ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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 カジノの計画はとんとん拍子で進んでいった。話は予想以上に大きくなっていき、しまいにはタマムシシティの中心の一等地に店を構えるということにまでなってしまった。プロジェクトの指揮は便宜上、直属の上司であるツバキが執っていたが、彼は発案者である僕の功績を隠そうとはしなかった。

 

 俺の可愛い部下がとんでもない仕事を回してきてくれやがった。なかなかどうして侮れないやつだ。みんな今後ともこいつのことをよろしく頼む。そんな洒脱な口ぶりだった。

 

 部下思いの上司という印象を持たせるための戦略と言えばそうなんだろうが、結果的に僕自身の存在が周りに認められたわけで、悪い気はしない。別にこんな組織で名声が欲しいわけではないけれど。

 

「なあサカキ、カジノの景品のことで話があるんだが、いいか?」

 

 カジノの出店日時が決定した頃、ツバキが僕に相談を持ち掛けてきた。

 

「景品はやっぱりポケモンがいいと思う。スロットのコインが一定枚数溜まると、それをポケモンを交換できるという形にして」

 

「そうですね。でもそうなるとやっぱり珍しいポケモンじゃないといけませんよね」

 

「大丈夫だ。ちゃんと考えてある。まずケーシィなんかどうだ。”テレポート”っつう技ですぐに逃げてしまうから、なかなか捕まえにくい珍しいポケモンだ」

 

 ツバキは手に持っていた書類をめくりながら説明する。どこかで仕入れてきた情報なのだろう。

 

「確か進化するとユンゲラーっていう強力なエスパータイプになるんでしたよね」

 

「そうだ。しかもその筋の研究によると、ユンゲラーもゲンガーとかと同じように、トレーナー同士のポケモン交換で更なる進化を遂げるらしい」

 

「へえ、そうなんですか」

 

 もちろんそんなこと、タマムシ大学で学生だった頃にとっくに知っていたことだが、ここではあえて黙っておく。下手に過去を勘繰られたくないし、それにこういう立場では、無知を装う方が何かと有利に働くことが多いからだ。

 

「珍しさもそれなりで、育てれば戦闘能力も高くなる。需要は高いと言える。そして最近、他の組でこのケーシィを大量に密輸するルートが確保できたらしい。それも相当な安価でだ。横流ししてもらうわけだから若干の手数料は必要だが、それでも充分だろう。安い目玉商品として、カジノの景品にできるはずだ」

 

「なるほど」

 

「他にもセキチクシティのサファリパークにも話をつけて、そっちからも珍しいポケモンを譲ってもらえることになった。さすがにケーシィほど安くはいかなかったが、それでもストライクやカイロス、ミニリュウなんかの結構なレア物を流すと約束してくれた」

 

 どれも普通に草むらや森、池なんかで探したのではまず見つからないような一級品のポケモンばかりだ。ツバキはいったいどれほどの人脈を持っているのだろう。

 

「これはかなりの客足が期待できそうですね」

 

「まあ非合法の世界だから、あまり大っぴらにはできんがな。あくまでポケモンを金銭で売買することはできないわけだし、スロットのコインを通じての間接的な交換という形になる。そもそも景品所もカジノのゲームコーナーから少し離れた場所に置くつもりだ」

 

 さすが後ろ暗い商売をしているだけあって、そういったデリケートな部分への対策はきっちりしている。かなりグレーな線引きだとは思うが、ぎりぎりのところで見逃されるラインを彼らは心得ているのだろう。いずれにしても、これでカジノ計画は上手く行きそうだ。

 

「だがなあ、何かいまひとつ足りないんだよな」

 

 ツバキは腕を組んで首をかしげる。

 

「足りない? これで充分だと思いますけど」

 

「いや、まだだ。人を呼び込むには、もうひとつ何か、これこそは、という感じの大物が必要だ。それこそ、ここでしか手に入らないポケモン、みたいなものが」

 

「そんなのさすがに無茶でしょう……」

 

 新種のポケモンを探してこいとでもいうのか。この世界では上の人間の命令は絶対だが、いくらなんでもこんな無茶な命令は周りが許さないだろう。

 

「そうでもないんだ、それが。ほら、何だったかあの会社。ウチのフロントになっているあそこ……」ツバキは人差し指で眉間を押さえながら思い出そうとする。

 

「フロント企業っていうと、シルフカンパニーのことですか?」心当たりがあったので、名前を出してみた。

 

「そう、それそれ」

 

 フロント企業というのは、暴力団などか資金稼ぎのために設立するダミー会社みたいなものだ。ロケット団は一応表向きは有限会社として登記されているが、稼業が稼業なので、あまり大っぴらに会社として活動することはできない。そこで他にまったく新しい会社を建てて真っ当に運営させ、そこで得られた売上金の一部を上納してもらうという形を取っている。こうしてできた会社をフロント企業といい、僕が名前を挙げたシルフカンパニーもロケット団のフロント企業のひとつなのだ。

 

 シルフカンパニーは元々大学の研究機関だったところを、ロケット団が買い取って民営化させた会社らしい。つまり最初から人員・技術力共にある程度のリソースが備わっていたわけで、企業としての成長は目覚ましかった。特にモンスターボールを始めとする、ポケモン関係の工業製品の開発に力を入れていて、近年急激にシェアを拡大しているという。僕は経済には疎い方だが、それでも少しでもニュースに関心があれば、シルフカンパニーの名前は嫌でも耳に入ってくる。それくらいの影響力を持っている。

