戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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<真剣恋A-4をDLしながら>
みなとそふとさん、自分にこれ以上、ネタお提供しないでもらえますかね?(困惑)



第五十七話~助人~

「さんたまりーあー うららうのーべす」

 学園の生徒たちが日常の象徴である学園へと向かうために通る、多馬大橋。その上で、今日の非日常の象徴である悪魔――神野明影が謳っていた。

「さんただーじんみちびしー うらうらのーべす」

 神野明影はただ、謳っているだけだ。

 しかし、それだけで黒い何かが溢れ出し、空間そのものを穢していく。

 神野明影が祈祷(オラショ)の一節一節を謳い上げるたびに、川神全土の闇が濃くなっているようにすら見える。

「まていろきりすて うらうらのーべす」

 存在そのものが穢の権化。

 それがどうした、そのとおり。

 穢すことこそ我が全てだと誇るように、悪魔は祈祷(オラショ)を謳い上げる。

「まてろににめがらっさ うらうらのーべす」

 区切りの一節を歌い上げたとき、

「ん?」

 神野は川神を包む闇の、さらに一層深い闇が覆うこの多馬大橋に踏み込む、侵入者たちを認識する。

 

「やぁ、お二人さん、まっていたよ」

 神野はその侵入者たち――水希と義経に向かって、歓迎ともとれる笑みを浮かべて両手を広げた。

「もっと早くにお相手したかったんだけどさ、こちらもひとりで色々やっててね、忙しかったんだ。これでも仕える主がいる身、手を抜くわけにはいかないし。申し訳ない……」

 そう言って慇懃に頭を垂れる姿は、それだけで相手を馬鹿にしているようでもあった。

 

「神野……」

 水希が創法で作り出した刀を握り込む。

 様々な思いが溢れ出る。

 屈辱も、後悔も、失敗も、未だ自分の中にある不明瞭な不快感も、すべてを込めて神野の名を呼ぶ。

 

「水希、君が来てくれると思っていたよ。逆に来てくれなかったら、こちらから行くつもりだったぐらいだからね」

 神野が口を三日月型に歪めて水希を見る。

 その顔には悪魔の親愛と嘲笑が込められていた。

 

「ボクの中の彼が叫ぶんだよ。羨ましい、羨ましいってさ。ボクはこんな闇に堕ちたのに、君はあんなに輝く光の中にいる。ああ妬ましい、ああ疎ましい。ボクはこんなにも強くなったのに、君はボクのことなんか見向きもしない。君の言うとおり強くなったのに、君は光の中で友人たちと戯れている……そりゃあ、あんまりなんじゃないかなぁ」

 見え見えの挑発、しかしそれに、

「神野オォッ!!」

 水希が瞳に狂気の色を滲ませ、反応しかけた。

 

 その時、

「水希ッ!!」

 義経が水希の肩を掴んで止める。

「落ち着いて。相手の術中にハマっちゃダメだ」

 振り返った水希と義経の瞳が交差する。

「深呼吸」

 義経は短くそう言った。

「……すぅ……ふぅ……」

 水希は素直に従い、一つ深呼吸をする。

 再び開けた水希の瞳には、先ほどの狂気の色は残ってはいなかった。

 

「……ふむ、少しは成長しているってことかな? 一回見限らせてもらった()()()()がどれほどのものになったか見せてくれよ」

 神野はそう言うと両手を大きく開き、天を見上げる。

 ただそれだけの行為で、あたり一面の闇が一層深くなった。

 どこからともなく大量の羽虫が湧いて出て、わんわんと羽音の輪唱を奏で始める。

 

「ラスボスに美少女二人で挑む……なんかこの時代の娯楽作品であるよねそういうの? なんだっけ? 美少女戦士・ふたりは~なんちゃら~、みたいなやつ? って、美“少女”ってのは水希には苦しいか……だって二年も引きこもってて、そろそろ“少女”って枠じゃなくなっちゃうもんねぇーー!! ひぃっーひっひっひっひっ――きひははははははははは!!!」

 神野の嘲笑を合図に、

「はあああああああああっ!!!」

「やあああああああああっ!!!」

 水希と義経が白刃を煌めかせながら飛び出した。

 

「ああわかっていますよ、我が主。本気は出しませんが、手は抜きません。それがボクの悪魔の矜持ってやつです。(あなた)好みの輝きを演出してみせますよ」

 神野はそう言うと、二人の白刃の前に身を躍らせる。

 

「さあっ!!」

「やあっ!!」

 水希と義経の白刃が神野の身体を切り裂いた。

 水希の刃が首から上を、義経の刃が腰から上を真っ二つに断ち切った。

 

 しかし、手応えは――ない。

 まるで素振りをしているかのような手応え、(くう)に向かって刀を振り下ろしたかのような、その程度の感触。

 もちろん、神野にダメージは、ない。

 

「あんめい、まりあ――ぐろおおォりああァァす!!」

 生首となった神野の口から呪いの祈祷(オラショ)が発せられた。

 

 瞬間、神野の身体は散り散りにはじけて、無数の蟲、黒い霧、漆黒の放射能となって義経と水希を取り囲む。

 

 水希と義経が分断された。

 

「水希っ!!」

「義経っ!!」

 互の名を呼ぶが、届かない。

 

 義経の前には、いつの間にか漆黒の空間が出来上がっていた。

 神野明影には肉体という実態がない。霧のような粒子であり、放射能のような穢であり、蟲の集合めいた罪と悪意の塊なのだ。

 

 神野の穢が、義経を取り囲む。

 

「義経ちゃんは、おにんぎょう」

 次の瞬間、義経の周りでわんわんと戯れる羽虫の音がした。

 

「義経ちゃんは、おにんぎょう。かわいいかわいい、おにんぎょう。きれいなきれいな、おにんぎょう」

 義経を取り囲む空間に無数の口が存在し、聞きたくもないことを聞き漏らさせないように、全方位どこからでも言葉が耳に滑り込んでくる。

 蟲が耳の中に入ってくるかのような不快で、気味の悪い、粘着質な声と言葉が義経を取り囲む。

 

「みんなからかわいがられて、あいされて……がんばれー、義経ちゃん、がんばれー、義経ちゃん。義経ちゃんはいいこだから、そんなみんなのきたいにこたえちゃう……でもさ……」

 億の穢が義経の心の中に入り込む。心の中の一番柔らかいところを見つけ出し、問答無用に糞を擦り付ける。

 

