ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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第五章 愛が焦がす心
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 最初に気付いたのは、ポケモントレーナー時代にポケモンセンターのドミトリーで勉強していたときだったと思う。僕の勉強する姿に感心したのか、何人ものトレーナーたちが食事を奢ってくれたり、何かしらの手伝いをしてくれた。今思い返すと、あのとき既に自分がこういう立場になることのきっかけが芽を出していたのかもしれない。すべては結果論に過ぎないのだが。

 

 次にそれを自覚したのは、絶滅したポケモンの死体をディーラーのショップに売りさばいた後、ショップの店主から話を持ち掛けられたときだった。

 

「いやあ、今どきこんな珍しいポケモンが手に入るとはね。お客さん、失礼だけどこの辺じゃ見ない顔だね。いったいどういうルートでこれ見つけてきたんだい? なんかツテがあるんでしょ?」

 

 たまたまその辺で見つけたものだと伝えると、店主は目を丸くして言った。

 

「そりゃホントかい? だとしたら大したもんだ。あんた、ただもんじゃないね。これは素人が偶然見つけられる代物じゃあない。この業界に無縁だったっていうんなら、何か別の専門的な知識を持っているとしか思えない」

 

 詳しいことは明かさなかったが、にも関わらず店主は僕の実力を充分に、恐らく過大評価だと思うくらいに、評価してくれた。

 

「どうだい? 実はちょいといい仕事があるんだ。いや何、こういう商いは待ってるだけで儲かるもんじゃあないからね。こっちからいろいろお客さんに依頼することがあるんだ。今こういうブツを探してる……、みたいなね。もちろん誰にだって頼むわけじゃないよ。それ相応の力量と、なおかつ秘密を守ってくれると信頼できる人間性がなくちゃあならない。普通なら何度も持ち込んでくれる常連さんになって初めて声をかけるんだけど、いや俺はあんたを見た瞬間、ビビっと来たね。多分、この世界でやっていけるよ、あんた」

 

 そうして僕は依頼を引き受けることになった。多少の胡散臭さは感じないでもなかったが、しかし金が手に入るなら儲けものだから、物は試しだ。

 

 店長からの最初の依頼は、さすがに絶滅したポケモンを探すような無茶なものではなかった。だが、それでも捕獲例の非常に少ない、珍しいポケモンを指定された。もちろん合法的なやり方で手に入るようなポケモンではない。いくつかの法律に引っかかることは必至だ。事実、依頼の八割以上は誰かが所有しているポケモンを盗んでくるという仕事だった。

 

 最初の依頼ということで、僕はふたりの男を紹介され、彼らと組むことになった。いや、正確には元々このふたりに依頼された案件に、僕が見習いとして加わったという形なのだろう。してやられたと思わなくもなかったが、しかし依頼を無事何件かこなしたところで、僕は店長の言っていたことは間違っていなかったと得心することになる。

 

 僕は店長の命令でそのふたりのチームから外された。僕がヘマをやらかしたわけではまったくなく、むしろその逆だった。僕は新しい三人組のチームを紹介され、今度はそこに入ることになった。その三人組は、前のふたりよりもずっと有能で、より信頼された凄腕のチームだった。つまり僕の実力が周りに認められて昇格したのだ。

 

 実際、前のふたり組はお世辞にも手際がいいとは言えなかった。人の家に忍び込んでポケモンを盗むときにしても、彼らの計画はあまりにも杜撰で、いつ捕まってもおかしくなかった。そこで僕がいくつか助言を加えたところ、その手があったかという顔で感心されて、結局その案件は事実上、僕がリーダーとなった。そしてその手腕を買われて、新しいチームに誘われたというわけだ。

 

 その新しいチームでも、僕はたちまちリーダー格に登りつめた。何か特別なことをしているわけではない。単に真面目に黙々と任務を遂行するというそれだけのことだ。だいたい、こういう後ろ暗い仕事の世界では、真面目な性格のやつ自体がかなり珍しい。遊び半分で金が手に入れば儲けもの、捕まったらそのときはそのとき、くらいに呑気に構えているやつがびっくりするほど多い。

 

 その点、僕は捕まるわけにはいかない。捕まったら金が稼げなくなるし、金がなくなればフジ先生の研究を援助できなくなる。だから万が一にも失敗しないように徹底的に策を巡らし、万全の態勢で臨むことにしていた。単なる真面目なやつでは異分子として煙たがられるだけだろうが、仕事をちゃんとこなす真面目さは人を惹きつけるものなのだろう。ましてやこの世界の場合、仕事の成功は即、金というわかりやすい結果で表れる。周りの信頼を勝ち取るのも時間の問題だった。いつの間にか僕の下には何十人もの子分と言える存在が揉み手をして群がっていた。

