戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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強いとわかってるキャラを強く書くというのは、思った以上に難しいということが分かりました(白目)


第五十九話~伝説~

 川神院の鍛練場は常人には足を踏み入れることすら許されない空間が展開されていた。

 鉄心と百代の気は大地を揺らし、大気を震わせた。

 攻撃が打ち合うたびに衝撃波が巻き起こり、空気が歪む。

 

「喝ァーーッ!!」

 鉄心が顕現の弐・持国天を放つ。

 威力は小さいが、絶対必中の一撃、

「くっ!」

 百代はそれを腕一本で受け止めたが、跳ね飛ばされて宙に浮いていた身体を地面へと落とされる。

「喝ァーーーーッ!!!」

 地面に落ちた百代に鉄心は顕現の参・毘沙門天を作り出し巨大な足で百代を踏み潰す。

「川神流・無双正拳突きっ!!」

 百代は空から降ってくる巨大な足を自らの拳で迎え撃った。

 

 瞬間、閃光と爆音、爆風が吹き荒れた。

 

 しかし、そんな戦いの余波など気にもせず、いつの間にか鉄心と百代は再び空中で向かい合っていた。

「叭ーッ!!」

 鉄心の気合の声と共に、鉄心の姿がぐにゃりと歪む。

「む……」

 それを見た百代が眉をひそめる。

 周囲の気温が目に見えて上がったのを感じた。

 顕現の壱・摩利支天。自身の気を熱に変え陽炎を作り出すことで自身の姿をくらませる鉄心独自の奥義の一つだ。

 それを悟った百代は、

 すぅ――

 と、大きく息を吸い込むと。

「川神流・神風の術っ!!」

 気と共に一気に息を吐きだして周囲に突風を巻き起こす。

 

 突風により熱を逃がされ、陽炎が解けてゆく。

 百代の背後に姿を現す鉄心。

「そこぉッ!!!」

「喝アーーッ!!」

 百代の拳と、鉄心の作り出した顕現の漆・神須佐能袁命の斬撃がかち合った。

 

「くあっ!」

「がっは!」

 互いに衝撃で吹き飛ばされて、距離が離れる。

 

「喝アァァァーーーッ!!!」

 鉄心はその間を利用して、顕現の中でも最大級の攻撃を繰り出した。

 顕現の玖・天津甕星。

 巨大な隕石が鉄心の頭上に現れ動き出す。

「はあああああ……」

 それを見た百代は右手を腰に気を集中させる。

 そして、

「川神流……星砕きィーーッ!!!」

 集中させた気を一気に放って頭上から迫り来る隕石にぶち当てた。

 

 轟音と共に隕石が砕け散る。

 

「まだだ……まだまだ、こんなもんじゃあ、ないだろう」

 百代が右手を突き出した形で呟いた。

 

「こおおおおおおおお……」

 鉄心が大きく息をする。

 みしり、と鉄心の中の気の密度が上がる。

 それを感じた百代の髪がざわり、と持ち上がる。

 

「しゃあッ!!」

「喝ーーーッ!!!!」

 次の瞬間、再び二人の闘気がぶつかり合う。

 

 轟音が響き渡った。

 

 

―――――

 

 

 日輪拳・北 灰燼裂波、

 対するは地球割り。

 

 日輪拳・南 十万億土、

 迎え討つは最高出力の雪達磨。

 

 濁流槍は、炙り肉で蒸発させ。

 川神水流は万物流転で跳ね返した。

 

 川神流の秘技と奥義が惜しみなく交わされる。

 撃ち合い、消し合い、相殺する。

 その一撃、一撃が地面を揺らし、大気を震わせた。

 

 しかし、

「やっぱ、飛び道具じゃ決着つかないよなぁ」

 百代が呟いた。

 どんなに強力でも互いに知り尽くしている術理の比べ合い。出力が同じなら、千日手のように膠着するのはあまりにわかりやすい構図だ。

 

「このままいくらやっても、埒があかない……いくぞ! じじいッ!!」

 百代は鉄心に向かって叫ぶと、

「川神流・生命入魂!!」

 自身の中の気を一気に膨らませる。

「オオ……」

 細胞の一つ一つがパンパンに膨れ上がっていく。

「オオ……ッ!」

 ふつふつと身体の中から力が溢れ出してくる。

「オオっ!!」

 限界まで張り詰めた力に百代は逆らわなかった。

 力が赴くままに一気に鉄心との距離を詰めると、拳を振り上げて襲い掛かる。

「喝アァーッ!!」

 鉄心が迎え撃つ。

 

「シャアッ!!」

「喝アーッ!」

 拳が交わされる。

 

 一瞬の間。

 

 空気が焼ける匂いがした。

 

