「ああ?」
「デュエル。 あなたデュエリストでしょ?」
そう言いながら、俺は金髪のチャラ男のデュエルディスクを指差す。流石ネオドミノシティ。こんな夜遊びとかしてそうな男でもデュエルディスクを持っている辺り、元の世界との違いが分かる。
「私が勝ったら、この子の事は諦めて。あなたが勝ったら……私のデッキを上げるわ」
「へえ……」
俺の言葉に男の目が変わる。やはり彼はデュエリスト。デッキを差し出すと言われて、雰囲気が変わる。
そして男は少女の細い手を離し、デッキケースからカードを取り出しデュエルディスクにセットする。
「その話……負けてから「知りませんでした」は無しだからな?」
「ええ、良いわ」
「良し……行くぞ!」
「「デュエル!」」
???LP4000VSチャラ男LP4000
人気の無い住宅街で俺とチャラ男。2人の視線がぶつかる。俺の後ろから先ほどの女学生が不安そうに声を掛けてくる。
「え、えっと……デュエルを受けて良かったんですか?」
「良いよ。勝てば良いんだもの。怪我は無い?」
「は、はい!」
俺が心配すると表情が変わり、目から「きらきら」という表現が似合いそうな位輝かせる少女。そして小声で「これは……まさか運命の出会い!?」なんて言っているのが微かに聞こえる。ん、何か嫌な悪寒がしたぞ……気のせいか?
「話は済んだか?じゃ、行くぜ!俺のターン、ドロー!」
チャラ男は大声を上げ勢いよくデュエルディスクからカードを引く。
「俺は切り込み隊長を攻撃表示で召喚!」
男のその言葉と同時に現れる鎧を着た歴戦の戦いを思わせる二刀流の騎士が現れる。
そして「ATK1200」の文字が浮かび上がる。
(おお、本物のソリッドヴィジョン!)
俺はデュエル中にもかかわらず内心興奮する。
ソリッドヴィジョン、凄い仮想現実と言えば良いだろうか。肉眼でモンスターが目の前に居るかのように見え、モンスターがまるで本物かのように動く(動くだけである。リアルダメージは無いはず)。そんな夢のようなシステムがソリッドヴィジョンである。
「まだだ!俺は「切り込み隊長」の効果発動!」
俺が人知れず興奮している間、チャラ男はデュエルを進めていた。確か切り込み隊長の効果は「レベル4以下のモンスターを特殊召喚する」だった筈だ。この効果は単純だが、強力。特にシンクロ召喚が出てきた時期は……
「俺はチューナーモンスターチューンウォリアーを特殊召喚!」
ATK1600
男の声と共に現れたのは、腕がイヤホンのぶっ刺す所みたいになっている赤いロボットのような戦士。……チューナーモンスターという事は
「さあ、行くぜ!俺はレベル3「切り込み隊長」にレベル3「チューンウォリアー」をチューニング!」
男の言葉と共に2人の戦士は空へと飛び、赤い戦士は3つの輪に姿を変える。その中に切り込み隊長は入っていき、辺り一面が緑の光で染まる。
その中から出て来たのは
「現れよ!大地の騎士ガイアナイト」
ATK2600
現れたのは馬に乗った青い騎士……ガイアナイトは効果が無いシンクロモンスター。だけど、1ターン目から攻撃力2600のモンスター。
この男、ちゃらんぽらんな見た目の割には堅実な戦い方をする男のようだ……これは中々の強敵かも知れない。
「俺はカードを1枚伏せてターンエンド。さあ、あんたのターンだぜ!」
「ええ……」
俺は体に今までに無い緊張のようなものを感じながらデッキに手を乗せる。そして一度深呼吸し、カードを引き抜く!
