ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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 仕事の内容そのものは特に変わらなかった。元々バラバラにチームを組んで行っていた作業が、組織化して統制が置かれるようになったというだけの話だ。

 

 やることと言えば、ポケモンの強奪、密輸、裏取引。ポケモンを使ってできる悪事はおよそ何でもありだ。他にも、麻薬売買や高利貸し、いわゆるみかじめ料の徴収など、暴力団らしい仕事もそれなりに含まれていた。

 

 そう、僕が入ったロケット団は、言ってしまえば暴力団と同じような組織だった。一昔前の暴力団が、その名の通り暴力を盾にして仕事を遂行していたのに対し、それがポケモンという手段に置き換わっただけと考えれば、理解は早いだろう。ポケモンマフィアとでも言えば恰好はつくか。ちなみにこの組織、表向きには「有限会社ロケットグループ」と名乗っている。一応正式に体系化された会社なのだ。

 

 ロケット、か……。宇宙という途方もなく巨大な空間を漂い、普通では届かない遠い星にも届くことのできる存在。僕が夢に見ていたロケットという名前を冠する組織。たまたま誘われた組織がそんな名前だったのも、何かの運命なのかもしれない。

 

 何にせよ、ここが僕の新しい居場所になった。もちろん居場所と言ってもただの仮住まいに過ぎず、僕の本当の居場所は変わらずフジ先生の研究室だ。離れていても片時も忘れない。

 

 ロケット団に入って、また下働きの子分から始まるのかと思っていた。しかし僕のその界隈での知名度が幸いしたのか、いきなり若頭補佐という役に就くことができた。と言っても、最初はどういう立ち位置なのかよくわからなかったが、周りの話を聞くに、結構なポジションのようだ。

 

 この組織の場合、まずボスの下に何人かの幹部がいて、それぞれの幹部が自分の組を率いている。組ひとつずつに、幹部をサポートする若頭が置かれる。そしてその若頭の下にいるのが若頭補佐だ。若頭ひとりに五人から六人ほど付く。その下には舎弟がいるのみだ。

 

 こうして見ると若頭補佐というのはかなり下の方にいるように見えるが、しかし実際には下にいる舎弟の人数が組織の八割以上を占めている。僕はいきなり上位二割の中に入ることができたわけだ。詳しいことは知らないが、こういう世界では異例の人事らしい。多分、あの店長の推薦もあったのだろう。

 

 若頭補佐になって一番良かったことは、現場での仕事がなくなったことだ。前にも言ったが、この稼業で一番気を付けなくてはならないのは、ヘマをして警察に捕まってしまうことだ。捕まったら金は稼げなくなるのはもちろんのこと、僕が金を譲渡していたフジ先生とのつながりも明るみになるだろう。下手したらフジ先生の研究さえも摘発の対象になってしまうかもしれない。警察ごときがあの研究の意義を理解できるはずがない。きっと誤解され、いとも簡単に踏み潰されてしまうに決まっている。だから僕は絶対に警察にだけは捕まるわけにいかなかった。

 

 そういうわけで、現場の仕事がなくなったのは本当にありがたいことだった。僕のポジション、若頭補佐というのは、いわゆる参謀に当たる。つまり仕事の計画段階に携わるだけで、実際に自分の手を汚す必要がない。例え失敗しても、捕まるのは末端の舎弟だけで、僕ら上位二割の人間に火の粉が降りかかる心配はまず皆無だ。ヒトカゲの尻尾切りという言葉があるが、まさにこれが当てはまるだろう。

 

 多少なら失敗してもいいというのも、心的なプレッシャーが大幅に軽くなる要因だった。今までは警察に捕まらないために、万が一にも失敗しないように、徹底的に慎重に慎重を重ねて作戦を練っていた。少しでも失敗する危険性のある仕事はできるだけ断るようにしていたし、どんなに簡単そうな仕事でも念入りに準備した。たった一件の盗みのために、一か月以上かけてターゲットの素行調査を行ったりもした。

 

 だが今は失敗しても、自分自身には何の危険もない。失敗することで周りからの信用が失われるのではないかとも思ったが、僕の直属の上司に当たる幹部の男曰く、失敗のない参謀など有り得ない、と言われた。少しの失敗は気にするな。もちろん致命的なヘマはやらかしちゃいけないが、少しの犠牲はこういう稼業には付き物だ。舎弟たちだって、そういう犠牲は喜んで引き受けてくれる。やつらにとっては、一度二度警察にパクられて初めて一人前なんだ。逮捕はむしろ勲章みたいなもんなんだよ。だから問題ない。こじんまりとセコいヤマばかり片づけるよりは、ドカンと一発デカい花火を上げてくれる人間の方が、自然と部下からの人望も集まるってもんさ。デカい花火なら多少の火の粉は飛び散るだろうが、なーに、あいつらはそれを被るのが嬉しいんだ。とんだ変態だよな。まあ、俺も昔はそういう時代がなかったわけでもないが……。