 百代の拳は鉄心の頬をかすっていた。

 鉄心の拳は百代の脇腹をかすっていた。

 次の瞬間、互の頬と脇腹が切れ味の良い刃物で切り裂いたようにぱっくりと割る。

「オオオオッ!!!」

「喝アーーッ!!!」

 しかし、そこから血があふれる前に、百代と鉄心は再び拳を交わす。

 一発ではない、無数の拳を、足を、膝を、肘を、額を、指を、掌を縦横無尽にはしらせて、相手を穿とうと手を出し合う。

「オオオオオオッ!!!!」

「喝アーーーーーッ!!!」

 二人の攻撃の回転が、どんどんと上がっていく。

 二人の周辺に紫電が走り始めた。

 紫電は見えるが、二人の拳は、脚は見えない。

 

「オオオオオオッ!!!」

「喝アーーーーッ!!!」

 百代と鉄心は二人にしか到れない境地に、足を踏み入れていった。

 

 

―――――

 

 

「オオオオオオッ!!!」

「喝アーーーーッ!!!」

 百代と鉄心は二人しかいることが許されない聖域で打ち合っていた。

 もはや相手に何発入れたか、わからない。

 相手に何発入れられたのかも、わからない。

 

 百代は鉄心と鎬を削っている。

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 百代は感動を覚えていた。

 

 これほどか、これほどなのか。川神鉄心という伝説はこれほどまでのものだったのか。正直、今自分が拮抗している事に自分自身が驚いている。

 少し前までの自分だったら既に地面に倒れ伏しているのではないか、そんな確信にも近い予感がある。

 

 だとしたら、みな無駄ではなかったという事だ。

 みな、とは何か……全部だ。全部が無駄ではなかったのだ。

 

 柊と戦いが、項羽との戦いが、我堂との戦いが、鳴滝との戦いが、今、鉄心と戦う時間を延ばしてくれている。

 それだけではない。

 柊に負けた後、大和と見上げた星空が、鉄心の技をかき消すために使われてる。

 我堂と戦い、悔しさに涙している妹と食べたおにぎりの味が、鉄心を押し返すために使われている。

 もっと言ってしまえば、毎日の川神院での稽古も、かつて大和と交わした川辺での約束も、川神一子という妹ができたことも、全てが糧となっている。全てが薪となって力になっている。

 重さで言えば、一グラムの一千分の一。

 長さで言えば、一ミリの一千分の一。

 一万分の一。

 一億分の一。

 その様なものたちが重なり合って、積み重なって力となっている。

 川神百代は川神百代を根こそぎ使って鉄心と相対していた。

 この一戦のために、川神百代の今までがあったといっても過言ではないのかもしれない

 

「かぁっ!」

 百代はせわしなく呼吸を繰り返す。

 ほんの二回か三回でいい。

 ゆっくりと、深い呼吸をしたかった。

 肺が、出入りする息にこすられて、焼けるように熱くなっている。

 疲労の塊が石のように肉体の(うち)に溜まりはじめているのがわかる。

 そんなものも、深呼吸をする間さえとれれば、瞬間回復で癒せるだろうが、その間がない。

 仮にあったとしても、瞬間回復のような大味な技で気を消耗して、この戦いに勝てるのだろうかという思いもある。

 

「がっは!」

 鉄心の気弾が百代の顔面にぶち当たる。

 しかし、両手でそれを防御したところで、若干の距離があいた。

 しめた!

 すうぅぅぅ……

 この機会を逃すまいと、百代はその周辺の空気をねこそぎ吸い尽くさんばかりに息を吸う。

 瞬間回復は――しない。

 まだ動けるなら、ギリギリまで動く。

 どう転ぶかわからない、気は大事に使う。

 川神百代の全力、全身、全霊をもってしても、綱渡りのような戦い。

 

「流石だ、じじい……」

 我知らず鉄心を見上げながら、百代は呟いた。

 

 百代の顔には、いつの間にか微かな笑が浮かんでいた。

 

 

―――――

 

 

「むっ――」

「お目覚めですかな」

 全身からくる痛みに顔を歪ませながら起き上がったヒュームを出迎えたのは、同僚のクラウディオの言葉だった。

「……クラウディオ?」

「はい、九鬼従者部隊・序列三位あなたの同僚、クラウディオ・ネエロですよ。ヒューム・ヘルシング」

 ヒュームの言葉にクラウディオが丁寧に返す。

 

 クラウディオの両手の包帯。

 自身の全身の痛み。

 漆黒に染まっている空。

 そして記憶の断片。

 

「そうか、俺は操られ倒された……ということか」

「はい」

 ヒュームの言葉に、クラウディオが素直に頷く。

 

「俺を倒したのは、誰だ?」

「まずは柊様が1対1で、そして最後に援軍にこられた項羽様と真名瀬様の力を借りて、あなたをうち倒したと」

「そうか……」

「柊様と項羽様はすでに百代様の援護に向かっております、私は連絡を受けてやってきて、先ほど真名瀬様と交代して今に至る、というわけです」

「そうか……」

 ヒュームは先ほどと同じ言葉を繰り返した。

 痛みと疲労感と倦怠感。久しく感じていなかった感覚と共に、確かな充足感も存在していた。この感覚も、大分ご無沙汰なものだった。

「記憶がないのが、残念だ……」

 ヒュームが小さく呟いた。

 久しくなかった本気の戦い。全身が擦り切れるかのような闘争。

 この歳になってそんな事ができるなど想像もしていなかった。

 記憶がなくても身体が経験として此度の戦いを覚えている。そんな気がしている。

 

