Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

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 悪を倒すのはいつも人。
 それはどんな物語でも変わらない不変の理。
 だけれど、読者はマンネリを許さない。
 如何に面白い終幕でも、本来あるべき最後でも、見飽きた結末は全てに劣るもの。
 この物語はもうすぐお終いだけれど、私を楽しませてくれるのかしら?

 


最終決戦:Haste make west

 今日が聖杯戦争最後の日――そう思うと、感慨深いものがある。

 早朝の澄んだ空気で肺を満たし、窓の外から見下ろす太陽を見返す。そのまま目線を下に向ければ、セイバーが微かに寝息をたてて夢にまどろんでいる。

 俺が南方周に勝てば、どのような形かはさておくとしても、聖杯が手に入ることは間違いないだろう。

 これまで色々なマスターたちと出会い、別れてきた。それぞれに譲れぬ願いがあり、引けぬ理由があった。それらを踏み越えて今の岸波白野がある。だが、南方周はただ敵対者を排除し、直接の敵でなければ自分のために利用する男だ。

 あまつさえラニの死を嘲笑い、凛を殺したのだ。

 岸波白野という人間にとって、南方周は不倶戴天の敵となった。だからあの男だけは倒す。越えるのではなく、倒さねばならない。

 その決着を今日つける。

 人間はお前の盤上で動かされているだけの駒ではないと、策士策に溺れたのだと気づかせてやる。

 そうなれば――皆を愛し、その実誰からも愛されなかった彼女との日々もここで終わる事になるだろう。これまでセイバーと過ごした日々はとても懐かしく、なおのこと別れが惜しまれる。自分のエゴで全てを台無しにすることはできないが、俺の前に立ちはだかる壁の向こうに行く以上受け入れなければならない。

 その最後に立ちはだかる壁も、これまでの対戦相手に比べれば乗り越えるのは容易い。

 周がこれまでどうやって戦ってきたのか。それを知っている人間はもういない。だが、アイツのサーヴァントが近接戦闘に向いていないキャスターであることは把握できた。

 攻撃には魔術を用い、中距離から遠距離での射撃に特化した性能はアリスに近い。

 毒は解毒アイテムを使えばどうにでもなる。

 

 楽観的かもしれないが、他に作戦もない。

 あちらもこちらも不備だらけなら、セイバーの火力で押し切ってしまえる。

 

 一か八か、勝つか負けるか。

 殴り合いなら、俺に分がある。

 

 

 

 

 アリーナ第二層にセカンダリトリガーが生成されたと知らされた白野は、いつものように一階の奥に鉄扉からアリーナへ入る。

 足に伝わる硬い感触は石畳の街道。並木は赤い薔薇に取って代わられ、遠くには巨大な円形闘技場(コロッスス)が見える。空に太陽はなく、蒼白い満月が闘技場の上で淡い光を放っていた。

「最後の舞台がローマとはな。ムーンセルも粋なところがあるではないか」

 セイバーの言う通り、この光景は正にありし日のローマ帝国そのものである。

 イスパニア提督ガルバがローマに進軍し、入れ替わりにネロが数名の側近と共に脱出したあの夜なのだ。月明かりが朧に街を照らす中、白野とセイバーは探索を開始した。

 南方周がアリーナに来るより先に暗号鍵へたどり着き、待ち構えなければならない。相手はキャスターだ。陣地作成スキルで通り道を要塞化されてはたまったものではない。

 遠見の水晶玉を頼りに路地裏を抜け、大通りを横切りながら先を急ぐ二人。最後のアリーナに相応しい強力なエネミーによる足止めと、入り組んだ路地の迷宮が進行を阻む。

 ボックスにつながる隠し通路もこれを手伝い、高低差の乏しいために全体を見渡せないのも大きい。道に迷いながらどうにかこうにか暗号鍵が入ったボックスの前にたどり着いた時、周とキャスターの気配もすぐ近くに迫っていた。

「奴らは近いぞ奏者よ。ここが正念場だ、気を抜くでない」

「ああ、下手はできないからな」

 南方周の計略を見抜けるほど岸波白野は策謀に秀でているわけではない。彼に勝てるのは肉体的優位性くらいだ。そのためにも、ここで気を抜くことは許されない。

 ピンと張りつめた空気を流れる闘技場の真上で耀く月が雲に覆い隠された時、ついに仇敵が姿を現した。

物影からゆらりと現れた一組の男女が、嫌な笑みを浮かべながら近づいてくる。

 鎌首をもたげる蛇、それか巣穴に潜む蜘蛛を連想させる不吉な雰囲気だ。 澱んだ空気が足元から立ち上ってくる感覚に白野は寒気を覚えた。

 確実に一歩一歩近づいてくる周は先客に興味を示すことなくボックスに手をかざした。聞き慣れた解錠音と共にひし形の半透明な箱が開かれ、中に保存された暗号鍵が手に収まる。