 

 ここまで来ると、もはや最初の予感は確信に変わっていた。僕は人間を使役するということに快感を覚えているのだ。

 

 この頃になると、僕はほとんど大学に行かなくなっていた。フジ先生との研究作業も、ゼミの時間は関係なく、主に大学が終わってからの夜間にフジ先生宅の地下研究室で行っていた。結局、三年生になる頃には、このまま大学をやめればその分の学費を研究費に回せるんだからその方がいいかもしれないと考えて、進級する前に中退することにした。もちろん大学をやめても、フジ先生は僕に研究を続けさせることを保証してくれた。僕にはそれさえできれば充分だった。これで本当にもう、後戻りはできなくなった。

 

 研究の方はなかなか上手く行かなかった。やはり人工のポケモンを作り出すというのは並大抵の努力で成し得ることではない。そもそも現代の技術では、人工的な生命を作るというだけでも相当に困難なことなのに、それが全ポケモンに対抗しうる最強のポケモンとなると、途方もない夢想のように思えてくる。

 

 フジ先生は、これは一年や二年で簡単に終わる仕事ではないと考えているようだ。何年かかっても、必ず成し遂げるという覚悟が、何も言わなくても伝わってくる。しかし、現にタイムリミットは刻々と近づいている。ポケモンが僕たち人間の居場所を奪い始めるその前に、ミュウツーは完成させなければならないのだ。

 

 ミュウツー創造の理論は完璧だ。何度も計算機を使って確認したが、設計図通り作れば必ず上手く行くはず。問題はやはり設備の方にある。予算が足りないから充分な設備を整えられない。最新のマシンがなければどうしても作れない部分があるというのに。結局はお金の問題に帰ってくる。

 

 大学をやめたこともあって、僕はしばらくフジ先生の下を離れ、裏稼業の方に専念することにした。その間、手にした金は可能な限りフジ先生に仕送りしていた。

 

 そんな生活が二年も続くと、だんだんこの居場所に居心地の良さを感じるようになってくる。正直、大学にいたときよりもずっとやりがいを感じていた。金を稼ぐことで周りの人間の見る目が変わるし、そうやって群がってくるやつらを見下ろすことはたまらない快楽だった。そういうやつらの大半は僕に敬意を払っているのではなく、僕の持っている金、ひいては金を稼ぐ手腕そのものに関心があるのだろう。中には僕のカリスマ性とでも言うべき人格に興味を抱いて近づいてくる者もあったが、そいつらだって、結局その興味の先にあるものは金という現実なのだ。だから、この界隈のやつらに情が湧くということは一切なかった。常に一線を置いて冷静に周りを客観視することができた。

 

 また、秘密を抱えていたというのも、僕がこの稼業に身を置きながらも、彼らの色に染まらずにいられた理由のひとつかもしれない。その秘密というのは言うまでもなくフジ先生との研究のことだ。こんな掃き溜めにいるようなやつらに、僕とフジ先生の崇高な計画の尊さが理解できるはずもない。学歴についても、この世界ではむしろ邪魔になるだけなので、タマムシ大学出身(中退だけど)だということも隠しておいた。こういう秘密があるだけで、僕はこんなやつらとは違うんだ、という一種の優越感みたいなものを持ち続けていられる。これが僕の冷静さを、そして精神の堅牢さをより一層確かなものにしてくれた。

 

 そうこうしているうちに、僕の名前は界隈の中で知らない者はいないくらいに有名になっていた。まあ界隈とはいっても、別に組織として体系化されているわけでもない、まとまりのない雑多でちっぽけなコミュニティでしかないのだから、大して誇れるようなことでもない。

 

 しかしながら、才能というものはちっぽけな隅っこの世界にいたとしても、いずれは優れた者によって発掘されるものなのだろう。自惚れもいいところだが、そうでも言わないとこれからの人生を説明できない。いつの間にか、僕の人生はまったく違う次のステージへと足を進めることになる。

 

「よう、サカキ。今日はお客さんが来てるぜ」

 

 ある日、いつものように仕事を終え、ノルマのブツをクチバのショップの店長に渡したときのことだった。その小さな店の隅に、灰色のスーツを着たふたり組の男が座っていた。店長が彼らを横目に見ながら僕に囁く。

 

「ついにあんたも出世だな。こういうのって、スカウト……、いや、ヘッドハンティングっていうのか。すげーなおい。いやいや、俺はわかってたよ。あんたはいずれこうなる器の男だって」

 

 スーツのふたり組のうち、ひとりが立ち上がって僕に近づいてきて言った。

 

「サカキさんですね。初めまして。失礼ですが、ロケット団という組織を、ご存知ですか?」


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