「奴の誘いにのったのも、あながち損ではなかったということか」

 そう言ってヒュームは皮肉そうに口を歪めた。

「はて? なんことですか?」

 ヒュームの呟きにクラウディオが首をかしげて問い返す。

「そうか、お前はあの悪魔に飲み込まれていなかったのだな……まぁ、忘れていたことに何か問題があるということなのだろうが――原因の察しはつくがな――あの悪魔に触れて、俺は思い出したこともあったということさ」

「はぁ?」

「まあいい……もしかしたら直にお前も思い出すかもしれん」

 そう言ってヒュームは立ち上がる。

 

 そんな時、向こうの空で凄まじい気のぶつかり合いを感じた。

 

「川神院――」

「おそらく鉄心様と百代様でしょう」

 ヒュームの呟きにクラウディオが答える。

「そうか……」

 自身がそうだということは、あいつもそうなのだろうか。

 自分よりも遥かに切ない思いを抱いてここにいるあいつも、今、あの残酷な思い出を思い出しているのだろうか。

 

 再び激しい気のぶつかり合いと、轟音が届く。

 

 それでも、それでも、尚、もう叶わない願いが叶い、お前は幸せなのか。

 

「なぁ……鉄心」

 ヒュームは川神院があるであろう空を見上げ、

「夢は……儚いな……」

 ヒュームは今、この想いを共にできるであろう唯一の友に向かって小さく、小さく呟いた。

 

 

―――――

 

 

「らあっ!!」

「たあっ!!」

 咲の咆哮とクリスの裂帛が交差する。

 咲の拳とクリスのレイピアが交わされる。

 

 クリスは咲の足止めという役をしっかりと遂行していた。

 しかし手数は圧倒的に咲が勝っている。

 クリスは大きなケガこそしていないが、ここまで激戦を戦い抜いてここまでやってきている。体力という意味では動けている方が不思議なくらいだといってもいい。

 それでもクリスは身体をしならせ、足を使い、咲の猛攻を凌いでいる。

 そして不利なはずのクリスが咲と渡り合えている要因それは、

「――っ!!」

 要所要所で適格に咲を牽制し、あわよくば仕留めようと狙っている、京の存在がいるからだ。

 京ももちろん十全ではない。

 それどころか今、矢筒にある矢は全て、戦場から引き抜いてきたものだ。真っ直ぐなものは一本たりともない。

 それでも命中精度において、天下五弓のなかでも屈指とうたわれる京は、矢の反りを感じ、風を読み、対象の動きを読んで矢を放つ。

「つっ!!」

 咲が首を振ったそのすぐ横を、京の放った矢が通り抜ける。

 もはや絶技といっていい集中力だ。

 

 そんな京の援護をもらいながらクリスは、状態で圧倒的に不利な立場に立たされながらも、咲を食い止めている。

 

 視線の端に倉庫から何かを抱えて出てくる大和とキャップの姿が見える。

 視線を素早く動かすと、京も小さく頷く。

 

「らあっ!!」

 咲が拳を握り飛び込んでくる。

「――っ!!」

 京が矢を放つ。

「たあっ!!」

 クリスがレイピアをまっすぐにたてて踏み込む。

 

「くっ――」

 攻撃と京の矢で体勢が崩れた咲にクリスの突きが決まる。

「かあっ!」

 咲は強く地面を蹴って距離を取る。

 

 大和とキャップがお堂のもとにたどり着くのが見える。

 クリスはお堂を背に二人を守るように立ち塞がる。

 京は十分に距離を取りながら、全ての人間が視界に入るように移動する。

 

 真っ赤に染まった咲の瞳は、目下の敵、全員を睨みつけていた。

「らあああああああああっ!!!!!」

 咲が咆える。

 

 咲の気迫はまるで衰えてはいなかった。

 

 

―――――

 

 

 ああ、楽しい……

 

 こんな状況なのに楽しくて仕方ない……

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、こんなに楽しいものだったのか。

 

 かつても戦いを楽しんでいたが、この湧きあがる感情はまた違う気がする。

 敢えて言うなら――感謝だろうか。

 それもあるが……それだけじゃない気がする。

 たぶん根底にあるのはこの戦いが始まってから、ずっと感じていた違和感なんだと思う。

 それが喜びを溢れさせてくる。

 うまく言えないが、そんな気がする。

 大和達には申し訳ないが目の前の川神鉄心といつまでも戦っていたい。

 そんなふうにも思ってしまっている。

 

