ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star- 作:スイカバー
6.
完成度は三十パーセントといったところだった。
研究は確かに前進している。しかし、出来上がったミュウツーは、到底完成と呼べるものではなかった。
試験管の中で眠っているミュウツーは、とても美しかった。フジ先生の地下研究室の中央にある、天井にも届くほどの巨大な試験管。その中で培養液に浸されて、ミュウツーは目を閉じていた。人型をしているが、皮膚は薄紫色で、毛髪はなく、尖った耳と長い尻尾が明らかに人間のそれではなかった。二メートルほどもあるその体躯は、なだらかな曲線で構成されており、その洗練された無駄のないパーツのひとつひとつが、ポケモンを冥府へと送り返す使者に相応しい冷酷さを帯びていた。
これが僕とフジ先生が目指してきたものの結晶なのかと思うと、涙を禁じ得なかった。いよいよ始まるのか。ポケモンたちを送り返すときが。僕たち人類の、元の世界を取り戻すときが。
だが、その感慨は文字通り、音を立てて崩れ落ちた。
フジ先生が試験管を開いてミュウツーを外に出した。すると瞬く間にミュウツーの体は蝋燭のように溶け始めたのだ。
最初に首の部分がバランスを崩して、頭部が落下した。衝撃で中の脳漿が弾け飛ぶ。次に脚の付け根が溶けて、体全体が一気に前のめりに倒れ込む。骨だけが標本のように残って留まったかに見えたが、それも数秒の時間差でやはり崩れて溶け出した。そしてものの一分足らずで、ミュウツーの体はドロドロの液体と化してしまった。腐った卵のような刺激臭が鼻を刺す。フジ先生が人工的に埋め込んだいくつかの無機物神経回路と、一対の義眼だけが、いつまでも溶けずに液体の海の中に残っていた。気のせいか、一瞬その義眼と目が合ったように思えた。
フジ先生は溶けた液体を手で掬い取り、目を凝らしながら言う。
「まだ皮膚がちゃんと固まっていなかったのか。少し早すぎたようです」
「失敗……、ですか?」僕は恐る恐る尋ねる。
「失敗です。ですが、これは大きな前進です。研究が少しずつ成功に近づいていることは間違いない」
「このミュウツーは、死んだんですよね」
僕は床を流れる液体を見下ろして言う。液体は僕やフジ先生の足元にまで広がっていた。
「死ぬという言葉の定義に依ります。このミュウツーは生まれてすらいなかった。生まれる前の命が絶たれることを死ぬと呼べるのなら、ミュウツーは死んだということになります」フジ先生は一息ついて続ける。「ですが、そんなことはこの研究には関係ありませんし、私も特に興味はありません」
確かに、その通りだ。このミュウツーの生命をどう定義しようと、研究の目的や手段が変わるわけではないし、そもそも考えたところで答えなんて出ることもないだろう。フジ先生は常に前だけを見ている。フジ先生は未来にしか興味がない。生き物は皆、死んでしまえばそれはもはや過去の存在だ。僕たちは過去に囚われている余裕はない。未来だけを見据えていなければ、この世界を救うことなんてできないのだろう。
「もう一度トライしましょう。今度は皮膚を培養液に付けておく時間を長くとってみます。それから、培養液の酸素濃度を少し上げて、早いうちから大気に馴染ませておくのも効果的かもしれません。液体酸素のストックはまだありましたか」
フジ先生は既に次の実験のことを考えていた。僕も頭を切り替えていかねば。余計なことを考えるな。今、目の前のことだけに集中するんだ。僕はただ、フジ先生の言うことに従ってさえいればいい。
この日、フジ先生の研究室に来るのはおよそ一年ぶりだった。ここ数年はロケット団の仕事が忙しくて、研究の手伝いができるのは、一年に一、二回くらいになっていた。一応、研究の進捗状況については、定期的にフジ先生から連絡をもらっている。それでもこうして同じ場所で一緒に研究に打ち込めるのは、何ものにも代えがたい至福の時間だった。