 その光景を見守っていた白野が背を向けた周を呼び止める。

「周、少し待ってくれ」

 背を向けたまま立ち止まった男子は肩越しに対戦相手の決意を秘めた目を見る。呼び止めた男子はハ虫類、それか両生類めいた目を真っ直ぐ見つめる。

「お前は聖杯を手にしたら何を祈るんだ?」

「俺には聖杯に捧げる願いはない」

 痩身長躯の魔術師が緩慢な挙動で身体を白野と向かい合わせる。対峙する形になった両者のサーヴァントは警戒を露にしている。

 それをどちらも諭すことなく問答は続く。

「何を驚く。自身でムーンセルに来たわけではないんだ、おかしくないだろう」

 失敬なと言いたげな周に対して、白野は戦慄を覚えた。叶えるべき願いがないのは岸波白野も同じだ。しかし理由が異なる。一介のNPCがたまたま自我を得たに過ぎない、過去と呼べるものがないバグと正規の参加者で同じなど。

 それは過去にも現在にも、そして未来にさえも興味がないのと同義だ。そんな生涯を受け入れている周が恐ろしい。

 諦観に満ちた人生、全てに絶望した一生。

 南方周という魔術師は空虚そのものである。

 その事実に対して白野は「ならばどうして」と叫びそうになった。願いもないままに、これまでに六人もの―実際は十人を越える―マスターを殺したのかと問いたかった。 ユリウスはレオを勝たせるために闇討ちをした。それすらも霞む恐ろしさが周にはある。

 

 ―だからレオは『魔物』と呼んだのか―

 

 王が認めるその悪性は確かにそうだ。この寒気は、この恐怖は人の形をした精巧な人形を恐れるのと似ている。その姿は限りなく人間に近いが、決定的に何かが欠けている不気味さ。

 それはもうおぞましいに決まっている。

 事此処に至りて漸く気づいた白野は、

「死にたくないから戦ったのか」

「そうだ。こんなところで死ぬのはごめんだからな」

 最大の真実に自ら触れた。

 出来ることなら知りたくなかった。触れたくなかった。そのままにしておきたかった。が、この事を避けて通るわけにはいかない。

 岸波白野と南方周の戦う理由は同じである。しかし、人間としては本質的に相容れぬ存在なのだと理解しなければならなかった。

 そうでなければ、白野はこの男との因縁に終止符を打つことが出来ないように感じていた。だからこそ、周からの問いにも答えるのだ。

「もし仮にお前が勝ったとして、聖杯に何を願う?」

 見定めるような遠慮のない視線を向けられながらも白野は落ち着いていた。

「分からなかったが、今見つけた」

「どんな願いを?」

「ムーンセルを封印する。人類が接触できないようにして、二度と聖杯戦争が起きないようにする」

「大きく出たな。人類から万能の願望器を奪うと来たか。実に傲慢な話だ」

 驚くでもなし怒るでもなし、興味はないが尋ねた手前、仕方なく適当に反応しているのが露骨すぎる周の態度には気色悪いものがあった。

 実際は本気で驚いていたのだが、不機嫌そうな表情と蒼白な顔色のせいで誤解されている。本人も気づいてはいるが、敢えて放置しているで誤解はさらなる誤解を呼ぶ。

 周は人類にすら興味がない。栄えるのも滅ぶのも、自分にとってはどうでもいい――そう思っていると白野は勘違いをした。

「人類にムーンセルは必要ない。少なくとも、こんなこと(聖杯戦争)で人が死ぬのはもういい加減に防がないと」

「好きにすればいい。勝った人間がどんな願いを叶えたところで、文句を言う奴はいないだろう」

「お前も不満はないのか?」

「そちらが勝てばな。それにしたって万に一つもあり得ない、可能性とすら呼べない『もしも』の話だ」

「自分が勝つと思っているのか?」

「当たり前だ。どのみち二日後には本物の闘技場で結果が分かるさ」

 最早語るべき事はないと、周は再び背を向ける。

 結末は見えていると彼は語った。リングの上で最後に拳を突き上げるのは自分だ、お前はその足元で無様に転がっている運命にあると断じた。

 まともな神経のマスターならそう思うだろう。

 実力はどちらも低いが、今回の聖杯戦争に参加したマスターでも最弱に近い岸波白野と自分でどちらが勝つかなど自明の理である。当然、周が同じことを考えていたとしてもおかしくない。それは先程の発言からして確かだろう。