 おい、だめだろう、じじい。

 そんなふうに無造作に間合いに入ってきたら打つしかないじゃないか。いいのか? いいのか? いくらじじいでも、私の拳が完全に決まったら終わってしまうぞ? 確かに楽しいし終わらせたくないとも思ってるが、決めるときにそれを打たないなんてことは出来ない。ああ、やっぱりそうきたか。それは囮で打ってきた手を壊すつもりだったんだな。流石だじじい、こわいこわい……そのかわり私の肘をくれてやる。ほら思った以上に間合いに入れてちょっとびっくりしてるんだろう。そうら、どうだ。おいおい、私の肘を受けるのに顕現をつかうのか? いいのか? そんなにばんばん使って、もう年なんだスタミナは持つのか? ん? いらぬ心配だって? ああ、そうだな、確かにそうだ。むしろ私の方が先にへばりそうだ。

 

 ほら。

 まだ動けるだろう。

 私はいける、いって見せる。

 キツイし、苦しいが動いて見せる。

 なあ、じじい。

 じじいも楽しいんじゃあないのか。

 

 だって、顔が笑っているぞ……

 

 

―――――

 

 

「よし、これでぶっ壊そうぜ!」

「うん」

 キャップと大和はそれぞれ両手で抱えるような工事用のハンマーをもって、扉の前に辿りついた。

 古いが重そうなハンマーだ。

「らあっ!!」

「はあっ!!」

 後ろでは咲とクリスの裂帛が響いている。

 咲がこちらに注意を向けると、京とクリスが連携して咲の行く手を阻んでくれたおかげで何とか無傷で扉まで往復できた。

「いくぞ、大和――せーの!」

「はっ!!」

 二人は思いっきりハンマーを錠前に打ち下ろす。

 金属同士がぶつかる耳障りな音が鳴り響く。

 

「――!!」

 咲がその音に反応するのを、

「やらせない!」

 京がその進行方向に矢を放ち出鼻をくじくことで、咲を大和たちの元へと行かせない。

「やあっ!!」

 その一瞬に間に同じくクリスが身体を滑り込ませて刺突を放つ。

「くあっ!」

 その突きを躱しきれずに肩にレイピアの一擊をもらう咲。

 二人の連携に咲に小さいながらも確実なダメージが蓄積されていく。

 しかし忘れてはならない。

 直江咲はこの二人が生まれるより前から、この川神で戦いに明け暮れていた人間だ。一筋縄で行く相手では決してない。

「ふぅぅ――」

 咲はギロリとクリスの後ろにいる京を睨みつける。

 その目はまるで獲物を捉えた獣のような瞳だった。

 

「せーの!!」

 キャップの合図に合わせてキャップと大和はハンマーを振り下ろし続ける。

 最初はびくともしなかった錠前も諦めずに振り下ろし続けるうちに、ここ何回かで、亀裂が入るような音もし出した。

「よし! あとちょっとだぜ、気合入れろ!」

「うん!」

 キャップの言葉に大和が頷く。

 腕はジンジンとしびれて震えている。

 しかし、その程度ではく弱音など、既に持ち合わせていはいなかった。

「んじゃ! いくぞ!!」

「うん!!」

 二人はハンマーを振り上げる。

「せーの!!」

「はっ!!」

 今までよりも力を込めて、めいっぱいハンマーを振り下ろす。

 

 金属のぶつかり合う大きな音。

 同時に亀裂が入るピキリという音。

 そして最後にべきり、と何かが折れる音が重なる。

 

「げっ!」

「なっ!」

 キャップと大和は同時に声を上げた。

 もともと古かったのだろう、振り下ろしたハンマーの柄が根元から折れてしまっていた。

 

 錠前は、まだ壊れては――いない。

 

 金属音に反応して、咲が向きを変えようとする。

「何度やっても――!」

 京がそれに反応して矢を放った瞬間――

 咲は獣の様に全身をしならせると、一気にクリスとの距離を縮め懐に飛び込んでいく。

 フェイント――

 基本中の基本だからこそ全てに対して有効な戦術。

 そして場数を踏んでいる咲のタイミングは絶妙だった。

「なっ!」

 咲の急な方向転換と、申し合わせの様に繰り返してきた京との連携の初動がクリスの反応を一瞬おくらせた。

「らああああああああああっ!!!」

「しまっ――」

 その一瞬が隙となりクリスは懐への咲の侵入を許してしまい、襟を掴まれる。

 そして、次の瞬間には、

「らあああああああああああっ!!!」

「きゃあああ!!」

 クリスは力まかせに投げれていた。

 

「クリス!!」

 京がクリスの名を叫ぶ。

 クリスの身体が京目掛けて吹っ飛んでくる。

 咲は目障りな牽制役である京をクリスと同時に倒そうと、クリスを思いっきり、京目掛けて投げつけてきたのだ。

「くっ!」

 京の頭に項羽との戦いの記憶が蘇る。

 あの時は二人同時に倒されたことで、由紀江を一人にしてしまった。

 かと言って、飛んでくるクリスを避ければクリスは後ろの壁に激突して、おそらく戦えなくなるだろう。

 1対1が苦手な弓兵だけでこの現状を打破できるかわからない。

 だったら――

 京は歯をかんで迫り来るクリスの身体を見据える。その無表情な顔に決意の色が浮かんでいた。

 

