戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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今更になってですが、もうちょいタイトルひねれなかったかなぁと後悔中。
「真剣に戦の真に恋しなさい!」とか、
え? ひねれてないって?

orz



第五十八話~最強~

 九鬼本社ビル前の広場には、轟音と閃光が荒れ狂っていた。

 

 四四八とヒュームは初撃のぶつかり合い以降、片時も休まずに互いに攻撃を出し合っている。

 広場の中央。

 互いに一歩も引かずに打ち合っている。

 四四八とヒュームの脚が交わされるたびに、爆発が起きたかのような破裂音が鳴り響く。

 四四八とヒュームの拳がぶつかるたびに、閃光のような気の光りが弾け飛ぶ。

 しかし、それほどまでに大きな力で激しく打ち合っているのに、その周辺の景色に変化がない。

 ここまで大きな気を使って動いていれば、周辺の木々は揺れ、向こうに見える海にはかなり大きなうねりが発生していても不思議ではない。

 しかし、それが見受けられない。

 逆に、四四八とヒュームの周辺のみが蜃気楼が起こっているかのように、ぐにゃりと歪んで見えた。

 

 二人は相手を倒すためだけに力を集中しているのだ。

 同じ力でも、広い範囲に発散させるのと、一点のみに集中するのでは後者のほうが力が強くなるのは、小学生でもわかる論理であろう。

 自らの周りの景色を歪めてしまうほどの気を込めて、力を込めて、温度を込めて――そしてそれを、細く、鋭く、強靭に束ねて相手に叩き込む。

 そんな打ち合いを四四八とヒュームは展開している。

 

「はあっ!!」

「ジャアッ!」

 互いに裂帛の気合を響かせて、四四八とヒュームが交差する。

 

 拳を、旋棍を、足を、肘を、膝を、額を、踵を、指を、交差させる。

 

 最上のマスタークラスであるヒューム・ヘルシングの動きに、四四八は戟法、循法、そこに解法の切り替えを織り交ぜてついていく。

 

 四四八は特別なことをしているわけではない。基礎を土台とした積み重ね、それがヒュームとの拮抗を可能にしている。

 

 攻防の要である旋棍を編んだ形の精度。

 打撃の瞬間に旋棍に集中させる解法のコントロールとタイミング。

 循法を練り上げて、一切の無駄を排した体捌き。

 有るか、無しかの隙を見つけそこをつく判断力と決断力。

 

 どれも邯鄲で能力(ユメ)を使って戦う時の基本である。

 その基本の精度を高め、緻密につなぎ合わせる。

 基礎を高密度に極めて行けば、小技一切が不要になるのはモノの道理というものだ。

 つまりそれは、極意と呼ばれるものとなる。

 

「はあっ!」

「ジャアッ!」

 両者引かず打ち合う。

 一進一退すらない、両者はその場に踏みとどまり、全身を使い打ち合っている。

 

 そんな中、

「ジャアアアアっ!!」

 ヒュームの気が一段と膨れ上がり、この鮮烈な打ち合いに何かを捻じ入れようとした。

 ヒューム自身、この攻撃が四四八の読まれていることなど百も承知だろう。

 しかし、打つ――何故か。

 当たれば終わるからだ。

 ヒューム・ヘルシングを最強たらしめているものの一つは、間違いなくこの存在。

 文字通りの一撃必殺。

 どんな状態でも、どんな打ち合いにでもねじ込んで、相手を力まかせにねじ伏せるヒュームの代名詞とも言える必殺技。

 

 その名も、

「ジャノサイド・チェーンソーッ!!!」

 ヒュームは足を振り上げ、満月のような軌跡を描きながら、四四八めがけてぶち当ててきた。

 気を練り上げ、込める事で、歴史上の名剣、名刀にも勝るとも劣らない程の切れ味を有したヒュームの足が、超スピードで迫る。

「おおおおおおっ!!!!」

 四四八はその一撃を待っていたかのように、旋棍を交差しながら、その絶命の軌跡へと踏み込んだ。

 

 ヒュームの足と四四八の旋棍ぶつかりあった。

 

「があっ!!」

 次の瞬間、四四八は旋棍のガードごと吹き飛ばされて、広場の柵ににぶち当たり動きを止める。

「ぐっ……」

 四四八はよろめきながら、何とか立ち上がる。

 ジェノサイド・チェーンソーを受け止めた旋棍は粉々に砕けて、それを持っていた両腕は鮮血で濡れて、衝撃は体内にまで及んだのであろう、口から一筋の血が流れていた。

 だが――そこまでだった。

 四四八は堅の循法に全てを込めて、敢えてヒュームの一撃をぶつかった。

 最強の名を持つヒューム・ヘルシングと戦うのだ、その最強の攻撃を凌げずして勝利などありえない。

 故の特攻。この序盤、十全の状態で受け切れずして、重要な局面でこの攻撃を見切れるはずがない。

 そう考えての行動だが、賭けや博打だと言われてもなんの反論もできないものではある――しかし、相手は“あの”ヒューム・ヘルシングなのだ。博打の一つや二つ勝てずして届く相手ではない。

 

「ふぅぅぅ……」

 四四八は活の循法を発動して、全身の傷を癒し、再び旋棍を創造する。

 

 ヒュームはジェノサイド・チェーンソーを放った場所で佇んでいる。

 このやりとりで、ヒュームも気づいた。不十分なジェノサイド・チェーンソーでは目の前の相手は沈まないということが。

 

 この事で、戦術も、戦略も、駆け引きも何もかもが複雑化していくだろう。

 

「シュウウゥゥゥ……」

 ヒュームが口から闘気を一緒に黒い息を吐き出す。

「はあっ!!」

 それを、四四八は、呼気で受けた。

 

 先程までの打ち合いは探り合いでしかない。

 

 真の闘いはここから始まっていくのだ。

 

 

――――― 戦闘開始 一時間十五分 経過

 

 

「かあっ!」

「ジャアッ!」

 四四八とヒュームが打ち合う。

 常人には――否、武芸の達人と言われる人間ですら、今の二人の打ち合いをどれだけ見ることができるだろうか。

 全てが渾身。

 全てが全力。

 その一撃一撃を、二人は反応を超え、反射の領域で交わしあっている。

 刹那の瞬間に、幾多の駆け引きと戦略を込めて二人の拳は、脚は、膝は、肘は交わされている。

 それでも、その道の最上位者……即ちマスタークラスの人間であれば、見抜いたかもしれない。

 

 二人はこの渾身のやり取りの中でも、半歩、間合いを残していた。

 

 しかし、その半歩が、わからない。

 この半歩を踏み出す意味が、わからない。恐らく当事者である、四四八とヒュームもわかっていない。

 半歩踏み出すことが、死中に活を見出すことになるか、死中に足を踏み入れてしまうのか……

 

