ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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今回と次の分はちょっと読みにくい内容です。作品のリアリティのためにどうしても書かざるをえない部分だったんですが、読み飛ばしてもらっても構いません。


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4.

 

              「携帯獣の真実-平行世界からの侵略者-」

 

                   タマムシ大学大学院携帯獣学研究科遺伝子学専攻助教授

                                   フジ・ウィステリア

一.

 携帯獣(ポケットモンスター、以下ポケモンと表記)と呼ばれる生物がこの世界で発見されて、数十年ほどが経過する。今やポケモンは我々の生活と密接に関わっており、あらゆる産業や社会システムが既にポケモンなしには成り立たないほどとなった。これからも、この流れはますます加速していくものと思われる。さて、この局面であえて私は問いたい。ポケモンがこれほどまでに我々の社会に浸透したのは、自然の摂理か、それとも我々人間の意思によるものか、はたまた、ポケモンそれ自体の意思なのか。

 

 従来の研究では、ポケモンは太古の昔に何らかの形で既存の生態系から分岐した新種の生物で、それが百数十年ほど前に人類の前に姿を現し、そしてここ数十年で爆発的に派生、繁殖したものだと言われてきた。しかしポケモンの持つ性質は、既存のどの生態系とも特徴を大きく異にしている。遺伝子分析を通じても*1、ポケモンの持つ遺伝子の配列は、ポケモン同士なら異なる種族であってもある程度共通した類似点が見られるのだが、それらは既存のどの生物ともまったく異なるものである。進化論に則って考えるとき、この世の生物はすべてその起源を遡って、原初生命体に行き着くことができる。しかしポケモンはそのような進化の起源を持たない。現在ポケモンに確認されている”進化”という現象は、進化論的な意味でのタームではなく便宜的なもので、むしろ単一個体がその成長の過程で身体の特徴を変化させるという意味では、これまで”変態”と呼ばれていた現象に酷似している。

 

 いずれにせよ、ポケモンはこの世界に存在していた生物の連続的存在ではないと考えるのが自然だと思われる。どうしてこのような発想が従来の研究で表立って取り上げられてこなかったのか、不思議でならない。しかし本論はこの疑問点すらもメタ的な視点から包括し、ひとつの回答を与えるものである。

 

*1:この遺伝子分析の詳細については、フジ(19XX)を参照されたい。

 

 

二.

 ここでまず、本論の結論となる仮説を先に紹介しておきたい。それは「ポケモンは平行世界(パラレルワールド)からやってきた存在であり、最終的には我々人類にとって代わるものとなりうる」、というものである。

 

 周知の通り、ポケモンには自己収縮と呼ばれる機能が備わっている。ニシノモリ一世(1926)によって発見されたこの機能こそが、ポケモンがあらゆる生態系と酷似した性質を持つ雑多な種族を擁しながらも、決してどの生態系にも属さず、ポケモンという単一の生態系にて統一しうる、唯一の特徴と言える。しかしながら、この自己収縮機能には、ニシノモリ一世が研究課題として残しつつも、現在に至るまでついぞ解明されてこなかった疑問が存在する。

 

 既にJuniperⅡ(19XX)などによって提起されているそれは、「質量保存の法則」との矛盾についてである*2。ポケモンが収縮機能を行使することでその質量が減少することは既に各種実験によって証明された事実だ。そしてその質量は、エネルギー変換されて空気中に発散されたという類のものではなく、何らかの形で消失したとしか言いようのないものである。また、ポケモンが進化する際は、これとは逆に質量が増加する*3。これらの現象は明らかに「質量保存の法則」に矛盾している。

 

 そこで上述の仮説に戻る。この矛盾は、我々の世界の隣に位置するもうひとつの世界・”パラレルワールド”の存在を仮定することで、合理的な説明がつく。ポケモンの質量の変化は、パラレルワールドと連動するものであり、一見変化しているように見える質量も、我々の世界とパラレルワールドの合計質量という尺度で見れば、実は常に一定に保たれている、という仮説である。つまり、我々の世界にてポケモンが縮んで質量が減少するとき、代わりにパラレルワールドで何らかの形で同等の質量が増加しており、また、ポケモンが進化して質量が増加することで、代わりにパラレルワールドで質量が喪失されている、ということになる。二世界全体で見れば、総体的な質量は変化していない。

 このパラレルワールドの存在を是とすれば、前節の、進化論に基づく遺伝子連続性の不自然さも説明が可能となる。つまり、ポケモンは元々我々の世界の生物から派生・進化した存在ではなく、パラレルワールドの生態系に端を発する生物だったのだ。

