大仏殿高徳院の大仏。その釈迦の掌で壇狩摩と龍辺歩美は話していた。
空の彼方には空亡から逃亡するためになりふり構わず進軍する百鬼夜行の群れが、黒く空を埋め尽くす様が見えていた。
そんな切迫した状況においても歩美と狩摩は普段と変わらぬ様子で会話をしている。
「直江、松永、島津、長宗我部、源、葵もそうじゃろ……あの時代の話じゃ、軍学校言うたら士族の子供がようさんいたっちゅうわけじゃ……」
狩摩が煙管をくゆらせながら気怠そうに言う。
「なるほどねー、でもさ、義経ちゃんとか清楚さんみたいなクローンはどうなの?」
狩摩の話を聞いていた歩美が小さく首をかしげながら不思議そうに問いかける。
「物部黄泉は神祇省復権するってんで、日本中這いずり回った男じゃ。伝承、伝説、神、仏……そんなんを探して回った男やけェ。そして源氏の没した場所は平泉、つまりは東北……ここまでいやァ、想像つくじゃろ」
「イタコ……口寄せ……神降ろし」
「ま、そんなトコじゃろうのォ」
狩摩は目をつぶったまま頷いた。
つまり川神でクローンとなっていた少女たちは、初代戦真館では物部黄泉が邯鄲の実験の一端で英雄の魂の一部を下ろした巫女たちだったというわけだ。
「そうすりゃ、義経達が女だちゅうのもわかるわなァ。神子は基本、女の仕事じゃ。そう言う意味じゃ、あの与一っうんが例外だったちゅうわけじゃのォ」
「そっ……か……」
歩美は小さくつぶやきながら、邯鄲で出会った友人の仏頂面を思い浮かべた。
「英雄の選定理由はよォわからんが、神子と波長が合うか合わんかとかそんなとこじゃろう。それでも項羽っちゅうんは予想外じゃが……だから、無理が出てあんなふうに魂が二つみたいなけったいなコトになったんかもしれんのォ」
「なるほどねぇ」
狩摩の言葉に歩美は川神で出会ったクローンの面々を思い出す。
狩摩自身、初代戦真館の事件においては当事者でない。故に推論だらけの答えなのだろうが、言われてみればそれなりに筋が通ってるようにも感じる。
「まぁ、元々、百と同じように初代戦真館の面子は四層攻略――初代戦真館崩壊の再現のために全員人格は邯鄲に入れとった、遺品の一部は、神祇省が管理しとったからのォ。じゃけェよいよ、たいぎぃことがあって、千早を寄り代とした百以外は邯鄲の中に埋もれてしもうたちゅうわけじゃ」
「面倒って……それ全部、アンタのせいじゃない」
狩摩の他人事のような言葉に、歩美が呆れたように返す。
「かっ、かっ、かっ――まぁ、そないにカバチたれんなや。口うるさい女は嫌われるけェのォ、くはっ、はははははははははは」
狩摩はそんな歩美の視線などものともせずに呵呵と笑ってみせる。何処までも無責任かつ自由な男だ。
「でもさぁ、じゃあなんで『あの時』だけ川神学園……ううん……初代戦真館のみんなとわたし達はあんなふうに出会えたの?」
歩美が指を口に当て狩摩に問いかける。
「さァのォ、俺かて邯鄲のことを全部知っちょるちゅうわけじゃのォしな。ただ、一つ考えられんのは……あんとき、ウチの盧生はお前らの誰とも乳繰り合っとらんからのォ。まぁ、それでだろうよ」
「はぁ? なにそれ? ここに来てセクハラ?」
「ちゃうわ、ボケェ! お前らのなかの誰とも乳繰り合っとらんちゅうことわじゃ、あん時、盧生と一番繋がりが深かったんわ、盧生の血を吸った俺ちゅうことじゃ……」
「あぁ……なるほどね」
狩摩の言葉に歩美がなるほどと頷いた。
先程もあったように、大和たち初代戦真館の人間を邯鄲に入れたのは狩摩だ。
だが、狩摩自身が異物を混入したことで邯鄲の夢が予想不可能なものになった。それもあり、千早という寄り代があった百以外は四四八達の記憶に残らない所謂“完全なエキストラキャラ”になっていたのだが……あの時の邯鄲の未来は四四八と狩摩との繋がりが図らずも一番強かった。故に狩摩が入れた初代戦真館の生徒たちが確固とした人格を持って邯鄲の夢の中に存在できたのであろう。
