【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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嘘も方便

ゲンドウについて報告しないわけにもいかず、シンジとレイ、そして仲間外れも悪いのでアスカにその顛末を伝えたサキエル。

 

だが彼は、予想より淡白なシンジとレイの反応に逆に戸惑っていた。

 

「……まぁ、父さんが納得してるなら。良いんじゃ無いかな」

「碇司令は奥さんに会えたのね」

「いや、2人とも、もっとこう、色々と無いのかい?」

 

思わずそんな曖昧な問いを投げてしまうが、それに対するシンジの返答は、サキエルにとってはある意味で「計画通り」な内容ではあった。

 

「……サキエルの方が僕にとっては保護者だから。ミサトさんも、悪い人じゃ無いけど」

「私も。……それに、エヴァの中に居るなら、シンクロすれば会えるもの」

「そうだね。父さんにはエヴァに乗れば会えるなら、むしろ会う機会が増えたって感じかも……」

「……まぁ、2人が凹んで無くて何より」

 

シンジとレイのサキエルに対する依存度を向上させたことにより、相対的に『碇ゲンドウの喪失』という出来事の重みが軽くなってしまっているのが、現在のシンジとレイの状態らしい。

 

加えてその喪失が『死』ではなく『エヴァに吸収』というのも大きいのだろう。シンジ達にとってエヴァとの対話は日常であり、その中で会えるのならば死んだわけではない、という判断らしい。

 

「……アスカちゃんは何かあるかい?」

「いや、碇司令と話したことないし、アタシ。……まぁ、シンジの複雑な家庭事情がもっと複雑になったのは『大変ね』とは思うけど、本人が気にして無いならアタシが気にするのも変じゃない? ただ、司令の不在ってどう誤魔化すわけ?」

「碇ゲンドウに擬態した僕の端末が司令室に居るからまずバレないと思う。声も————“この通りだ。問題ない”」

「うわぁ、そっくり」

「サキエルはモノマネが得意?」

「まぁ声真似ぐらいなら擬態の一環で。……ゲンドウ氏は口数が少ないタイプだし、ボロも出ないと思うよ」

「多少変なこと言ってもそれっぽく『フッ、シナリオ通りだ』とか言っとけば父さん感出るし大丈夫だと思う」

「碇司令は『問題ない』とか『ああ』とか言いがち」

「息子と娘にボロクソに言われている……」

「まぁ、レイとシンジなりの親愛って奴じゃないの? ところで話変わるけど、サキエルさっき、シンジのママをサルベージする予定だったって言ってたじゃない? あれってアタシのママも出来るわけ?」

「もちろん。ただ、弐号機が動かなくなると思うが」

「じゃ、エヴァがお役御免になる平和な世の中になったらその時はお願いするわ。やっぱり、生身のママに会いたいしね」

 

そう言ってウインクするアスカ。その真意を察して、サキエルは『ゲンドウの件はそう難しく考えることもないか』と考え直した。

 

————あとで必要だったらサルベージすれば良い。

 

そう伝えてくれたアスカの頭をサキエルは優しく撫でて、ついでにシンジとレイも撫でくりまわすと、『ふぅ』と溜息を吐いて肩の力を抜いた。

 

————やはり、計画通りかそれ以上の進捗を出しているチルドレン関係のプロジェクトはストレス係数を低下させてくれる……。

 

サキエルがそんな『変な癒され方』をしているとはつゆ知らず、サキエルの周りに集まっているチルドレンは、彼に撫でられる心地良さを堪能しつつ、まったりと寛ぐのであった。

 

 

* * * * * *

 

 

「りっちゃん、葛城、飲みに行こうぜ」

「あら、加持君。仕事はもう済んだの?」

「ああ、今日は定時で終わりだよ。葛城はどうだ?」

「アタシも今日は定時だけど……加持、アンタ何か企んでるんじゃないでしょうねぇ?」

「おいおい、飲みに誘っただけでそこまで言うか?」

 

そう言って苦笑する加持と、呆れた様子で肩を竦めるリツコに毒気を抜かれたのか、ミサトも突然の加持の提案への警戒を緩め、「アンタの奢りね」と軽口を叩く。

 

学生時代から変わらないそのやり取り。だが、学生時代から変わった点も、たしかに存在する。

 

世界の裏側に足を突っ込んだ加持とリツコ。未だ辛うじて表側にいるミサト。だが、その断絶に、加持は終止符を打とうとして居た。

 

「まぁ、そうだな。俺の奢りだ。……大事な話があるんだ。これぐらいはな?」

「……それってマジな話?」

「ああ」

「……槍でも降るのかしら。加持の奢りだなんて」

「いや学生時代も結構葛城には奢ってただろ?」

「そりゃ……いや、なんでもないわ」

 