僕は今、この時、この場所でだけは、すべてを忘れて目の前の仕事に没頭することができた。すべてを忘れてと言ったが、もちろんツバキの任務のことは頭の片隅に置いていた。しかし、それはある意味で逃避だったのかもしれない。他の何かに夢中になることで、目の前の重い使命から少しでも目を背けたい。僕はそうすることでしか、今の自分を保てなかった。
人を殺す、つまり生命を終わらせるという使命を前にして、一方で生命を作り出す実験に精を上げている。何とも皮肉な話だ。これも等価交換と言えるのだろうか。
人間をひとり殺したとして、新しい人間をひとり産めば、それで罪は帳消しになるのか。もちろんならない。命は不可逆なのだ。
ツバキの命とは。
液体になって消えたミュウツーの命とは。
そして、僕の命とは。
駄目だ、考えれば考えるほど、答えのない螺旋を彷徨い続けるだけになってしまう。もう何も考えない方がいい。考えていては、先に進めない。未来に辿り着けない。手を伸ばすことができない。考えるな。今、目の前のことにだけ集中しろ……。
それからのことはよく覚えていない。時間も空間も、すべては意味を成さなくなっていた。ただひたすらに虚無へと沈んでいく。
いつの間にか、自分が眠ってしまっていたことに気付いた。
ふと目が覚めて、意識が蘇る。
止まっていた時間の流れが体中の血液に染み込んで、再び循環し始める。
自分という存在が世界への順応を取り戻していく。
瞼がまだ重い。そういえば徹夜でフジ先生の実験に付き合っていたのだ。起き上がって辺りを見回すが、地下室なので外の様子がわからない。今何時だろう。しかしこういう場合でも決まって、何となく寝過ごしたという感覚だけははっきりと体に刻み込まれているものだ。
手遅れになった。そういう直観が働いた。
手足に目をやり、寝間着を着ている自分に気付く。昨日寝る直前に先生から電話があって、そのまま来たからだ。先生はもう大学に出勤したようで、家の中にはいなかった。先生の奥さんが上で掃除機をかけている音がうっすら聞こえる。計算機の上に置かれた時計を見ると、時刻は正午を過ぎていた。
幹部会議はとっくに始まっている頃だろう。僕は急いで先生の家を飛び出し、近くの公衆電話からボスの部屋に掛けた。誰も出ない。
ボスは今どこにいる? 単に会議中なのか? それとももうツバキが……?
何をやっているんだ僕は。こんな馬鹿馬鹿しいミスをするなんて。この稼業に身を投じて以来、大きな失敗だけは絶対にしないようにしてきた。例え大きな成功は収められなくとも、失敗さえしなければ周りに信用を失うことはないからだ。
そしてこれが初めての大失敗だ。
こんな大事なときに限って……。いや、わかっている。大事なときだからこそだ。目の前の大事な仕事から、僕は意識的か無意識的か、逃避しようとしていた。多分、意識的に無意識を装っていた。器用なことができるものだと思わず感心してしまう。しかし今はそんな場合ではない。
今からでも遅くないかもしれない。まだ間に合うかもしれない。僕はタクシーを捕まえて、クチバシティの本部ビルへと急いだ。先生の研究室に着替えを置いていて良かった。そうでなければ、僕は寝間着のまま向かわなければならないところだった。
結論から言えば、間に合ったとも言えるし、間に合わなかったとも言える。
ボスは殺されていた。
他の幹部たちの話によると、それは幹部会議が終わった直後だった。他の幹部たちが会議室から退出していく中、ひとりだけ出口とは反対方向、つまり上座のボスがいる席に向かっていった者がいた。そして次の瞬間、銃声が轟いたという。幹部たちにとってはそれは日常的に聞き慣れた音。しかし、そのとき、その場所でのその音は、彼らにとっても予想外のものだっただろう。