つまり、全てこの男・壇狩摩のせいであり、同時に四四八たちが川神で大和たちと邂逅できたのはこの男のおかげ、と言えるかもしれない。
盲打ちの面目躍如といったところだろうか。
「おっと、ペラ回しとったら、そろそろお客さんがくる時間みたいじゃのぉ」
狩摩が煙管から紫煙をくゆらせ空を見る。
「だねぇ」
狩摩の視線を歩美も追う。
その視線の先には、夥しいと言う言葉では言い表せないほどの大量の妖怪、妖魔、珍獣、怪獣が我先にと鎌倉めがけて進軍……否、空亡から逃走をしてきている。
「ほいじゃ、いっちょやっちゃるか」
狩摩は立ち上がると、煙管をしまい両手を広げる。
「了解」
歩美もマスケット銃を構えて照準を覗き込む。
空亡を倒すための一連の作戦。歩美に課せられた役割は失敗が許されない。
そんな中で歩美は邯鄲で一度だけ会った、白髪の友人に思いを馳せる。
『俺達は
時に相棒だった友人がニヒルに笑った気がした。
「狙った獲物は逃さない、よね」
歩美は照準を覗き込みながら小さく呟いた。
心がすぅ……と落ち着いた。
―――――
幽雫宗冬は辰宮の館の一室で決戦の時を待っていた。
否――決戦という言葉は相応しくないであろう。決戦というのならば、まさにこの館の外で
これは違う。これは私闘だ。
もしかしたらその言葉すら相応しくないのかもしれない。
これはただの茶番だ。
この世界の方向性すら決める可能性がある戦いを前に、愚かな女に振り回された、馬鹿な二人の男が狂言回しを演じるのだ。これほどくだらない事があるだろうか。
やはり駄目だなと宗冬は自嘲気味に口を歪める。
こんな様じゃ、“あいつ等”の仲間など口が裂けても言えるはずがない。
あいつ等――もちろん、共に学び、共に高め合い、そして自らが屠った初代戦真館の面々の事だ。
例の邯鄲での未来に、彼等がいた事はわかっていた。
いきいきと学園生活を送る彼らを見て、枯れたと思っていた涙が溢れそうになった。
すぐさま赴き、力の限り抱きしめたかった。
地面に額を擦りつけて詫びたかった。
しかし――出来なかった。
出来ようはずがなかった。
彼らの首を刎ねたのは自らのこの左手なのだ。
自分と勉学で競っていた直江大和は、あの狂気の学び舎で奇跡的に意識を取り戻していた。最愛の姉貴分である川神百代を探し彷徨い屋上で暴れ狂ってる彼女を見つける。仲間達を唯の肉塊へと変えてゆく百代へ大和は力の限り声をかけたが、最期は向かってくる百代を全身で抱きしめ、その拳に胸を貫かれ絶命した。百代は弟分の腕の中で意識を取り戻し、自らの拳が大和の命を摘み取った事を認識し大和の身体を抱きしめながら狂ったように号泣していた。
その百代の首を後ろから刎ねたのが、自分。幽雫宗冬なのだ。
今更、どのような顔をして会えばいいというのだ。
源氏の魂をおろした三人は、完全に狂う前に、互いが互いの胸を貫きあって折り重なるように死んでいた。
項羽の魂をおろした少女は、もう一人の少女の人格に全てを託して、屋上から身を投げた。
直江に思いを寄せていた松永家の娘は、彷徨う直江を見つけて駆け寄ろうとした時、直江に飛びかかろうとした生徒達を見つけ直江を守るために立ちふさがり、喰われた。
皆、狂気の中で死んでいった。
自分だけが、生き残った。
そしてそんな自分は戦の真など見向きもせずに、今、最も愚かな戦いに身を投じようとしている。
そんな自分が、どの面下げて彼らの元にいけるというのか。
目は向けないが、隣に物言わぬ人形のように微かな笑みを浮かべ静かに座っている、自らの主――元・主に意識を向ける。