「かあっ!!」

 裂帛の気合とともに、四四八がその半歩を踏み出した。

 鋭い旋棍の一撃がヒュームの右肩に迫る。

「ジャアッ!!」

 その刹那、ヒュームも半歩、踏み出した。

 ヒュームの振り上げた踵が四四八の右肩に迫る。

 

「ガアッ!」

 四四八の旋棍がヒュームの右肩を横から穿った。

「ぐぅっ!」

 ヒュームの踵が四四八の右肩に撃ち落とされた。

 

 互いに一撃入れ、一撃もらった。

 そして同時に地面をけると、距離をとる。

 

 四四八の右腕が、だらりと伸びて明らかに左腕より長くなっていた。

 ヒュームの首に近い肩の部分が、異様な形に盛り上がっていた。

 

 四四八は肩を折られたか、はずされた。

 ヒュームは鎖骨を折られたか、はずされていた。

 

 四四八は左手で右腕を持ち上げて角度を決めると、

「むん」

 強引に右の肩をはめ込んだ。

 

 ヒュームは骨が肉をぼこり、と持ち上げてる部分をひと撫ですると、

「フン」

 左拳でそこを叩いて骨を元に戻す。

 

 はずれたにしても、折れたにしても、身体は嵌めたり、直したりする時の方が強い痛みがはしる。

 二人には激烈な痛みがはしったはずだ。

 だが四四八もヒュームも眉一つ動かさず、自らの身体を直してみせた

 

「かあっ!!!」

「ジャアッ!!」

 四四八とヒュームが同時に地を蹴り、再び打ち合いはじめた。

 先ほどの怪我など何もなかったかのように叩き合う。

 

 先程まであった半歩のゆとりは、既になくなっていた。

 

 

――――― 戦闘開始 二時間二十一分 経過

 

 

 四四八とヒュームが、離れて向かい合っていた。

 四四八の右まぶたの上あたりがパックリと切れてそこから骨が見えている。

 ヒュームの鼻が左に曲がっていて、鼻の穴からどろりとした血が流れ出していた。

 

 四四八は手袋で傷口を拭うように強引に傷を抑えると、活の循法で傷を塞ぐ。

 ヒュームは右手で鼻をつまむと、めちっ、とねじって、鼻の形を元に戻していた。

 

「はあっ!!」

「ジャアッ!!」

 

 何事もなかったかのように、二人は再びぶつかり合う。

 

 二人の闘気はまるで衰えてはいない。

 

 

――――― 混沌襲来 五日前 十二月十九日 夜

 

 

 千信館のメンバーが生活をしている寮。現在の時刻は夜の十時。

 夕食も終わり、他のメンバーも各自の部屋に戻ってそれぞれの時間を過ごしているであろう時間。四四八は部屋でテストの復習をしていた。

 二時間近く机に向かっていて、二科目ほど見直しが終了している。

 テストの返却が明日に迫っていた。

 手応えは――ある。

 だが、前回同じテストで同率になった冬馬も自信がありそうだった。テスト前にわざわざ『今回は、勝たせてもらいますよ』と、綺麗な顔にニッコリと笑みを浮かべて宣戦布告をしてきたのだ。あの男にしては珍しく、気合を入れてきたのであろう。

 別に四四八自身一番になる事に興味はない、興味はないが、上があるならば目指す。それは至極当然のことだと、四四八自身は思っている。

 

「うーーっん」

 区切りがついたところで、四四八は大きく伸びをした。

 集中の糸が若干だが、緩んだ。

「コーヒーでも淹れてるかな」

 そう独り言をつぶやくと、食堂に向かっていった。

 

「ん?」

 食堂の前まで来たとき、明かりがついている事に気がついた。

 微かにだが話し声も聞こえる、少なくても既に二人以上の人間が食堂の中にいるようだ。

 

「ん? オーッス、四四八」

「よう」

 食堂に入った四四八を迎えたのは、栄光と鳴滝だった。

 二人は四四八に気がつくと、右手を上げて挨拶してきた。

「なんだよ四四八、なんか飲み物か?」

「ああ、コーヒーでも淹れようかと思ってな」

「ならさっき鈴子の奴が新しい袋あけてたぜ、そこら辺に転がってんだろ」

「ありがとう……ああ、これだな」

 四四八はコーヒーメーカーに濾紙を置くと、袋の中からコーヒーの粉末をスプーンですくって入れて、お湯を沸かしはじめる。

「お前たちも、いるか?」

「おう、悪ぃな、じゃあ一杯頼むわ」

「オレはパス。四四八が淹れると苦ぇんだよなぁ……」

「コーヒーの美味さは苦味にあるんだぞ、栄光」

「へいへい、オレはお子様でいいって」

 三人は何気ないやりとりを交わす。

 

「それにしても、二人して何をしてたんだ?」

 お湯を沸かしているポットを目の前に四四八が二人に聞いてきた。

「ん? 別にさっきこの辺でばったり会ったからさ」

「ああ、ただ、ダベってただけだ」

 四四八の問に、栄光と鳴滝が答える。

「ま、こうやって一緒に下宿みたいなことすんのも、あとちょっとだからな」

「そうだな……まさか、こんな短期間で二回もするとは思わなかったけどな」

 続けた栄光の言葉に、少し口元を綻ばせながら鳴滝が答えた。

 

「そうだな……そう思うと、淋しいもんだ」

 そう言って、四四八も台所から食堂を見渡した。

 この寮で既に二ヶ月以上過ごしているのだ、あと数日でここから去ることを考えると、何とも言えない寂しさが込み上げてくる。

「でも、やっぱ楽しかったな、この交換学生」

 そんなしみじみとした思いを噛み締めるように、栄光が呟く。

「なんか、最初はさ、オレが今まで知ってた川神と全然違ぇから、とんでもねぇ事したなってのと、とんでもねぇトコ来ちまったって気がしてたんだけど……話してみたらおもしれぇ奴ばっかだし……すげぇ人達もいっぱいいるし。やることなすことぶっ飛んでるし。うまく言えねぇけど、オレ、今の川神に来て、今の川神の人たちに会えてよかったって、思ってんだよね」

 栄光が川神での思いを吐き出すように、言葉を続けた。

「ふん、そうだな……」

 栄光の言葉に鳴滝も、目をつぶり何かを思い出すかのように同意する。

「ああ……俺も、そう思うよ」

 四四八も二人の言葉を噛み締めるように、頷いた。

 

 三人の間に沈黙が降りた。

 特に息苦しい沈黙ではない、先ほどの栄光の言葉に促され、三人が三人ともこの川神での生活を思い起こしている。

 そのための沈黙だ。

 コンロにくべられているポットが、お湯を沸かす音だけが食堂に響いていた。

 