引き金を引いたのは、やはりツバキだった。ツバキが、隠し持っていた拳銃でボスを殺したのだ。僕はてっきり、ふたりきりになれる瞬間を狙うか、もしくは遠方からの暗殺を試みるものだとばかり思っていた。まさかこんな単純な方法を取るとは。後のことはどうなってもいい、なりふり構わないという考えなのか。
もちろん幹部たちは一斉にツバキを取り押さえようとしたようだ。しかし次の瞬間、室内に煙幕が充満し始めた。ツバキが準備していたものらしい。結局、そのままツバキは逃亡してしまった。
残された幹部たちは、二手に分かれた。片方はツバキを追いかけ、もう片方はボスの介抱を試みる。しかしボスは胸を撃ち抜かれて即死だった。今日この場所でツバキと相席することがわかっていたのだから、用心するなら防弾ジャケットでも着ていれば良かったはずだ。それをしなかったということは、やはり本人の言っていたように、ツバキの望み通り、殺される覚悟だったのだろう。
そして結局、僕はツバキを取り逃がした。僕が本部ビルに到着した頃には、ツバキが逃げてから一時間近くが経過していた。これはつまり、間に合わなかったということになるのではないか。僕は終わったと思った。任務失敗、これで僕の命もおしまいだ。
いや待てよ、その任務を命令したボス本人はもう死んだのだ。誰が僕の失敗を知っている? ボスは僕以外にこのことを話していたのか? 話すとすれば、その相手はここにいる幹部連中の誰かだろう。しかしもしそうなら、その幹部に今この場で、任務を遂行できなかったことを詰問されるはずだ。それがないということは、やはり誰も知らなかったということか? そんな考えが頭の中にぐるぐると蠢いた。
任務を失敗したというのに、人ひとり見殺しにしたというのに、もう自分の保身のことを考えている。まったく、僕というやつは……。
しかし任務はまだ終わっていなかった。手掛かりはあった。ツバキがヒントを残していたのだ。
会議室の机の上を見てみると、そこにはコインが一枚置かれていた。他の幹部に聞いたところ、ツバキが落としていったものらしい。煙幕の中でツバキの足音と共に、コインが落ちる軽い音が聞こえたそうだ。焦って落としたのだろうか。
そうではなかった。そのコインはカジノ・ロケットゲームコーナーで使われる専用のコインだった。そしてコインを裏返して見てみると、そこにはナイフで刻んだであろう数字の列が並んでいた。
数字は九九九九。他の幹部たちはただのイタズラ書きだろうと思ったようだが、僕はその数字に心当たりがあった。
僕とツバキは、以前その数字について議論したことがある。ツバキは今、その議論をした、まさにその場所にいるはずだ。つまり、これはツバキが僕に対して残したメッセージなのだ。
「よう、サカキ。遅かったな」
そして僕は今、ツバキの目の前に対峙している。ツバキは人ひとり殺したというのに、何食わぬ顔をして立っている。周りには誰もいない。
果たしてツバキは、コインのメッセージ通り、そこにいた。それはタマムシシティとヤマブキシティを結ぶ道の途中にある、小高い丘の上だった。森を抜けたところにある、そのひっそりとした静かな場所で、タマムシとヤマブキの市街地を見下ろしながら、僕とツバキはよく他愛もない話をしたものだった。
「俺はてっきり、お前が会議室の傍で張ってるものとばかり思っていたがな。ボスを殺った瞬間、お前に撃ち抜かれる覚悟だったのに。それが何も起きないんだから、拍子抜けだったぞ。お前どこにいたんだ? おかげであんな気色悪いメッセージ残す羽目になっちまった……」
やはりツバキは知っていたようだ。僕がツバキの企みを知っていたこと、そして恐らく僕がツバキを殺すよう命じられていたことも。
「九九九九……」