彼女をめぐる戦いを、今から行う。
その戦いに、戦の真を受け継いだ自らの後輩を巻き込んで、だ。
実に愚かで、実にくだらない。
自分自身がそう思う。しかし、今更この生き方を曲げることなどできない。
――そんなガチガチに固まってると、貫くか、折れるかしかねぇぞ。
自らにそう声をかけてきた、かつての同輩の言葉がよみがえる。
誰よりも一番仲間の事を気にかけているのに、常に一歩引いて仲間たちを見守っていた、そんな奴だった。
あいつの言葉は正に芯をとらえていたという事だろう。
そういえば、今ここに向かってくる男と随分と雰囲気が似ている気がする。
あの邯鄲で出会っていたのならば、さぞかし気が合ったことだろう。
そんな事を考えた時、目の前の扉の向こうに大きな熱の塊を感じた。
熱く、硬く、重い、自らが熱をもった巨大な岩石のようなものが、扉の向こう側に現れた。
すぅ……と、宗冬は自らの温度を下げる。
頭を冷やし、視線を冷やし、何処までも冷静に、冷酷に、冷徹に、扉の向こうの熱に当てられるように、自らの温度を下げていく。
磨き上げられたサーベルを、傍らに座る親愛という言葉では言い表せないほどに心酔している主の喉元に付きつける。
――さぁ、茶番の始まりだ。
宗冬は想いを閉ざし、心を閉ざし、真を閉ざした。
友の顔を思い出す事は、もう出来なかった。
―――――
鎌倉の中心、由比ヶ浜の海上、大破した伊吹の頭上で二人の盧生は激突していた。
夢の波動を迸らせながら、一撃一撃は天を裂いて、海を割る。
共に終段に至った盧生の戦いは余人の介入を許さない人外の領域で展開されていた。
先ほど甘粕は四四八との打ち合いの間隙を突いて、鬼と化物をそれぞれ顕現させた。
一つは酒呑童子。日本三大妖怪の一体で、日本の鬼の元祖と言われる程の存在。
もう一つは蚩尤。中国の神話に登場する怪物で、兵器を発明したと言われる戦いの権化。
カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛
キ゛ェ エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ン゛
二体の神話が雄叫びを上げる。
酒呑童子の雄叫びで海底から山が盛り上がり、蚩尤の雄叫びで周りが見えないほどの濃霧が発生する。
『流石、甘粕正彦といったところか。常人ならば小妖一匹触れただけでも脳が沸騰してしまうというのに、大技の合間でこれほどの神話と物語を顕現してみせた』
四四八の頭の中に阿頼耶の声が響く。
『まぁ、八犬士は先ほどの
阿頼耶が四四八に問いかける。
ああ、いるさ――とっておきのがいる。
阿頼耶の言葉に四四八が心の中で頷いた。
四四八は印を結んで、
四四八に憧れ、四四八になりたいと言ってくれた、英雄の魂の一部を持つ少女の事を思い浮かべる。
強い意志のこもった清廉な瞳で、
なぁ、お前の助けが必要だ。俺と共に戦ってくれるか?
四四八の心の中の問いかけに、
――もちろんだ!!
清き泉のような声が、聞こえた気がした。
四四八が眸を見開いて、裂帛の気合いを響かせる。
「終段・顕象――源九郎、義経ェーーーッ!!!!」
蒼く燦然と輝く英雄が顕現した。
英雄は四四八を一瞥すると小さく頷き、自らの祖先が駆逐した鬼の元祖へと躍りかかる。
それを見届けた四四八は再び印を結び、
四四八と共に勝ちたいと言ってくれた、二つの魂を持ち、豪傑の意志を持った少女の姿を思い浮かべる。
四四八と共に戦って、四四八と共に成長した、ヒナゲシの様な清楚な想いと烈火のような激しい情熱を持った二人で一人の少女。
この戦いの勝利の為に、あなた達の力、貸してくれませんか?
四四八の心の中の問いかけに、
――まかせろ!! ――うん!!