「でもさ……それってほんとににんげんなのかなぁ! みんなからいわれたことだけやって、めざすものも、なまえすらきめられて……義経ちゃんのいしはどこにあるんだい?」

 義経自身、疑問にすら思っていなかった……否、恐らく気づいてはいたが、気づかないふりで見ないようにしていた、心の一番傷つきやすい部分を神野は綺麗に取り出して嬲ってくる。

 

「えいゆうのうまれかわりだとかいわれてるけど。みんなのためにかってにつくられて、みんなのためにかってにかたにはめられて、それってやっぱりただのおにんぎょうじゃないか!」

 義経の心の底の底にあるモノを、掻き出し、掘り出し、踏みつける。

 

「てかさぁ、源義経っておとこだよね? おんなのきみがなれるわけないじゃない! こんぽんてきにまちがってるんじゃないかなぁ……いきかたってやつが……うふふふ、ひぃっーひっひっひっ、ひゃははははははははは!」

 悪魔の嘲りと嘲笑が、億という蟲の羽音となって、義経の耳に、心に入り込む。

 

 否応なく精神が掻き毟られそうな悪魔の嘲りを、義経は真剣な眼差しで聞いていた。

 

 心がざわめく。

 疑惑や不信が沸き起こる。

 母替わりであるマープルの顔が黒く塗りつぶされていく。

 

「でも――それでも――っ!!」

 そんな感情をまるまる全て飲み込んで、義経は刀を握り、足に力を込める。

 

「義経は――義経は――っ!!」

 弁慶の笑顔を思い浮かべる。

 与一のニヒルな笑みを思い浮かべる。

 迎えてくれた川神学園の皆の顔を思い浮かべる。

 育ててくれた九鬼の関係者の笑顔を思い浮かべる。

 

 確かに自分は作られた存在だ。

 生き方も強制されたものだ。

 でも――それが一体なんだというのだ。

 その人々に応えたいと思ったのは、義経の感情だ。

 

「でも、そのかんじょうが、じぶんのいしだと、だれがしょうめいすんだい? それすらつくられたものかもしれないじゃないか」

 そんな心に声にさえ、穢は問答無用に押し入ってくる。

 

 この感情は自分のものかって?

 それを証明するのは誰かって?

 

 そんなことは簡単だ。

 

 証明するのは――自分だ。源義経自身だ。

 

 それが誘導されたものしれない、それが作られたものしれない。

 そんな事はどうでもいい。

 重要なのは選び取ったものを信じ、貫く勇気だ。その道を進み、戦う覚悟だ。

 それがいつか意志となり、確固たる生き方として柱になっていくのだ。

 

 故に、義経は迷いなく、清廉な瞳で目の前の穢の塊を見つめると。

「絶対に!! 九郎義経に、なるんだあぁぁぁぁっ!!!!」

 渾身の一閃を叩きつけた。

 

 一瞬の静寂。

 煩わしいという言葉では足りないほどにわんわんと空間を蹂躙していた蟲達がピタリとその音を止めた。

 そして次の瞬間、黒い粒子が爆ぜたかと思うと、義経を包んでいた黒い空間が消滅し、義経は先程までいた橋の上に立っていた。

 

「――お見事」

 

 純粋な賞賛の声が義経の頭上からかけられた。

 

「その歳で、その意志の強さ、生い立ちも考慮に入れれば驚嘆に値するね……まるで君たちの魯生のようだ。全然ボクの趣味じゃないけど……我が親愛なる主からすれば、君みたいな人が増えることを望んでいるんだろうねぇ」

 神野は義経に賛美の言葉を投げながら、一人でうんうんと頷いている。

「それにしても、この騒動の現状を見るに、()()()には、君みたいな子が沢山いたというわけなのかな……いや、凄まじいねぇ、()()()というものは……」

「……?」

 義経は刀を油断なく構えながらも、神野の独り言のような言葉に眉をひそめる。

 言っていることが意味不明なのは前からだが、なにかが引っかかる、自分中の何かが神野の言葉を拾って違和感に変えていく。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 神野明影ええェェっ!!!! 」

 そんな義経の思考を、友の絶叫が遮った。

 

 義経がその方向を見ると、そこにはドス黒い直径5メートル程あろうかという球体が佇んでいた。

「あああああああああああああああああ!!!!」

 絶叫はその中から轟いている。

 なかに水希が閉じ込められているのだろう。おそらく義経自身も先ほどまであのような形で囚われていたはずだ。

 

「ふむ……前言撤回させてもらうか。戦真館でも、こんなふうな出来損ないもいるようだ……まぁ、ボクとしてはこちらの方が好みなわけだが」

 神野はそんな球体からの絶叫を聞きながら、満足そうに頷く。

「くっ!! 水希!!」

 義経が球体へと駆け出そうとしたとき。

「おおっと」

 神野が黒い毒蛾達を(ほとば)らせ、義経の行く手を阻む。

「それは野暮ってもんじゃないかな、義経ちゃん。愛する二人の逢瀬を邪魔するもんじゃあ、ないよ」

「くっ――」

 義経は刀を振りながら前に進もうとするが、無尽蔵に湧いてくる毒蛾の壁が義経を阻む。

「くっ! 水希!! 水希ぃっ!!」

 せめて声だけでも届けようと、毒の鱗粉が口に入るのも構わずに、義経は黒い毒蛾を払いながら力の限り叫ぶ。

 

「素晴らしい、いや、本当に素晴らしいね。我が主なら君のことを、思いつく言葉の限りを使って賞賛したことだろう」

 そんな義経を見ながら神野は一人、呟く。

「そんな君の強さの、半分……いや、一〇分の一でも彼女にあったらねぇ……」

 神野は絶叫が溢れ出てきている球体に目をやりながら、呆れたような、また嬉しそうな感情をにじませる。

 

 次の瞬間、水希が閉じ込められているであろう黒い球体がポッカリと口を開いた。内側からこじ開けたわけではない、神野が作り出したであろう誘いの出口。そしてそれは罠の入口。

「神野オオォォォォォッ!!!!!!」

 その口から、絶叫を迸らせながら水希が飛び出してきた。

 目の前の神野明影に向かって、他の何にも目を向けず、目に入れず、ただ一直線に突っ込んでいく。

 その瞳は狂気の色で染まっていた。

 

「水希っ!!!」

 義経が水希の名を叫ぶ。が、届かない。

 

「おかえり、水希……まっていたよ」

 

 水希の行く先には、悪魔が両手を広げて嗤っていた。

 

 