僕はポケットからそのコインを取り出し、書かれている数字を呟く。
「あんときは揉めたよなあ」
ツバキが懐かしそうな表情で丘の下を見下ろす。視線の先はタマムシシティ。きっとゲームコーナーの方を見ているのだろう。夕陽が沈みゆく丘の上は風が強い。足元は落ち葉が舞い、たがいの髪が風になびいている。
九九九九。それはゲームコーナーの景品を決めるときに、景品と交換するコインの枚数を相談していたときに出てきた数字だった。景品のポケモンは、直接お金で買わせるのでは犯罪になる。だからお客にはカジノのスロットでコインを稼がせて、そのコインと交換という形でポケモンを提供することにしている。そしてそれぞれの景品のポケモンをコイン何枚で交換するかという件について、僕とツバキはかつてここで話し合ったのだ。
「ケーシィはやっぱり一二〇枚が妥当だったろう。一八〇枚なんて高すぎだったんだよ」
ツバキが僕の方を向いて口元を緩める。そう、例えばケーシィは一体につき、コイン一二〇枚と交換になっている。僕は最初、希少性も考慮して一八〇枚くらいがいいと思う、と進言した。しかしツバキは、ケーシィは目玉商品だから、安すぎるくらいでちょうどいいと言うのだ。結局その場は、輸入ルートからの供給数の兼ね合いもあって、一八〇枚に決まった。その後、在庫の状態に応じて、一五〇枚、二三〇枚などと変動したが、しかし需要が落ち着いた今は、ツバキの言った通り、一二〇枚へと下がってしまった。
「ストライクは五五〇〇枚、ミニリュウは四六〇〇枚。いろいろ話したっけなあ」
ツバキは指を折りながら、ポケモンの名前とコインの枚数を挙げていく。
「でもポリゴンが九九九九枚はありえませんでしたね。あんなんじゃ誰も交換しませんよ」僕はぎこちなく口角を上げて言った。
そう、九九九九はポリゴンの交換枚数だった。ツバキは、せっかくここでしか手に入らない珍しいポケモンを景品にするんだから、いくら高くしても欲しいやつはいるだろうと言い、枚数を上限の九九九九枚に設定した。しかしそれはあまりにも高すぎた。いくらポリゴンがここの限定のポケモンだとしても、結局は人工のポケモンであり、つまりそれは意図的に操作された希少性だ。野生のポケモンとは珍しいの意味が違う。ポケモンバトルの観点で見ても、決して強いポケモンでもない。そんなポケモンが人々の購買意欲を煽ることはなかった。
それでもゲームコーナーは充分に繁盛した。しかし開店から半年経っても、一向にポリゴンを交換希望する人は現れない。そこで僕は交換枚数の引き下げを提案した。いったんは八三〇〇枚に、そしてシルフカンパニーの技術が向上し、ポリゴンの追加生産が容易になった現在では、更に六五〇〇枚へと下げられた。
コインに刻まれた九九九九という数字。それはかつて、僕とツバキがポリゴンの交換枚数について話し合ったこの場所を意味していたのだ。他の誰に対してでもない、この世界のたったひとりだけに向けられたメッセージだった。
「そうだな、九九九九枚は欲張りすぎたな。あれに関しちゃあ、お前が正解だったよ」
ツバキは肩をすくめて、小さく笑った。
僕は何も言わずに、二、三歩足を進め、ツバキに近づく。そしてポケットからモンスターボールを取り出し、ニドキングを出した。ツバキの顔から笑みが消え、今まで僕の前では見せたこともない、鋭く冷たい目で僕を見据える。駄目だ。怯んではいけない。躊躇することはできない。
「俺が今から何をしなければならないか、知ってますよね?」
僕は努めて冷静に問いかけた。それは単なる確認だった。
「わかってるよ。悪かったな。こんな嫌な役、押し付けちまって」
ツバキは目を閉じ、そして両手を軽く挙げて言った。
僕は更に一歩前に出る。
「主語は何ですか?」
カマをかけた。僕の質問が意外だったのか、ツバキは片目を丸く開けて、しばらく押し黙った。そして吐き捨てるように言葉を絞り出す。