 闇色のサーヴァントもマスターに続き、円形闘技場(コロッスス)から出ていこうとしていた。

 白野とセイバーは互いに頷き合い、それぞれの剣を手にする。

 コードキャストで移動速度と敏捷を強化し、周とキャスターの背後を突かんと地面を蹴った。白銀と紅蓮の剣が振りかざされ、隙だらけの脳天めがけて刃が振るわれる。

 

「――――読み通りだな」

 

 世界の王が認めた魔物ならば、それは最早魔物の王だろう。六回戦でレオから託された決着術式(ファイナリティ)聖剣集う絢爛の城(ソード・キャメロット)』による必殺の一撃は見事に防がれた。

 唖然とする白野を見返す嘲笑を浮かべた白貌は『狩猟(ハンティング)』でバーサーカーを仕留めた群体のアサシンがしていた仮面だった。

 黒塗りの短刀(ダーク)が礼装の刃を受け止めている。マスターとサーヴァントでは、力で拮抗などしようはずもない。押し返された白野の腹部にアサシンの拳が叩き込まれた。

 『百の貌のハサン』が保持する固有スキル『専科百般』により獲得した剣術と体術が遺憾なく発揮されたのだ。

 一方のキャスターは魚鱗の大盾を展開し、セイバーからの攻撃をことごとく捌いている。しかも斬れば斬るほどに魚鱗の傷がセイバーへと移されており、既に彼女の皮膚には幾つもの切り傷があった。

 奇襲に失敗した白野は逃げようとしたが、それを邪魔するように周が畳み掛ける。

「逃げられると思うなよ。そちらが先に手を出した以上、ただでは済まさないからな」

 キャスターとアサシンが魔術弾と短刀の弾幕でリターンクリスタルを取り出す余裕すら与えない最中に、周は右手の甲をかざした。

「第一の令呪を以て我が剣に奉る。麗しき女帝よ、汝の宝具を発動し、反逆者の枷を解き給え」

「興が乗ったぞ主よ。その命に答えよう」

 ムーンセルが聖杯戦争に参加する全てのマスターへ与える三画の聖痕(令呪)、その一画目が眩く光り始める。

 サーヴァントに対する絶対命令権を双方の合意で使用すればその効果は絶大。一度限りの奇蹟すら可能とする膨大な魔力を、周は惜しみもなく宝具発動の負担軽減に費やした。

 それでも、残る三画が彼の手の甲に残っている。

 楕円形で宝玉が嵌め込まれた奇怪な王冠は、未だ健在である。

 

 

「――者よひれ伏せ。須く頭を垂れ、一切は地に伏し、万人は等しく称えよ。貴様らの主が御殿は、天上にてそびえ立つ奇跡の具現なり」

 

 

 吹き荒れる魔力の奔流の中心で勅を詠じる女帝の足元に巨大な魔法陣が展開される。

 まぶたを閉じねば網膜が焼ききられるであろう強烈な閃光の後、 白野を、セイバーを、周を、ハサンを巻き込んで爆ぜた。

 

 ――そして、役者たちは最後の舞台に招かれる。

 

 ――夜空に浮かぶ混沌の庭

 

 ――伝説とされた大庭園

 

 セミラミスが保有する要塞宝具『虚 栄 の 空 中 庭 園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』の内部に取り込まれた岸波白野と南方周の戦いは第二幕へ突入する。

 

 舞台は円形闘技場(コロッスス)から空中庭園(ハンギングガーデン)へ移り、彼らの物語は最終局面に突入する。

 

 

 この期に及んで邪魔立てするものはなし。

 

 

 魔王と人間の決着を望むのが、他ならぬ()であるが故に。




 まさかまさかの四十話です。
 白野が頭を使ってみたものの、周はすべてお見通しでした。場数が違いますからね。
 次回は周ようやく本気を見せる時となります。

 今回も図々しく感想、評価お待ちしておりますです。お気軽にどうぞ。
 よろしくお願いします。

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