―――――

 

 

「おーい、こっち包帯たりませーん、持ってきてくださーい!」

「ちょ、動くなっつうの。骨折れてるかもしんないんだからね」

 川神学園のグラウンド、真与や千花といった戦いに参加できなかった生徒たちが、学園をまもり、傷ついた生徒たちを治療して回っている。

 無傷なものなどいない、皆、何処かに傷を作り、顔をしかめている。

 しかし、生徒たちの顔は明るい。自分達が守りたかったものを守れたという達成感からくるものだろう、そう言う意味では、傷もどこか誇らしそうだ。

 そんな慌ただしく動いている衛生班の中で、一番ひっきりなしに動いているのが、晶だ。

 

 晶は自らの能力(ユメ)をフルに使い、生徒達を癒しいている。

 そんな中で、晶はいま、鳴滝の治療にあたっていた。

 

「ったく、相変わらずっつうか、なんつうか……ちっとは、治す方の身にもなってくれって話だけどな」

 晶は打ち身や打撲、骨折のない部分を探すのが困難なほど傷ついている鳴滝の治療をしながらボヤく。

 しかし、こんなボヤきを漏らすことができるのもの、鳴滝自身が生きて、しっかりと意識を持っているからだ。

「わりぃな……次はもうちょい、うまくやるさ」

 そんな晶のボヤきに答えた鳴滝の言葉を、

「次なんて、あってたまるかっての」

 晶は顔をしかめて切って捨てる。

「……そりゃそうだ」

 晶の言葉に少し考えるような様子をみせて、鳴滝は頷いた。

 

 そこに、

「おーい、あっちゃーん!」

 歩美と鈴子がやってきた。

 二人共、泥と埃にまみれた様相だが、大きな怪我はないようだ。

「いま、大杉たちから連絡が来たわ」

「栄光の奴から? 今何処にいるって?」

 鈴子の言葉に晶が顔を上げる。

「えっとね、黛さんと、ステイシーさんと3人で葵紋病院だって。栄光くん、肩の骨はずれてて、左足は靭帯損傷、立って歩くのも大変だけど、命に別状はないってさ」

「そっか、んじゃ、さっさと行って治してやんねんとな……」

 そう言って晶が鳴滝の治療の続きをしようとすると、

「俺ぁ、もぅいい……大丈夫だ」

 鳴滝がそれを片手で制す。

「あ? 何言ってんだよ、まだだって。栄光のやつは病院行ってんだから、多分、応急処置は終ってる。後で行ったって大丈夫だ」

 晶がそんな鳴滝の態度に少し怒ったように言い返すと、

「そうじゃねぇ……真名瀬、お前は別に行くとこがあるんじゃねぇかって言ってんだよ」

 鳴滝は静かにそう言った。

 

「はぁ? だから病院ならあとでも大丈夫だって……」

 その言葉に晶が先程の言葉を繰り返そうとしたとき、

「あー、もー、このゴリラはほんっと、物分りが悪いわねぇ!」

 鈴子が割って入った。

「あ? なんなんだよ皆して! わっけわかんねぇよ!」

 晶が鈴子の言葉に怒ったように答えたとき、ポンポンと歩美が晶の肩を叩きながら、

「あっちゃん……わたし達はね、あっちゃんは四四八くんのところに行くべきじゃないかっていってるんだよ」

 そう言った。

 

「え? 四四八の?」

 晶がはっ、とした様に目を開く。

 考えなかった訳ではもちろんない。しかし、敢えて考えないように努力していたのも事実だ。

 先の邯鄲、自分が戦闘不能になった事で、組織としての退路が塞がれてしまった。四四八もやろうと思えば晶の代わりを出来ないということはないが、それでは四四八本来の役割が出来なくなる。そうなったら、やはり戦真館はジリ貧だ。

 その様なことを理解したからこそ、晶は最後尾での治療班として、この戦いの土台を支えてきたのである。

 四四八の事が心配かそうでないかといえば、心配に決まっている。

 今、四四八が戦いでどんなに傷ついているかと思うだけで、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 だが、しかし……

「ダメだって……あたしは動いちゃダメなんだよ……だって、それでこの前、大変なことになったじゃないか……」

 何かに耐えるように下を向きながら晶がこぼす。

「あたしだって……四四八を助けに行きたいけど……ダメなんだって……それにあたしがいなきゃ、誰がみんなの怪我を治すんだよ」

 そんな晶の言葉に、

「それは、もちろん私たちです」

 戦真館の仲間以外の声が答えた。

 

「葵?」

 その言葉に晶達が振り返ると、そこには葵冬馬、葉桜清楚、クラウディオが立っていた。その後ろには準と小雪の姿も見える。

「怪我を直すのは、私たち医療従事者に携わる者の努めですよ、真名瀬さん」

「ブラッククッキーの驚異がなくなったおかげで、道路が比較的自由に使えるようになりました。もともと電気や水道が止められてたわけではありませんから、病院の機能は死んでおりません。今後のけが人は葵紋病院にお任せすればよろしいかと存じます」

 葵の言葉をクラウディオが引き継ぐ。

「いや……でも……それは……」

 いきなりの提案に戸惑う晶。

「だって、それに四四八の方だけ行くわけには……水希も戦ってるのに……」

 晶が更に言葉を続けると、

「それは大丈夫だよ、真名瀬さん」

 葵たちとは別の声が、答えた。

「直江……」

 答えたのは大和だった。

「世良さんの所にはね、もう助っ人が向かってる。とっても心強い人がさ」

 そう言って大和は手に持っている紙をヒラヒラと振ってみせた。

「これ、さっき矢文で飛んできたんだ。だした人曰く、準備に手間取ったけど、いまから世良さんを助太刀に行くってさ……だから、ね、真名瀬さん」

 大和は晶の答えを促す。

「直江……」

「真名瀬様、柊様は確かに御強い……ですが、ヒュームもまた、とてつもなく強い……私は……私もヒュームも好きなのですよ、柊様の事が。あの眩しいほどに輝く若者が、愛おしくて仕方ありません……あの輝き、失うわけにはいきません、柊様のためにも、私のためにも、ヒュームのためにも、お願い申し上げます」

 クラウディオが晶に向かって大きく頭を下げる。

「クラウディオさん……」

「ねぇ、晶ちゃん……」

 最後に清楚が前に出て、晶の手を包み込むと、

「一緒に行こう、柊くんを助けに……ううん、違うね、柊くんと一緒に戦うために。行こう、晶ちゃん」

 金色に輝く意志の強い瞳で晶を見つめてそう言った。

 