 次の瞬間、京は弓を投げ捨て、両手を大きく広げて凄まじいスピードで投げつけられてきたクリスの身体を抱きとめた。

「きゃああ!!」

「京!! クリス!!」

 衝撃のなかで大和の声が聞こえた気がした。

 その勢いに押されて身体ごと吹っ飛ぶ京。

「くっふ……」

 そしてそのまま京の身体は、壁とクリスに挟まれるようにして止まる。

 ずるり、と壁に寄りかかるように倒れる京。

 しかし、

「京!!」

 京が身を呈したおかげで、クリスは無傷で立ち上がった。

 これが京の決意。

 京にとって何が一番大事なのかを考えた瞬間に、京の行動は決まっていた。

 

 迫り来るクリスを見捨てることなんて、出来るはずがない。

 しかしかつての過ちと同じ行動をとることもありえない。後ろにはキャップとそして何より大和がいるのだ。自分たち二人が倒れて誰が彼らを援護するというのだ。

 そして自分は援護を得意とする弓兵。

 ならば答えは既に出ていた。

 自らが身を呈することで仲間を救えるならば、躊躇など一片たりともない。

 

「クリス……大和を……お願い」

 途切れそうになる意識の中で、京はそれだけをクリスに伝える。

「わかった――!」

 クリスは京の手を握ると短く答えた。

 京の決意(おもい)は、受け取った。

 クリスは蒼い瞳に京の決意(おもい)をのせて、再び立ち上がった。

 

「母さん!! こっちだ!!!」

 そんな時、大和の声が響いた。

 

 咲はその言葉に反応し、最愛の息子に向かって疾走していた。

 

 

―――――

 

 

 ああそうか。

 ようやくわかった。

 もはや、時間の感覚がなく程に打ち合って、戦ってようやくわかった。

 この記憶ですらない……例えるならば、魂の(うち)から湧き出るような感覚がなんであるか、ようやく言葉が見つかった。

 

 でも、だとするならば、じじいもそれを感じていていいはずだ。

 なぁ、じじい、どうなんだ。

 じじいも私と同じことを思っているのか。

 いいじゃないか、聞かせろよ。恥ずかしがっているわけじゃないだろう。

 私の喉を握りつぶそうとする前に聞かせてくれよ。

 ん? そうか、そうか、そうだよな――おっと悪いな、それは万物流転で跳ね返すよ。

 やっぱり、じじいもそうなのか。

 全く訳がわからない。

 それともじじいは分かっているのかな。

 まぁ、そんなことはどでもいい。思い出せなくて奥歯に何かがはさまってたみたいで気持ち悪かったんだ。

 

 ああ、すっきりした。

 これで私は思う存分この感情に身を任せられる。

 

 涙がこぼれそうなほどに切なくて、胸が張り裂けそうなくらいに愛おしい、この“懐かしい”という感情に……

 

 

―――――

 

 

「きゃあああああ!!」

 ハンマーが根元からへし折れたのと、クリスの悲鳴が聞こえたのは同時だった。

 大和たちがそちらに目を向けると咲に投げられたクリスが京と交差して壁にぶつかっていた。

「京!! クリス!!」

 大和の声も虚しく、京もクリスも壁にぶち当たる。

 

「くっ!」

 大和が何かを考えるより先に、キャップが大和を守るように前に出る。

「大和、咲さんは俺が何とかするから。大和は扉を!」

「キャップ!」

 現状としてはそれが最善手なのは分かってはいるが、あまりに勝算がない。

 大和が一人でこの鍵を壊すことは難しいだろうし、同時にキャップが一人で咲を相手にするのも難しいだろう。

 

 詰み――そんな考えが鎌首を持ち上げそうになったとき、大和に一つの考えが閃いた。

 

「キャップ!! 母さんは俺が相手をする!!」

「大和」

 キャップは一瞬、怪訝そうな顔で大和をみるが、

「わかった! しくじんなよ!」

 直ぐに頷き、道を開ける。

 理由は聞かない。仲間がやると言っているのだ、それを信じないで何を信じるのだ。

 根拠はない。だが、キャップの心に迷いはなかった。

 

「母さん!! こっちだ!!!」

 大和は扉の前で両手を広げて咲に向かって叫んだ。

 

「らああああああああああああああっ!!!!」

 大和の言葉に反応して、咲が一直線に突っ込んでくる。

 

 今までの人生で一度も見たことがないほどに狂気に染められた最愛の母が、拳を握り向かってくる。

 

 怖がるな――

 目をそらすな――

 見続けろ――

 

 大和は自分で自分を鼓舞する。

 ずっと感じていた得体の知れない不安感が、心を覆い隠そうと鎌首を持ち上げる。

 震えそうになる足に力を入れ、歯を食い縛り顔を上げ、目を逸らしたくなるような咲を見続ける。

 咲がどんどんと迫ってくる。

 

 かつて自分は失敗した。今度こそは……今度こそは……

 自覚もなしに大和の頭にはそんな言葉が流れている。

 記憶ではない――もっと奥の奥の、敢えて言うのであれば魂の部分から湧き出るようなそんな言葉だった。

 