 

 僕はこの世界のやつらに情を抱くことはしないと誓っていたが、唯一この幹部の男だけは一目置ける存在だった。

 

 彼の名はツバキと言った。一時の快楽的な悪事にしか興味のない低能な連中と違って、この男は長期的な展望で組織全体を見つめていた。そういうクールなところが少しだけ気に入ったのだ。まだ三十も行かない、僕と三つ四つほどしか違わない年齢だったが、見た目には明らかに年にそぐわない、男の貫禄が備わっていた。

 

 そして事実、ツバキの率いる組は、組織の中でもトップクラスの勢力を誇っていた。僕に説いたのと同じように、彼自身もまた舎弟たちからの人望の厚い男だった。彼のためなら命を投げ出す覚悟を持っている者も少なくない。

 

 あるとき、僕の提案した作戦が失敗に終わって、誰かが泥を被らなくてはいけなくなったことがあった。そのときはたくさんの舎弟たちがその犠牲役を買って出てくれた。それは僕がツバキの直接の部下であったことと無関係ではないだろう。

 

 またある時、僕がロケット団の事業の一環として、カジノの運営にも手を出そうと提案したときも、彼はすぐに乗ってくれた。しかし仕事の相談自体だけでなく、話は意外な方向へと盛り上がっていった。

 

「カジノ? そうだな。そろそろそういうデカい仕事にも手を出していく時期なのかもな。上に掛け合ってみよう。で、サカキ、どこに店を構えるかは決めているのか?」

 

「ええ。とりあえず、タマムシなんかどうかなと。大都市ですし、個人的に少し馴染みのある街なんで、勝手も知ってますし」

 

「タマムシねえ。タマムシといやあタマムシ大学だが……、なんだ? 馴染みがあるって。お前あそこの学生だったりしたのか?」

 

「いえ、違いますよ。俺なんかがあんなとこ行けるわけないじゃないですか……。単にトレーナーだった頃、しばらくあそこを拠点にしていた時期があったってだけですから」

 

「いや冗談だよ。なに本気にしてんだ。まあお前がタマ大出身だって言われても驚きはしねえけどな。オツムの冴え具合が、明らかに他のやつらとは違う」

 

「兄貴の方こそ、只者じゃないと思いますけど」

 

「俺なんか学校すらろくに行ってねえよ。お勉強とは無縁の人生だった。少し前まではな」

 

「少し前?」

 

「最近、ちょっと興味が出てきてな。俺もとうとう学生の真似事みたいなもんを始めたってわけだ」

 

「どういうことですか?」

 

「下っ端どもには言うなよ。恥ずかしいからな。実は最近、大学に通ってるんだよ、俺」

 

「え、大学ですか……?」

 

「まあ本当の学生じゃないけどな。俺なんかが入学試験をパスできるわけないだろ。単位も卒業証書ももらえない、いわゆる聴講生ってやつだ。ただ授業を聞くだけ。それでも充分だよ。別に何か資格が欲しいわけでもないしな」

 

「へえ、なんか意外というか、むしろ納得というか」

 

「うるせえな」

 

「ちなみに、どこの大学なんですか?」

 

「さすがにタマ大じゃないぜ。クチバ大学だよ。ウチのシマから近いからな」

 

「クチバって言ったら確か国立ですよね。凄いじゃないですか」

 

「だから試験通ったんじゃねーって。申し込めば誰でも受けられるんだよ。っていうかお前、やっぱり大学のこと詳しいだろ」

 

「そんなことないですよ。たまたま聞いたことあるだけですって。それで、大学ってどうなんです? 楽しいですか?」

 

「まあ、楽しいと言えば楽しいな。こういう世界もあるのかって驚きだった。何の役に立つのかわからんが、そういう意味のない場所や時間に没頭できる余裕みたいなものが、人生には必要なんだろうなって、何となく思えた」

 

「へえ……」

 

「難しかったか? はは」

 

「そうですね。正直、よくわかりません」

 

「そうそう、そんな抽象的な話よりも、もっと面白いことがあったんだよ。こないだな、有名な先生が講演に来てくれたんだ。その話がすげえ面白くてな。もう夢中で聞いちまったよ。その後その先生の論文もいくつか読んでみた。難しくてわかんねえのが多かったけど、それでも何となくすげえってのは伝わってきた。お前知ってるか? いや、お前は知らねえだろうな。オーキド・ユキナリ博士っつうんだけどな……」


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