「みんな……」

 晶の心の中の傷がじくりと痛む。

 八幡宮での油断と判断ミスにより、自分は最後の戦いに参加できず、四四八達がどんなに傷ついても癒してあげることができなかった。

 全員無事に邯鄲の夢から脱出し、今という現代に戻って来れたが、これは結果論でしかない。誰かが欠けている未来というものありえただろうし、可能性としてはむしろ高かったかもしれない。

 そんな経験をした晶は自らが最前線に出ることを封じていた。それが最後仲間を助けるためになると信じて。

「真名瀬さん」

 再び冬馬が口を開いた。

「確かに真名瀬さんがここにいれば、多くの人は癒され、助かるでしょう。ですが、その場にいなければ助けられない人も、いるんですよ。そしてそれを気づいてからでは……もう、遅い」

「……」

「それに、私達の役目を奪わないでください。真名瀬さんがこのまま力を使い続けたら、葵紋病院は廃業ですよ」

 そう言って、最後はおどけるように肩をすくめた。

 

「……」

 晶は皆の言葉を噛み締めるように聞いていた。

束の間の静寂のあと、晶は、

「――よしっ!!!」

 と、気合を入れると、パンっ! と自らの頬を両手で勢いよく叩く。

 そして、目の前にいる清楚の目を見つめると、

「行こう! 清楚さん!」

 力強くそう言った。

「うんっ!」

 清楚もそれに応えるように頷く。

 

「ね、そういうわけだからさ」

 清楚は晶と頷き合うと、自分の胸めがけて、そう言った。

 すると、次の瞬間、

「んはっ!!!!」

 清楚の瞳は燃えるように赤くなり、闘気が溢れ出す。

 項羽が現れた。

「ふん、本当は俺一人でも十分なんだがな――清楚がどうしてもというし、特別に連れてってやろう!」

 項羽はそう言って大きく胸をそらすと、

「スイスイ号!!!」

 愛機を呼んだ。

 

「よし! 乗れ!」

 スイスイ号にヒラリと飛び乗ると、項羽は晶に後ろのシートに乗れと促す。

「皆、あとは頼んだぜ」

 スイスイ号に乗った晶は仲間たちに言葉をかける。

「ふん、あんたこそ、しくじんじゃないわよ」

「あっちゃーん、四四八くんのこと頼んだよー」

「こっちは任せろ。あのストーカー野郎の事だ、何しでかすかわかんねぇが、止めてみせらぁ」

 戦真館の仲間たちが頷く。

「大杉くんのことは、葵紋病院が責任をもって治療いたしますよ」

「お気を付けて」

 冬馬とクラウディオが二人に声をかける。

 

「よぉし! 飛ばすぞ!! スイスイ号!!」

「了解しました」

 項羽の合図で勢いよくタイヤを回転させ始めたスイスイ号は、その勢いのあまり何周か土埃を上げてタイヤを空回りさせたあと、一気に地面を掴んで飛ぶように校門から出発していった。

 

(まってろよ! 四四八、今行くからな)

 晶は項羽の腰にしがみつきながら、遥か向こうに見える九鬼本社ビルに目を向けた。

 

 

―――――

 

 

 大和は放たれた矢のように飛び出していくスイスイ号を、憧憬の眼差しで見送っていた。

 彼女たちは二人共、稀有な能力を宿した人間だ、必ずや柊四四八の助けとなるだろう。

 それに引き換え――そんな思考が、頭をよぎる。

 ブラッククッキーの襲撃がやみ、残すところ敵の大駒三人との決着を待つのみとなったこの状況に来て、大和は得体の知れない不安感に苛まれていた。

 大和自身その原因が何処にあるのか、まるでわからない。

 もちろんこのような非常事態だ、四四八の水希の、そして、百代の心配をするのは当然だ。当然なのだが……その中で、理解ができない感情が湧き上がってくるのを止めることが出来ない。

 

 自分は、()()()()()()()()()()――と。

 

 訳がわからない。

 大和も生まれてここまですべてが順調だったわけではない。人並みに失敗も挫折もしてきている。しかし、ここまで深刻になるほどの『何か』はない……はずだ。

 故に大和は、この感情や思考は今必要なものではないと割り切って、自らの出来ることをするべく校舎に足を向けようとした、その時、

 ポンっ――

 と、誰かの手が大和の肩に置かれて、大和の動きを止めた。

「葵……」

 大和の肩に手を置いたのは、冬馬だった。

 

「なんだよ、なんか用?」

「どうしたんですか、大和君。らしくないですよ」

 大和の問いかけに、冬馬はいつもの調子でそう答えた。

「らしくない? 何が?」

「おやおや、それを私の口から言えというのですか? そうやって、気付かないふりをするのはよろしくありませんよ?」

「だから一体全体なんなんだって!」

 流石にイラっときて、大和は声を荒らげる。

「ふぅ……やれやれ……気付いてるくせに」

 そんな大和の怒りをどこ吹く風というふうにいなして、冬馬はやれやれと肩をすくめる。

 

 そして、

「では敢えて言わせていただきますが……仲間思いの大和君らしくないのではないですか、と言っているんですよ」

 そう言って、冬馬は射抜くように大和を見つめた。

 まるで、それまで隠し持っていた刃を懐から抜いて、いきなり突きつけてくるような、冬馬の言葉だった。

 

「な……なんだよ、それ……」

「言葉通りの意味です、大和君は行きたいんじゃないですか、もも先輩のところへ」

 動揺する大和の胸に、単刀直入な冬馬の言葉が突き刺さる。

「姉さんの……トコ?」

「えぇ、もも先輩のところ」

「む、無茶言うなよ……姉さんは学園長と戦ってるんだぜ? 真名瀬さんや覇王先輩ならまだしも、俺なんか……」

「俺なんか?」

「……何もできない」

 大和は自分の発した言葉の残酷さに強く唇を噛む。振り切ろうとした思いがじゅくり、と再び頭を持ち上げてきた。

「マスタークラスの喧嘩に、どうやって俺みたいな一般人が役に立つって言うんだ……姉さんの邪魔になるのが関の山だ……」

 大和が苦しそうに胸の内を零す。

 

 そんな大和に、

「『何もできない』、という言葉はいけませんね、大和君」

 冬馬は優しく語りかけるように、

「使うのであれば、『何もできなかった』、で、あるべきです」

 そう言った。

 