「らああああああああああああああっ!!!!!!」

「――ッ!!」

 咲がすぐそこまで来た時、大和の脳裏に一瞬、何かの映像が浮かび上がる。

 襲いかかってくる咲の姿と()()()()()()()()()()()()()()の姿が重なった。

 その重なった百代の双眸も、狂気の色に染め上がっていた。

 

「らああああああああああああああっ!!!!!」

「大和ッ!!!!!」

 キャップが大和の名を叫んだ。

 あとから思えば、このキャップの叫びこそが鍵になったと言っていいかもしれない。

 このタイミングが早くても、遅くても、のちの結果が大きく変わっていたであろうことは想像に難くない。

 もちろんキャップは狙ったわけではない、それでも尚、土壇場で最高の切り札(カード)をひくこの天運は、間違いなく風間翔一が持って生まれた“才”といっていい。

「くうう――っ!!!!!」

 大和は自分を呼ぶ声に我に返り、思いっきり身体をひねり咲の拳を直前で回避した。

 あまりに急にそして強く身体を動かしたからだろう、足の方からぐぎりという嫌な音がしたが、構っていられない。

 咲の拳は大和の横を通り過ぎすぐ後ろにあった扉の錠前にぶち当たる。

 マスタークラスには遠く及ばないが、常人とは一線を画す実力者である咲が放った渾身の一擊。

 がしゃり――

 という音と共に漆黒の錠前が砕け散る。

 

「母さん!!!」

 大和は次の瞬間、咲に向かって飛びつき抱きしめる。

「咲さん!!」

 横からキャップも飛び出して、咲の腰をつかみ動きを止める。

「がああああああああああっ!!!!」

 そんな二人を振りほどこうと、咲が力任せに暴れる。

「くっ!!」

「ぐうっ!!」

 そんな咲に振り回されそうになりながらも何とかしがみつく大和とキャップ。

 

 そこに――

「たあああああああああああっ!!!!!!」

 金色の風が吹き抜けた。

 

 クリスが裂帛をほとばしらせて、咲の懐に飛び込んでくる。

「大和!!」

「おう!!」

 キャップの言葉に答えて、大和は最後の力を込めて咲を抱きしめる。

 咲の動きが一瞬止まった。

「零距離――刺突っ!!!」

 クリスはその一瞬に全身のバネをしならせて、咲の懐から伸び上がるような一擊を、咲の顎に叩き込んだ。

 

 クリスの渾身の必殺技をまともに食らった咲は、

「く……う……」

 頭を仰け反らせるようにしながら、そのまま後ろに倒れこむ。

 黒いモヤが蒸発するように咲の身体から立ち昇り、大気に溶けていった。

「母さん!!」

 大和が咲を抱き起こす。

「すー、すー」

 静かな寝息が、聞こえた。

「母さん……」

 大和の口から安堵のため息が漏れた。

 

 そんな時、

「おい! これは一体」

「鍛練場の方で凄まじい気が――」

「これは百代様……それに総代?」

 錠前を壊したことで封印が溶け、お堂から修行僧たちが飛びだしてきた。

 

 大和に先ほどの記憶はない。

 咲を目の前に一瞬見えた映像も、頭に流れた言葉も、今はもう思い出せない。

 だけど、微かに……ほんの微かにだが、想いが残っている。

 何をしようとしていたのかは、皆目見当がつかないが、その時も自分は同じ想いを胸に行動していたのだろう。

 

 そしておそらく、失敗したのだろう。

 

 だから、その切なる願いを言葉にのせた。

 

「姉さんを……姉さんを――っ! 助けてくださいッ!!!」

 

 大和の双眸から涙が溢れていた。

 

 

―――――

 

 

 自分は今、鉄心と言葉を交わしているのだ。

 拳を交わしながら、足を撃ち合いながら、言葉を交わしているのだ。

 こんなにも鉄心と語り合ったことがあっただろうか。

 

 おそらく――ない。

 

 今、この瞬間だからこそ出来た。

 相手の衣服を互の血で汚しながら、ボロ雑巾のようになりながら語り合うことができた。

 

 しかし、そんな楽しい語り合いも、そろそろ終わりが近づいてきてる。

 

 腕だけじゃなく、身体全体が鉛のように重くなっていた。

 酸素が足りていない。

 痛みなど、とうの昔に麻痺している。

 先ほど右手に力が入らないのを不思議に思い見てみて、はじめて拳が砕けていることに気がついた。

 面倒くさいから左手で拳の形で握りこませてそのままになっている。

 

 交わす力が、もう、ない。

 交わす言葉も、もう、ない。

 語り尽くした。

 充分か。

 もう、充分なのか。

 いいや、と応えるものがある。

 まだだ。

 まだ、残っているものがある。

 何か――

 それは、決着だ。

 決着だけがついていない。

 

 わかっている。

 百代はこの語り会いの中で、理解している。

 