 

 長年の謎となっていた、ポケモンの繁殖の仕組みについても、同様に納得の行く説明になるはずだ。ポケモンの大部分はタマゴによって繁殖すると言われてきた。事実、オスメスのつがいのポケモンのもとでタマゴが発見されたという例は数多く報告されており、また、そのタマゴが孵化することでポケモンが誕生する様子も多数目撃されている。しかしながら、一向に判明しないのが、ポケモンのタマゴそれ自体が作り出される現象、つまり産卵の仕組みである。生物学の基本からして、生物のメスがタマゴを産むのが当然であろうが、実際にメスが産卵する場面を目撃したものはいない。ポケモンの繁殖機能研究の第一人者であるウツギ一族(ウツギ(19XX)など)を以てしても、これについての報告はついぞ聞かない。オスメスのつがいを四六時中観察し、毎日メスの胎内のレントゲンを撮影した事例もあるが、それでも繁殖行動は一切目撃されず、メスの胎内にも何の予兆も見られないというのに、(非常に奇妙な表現であるが)”ある日気が付くといつの間にかタマゴがそこにある”のだ。

 

 このことから、ポケモンのタマゴは”産卵されるもの”ではなく、”どこからか運ばれてくるもの”と考える説もある。そしてこれこそ、私のパラレルワールド説をより後押ししてくれる好例と言えるのではないか。そう、ポケモンは何らかの方法によってパラレルワールドでタマゴを生成し、それを我々の世界へと送り込んでくるのだ。

 

*2:「質量保存の法則」については広く認知されており、既に自明の法則なのでここでは説明しない。

*3:一部、進化の際に質量が減少する種族も確認されているが、いずれにせよ、進化の際に質量に変化が生じていることに変わりはない。

 

 

三.

 前節でパラレルワールドからのポケモンの転移について書いたが、「質量保存の法則」に則って考えるならば、移動は等価交換でなければならない。つまり、ポケモンの移入に伴って、我々の世界からも何物かが移出していると考えるべきだろう。ではいったい何が移出しているのか。ポケモンという”生物”がやってきている以上、こちらからも”生物”が転移していると考えるのが自然だ。そう、今我々の世界からは、従来存在していたはずの生物(便宜的に”既存生物”と呼称する)が次々と姿を消しているのである。

 

 そんな事態になれば誰かが気付くだろう、という指摘が来ることと思う。もっともだろう。しかし、事態は確実に進行している。それなのに誰も気付いていない。これが事実なのだ。いったいなぜか。答えは簡単である。それはポケモンと既存生物の転移が、その個体の質量だけでなく、個体の”情報”をも同時に移動させているからだ。その生物がその世界に存在したという事実――それは人々の記憶、地上の痕跡、各種の文献など様々な媒体に亘って担保されるものであるが――そのものが、二世界間の転移によって、その世界から削り取られ、もうひとつの世界へと移行しているのだ。

 

 これは妄想や絵空事などではない。事実、今日の我々の、既存生物に対する認識はどうだろうか。ポケモンが発見されて以降、我々の学術的関心はポケモンへと大幅に軌道修正され、多大なリソースが注がれることとなった。既存生物への研究はその歩みを停滞し、人々の関心も薄れていった。しかし私に言わせれば、これこそがポケモンたちの企てた悪魔的戦略だったのだ。新しい存在への好奇心は、過去への認識と記憶を鈍らせる。ポケモンたちは自らの存在をスケープゴートとし、既存生物たちが消失していくことに違和感を抱かせないように働いたのだ。

 

 その証拠にどうだろう。我々は今現在、既存生物をどのくらい把握しているだろうか。そしてそれらを日常生活でどのくらい観察しているだろうか。例えばイヌやネコくらいなら誰でも知っているだろう。しかし、日常でイヌやネコを見る機会がどれくらいあるか。はっきりとした統計データは見つからないのだが、一昔前と比べて個体数が減少していることは事実だろう。ポケモンに捕食されたのだろうか。否、イヌやネコを捕食するポケモンは私の知る限り報告されていない。そう、それらは、ポケモンの移入と引き換えにパラレルワールドへと連れ去られているのだ。そしていつの間にかその現象は我々の脳内にまで影響し、我々の記憶から、この世界にイヌやネコがいたという事実すらも抜き去ろうとしているのだ。

 