「何もできなかった?」

 大和が問い返す様に冬馬の言葉を反芻する。

「えぇ、そうです。『何もできない』は何かをやってすらいません、諦めているのです。『何も出来なかった』は挑戦して、敗れた時の言葉です。結果が同じなら、私は後者を選びたい、私は四四八君に出会ってそう、思えるようになりました」

「葵……」

「大和君はどうですか? 無謀とも言える挑戦になんの躊躇もなく踏み込んだ四四八君達を前に諦めるんですか?」

「……」

「それに――」

 冬馬は大和に語りかけながら、大和の後ろに目を向ける。

「大和君のお仲間は、準備万端のようですよ?」

 

「え?」

 その言葉に驚いたように大和が振り向くと、そこにはキャップ、京、クリスの三人が立っていた。その後ろには、モロに支えられるようにして一子とガクトの姿も見える。

「みんな……」

 

「行くんだろ? 大和、助太刀するぞ」

 クリスが何の疑いも持たぬ瞳で語りかけてくる。

「大和は行くなら、たとえ火の中、水の中……でも個人的には布団の中というのが一番……」

 京の瞳は大和を信じきっている。

「大和。僕は、ここに残るよ。ガクトとワン子は安静にしてなきゃいけないみたいだから、僕が看てる。大和、頑張って」

 モロは若干悔しそうにしながらも、大和に頷いてみせた。

「くっそー、戦ってたときはそうでもなかったんだけど、終わったらいきなり痛み出して絶対安静だってよ。格好つかねぇよなぁ」

 ガクトが情けなさそうに顔を歪めるが、見える部分だけどでも打ち身と内出血が多数見える。打撲も一箇所や二箇所じゃすまないだろう。鍛えているガクトでなければ文字通り絶対安静で、ここに来ることもできなかっただろう。

 そして、最後に、モロの肩に担がれるようにしてやってきた一子が、

「大和、お姉さまの事、お願い……」

 そう言って、手を上げる。

 それにつられるように、大和の手が一子の手に重なる。

「アタシの分まで……お願い……」

 懇願する様に、一子の手が大和の手を握る。

 握力がもうないのであろう、弱々しく、傷だらけの手の一子の手を、大和は思わず両手で包み込む。

 

 そして、

「うん……わかった」

 気づいたときには、そう答えていた。

 

 大和は顔をあげて、大きく一つ深呼吸をすると、キャップと目を合わせる。

「行こう、キャップ」

 大和の力強い言葉に、キャップはニヤリと笑うと。

「しゃあ! 風間ファミリーの出陣だ!! もも先輩、ぜってぇ助け出そうぜ!!」

 腕を振り上げて号令をかけた。

 

『オオッー!!』

 

 それを合図に、京、クリス、そしてキャップが走り出す。

 大和は後ろを振り返ると、自分を焚き付けてくれた冬馬に目を向ける。

「葵……」

「大丈夫です。ここには英雄も私も、それに戦真館の皆さんもいます。もし不測の事態が起こっても、皆で守ったこの学園、守りきってみせますよ」

「ありがとう、頼んだよ」

「ええ、お任せ下さい」

 大和は冬馬と頷きあって、キャップ達の後を追って走り始めた。

 

 そんな大和の背中に、

「大和君! また四四八君と三人で食事をしましょう! 祝勝会です!」

 冬馬が珍しく大声を出して言葉を投げてきた。

 その言葉に大和は腕を振って了解の意を表明する。

 

 校門を飛び出した、一路、川神院を目指す。

 

 走りながら大和は自分の胸のあたりを強く握る。

 得体の知れないデジャブの様な不安感が、どんどんと胸を突き上げてきていた……

 

 

―――――

 

 

「水希っ!!」

 義経は水希の名を叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 水希は明らかに悪魔の懐に踏み込み過ぎていた。

「――ッ!!」

 水希自身がその事に気付いたのは、

「今日はいつになく積極的だねぇ、水希」

 自らの眼前に悪魔の顔が飛び込んできてからだった。

 

 黒い穢の粒子たちが一斉に水希を取り囲む。

「くっ!!」

「水希っ!!」

 義経が水希の元に向かおうと踏み込むが、

「つっ!」

 夥しい蟲達が行く手を阻む。

「まったくさぁ、こうも簡単にひっかかって……毎度のことながら心配になっちゃうよ」

 嘲るような、憐れむような、神野の声。

「もうここまでくると、わざとやってるんじゃないかって、疑っちゃうよ。ホント」

 そこまで言って、神野がニタリと笑う。

「でもボクは知ってるよ。君はそんなに器用じゃない……君はただ……」

 そして乱杭歯をむき出しにして、

「ただ! バカなだけだよねっ!!!」

 嘲り笑った。

 

「くうっ!」

 神野の笑い声と共に黒い粒子が一斉に水希に襲いかかる。

「やあああっ!!!」

 水希も刀を振り回すが、その斬撃は空を切る様に手ごたえがなく、黒い粒子は斬撃を物ともせずに纏わりつく。

 袖の、襟の隙間から黒い蟲達が入り込む。例えようもない位に気色悪い感触が肌を這いまわる。

「くううっ」

 水希は身を捩って抵抗するが、意味をなさない。

 

「ちょぉっと、友達に諭されたくらいで、君のその内向きの性格が変わるわけがないじゃない、なぁに勘違いしちゃってんのさ」

 神野の声が、両耳のすぐそばから、そして服の中から聞こえてくる。

 入り込んだ蟲達一つ一つが神野自身であるという事を否応なく認識させられる。

「水希……君はね、もともと未来に生きようって気概が足りないんだよ。そう言う意味じゃ生命体として、明らかに欠落してる」

 神野の声がキチキチと響き渡っている。

「だから他者に依存してるんだけど……絶望に対する耐性が低いから、この体たらくさ。ちょっと、突っついただけでボロが出る。人としての根本が甘いんだよねぇ」

「うるさい……」

 神野の言葉に水希が思わず答えてしまう。

「これじゃあ、付き合ってくれた義経ちゃんや、君を信じてくれた愛しの四四八君に申し訳がないよねぇ」

「うるさい……うるさい……」

 駄目だ! 聞くな! 答えるな! 水希の理性はそう叫ぶが、水希の奥底の本能の様なものが理性の指令を無視して答える。

「でも心配しなくていいよ……誰に見放されたって、ボクはいつでも君を見ている……だって……」

「うるさい……うるさい……うるさい……」

 