「わかってるよじじい。止めて欲しいんだろ? ほっとけばこの川神ごと壊してしまいそうな今の自分を、止めて欲しいんだろ」

 

 わかっている、わかっているが……

 

「喝ァッ!!」

 鉄心は刹那の間隙を突いて、顕現の弐・持国天を放つ。

 巨大な掌が百代にぶち当たる

「くっ!」

 絶対必中の一撃。百代はそれを腕で受け止めたが、動きを止めてしまった。

「叭ァッ!!」

 その瞬間を見逃さず、鉄心は顕現の参・毘沙門天を創造すると、動きを止めた百代を巨大な足で地面に叩きつけ、踏みつける。

「ぐふっ……」

 毘沙門天の足が消えたあとには、地面にめり込むように倒れた百代の姿があった。

「くっ……」

 百代は身体を持ち上げようとして、失敗した。

 今まで騙し騙し動き続けてきた身体から、痛みや疲労などといった延々と溜まってきたものがここに来て一気に吹き出してきたのだ。

 

「わかってる……わかっているがな……」

 言う事を聞かない身体をなんとか動かして、百代は鉄心を見上げる。

「……私一人じゃ……しんどいぞ……」

 見上げた先には、今までで最大規模の隕石を顕現させた鉄心の姿があった。

 

 顕現の玖 天津甕星――

 

 死の流星が、百代めがけて放たれた。

 

 

―――――

 

 

「顕現の玖 天津甕星ッ!!!!」

 鉄心の叫びとともに、巨大な隕石が天から百代めがけて動き出した。

 

「くぅ……」

 百代は自由にならない身体を無理やり動かし隕石を睨みつける。

 避けることは出来ない。

 今のこの状態で迫り来る隕石のダメージを完全に回避できるとは到底思えない。

 仮に避けたとしても、隕石はこの川神院を粉微塵に吹き飛ばすであろう。

 鉄心が生涯かけて守ってきたこの川神院を見捨てることなど出来ようはずがない。そうでなくてもまだ修行僧たちが川神院の何処かに閉じ込められているのだ、半ば家族同様の彼らを無視することなど、百代には到底選択できることではなかった。

 

 迎撃するしかない――ッ!!

 そう決意して力を溜めるが……気が上手くまとまらない。

 想像以上のダメージが百代の身体を蝕んでいた。

 

「くっそ……ッ! クソォッ!!!」

 身体中からかき集めても、拳一つぶんしか気が集まらない。

 隕石はすぐそこまで迫っていていた。

「クッソオオオオッ!!!」

 それでもなおその一欠片の力を握り締め、百代が隕石を迎え撃とうとした時――

 

『川神流・陣地防衛 極技 天陣ッ!!!!』

 

 数多の声と共に細き気の線が陣となり、厚き層になって死の流星を食い止めた。

 

「なっ……?」

 目の前で隕石が止まり驚く百代。

 その耳に、

「姉さん!!」

 最愛の弟分の声が届いた。

 

「大和……それに……」

 そこには大和を先頭に川神院の修行僧たちが印を結び陣を張り、鉄心の奥義を食い止めていた。

 よく見ると技の衝撃に耐え切れず倒れている僧もいる。

 それでも残ったものは全身に汗を浮かべて、鉄心の絶命の一撃から、百代と川神院を守っていた。

「姉さん!!」

 再び大和の声が届く。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 大和の声に応えるように、百代は叫んでいた。

 

 痛んだ四肢に力を込めて立ち上がる。

 全身の傷口が開き血が滲む。

 それでも構わず、百代は天に向かって、仲間たちに向かって応えた。

 

 ありがとう、大和。

 わかっている。

 もう大丈夫だ、もう十分だ。

 私は一人じゃない。

 ならば、届く。

 届かせてみせる。

 伝説だろうとなんだろうとこの拳、届かせてみせるっ!!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 咆哮と共に百代の黒く豊かな髪が逆立った。

 

 一欠片の力を砕けた拳に握り締め、鉄心に向かって飛びかかる。

 

「喝アーーーーッ!!!!」

 

 そんな百代を迎え撃つように鉄心は両手を広げると、左右にそれぞれ神須佐能袁命と毘沙門天を同時に顕現させた。

 二体の偶像が一直線に向かい来る百代に向かって襲い掛かる。

 

 しかしその時、百代は見た。鉄心の口から一筋の血が流れているのを。

 

 気を使いすぎているのだ。これ以上の顕現の使用は鉄心の命に関わる問題となるだろう。故に百代は止まらない。鉄心がこの二体を足止めに使おうとしている奥義・顕現の零 天之御中主は撃たせてはならな。

 百代は一直線に、襲いかかる二体に特攻する。

 この二体の攻撃を受けて耐えれる保証はない。

 ない、が、鉄心を救うのに必要ならば耐えてみせる。

 仲間と勝つために必要ならば、凌いでみせる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」

 残りの力を振り絞る様に百代が叫ぶ。

 

 その咆哮に、

「先輩っ!!」

「武神っ!!」

 二つの裂帛が呼応する。

 