「お前が知る必要はない。お前はただ、淡々と命令を遂行してりゃあ、それでいいんだ」
僕とツバキの距離はだいぶ縮まった。この位置でニドキングに”つのドリル”を指示すれば、ツバキは抵抗する暇もなく、その体を貫かれるだろう。
「兄貴の弟分で居続けられるなら、それでいいかもしれません。でも、俺はもうじきロケット団の新しいボスになるんです。すべて、知っておかなくちゃならない」
僕はツバキをじっと見つめながら言った。目を逸らしたら負けだ、と何となく思ったからだ。
「ああ、そうだったな。大丈夫。お前ならきっと務まるさ」
ツバキは目を開けて、再びさっきと同じ柔らかい笑みを浮かべた。その表情に、僕は思わず目を背けてしまう。
「兄貴」
「何だ」
「俺、実は昔、タマムシ大学の学生だったんです」
「はは、やっぱりそうだったか。薄々勘付いてはいたが……」
「今も仕事の合間に、とある先生の下で研究を続けています」
「へえ、あんまり驚かねえな。言われてみれば、お前はそんなやつって感じがするよ」
「それは人類をこの世界から守るためにどうしても必要な研究で、その研究にはたくさんのお金が必要で、だからその資金稼ぎのために、俺はロケット団に入ったんです」
「それはなんというか、ご苦労なこって……。どんな研究なんだ?」
「言えません。例え盃を分かち合った兄弟でも」
「そうか。まあ言っても意味ないよな。どうせ俺はもうすぐ死ぬんだから」
「兄貴は、何も話してくれないんですか。何か隠していますよね」
「俺の口からは、何も言えねえな。まあ心配するな。俺が死んだ後にでも、誰かに聞けばいい。そうだな、幹部の中で一番古株のあのジイさんなら、だいたい知ってるはずだ」
「ああ、カシワさんですか……。わかりました」
「堅物のジジイだけど、意外と話はわかる人だから」
「そうですか」
「こんなところで、いいか?」
「充分です」
「さあ、とっとと終わらせよう」
「ええ、兄貴」
僕は頷く。これで、すべてが終わる。ツバキは死に、僕はロケット団のボスになる。眩暈がしそうだが、体中の筋肉を奮い立たせて、どうにか倒れないように姿勢を支える。数回の深呼吸を繰り返したのち、僕はニドキングに目配せし、それから右手でツバキを指さした。
「ニドキング、”つのド……」
言い終わるかどうかというところで、不意にツバキが挙げていた両手を下げ、こちらに向かってゆっくりと歩き始めた。その表情は変わらず静かな笑みを保っている。
「それは、ズルいだろう」ツバキが小さく呟く。
僕は俯いたまま動けない。ニドキングも指示が途切れたせいで、どうしていいかわからないようだ。
僕とツバキの距離がゼロになる。ツバキが右手を伸ばし、僕の左手を掴む。そして、穏やかな声で言った。
「サカキ、お前は、俺の最高の兄弟だったよ……」
僕は、ツバキの顔を見ることができなかった。
そのとき、なぜかユキナリの姿が頭をよぎった。豪雨の中、あの絶滅したポケモンの死体を埋葬していたときの、ユキナリの顔。
続いて、液体になったミュウツーの試作体の映像が浮かんだ。足元にまとわりつく液体の、泥のような感触を思い出す。
しかし今この瞬間、僕の足元に滴り落ちているのは、泥などではない。白い地面に赤い雨が降り注ぎ、小さな水溜りが鮮やかに映えている。
ツバキが僕の左手を離し、そのまま地面に崩れ落ちた。その横腹には携帯用の短いナイフが突き刺さっている。後でもし警察が来てこのナイフを調べることがあったなら、きっと僕の指紋が検出されたことだろう。
僕はニドキングをモンスターボールに戻した。そして数十秒ほどその場に立ち尽くす。ツバキは顔を下にして倒れていて、表情が見えない。もう動くことはなかった。
僕は翻って丘を下り、近くで見つけた公衆電話で、クチバの本部ビルに連絡を取った。