話はここまでで、あとはすべて僕の推測だ。

 

 ツバキは恐らく、自分が息子であることを隠したまま入団したのだろう。ツバキという名前も偽名だったはずだ。だが、ボスの方は薄々ツバキの正体に勘付いていたに違いない。ツバキが自分の息子だとわかったからこそ、ツバキが自分を恨んでいる、殺そうとしているとすぐに気付いたのだ。

 

 それにしてもツバキの執念は恐るべきものがある。ツバキは、ロケット団に入ってから母親を殺すまでに十年もの歳月をかけた。母親に捨てられてからの期間も合わせると、実に二十五年越しの復讐となったわけだ。人の殺意というのはそんなにも長く続くものなのか。

 

 そしてもうひとつ、わからないことがある。どうしてツバキは、僕がボスから受けた命令を知っていたのだろうか。知っていなければ、あのコインのメッセージを残すことはできない。カシワはあらかじめボスから直接知らされていたようだが、それをツバキに吹き込むようなことはしていないと言っていた。もちろん他の幹部たちも知らないはずだという。

 

 単に僕の挙動が不自然でツバキに悟られてしまっていた、という可能性もあるにはある。でもそれにしてはツバキはやけに確信を持って動いていた。僕から漏れたというのもやや無理がある。ではいったいどうやって……。

 

 ここでふと、ある考えが浮かんだ。もしかして、ツバキはボスと直接話をしていたのではないか。つまりツバキはだいぶ前から、ボスと密会して、そこで殺しの予告をしていた。ボスもそれを受けて、そうなったらサカキにお前を殺しに行かせると答えた。最初からたがいにたがいの腹の内を知っていた、ということだ。いや、そんなのはまったく不合理だし、理由は想像もつかない。だが、そうでも考えないと辻褄が合わない。

 

 そういえば、ボスは一対一でツバキと話したことはないと言っていた。あれは本当なのか? 僕は、ボスが嘘をついたのではないかと思う。一対一で話をしなければ、ツバキが命令の件を知ることは不可能なのだから。じゃあいったい何のために嘘をついたのか?

 

 いや、待てよ。一対一で話したことはない……。つまりそこにもうひとりいれば、一対一ではなくなる。

 

 例えば、カシワがその場にいたとすれば。

 

 ツバキがボスに殺しの予告をしたとき、カシワもそれを聞いていたなら。ボスの発言も嘘ではない。すべて説明がつく。

 

 もちろん、単に辻褄が合うというだけで、すべては僕の推測に過ぎない。どうしてそんなことをしたのかという理由も皆目見当がつかない。それが真実である保証もどこにもないし、今となっては確かめる術もない。ボスもツバキももういないし、カシワもきっと本当のことは教えてくれないだろう。それ以上深入りすることはやめた。本当のことを知ったところで、過去が変わるわけではない。大事なのは未来だ。フジ先生ならきっとそう言う。

 

 本当のこと、か……。

 

 実はもうひとつ、気になっていることがある。ボスに直々に命令を受けたあの日、ボスが最後に言った言葉。

 

「サカキ、お前の手はきっと、世界のどこにだって届く」

 

 あれ以来、その言葉がずっと僕の頭から離れない。「世界に手を伸ばす」「世界に手が届く」というのは僕の好きな表現のひとつではあるが、あまり一般的な言い回しではない。ボスが僕の好みの表現を知っていたのかとも思ったが、しかし僕がそれを人前で実際に使ったことはないはずだ。どうしてボスはあのときあんな表現を使ったのか。単なる偶然か?

 

 そもそもどうして僕がこの表現を使うようになったのかという記憶を辿っていくと、多分それは子供の頃に観た映画の台詞か何かだったのだろう。確か宇宙に関係する映画だったと思う。ボスもそれを観ていたのだろうか……?

 

 そんなふうに思い出していたそのとき、不意にまたひとつ、別の言葉が脳裏をよぎった。ツバキが僕に残した最期の言葉だ。

 

「サカキ、お前は、俺の最高の兄弟だったよ……」

 

 その言葉の本当の意味を、僕は今も確かめられないでいる。


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