双子の様に重なる声が、聞こえた気がした。
四四八は眸を見開いて、裂帛の気合い轟かせる。
「終段・顕象――西楚の覇王・項ォーー羽ッ!!!!」
真紅に煌く豪傑が顕現した。
豪傑は四四八むかって拳を振り上げると、同じく中華の帝となった怪物へと飛び込んでいった。
「いいぞ、流石だ、それでいい! 邯鄲での全てを賭して挑んでこい!!」
眷属同士が戦い、共に丸裸になった四四八に対して、甘粕は手に持った軍刀を力いっぱい振るう。
その一撃で下の海では津波が起こり、余波に過ぎない衝撃波で四四八の後ろに存在する鎌倉の街並みがなぎ倒された。
「コオォォ……」
そんな絶無の一撃を前に、四四八は右手を腰に夢を編む。
そして、
「波ァァーーッ!!!!」
気合とともに放たれた一撃は甘粕の斬撃を砕き、その後ろの甘粕自身も飲み込んだ。
「ぐ……かぁッ……かはは、ははは、ハーハッハッハッ!!! ただの咒法の一撃ではないな、なぁ、何をした? いまの輝きの意味を教えてくれ!!」
甘粕は顔に満面の笑みを浮かべながら四四八に問いかけた、
「これはな……」
甘粕の問いかけに答える四四八の声は、甘粕のすぐそばから聞こえた。
今の一撃を機会に一気に距離を詰めた四四八は渾身の力で旋棍を振るう。
甘粕はそれを真っ向、軍刀で受け止めた。
両者渾身の力を込めた比べ合い。
周辺の景色がぐにゃり、と歪む。
「これはな――!!」
四四八はそんな中で更なる力を込める。
甘粕の身体が押し込まれる。
「川神流だッ!!!」
力強い咆哮と共に四四八が旋棍を振り抜いた。
「がっ……」
その一撃をまともに喰らい、吹き飛ぶ甘粕。
しかし甘粕の顔には喜悦の相が浮かんでいた。
「ああ……そうか……いいぞ、いいぞ、俺にもっと見せてくれ!! 初代戦真館と共に失われたその輝きを見せてくれ!!!!」
「いわれなくてもッ!!!!」
甘粕と四四八が激突する。
四四八の胸に、豊かで美しい黒髪をもつ好敵手の存在が灯っていた。
―――――
人外の戦いが交わされる鎌倉の海上、その浜辺で一人の男がその戦いを逃げようともせずに、どこか傍観者の様に眺めていた。
白い髭を蓄えてはいたが老人――というにはまだ少し早いかもしれない。そんなふうに見える男だった。
「――鉄心」
そんな男の背中に、男の名を呼ぶ声かけられる。
その声の主を、男――川神鉄心は知ってはいたが、敢えて振り返る。
そしてそこには、声の主であるヒューム・ヘルシングとその傍らにクラウディオ・ネエロが立っていた。二人とも邯鄲の夢の中と同じように燕尾服で身を固めている。
二人とも邯鄲の未来であった時よりも幾分若い印象だ。
「久しぶりだな。邯鄲の未来では顔を合わせたが……こちらでは十数年ぶりか」
ヒュームが鉄心に声をかける。
「そうか……もう、そんなにたつんじゃな……」
ヒュームの言葉に、鉄心が静かに目をつぶる。
その当時、軍で活躍していた川神鉄心、
そしてその2年後、惨劇がおこった。
鉄心は初代戦真館の惨劇を期に軍を辞め、表舞台から姿を消した。
自分が軍などに参加していなかったら……川神流を妹に教えていなければ……
そんな想いがあったのかもしれない。
ヒュームとクラウディオも初代戦真館の惨劇で仕えるべき未来の主を失った。
その名は、九鬼英雄。
新興財閥であった九鬼財閥の御曹司は、軍につながりを持つために敢えて軍学校である戦真館に飛び込んだ。
ヒュームもクラウディオもその時は既に九鬼の従者であったが、惨劇の日はたまたま、帝と局にそれぞれついていて、英雄についていたのは新任の忍足あずみ、李静初、ステイシー・コナー、桐山鯉の四人だった。
