地が裂け、溢れ出る地獄の業火は山を灼き、川と湖をも干上がらせる。
対策はしていた。警戒もしていた。それでも、それ以上に敵が凶悪すぎた。
箱根を襲う巨大地震と、一斉に噴煙を上げる山々。断層がズレ上がり、観光地の街並みを引き裂きながら、地底からマグマが噴き上がる。
どう見ても、誰が見ても、その光景は地獄の具現化にしか見えない。
にも関わらず、その被害が箱根山一帯にどうにか封じ込められているのは、駆け回るサキエル達の必死の抵抗によるものだ。
溢れ出るマグマを凍てつかせ、吹き飛んでくる火山弾をATフィールドで跳ね返し、『箱根が消し飛ぶ』ことをどうにかギリギリで回避する彼らの活躍があってこそ、どうにか被害を箱根で押さえ込んでいる。
しかし、火山性地震自体を封じることはどうしようもなく不可能で、関東地方は強烈な地震に見舞われ、箱根から上がる噴煙に、関東の人々はこの世の終わりを幻視している。
日本政府とネルフによる連名での緊急事態宣言により『箱根山に大規模噴火の兆候』という情報を発信し、どうにかこうにか被害予想地域から人間を叩き出す事で人的被害を抑え込んではいるものの、関東圏の住人に激烈なストレスを感じさせてしまうのはもう仕方がないだろう。
そして、そんな地獄の釜の底と化した第3新東京市————だった残骸の中、エヴァンゲリオンとネルフスタッフは炎の中で第8使徒と対峙していた。
* * * * * *
「ジオフロント外殻に亀裂発生!」
「セメントをブチ込め!」
「天井都市に崩落の恐れあり!」
「まとめて落ちれば終わりだ! 爆砕ボルトで発破解体しろ!」
「落下残骸は!?」
「直撃弾は自動化高射砲で撃ち落とせ! ジオフロント内の空き地に落下する分は放置で構わん!」
そう的確な指示を飛ばすのは、冬月副司令。本部の防衛に関する指揮を副司令に任せるという暴挙に出たミサトはといえば、この騒動の元を断つべく使徒殲滅の指揮を執っていた。
「第8使徒、溶解した大涌谷より出現!」
「エヴァンゲリオン各機は!?」
「展開済みです!」
「よっしゃ! シンジ君、アスカ、レイ! ATフィールドを中和しつつプロトンビームを叩き込んで!」
「「「了解!」」」
「VTOL部隊は計画通り、液体窒素弾を投下! あのお化けエビを冷凍しちゃって頂戴! 日向君、観測衛星の調子は!?」
「リアルタイムで使徒の位置を捕捉! エヴァ各機にフィードバック!」
「リツコ! プロトンビームの弾着補正は!」
「ばっちりよ! 噴気による干渉や温度差による屈折もMAGIでリアルタイム補正中!」
「よろしい! エヴァ各機、一斉射、撃てェ!」
溶解する大地にATフィールドを展開し、煮えたぎる溶岩に踏ん張ったエヴァ各機によるプロトンビーム攻撃。それに先んじて空中から投下された大量の液体窒素弾は使徒の体表を瞬間的に急冷し、そこにプロトンビームが直撃した事で、脆化した体表が盛大に爆発する。
超巨大な鈍色のアノマロカリスとでもいうべきサンダルフォンの甲殻に確かなダメージを加えたその攻撃は、しかし致命傷には程遠い。
「なんちゅう硬さよ!?」
「ATフィールドが強固過ぎて減衰されたんだわ! ミサト、どうする!?」
「周囲のマグマは液体窒素弾で固まってるから、奴も身動き出来ない筈。今の一撃で与えた傷に再攻撃を————」
「目標に高エネルギー反応ッッ!」
「アスカッ! レイッ! こっちに!」
「シンジ!? ————了解!」
「了解」
「「「ATフィールドッ! 全開!!」」」
シンジの咄嗟の判断により、一箇所に集まったエヴァ3機は、3重のATフィールドによって身を守る。
その直後、冷え固まった溶岩に固められていたサンダルフォンは、全身から莫大な熱を放射し、上空の無人攻撃機を爆散させながら周囲の地面をドロドロに溶解させてみせた。
サンダルフォン。胎児や音楽を司る天使として語られる存在だが、その実、彼は「炎」と縁の深い天使である。
その前身たる『預言者エリヤ』は自身を追う50人隊を天から火を降らせて焼き滅ぼし、炎の馬が牽く炎の戦車によって昇天した。
故にこそ、裏死海文書はこの使徒を『サンダルフォン』であると予言したのだろう。