「なぁ、四四八」

 そんな沈黙を不意に栄光が破った。

「なんだ?」

 四四八は栄光の言葉に顔を上げて答える。

 

「……」

 栄光は少しためらった後、

「闘うってさ……強くなるって、どういうことだと思う?」

 そう聞いてきた。

 

「何?」

 四四八は栄光の質問の意味を測りかねて、問い返した。

「いや、別になんか深い意味があるわけじゃないんだ。ただ、この川神で会った人たちは強い人ばっかでさ、でも、もっと強くなろうとしてて、しょっちゅうあっちこっちで闘ってて……別に前のオレ達みたいに切羽詰まってるわけでもないのに、なんでそんなことすんのかなってさ」

 かつての邯鄲で栄光は強くあろうとしたが、自らの弱さを突きつけられて崩れそうになった。そんな中で、仲間たちの信頼と、自らの勇気が栄光を支えた。

 

 そんな栄光だから、思ってしまった。

 強くなるとはなんなのか。

 何の為に強くなるのか。

 強くなってどうするのか。

 強くなるだけでは意味がないのではないか。

 なんとなくは理解している、だが、言葉にできない。

 言葉にできないから、うまく消化ができない。

 だから、栄光は問いかけた。自分が一番強いと思っている、柊四四八にだ。

「……」

 鳴滝は黙ってそのやり取りを聞いていた、鳴滝自身も興味のある話題なのかもしれない。

 

「うーん……」

 四四八は少し考えるように首をひねる。

 四四八自身、強く有りたいと常々思っている。

『強くありたい……俺の大事な人たちの為に、そいつらが誇れる俺であるために……』

 そんな事をついこの前、大和達に話したこともあった。

 では、どうやったら強くなるのか。

 腕力や暴力の話では、もちろんない。

 

 強くなること、それは――

「自分に勝つこと、かな」

 そう言って、

「もしかしたらそれは答えのない問なのかもしれないから、俺もうまくは言葉にできないけれど……強くなるっていうのはそういう事なんじゃないかって、俺自身はそう思っている」

 そう付け加えた。

 

「自分に勝つ……か。しんどいな、それ」

 四四八の答えを聞いた栄光が天井を見上げながら呟いた。

「確かに、そりゃ……難儀だな」

 鳴滝も目をつむって頷いた。

 

 先ほど四四八がいったように、答えがある問ではないのかもしれない。

 しかし、栄光と鳴滝は少なくても、

「でも、なんつうか……四四八らしいな」

「ああ、まったくだ」

 そう思っていた。

 

「それにしても、自分に勝つかぁ、どうすりゃいいのかねぇ」

 栄光がイスを後ろに倒しながら、誰に言うでもなく声を出した。

「まぁ、そういうのは自分自身じゃないと解らない部分でもあるからな。個人で基準が曖昧ということもあるが……直近にいい機会があったじゃないか」

 栄光の言葉に答えるように、四四八は言う。

「ほお……なんだよ、それ」

 鳴滝が興味深そうに四四八に聞く。

 

 四四八は栄光と鳴滝を見ながら、

「もちろん――この前行われた期末テストさ。決まっているだろう」

 当然のことのようにそう言った。

「げっ――」

「ぐっ――」

 期末テスト――という単語に言葉を詰まらせる栄光と鳴滝。

 その反応を四四八が見逃すはずはなかった。

「……お前たち……あれだけ俺が徹夜で教えておいて、よもや前回より順位が落ちたなどということはあるまいな……」

 ぞくりとするほどの凄みを忍ばせて、四四八の眼鏡がキラリと光る。

「オ、オレは大丈夫だけどよ! な、鳴滝の奴は数学がマジやべぇって言ってたぜ!」

「あぁ?! 英語のテスト時間、丸々爆睡カマしてたてめぇが何言ってやがんだ!!」

「……ほぅ」

 ぞくり――四四八の声が響く。

 ぶるり――と栄光と鳴滝が身震いをした。

 栄光も鳴滝も四四八の方を見ていない。恐ろしくてそちらを向く勇気がない。

 

 PRRR、PRRR

 

 そんな時、着信音が流れる。

 鳴滝のポケットからだ。

 

「はい! もしもし!」

 鳴滝は普段では考えられないほどに素早く携帯を取り出して、耳に当てる。

「おう、いや、なんでもねぇ大丈夫だ――焦ってねぇよ! ああ……ああ……喧嘩の仲裁? いや! 行ける! すぐ行く! どこだ? 親不孝通りの……おう、わかった! じゃあな!」

 何回か頷くようにして、鳴滝は電話を切ると、

「源のバイトのヘルプが入ったから、いってくるわ」

 右手をあげて、逃げるように食堂から出て行った。

 

「ちょおお! 鳴滝ぃ!!」

 そんな鳴滝の背中に手を伸ばして助けをこう栄光。

 だが、その手は何も掴むことはできなかった。

「栄ぅ光ぅ……」

 地の底から響き渡るような声が、栄光の頭の上から降ってくる。

「よ、四四八……あ! そういえばオレ、これから歩美んとこでゲームの約束してたんだ! じゃあな! 四四八! おやすみ!!」

「おい! 待て! 栄光!!」

 四四八の声にも振り返らずに、栄光は脱兎のごとく食堂から脱出する。

 普段よりも数倍逃げ足が早い。

 もしかしたら解法を使って逃げた可能性すらある。

 

 食堂に一人取り残される四四八。

「まったく、しょうがない奴らだ……」

 そう呟きながら、四四八はコンロの火を止めると、ポットを掴み沸いたお湯をフィルターに注ぐ。

 コーヒーの香りが四四八の鼻腔をくすぐった。

 気分がすぅっと落ち着いてくる。

 

 四四八は改めて、食堂を見渡す。

 この川神での慌ただしくも、楽しい交換学生。

 これが仲間たち全員でここにいられるのも、鳴滝が身を呈して晶と水希を守り、連れ帰ってきたからだ。栄光が勇気を振り絞り最終決戦を戦い抜いてくれたからだ。

 故に四四八は知っている。

 栄光も鳴滝もしっかりと自分に勝っているのだと。

 

 同時にあの時気持ちの半分でいいから、日常生活に向けられないのものか……別の考えが頭をよぎる。

 そんなことを思ったからだろう、

「まったく……本当に、しょうがない奴らだ……」

 四四八は再び呟いた。

 

 しかし四四八の口元は微かに綻んでいるように見えた。

 

 

――――― 戦闘開始 三時間十分 経過

 

 

 ジェノサイド・チェーンソー、だけではない。

 エネルギーウェイブ。

 覇王咆哮拳。

 百式羅漢殺。

 