 現に、既に存在がほとんど完全に抹消されてしまった生物もいる。例えば、マグロがそうだ。諸君はマグロという生物をご存知だろうか。魚の一種である。そんな生物は見たことも聞いたこともない、という方がほとんどだろう。しかし、マグロは決して幻の生物などではない。つい最近までこの世界に実在していた魚だ。事実、クチバ海洋研究所(1940)の『カントー地方海洋図鑑』では明確にその存在が記述されている。それによると、当時は非常に収穫量の多かった魚で、一般的な知名度も相当あったという。仮に現在では絶滅したのだとしても、それならば大きなニュースになったであろうし、人々の記憶にも残るはずである。それなのに、そんなニュースは残っておらず、今ではほとんど誰もその存在すら記憶していない*4。これはどういうことなのか。何らかの作為によって、恣意的に我々の記憶が改竄されたとしか考えられないではないか。

 

 この『カントー地方海洋図鑑』も、一般の人々の目にはまず触れないような専門書であるし、私がこの書物によってマグロの存在を知ったのも単なる偶然。恐らくこの書物の存在も、マグロそのものと同様に近い将来、マグロの”情報”のひとつとしてパラレルワールドへと消え去ってゆくのだろう。イヌやネコ、ハチやネズミ、インドゾウなど、まだ我々にとって比較的印象の強い生物がいることも事実であるが、しかしそれらも決して遠くない将来に、我々の記憶、我々の世界から抹消されていくことと思われる。

 

 そして我々の世界で今、ポケモン以外の生物への存在が薄れていくのと同時に、向こうの世界では逆にポケモンの存在が希薄化しているはずだ。反対に、あちらではポケモン以外の(マグロなどかつて我々の世界にいた)生物が現実のものとして認知され始めている。もしかしたらあちらでは既にその世界にポケモンが実在したという痕跡は完全に失われ、ただの空想の産物になり果てているかもしれない。

 

*4:はなはだ余談ではあるが、実は私自身もこれを読んで、初めてマグロという魚の存在を知った。いや、正確には昔どこかで見たはずのものを思い出したような感覚、と言った方が正しいだろう。奇妙なデジャヴのようなものだった。

 

 

四.

 これで、今我々の世界で起こっている現象については一通り説明できたものと思われる。本節ではこれの補足説明として、この現象のメカニズム、そしてポケモンがなぜこのような現象を引き起こしているのかという理由について考察してみたい。

 

 まずこの現象のメカニズムについて。この現象の特異性は、パラレルワールドという非常に特殊な空間を行き来できる能力と、記憶や物体の痕跡を抹消できる能力の二点に分けられる。しかしこれら二点はどちらもポケモンの持つあるひとつの性質によって司られていると考えられる。それはポケモンが放つ、特殊な念波である。ポケモンは個体によって多少差はあるものの、いずれも体から微量な電磁波を発している。それはこの世界の自然界のどこにも見られない独特な波長の電磁波であり、物質の分子配列を恣意的に乱す作用が観察されている*5*6。この念波が空間を捻じ曲げ、人々の記憶に作用するのだろう。最初は僅かな念波だったかもしれないが、この世界でポケモンの数が増えるにつれて、その念波は加速度的に強まっていった。そして、ついには前述のマグロのように、種族ひとつの存在を(個体の実存、世界の痕跡、そして人々の記憶という三つの側面から)ほぼ完全に抹消してしまうまでになったのだ。

 

 そして、次にポケモンがこの現象を引き起こす理由についての見解を述べたい。ポケモンはいかなる理由によって平行世界を移動するのだろうか。これに関しては完全に憶測の域を出ないが、一般的に生物の身体的機能の大部分が、種の保存を至上目的とするという前提に立つならば(そしてこの前提は現状、自明のものである)、念波という身体的機能を用いたこの現象の理由もそこにある、と考えるのが自然だろう。つまり、ポケモンは何らかの危機から種の存在を維持するべく、世界を渡り歩いているものと思われる。

 

 恐らく、ポケモンが我々の世界の前に生活していたパラレルワールドは、今、衰退・滅亡の危機にあるのだろう。環境破壊や自然災害、戦争など理由はいくらでも考えられるが、いずれにせよ、あちらの世界はもはやポケモンが住める環境ではないに違いない。そのため、比較的安全な世界(つまり我々のこの世界だ)を探し出し、そこへ移住することを種全体が決断したのだ。我々が初めてポケモンを発見した、百数十年ほど昔に。

 