 そして翠色の閃光と、黒の剛胆が百代の左右に飛び込んできた。

 

「かあっ!!!」

 四四八の旋棍が、毘沙門天の一撃を受け止めた。

「おおおおっ!!!」

 神須佐能袁命の斬撃を項羽の方天画戟が相殺した。

 

 鉄心への道が拓けた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 百代は咆哮を轟かせながら、好敵手たちの拓いた道を、仲間の救ってくれた拳を握り疾走する。

「叭アーーーーッ!!!!」

 鉄心は顕現の零が間に合わないと見ると、両手に気を溜め、かわかみ波を百代にむけて放つ。

 かわかみ波に突っ込み、飲み込まれる百代。

 

 次の瞬間――

「アアッ!!!」

 百代はかわかみ波を突き抜け、鉄心の懐に飛び込んでいた。

 かわかみ波を突っ切ったからだろう。百代の全身のいたるところに焼けたような焦げ目がみえ煙が出ている。

 前に出していた左腕は黒く焦げ付いていた。

 それでもなお、右手に握りこんだ拳だけは燦然と輝いている。

 

「いつまで寝てやがるんだ――」

 百代は右拳を振り上げる。

 

 拳に握りこんだ気が輝きを増す。

 

「寝坊助じじいぃーーーーーーーっ!!!!!」

 百代は全身全霊渾身の力を込めて鉄心に拳を叩きつけた。

 

 百代の拳が鉄心の顔面に触れた瞬間、

 

 つよくなったのぉ……もも……

 

 鉄心の声が、聞こえた気がした。

 

「じじいィィーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

 百代が拳を振り抜いた。

 拳の衝撃が突き抜けるように、鉄心の背中から黒いモヤが弾け飛んだ。

 

 ぐらり、と体勢を崩し、互いに地面に向かって落下する百代と鉄心。

 そんな二人を僧達の陣が受け止めた。

 

「姉さん!!」

 大和は足を引き摺りながら百代のもとへ駆け寄る。

「姉さん!!」

 大和は陣から地面に軟着地した百代に向かって声をかける。

「大和……」

 上半身だけ起こした百代が大和の名を呼ぶ。

「姉さん――」

 弱々しいが、はっきりとした言葉に感極まり、大和は百代をちからの限り抱きしめた。

 また最愛の姉を抱きしめられる喜びに、感謝した。

 そんな大和の背中を百代は優しくポンポンと傷ついた手で叩く。

 首を巡らすと、向こう側に落ちた鉄心のもとに僧たちが集まっている。視線に気づいた一人が百代に向かって笑顔で大きく頷いていた。

 鉄心も無事なようだ。

 ふぅ……

 そこでようやく百代が何かを吐き出すように息をはいた。

 

「お疲れ様です、川神先輩」

「派手にやられたな、武神」

 そこに四四八と項羽がやってきた。

 飛び込んできた時にはわからなかったが、二人共、衣服には戦いの跡が見て取れた。特に四四八の戦真館の制服は血でどす黒く変色している。

「ありがとう、柊も清楚ちゃんも。お互いしんどい戦いだったなようだな」

「ええ……ですが、勝てました」

「ああ……そうだな」

 四四八たちの会話に、大和も顔を上げる。

「柊も覇王先輩もありがとう。二人がいなかったら勝てなかったかもしれない」

 そんな大和の言葉に、

「それは違うぞ、大和」

 百代が答える。

「確かに柊たちが来なければ勝てなかったかもしれない。だが、大和。お前たちが来てくれなければ、柊たちは間に合っていなかったかもしれない。みんなだよ、みんなで勝ったんだ……」

 そう言って百代は大和を包み込むように抱きしめた。

「ね、姉さん?」

 百代はそのまま大和に体重を預けるようにしなだれかかりながら目を瞑る。

 かつてないほどの充実感が百代の心を満たしていた。

 

 全力で戦えたからだろうか。

 川神鉄心という伝説に打ち勝ったからだろうか。

 仲間たちと今こうしている事ができるからだろうか。

 

 どれもそうであるように思えるが、決定的なことではない気がする。

 だが、一つ確かなことがあった。

 それを、百代は小さく独り言のようにつぶやいた。

 

「……じじい……私は幸せだ……」

 

「姉さん……」

 そんな百代の呟きを、大和だけが聞いていた。

 

 いつの間にか、川神院全体がいつもの風景を取り戻していた。

 

 伝説に挑んだ戦いの幕が閉じた。

 

 

 




鉄心の戦闘描写、やはり試合の様なものが多くてうんうんと唸っておりました。
というか、真剣恋のキャラがここまで切羽詰った状況になってる自分の作品が多分異端なんですよねw

クロスオーバー先の主人公、大和と百代の集大成です。

強くなった百代、成長した大和、そして手強い鉄心を感じていただけたら幸いです。

次はこの混沌襲来編のラストと終章の同時投稿になると思われます。

本編の更新は次で終わりになると思います。
なんとかここまできました、あと一息頑張っていきたいと思います。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

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