 ヒューム・ヘルシングが繰り出す必殺技と思しき技は、全て凌いでみせた。

 循法、解法はもちろんのこと、時には創法の術理も使い技を、防ぎ、()かし、()なした。

 

 

――――― 戦闘開始 三時間四十分 経過

 

 

「ガハッ!」

 四四八の顔に、ヒュームの口から吐き出された鮮血がかかる。

 四四八の左の旋棍がヒュームの脇腹を穿っていた。

 肋の2、3本は叩き折った手応えがある。

 

 しかし、四四八の右の腕が肘からあらぬ方向に曲がっていた。

 この一撃を入れるために踏み込んだ時、ヒュームの渾身の掌底が飛んできた。それを防いだらこうなった。

 

 収支としては、プラスかマイナスか……

 

 そのようなことは、無論、四四八の頭の中にはない。

 相手を倒せるタイミングがあれば、踏み込む。勝つために。

 

 肘を強引に正常な位置に戻した四四八は、また一歩、踏み出した。

 

 

――――― 戦闘開始 三時間四十五分 経過

 

 

 ふたりは火を噴くように呼吸を繰り返している。

 火照った身体から火を吐き出し、さらに火力をあげるため、新しい息を吸い込む。

 吸っても吸っても足りなかった。

 吐きながら吸い込み、吸い込みながら吐き出している。

 

「はあっ!!」

 四四八が声を上げる。

 声を上げ、消耗してゆく精神を上に押し上げ、まだ燃やしてない燃料を、肉体の中から掘り出すためだ。

「ジャアッ!!」

 ヒュームの声を上げた。

 四四八の声に応えるように、声を上げた。

 

 

――――― 混沌襲来 二日前 十二月二十二日 夜

 

 

「ふぅぅ……」

 地べたに座った四四八はゆっくりと息を吐きながら、伸ばした足に手を持っていくように身体全体を伸ばしていく。

 四四八は寮の前でストレッチを行っていた。

 川神での生活も残り僅かということで最近は、夜でも時間があると川神の周りをジョギングしている。

 今日もたっぷり一時間かけて川神をまわり、寮に戻ってきてから整理運動をしていた。

「ふう」

 しっかりと身体を伸ばした四四八は今度は立ち上がると、息を整え、

「よっ」

 両手を地面について倒立を始めた。

 両手から足先までまっすぐに伸びた、綺麗な倒立だ。

「ふぅぅぅ……」

 バランスが取れたことを確認すると、四四八は倒立をしたままゆっくりと左手を外していく。

 しかし、そこで止まらなかった。四四八は右手一本での倒立を完成させると、今度は、指に力を込め右手の掌を浮かせて、五本の指だけで自らの体重を支え始めた。そして、さらに、指が、一本、また一本と離れていく。ついには人差し指と親指を開いた形のみでの倒立を完成させた。

「ふっ――」

 その状態でたっぷり十秒その状態を維持すると、四四八は地面に足を付ける。

 

 パチパチパチ――

 

 不意に、上から拍手が降ってきた。

「ん?」

 そちらを見ると、そこには、

「四四八くん、なんかどんどん常人離れしてくねー」

 歩美が屋上から身を乗り出して手をたたいていた。

「あれで脳みそ筋肉じゃないんだから、どうなってんのかしら」

 その横には鈴子の姿も見える。

「ねぇねぇ、四四八くんもストレッチ終わったならこっち来なよ。星が綺麗だよぉ」

 歩美がチョイチョイと手招きをする。

「星……か……」

 四四八が歩美の言葉につられて、空を見る。

 しかし四四八の位置からでは寮の明かりと、回りの電灯の光でそれ程、星は見えなかった。

「ああ、今行く」

 四四八はそう言うと足早に寮の中へと入っていった。

 

「おお……これは……」

 屋上の扉を開いたとき四四八は思わず声を上げた。

 そこには冬の凍てつきながらも澄んだ空気の中に、満天の星が輝いていた。

 工業地帯が近い川神であるが、流石に年末が近づいている時期だからであろうか、工場も稼働を停止しているものが多いようだ。それがこの澄んだ夜の空気の要因なのだろう。

「鎌倉も海沿いに行けば深夜だとかなり綺麗に星が見えるが、ここもなかなかだな……」

 そんな事を四四八が呟くと、

「そっかぁ、鎌倉も星綺麗なんだねー。わたしはこの時間は大体ゲームしてるから空なんかみないしなぁ。徹夜して昇る朝日を見たことはいっぱいあるけどね」

 歩美がぺろりと舌を出して言い、

「こんな夜の夜中に出歩くなんて信じられない。私なんかとっくに寝てるわよ、寝、て、る」

 鈴子が無駄に偉そうに胸を張った。

「お前らなぁ……」

 なんの情緒もない二人の言葉に脱力する四四八。

 

「まぁまぁ、四四八くん、そこんとこは置いといて――さっきまで、りんちゃんと話してたんだけどさ、四四八くん進路相談どうだった?」

「進路相談? ああ、この前、芦角先生が来て面談したやつか」

 四四八達は現在、千信館二年生。年が明ければ受験生としての日々が待っている。したがって、担任の教員である花恵が進路相談にやってきたのだ――もちろん、なぜ自分が川神まで来なければいけないのかと、相当な時間、四四八は愚痴られていたわけだが……

「私はまぁ、家業が家業だからね大学行って政経の勉強することにしてるけど……さっき聞いたけど、歩美の方はビックリするわよ」

「ほう――歩美に将来なりたいものがあるとは初耳だな」

 鈴子の言葉に興味を抱いた四四八が歩美に問いかけた。

 

「えへへ……まぁ、わたしも最近決めたんだけどね」

 歩美は上目遣いに四四八を見上げて、恥ずかしそうに笑うと、

「わたしね、自衛官になろうと思ってるんだ」

 そう言った。

 

「自衛官?」

 流石に予想外の答えだったのだろう、四四八がその単語を繰り返す。

「そ、自衛隊の自衛官」

 歩美は四四八の単語を確認するように反芻する。

「わたしってさ、あんまり頭良くないし、得意なことといえば射撃……コレを活かせる事がないかなぁって考えて、見つけたのが自衛官」

 歩美は自分の頭をコンコンと軽くたたきながら言って、

「それにさ……わたし達が邯鄲から帰ってきたら、世界もなんか違う感じになってて……わたしもさ皆の役に立つことしたいなぁって思って、ね」

 そう、恥ずかしそうに付け加えた。

 

「そうか……自衛官か……いや、最初は少し驚いたが……考えれば確かに歩美にあってるきもする。そうか、自衛官か……うん、いいじゃないか、頑張れよ歩美、応援してる」

 四四八は少し考える素振りをしたが、最後は歩美に向かって激励の言葉をかけながら頷いた。

「ありがと! 四四八くんに言われると、頑張んなきゃ! って気になるね。流石、鬼教官」

「なんだそれは……俺に言われなくても頑張れよ」

「えへへ、了ー解」

 

