JAのお披露目から数日。
加持リョウジのアシストもあり、『存在して然るべき書類を存在して然るべき場所に』用意したサキエルは、いよいよMAGIでも偽装身分の判定が困難になるレベルに自身の身分を構築し、人間世界での立場を着々と構築して居た。
だが、彼がメインとするのはあくまでもエヴァパイロットであるシンジとレイのメンタル保護。2人のメンタルを陰に日向にケアする事である。
ちょっと社会的地位とは両立し難くなってきたこの目標。そこで、一計を案じたサキエルはある意味清々しいまでのズルを実行した。
増えたのである。……そう、サキエルは、シャムシエルとラミエルを喰らっている。予備のコアは2つ存在しているのである。
そんなわけで、敏腕実業家ルイス秋江として世間の表裏で暗躍するお仕事担当のサキエルと、チルドレン甘やかし隊隊長のサキエルに分かれて行動する手法を選んだのだ。
無論、本体は未だ芦ノ湖に沈んでおり、収集した情報をベースとした自己改造に邁進中である。
そんなサキエルの内、メンタルケア担当はいよいよ本格的にシンジとレイの生活に食い込み、ついにネルフにまで潜入を果たしている。
認識拒絶のATフィールドによる、対人間欺瞞工作。監視カメラの映像処理エンジンに直接干渉する事による、MAGIでも感知不可能な監視カメラ対策。加えて加持から得た情報をもとにして、各種センサー類への対策も万全だ。
床の重量感知センサーは、地面から1ミリほど浮く事で回避。自動ドアの作動記録に関しては、基本的にシンジかレイと行動する事でこれも回避。有事の際には映画のようなレーザーセンサーが起動するらしいが、有事の際は潜伏工作の意味もないのであまり考えてはいない。
その他諸々の対策によって『チルドレンにだけ認識できる存在』と化したサキエルは、堂々とネルフの施設に入り込み、シンジの訓練風景を見守ったり、レイがプラグスーツから私服に着替えるのを手伝ったりと、子供達の世話を満喫して居る。
そんなサキエルは現在、シンジとレイ、そしてミサトと共に、ネルフの軍用ヘリに乗って居た。
にもかかわらず、ミサトの指示のもと、レイとシンジは私服である。
シンジは無難に灰色のVネックカットソーとスリムタイプのベージュチノパンに白のカーディガン。レイは黒のパーカーに白いロングスカートと黒タイツのモノトーンコーデ。明らかに軍用ヘリとは似合わない格好だ。
なお、サキエルはハイネックのニットワンピースである。シンジ達以外は見えないので意味はないが、一応ちゃんと
そんな、私服の一行がヘリに乗る奇妙さからか、発進後しばらくして、シンジはミサトに質問を投げかけた。
「ミサトさん、これってどこに向かってるんですか?」
「葛城一尉、作戦概要を」
「レイは相変わらず硬いわねえ……今日は作戦じゃなくて、豪華なお船でクルージングの予定よ」
「豪華なお船でクルージング……? ネルフって船を持ってたりするんですか?」
「うんにゃ、ちょっち違うわね。船自体は国連軍の管轄。空母オーバーザレインボーよ。太平洋艦隊の旗艦ね」
「あ、ニュースで見ました。観艦式でしたっけ?」
「それは建前。本命は太平洋艦隊が輸送する積荷————エヴァンゲリオン弐号機とそのパイロットに会いに行くのよ」
「弐号機……新しいエヴァンゲリオン……」
「ミサトさん、パイロットってどんな子なんですか?」
「とびっきりの美少女よっ♪ 名前は————」
* * * * * *
「————アタシがエヴァンゲリオン弐号機専属パイロット、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーよ! ……ってきゃあ!?」
数刻後。空母甲板において、名乗りを上げたのは、金の混じる茶髪に碧眼の美少女、アスカ。
確かにとびっきりの美少女だなあ、と感心するシンジとレイであったが、直後、悪戯な風がアスカの黄色いワンピースの裾を巻き上げてしまった事で慌ててシンジは目を逸らす。
が、時すでに遅し。顔を真っ赤にしたアスカにしたたかに頬を張られてしまったシンジは、顔に大きな紅葉を飾る事になってしまった。
「イタタ……」
「アスカ、流石にちょっとシンちゃん可哀想よ……?」
「見物料よ!」
「まぁ、うん、見ちゃったのは見ちゃったから、うん……ビンタの一発ぐらいは……」
「あらシンちゃん大人ね?」
「……えっと。その、悪かったわよ。咄嗟にぶっちゃって」
羞恥のあまり手が先に出た己を恥じたのか、口籠もるアスカ。そんな彼女に対して、レイはカバンから何やら取り出すとそっとそれを差し出した。
「……弐号機の人。これ」
「弐号機の人って、アタシにはアスカって名前が……これ、タイツ?」
