【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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魚心あれば水心

昼下がりのネルフ。ちょうどお昼休みの頃に発令所へと訪れたサキエルは、ネルフの各種作戦でオペレーターを務める3人組が、各自の座席で思い思いに休息を取っているシーンに出くわした。

 

その光景に一瞬遠慮しておこうかと迷いはしたものの、用があるのは事実。意を決して3人の様子を見渡し、サキエルは一番声を掛けやすそうだった青葉シゲルに話しかける。

 

他の2人は読書中で少し邪魔しづらいが、彼の場合鼻歌と共にエアギターをしており中々とっつきやすそうだったのである。

 

「ふんふんふーん♪」

「おや、青葉君。ギター弾くのかい?」

「え? あっ! 秋江一尉、いやコレはですね」

「いやいや、そう畏まらなくても。今昼休みだし。……中々なエアギターだったけど、エレキかな?」

「まぁ、はい。バンドを組んでまして」

「良いなあ。僕もアコギは弾くんだけどね。エレキでもスラム奏法って出来るもんなのかい?」

「いやー、アレはアコギの味っすね。エレキはボディがペラくて響かないんで……いや、でもエレキ仕様のアコギもあるんでそれなら行けますよ。……なんか嬉しいっすね。俺、ネルフで楽器やってる人に初めてあったかも……」

「実はシンジ君がチェロ奏者だったりするよ。エレキチェロも持ってる」

「えーっ!? マジですか!? はー……もっと早く知りたかったっすね。絶対声掛けてたのに」

「ははは。今度機会があったら話しかけてあげてね。……さてと。ところで赤木博士はいるのかな? 呼ばれて来たんだけど」

「あ、なるほど。博士なら……あそこっすね」

 

そうシゲルが指差す先、少し離れたブースでコーヒーを飲むリツコを見つけたサキエルは、そちらにヒラヒラと手を振って、シゲルに「ありがとう」と一声かけてそちらに向かう。

 

それを見送ったシゲルは、いつの間にやら近くに寄ってきていた同僚に気がついて、ビクリと肩を震わせた。

 

「うおっ!? なんだよ」

「……先輩、ルイスさんと付き合ってるって本当なのかしら」

「仕事人間って感じの赤木博士に春が来た、って噂になってるよね」

「お前らな……良い大人なんだし恋愛ぐらいするだろ赤木博士も。というか……あの笑顔は、明らかに恋人へのそれだと思うよ俺は」

「私の先輩なのに……」

「伊吹、顔が怖いぞ……?」

 

そんなやり取りを交わすオペレータートリオ。彼らの空気感は、ごく普通の同僚同士のやりとりであり、特務機関といえども働くのはごく普通の人間なのだと感じさせるものだった。

 

 

* * * * * *

 

 

「やあ」

「あら、早いわね。昼休みが済んでからでも良かったのに」

「お邪魔だったかな?」

「いいえ? ……制服姿は少し新鮮ね?」

「そういえばそうだね。……似合わないかな?」

「貴方は何を着ても似合うでしょ? ふふっ」

 

そう言って明らかに惚気てみせるリツコとルイスに対し、その場に居合せたミサトは、何とも言えない顔をする。

 

「あら、どうしたのミサト。口にアセスルファムカリウムでも突っ込まれたみたいな顔して」

「リツコのあま〜い雰囲気で胸焼けしただけよ」

「あら。大学時代の意趣返しができちゃったわね?」

「ぐぬッ……」

「ほう。葛城さんは大学時代にそんなに甘い雰囲気を……そうなのかい加持君?」

「今でも甘い雰囲気だよ。なあ葛城」

「ゲェ!? 加持ィ!? ————ってアンタ何バカなこと言ってくれてんのよぉ!?」

 

ムキー! とオノマトペが幻視できるような反応を見せるミサトと、ハハハと笑う男性コンビ。そしてその空気の中でコーヒーを啜りつつ苦笑するリツコ。

 

ルイスことサキエルの自己紹介も兼ねた飲み会以降、なんだかんだとつるむことの多いこの4人だが、このメンツが『発令所』で集合している以上、その要件は軽いものでは無い。

 

「で、りっちゃん。浅間山地震研究所からの報告だって?」

「ええ。これね」

「……たしかに怪しいわね」

「なんとも言えない影だねこれは。リツコ博士、MAGIの予測は?」

50:50(フィフティ・フィフティ)ね」

「なら使徒だと思って動いた方が良いな。現状は?」

「地震研究所にアポを取っているところ」

「メンバーは?」

「とりあえず技術スタッフを先行させてるわ。この4人とオペレーター達、それからチルドレン及びエヴァ各機は明日にでも現地入りね」

「なるほど……って待てよりっちゃん。俺も?」

「浅間山が何処にあるか知ってるでしょ?」

「そりゃ長野……ああ。なるほど。そりゃ確かに俺の出番か……」

 

『首都が近いし日本政府との折衝は宜しく』というリツコのメッセージをしっかり受け取った加持は、肩を竦めて了解の意を示す。

 

そう振る舞う加持に対して、ミサトが物憂げな表情を浮かべたのは、全てを聞いているわけではない彼女でも、『加持が危ない橋を渡っている』事ぐらいは察せられるからだろう。

 

だからこそ、サキエルは敢えて軽く冗談めかして、加持に釘を刺しておく。

 