 そんな二人のやり取りを見ていた鈴子が、

「そういえば、柊」

 不意に声をかけてきた。

「ん?」

 四四八が鈴子の声に反応してそちらを向く。

「そういえばアンタはどうなのよ。確か警察官か検事だっけ? どちらにするとか言ったの?」

「あ、そうそう、それわたしも気になってたんだよね。個人的には検事の方が四四八くんっぽいかなぁって気もしてるんだけど……」

 鈴子の言葉に歩美も反応した。

「ああ、そのことか……うーん、実は芦角先生には少し違うことを言ったんだ」

「え? 四四八くん将来の夢、変えたんだ?」

「もったいぶらずに言いなさいよ! 減るもんじゃないんだから」

 四四八の返答に歩美と鈴子は興味津々という具合で聞き返す。

 

「別にもったいぶってるわけじゃないんだが……」

 四四八は前置きしてから、

「実は会社を興そうと思ってるんだ」

 そう言った。

 

「会社を興す?」

「それって起業するってことよね?」

「ああ、そういうことだな」

 歩美と鈴子の問いかけに、いとも簡単に答える四四八。

「確かに少し前までは、検事になろうかなと思っていた。だけど、この川神にきてみて、そして世界の情勢を見ていて自分に何ができるかと考えていたとき、九鬼を見て思ったんだ。この世界に本当に貢献するならば、個人の力ではなく、その組織を作り上げる必要があるんじゃないかってな」

 四四八は星空を見上げながら話し続ける。

「この世界は、言ってしまえば俺達のせいで歪められた世界だ。ならば、その責任は果たさなければいけない……と、俺は考えている。だが、個人の力はあまりに小さい……その為に会社という組織の力を作り世界に貢献をしていく。九鬼を見てそういう道を目指してみよう。そう思ったんだ」

「会社をはじめるねぇ……いやー、流石四四八くんだね。考えることがわたしなんかの斜め上をいってるよ」

「俺はお前の自衛官にも驚いたけどな」

 歩美の感嘆の言葉を、四四八は苦笑で返す。

「あんたのことだから何をする会社かっていうのは、もう大体決まってるんでしょ?」

「ああ、まだ漠然とだが……大枠はな――例えば……」

 鈴子の言葉に四四八が答えようとしたとき、

「ああ、それは今はいいわ。こんな面白そうなこと、皆がいるところで発表してもらいましょう」

 鈴子はその言葉を遮ると、

「それに、流石に少し冷えてきたわ」

 そう言ってぶるりと身体を震わせた。

「そうだねー、そろそろ戻ろうか」

 歩美も鈴子の言葉に同意する。

「そうだな……」

 四四八の身体も既にストレッチの熱はひき、身体が冷え始めているのを認識した。

 

 三人は屋上の扉へ向かう。

 

「ねぇねぇ、四四八くん。もしわたしが職にあぶれたら。雇ってよ!」

 歩美が明るく笑いながら言う。

「あんたねぇ、自衛官は公務員なんだから、一回なれば安泰なのよ? まぁ、でも、大杉とか淳士なんかは泣きついてくるかもしれないから、覚悟しといたほうがいいかもしれないわよ」

 鈴子が意地悪そうに四四八に笑いかける。

「あはは。でもそれはあるかもねー。でもでも、皆で一緒に会社経営とかって面白いかもよ!」

「私は嫌よ、そんなリスキーなこと。あんた達だけでやりなさい」

 歩美と鈴子は賑やかに喋りながら、階段を下りていく。

 

 四四八はそんな中で、歩美の言葉を反芻していた。

『皆で一緒に会社経営とかって面白いかもよ!』

 そんな未来を頭に浮かべた四四八は、

「確かにそれは、賑やかそうだ――」

 そう言って微かに笑った。

 

 

――――― 戦闘開始 四時間十五分 経過

 

 

 力と力がぶつかり合う。

 技と技がせめぎ合う。

 ぶつかり合い、高まり行く戦意と戦意が大気を震わし、地面を揺らす。

 

 本気対本気。

 

 四四八とヒュームは極限の状態でしのぎを削っている。

 

 

――――― 戦闘開始 四時間二十一分 経過

 

 

 四四八とヒュームは動いている、動き続けている。

 

 身が裂けるほどにはりつめて、命を削るほどにひきしぼっている。

 

 限界の、極限の、さらにその上を目指し力をひり出している。

 

 ぎりぎりの戦い、命の削り合い。

 

 なのになぜだろうか――この二人の戦いはまるで、踊っているかのようだった。

 

 

――――― 戦闘開始 四時間五十三分 経過

 

 

 極限の精神状態の中、四四八を支えているものは信念、想い、戦の真。

 互いに絶命必須の一撃を繰り出し受けながらも、四四八は覚悟を決めている。

 

 死ぬ覚悟――

 殺す覚悟――

 その様な()()()()()()など、とうの昔に通り過ぎている。

 

 四四八の決めた覚悟、それは、

 生きる覚悟、

 そして、

 救う覚悟。

 

「かあっ!!」

 四四八はヒュームを救うために、そして自らが生きるために、大きく一歩ヒュームの懐に踏み込んだ。

 

「がっは」

「ゴウッ」

 両者の渾身の一撃が、互を穿った。

 

 

――――― 混沌襲来 一日前 十二月二十三日 深夜

 

 

「ん?」

 十二時になるかならないかという時間帯に四四八は人の気配を感じて、読んでいた本から顔を上げた。

 十二時はまだ十代の自分たちにとっては宵の口だ、しかも明日は学園に顔を出すといっても正午近い時間を予定しているので、この時間、誰かが起きていても何の不思議もないのだが……何か、心のざわめきを感じて四四八は読みかけの本を置くと、気配のある方――玄関へと足を向けた。

 

「晶……それに、世良?」

 玄関には晶とその傍らにうずくまるように座り込んでいる、水希の姿があった。

「おう、四四八」

 その声に気づいた晶が四四八に向かって手を上げる。

「どうしたんだ? 世良? 体調でも悪いのか?」

 そんな晶に右手を挙げて答えると、四四八はうずくまっている水希に声をかけた。

「ああ、ごめん。大丈夫。体調とかそういうんじゃないの。全然そういうのじゃないんだけど……なんか眠れなくって」

 水希が答える。

 確かに体調が悪いわけではなさそうだ、ただ、覇気はない。

 晶が四四八に小さく頷く。

 おそらく晶も水希の気配を感じて、そして何かしらのざわめきを覚えてここに来たのだろう。

 もしかしたら水希はそのざわめきを一層強く感じていたのかもしれない。

 

