【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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一殺多生

ゼルエルが行ったそれは、サキエルの片腕を吹き飛ばしたATフィールド反撥砲を、『全方向』に向けて行う狂気の一撃。

 

幸いゼルエルも『地球が無くなる』と本末転倒であることは理解しているため、波紋のように自身を中心とした『円柱状のATフィールド』を発射する手法を取った。これにより、爆心地でも地殻の一部が捲れ上がる()()で済んでいる。

 

しかし、太平洋プレートに思いっきり刻まれたヒビ割れはマントルや周辺地域のマグマを活性化させ、富士山を筆頭に日本各所の火山で火山ガスや噴煙が漏れ始めた。

 

それに連鎖するように、ハワイ諸島などの火山帯でも、火山活動が活性化する。

 

だがそれ以上に酷いのは、海底火山だ。太平洋の各所でマントルに流れ込んだ海水が煮えたぎり、熱水噴出孔となって海を大規模に攪拌する。

 

それが生態系に莫大な影響をもたらすことは言うまでもない。海水温の急上昇、海流の変化、天候の変化など被害を挙げればキリがない。

 

不幸中の幸いなのは、地上にある火山の噴火がマグマ溜まりに圧が溜まっての噴火ではなく、一時的な刺激による噴火だったこと。限界まで堪えての噴火ではなく、ちょっとしたお漏らし程度で済んでいるのだ。

 

だがそれはそれとして、ゼルエルが行った攻撃そのものは、世界各地に凄まじい被害を齎した。

 

が、爆心地に程近いはずの日本では、他国に比べればその被害はむしろ小さかった。

 

第一の原因は、エヴァ5機とサキエルの咄嗟の防御行動。彼らは纏めて大きく吹き飛ばされ、エヴァの腕や脚が折れたりと酷い損傷を負っているものの、日本方面に向かう攻撃をATフィールドで押さえ込んだのだ。

 

ATフィールドの爆発的膨張による、津波というのも生温い水の壁と衝撃波。その全てを食い止めることは到底不可能であるのは言うまでもないが、エヴァが日本を背に戦っていた事で、日本に向かう衝撃波と津波はエヴァのATフィールドにより大幅に減衰されたのである。

 

第二にサキエルが咄嗟に海を凍らせたことで、以前のガギエル戦と同じ要領でゴリ押しで津波を食い止めたのも大きいだろう。運動エネルギーを無理矢理ゼロにする絶対凍結能力が、日本に向かう津波をその形のまま凍らせたのである。

 

とはいえ、当然ながら完全に被害がなかったわけもなく、日本各地の海岸には、凍った海がめり込み、地震自体による建造物被害も少なくない。

 

それでも日本に大きな被害がなかった最大の理由は、ひとえに『使徒襲来以来災害に襲われ過ぎていて今太平洋側の海岸沿いに住んでいる奴なんて居ない』という悲しい理由だ。長らく続いた国民総避難生活が、命を繋いだのである。

 

2015年に入ってからというもの、山が消しとんだり海が凍ったりが日常茶飯事になってしまっている日本の防災意識は、国民のストレスと引き換えに跳ね上がっていた、というわけだ。

 

当然ながらサキエルは根回しの一環として以前からそれに一枚噛んでおり、高度な耐震機能を備えたシェルターや、自給用の各種設備などを作りまくっていたのである。

 

これらの要因によって、日本国は物的被害はともかく、人的被害については大幅に抑えることに成功していた。

 

しかし、その一方でひどい目にあったのはその他の太平洋周辺国。ゼルエルが巻き起こした津波が迫る中『衛星情報がない』彼らは不意打ちで被害を被る事となり、多くの犠牲が発生した。

 

それはさながら、セカンドインパクトの再来。大津波が海岸沿いを薙ぎ払い、天には暗雲が立ち込め、地震が起こる。まさに黙示録というべき有様だ。

 

これらの惨状を生み出した爆心地では、地殻の裂け目からの熱で煮えたぎる海と、サキエルの凍らせた海が異様なコントラストを生み出している。

 

そんな中、吹き飛ばされたエヴァを横目に、ゼルエルが進撃を再開した。

 