そして皆、惨劇の中で物言わぬ肉塊となってしまった。
自分がついていれば……そんな想いが二人にはあった。
そんな初代戦真館と縁のある実力者を探し出し、
狩摩は自らが命を落とした時の保険として、鉄心、ヒューム、クラウディオの戦真館に縁のある3人を内密に邯鄲へと侵入させていた。
しかし狩摩本人の手によって邯鄲に異物が交ぜられたことで、この三人の記憶も不安定になり、存在も狩摩のつながりが一番強かった邯鄲の未来でしか存在できなかったのだ。
海上で盧生二人が激突し、轟音が鳴り響いた。
衝撃波が三人の元にもやってくるが、三人は微動だにしない。
衝撃波をやりすごしたヒュームが空を見上げて、
「鉄心、お前これからどうするつもりだ?」
問いかけた。
「もし、鉄心様がよろしければ共に九鬼を盛り立てませんか? 揚羽様、紋白様は英雄様の悲しみを乗り越えて大きく羽ばたこうとしております」
ヒュームの問いかけに、クラウディオが捕捉するようにつづけた。
「……」
鉄心はしゃべらない、口をつぐみ、空を見ている。
「……儂は」
その沈黙がどれほど続いたであろうか、鉄心が何かを吐き出すように口を開いた。
「儂は……学び舎を作ろうかと思っておる」
鉄心の言葉は決意と想いが込められていた。
「なに?」
「学び舎……で、ございますか」
意外な言葉にヒュームとクラウディオが戸惑いの声を上げる。
「そうじゃ、学び舎じゃ。その学び舎では、強き者も、そうでない者も共に手を取り合い、切磋琢磨し、磨きあい、競い合い、高めあう。そんな学び舎を作りたいと、思っておる」
そして空の向こうで
「そして……そしていつか、儂の生徒たちが戦真館の生徒たちと出会い、交わり、高め合う。そんな学び舎を作りたいと、思っておる」
そう言った。
鉄心の目には微かに涙が浮かんでいた。
「そうか……」
「素晴らしきお考えだと思われます」
ヒュームとクラウディオは鉄心の言葉を聞くと大きく頷いた。
二人共、鉄心がなにを思い浮かべているか理解したのであろう。
「……ではな、俺たちはそろそろ帝様達の元に戻らねばならない」
「鉄心様、またお会いしましょう」
ヒュームとクラウディオは鉄心の言葉を聞くと踵を返す。
聞くべきことは聞いた、もう、交わす言葉もあまりということなのだろう。
ヒュームが2、3歩進んだところで急に歩みをとめ、思い出したかのように、
「その学び舎ができたら、また屋上で酒を飲もう……あの時みたいにな」
そう言った。
「わかった……とびっきりのモノを用意しといてやるわい……あの時みたいにな」
その言葉に鉄心が大きく頷く。
「楽しみにしております」
クラウディオが柔和な顔に笑みを浮かべて頭を下げる。
この会話を最後に、ヒュームとクラウディオは去っていった。
鉄心は再び一人、浜辺に残された。
海上の激戦はさらに激しさを増したようで、ここまで衝撃波や、圧力、威圧感、悪寒、熱線あらゆるものが飛んでくる。
そんな中で鉄心は空を見上げる。
そして大きく一つ礼をすると、
「盧生よ、ありがとう……儂に再びももと出会える機会をくれて、ももと過ごす機会をくれて、ももと戦う機会を作ってくれて、本当にありがとう。これでようやく、儂も前に進める……」
万感の想いを込めてそう言った。
鉄心は頭を上げると海に背を向け歩き出した。
(なぁ、もも、随分と止まっていたが、儂もようやく歩けそうだ)
鉄心は懐から出した白黒のボロボロの写真を見ながら心の中で百代に言う。
その写真には、壮年の鉄心とまだ幼い百代の姿が写っていた。
――何やってんだ、だらしないぞ!!
