ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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「どうしてここに……」

 

 僕は思わずキクコに聞いていた。それはキクコの台詞だ。まず最初に説明すべきは僕の方なのに。

 

「今日、どうもあんたの様子がおかしかったから」キクコは問い返すことなく淡々と答えてくれる。「何かあるんじゃないかと思って。女の勘ってやつさ。それでゴーストにあんたを見張っておくよう頼んだんだよ。ゴーストは透明になれるから気付かれないしね……。そして夜になって寝ていたところをゴーストに起されて、あんたがベッドからいなくなったことに気付いた。いったい何事だろうと思ったけど、とりあえずゴーストにあんたを尾行させて、あたしも後からついていった。そして追いついてみたらこの有り様さ」

 

 そう言ってキクコの目は僕が腕で抱えているものの方に向く。

 

「教えて、サカキ。そいつは、さっきあたしたちが葬ったポケモンだろう? それをどうして今あんたが……」

 

 その目からは、かつて勉強を教えてもらっていたときのような厳しさは感じられなかった。あるのはただ不安と困惑のみ。現状が理解できずに混乱している。そんな目だった。

 

 反対に僕は妙に落ち着いていた。バレてしまったのだから焦るべきところなのに、先ほどの高揚感や心臓の高鳴りはどこへ行ったのか、今までにないくらい冷静にキクコを正面から見据えている。

 

「多分、キクコの考えている通りだと思うよ」

 

 僕はできるだけ感情を表に出さないように努めて、言葉を吐き出した。どうせ正直に話したところで理解してもらえるはずもない。例え今、目の前にいるのが僕自身であったとしても、自分自身すらこの状況で説得できるとは思えないからだ。

 

「考えている通りって……、わからない。いったいどういうことなの」

 

 キクコは本気で僕の行動の意味を理解していないようだ。ポケモンの死体の使い道なんてたかが知れているだろうに。頭が回っていないのか。ここまで馬鹿だとは思わなかった。

 

「わからないならいい。邪魔だ。そこをどいてくれ」

 

 僕は立ち上がってキクコの傍を通り過ぎていく。キクコが振り返って僕の肩を掴む。

 

「待って。ちゃんと話して。あんた、自分が何をしているかわかっているの?」

 

 わかっていなければこんなことはしない。何を言っているんだこいつは。お前こそ理解して言っているのか?

 

「話す時間も惜しい。早く行かなくちゃいけないんだ」

 

 僕は振り切って走り出そうとする。

 

「もしかして、ユキナリに頼まれたの? やっぱりそのポケモンが必要だって……」

 

 ユキナリ? 誰だそれは? 一瞬思い出すのに時間がかかった。ああ、ユキナリか。そういえばそんなやつもいた。それにしても、この期に及んでユキナリとは……。

 

「ユキナリは関係ない。とにかく邪魔をしないでくれ」

 

 そう言うと、キクコの口から嗚咽のような音が漏れたのが聞こえた。どんな表情をしているのか、雨のせいでよく見えない。

 

「そう。そうなんだ。ごめん、あたし、あんたが何を考えてるのか全然わかんない」

 

 僕だってお前の考えていることはわからない。当たり前のことを言わないでほしい……。

 

「でも、わかった。事情が何であれ、言えないのなら、力づくで止めるしかないね」

 

 そう言って、キクコのゴーストが僕の前方に立ち塞がった。

 

「何のつもり?」

 

「バトルは得意じゃないけど、あんたが話してくれるまで、あたしは、あたしは……」

 

 声もろくに出ないようだ。しかし指示がなくてもゴーストは技を使って僕の動きを止めてくる。これは相手の自由を封じて攻撃する技、”サイコキネシス”だろうか。僕とペルシアンは前に進めなくなる。

 

 だが所詮はキクコのポケモン。ろくにバトルもさせていないのだからレヴェルも大したことはない。

 

「ペルシアン、”10まんボルト”だ」

 

 僕がペルシアンに技を指示すると、ペルシアンの体毛が逆立ち、毛先から強烈な電流が放出される。暗闇の中でそれは一瞬眩しく光り、そしてゴーストへと直撃した。

 

「ゴースト!」

 

 倒れたゴーストへとキクコが駆け寄る。僕はもう声をかける気にすらなれなかった。憐れすぎて見ていられない。ペルシアンをボールに戻し、振り返ることなく歩き始めた。

 

「サカキ……」

 

 後ろからキクコの悲痛な声が聞こえる。

 

「やっぱりあんたも、あたしから離れていくんだね……」

 

 僕はできるだけ歩幅を変えないように意識して黙々と歩き続けた。何を言われようが関係ない。僕は僕のすべきことをするだけだ。森の道を抜けて、クチバシティが見えてくる。夜明けは近いが、雨はまだ降り止まない。

 

 結局、絶滅ポケモンの死体は、予定通りディーラーのショップに売ることができた。フジ先生の研究費半年分くらいの金額になった。これで研究は大きく前進することと思う。もちろんすぐに全額フジ先生に渡した。ポケモンの密売で得た金だと話したら、最初先生はとても驚いた様子だったが、すぐになるほどそういう方法もあるのかと感心してくれた。やはりフジ先生こそが僕の一番の理解者だったんだ。

 

 そういえば、キクコにバレたことをどうもみ消そうかと考えていたのだが、その後、キクコからは何の音沙汰もなかった。どうも警察に通報したということもないようだ。ユキナリには伝えたのだろうか。僕には知る由もないが、いずれにせよそれ以降、キクコとユキナリから連絡が来ることは一度もなかった。

 

 また、だいぶ後になってから風の噂に聞いたことだが、やはりユキナリは後日あの森に調査隊を派遣したらしい。しかし結局あのポケモンの仲間は一匹も発見されなかったそうだ。


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