「ボクが一番、君を愛しているからね」

「うるさぁああああいっ!!!!」

 神野の告白に水希は遂に激昂して大声を上げた。

 

 その一瞬を待っていたかのように、

「――うぐっ」

 大きく開いた水希の口に、大量の黒い粒子が飛び込んできた。

 

 そしてそれはみるみる水希の目の前で形になり、次の瞬間には水希の目の前に神野が形成された。

 神野の伸ばされた右腕が水希の口に突っ込まれていた。

 

「さっきも言ったけどさぁ、ほんっと、学習しないよねぇ、君は」

 水希の口に手を突っこんだまま憐れむように水希を見る。

「水希ぃっ!!!」

 義経は水希の名を叫びながら進もうとするが、穢の壁に邪魔されて進めない。

「このまま、遊んでいたいんだけど。今回ばっかりはさすがに君だけ依怙贔屓ってわけにもいかないし……だってこの戦いのラスボスはボクなわけだから、この状態になって無事ってわけにはねぇ……」

「んーー! んーー!!」

 水希が必死に暴れて抵抗するが、何の効果も見えない。

「こんな感じで君を殺しちゃうのは、全っ然! ボクの趣味じゃないしボクの目的もでもないんだけど……今回はイレギュラーだし、君と戯れられただけでも良しとしようかな。まぁ、()()()()は既に一回見限ったわけだし、そういう意味では、ちょっとでも楽しませてくれたから、それはそれでいいかな」

 そう言うと、神野の瞳がぐるんと紅く染まる。

「じゃあね、ボクの可愛い水希……」

 悪魔がニタリと嗤った。

 

 神野の手が、ずぞっ、と水希の奥へと進む。

 

 腹を喰い破られるか。

 全身を弾け飛ばされるか。

 絶望的な未来しか思い描けない水希の目から涙があふれる。

――ごめん、皆。

――ごめんね……私、やっぱり……弱かった。

 死ぬのは、怖くない。

 だが自分の死がもたらす闇が、仲間達を蝕むのが悔しい。

 たとえこの戦いに勝利しても、其処に残るのは悔恨の記憶だろう。

 

 水希に神野を任せた、四四八の後悔は如何程になるだろうか。

 目の前で友人を殺された、義経の心の傷はどれ程深いものになるだろうか。

 

 涙が溢れる。

 あまりに不甲斐ない自分が許せない。

 しかし、この現状を打開する術を、今の水希はもっていない。

――ごめんね、柊くん。

――ごめんね、義経。

――ごめんね、みんな。

 打つ手のない水希は、ただただ涙を流す。

「またね……水希……」

 そんな水希を愉快そうに眺めながら、神野が最後の一押しを突き出そうとした、その時、

 

《ファイヤー》

 

 聞いた事のある機械音の音声が水希の耳に届いた。

 

「ちょいな! 飛んで火にいる夏の蟲!! ってね!!」

 そんな声と共に、巨大な火の玉が神野目掛けて激突した。

「お?」

 不意の巨大な火の玉の一撃に、全身粉砕されて砕ける神野。

「義経ちゃん!」

 神野が砕けた瞬間、火の玉からのばされた手が、水希を掴み義経のいる方へと投げた。

「水希っ!!」

 義経は空中で水希を受け止めると、抱きかかえたまま地面に降りる。

「――けっほ――けっほ」

 神野から解放されて、せき込む水希。

 だが、それ以外に変化は見られない。神野本体へ不意を突いた火の玉の一撃が、体内に入っていた粒子も外にはじき出したのであろう。

 

 しかしその程度で神野明影が倒れるわけがない。

 

「ちょっとさぁ……あそこまで詰んでおいて、横槍ってのはどうなのかなぁ」

 汚れの霧が集まって神野はその姿を見せながら、水希と義経の前に降り立った火の玉に向かって声をかける。

「てか、最近の美少女戦士って二人じゃないの? ふたりは~なんちゃら~みたいな」

 不満そうに口をとがらせながら神野は不満げに言った。

「いつのこと言ってるのか知らないけどさぁ」

 そんな神野の言葉に、火の玉の中の人物が答える。

「最近は二人に、途中参加の新キャラ入れて3人ってのが、美少女戦士の王道なんだよ」

 そう言って炎を纏っていた人物――松永燕が不敵に笑って、神野を見上げた。

 

「ごめんね、水希ちゃん。遅くなっちゃって」

 燕は水希を見ずに謝罪をする。

「平蜘蛛が調整中で、九鬼の研究所に取りに行ってたんだ。まぁ、黒いクッキーがわらわら襲ってきて大変だったんだけど……でもなんか急に動かなくなっちゃって――たぶん川神か戦真館の誰かが頑張ってくれたんだよね――んで、無事、平蜘蛛を装着した燕さんは水希ちゃんの元へ馳せ参じたわけです」

 そう言って燕は一人でうんうん、と頷いた。

「燕さん……どうして……」

 水希の言葉を聞いた燕は、初めて水希の方を振り向くと、

「ここで、一つ、名作ファンタスティック・ファンタジーⅨの主人公、ヅタンの名言を発表!」

 そう言うと水希の胸にとんっと人差し指を当てる。

 

 そして、

「友達助けるのに、理由がいるかい? ってね」

 そう言って燕はパチリとウィンクをした。

 

「燕さん……」

 水希の目頭が熱くなる。

 先ほどの悔しさによる涙ではなく、感謝の涙。

 それをぐっ、と飲み込んで、

「ありがとう、燕さん」

 無理やり笑顔を作り、燕に笑いかけた。

「そうそう、それそれ、苦しい時こそ不敵に笑うの。それが勝負の秘訣だよ」

 燕はそう言うと、水希を抱きかかえている義経にも声をかける。

「義経ちゃんも、お疲れ様。よく頑張ったよね。でも、もうひと踏ん張りいける?」

「はい! 義経は大丈夫!」

 燕の言葉に義経は力強く返事をした。

 

 そんな義経の腕から水希は身体を起こし、地面に立つ。

 そして、落とした刀を拾うが、その手が微かに震えていた。

 

 そして、燕はそれを見逃さなかった。

 

 燕は震えている水希の手にそっ、と自分の手を添えると、

「ねぇ、水希ちゃん……人ってさ、そんなに強くないよ」

 静かに水希に語りかけた。

「え?」

 思わぬ燕の語りかけに、水希は驚いたように顔を上げる。

「人ってさ、弱くて、ずるくて、一人じゃ何にも出来ないんだよ。何でもできる人もそりゃもちろんいるけど、そんな人は稀。だから、そんな弱い自分を信じる何て、なかなか出来ないよね」