だがその進路に、サキエルもまた、再び立ち塞がる。

 

相対する巨人。

 

一瞬の睨み合いの後、先程同様に吹き飛ばそうとするゼルエルだが、そこで突如目の前のサキエルが『溶けた』事で、彼に一瞬の『判断ラグ』が発生する。

 

そして、その隙を逃すサキエルではない。バルディエル、イロウル、イスラフェルの能力の合わせ技で行った『ゲル化』によってゼルエルに絡み付いたサキエルは、ATフィールドを中和しながら、全力での侵食を開始したのだ。

 

そしてそこに、肉体の自己修復を終えたエヴァ各機の攻撃が飛び込んでくる。

 

「チェェイッ!」

 

裂帛の気合いとともに振り抜いた居合斬りでシンジがゼルエルの腕を切り飛ばし。

 

「死ねぇええ!」

 

と、ちょっと女の子として危うい暴力的発言と共にアスカが刀野薙を勢いよく突き立て。

 

「えい」

 

なんて気の抜けた声で、レイがぶった斬られたバットをゼルエルの目に捩り込んでスマッシュホークで打ち込んで完全にメリ込ませ。

 

「よくもやったにゃぁ!」

 

などというセリフの割には楽しげに、3号機を『裏コード』でリミッター全解除状態にしたマリが猫のような動きで首筋に食らいつく。

 

だがそんな中で、カヲルは若干気もそぞろという調子で無言でソニックグレイブを突き立てるに留まった。

 

————ゼルエルに対抗するためフル稼働するサキエルのS2機関。お誂え向きに勢揃いしているエヴァ5機。

 

零号機、初号機、弐号機は半覚醒形態にあり、未だ嘗て類を見ないほどの高エネルギーがこの地に集結しているのである。

 

誰が見ても狙うべきは今であり、そして事実、カヲルのよく知る老人達はこの機会を逃す程甘くはない。

 

東から飛来する気配。それを察したカヲルが、天を睨むのと、サキエルとゼルエルのコアを纏めて赤い槍が貫いたのはほぼ同時。

 

「……え?」

「……は?」

 

困惑するチルドレンの中で、動けるのは『槍』を知っており、何が起きたのかを察することができる『使徒組』のみ。

 

鈍く輝き、悶えながら赤熱し始めるサキエルとゼルエルを前に、カヲルとレイが咄嗟に残る3人を引き剥がし、ATフィールドを展開する。全てを封じるのではなく、上を開けた形で光る使徒を覆い、『威力を上に逃す』試みを咄嗟に行えたのは、『自分が吹っ飛んだ事がある』カヲルだからこその行動だろう。

 

直後、閃光と共に吹き荒れるエネルギーの奔流が天を衝き、使徒としての能力まで行使したカヲルとレイのATフィールドが軋みを上げる。

 

その段になって混乱しながらも『何かヤバい事が起きたのは判る』チルドレン達もカヲル達に助力し、必死にATフィールドで力の奔流を押し留めた。

 

そして。

 

————全てのエネルギーをどうにか上空に逃がし、盛大な光の柱が天に昇ったその跡には、赤い槍とその先にへばり付いた僅かな肉片だけが残されていた。

 

 

* * * * * *

 

 

「第14使徒の殲滅とアダムの再還元、および堕天使の殲滅。全てはシナリオ通りだな」

「左様。……だが被害が多すぎた。もう少し早く槍を使えなかったのかね?」

「致し方あるまい。衛星通信の途絶により通信は海底ケーブル頼み、だというのに使徒が海を滅茶苦茶にしたのだ。タイミングを測るにしても無理がある」

「然り。此度の損害は致し方なかろう。なに、案ずる事はない。再誕の日は近い」

「ああ。補完計画への道程もあと僅かだ。今更足踏みなどできまいよ。だが槍をネルフに回収されたのは手痛い損失だな」

「問題ない。いやむしろ好都合だろう。リリスによる儀式の遂行には槍が必要だ」

「アダムとリリスの融合は?」

「補完計画の直前にタブリスを贄とすれば問題はなかろう」

「では我々は量産機による発動に注力するのみか」

「左様。残る3体の使徒も、ネルフを目指すことは確定している。あれらが選ばれし子供達を生贄の子山羊へと導くだろう」

「我らの悲願の日は近いか」

「ああ。全ては、人類補完計画遂行の為に」

 