強靭な装甲を持ち、周囲を灼き熔かしながら炎の海を悠々と泳ぐその様は、まさに『炎の戦車』というべき破壊の化身だった。
だがしかし。暴れ狂う灼熱は、一瞬にして凍りつく。
戦場に紛れ込んだサキエル達が、その凍結能力によって、溶岩を岩へと固め、燃え盛る炎のエネルギーを奪い尽くしたのである。
その隙を、エヴァンゲリオンを駆るシンジ達が逃す筈もない。すかさずATフィールドを解除した彼らは、プロトンビーム砲をマグマごと固められたサンダルフォンに叩き込み、その巨大な複眼の片方を見事に吹き飛ばしてみせたのだ。
だが、再び焔をその身に纏ったサンダルフォンは、砕氷船のごとく強引に大地を砕き熔かしながら、エヴァンゲリオンへと飛びかかる。
サキエルももちろんその焔を凍らせようと能力を行使するが、強固なATフィールドの内側にあるエネルギー源を停止させる事は出来ず、自身に触れた大地を融かすサンダルフォンの『泳法』を妨害する事は出来ていない。
そして、サンダルフォンは、地面へと『潜った』。
まさか、エヴァを無視してリリスに直接殴り込むのではと警戒した『ネルフ防衛担当のサキエル達』がこっそりとジオフロント外殻に凍結能力をがっつり巡らせるが、それは杞憂。
地下から噴き上げるマグマと共にエヴァを襲ったサンダルフォンは、ATフィールドでそれを迎え撃ったエヴァに対し、尾鰭を振るって煮えたぎる溶岩を浴びせ掛ける。
それをプロトンビームで撃ち落とすエヴァ。だが、溶岩を目眩しに飛び上がったサンダルフォンは、その灼熱の巨体でエヴァを押し潰し、のし掛かり攻撃によってエヴァを溶解したマグマの海へと引きずり込む。
当然アンビリカルケーブルは溶断し、内部電源がカウントを始め、CTモードでも視界は最悪。
絶体絶命のピンチを迎えたエヴァンゲリオン3機は、しかしそれでも、マグマの熱をATフィールドで遮断しつつ冷静に作戦を遂行する。
「ミサト! 聞こえる!? ————ダメか!」
「アスカ! 僕が防御に回るから! レイと攻撃をお願い!」
「オッケー、任せなさいっての。……レイ、相手の攻撃に合わせるわよ!」
「了解。アスカにシンクロする。タイミングはアスカに任せるわ」
「まっかせて……! ————来るわ! シンジ!」
「AッTィッフィールドォォッッ!!!!」
熱を、衝撃を、そして使徒の肉体を『拒絶』するシンジの心の壁。心の内側に迎え入れたアスカとレイ以外の全てを拒むそのATフィールドは、恐るべきことに一瞬とはいえ溶解したマグマを『押し退け』て、突撃してきた使徒の肉体を押し留める。
そして、その瞬間。
アスカとレイの駆る零号機と弐号機が、ATフィールドに齧り付いた使徒の口内にプロトンビームキャノンを捩じ込むと、引き金を引く。
口の中から背中へと貫通したビームの一撃に、サンダルフォンはのたうち回り、その衝撃でカチ上げられた初号機のATフィールドは、その内部に内包したエヴァ3機諸共地上へと吹き飛ばされた。
そんなエヴァに対し、絶対に許さんとばかりに、青い血の蒸気を噴き上げる隻眼のサンダルフォンが地中から飛びかかり————その直後、その背に空いた大穴に、白い何かが飛び付いた。
バキリ。
そんな音と共に、その体内を凍らされたサンダルフォンが、地に堕ちる。煮えるマグマにズブズブと沈むその複眼には光はなく、エヴァンゲリオンを叩き伏せようと伸ばされていた腕を最後に、その全身が地中へと沈んだ頃には、マグマさえも凍てついていた。
————都市は焼け落ち、山が溶け崩れ、芦ノ湖が干上がった大激闘の幕引きは酷く呆気なかったが、エヴァに乗るシンジ達が周囲を見渡せば、底には溶け固まった黒い岩の大地しか残っていない。
————第8使徒サンダルフォン。マグマと共に襲ってきたその使徒は、第3新東京市の壊滅と引き換えに討伐された。
だが、その代償はあまりにも大きく、地震などによって引き起こされた物的被害は人類史に残る規模となってしまっている。
降り積もる火山灰は関東を覆い、地形を変える戦いの余波は第3新東京市の復興に暗い影を落とす。
第3新東京市の機能喪失は、今後の戦いにとって忌むべき事態であるのは言うまでもなく。
人類があまりにも多くを失う中で、増強されたのはサンダルフォンを喰らい、地中から這い出してきた大量のサキエルぐらいのものだった。