「なんかさ……こういう月が綺麗な夜は、不安になっちゃうんだよね……」

 水希が不気味なくらいに青白く、美しく輝く月を見上げながら呟いた。

 水希は月の向こう側に何かを感じていた。

 自分を不安にさせるなにかが、近くにあるのではないか……と。

 

 沈黙が降りた。

 クリスマス前の深夜、遠くに微かに車の行き交う音だけが聞こえている。

 

「ねぇ、柊くん」

 そんな沈黙を破り水希が不意に口を開いた。

「運命って……あると思う?」

 水希が溜め込んできた大きなものを曝け出すような、そんな水希の言葉だった。

「私達が……私達だけがあの邯鄲に入れたのは、そんな私達が出会ったのは、みんな誰かに決められていたことなのかな……もしかして、この川神に来たことも……」

 水希が言葉を続ける。途中から独白のようになっていたのは、もしかしたら、その通りに自分に自分の心の中を言い聞かせていたのかもしれない。

「それだとなんか……いやだな……」

 水希は自らの膝に顔をうずめてそう呟いた。

「水希……」

 それを見た晶が、心配そうに水希を見る。

 

「運命か……」

 四四八は不安になるほど青白く輝いている月を見上げながら考える。

 そして、

「わからない……な」

 そう呟いた。

 

「そっか……柊くんでもわからないか……」

 水希が残念そうに呟く。

「ただ――」

 そんな水希の言葉を、四四八の言葉が遮った。

「ただ――だからこそ。本気にならなきゃいけないんだと思う」

「本気?」

 四四八の言葉を今度は晶が聞き返す。

「確かに人は、自分で出会う未来や、出会う人を選べない。そう言う意味では運命ってやつはあるのかもしれない……だから、自分が、自分の意志で、その都度やれることは本気でぶつかる――って事なんだと思う」

 仮に運命といいうものがあったとして、その運命にどのような刃物をつきつけられようと、人にはできることがある。

 それが、

 本気――

 であると、四四八は言っていた。

 運命があるならあったで、なければないでいい。今ある出来事に、本気でぶつかり、真摯に取り組み、逃げない。そこで、闘う。

 過去が変えられず、未来がわからないのであれば、今を全力で生きる。

 四四八はそう言っているのだ。

 

「そっかぁ……」

 水希は膝にうずめた顔を上げながら、四四八を見上げると。

「やっぱり、柊くんは強いなぁ……」

 憧憬の眼差しでそう言った。

 

 本気――その言葉が、水希の心の奥底にある何かに触れた気がした。

 

 そんな水希の肩をポンッと晶の手が叩いた。

「あんまり気にすんなって、水希。四四八みたいにいっつも全力じゃ疲れちゃうって。普通でいいんだよ、普通でさ。な」

「晶……」

 四四八と晶の言葉が水希の中に入っていく。

 すぅ、とささくれていた気持ちが丸まっていくのがわかる。

「ありがとう……ごめんね、なんか愚痴っちゃって」

「気にするな、お前の面倒な性格は前からだ」

 四四八が水希の言葉に眼鏡を光らせて答える。

「あーー、ヒッドーイ!」

 水希が頬をふくらませてむくれる。

「四四八さぁ、もうちょい言い方あったんじゃねぇかなぁ」

 そんな二人を晶が苦笑を浮かべながら見ていた。

 

 くしゅん――

 

 気が抜けたのだろうか、水希が小さくくしゃみをした。

「うーー、寒い! そろそろ戻るか」

 晶がそのくしゃみに反応したように両手で自らの両腕をさすると全身を震わせる。

「そうだな、明日が学園に顔を出さなきゃいけないし、明後日にはクリスマスパーティーもある、風邪などひいたら目も当てられん」

 四四八も身体を伸ばしてそう言った。

「うん、そうだね」

 水希もそう答えて、勢いよく立ち上がった。

 

「なんか眠れそう! ありがとう二人共」

 そう言って水希は寮の中へと入っていく。

「戻るか」

「うん」

 四四八と晶も頷き合うと、各々部屋へと戻っていった。

 

 青白い月だけが、誰もいなくなった寮の玄関を照らしていた。

 

 

――――― 戦闘開始 ××時間××分 経過

 

 

 既に時間の感覚はない。

 どれほど目の前の相手と戦っているのか、皆目見当がつかなかった。

 まだ一時間とたっていないような気もするし、既に半日以上が経過しているようにも感じる。

 

 四四八の肉体は既に未知の場所に立っていた。

 怪士と戦った時でさえ、ここまで肉体を酷使はしていなかった。

 活の循法は常に発動してある。

 しかし、すべての怪我を治せるわけではない。

 致命的なものから治していき、動けるところはそのままにして戦っている。

 それでも肉体の損傷は時間が経るごとに増えていった。

 

 肋は3本は折れている。

 さきほど肘を受けた時、奥歯を血と共に一本吐き出した。

 左手の薬指が、折れ曲がってあらぬ方を向いている。

 邪魔でちぎって捨ててしまおうとも思ったが、時間がなかったので強引に拳の中に旋棍と一緒に握りこんだ。

 右肘の靭帯は、たぶんちぎれかかっている。

 循法で僅かに再生した筋肉が、腕の駆動を可能にしていた。

 右眼は殆ど見えていない。

 赤い簾が視界にかかっているようだ。恐らく網膜が剥離しかけているのだろう。

 血の反吐は、既に二度ほど吐いている。

 打ち身と打撲傷、出血箇所は全身にいたり、ないところを捜すことはほぼ不可能だろう。

 

 満身創痍。

 

 肉はちぎれ、骨は折れている。

 

 しかし、ちぎれていないものがあった。折れていないものがあった。

 

 それは、覚悟だ。それは、心だ。

 

 柊四四八の覚悟は、ちぎれてはいなかった。

 柊四四八の心は、折れてはいなかった。

 

 満身創痍の身体を引きずって、四四八が一歩、前に出た。

 

 

――――― 戦闘開始 ××時間××分 経過

 

 

 四四八とヒュームは打ち合い、倒れ、立ち上がる。

 それを何度も繰り返していた。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、立ち上がっていく。

 

 からっぽだった。

 四四八の身体にはもう何も残っていなかった。

 力とか、技とか、精神だとか、そういったモノは細胞のひとつずつに残っているものまで捜し尽くし、燃やし尽くした。

 それでも立ってヒュームに立ち向かっていけるのは、心が、真が、覚悟が四四八の身体を支えているからだ。

 

 しかしそれでさえ、打ち合うごとに、命と一緒に削られていく。

 

「――!!」

「ジャアッ!!」

 四四八の方はもはや喉が潰れ、声を出すことすらかなわない。

 

 そして、その時、

「ガアアアアアアアアアッ!!!」

 ヒュームの気が膨れ上がった。

 