 これが真実であるとするならば、ポケモンは今までにいったいいくつの世界を渡り歩いてきたのだろう。これが初めてではないはずだ。ひとつ前のパラレルワールド以外にも、気の遠くなるような年月をかけて、様々なパラレルワールドを移動していると考えてもおかしくはない。

そして、ポケモンが新しい世界に移動するたびに、元々その世界にいた生物たちは、ポケモンたちが住むことを諦めた、酷く荒廃した絶望の世界へと追いやられる。彼らはそんな世界でただ死を待つしかない。ポケモンは今までにいったいどれほどの生物たちを屍に変えてきたのだろう。

 

*5:これに関してもフジ(19XX)を参照のこと。

*6:オーキド、ニシノモリ四世(19XX)のタイプ理論に照らし合わせるに、「エスパータイプ」のポケモンがこの念波の性質を最も強く有している。

 

 

五.

 ここまでで、現象と、それに対するメカニズムや理由の説明を行った。そして最後に行うのは、警鐘である。ここで第二節の冒頭に書いた文章を再掲したい。

 

「ポケモンは平行世界(パラレルワールド)からやってきた存在であり、最終的には我々人類にとって代わるものとなりうる」

 

 本論で私が最も声高に主張したいのは、まさにこの後半部分、「ポケモンが我々人類にとって代わるものとなる」である。ポケモンが世界を移動し、既存の生物と入れ替わっていることは既に述べたが、同じ生物である我々人間が、例外であるはずがない。仮にも万物の霊長である人間であるから、他のちっぽけな生物に比べれば、そう簡単に入れ替わることはできないのだろう。しかしそれも時間の問題である。いずれは我々もあちらの世界に送られる日が来る。

 

 ポケモンは現状、我々人間に対し、概ね友好的な態度を以て働きかけており、我々もそれを好意的に受け止め、共存の態勢が整いつつある。だがポケモンは友好的なふりをしながらも、着々と入れ替わる機を窺っているのだ。今まさに、我々をいかにして、自分たちがいたパラレルワールド、否、死の世界へと追いやるかという算段を水面下で企てている。

 

 このままでは、我々はポケモンに食い殺されてしまう。ポケモンは一刻も早くこの世から排除しなければならない、我々の敵なのだ。

 

 最後に。本論はあくまで仮説という形で、私の現状に対する認識、そしてこれからの研究計画の展望を書き留めたに過ぎない。本論は具体的な検証を行っておらず、各種数値的なデータも特に示していない。そのため、この仮説が真であるか否かは、今後、実際にしかるべき実験・観察によるデータを以て証明していかねばならないこと、また、さもなくば本論が単なる砂上の楼閣でしかないことは重々承知している。やはりまずは検証作業が必要だろう。もちろん有志によって更なる考察・研究が押し進められることも期待している。反論も大歓迎だ。

 

 しかし実は、私は本論の仮説に関して、データを用いるまでもなく、ひとつの真実に達したのだという直観を抱いている。一刻も早く検証作業を終わらせ、この現象への打開策を考えていきたい。

 

 

-参考文献-

・ウツギ・ワカバ三世(19XX)「携帯獣のタマゴの発見例と繁殖の現象について」『ポケモン学会第31号』ポケモンタイムズ

・オーキド・ユキナリ、ニシノモリ四世(19XX)『携帯獣研究序説』常盤書房

・クチバ海洋研究所(1940)『カントー地方海洋図鑑』カントー海洋学談話会

・ニシノモリ一世(1926)『携帯獣の細胞構造』石英書院

・ニシノモリ一世(1928)「携帯獣の自己収縮機能による格納の可能性」『タマムシ大学携帯獣学年報’28年度』タマムシ大学

・ニシノモリ四世(19XX)「携帯獣の進化理論の確立に伴う進化論の再定義」『ポケモン学会第37号』ポケモンタイムズ

・フジ・ウィステリア(19XX)「携帯獣の遺伝子配列とその特異性」『ポケモンジャーナル第24号』ハナダ出版

 

・Bill Evans Darwin(1862) ”Evolution Theory - on the Origin of Species -” Castelia University

・Charles de Lavoisier(1771) ”Conservation de la masse” Éditions Lagimard

・JuniperⅡ(19XX) “Inconsistency between self-contractile function of Pokemon and the law of conservation of mass" Nuvema University

・Michael Rossman Maxwell(1859) “Basement of Electromagnetism” Institute of Electrical Engineers of Nimbasa

・Targirin V(17XX) “Découverte de Pokemon” Éditions Chauve


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