————付き合ってたから。

 

そう言おうとして顔を赤くするミサトは、非常にわかりやすい。その辺の中学生でも、もう少しわかりにくいぐらいだ。

 

「ふふふ、ミサトはわかりやすいのが美点ね」

「ちょっとリツコ、それどういう意味〜!?」

「褒めてるのよ? 私もそれぐらいわかりやすい方がモテたのかしら?」

「ははは、りっちゃんは最近お相手出来たんだろ?」

「えっマジぃ!?」

「ええ。……それも飲みの席で話す?」

「聞きたい! というか彼氏連れてきなさいよ」

「無茶言うなよ葛城!?」

「聞いてみるだけ聞いてみようかしら?」

「よっしゃ、言ってみるもんね! 速攻で帰り支度してくるわ!」

 

言うが早いか、スタコラと駆けていくミサトの背をあきれた表情で眺めつつ加持はポツリとつぶやいた。

 

「行っちまった……初めからりっちゃんの彼氏ネタで釣りゃあ良かったかな?」

「ミサトの心は思春期を取り戻したがっているのかもしれないわね。……さて、じゃあ私も『彼氏』を呼んできましょうか」

「マジで呼ぶのか。……来るかな?」

「来るわよ。ミサトには興味があるでしょうし」

 

そう言って笑うリツコは愛しい恋人に電話をかけて、加持の告げた『飲み屋』に誘う。

 

案の定了承した彼の通話の背後で、アスカとレイの「お土産!」コールと宥めるシンジの声が入っていたのは、ご愛嬌だろう。

 

 

* * * * * *

 

 

「どうもこんばんは。お久しぶりですね葛城一尉」

「えっ!? ジェットアローンの時の?」

「はい。ルイス・秋江です」

「……リツコの彼氏?」

「そうですね」

「えええええ!?!!?」

「何よミサト? ご不満?」

「リツコあんた、めっちゃ玉の輿じゃない」

「ははは。まぁ確かに僕はお金持ちですからそうなりますね」

「ふふふ、貴方は無一文でも十分以上に魅力的な人よ?」

「……わぁ、リツコが惚気てるのなんかすごいレアなもん見た感じぃ」

「普段加持君とミサトには見せつけてられてばかりだもの。たまにはね?」

 

そう言って笑うリツコ。だが加持は、あえて此処で爆弾を一つ投下する。

 

「ちなみに、ルイスはマルドゥック機関の機関長だぞ」

「えっ!? チルドレン選出の!?」

「ええ。……実はその縁でチルドレンの保護も先日から担当しています。葛城一尉の2階下に住んでいるんですよ、僕。マルドゥックは、名前の厳つさの割に純粋に人手不足でして……」

「チルドレン達の引っ越しは、彼の着任に伴う人事異動だったってわけ。アスカから言い出したのは偶然だけど、どのみち移って貰う予定だったわ」

 

無論、真っ赤な嘘である。だが、ネルフの全権を掌握したサキエルが、それらの証拠を作り上げるのはそう難しい話ではなく、書類上は数年前のマルドゥック機関発足時から極秘裏にその活動に関わっていた事になっているのだ。

 

そもそも元がゲンドウが目眩しに作ったペーパー組織なマルドゥック機関。どう使おうが、割と自由な便利組織なのである。

 

「じゃあ、リツコとは?」

「チルドレンの保護関連で連絡する内に、という形ですね、ははは」

「オフィスラブじゃん! 東京ラブストーリーじゃん!」

「おい葛城、それ俺達5歳の時の奴じゃないか」

「ミサト、思ったよりおませだったのね……?」

「いや、母さんが好きでずっとビデオ見てたの」

「あー、あるあるですねぇ」

 

そう言って笑い合う4人は、打ち解けた様子で酒盃を傾ける。そして全員ネルフ関係者という肩書きを葛城ミサトが認識した事で、加持は話を切り出した。

 

「……セカンドインパクト、その真実について、葛城はどれだけ知っている?」

「……隕石の直撃、ってのは流石に疑ってるわよ。でもそれ以外は正直……加持、アンタ何か掴んだの?」

「まぁ俺が掴んだというか……ルイスの協力も大きいな」

「マルドゥック機関によるチルドレンの選定。それを担う過程で色々と世界の裏側は覗きましたからね。……葛城ミサトさん。貴方の父、葛城博士の研究についても」

「父さんの研究……それって形而上生物学……?」

「ええ。生命が神の被造物であるとした上で構築された進化論。それに基づいて存在が予測された存在が、いわゆる『使徒』です」

 

コレは、本当の話だ。この研究内容が故に、葛城博士はゼーレに所属していたのだから。

 