「私のターン、ドロー!」
「私は裁きの龍を攻撃表示で特殊召喚」
ATK3000
俺の言葉の共に目の前の巨大な白い威厳溢れる龍が現れる。これは【ライトロード】にとっての切り札。「裁きの龍」だ。
一昔前まではこのカードが出れば勝利が決まってしまうくらいのカードであった。とはいっても今じゃ召喚させてもらえないことも多くなってしまったのだが。
「なっ!?攻撃力3000!?」
「まだよ、裁きの龍の効果発動。ライフポイントを1000払う事で裁きの龍以外のフィールド上のカードを全て破壊する」
「何いぃ!?」
???LP4000→3000
俺が宣言した瞬間、「裁きの龍」の体が神々しく光り始め、ガイアナイトとチャラ男の伏せカードを光の粒に変え、消えていく。
「ああ、ミラーフォースがぁ!」
「まだよ。私は裁きの龍を手札からもう一体特殊召喚する!」
「う、嘘だ……」
先ほどとは違い、嘆きの声を上げるチャラ男。彼の前にはまるで品定めするかのように見る攻撃力3000の2頭の巨龍。チャラ男の前にはモンスター0。
そしてこのデュエルはライフポイント4000……つまり
「終わりよ!2体でダイレクトアタック!」
「う、うわあああああああああああああああ!」
チャラ男LP4000→0
俺の言葉ともに龍の口から離れる光のブレス。それを食らい、悲鳴を挙げながら地面に倒れ込むチャラ男。
「さ、約束よ」
「まさか俺が、瞬殺されるなんて……ありえない……」
地面に項垂れ、ぶつぶつと呟くチャラ男。このデュエルは彼の心に思った以上に心の傷になったようだ。
俺はただ、ライトロードをデッキからサーチする「光の援軍」と手札をドローする「ソーラー・エクスチェンジ」を使ったら「裁きの龍」の召喚条件が揃ったので、ぶっぱしてどーんしただけである。いやあ、ガイアナイトさんは強敵でしたねえ……。
まあ、女の子に迷惑を掛ける男には慈悲は要らないと思い声を掛けずに背を向け、俺の後ろで突っ立っている女の子に声を掛ける。
「あの?」
「はあ……」
この女の子、呆然としていると思っていたが、俺の顔を見ながら目をキラキラと輝かせため息をついている。
顔はよく見ると中々の美人である。ちょっと緑っぽい髪の毛をツインテールみたいにしていて可愛らしい。
そして俺は今は女だが、昔は「女子と会話をしたことがない」というレベルの男だ。美少女と顔を合わせ続ける事なんてそうそう無かったので、緊張で心臓が強く鼓動を打ち始める。でもとりあえず声を掛けなくちゃ……どう思い意を決する。
「ね、ねえ」
「あ、はい!何でしょう!」
俺が声を掛けると少女は背筋をピンと伸ばして声を返してくる。
「その、とりあえずここを離れない?」
俺が打ちひしがれているチャラ男に視線を向けながら提案すると
「そうですね!あんな汚らしいのの近くには居たくありませんよね!」
と大きめの声で男を汚物扱いしていた……結構容赦ないなこの子。
まあ、急に手を掴まれたりしたし、チャラ男に嫌悪感を持つのもしょうがない。罵倒で済んでるだけマシだろう。デュエルで世界を救ったり、世界が一枚のカードから生まれていない(かもしれない)元の世界なら通報一直線である。
「あ、そうだ!あっちの方にケーキのおいしい喫茶店が有るんです!お姉さんも一緒に行きましょう!」
俺はチャラ男に元男として少しの憐れみを抱いていると少女は俺の腕に体を押し付けながら、俺を引っ張る。
その時に少女の胸が腕に当たり、少し興ふ……顔が赤くなる。こ、これは女子同士のスキンシップって奴か!?いや、にしては距離が近すぎるような……。
そのまま引っ張られていき数分、俺は住宅街を抜け、レンガの広場みたいな空間に出た。
その広場の一角にある「CAFE LA GEEN」という喫茶店の外に出されたテーブルに2人で座る。
「お姉さんここです!ここのケーキがおいしいんです」
「あ、でも私お金が……」
「アタシが奢りますから大丈夫です!」
俺が財布の中身を思い出し、遠慮しようとしたところ見事に先回りされる。まあ、昼食を食べる予定だったしケーキで済ませてもいい……かな?なんて考えていると従業員らしき女性からメニューを渡される。
それを見てまず最初に目に入ったのは……
「ブ、ブルーアイズマウンテン一杯3000DP!?」
という数字。「DP」というのはネオドミノシティのお金の単位のようだ。それは良い。俺が驚いたのはその値段。
この世界の物価はまだよく分からないが、他の飲み物や、ケーキなどは元の世界の喫茶店と大して変わらないのにこの商品だけはやけに高い。この値段は遊戯王の海馬瀬人の切り札「青眼の白龍」にひっかけているのだろう……でも高すぎやしないか?
