【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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箍が外れる

「何あんた勝手に死んでんのよサキエル!」

「んな無茶なアスカちゃん……あの槍はそういう物だから回避のしようが無いんだよ本当に」

「でも僕も相談ぐらい欲しかったな」

「槍を使ったゼーレって組織はロクでもない奴らでね。作戦を伝えるわけには行かなかったんだ。ごめんよシンジ君」

「敵を騙すにはまず味方からだもんにゃあ……」

「さすがマリちゃん話が判る。————というわけで助けてくれないかな?」

「それは無理にゃ」

 

そんな会話が交わされるのは、チルドレン宅。死んだと思ったら生きていたお騒がせなサキエルにチルドレン達が抗議の声を上げる中、サキエルは現在、お怒りモードのレイにベアハッグを掛けられていた。

 

ギュッと抱きついているといえば可愛らしいが、その抱きつき具合が本気過ぎるので、多分並の人間ならそろそろ青い顔でタップしているか吐いている頃だろう。

 

死んだと思ったら生きていた。そう安心するチルドレン達だが、実際のところ彼等の前に居るルイスとしてのサキエルは、厳密にいうと今までのルイスとは違う。サキエルが事前に自分の肉体から作っておいたコアもなく魂も無い肉人形的な分体であり、言うなればエヴァのようなものなのだ。

 

まぁリツコを基地局にジオフロント内であれば操作は効いているので、ネルフの中で接する分には問題はない。

 

しかし、チルドレンも安心はしつつも、サキエルが手酷くダメージを受けていることは察していた。ATフィールドの偽装を見抜くチルドレンからすれば、あれ程たくさんネルフにひしめいていたサキエルが、今はルイスとルイしかいないのだ。

 

無限のエネルギーを持つはずの彼が、これほどまでに数を減じている原因。そんなものは先の戦いの後遺症以外に思い付かない。

 

だが、サキエルがそれに触れることなくいつも通りの生活を維持しようとしている以上、チルドレンもまた、いつも通りの振る舞いで返すことしかできないのだ。

 

「色々心配をかけてしまって申し訳ないね」

「本当よ本当。罰として今日はご馳走ね」

「ご馳走というと……アスカちゃんは何が食べたい?」

「アタシはハンバーグ」

「じゃあ私は白身フライかにゃー」

「肉以外」

「僕はオムレツ……カヲル君は?」

「んー。唐揚げかなぁ」

「なるほどわかった。今日はカレーにしよう」

「なんでよ!?」

「今の候補全部トッピングとしてアリだしね。栄養バランスを考えて野菜カレーにトッピングする形で」

 

そう言ってサキエルはレイをくっつけたまま起き上がると、料理の準備にとりかかる。

 

しばらくすると漂ってくるカレーの香りは、いつもと変わらぬ日常の香りであった。

 

 

* * * * * *

 

 

一方。リツコの胎内で再生中のサキエル本体は、自己の再構成を行なっていた。

 

今までは、獲得した因子を継ぎ足し続けていたに過ぎないサキエル。今回折角再誕の機会を得た事で、彼は今まで得た使徒の因子を産まれながらの能力へと進化させようと試みているのだ。

 

そして、ヒトの卵子を核として育ち、リツコが取り込んだサキエルの残滓によって今までの使徒の因子を組み込まれたサキエルの『魂の器』は、順調過ぎる程順調に生育している。

 

無論それは大きさ的な意味ではない。急成長などした日には、いくらリツコが使徒の因子を受けてヒトの枠を超えていたとしても腹が裂ける。サキエルは未だにハムスターほどの大きさであり、生まれ落ちるまでは幾分日がかかる状態だ。

 

だが先程述べたように、その肉体は今までの使徒の因子を組み込んだ『完全体』と言って良いものだ。

 

その在り方は『群にして個、個にして群』。多細胞生物が細胞という小さな生き物の集まりであるように、サキエルは使徒としての自身の能力を『細胞』の形で再構成したのである。

 

細胞が彼の新たな肉体の本質であり、細胞核の代わりにコアを持ち、細胞膜の代わりにATフィールドを張り、そしてミトコンドリアの代わりにS2機関を宿す。

 

そしてそれらが寄り集まって、ヒトと同じ姿のサキエルの身体を作り上げているのだ。

 

そして、今チラリと触れた様に、彼は細胞全てにS2機関を宿している。

 

槍で貫かれ、自己を還元されるその最中、サキエルは遂にS2機関の本質を理解し、天と地と万物を紡ぐ相補性の巨大なうねりを手中に収めたのである。

 

S2。(Super)螺旋(Solenoid)の名の通り、その本質は螺旋。絶対防御であるATフィールドを以ってディラックの海から『負の粒子』を汲み上げ、同じくATフィールドで汲み上げた『正の粒子』を混合することで対消滅を誘発しエネルギーを取り出すそれは『陽電子機関』や『熱核エネルギー変換生体器官』とも言えるだろう。

 

そして、その仕組みを理解してしまえば、S2機関を複製することは容易だった。

 

ただ、容易なのは複製であって製造ではない。ATフィールドでディラックの海から負粒子を汲み上げるという行為には、強力なATフィールドが必要であり、その為にはS2機関が必要……という様に『卵と鶏』の関係が生まれてしまうのである。

 

そして、ATフィールドを制御しエネルギーを汲み出す仕組みを構築するには、高度な知性が必要となる。

 

つまるところ、『基点となるS2機関でありアダムから与えられる生命の実』と『リリスが与えリリンが持つ知恵の実』がなければ複製は不可能、というわけだ。

 

 

————2つの実を手にすれば神へと至る。

 

 

その真意を理解したサキエルは、細胞すべてが使徒であり、細胞すべてに生命と知恵の実を宿し、細胞全てが脳であり筋肉であり骨格でもある、限りなく完全生命に近い領域へと至った。

 

ならば、後は産まれるだけ。だが、現段階で産まれるというのは流石に出産を楽しみに待っているリツコに対して不義理だろう。

 

故にサキエルは、自身の肉体の性能アップデートを重ねながら、今暫く羊水の中を揺蕩う事を選んだ。

 

そしてそれは、リツコの肉体を徐々に変異させる事にも繋がる。複製たるエヴァとのシンクロですら、深い次元で繰り返せばシンジやアスカの様に『ヒトの域を越えてしまう』のだ。

 

24時間完全生物とシンクロ状態にあるリツコが受ける影響が並外れて大きいことは自明であろう。

 

斯くして、人知れず密かにリツコとサキエルの2人は互いに存在の枠を外れていく。

 

 

碇ユイの『人類補間計画』は、ゼーレの『人類補完計画』と同様に、佳境を迎えつつあった。


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