写真の中から百代の声が聞こえた気がした。
鉄心の口に苦笑が広がる。
ああ、そうだ、孫ができたら百代とつけよう。二人目は一子にしよう。男ならどうしようか、やはり大和にしようか……
そんなことを考えながら、鉄心は歩いていく。
後ろはもう、振り返らなかった。
―――――
よく晴れた秋の日、四四八は戦真館の教室で一冊の本を眺めていた。
甘粕との激闘が終わり、既に一月あまりが過ぎようとしている。
甘粕との戦いに紙一重で勝利した四四八たちはこの1ヶ月、その事後処理に追われていた。
救ったとは言え、鎌倉だけでなく、神奈川、東京の町の多くは半壊という状況で、この戦真館もつい昨日ようやくキーラと鈴子・千早の戦いによってついた爪痕を修復したばかりだった。
そんな修復されたばかりの教室で四四八は本をめくっている。
表紙には『初代戦真館 學生名簿』と書いてあった。
四四八がページをめくるたびに、見慣れた名前が飛び込んでくる。
葵冬馬、甘粕真与、板垣辰子、板垣竜兵、井上準、大和田伊予、岡本一子、小笠原千花、風間翔一、京極彦一、川神百代、九鬼英雄、幽雫宗冬、クリスティーアーネ・フリードリヒ(留学生)、榊原小雪、椎名京、島津岳人、長宗我部宗男、那須与一、葉桜清楚、穂積百、松永燕、黛由紀江、源忠勝、源義経、武蔵坊弁慶……
教員の名前も、見覚えのあるものが多い。
鍋島正、ルー・イー(招待講師)、釈迦堂刑部、小島梅子、板垣亜巳、マルギッテ・エーベルバッハ(招待講師)……
皆、物部黄泉の引き起こした惨劇の被害者だ。
国の為に、家族の為にと戦うことを選んだ彼らの無念は如何許りだろうか。いくら想像したところで、余人の思いが至るものではないはずだ。
だが彼らの残した
時を越え、四四八たち次代戦真館の面々にしっかりと受け継がれている。
こんなことは彼らにとってはなんの慰めにもなりはしないのかもしれない。
それでも、四四八たちに出来る弔いは、初代戦真館という輝かしいばかりの光を放っていた若者たちが存在したという事実を忘れないこと。
彼らが作り上げた
そしてそれらを必ず、次代へと引き継がせること。
それを続けていくことなのだと、四四八は思っている。
ひとつの名前が、四四八の目に飛び込んできた。
直江大和――
あの邯鄲の未来を共に歩んだ仲間の一人の名前だ。
四四八はその名を刻み付けるように見つめると、名簿を閉じて立ち上がる。
四四八は大和と歩いた邯鄲の未来を覚えている。
大和はあの未来で政治家になっていた。
特定の政党に所属せずに数々の辛酸を舐めながらも、ついには九鬼紋白が日本初の女性総理大臣になったとき、副総理に任命されている。その後も外務相、国土交通相、財務相などの要職を兼任して九鬼総裁の懐刀とまでいわれるようになっていた。
政治家になってそれなりにたったときに、自分の父親が、今は随分とマシになった、と言って日本に帰ってきてくれたことを嬉しそうに語っていた大和の泣き顔は忘れられない。
四四八の中で、直江大和は……いや、あの時、川神で出会った人々は確実に生きている。
しかし、本来の世界において、彼らはもうどこにもいない。
だが――
だが、しかし、と四四八は思っている。
邯鄲の夢は、ただの夢ではない。
いうなれば未来の可能性を見ているのだ。
だから、
だからこそ、いつか再び会うことができる。
そう思っている。
今は無理だ。
だが、次の、次の次の、次の次のその次の……世代を重ねて想いをつなげれば、いつか必ず再び出会うことができる。
四四八そう思っている――否、確信している。
四四八は、大和があの戦いの最後に言った言葉を思い出す。
『また、会おうよ。柊』
四四八は声に出してその言葉に答える。
「ああ、また会おう。直江」
いつの日か――きっと――
四四八は窓から川神があるであろう空を見上げた。
見上げた空は、四四八たちが川神を訪れた初めての日のように、高く、蒼く、広く、澄んでいた……
戦真館×川神学園 本編 ~完~
最後までお読みいただきましてありがとうございます。
川神学院生徒=初代戦真館のネタはぶっちゃけると後付です。
ほんとに何も考えてなくて途中でない頭ひねって考えました。
原作の流れを壊したくないというのが個人的なこだわりでしたので
こういう会話が四四八達の最終決戦の合間に交わされている可能性があるなぁ、という雰囲気にかけていれば幸いです。
矛盾とかポロポロあると思いますが、其の辺は目をつぶっていただけるとありがたいです……
本編はこれにて終わりですが、日常回があまり書けずに出ていないキャラもいますので、
その辺りを番外編として、ちょこちょこ更新していこうかなと思ってます。
辻堂さんとか天神館とかだしたいなぁ。
とにもかくにも思いつきで始めたこの拙作、まさかここまで続いて、終われるとは思ってもみませんでした。
細かいことは、活動報告に書かせていただきます。
とにかく今は、読んでいただき、励ましていただき、応援していただいた皆様に、言葉では表せないほどに感謝をしております。
皆様のお声で、書き続けることができました。
最後までお付き合い頂きまして、本当に、本当に、本当に、ありがとうございました。