 この気の膨らみ、何が来るかはわかっていた。

 ヒュームは必殺の一撃で断ち切ろうとしている。目の前の怨敵の支えている、心や真や覚悟を命ごと刈り取ろうとしていた。

 

「ジェノサイド――」

 ヒュームの足が死の軌跡を描く。

「――っああああああっ!!!」

 四四八は潰れた喉を振り絞り、ありったけの力を循法込めて前に出る。

「チェーンソーーッ!!!!」

 ヒュームの刃と化した足と、四四八の旋棍が激突する。

「がっはっ!」

 旋棍が砕かれ、四四八の両腕は鮮血を撒き散らし弾かれる。

 それでも相手も十全ではないのだろう、まだ、生きている。

 そう思い、体勢を立て直そうとしたとき、四四八の目に、死神の鎌が映った。

 

 ヒュームがもう一方の足を同じ軌跡を描いて振り上げてきた。

 ジェノサイド・チェーンソーの二連撃。

 

「――がっ」

 対策を打とうとした時には、ヒュームの足は四四八を穿っていた。

 身体を斜めに打たれ、鮮血が飛び散る。

 喉からせり上がってきた鉄の味がする何かを吐き出した。

 ボヤけていた視界が一層狭くなり、暗くなり始めた。

 

 それでも四四八は歯を食いしばり意識をつなぎとめようと前を睨みつける。

 

 ヒュームが追い討ちをかけようと前に出たのが見えた。

 

 視界がさらに暗くなってきて、その迫り来るヒュームの姿さえ見えなくなりそうになったとき。

 

「――――柊ぃ……!」

「――――四四八ぁ……四四八ぁ……っ!!」

 

 仲間の声が、聞こえた。

 

 

――――― 戦闘開始 六時間四八分 経過

 

 

「四四八!! 四四八!!!」

 スイスイ号から飛び降りた晶は、ヒュームの一撃を喰らい空から落ちてくる四四八に向かってはしりながら、四四八の名前を叫び続けた。

「晶ぁ!! 柊を頼んだぞっ!! おおおおおおおおおおっ!!!」

 晶のすぐ横を、項羽が方天画戟をもってヒュームに向かって飛びかかっていく。

 

「四四八!! 四四八!!!」

 晶はそんな項羽の言葉に答えることもできずに、四四八の名前を呼ぶ。

「四四八!! 四四八!!!」

 晶の目には涙が浮かんでいる。全身が血にまみれ、ボロ雑巾のようになっている幼馴染を見るだけで心が鷲掴みにされたようになる。

「四四八!! 四四八!!!」

 生きていて、生きていて。

 祈るように思いを込めながら、晶は四四八の名前を呼ぶ。

 

 晶は四四八の下までたどり着くと、飛び上がり空中で落ちてくる四四八を全身で受け止める。

 抱きしめた全身に血のぬるりとした感触が伝わる。

 身体が驚く程に冷たかった。

 

「四四八ぁっ――四四八ぁっ――」

 

 どんな怪我もあたしが癒す。

 どんな傷もあたしが直す。

 どんな痛みもあたしが取り除く。

 どんな時でもあたしが四四八を守る。

 だから――

 だから――

 

「生きて……四四八っ!!」

 

 晶の全身から生命の息吹が、四四八へと送り込まれた。

 

 

―――――

 

 

「させるかぁあああああっ!!」

 四四八に止めの一撃を見舞おうとするヒュームに項羽が躍りかかる。

「おおおおおおっ!!!」

 方天画戟を縦横無尽にはしらせながら、項羽がヒュームを圧倒する。

 

 項羽の実力というところももちろんあるが、それ以上にヒュームも長時間、四四八と全力でぶつかり合っていた事での影響がここに来て出始めている。技のキレ、力の込め、気の威圧感。全てが十全のヒューム・ヘルシングから半減している。

 しかし、それでもマスタークラスの最上級。一筋縄で行くはずもない。

「ジャアアッ!!」

 ヒュームは突っ込んでくる項羽の方天画戟に向かってカウンター気味に気をぶち当てると、

「シャアアッ!!」

「くうっ!」

 一瞬止まった方天画戟を力まかせに蹴り上げた。

 項羽の両手から離れ海へと落ちる、方天画戟。項羽の体勢も崩されていた。

 力だけではない、技だけではない、全てが兼ね備えてこその最強。

 ヒューム・ヘルシングは力が半減してなお、健在だった。

 

「ジャアッ!!」

 そんな項羽にヒュームが足を繰り出す。

「ざあっ!!!」

 項羽はそのヒュームに敢えて踏み出し、拳を握り込む。

 たとえ相打ちになろうとも、この敵に一撃与えられる機会を逃すわけには行かない。

 そう判断しての一撃。

 

「ジャアッ!!」

「ざあっ!!!」

 ヒュームと項羽の攻撃が交差しようとしたとき――下から放たれた閃光が、ヒュームを包み込んだ。

 

 

―――――

 

 

「四四八ぁっ!!」

 四四八は自分の呼ぶ声を、耳元で聞いた。

 まるで切り取られたかのように感覚がなかった手足に、血が行き渡っているのがわかる。

 痛みが、すぅ、とひいていく。

 みしり、みしり、と力が湧き上がってくる。

 

 目を開ける。

 視界が晴れていた。

 向こうにヒュームと蹴り上げられて方天画戟を飛ばされた項羽が見えた。

 

「破ぁっ!!!!」

 四四八はそれを見た瞬間、晶に全身を抱えられたまま片手を伸ばし、ヒュームに向かって咒法の一撃を放っていた。

 

 

―――――

 

 

 閃光に飲み込まれる、ヒューム。

 この四四八の放った一撃をまともに喰らい、攻撃が止まる。

「ざああああっ!!!!」

 その一瞬を逃さず、項羽の渾身の拳がヒュームの顔面に突き刺さった。

「ガアッ!」

 項羽の一撃を喰らい、地面に叩きつけられるヒューム。

「ジャアア!!」

 それでも、叩きつけられた地面からエネルギーウェイブを放ち、項羽の追撃を牽制する。

 項羽はそれを避けながら、四四八と晶の所へと降り立った。

 

「柊、無事か!」

 降り立った項羽が、二本の足で立っている四四八に聞く。

「ありがとうございます。晶と覇王先輩のおかげで、なんとか生きてます」

 四四八はそう言って軽く頭を下げる。

 しかし、直ぐに前を向くと、

「ですが、お礼はあとにさせていただきます。今は、ヒュームさんを倒す為に力を貸してください」

 そう言った。

「おう、任せろ!」

「うん!」

 項羽と晶がその言葉に頷く。

 