「燕さん……」

「だから人には一緒にいてくれる人が、仲間が必要なの。私も柊くん達に負けてドン底だったとき、大和くんが言ってくれたんだ『燕さんなら絶対出来ます』って。大和くんが信じてくれるなら、信じてみようと思ったんだ。私は強くなれるってさ」

「……」

 沈黙している水希に燕は向かい合って、

「ねぇ、水希ちゃんは、自分のこと信じてる?」

 問いかけた。

「……わからない」

 不意の問いかけに、水希は首を振る。

 わからない、と、答えたが。半分以上は無理だと思っていた。

 こんな失敗だらけの自分を信じられるわけがない。

 そんな水希に、

「じゃあさ、水希ちゃんは私達の事、信じてる?」

 燕は更に問いかけた。

「うん、信じてる!」

 更なる不意の問いかけだったが、水希は淀みなく、そして力強く頷いた。

「だったらさ。水希ちゃんは私たちを信じればいいんだよ。水希ちゃんが信じる私達が信じた“世良水希”を、水希ちゃんは信じればいいの。簡単でしょ?」

 その水希の答えに満足したように、燕はにっこり笑いながらそう言った。

「うん! うん! それはいい考えだ。義経も水希を信じている! だから水希も義経を信じてくれるなら、義経が信じている“仲間の水希”を信じてくれ!」

 燕の言葉に同調するように、義経もうんうんと力強く頷きながら水希の手を取る。

「燕さん……義経……」

 水希は二人の顔を交互に見る。

 

 出来るかどうかは、わからない。

 でも大好きな仲間がこんな自分を信じてくれている。

 こんな素敵な仲間が信じてくれている自分ならば、少しは信じれるかもしれない。

 

 水希はすぅ、と一つ息を吸うと、

「ありがとう……私、頑張ってみる!」

 そう言って力強く頷いた。

 

 震えはいつの間にか、止まっていた。

 

 水希は神野に目を向ける。

 

「はいはーい。青春ごっこはそろそろ終わりでいいかな? いや、若いねー、いいよ、いいんだけどさぁ。水希……君、この中で一番年長でしょ? 諭されてどうすんのよ、もうちょい自覚ってやつを持ったほうがいいんじゃないかなぁ」

 肩をすくめながら神野は呆れたように水希を見下す。

 

「そうやって、ずけずけ女の子の歳をネタにするアンタ。絶対モテないでしょ?」

「そうだ、水希をいじめるな! 義経は怒っている!」

 そんな神野の視線から、水希を守るかのように燕と義経が前に出る。

 しかし、自分は大丈夫だと言うように、水希も二人と並ぶように前に出る。

「私はグズで弱い。でも――それでも! 私はみんなと約束した! 絶対帰ってくるって宣言した! だから、私はこの戦い! 勝って帰ってみせる!!」

 そしてそう宣言すると、手に持った刀の切っ先を神野に向かって突き立てた。

 

「……きひひ、ひひはは、あはははははははははははははは!!!!」

 神野はそんな水希の姿を見て嘲笑する。

 やれるもんなら、やってみろと、乱杭歯をむき出しにして笑い転げる。

「いいよ、遊んであげよう。第2ラウンドといこうじゃないか!!」

 神野は両手を広げると黒い穢の蟲達をばら撒き始める。

 

「燕さん、義経、行こう!」

「OKーっ!」

「うん!!」

 水希の合図に、燕と義経が頷く。

 水希と義経は刀を構え、燕は手甲を装着する。

 

「やあああああああああっ!!!!」

「はあああああああああっ!!!!」

「たあああああああああっ!!!!」

 三人は同時に裂帛を轟かせると、神野が形成を始めた黒い空間に飛び込んでいった。

 

 悪魔の闇と若き輝きが激突する。

 

 川神の命運を握る最後の戦いが、始まった。

 

 

―――――

 

 

「うわっと!」

 地震のような揺れを感じて、大和はよろめく。

 川神院に近づくに従って、地面の揺れを感じ、大気の震えを感じていた。

 川神院の頭上に二つの閃光がぶつかり合っているのが見える。

 予想外という言葉では片付けられない、もはや常人の想像の外にある戦いを二人は演じているようだ。

「おおっと!」

 川神院の門の前に来たとき、今まで一番大きな揺れを感じた。

 

――これをどうすりゃいいって言うんだよ!

 先ほどの思いが、再び鎌首を持ち上げ始めた。

 あの時は勢いで飛び出してみたが、こうやって実際にマスタークラスのなかでも最上位に位置する二人の戦いを感じていると、自分の無力さを否応なく突きつけられた気分になる。

 それでも諦めたらそこで何も起きなくなる。

 だから、諦めるのは最後だと頭を振って、周りを見渡し考える。

 

 そんな時、

「あれ?」

 京が何かに気づいた。

 

「どうした京?」

 キャップが京の声に気づき声をかける。

「うん……二人の気が大きすぎてわからなかったけど、川神院の奥の方に沢山の気配を感じるんだよね」

「あ、自分もわかったぞ! 結構いるなぁ……」

 クリスも京の言葉に同調するように頷いた

 

 そんな二人の言葉聞いて、

「あ! そうか!」

 大和が何かに気づいたように声を上げた。

 

「お、ウチの軍師がなんかに気づいたか?」

 キャップが面白そうにニヤリと笑って大和を見る。

「たぶん、京とクリスが感じた気配って、川神院の修行僧の人たちだと思うんだよね」

「川神院の?」

 大和の言葉にクリスが聞き返す。

「うん、学園にも修行僧の人たちいなかったよね? しかも、あの神野に操られて交戦したって記録もなかったはずなんだ。川神の外に出たって可能性もあるけど、全員ってこともないだろうから多分、川神院に閉じ込められてるんじゃないかな」

「でも、なんでだろう、操ればすごい戦力になるのにね」

 京が不思議そうにつぶやいた。

「んー、其の辺は予想でしかないんだけど、面倒くさかったんじゃないかな? 川神院の修行僧の人たちは一般人とか武芸者よりも精神修行をしているから操りにくい……とか。だったら敵に回るより閉じ込めちゃったほうがいい……みたいな?」