「履いたほうがいいわ。此処は風が強いもの。伝線した時の予備だから新品。気にしないで」
「……ありがとね。…………なんか、アタシ、割とライバル感バチバチで来てたんだけど、拍子抜けというか……」
「良いじゃないの、アスカ。同年代の友達居なかったでしょ?」
「ちょっとミサト!? その言い方だと私が寂しい奴みたいじゃない!?」
「あはは……惣流さんは元気そうだし、寂しい感じはしないかな。人気者っぽいし」
「あら、パンツ以外も見る目はあるみたいね」
「いや、わざと見たわけじゃないからね?」
「————で、そういえばどっちがサードでどっちがファーストなの? というか名前は? ……いやまあ聞く前にアタシがビンタしちゃったんだけど」
「えっと、僕がサードチルドレンの碇シンジで、こっちが」
「綾波レイ。ファーストチルドレン」
「そ。よろしくね、シンジ、レイ。アタシの事はアスカでいいわ」
そう言って差し出されたアスカの手と順番に握手を交わしたシンジとレイ。だがその直後、アスカが投げかけた質問が、シンジ達を硬直させた。
「ところでミサト。そっちのニットの人は紹介してくれないの?」
そう告げる彼女の視線の先には、サキエルの姿。だが、奇妙な事に、アスカの質問に対してミサトが回答する事はなく、気まずい沈黙がしばし流れ————当の本人であるサキエルが、口を開いた。
「シンジくん、レイちゃん、気にしなくともさっきの問いは聞こえて居ないよ。……さて、アスカちゃん。僕はサキエル。色々知っているとは思うけれど、第3使徒だ。色々あって今はシンジくん達に協力している。よろしく」
「へー、第3使徒……使徒ォ!? 敵じゃない!?!!?」
「いやいや。今は味方だよ? シンジくんとレイちゃんのね。そして君の味方でもある。……ネルフの、とは言えないのがアレだが」
「いやいやいや……ちょっと、シンジ、レイ、アンタら正気? 使徒って怪物でしょ!?」
「まぁそれはそうなんだけど、うーん。なんて言ったら良いんだろ……」
「……アスカ。あなたのエヴァのところに行きましょう」
「いや、なんでそうなるのよレイ」
「エヴァがあれば、サキエルを握りつぶすことも出来るわ。でも、そうするかどうかは私たちと一緒にエヴァに乗ってから判断して欲しい。……シンジも、それでいい?」
「僕は良いけど、アスカは、その……どうかな?」
「ふーん……まぁ確かに人間サイズの使徒なんて、グシャッとやったらおしまいよね。良いわ、ちょっとだけ口車に乗ったげる。サキエル! アンタも来んのよ!」
「もちろん。……あ、ちなみに僕の姿と声は君達だけに見えているし、僕との会話に関してはATフィールドで防音しているから、3人とも他人が居ても気にせず話してくれて構わないよ」
サキエルがそう告げた直後、彼の差配で防音と認識阻害を施されて居たミサトとの会話が復活する。
「なーに、シンちゃん達コソコソ話なんかしちゃって。どしたの?」
「ミサト、2人に私のエヴァを見せたいの。良いでしょ?」
「良いわよ? どうせ小田原……じゃなかった、新横須賀港までは暇だしね」
「おいおい、そりゃないだろ葛城。艦長殿に引き継ぎはどうしたんだ」
「うるさいわねえ、もちろんちゃんと————加持ィ!?!!?」
「おー、うるさ。元気そうで何よりだ葛城。じゃあその元気を艦長殿に見せつけに行こうか」
「いやいやいや、なんでアンタが此処にいるのよ!? ドイツ支部所属のはずでしょ!?」
「いやあ、アスカと一緒に辞令が降りたんでね。日本支部に転属になったんだ。なぁ? アスカ」
「はいっ♪ 加持センパイ♡」
「……シンジ。アスカが気持ちわ————」
「レイ、そういうのは思っても言わない方がいいと思————イタタタタッ!?」
「あらごめんあそばせ、よろけてしまって足を踏んでしまいましたわ」
『思い人』の前ゆえか思いっきり猫をかぶったアスカと、呆れ返るレイ、それを窘めただけなのに足を踏まれたシンジ。そんな3人を眺める加持は、一瞬だけサキエルに視線を向けると、肩を竦めて見せる。
————悪い! アスカのことは頼んだ!
————それは構わないけど、それはそれとして、そのカバンの中の荷物は早く陸に持って行ったほうがいいと思うよ?
アイコンタクトと軽いシンクロでそんな意思疎通を行った加持とサキエルは、それぞれがうまく立ち回るべく行動を開始する。
加持は艦長やミサトを引きつける陽動役。サキエルはその間に、新たなチルドレンにエヴァの真実を教育する役。
綺麗な分業をそれとなく行った彼らは盤面を意のままに操り、無事にそれぞれの役割を開始する。
————太平洋上での豪華なクルージングには、早くも複数の策謀の気配が漂っていた。