「時間をかければそれだけ厳しくなります。次で、決めます――」

 四四八の言葉に、

「何か策でもあるのか?」

 項羽が聞く。

「はい、策というほどのものではないですが……晶と、覇王先輩がいるなら大丈夫です」

 そう言って四四八は二人に向かって自分の考えを伝える。

 

「お、おい、それは……」

「そんなんダメだって!」

 それを聞いた項羽は戸惑い、晶は拒絶の意を示した。

「もう時間がない、頼む……それに晶。俺はお前を信じている。きついだろうが……頼む」

 晶は四四八の声を聞いて下を向いて、唇を噛む。

 違うだろう……キツイのはあたしじゃない、四四八だろう。

 いつも、そうだ。

 いつもこの幼馴染は、自分のためじゃなく誰かの為に身体を張る。

 誰かの為に笑ったり、怒ったり、頑張ったり、葛藤したり、案じたり、励ましたり、そして一緒に行こうとしてくれる……

 

 自分は、そんな四四八が好きなんだ。

 そんな四四八を守ろうと決めたんだ。

 

 だったら……

「わかった……あたしが四四八も清楚先輩も、ヒュームさんも守ってみせる」

 晶は顔を上げて手に持った包帯を握り締めた。

 

「よし! 覇王先輩いいですね」

「んはっ! 任せておけ!」

「いきます!! はあああああああっ!!!!」

「おおおおおおおおっ!!!!」

 声を合わせて、四四八と項羽は同時にヒュームに向かって駆け出した。

 

「ジャアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」

 ヒュームは二人の気に応え、全身から最後の力を振り絞る。

 この期に及んで二人を同時に相手することは難しい。

 ならばどうするか。

 最大最強の一撃で、二人同時に葬る。

 全身全霊、最大最強の、

「ジャノサイドッ――」

 ヒュームのすべての気が足へと集中する。

 かつてないほどの力を込めて、ヒュームの一撃が炸裂する。

 

 その時項羽が、すっ、と四四八の後ろに引き、四四八が、つっ、と前にでる。

 

 小賢しい――ひとりが盾になろうとも無駄だ!!!

 ニヤリと笑ったヒュームの口元が、そう言っているようだった。

「チェーーンソーーッ!!!!!!」

 絶命の軌跡が描かれた。

 

「がああっ!!!!」

 四四八がその一撃を全身で受け止める。

「うわあああああああああああああああああっ!!!!」

 その瞬間、後ろで待機していた晶が能力(ユメ)を炸裂させる。

 絶命必須の死の軌跡で受けた四四八の傷を、晶の能力(ユメ)が癒していく。

「――ッ!!」

 吹き飛ぶはずだった四四八の身体はその場で踏みとどまり、ヒュームの全身全霊の一撃を受け止めた。

「おおおおおっ!!!!!」

 そこに項羽が飛び込んでヒュームの顔面に激烈な一撃を叩き込む。

 

 ぐらり、とヒュームの身体が揺らいだ。

 

「柊っ!!!!」

「先輩っ!!!」

 項羽と四四八は揺らいだヒュームの懐に飛び込むと、全身の力を拳に込める。

「はあああああああっ!!!!!」

「おおおおおおおおっ!!!!!」

 裂帛を轟かせ活人の拳を振り上げる。

 

 フッ――ヒュームの口元が一瞬ほころんだように持ち上がった――様に見えた。

 

 四四八と項羽は同時にヒュームに渾身の拳を叩きつけた。

 

 ヒュームは二人の一撃を喰らい吹き飛び、公園にある大きな木にぶつかりそこにめり込み、ようやく止まった。

「ガッ――ハッ――」

 次の瞬間、ヒュームは黒いモヤの塊を吐き出すとその場に崩れ落ちる。

 

 倒れたヒュームの全身が漆黒から解放され、もとの姿に戻っていく。

 

 最強との戦いに、終止符が打たれた瞬間だった。

 

 

―――――

 

 

「四四八っ!!」

 晶が四四八の元に駆け寄る。

「大丈夫か? まったくホントに……馬鹿だよ四四八」

 四四八の身体に怪我がないか確認しながら、晶が言う。

「ああ、ありがとう、晶のおかげで大丈夫だ」

 声に少し弱々しさを交えながらも、四四八は晶に答える。

 

 四四八の作戦は単純だった。

 防御力のある四四八が、晶の援護でヒュームの一撃を耐え、その隙に項羽が一撃入れる。さらに追撃をかけて決着をつける。

 作戦と呼ぶにもおこがましい単純な特攻。

 しかし個々の力と、それをつなぎ合わせた絆が、最強を穿つ一撃となった。

 

「覇王先輩もありがとうございます。覇王先輩がいなければおそらく倒せませんでした」

「ふん! 大事な部下を助けるのは覇王として当然のことをしただけだが……まぁ、遠慮するな、もっと褒めていいぞ?」

 項羽は胸を張りながら得意げに四四八を見る。

「はは……ありがとうございます」

 そんな項羽の態度に小さく笑って礼を言う四四八だが、次の瞬間ぐらりとバランスを崩す。

「柊!」

「お、おい! 四四八!」

 二人がそんな四四八をあわてて支える。

「大丈夫……流石に疲れたってだけです、少し休めば立てるようになります」

 項羽と晶に覆いかぶさるように支えられながら、四四八は目をつぶる。

「そういえば、ちゃんとお礼を言っていなかったですね……俺が今生きているのは二人のおかげです……」

 図らずも四四八の口が項羽と晶の耳元にあるような体勢になっているため、四四八の言葉が耳元で囁かれているように二人には感じていた。

「お、おう……」

「いやー、ほら、これ当然のことだし……なんて……」

 項羽も晶も耳元で四四八の息づかいを感じて頬を染める。

 

 そして、

「二人がいてくれて……本当に良かった……ありがとう」

 トドメの一撃が放たれた。

 

「~~~~ッ!!!」

「ーーーーッ!!!」

 項羽と晶の顔が湯気が出そうなくらいに真っ赤に染まる。

 しかし、そんな二人のことなど気にも止めずに、四四八は目をつぶり、身体中の倦怠感に身を任せる。

 項羽と晶から送られてくる体温が、心地いい。

 

「ありがとう……本当に……ありがとう」

 四四八は感謝の言葉を紡ぐ。

 

 静けさに包まれた広場の片隅に、柊の花が一輪、静かに揺れていた。

 

 

 




すっごく久しぶりに四四八をがっつり書いた気分。
戦闘って意味だと~飛燕~が半年前……ひ、久々すぎる。

戦闘と書いてありますが、これは果たして戦闘描写なのかどうなのか……
あと二次も含めてヒュームが戦っている作品ってそんなにないんですね、ちょっとびっくりでした。

ともかく残りも少しになりました。
最後まで是非ともお付き合い、よろしくお願いいたします。

お付き合い頂きまして、ありがとうござます。

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