 大和が首をひねりながら可能性を言葉にする。

 大和自身、特に確証は持っていなかったが、実はその通りだったりする。

 神野は厄介な川神院の修行僧達を纏めて、川神院の奥に閉じ込めていたのだ。

 理由は大和が言ったとおり、面倒くさかったから。

 川神院の修行僧たちは鉄心の教えを受けている影響で、一般人よりも精神操作に耐性があった。もちろん操れないわけではないのだが、時間もないし、ほかにも操りやすく強い駒があったのでリスクとリターンを考えて、回避した。しかし、これが向こう側に行くというのもそれはそれで面倒だということで、一箇所にまとめて封じ込めたのだ。

 

「理由はどうあれ、川神院の人たち助ければ、もしかしたらもも先輩の助けになるかも知んねぇ! 行こうぜ!!」

 大和の言葉を聞いたキャップが話をまとめるように宣言する。

 その言葉に、4人は頷きあって駆け出した。

 道を迂回して、裏門の方へ。

 

「京! 気配はどのあたり?」

 走りながら大和が京に問いかける。

「川神院の一番奥、たぶん使われてないお堂があるところ」

「あそこか、確かに広いな」

 京の言葉に大和が頷く。

「よっしゃ、あそこのお堂に行くにはこっちの壁越えた方がは早ぇ! 行くぞ!!」

 キャップが号令したかと思うと、ひらりと目の前の壁に張り付く。物心ついた時から大和たちの遊び場となっている川神院。地理は誰よりも把握している。

――姉さん……頑張れ!!

 京に手を引かれて壁をよじ登りながら、大気の振動を感じて大和は心の中で百代にエールをおくる。

 そして、自分は自分の成せることを成すために、川神院の奥へと走っていった。

 

「ここか……」

 お堂の前に辿りついた4人が扉の前にやって来る。

「おーーい、誰かいますかーーー」

 大和が大声で声をかける。

 すると、

「おい! 誰かいるのか? 外はどうなってる? 凄まじい気のぶつかり合いを感じるんだが」

 お堂の中から声が聞こえた。

 4人は顔を見合わせると、

「俺、直江大和といいます。姉さん……川神百代さんの仲間です。川神院の方々ですか?」

 大和が代表して声をかける。

「おお、直江君か。ああ、そうだ我々は川神院の者だ。なにか黒い渦に飲み込まれたかと思ったら、ここに閉じ込められていた……鉄心様は、百代様はどうなっている?」

 壮年と思われる男の声が大和に答える。

 耳を澄ましてみると、大和でもこの中に大量の人が押し込まれているのがわかる。

「詳しい説明はあとでします。それよりも、ここ開かないんですか?」

「我々も中からいろいろ試したが、動くことには動くが、なにか封印のようなものがされているらしく、内からではどうしようもないんだ。外に何かそういったものはないか?」

「ええっと……」

 壮年の修行僧の声に、大和が周りを見わたすと。

「おい、大和、これじゃねぇか?」

 キャップが指さしたところには、大きな錠前がついており、その錠前が黒い霧のようなもので包まれていた。

「鍵……なんかは探してる時間はないから、これ壊すしかないけど、直接触るのはやめたほうがいいね、なにかハンマーみたいなもの探してこよう」

「しゃあ! 向こうに倉庫があったはずだ見てくるぜ!」

 大和の声に応えて、キャップが飛び出そうとしたとき、

 

「あぶない!!」

「大和!!」

 クリスがキャップを京が大和を抱きかかえて地面に伏せさせる。

「らあっ!!」

 その頭上を、何かとんでもなく速い物が通り過ぎていった。

 

「くっそ、番人がいたか。ま、そりゃそうだよな」

 悪態を付きながら大和が顔をあげると、

「なっ!! か……母さん……」

 そこには大好きな母の変わり果てた姿があった。

 

 いつも自分を見守っていてくれる瞳は赤く染まり、愛する父を守る時にしか発さない暴力のオーラを惜しむことなく発散している。

 

「なんで、母さんが……ここに……」

 大和は呆然としながら咲の姿を見る。

 帰国するという話は聞いていなかった、しかし、一昨日あたりに上海にいたはずなので川神に来れないということはない。

 そういえば、この前、咲にあったとき。クリスマスイブを過ごす恋人はいるのかとからかわれた事があった。そんなものいないと拗ねながら答えたのだが……もしかしたらあれは、イブにサプライズで遊びに来るカマを掛けていたのかもしれない。景明は取引が終わる年末まで上海から動かないと電話でいっていたので、恐らく咲だけ今日、こちらに来ていたのであろう。

 

 なんと、タイミングの悪いことだろうか……

 

「くそっ!」

 大和は思わず声を出す。

 いろいろな感情が混ざって、どうすればいいのかわからない。

 そこに、

「大和――川神院の人も、咲さんも、んでもって、もも先輩も、学園長も全員まとめて助けるぞ!」

 キャップが大和の肩に腕を回して声をかける。

 キャップの手が力強く大和の肩を掴む。

 キャップの思いが、熱さが、送り込まれた気がした。

 言葉にしたことができる確証は、キャップ自身にもないかもしれない。だが、最初から諦めるということを風間翔一という人間はしたことがない。

 やってみる、ぶつかってみる。

 それに伴う失敗なら笑って受け入れる。

 それが、風間ファミリーのリーダー、風間翔一の器のデカさだ。

 

「そうだぞ! 絶対できる! ここまで勝ってきたんだ、出来ないわけがない!」

 キャップに並ぶように、クリスがすらりとレイピアを構える。

「大和、大和は絶対、私が守る」

 京が後ろで矢をつがえる。

 

「らあああああああああああっ!!!」

 愛する息子であるはずの大和へ、咲の暴威が向けられる。

 

 大和は唇を噛み締めると、

「クリスと京は母さんの足止めを! 俺とキャップは鍵を壊す!」

 指示を出す。

 

『了解!!』

 

 クリスが、京が、キャップが、頷く。

 

「らああああああああああああっ!!!!」

 咲が飛び込んできた。

「はああああああああっ!!!」

 クリスが迎え撃つ。

 

「走れ! 大和!!」

「おう!」

 キャップと大和が倉庫に向かって走り出す。

 後ろで剣撃と打撃がぶつかる音がする。

 

 振り向かずに大和は走る。

 

 その胸の奥に潜んだ不安感は、もはや大和を押しつぶさんばかりに大きくなっていた。

 

 




はい、ようやくみんなの人気者、神野さんの登場です。
そして、大和達の存在について、ちょびちょび出てきてます。

一応、判明するのは最終話にするつもりです。

あと特に問題が出なければ四話。
よろしくお願いします。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

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