戦いは終わった。
エヴァごとケイジに戻され、数十分を経て今度こそ、そう判断したチルドレン達は、シンクロを解除して、再び己とエヴァを切り離す。
LCLと己の魂による、肉体の再構成。擬似的な死と復活を経たシンジ達の肉体は、いよいよ以って『ヒトをやめてしまった』。
プラグから出て更衣室で着替え、誰が言うでもなく、帰宅する彼らの後ろ姿は、草臥れてはいるが、いつものチルドレン達そのものだ。
だが、鳩尾に輝く赤いコアと両眼とも『エヴァと同じ』になったその眼球は、間違いなく『ヒトでない』証拠であった。
だが、シンジ達にとって、今はそんなことは如何でもよく、鉛のような疲労を解消するため、彼らは慣れ親しんだ自分の布団に潜り込むと、ただただ深い眠りに堕ちる。
そうして。
シンジ達が次に眼を覚ましたのは、翌日の夕方だった。
* * * * * *
「ちかれた……」
そう言いながら、ソファーで溶けているのはサキエル。その周りにいるチルドレン達も爆睡してある程度体力が回復したとはいえ、お疲れモードでグデっとソファーに腰掛けている。
ローテーブルの上にはお菓子の山とコーラとドクターペッパー。完全に不健康なスタイルだが、疲れた身体がジャンクなものを求めているのだ。
「私も疲れたにゃー……何気にワンコくんとアスカ姫とレイパイセンのセルフサルベージプログラム走らせたの私なんだぜ……?」
「えらい。アンタは偉いわマリ。えらい」
「疲れて適当だけど姫に褒められたにゃー」
そう言ってボリボリと『小魚アーモンド』を貪るマリは、片手にチューハイの缶を握っている。
彼女の実年齢——1983年生まれの33歳——を知っているメンツだからこそ許される、堂々たる飲酒であった。
見た目が美少女なのに酎ハイ片手に『くたびれたにゃあ!』と全力で主張するグデグデスタイルをしているせいで『独身OL真希波マリ』と言われてもさっぱり違和感がない。
そんな彼女に同調するのは、影の功労者のカヲルだ。
「僕も気疲れしたよ。本当に。君たちが1人でも覚醒出来なければと思うとゾッとするね」
「ありがとう。渚くん」
「どういたしまして綾波さん。————しかし、我が兄弟ながら凄まじかったね、彼らは」
そう呟いて遠い目になるカヲル。
重力を操り、地球を人質にとってサキエルを一方的に叩き伏せた地球破壊爆弾使徒サハクィエル。
無尽蔵の進化と適応によってリツコに『絶対にエヴァでは勝てない』と言わしめた極小群体使徒イロウル。
機転と権能の活用によって一時は完全にネルフの全兵力を捩じ伏せ、支配下においた悪性新生物使徒バルディエル。
これら3体の同時襲来は、カヲルにとっては『予想していた』使徒戦よりも遥かに激しい激戦だった。
流石のタブリスも、お疲れモードで『ドレミチョコ』を貪る程度にはメンタルに来た戦いだった様である。
そんな激しい戦いによって1番疲れているのはシンジだ。だが同時に、この中で1番癒されているのもシンジであった。
疲労が抜けず眠気が残る彼は、アスカの膝枕でうつらうつらと微睡の世界を揺蕩っているのである。
アスカはアスカで自分の太ももに気持ちよさそうに頬を埋め、時折自分の名を呼ぶ可愛い彼氏に独占欲と庇護欲を満たされてご満悦。
このイチャイチャカップルはほっとけば回復するな、とみんなに判断させるほど甘々なその空気には、当然ながら理由がある。
シンジが神に至る程の力を得た根源が、アスカへの愛情であり、カッコよく啖呵を切っていたのだと同乗していたマリから伝え聞いたことでアスカが大変ご機嫌なのだ。
「んふ。シンジったらホント、アタシのこと好きよね」
「姫ご機嫌だにゃー」
「当然でしょ?」
ふふんと誇らしげなアスカ。彼女は服とお洒落なサングラスによって目元の異常と胸元のコアを隠しており、サングラス越しでもなおオレンジに輝く眼球に眼を瞑れば一応普通のヒトに見える。
その上で言うのであれば、アスカとシンジの美貌はむしろ強化されていた。
元々整っていたとは言え、アスカもシンジも人間。骨格の微妙なズレやちょっとしたホクロやニキビ痕なんてものは普通に存在していた。
それらが完全に消えた彼らの肉体は、ちょっとありえないぐらいの完成度で仕上がっているのだ。
『カップルで歩いたら道ゆく少年少女の初恋を奪って、そのあと隣を歩くもう片方を見て一瞬で失恋させるか、性癖を破壊してバイにする感じにゃ』とはマリの言である。
そんな良い意味で顔面凶器な2人が膝枕でイチャコラとしているのは大変絵になるので、この場にいる面々はべつに好きなだけ惚気ろよというスタンスだ。
一方で酷いのがサキエル……とレイである。
緩めのTシャツとハーフパンツという珍しく『部屋着』なスタイルでソファーに寝転ぶサキエル疲労担当個体。だがそのTシャツの生地は不自然に引き伸ばされ、襟ぐりから青白いつむじが覗いて、中から『ぢゅうぢゅう』と吸引音が鳴っている。
まぁ、お察しの通りレイがサキエルに甘えており、サキエルがそんな彼女をお腹の上に乗っけているのだが、どうも間抜けなのだ。
ちなみにレイがこうなっている原因は、母性で釣っておいて零号機にあんまりバブみが無かった、というレイ的に『悲しい事件』によって生じた、行き場のない『母親に甘えてみたい』という欲求の発露なのだが、この場に『14歳になってママのおっぱいを吸ってる奴は流石に居ない』と突っ込むものは不在だ。
カヲルは『おっぱい興味無いね。おちんちんも興味無いね。でもシンジくんのおちんちんめっちゃ興味あるね』といった状態だし、マリは『変に振ると私がパイセン専用パイパイにされるにゃ』と触らぬ神に祟り無しスタイル。
アスカとシンジはむしろレイ寄りで、育ちの関係で母性に飢えているが、流石に『培養液生まれのクローン』なレイと比べれば随分マシだ。
そんなわけで、この場にはレイを制止するものはおらず、彼女は野放しになっている。というか、サキエルに過剰に懐くレイの姿は、もはや日常と化しているのだ。
アスカに甘えるシンジ、サキエルに甘えるレイ。さては碇ユイの血族は甘えん坊なのではという妙な疑惑すら覚えてしまう光景だが、穏やかな光景には違いなく、そこにマリやカヲルも悪ノリ気味に加わって、最終的にはサキエルを中心に、彼の部屋で皆で雑魚寝する事と相なった。
戦いの後、静かに身体を休めるチルドレン達。
それは彼らにとって、小さな肩に背負った世界の命運という大きな荷物を下ろす事のできる、貴重な時間なのだった。
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