 

「それで、シルフカンパニーと新種のポケモンに、何の関係が?」僕はツバキに尋ねた。

 

「あそこはウチの傘下だから、いろいろ情報が入ってくるだろ。それでちょっと小耳に挟んだ話なんだがな、どうも最近面白い研究をやってるらしいんだよ。確か人工のポケモンを作る計画とかなんとか」

 

 人工のポケモン。それを聞いて僕は真っ先にフジ先生のミュウツーの計画を思い出した。あの計画は僕と先生しか知らないはず。まさか、情報が漏れていたのか……? いやそんなことはありえない。先生が他人に話すとは思えない。それに先生の研究室はコンピュータを使っていないんだから、ネットワークから流出することもないはずだ。

 

「そいつはポリゴンとかいうポケモンらしい。で、サカキ、お前に頼みたいんだが、シルフに行って、何とか上手いことそのポケモンをカジノの景品にできるように掛け合っちゃあくれねえか。いやホントは俺がやるべき仕事なんだが、どうにもああいうところにいる学者肌の連中は苦手でよ。大学に通い始めたところで情けねえ話ではあるが……」

 

 どうやらフジ先生とは無関係のようだ。考えてみれば、異なるところで複数の人間がたまたま人工ポケモン研究を行っていたとしても不思議ではない。僕はほっとして胸をなでおろした。

 

 シルフカンパニーか……。前から一度見学してみたいと思っていた。僕はツバキの相談を了承し、ひとりでシルフに向かうことになった。せっかくだからフジ先生も連れていくことにした。もちろんロケット団の連中には内緒でだ。逆にフジ先生が行きたがるかどうか不安だったが、意外にもフジ先生は乗り気だった。何となく、他の研究者のことには無関心なのだろうと思っていたけれど。同じ人工ポケモンを作る者同士ということで、シンパシーを感じたのだろうか。

 

 実際にふたりで伺ったところ、シルフの研究員たちもフジ先生を歓迎してくれた。やはり仮にも名門タマムシ大学に籍を置く研究者だけあって、フジ先生にはみんな一目置いて接していた。フジ先生も、人工のポケモン・ポリゴンの製作には大いに興味を持ったようで、様々な意見交換が行われた。シルフの研究員たちにとっては、フジ先生の人工ポケモン生成理論が非常に有益なものだったらしく(もちろんミュウツーを作る目的については伏せていたが)、一方、フジ先生はシルフの有する計算機などの各種器材の先進性に驚いていた。

 

「なるほど、我々は無機物性の骨格に人工神経回路を搭載することで擬似的にポケモンとしての生命活動を再現しようと試みていたのですが、フジ先生の場合はすべての器官を有機物で作ろうとしておられるわけですね。培養技術の応用ですか。確かにその方が神経も身体に馴染みやすくなりますし、より滑らかできめ細かい可動が行えるようになりますね」

 

「いえ、むしろ私は完璧を追い求め過ぎていたのかもしれません。すべてを有機物でまかなおうとするとどうしてもコストが嵩んでしまいます。無機物でも問題なく機能する部分については、極力、機械製の部品で補った方がいいと思います。もちろんこのシルフカンパニーの最新鋭マシンの性能あってこそでしょうけど……」

 

「良かったら、マシンの設計図をコピーしてお渡ししましょうか。それか、今ここにある器材はさすがに手放せませんが、一世代前の旧式でよろしければ、差し上げますよ。それでも今タマムシ大学で使われているマシンよりは数段上の性能のはずです」

 

「本当ですか。それはありがたい」

 

 こんな具合で、研究者たちの語らいは夜通し途切れることはなかった。僕もそのうちまたフジ先生の研究室に行かないとな、随分ご無沙汰だ、と自分の本来の使命を改めて思い返した。

 

 しかし今はとりあえず目先の利益が先決だ。僕はシルフの研究責任者に話をつけ、無事契約を交わすことに成功した。ポリゴンが完成した暁には、カジノの景品として買い取らせてもらうこと、そしてロケット団がそのポリゴンの流通を占有することの契約だ。

 

 それからは順調に事が進み、カジノのオープン前にポリゴンが完成。シルフカンパニーの名声は確固たるものになった。それに伴ってそのポリゴンの入手を売りにしたカジノ、「ロケットゲームコーナー」の話題も大いに広がりを見せ、大盛況を博した。この企画に携わった僕とツバキはその功績を認められて、組織から金一封を頂戴し、さらに僕は若頭補佐から若頭へと昇進した。記念にツバキが一杯でも十杯でも奢ると言って、呑みに連れていってくれた。

 

 金一封に加え、昇進したことで給料も上がり、僕はお金に困ることはなくなった。フジ先生への仕送りも当初の五倍近い額を払えるようになっていたし、またフジ先生本人も、シルフへの技術提供でかなりの資金援助を受けたようだ。何もかもが上手くいっている。

 

 瞬く間に時は過ぎ、いつのまにか僕がロケット団に入って五年が経過していた。

 

 そんなある日、僕は今まで一度も会ったことのなかったロケット団のボスの顔を、初めて拝むことになる。ボス直々に、僕に話があるとの連絡があったのだ。

 

 ツバキを殺せ。

 

 それが、ボスが目の前で僕に下した命令だった。


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