「そして。南極で発見された第一使徒アダム。神と思しきその存在に対して実験を行ったのが————」

「ゼーレ。世界を裏から牛耳る超国際組織。ネルフの元締めだ。その実験で行われた、アダムに対するヒト遺伝子の注入。それがアダムの暴走を引き起こし、光の巨人は爆発してしまった」

「……ええ。その爆発は覚えてる。……でも、それってつまり……」

「そう、セカンドインパクトは、眠っていた使徒を叩き起こした事による人災だ。その犯人は、俺達の上に居るゼーレ。……そして奴らは、今度こそ万全を期した上で、サードインパクトを目論んでいる」

「何ですって……!?」

「————証拠集めには苦労したよ。俺、りっちゃん、ルイス。あらゆる手を使ってようやく尻尾を掴んだ形だな」

 

そう告げると共に、渡された資料。それに目を通すミサトの表情は真剣なものである。と、同時に、そこに記載された情報の一つに、ミサトは目を剥いてルイスを見つめた。

 

「第一使徒アダムの肉片から培養した、人造人間エヴァンゲリオンと、その試作パイロット、ゼロチルドレン『ルイス・秋江』……!?」

「ええ。僕がマルドゥックに居るのもその関係でして。……チルドレンというよりは使徒のデッドコピーになってしまいましたがね僕は。エヴァは動かせますが、それは使徒としての能力であって人間のそれではない、ということで敢えなくボツに。『汎用人型決戦兵器』の『汎用』部分を満たせなかったわけです」

 

嘘である。

 

超全面的に完膚なきまでの嘘である。

 

だがこの資料、リツコ監修の元サキエルが全力で組み上げたカバーストーリーなのだ。

 

その出来栄えはガチガチのガチであり、ミサトの頭脳と人脈では『到達できない範囲にまで』偽装工作は完了済み。

 

唯一ゼーレだけは『俺は悪くねえ! 俺は悪くねぇ!』と言い張れるが、それはそれとしてゼーレがセカンドインパクトをやらかし、サードインパクトを目論んでいるという部分は完全なる真実な為、ミサトがゼーレを信じる確率は万に一つもなかった。

 

「……というか、エヴァが人造使徒だったり、アタシの知らないことが多すぎるんだけど……」

「そこはまぁ、私が隠して居たのもあるわね。使徒への復讐に駆られてミサトに『そこで自爆よエバー!』なんて言われたら溜まったものじゃないもの」

「流石にそんな……。いや……言ってたかもね。……はぁ」

 

人災である証拠の束を見せられてまで使徒を憎み続けるつもりはないミサトだが、同時に、今までの自分が使徒を憎む復讐鬼だった事実はしっかりと認識している。

 

エヴァの正体が使徒であると知っていれば、判断を誤っていた可能性はあった。

 

「でも、こうして葛城ももはや俺達と一蓮托生なわけだ。親父さんの仇も、やるべき事も、はっきりしただろ?」

「ええ。……使徒とゼーレの、どちらのサードインパクトも許すわけには行かないわ。……でも、この資料の『第3使徒制御実験、経過観察中』ってのは何よ」

「この前シンジ君にシンクロしてもらってから大人しいでしょう? あの使徒。エヴァと共闘もしてたし」

「……上手くいけば使徒も利用できるって事で良いのかしら?」

「もちろん、敵対する使徒は全て殲滅が基本だけれどね。……使徒にとっての目的は、厳密にはサードインパクトではなく、自己の繁栄と永続。つまり人類との協調が繁栄につながるならば……あるいは、ね」

「まあ、僕みたいにこうしてお酒を飲むのが好きな奴も居ますし。……それに、加持さんは意図的に省いたようですが、この資料をどうぞ」

「あ、おい、ルイス」

「……形而上生物学に基づくMAGI試算による人間が使徒である可能性、100%……!?」

「第1使徒アダムではなく、第2使徒リリスの使徒ではありますが、人間もまた、第18使徒リリンなんですよ。……つまり、ヒトとヒトが仲良くできるなら、使徒も可能性はあります。……逆説的にヒト同士も殺し合うので————」

「使徒も個体によってその主義主張は異なるってわけね……はぁ。今日は色々頭に詰め込み過ぎて頭が痛いわ……」

「そういう時はお酒ですよ葛城さん」

「おいこらルイス。葛城を酔わせてどうするつもりだよ」

「僕はりっちゃんをお持ち帰りするので加持君は葛城さんを……」

「よーし、どんどん飲ませて良いぞ」

「アンタらねえ!?」

 

ルイスのATフィールドで外部から隔絶された空間で行われる酒盛り。その内容は真面目な密談から馬鹿騒ぎに移行し、ミサトの『割と人見知りしない』性格も合わさって、お開きの頃には無事にルイスとも打ち解けていた。

 

その親睦が、ATフィールド干渉で促進されたものとは気付かぬままに。


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