 

* * * * * *

 

 

帰還したエヴァ各機と、彼等によって運び込まれた真紅の槍。第3使徒と第14使徒を諸共に消滅させた謎の超兵器への対応に追われるネルフの中、施錠された研究室の中で、2人の人物が顔を合わせていた。

 

「これが?」

「ああ。……もうここまで復元している。さすがは兄さん、と言ったところかな」

「……アダムにそっくりね。あれよりも更に小さいけれど。」

 

赤木リツコと、渚カヲル。そして彼等の前にあるのは、手の平に乗る程度のオタマジャクシのような『胎児』。

 

アダムや数多の使徒との融合、そしてゼルエル諸共に貫かれたことで僅かに生じた還元のラグ。

 

幾つもの要因によってたった僅かに残ったサキエルの肉片は、イロウルとバルディエルの権能もあってか、S2機関を全て失ったにもかかわらず、どうにかこうにか生きていた。

 

しかしその大きさは元の巨体からすればあまりにも小さく、高度な思考を持つには至らぬ『単なる生きた肉』でしかない。

 

これに再び命を吹き込む為に、カヲルは槍の回収の傍ら、この肉片をこっそりと回収していたのだ。

 

そして、それをリツコに渡す理由は、カヲルが魂を読み解くことが可能な以上一つしかない。

 

「赤木博士。兄さんがアダムを取り込んだ方法を見ていただろう?」

「ええ。……でも、飲む方法で良いのかしら。膣座薬形式の方がより確実に思えるのだけれど」

「いや、コレは食べて取り込む方が良いと思う。赤木博士の肉体を一度しっかりと通して受け渡す方が、母子として自然な筈だ」

「……なるほど。そういうことなら」

 

そう呟いて意を決したリツコ。だが、そんなリツコの脳内に朧げなイメージが浮かぶと共に、彼女は下腹部がキュンと疼いたのを自覚した。

 

そして、苦笑。胎の中からの『冗談』は、間違いなくサキエルがリツコの精神を気遣ったものだが、最も大変な状況にあるのはサキエルの方だ。

 

外部端末としてルイス・秋江と佐伯ルイは残してあるものの、S2機関は生まれ持っていた1つだけ。ルイスとルイ以外の分体を形成するのも『原料不足』から厳しく、しかも現在のルイとルイスは『コア抜き』なので赤木リツコの子宮に着床しているサキエル本体がシンクロで操る肉人形でしかなく制御の関係上ジオフロントから出られない。

 

中々に大変なその状況はしかし、サキエル本体が還元された末の『肉片』を吸収できれば多少はマシになる筈だ。

 

今まで取り込んだ使徒とアダムの因子を再吸収しようというわけである。

 

故に、サキエルがリツコに思念を送るなら吸収を急かす内容であってもおかしくない。だが、先程サキエルが発したのはそういう類の内容ではなかった。

 

「……兄さんは何と言っていたのかな?」

「聞こえなかったの?」

「母子は常時胎盤を通じて直接的にシンクロしている。そこに僕が横入りする余地はないよ」

「そう。……『酢味噌か酢醤油でお召し上がりください』ですって」

「兄さん……ずいぶん余裕そうだね? 僕わりと心配してたんだぜ?」

「『ごめん』って言ってるわ。……ふふ、まぁでも、そうね。早く元気に生まれて来て貰わないと」

 

そう言って、水で一気にオタマジャクシ状のサキエルを呑み下すリツコ。

 

『早く生まれて来てね』と下腹部を撫でるその姿は実に幸せそうで、カヲルは『困った夫婦だな』と何とも言えない表情を浮かべつつも、それを口に出すことはしない。

 

ただ、サキエルが世界を面白く出来るのなら生きるという約束を交わした彼にとって、サキエルの健在はなんだかんだ言って嬉しいもの。

 

リツコの研究室から立ち去るカヲルの足取りは、少し軽いものだった。

 


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