「ね、ねえこのブルーアイズマウンテンって……」
「うっ、お姉さん。それを注文するんですか?」
「いや、しない。しないよ」
俺がこの謎のコーヒーについて尋ねようとしたところ。目の前の少女が困ったような表情をする。
彼女は俺がブルーアイズマウンテンを注文しようとしていると思ったのだろう……女子高生に3000DPなんて大金(おそらく)を奢って貰うなんて常識の無い行動は流石にしない。
「ただ、どんなコーヒーなのかなぁって……」
「すみませんが、アタシの周りでそれを飲んだことがある人は居ないんですよ。ただお姉さ、アタシの同級生によると12杯飲んだ人が居るとか」
「へ、へぇ……」
12杯という事は36000DP……うん、凄い大金だ。 今の俺の財布にはそんなお金は入っていない。 ブルジョワジーなんて言われる人だろうか、羨ましいものである。
なんて思っていると頭の中で「O☆KA☆WA☆RI☆DA」という声が急に響いた。そういえばブルーアイズマウンテンって前にどこかで聞いたことがある気がする。アニメで出てきたのかな?
「じゃあ、このケーキとコーヒーを頂こうかな」
「あ、はい分かりました!じゃあアタシもそれにして……すみませーん!」
俺がメニューから品物を選ぶとさっさと店員に声を掛ける少女。元の世界では人見知りで声を掛けるのに緊張してしまう俺としてはこういう子はありがたいなぁ。
少女はやってきた少しがに股気味の店員にてきぱきと注文をする。そして店員が去ったのを見送ると俺の方に向き直して、直ぐに頭を下げてきた。
「お姉さん、先ほどは助けていただいてありがとうございます」
「ううん、良いよ。大丈夫だった?」
「はい!お姉さんのおかげで!」
俺の言葉に対して憧れるかのような視線で返してくる少女。うーん俺はこういう純情そうな女の子に弱いんだよな……俺が男のままだったら喜びも最高潮だったのに。いや、でも女になったから俺に対する警戒も薄いのかもしれないな。そこは女の姿に感謝しよう。
「あ、自己紹介がまだでした。アタシの名前は大庭ナオミです。お姉さんの名前は何ですか?」
「私の……名前?」
俺は少女……ナオミの質問に対して言葉を詰まらせた。
元の世界の俺の名前は至って普通の男の名前だ。男女両方で使える名前じゃないし、女らしい名前でもない。でもそれが俺の名前だしな……神様、そこら辺はどうなっているんだろうか。もうちょっと説明してくれても良かったのに。
「どうかしました?」
返答をしない俺に疑問を持ったナオミが尋ねてくる。
何とかして名前を思い出せない言い訳をしなければ。
素直に言う→変人扱いまっしぐら。何故か忘れたと言う→奇異の目で見られること間違い無し。これでどうやって戦えばいいんだ……。
なんて焦りながら思いついた答えは
「じ、実は記憶喪失なの……」
恐らく解答としては下の下だろう。