「加持君はあんまり奥さんを心配させちゃだめだよ?」

「おいおい気が早いな。まだ籍は入れてないんだが」

「ちょっと、誰が奥さんよ!」

「旧姓葛城さんが」

「今も昔も葛城よ!」

「つまり未来には加持姓に」

「そんな未来は————! ……いや、ないから、絶対ないない」

「あー……ウン、ソウダネ。」

「加持君」

「なんだいりっちゃん」

「年貢の納めどきは近いわよ」

「……かもなぁ」

 

そう呟いた加持の目は、普段と違って真面目な色を浮かべていた。

 

 

* * * * * *

 

 

「見て見てシンジ! バックロールエントリー!」

「お、おぉ……?」

「ぷはッ。……今の、スクーバダイビングで海に入る時に使うのよ!」

「へぇ、あの潜る奴?」

「そうそう。きっと沖縄でやったら楽しいわよ」

「……その前にまずは泳げるようにならなきゃだけどね、僕は」

「わかってるわよ。じゃあ、シンジはまず水に慣れるところからね。このプールは足が立つから、ゆっくり入って来て!」

「う、うん」

「さっきみたいに飛び込むのは、上級者がやれば良いの。初心者は普通にお風呂に入るみたいに足から入れば良いわ」

「入ったよ」

「ふふっ、良い感じに涼しいでしょ?」

「うん」

「じゃあ、シンジ、私に軽く抱きついて? 首の後ろに手を回す感じで」

「ええっ!?」

 

アスカの優しい笑みと共に放たれた発言に、シンジは水着姿で頬を染める。

 

ネルフの訓練用25mプールを借りてシンジの水泳訓練を行う事自体には、実にあっさりと許可が降りた。そこでアスカとシンジ、そしてレイは早速本日から水着で泳ぐことにしたのである。

 

アスカが着込んでいるのは、シンジが気に入っていた赤と白のツートーンなモノキニ。胸元の大きめなフリルがアスカの年不相応に大きな胸をより大きく見せており、ハイレグ気味の腰元も相まって正面の肌の露出は少ないもののセクシーさと可愛らしさが共存している。

 

そんな彼女に『抱きつけ』という指示はかなり勇気がいる行為だったが、シンジは頬を染めながらもその指示に従い、アスカの首の後ろに腕を回す。

 

そんな乙女っぽいシンジにアスカの中の『攻めっ気』がムクリと鎌首を擡げるが、流石にアスカも本題を忘れてはいない。

 

「じゃ、私が今からゆっくり後ろに歩いて行くから、シンジは力を抜いて、水の浮力に身体を任せてみて。人間は水に浮くってことにまず慣れましょ」

「う、うん」

 

実に優しいアスカの指導。だが、シンジの強張った身体は水に浮かず、アスカが引っ張る事でどうにか25m『漂う』事に成功したものの、中々に酷い状態だ。

 

だが、それはアスカも予想していた。というより、大義名分を得るべく期待していた。

 

「やっぱり、力んじゃうわよね。力を入れるとどうしても沈んじゃうから、水中では脱力が基本よ。必要な時に、必要な分だけ力を入れるの」

「む、難しいね……」

「まぁ、脱力して水に浮かぶ体験に慣れればあとは簡単よ。浮いてれば後は適当に手足を動かせばフォームはともかく泳げるんだもの」

「なるほど? 脱力……脱力……」

「あはは、意識してるせいで余計に変に固くなってるわよシンジ。……アタシが力抜いてあげるから、ね?」

「え、できるの?」

「こうするのよ」

 

そう告げると同時にアスカはシンジに口付けて、その柔らかく甘い舌先をシンジの口内へと滑り込ませて、彼の唇を蹂躙する。

 

突然の濃厚なキスに、シンジの体が強烈に強張ったのは一瞬。すぐにトロンと甘く蕩けた表情で腰砕けになった彼は、アスカが宣言した通り『完璧に脱力』させられた。

 

そうして、キスで蕩けたシンジを、アスカは優しく引っ張ってやり、改めて25mの『浮遊』を開始する。

 

「ぷはッ♡ ……ふふっ、シンジ、ちゃんと浮いてるわよ?」

「ふえっ……♡ ……え? あ。本当だ……」

「こんな感じで、力をちゃんと抜いたら、よっぽど脂肪を減らしてない限りはヒトはふわふわ浮くってわけよ。……じゃあ、このまま何周か、力を抜きながら水に慣れていきましょ。……力んじゃった時は、またアタシが力を抜いたげるから」

 

そう告げた途端に、一瞬沈み込んだシンジの体。それは再びのキス宣言にドキリと力みが入ったせいだが、その変化はアスカの中の『攻めっ気』を実にくすぐるものだった。

 

「ふふっ、結構あざといトコあるじゃないシンジ。そんなに可愛いおねだりしちゃって……」

「いや、今のは違くて……んむぅ♡」

 

そんな調子でイチャイチャとしつつ、水泳を練習するシンジとアスカ。そこから少し離れたレーンで、アスカと色違いの青白水着を着込んだレイは、ドルフィンキックでスイスイと泳ぎながらも、プールの水がガムシロップに変わったような甘さを感じて微妙な表情を浮かべる。

 

だが『水泳は楽しい』とシンジが思える為には、水の中でいい思い出を作るのも必要だろうと思い直した彼女は、帰ったら自分もサキエルに甘えようと考えながら、ガムシロップを超えて水飴になりつつあるプールで泳ぎつづけるのであった。


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